何故、無理だと分かっているのに諦められないんだろう
これが、恋っていうものなのかな?
……ならば何故、選りに選って彼女に恋をしてしまったのだろう
無理といっても、何かをした訳ではない。高嶺の花である彼女に、僕は何も出来やしなかった
遠くから眺めているのが、僕には精一杯だったんだ………。
何故、素直になって話せないのだろう……
その想いは、ずっと前から変わらないはずなのに、
いつからかその想いは捩れ、歪んでいって……………
ずっと前はもっと近かったはずなのに、今は遠く離れてしまっているように思える、
その感覚が、なによりも辛かったの………。
たかねのはな
今日も、僕は彼女がよく来る水辺で水を飲みに来たかのように振る舞っていた。
僕から少し離れた所に、彼女はいた。
仲がいいのであろう同性のポケモン達の輪の中で、楽しそうに話をしている。
僕は、彼女達にばれないように、そっと聞き耳を立てた。
「………で、また断ったの?」
「あのグラエナ、結構イケてたのに」
断った、イケてた……ここだけ聞いて、僕は彼女達の話の内容を理解した。
またその話か……そう思った。
「うん、あくタイプって聞いてたからどんな強面かと
思ったんだけど、優しくて、好青年って感じだったよ」
彼女だ………。彼女の声が耳に入っただけで、身体がピクリと震えた。
彼女、と呼んでいるけど、それは三人称であって、ガールフレンドという訳ではない。
森のアイドルである彼女をガールフレンドとするポケモンは、今だ現れていない。
「なら悪くないじゃない。またどうして……」
「うん……なんか、付き合ってとか言われてもしっくりこないというか………さ、」
彼女はいつものように言葉を濁らせた。
「シャワーズちゃん、とうとう30匹切りね………」
もうそんなになるのか………彼女に交際を断られたヤツの数………。
……記録更新中。
「あ、もしかして………シャワーズちゃん、好きなコいるんじゃないの?」
!!!!!
誰かが彼女に言った言葉に、まるで尻尾を踏まれた時の様な衝撃が走った。
思わず声を上げてしまいそうになる。まずい、ここで声を上げたら……ばれる。
そう自分に言い聞かせ、尻尾を踏まれたような衝撃を何とか包み、喉に押し込んだ。
彼女に、好きなヒト……すごく、気になる………………。
「えっ?!す、好きなヒト!?」
……………………すごい動揺してる……………。
「あはは、シャワーズちゃんわかりやす〜い」
「ねえねえどんなコなの?」
「え、え、えぇ〜と…………」
彼女のあからさまな反応は、誰がみても肯定を示していると解るだろう。
それは遠くで聞き耳を立てている僕にも十分伝わった。
それで、彼女の好きなヒトって………………?
「えっと、その………」
「そんな勿体振らないで言っちゃってよ」
「そうそう、この事は絶対に誰にも言わないからさ」
……確かに言ってはいないけど、この事は既に僕に漏洩しちゃってるんだけどね………。
「ほ、ほんとに誰にも言わない……?」
「うん、絶対に言わないよ!」
僕だって、誰にも言わない。心の中で、彼女に誓った。
彼女の告白を聞き逃さないよう、一層耳を立てる。
「それで、誰なの?シャワーズちゃんが好きなコって……」
「そ、それは………」
それは…………………?
「………(ちらっ)」
俯いていた彼女が、視線をこちらに向けた………ような気がした。
ヤバい、盗み聞きしてるのがばれた……かな。
「…………やっぱり秘密!!」
そういうと、彼女は走り去ってしまった。
……耳を傾けていた彼女の友人達は、思わずずっこけただろう。僕もそうだったから。
嗚呼、やっぱり盗み聞きがばれたんだ………まずいことになった……………。
そりゃ、不自然だよなぁ。いつまでも一匹で水を飲んでいる振りをするのは……。
彼女が去っていくのを見届けた僕は、踵を返し、とぼとぼと住処へと戻った。
その日の夕暮れ、僕は今朝のことを思い返していた。
シャワーズに、好きなヒトがいる………好きな、ヒト……………
「うわぁぁぁぁ!!」
気づけば、僕は声を上げていた。頭を抱えてその辺をのた打ち回る。
苦しいっ。彼女の事を思うと、色々と苦しくなる。
その苦しみを紛らわそうとして、盗み聞きという愚行に走ってしまっている自分。
決して実らないと判っているのに、諦められない自分。
畜生…………僕はなんて情けないんだ……。これじゃストーカーじゃないか……。
好きなら、気持ちを素直に伝えればいい。
それなのに、彼女に断られるのが怖くて……彼女の記録の一部になるのが怖くて………
喋るどころか近づくことすら……
「………………はぁ」
ぐぅぅ〜〜………
溜息が出たかと思うと、腹の虫が鳴いた。
そういえば……今朝のショックで昼飯を食べていなかったっけ。
お腹空いた…………なにか食べないと。
心も空しくしている僕は、せめてお腹は満たそうと食べ物を探しに出た。
気がつけば、僕はお目当ての木の下にいた。ここに来るまでの記憶が……無いに等しい。
僕は移動中も上の空だったみたいで、まるでここまでワープしたような感覚を得たような気がした。
シャワーズちゃんに、好きなヒト……。
………いつまでもぼうっとしていられない。とっとと住処に戻って、鬱になるのはそれからでも……
がさがさっ
後ろの方から…在り来たりな草の揺れる音が聞こえた。まあ森に住む誰かだろう……。
振り向きもせず、予定通り木の実を取ろうとした時………僕は、想像もしない声を聞いた。
「ガーディ君………」
木の実をひのこで落とそうと、狙いを定めていた僕を呼んだのは………?
……ふ、振り向けない………身体が、強張って…そんな、今の、声は……
「ガーディ君?」
再び、僕を呼ぶ声が、背後から聞こえた。
間違いない、この声は……
不自然に強張った身体をゆっくりと動かし、ようやく振り返る。
「……シャワーズ………ちゃん?」
毎日、遠くから眺めていた彼女が、いつもより近くにいる。
「……『ちゃん』なんて付けなくていいよ。シャワーズって呼んで」
…………シャワーズちゃん…だよね……?え、え?
なんで……こんなところに………あれ、これは、夢?夢なの…?だ、誰か教えて。
「…?どうしたの、ガーディ君」
どうしたのって、君こそ、何でこんなところに…
はっ、いかんいかん、思考がループし始めた。え、えっと、そうだ、普通に接すればいいんだ。
僕にだって、友達くらいいる。その友達と同じように……
「い、いや、なななんでもないよっ」
普通どころか噛み噛みでウルトラ不自然になってしまった。へ、平常心を……。
一方まともじゃない返答を受けた彼女は、僕の内心を知ってか知らずか、笑顔を僕に向けた。
……嗚呼、綺麗だなぁ。まるで天使のような……
「ねぇ、あの木の実を採ろうとしてたの?」
はっ、平常心、平常心……………
「あ、うん、そうだよ…」
よ、よし。何とか落ち着けた……。後は普通に接すればいい……
ずっと彼女を眺めているとまた乱れてしまいそうだったので、話に出た木の実に目をやった。
高い木に生っている実は、とても木を登って登って採れるようなものではない。
だから、いつもひのこで落とすのだ。慣れたもので、最近は木の実を全く焦がさずに落とせるようになった。
「採って食べるんなら、私の分も採ってくれないかな…?」
思いもよらない言葉にビックリした。けど、ビックリするのも少し慣れて、あまり動揺せずに済んだ。
「うん、いいよ。ちょっと待ってね」
再び、僕は木の実に狙いを定める。
う、流石にこれは緊張する………。普段なら自分の為に採るだけなんだけど……へ、平常心っ!
狙いをしっかりと定めて、いつもの様に、ひのこを放った。
………つもりだったんだけど…ひのこは狙った木の実から大きく逸れてしまった。
失敗してしまった………恥ずかしさが爆発して、顔を真っ赤にして俯いた。
彼女に、なんて言われるんだろう……。
「わぁ、ガーディ君すごい、木の実落ちたよ!」
……………………へ、え?
俯けていた視線を、再び木の方にやった。
けど、さっき狙いをつけた木の実は何事も無かったようにそこにある。
あれ、と思いながらも視線を落とすと……何故か目の前には木の実が2つ落ちている。
「一度に2つも落とすなんて、ガーディ君すごいすごい!」
あれー、マグレってあるもんだね………。狙ったものとは別の木の実が落ちてきちゃったよ。しかも2つ。
「じゃあ、………シャワーズ……ちゃん、どうぞ」
撃ち落された木の実を1つ銜えて、彼女の前まで持っていった。出来る限りの紳士的な行動だった。
「ありがと、ガーディ君」
とても可愛らしい笑顔で、彼女にありがとうと言われてしまった……。もう、死んでもいい…かな。
「ど、どういたしまして…」
「ねぇ、木の実一緒に食べない?」
え、えぇっ………………?
そういえば、なんで彼女は突然僕の所に来たんだろう………通りすがりに僕を見つけて、お腹がすいたから
僕に木の実を採らせて、ついでに一緒に食べる…あ、こういうことか。なるほど、なるほど………。
「う、うん」
それで、木の実を食べてバイバイ、だよね…………
「それじゃあさ、ちょっとついて来てくれないかな。すごくいい所があるんだ」
「う、うん」
……う、うん?ちょっと思い描いた図と違うぞ………ついて来て…って?
「じゃあ、こっちだよ!ちゃんとついて来てね」
彼女は木の実を銜え、歩き出した。慌てて僕も木の実を銜えて、彼女について行った。
「ここは……」
つれて来られたのは、森の外れにある湖だった。普段は、こんな外れのところまで来ないから
帰る時のことを心配するべきなのだろうけど、僕にはまだそんな余裕は無かった。
「綺麗なところでしょ?折角だから、ここで食べようと思ったの
さ、座って?歩かせちゃってごめんね、疲れちゃったでしょ」
「あ、うん…」
いつの間にか、真っ赤に燃えていた空は漆黒の闇に変わっていた。その漆黒の中で、星たちが光っていた。
長い間、無理矢理平常心を保ち続けていたので、気疲れしていた。一息ついて、今までのことを思い返した。
まず、食料にあり付こうと木の前までワープして、そこで彼女が出てきて、
木の実を採ってくれって言われ、採ってあげればこんなところに連れられてしまった。
思い返すと滅茶苦茶じゃないか、これ…。ワープは嘘だけど……。
でも今思い返して、やっとあることに気が付いた。気が付いたと言うか、自覚した。
僕、彼女に誘われてる……?
「食べないの?ガーディ君」
「えっ!あ、い、いや、食べるよ、お腹ペコペコなんだ!」」
もう、色々と限界だった。考えすぎて頭痛くなってきたし、緊張で胸が裂けてしまいそうだし……
それらを紛らわす為、さっき採ってわざわざここに持ってきた木の実に思い切りかぶりついた。
その時の僕の様子といったらもう、一心不乱という言葉がぴったりだった。
「そ、そんなにお腹すいてたの……?」
むしゃむしゃ……ごくん!
「うん、そうみたい」
あはは、とわざとらしい笑顔を無理矢理つくった。あー、何やってんだろ、僕……。
こんなところで二人きりなんて、これ以上無い理想的なシチュエーションなのに……。
「…よかったら、これも食べて?」
彼女が差し出したのは、さっき僕が渡した木の実だった。
「え、でも、これ」
「ううん、いいの。実は、もうご飯は済ませてるんだ」
え…?………想定外な言葉だった。頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「…あのね、さっき木の実を採ってって言ったのは、ガーディ君に話しかけるきっかけにしただけなの」
…再び、頭の上クエスチョンマークが……
もう、この際だ。今までの疑問を全て解決する、この質問をするんだ、僕!
「あ、あのさ……シャワーズちゃん
…どうして、僕なんかに話し掛けたの?」
問いかけると、彼女は湖に目をやった。
「う、うん…それなんだけどね、」
…今朝のような、歯切れの悪い言葉だった。
「あのね、ガーディ君……」
体の向きはこちらを向いているのに、顔だけは右斜め下を向いていた。
まるで、恥かしがっているような……
暫く、沈黙が続いた。彼女の言葉には続きがあるっぽいから、不用意に僕から話せないし……
けど、その沈黙は不意に破られた。音ではなく、彼女の動きに。
「………っ」
突然、そむけていた顔を体の向きに合わせたかと思うと、僕との間合いを一気に詰めて………
僕と、彼女の口が、衝突した。
思いもよらない事故が起こり、僕の目は見開いたまま、閉じることが出来なかった。
何が起こったのか理解出来ないまま、幾分、時が経った。
目の前から、彼女の顔が離れていった。
口に、微かな温もりを感じる……!?!? え、これって、キス……!?
「…ごめん!ガーディ君!」
彼女にキスされたと気付いた僕は、何故キスされたのか、何故謝られたのか、よく分からなかった。
「え…と、あの……」
「ごめん、ガーディ君……私、私、ね……」
あなたのことが、すきなの……。僕の耳には、そう聞こえた。
…思考が現実に追いつくのに、少しばかり時間を要した。そして、何となくだが、把握した。
シャワーズちゃんが…僕のことを……。
「ぐす…うぅっ……うわぁぁぁぁん!!」
「シャ、シャワーズちゃん?!」
突然、と言ってもほぼ全てのことが突然だったが…彼女は泣き出してしまった。
私ね、ずっと前からガーディ君のことが好きだったの。でも、中々言い出せなくって…。
そのうち、私進化したの。洞窟の中で、透き通ったきれいな石を触ったら…この姿になってた。
私すごく嬉しくて、進化した私を見て欲しくて、ガーディ君を探したの。けど、すぐに見つからなくって。
探したけど、会えないまま何日も過ぎていって…自分で言うのも何だけど、
私、進化して綺麗になったの。なんていうか、メスっぽさがでたっていうか……
そのことが森中に広まって、その頃からオスが私によく話しかけてくるようになった。
求婚もされるようになった。けど、私は片っ端から断っていった。進化する前から、本命は決まってたから。
進化してから大分経った頃、やっとガーディ君を見つけたの。その時は、本当に嬉しかった。
けど……なんだかね、ガーディ君に話しかけられなかったの。時間が経ちすぎて、あの時の気持ちが
だんだん捩れていって…素直になれなかった。
話しかけたいのに、ガーディ君が遠くにいるように感じて、何も出来なかった。
求婚を断ることは出来たのに、ガーディ君に話しかけるだけのことが、難しくって…それでね、私……
ガーディ君の後を……つけるようになったの…。最低でしょ、こんなの………。
話そう、話そうと思っていたのに、全然話せないまま、何日も……ガーディ君を………
さっきだって私、ガーディ君をつけてて、うっかり草を鳴らせちゃって出ざるを得なかっただけで……
ほんと、最低だよね、私……。
落ち着きを取り戻しかけていたのに、彼女は再び涙を流していた。
そう、何日も前のことだ。僕には、友達にイーブイがいた。自分よりも小さい彼女は、とても可愛かった。
けれど、突然彼女と会えなくなってしまった。
その頃、色々あって住処を別の遠いところに変えてしまっていた。多分、それが原因だったのだと思う。
まさか、あのイーブイが、シャワーズちゃんだったなんて………
「シャワーズちゃん、もう、いいよ」
そっと彼女に近寄って、彼女の流した涙を……舐めとった。
僕に手があれば、こんな大胆なことをしなくて済んだのに……こうするしかなかった。
……彼女を、いつまでも泣かせるわけにはいかない。今度は、僕の番だもの。
「シャワーズちゃん、よく分かったよ。
今度は、僕が話すから、聞いてくれるかな」
彼女は俯けていた顔を上げ、流れ続ける涙を前脚で拭いながら頷いた。
そして、話した。僕がしてきたことを…。
「ぬ、盗み聞き……?」
話し終えて、彼女から返ってきたのは、キーワードとなった語だった。
「うん、本当にごめんね。僕こそ、オスなのに意気地無しで……最低だよ」
僕は自身を蔑んだ。当然だ。こんな行為、本当に最低だ。
「そ、それじゃあ今日も聞いてたの?」
「う、うん………」
あ、今朝のこと、あの時はばれてなかったんだ。あの時僕をチラッと見たのは、そういう意味だったんだ。
…………
…………
沈黙、再び。お互いに黙ってしまって、なんだか気まずくなってしまった。
けど、まだ、伝えていないことが残ってる。沈黙を破るのは、僕だ。
「シャワーズちゃん、僕、シャワーズちゃんのことが好きだ」
本当に、不思議だ。今まで口に出すことすら出来なかったのに、今はつっかえもせずに言えるなんて。
…きっと、こんな日の為に、神様が今まで僕たちに言えない様に魔法をかけていたんだ。
「こんな僕だけど、…好きでいてくれるかな?」
僕なりに、バッチリ決めたつもりだ。なんたって、これは告白以外の何ものでもないから。
「…私こそ、私を…好きで、いてくれる……?」
僕は、これ以上語らなかった。黙って、泣きじゃくった彼女に誓いのキスを施した。
湖に連れられた理由は、彼女の住処がそこにある、と言うのが本命だった。
告白の後、気持ちが落ち着いた僕たちは彼女の住処へと移った。
…互いに見つめあう。どちらが何と言わずとも、営みは自然と始まる。
二匹の愛は永遠なのだと、どこかでみている神様にうったえるかの様に。
神様、感謝致します。僕たちは、互いに想いを伝え合うことが出来ました。
そして、誓います。彼女を守り、幸せにすることを……。
たかねのはな-fin-