翌日。太陽が水平線から顔を覗かせた時と同じくして旦那様は起き上がり  
私たちを起こして朝食を与えた後、モンスターボールへ私たちを入れた。  
そうして数時間後、私は唐突にボールの外へと出され  
何があったのかと周りを確かめたら、隣には炎を身体に纏った  
付き合いの長いブーバーが立っており、彼は私へ軽く会釈をしてくれた。  
直線状に伸びたアスファルトの地面は溜め込んだ地熱によって、私の肉球をジリジリと焼いた。  
正面を見ると、自転車に乗った人間の男女のトレーナーが  
レアコイルをそれぞれ隣に浮かべせており、なるほど旦那様へバトルを申し込んだのねと私は理解した。  
「ブ…ブーバー……は、火炎放射……で…ぜぇ、ぜぇ……  
レントラー、は……はぁ、はぁ……か、噛み……砕く……はぁ……」  
後ろを振り返ると、自転車にまたがったままの旦那様が  
息を切らせながら私たちへバトルの指示を出していた。  
…しかし、顔からは汗が噴出し、脚はガクガクと震えていて  
私もブーバーもレアコイルたちもトレーナーたちも、  
全員が旦那様に気を取られて、バトルどころじゃなかった。  
「あ…あのー…大丈夫ですか?」  
旦那様とは違った黒い色の眼鏡をかけた女のトレーナーが、旦那様を気遣った。  
「……や、やっぱりバトル止めましょうか。挑んだアタシ達が言うのも何ですけど…」  
「だ、大丈夫!で、ですッ!」  
「…そぉですか…じゃ、じゃぁひとまず休憩をしましょう。その後、バトルと言う事で」  
そう言いながら、男のトレーナーはウェストポーチより水の入ったペットボトルを取り出し  
それを旦那様へ差し向け、旦那様はそれを受け取って勢い良く飲み込んだ。  
 
それから30分の休憩の後、体力を取り戻した旦那様は男女のトレーナーたちとのバトルを再開させた。  
勝負の行方?もちろん、旦那様が勝ったに決まっているじゃない。  
相性もあったけれど、旦那様に従える私たちが負ける事なんてあるわけも無いわ。  
だって、旦那様は私たちを本当良く育てていてくれているんだもの。  
 
サイクリングロードを登り、ハクタイシティ経由で旦那様はソノオの家へと戻った。  
「たっだいま〜……って言っても、お父さんは出張だしお母さんも旅行に言ってるから  
返事を返してくれる家族はいないんだけどねぇ」  
花畑に囲まれる一画の小さな家が、旦那様とその家族が住まう家。  
花壇で囲った玄関のドアを開けながら旦那様は今のように言っていた。  
私たちは旦那様が家に入る前にボールから出され、それぞれ好き勝手に花畑で遊んでいた。  
「……いっつも思うんだけどよぉ〜…  
飼い主がこの町の出身って、本当信じられねーんだよ、オレ」  
桃色と青色の花畑を見つめながら、腕を組んでクチートは呟いていた。  
「そぅ…かなぁ?」  
その隣で、紫色のケープを身に纏ったチェリムが身体を傾けていた。  
「だぁってよぉ、似合わねーじゃん。  
こぉーんなメルヘンチックな町で育っていて、なんであんな外見になるわけ?」  
「あら、ひどーーーい!ニンゲンもポケモンも、見た目じゃないわよ〜!」  
後ろから、クチートの大顎に身体を乗せてフローゼルがクチートに抗議を示した。  
「うぐっ……で、でもよぉ…」  
「あらひどーい、あらひどーい、パパひどーい」  
フローゼルの背から姿を表わし、クチートとチェリムの娘のチェリンボが  
フローゼルのセリフを復唱してみせると、クチートはガン!と  
アームハンマーを喰らったかのような衝撃を受けていた。  
そんな彼らを眺めながら、私の隣でブーバーがクスクス笑っていた。  
「あんな事言ってるけど、クチートもマスターの事、結構好きっぽいよね?」  
そうじゃないかしらね。本気で嫌いだったら今頃とっくに逃げ出しているんじゃないの。  
 
「みぃんな〜。戻っておいで。おやつにしよう!」  
ダブルハングの窓を上へと開き、そこから身体を乗り出して旦那様は花畑の私たちへと呼びかけた。  
ボールに入れられていると時間の感覚が分からなくなる。  
しかし、旦那様の今の言葉により、今は昼と夕方の間である事が分かった。  
「やったぁ!ポフィン〜ポフィン〜」  
旦那様の呼びかけに二股の尻尾を左右に振ってフローゼルが最初に駆け出し  
その後をクチートとチェリム、チェリンボの親子が続き、ブーバーが続き私は最後尾についた。  
 
玄関の扉を閉じ、肉球に付着した土を敷かれたマットで拭いてから私は家へと上がった。  
小さな居間の角にはテレビが斜めに置かれ、その正面に低めのガラステーブルと赤いソファが置かれており  
クチートとチェリムはソファに腰掛けて、フローゼルはテレビとテーブルの間に座り  
ブーバーはチェリンボを膝に抱え出窓に腰掛けていた。  
私はフローゼルの横へ身体を伏せるように落し、旦那様がいるだろうキッチンの方へ視線を向けたとき、  
暖簾を右腕で退けながら旦那様がその姿を現した。  
「おまたせー。さ、どんどん食べてね」  
ポフィンが山積になった籠を抱え、テーブルの前にしゃがみ込むとそれをテーブルへ置くと  
真っ先にクチートが手を伸ばしてポフィンを1個掴んだ。  
そして次々に皆もポフィンを掴んでは口へと含めて行った。  
「はぁい、レントラー」  
隣のフローゼルが黄色いポフィンを私へと差し出してくれたので、私はそれを前歯で噛んで受け取った。  
「みんな美味しい?そんじゃぁちょっと部屋に行ってるから、好きにしててね」  
私たちの様子を窺ってから、旦那様はそう言って立ち上がり、自室へと姿を消して行った。  
パタン、と扉が閉まる様子を眺めて私は旦那様の行動の意図を理解した。  
そして、それは他の皆も分かっていたようで、最初にクチートがその答えを口に出した。  
「……まぁーた、あのヘンな箱を弄るのか?飼い主も好きだなぁ」  
「ヘンな箱じゃないわよ、パソコンよ」  
彼の隣でチェリムが指摘すると、クチートは「あそ」と返し  
大顎を抱えるように腕を後ろに回して背凭れに寄りかかった。  
「明日、あの女のヒトが来るんでしょ?頻繁に連絡取っているみたいだね」  
出窓から飛び降りてブーバーはチェリンボを抱えたままソファの横へと座り込んだ。  
「明日って言ってもぉ、何時なのかしらぁ〜」  
「ん……遅くてもお昼には来るんじゃないかなぁ…?」  
「あんまり遅いと、ズイタウンに行けなくなるしね。  
でもそうなったら一晩泊まって行くんじゃないかな」  
「ま、どーでもイイですけどー」  
頬を掻き、クチートは無関心気に呟いていた。  
 
「でさ、レントラーはどうなの?」  
フローゼルがキラキラした瞳で私へと振り返って聞いてくるが、何がどうなの、かしら。  
彼女はいつも主語を忘れて言葉を投げかけるから、時々会話が噛み合わなくなる。  
でも、今回は言いたい事は何となく分かる。……あの女と、そのポケモンたちの事なのだと。  
だから、私は返したわ。……どうでもいいわ、と。  
「えぇ〜?そうなのー?」  
そうなのよ。私は彼らに興味は無い。今回の目的だって旦那様の指示だからそれに従うだけよ。  
「まっ。レントラーってばクールよねぇ〜冷え冷え!」  
「オメーも水タイプなら、ちったぁクールになれよ」  
ポフィンを齧り、クチートが呆れながらフローゼルへ視線を向けると  
彼女はぷぅ、と頬を膨らませて反論した。  
「仕方ないでしょー。アタシは生まれた時からこの性格なんだからぁ」  
 
生まれた時からの性格は、変わる事はない。  
私もそうなのだと、フローゼルの今の言葉が胸に突き刺さった。  
どんなに真面目を装っても、所詮それはごまかしに過ぎずに見透かされてしまっている。  
…彼女が何気なく言った一言は、私の本質を見抜いているのだから恐ろしい。  
付き合いは長いけれど、フローゼルを洞察する事は本当に難しい、と私はクスリと笑った。  
「ん?どうしたの…?」  
ソファの上で、チェリムが身体を揺らして私へと尋ねるが  
私は何でも無いわと返して、床の上に身体を伏せた。  
と、その時に旦那様の自室の扉が開き、見慣れた彼が部屋から出てきた。  
「ねねね、聞いて聞いて!明日の正午に、船が着く予定だって!」  
興奮気味に旦那様はそう言いながら、ブーバーの隣になる形でテーブルの横へと腰を下ろした。  
「だから、ちょっと早くにミオに行って少し観光しながら待ってよっか。  
クチートとチェリンボは行った事ないしね」  
そう言って、旦那様はブーバーの膝に座るチェリンボの小さい方の玉を指で撫でると  
彼女はきゃっきゃっと喜んで笑っていた。  
ミオシティを観光すると言う事は、またあの図書館に行くのでしょう。  
……もう、いいわ。何度も同じ事を考えてもしょうがないもの。  
私は身体を伏せたまま、星の尾を軽く振ってため息を吐いた。  
 
 
そうして、旦那様はコンテスト用のアクセサリーを近所の店へと買いに出かけて  
私たちは他愛も無い会話をする事で時間を過ごし、  
日が傾きかけた時に旦那様は戻って来て夕食の準備を始め、  
日が完全に沈んだ頃に夕食を皆で食べ、テレビを観賞した後に  
旦那様は私たちの身体の手入れを始めた。  
…今夜は、随分と手を込んだ手入れだったわ。  
スプレー式のトリートメントを使われたのも久しぶり。  
普段ならコンテストの直前に振りかけられてブラッシングをされる物だけれど  
これは多分…いいえ、確実に、明日訪れるあの女のためでしょう。  
久しぶりに会うあの女への対する旦那様の威儀ならば、私はそれを利用しようと思う。  
 
旦那様に手厚く手入れを受けた、艶輝く私の身体を見てあの女はどう驚くかしら?  
美しいとも、素敵だとも思うかしら?  
私の身体は、旦那様の手によって磨かれているのよ。  
羨ましいでしょう?羨ましいと、言いなさいよ。  
……少しでも、あの女よりも上にいたいと思うなんて、私は本当哀れだと思うでしょう…?  
あぁ、そう笑いなさいよ。綺麗ですね、って。  
そして次にこう言うんだわ。……手入れの秘訣を教えてくださいってね……。  
 
 
夜──  
閉じられたカーテンと、消された灯りにより家の中は闇に満たされていた。  
私たちは居間で眠りにつき、旦那様は自室のベッドの中で眠りにつくのが家での規則。  
…だが、私はその規則を破る決心をしていた。  
閉じていた目を開くと深い紺色の闇が居間を覆っていたけれど、透視能力を持つ私にとっては何て事も無い。  
伏せていた身体をゆっくりと持ち上げ、隣で眠るフローゼルの身体をそっと乗り越えて  
旦那様の自室の扉の前へと立った。  
後ろを振り返り、皆が深い眠りについている事を確認してから  
私は後ろ脚で立ち上がり、扉のノブへと前脚を引っ掛けて不器用に、  
それでもなるべく音を立てずに回して扉を開けた。  
前へと押すと扉はそのまま部屋の中へと開き、  
私は前足を床へとつけて旦那様の部屋へと入り星の尾で扉を軽く閉じた。  
閉じた、と言っても完全ではなく、壁と隙間は残しておいた。  
そうしておかないと、私は旦那様の部屋から出られなくなってしまうもの。  
 
「ぐぁぁー……くぉー……」  
パソコンデスクの横に置かれたベッドの上で、旦那様は仰向けになって眠っていた。  
薄い毛布をブーバーのように膨らんだ腹にかけ、白いシャツと短いズボンの姿で眠っているのが確認出来た。  
私はそっとベッドの隅に前脚を置いて旦那様の顔を覗きこんだ。  
普段、顔を隠している眼鏡は当たり前だが外されて、デスクの上に置かれている。  
しかし眠っていると言う事は、目も閉じていると言う事で  
旦那様は素顔は閉じられた目のせいでちゃんと分かる事が無い。  
それでも、私にはその顔が魅力的でたまらない。  
 
私は心の中で、旦那様と呟き身を乗り出して彼の右頬を舐めた。  
「うぅー…ん……うへへ…」  
…夢でも見ているのかしら。私の舌の感触に、旦那様は眠りながら笑って身を捩った。  
もう一度、私は旦那様の頬を舐めて反応を待った。  
「へへ……そんなぁ、ダメですよぉあははぁ…」  
夢の中で、同じく頬を舐められたのでもしたのでしょう。  
でも、敬語を使ってのその寝言は、恐らく相手は私たち以外の誰かなのだろう。  
……私が思い立ったのは、ただ一人で……同時に言いようも無い悔しさが心を覆った。  
夢の中でも、旦那様を虜にするなどと本気で悔しく、本気で憎い。  
 
私は旦那様の上に圧し掛かるように、身体をベッドの上へと跳ね飛ばせた。  
ギシッと、ベッドのスプリングが重さに悲鳴を上げたが私はそれに構う事などせず  
旦那様の首筋を舌で舐め上げ、頬から額へと移した。  
「ひゃ…ははは。……うぅん…」  
旦那様は起きる事無く、私の舌にくすぐったさを覚えながら笑って寝返りを打ち続ける。  
私は旦那様が起きない事を祈りつつ、今度は右前脚の肉球を旦那様の頬へ押し付けた。  
「ふわふわ……え、へへへぇ……」  
…何かの感触と、錯覚したのでしょうね。  
私がそう思った瞬間、旦那様は笑って私の右前脚を掴んだのだから  
私は首周りのたてがみを逆立てて驚きを表わした。  
旦那様は夢を見ながら、さわさわと私の右前脚をなで始めた。  
「結構……髪が硬い……んですねぇ……ぐー…」  
……あぁ、抱きしめて頭を撫でているのね…。  
夢の中の相手が私でなくとも、それでもこうして触れらるのならばそれでいい。  
虚しさと嬉しさが入り混じり、私は目を細めて旦那様を眺めた。  
やがて、旦那様の腕がストンとベッドの上に落ちた。  
……どうやら、夢を見る眠りから深き眠りへと切り替わったらしい。  
低いいびきをかきながら、旦那様は眠り続けていた。  
 
…私は旦那様の頬をもう一度舐めて、彼の首筋へと鼻先を押し入れて  
しばし旦那様の身体に身を預けた。  
柔らかな胸と腹の感触は、私を拾った時よりやや硬くなっていたが  
その温もりは変わる事無く身体と心を暖かく満たす。  
出来るものならば、私だけの物にしたい。  
出来るものならば、私だけに与えられたい。  
しかしそれは有り得ぬ事なのだと、私は理解していた。  
だから、今だけは許して欲しい。  
 
名残惜しいけれど、これ以上続けていると本当に旦那様は起きてしまうかも知れないと思い  
私は身体を起こし上げ、ベッドの上から床へと身を落として扉へと歩んだ。  
星の尾を隙間へ入れ込み、軽く手前へと引き開けて、その間へと身を滑らせた。  
そして扉を閉じようと、後ろを振り返ると扉と壁の間から眠る旦那様の姿が見えた。  
……尾で扉を閉じて視界から旦那様の姿を遮断させた。  
そしてフローゼルをまた乗り越えて、私は元居た場所へと戻って身体を伏せた。  
その瞬間、彼女がなんと私の頭を小突いたの。  
慌てて私はフローゼルを見たけれど、彼女は完全に眠りこけており、今のはただの寝返りだったみたい。  
……まるで、何をやっているのよ、と彼女に言われたかのような錯覚を見て  
私は安堵のため息を吐いて、眠りにつこうと瞳を閉じた。  
 
 
「お〜〜〜…はよぉぉ〜〜〜……ふぁー」  
 
寝ぼけ声の旦那様の声で私たちも覚醒する。  
瞳を開けようとしたと同時に旦那様は窓のカーテンを開けて  
太陽の熱と光を家の中へと注ぎ入れた。  
眩しさに瞳を細め、私は重い身体を持ち上げた。  
「ふあ〜…。ん、おぴゃよぉ」  
隣で寝ていたフローゼルも上半身を起こし上げ、目を指で擦りながら私へ朝の挨拶を寄越した。  
「うんーんん……ッ!はぁー、おはよう!」  
腕と背を伸ばし上げ、一気に息を吐いてブーバーがフローゼルと同じく上半身を起こし上げて挨拶を寄越し、  
ソファの上で眠るクチートの腹に炎の手を置いて揺さぶった。  
「朝だよ。起きて起きて」  
「むー……………どわっちいいいい!!!!」  
いきなりクチートは叫び、身体と大顎を跳ねて飛び起きた。  
そして「熱いんじゃボケェ!!」と大顎でブーバーの横っ腹を叩いて彼を横へと飛ばし倒した。  
「あぎゃっ!ひ、酷いよぉ……」  
床の上に崩れ落ち、叩かれた左の脇腹を擦りながら涙目で細く伸ばした口から炎を吐いては  
ブーバーはクチートへと抗議の視線を向けた。  
「オレを焼き溶かそうとしておいてそれはねぇーだろ!」  
「え?でも手はそこまで熱くないハズなのに……」  
「今日の天気よ。みんな、おはよう…!」  
ソファの後ろから、チェリムの声が上がり私たちはそれぞれその声の主へと視線を移すと  
そこには頭部から5枚の花びらを開かせて、胸に未だに眠っているチェリンボを抱いている  
チェリムの姿があった。あら、この姿になっていると言う事は…。  
「おぉ!?チェリム!…よ、よぉ……」  
「あらぁ〜おはよ!そっかぁ、そう言うコト!」  
フローゼルがテクテク歩いて出窓へと近寄り、棚状部分に乗りあがって窓を押し開け外へと身を乗り出した。  
 
「やぁーっぱりぃ。すっごいイイ天気よぉ〜!」  
おしりを私たちに向けたまま、二股の尾をくるくると回しながら彼女は陽気にそんな事を教えてくれた。  
「あー、そう言う事。じゃ、僕の炎もいつもより燃え上がってるワケかぁ」  
胸と腹を覆う炎を手で撫でながら、ブーバーはなるほどと呟きながら頷いていた。  
「別に天気の問題でもねーけど、オマエ、オレに気安く触んなっていつも言ってんだろ」  
胡坐をかき、背凭れに肘を押し付けて手で頬を支えてクチートはケッと喉奥を鳴らした。  
「えー。スキンシップくらいいいじゃなぁーい。アタシはブーバーに抱きつかれたりしてもヘーキよ?」  
出窓から床へと身を落とし、フローゼルはプルプルと身体を揺らしてこっちに向い歩き、  
ブーバーの隣へと腰を落すと、鰭の生えた腕で彼の首へと抱きついた。  
「ほら、ぜんぜーんダイジョーブ!!」  
「……そりゃオメーが水タイプだからだろ………オレは鋼なんだよ…」  
クチートはフローゼルの性格が苦手らしく、  
あまり係わり合いたくない様子で、呆れた感じにため息を吐いていた。  
「あ、あのー…離れてくれないかなぁ…?」  
いつもながら困っているかのような表情のブーバーの顔だけど、今は本当に困った顔をしていた。  
「あら。イヤ?」  
「い、イヤじゃないけど…あの、歩けないからね」  
「じゃぁ、ダッコして」  
「えー!だってフローゼル重い……」  
「しつれーねー!ブーバーよりは軽いのよぉ〜!いつも海や川を渡る時は乗せているじゃな〜い!」  
「そ、その時は僕はいつもボールに入っているじゃないかぁ!」  
 
「朝ごはんだよー。ん?ブーバーとフローゼルは今朝は仲良しさんなんだねぇ」  
両手にポケモンフードが盛られた皿を乗せて、服を着替えた旦那様がキッチンから出てきては  
ブーバーにしがみ付いているフローゼルを眺めてニコニコと笑っていた。  
「仲良しっつーか、なぁーんかちげぇよな……」  
苦い笑顔で、クチートは今のように呟いてソファから飛び降りた。  
「あれ、まだチェリンボはおねむかな?ほら、起きて起きて。ごはんだよ」  
チェリムからチェリンボを受け取って、旦那様は彼女を胸に抱えて揺さぶり起こしていた。  
「むぅー……ねぇむいのー……」  
目を閉じた小さな玉と同じような顔をしていたチェリンボは、  
顔を顰めながらもゆっくりと瞳を開いて大きく欠伸をした。  
「まだガキなんだからよぉ。もっと寝かせていてもいいじゃねぇか、飼い主」  
「でも、もう赤ちゃんじゃないんだし…そろそろ早起きにも慣れさせないとね…。  
昨日は眠ったままボールに入れていたし…」  
床にしゃがんで皿に盛られたフードを口に放り込みながら  
クチートは横目でチェリンボをあやす旦那様を眺め、その隣でチェリムが両手に持ったフードを齧っていた。  
「でも進化前なんだから、まだまだガキだろー」  
「クチートって心配性ね……大丈夫よ」  
「んー……そうかねぇ…」  
チェリムには弱いクチートは、大顎を力無く床の上へ投げ出して天井を眺めていた。  
 
「あ、そうそうレントラー」  
食事を終え、洗物も終えた旦那様が不意に私を呼んだから  
私はたてがみを揺らして彼へと振り返った。  
その時、もしかして昨夜の事を知られたのかと一抹の不安が心を過ぎったが  
それはすぐに泡沫と消えた。  
「これ、着けてあげるよ」  
しゃがみ込んで私と目線の高さを合わせた旦那様の右手の親指と人差し指には、  
真っ赤な髪留めが摘まれていた。  
私がそれに気がついた時と同時に、旦那様の両手が私のたてがみの左首筋側に寄せられ  
地肌が軽く引きつる痛覚を感じたと思ったら、たてがみの一房に髪留めが装着されていた。  
「お洒落しておかないとね。うーん、黒には赤が映えるよねぇ〜。むふふ」  
そう言いながら旦那様は私の頭を撫でると、  
立ち上がってソファに置いていたリュックサックを手に取った。  
そしてそれを両肩にかけてから、腰に巻いたベルトからモンスターボールをそれぞれ取り出し  
「そんじゃ、出発するよ」  
そう言って、ボールから赤い光線が伸びて仲間たちを包んではその中へと入れていく。  
「レントラーもね」  
旦那様は私と正面になるように身体を動かし、右手に握ったボールから赤い光線を放出させ  
私はそれを見たと同時に、真っ暗闇が視界を覆った。  
ボールの中は心地良い。しかし、私にはあまり好みの場所とは思えない。  
人間の所有物となった時、ボールに入れられたのではなく  
始めに人間の温もりを受けたからだと、私は思う。  
…そう言えば、ブーバーも言っていたわね。ボールの中よりも外に居る方が好きなのだと。  
彼も私と同じく、旦那様の温もりを最初に受けたからでしょうね。  
ならば、チェリンボも同じ感想を持つようになるのかしら……。  
 
 
「えっ!入れない!?」  
 
真っ青な空の真上から注ぐ太陽の光はサンサンと明るく、そしてとても暑い。  
チェリムとチェリンボにブーバーは調子がすこぶる良い様子だけれども  
クチートはそうでもないようで、建物の影に入り込んでグッタリと大顎を垂らしていた。  
影、と言っても太陽の位置の関係でとても狭く、彼の身体はギリギリ隠れている程だった。  
「暑いなら、アタシと海に入らな〜い?」  
「いや、イイよ。濡れるのあんまりスキじゃねーし」  
桟橋の袂で私の隣に居るフローゼルが呼びかけると、クチートは手を軽く振って断っていた。  
そして、その影を作り出している建物の入り口で、旦那様は先ほどのような声を上げていたのよ。  
白い2枚ガラスのドアの前には、赤い帽子をかぶった人間の女が立っており  
旦那様は彼女と向かい合わせになっていた。  
 
「えぇ。この前の地震で本棚も本も崩れてしまい…しばらくは休館となっております」  
困った感じの笑顔で女が説明すると、旦那様はガックリと肩を落とした。  
「そうですかぁー……で、では失礼します!」  
ペコリと頭を下げ、旦那様はそう言って踵を返し、桟橋の私とフローゼルまで歩み寄った。  
「まいったねー。休みだってさ。船が到着するまであと1時間はあるかなぁ…」  
左手首に巻いた機械を弄りながら、旦那様は今の時を確かめながら呟いていた。  
「しょうがないか。みんなーしばらく自由に遊んでていいよ!  
自分は釣りでもして時間を潰してよっかなぁ……フローゼル、乗せてね」  
腕を覆うシャツを捲り上げ、背負ったリュックサックから赤い色の釣竿を取り出し  
フローゼルの背中を撫でると、彼女は桟橋から海へと身を跳ね飛ばした。  
ザバン、と水面に身体を叩きつける音と水しぶきが上がり、旦那様も彼女の後を追って海へと飛び降りた。  
私は後を追うことはせず、そっと桟橋から顔を覗かせて水面を眺めてみると  
影が生まれる真下に移動したらしく、桟橋の影からフローゼルの尻尾が覗いて見えた。  
「よぉーっし!何が釣れるかな!…たまにはコイキング以外を釣り上げたいよ、あはは」  
旦那様の笑い声を聞きながら、私は体勢を立て直してすぐ目前に見える図書館を眺めた。  
 
白い石造りの立派な図書館を訪れるのは実に久しぶりだわ。  
今回は入れる事が出来なかったけれど、私にとっては好都合に思えた。  
多分、旦那様の事だからあの時の昔話をクチートとチェリンボにも教える筈だったでしょう。  
もう一度、あの話を聞かされる事は、私にとってまた心苦しい物になるのだから……。  
目を細め、図書館の2階の窓を眺めていた時だった。  
「う、うわああぁぁー!!!れ、レントラーーーー!!!」  
「きゃーーーーああぁぁぁ!!!いやーーーーーーん!」  
桟橋の真下から、旦那様とフローゼルの絶叫が唐突に上がったのだ。  
その声は空気を震わせて私の足元までビリビリと伝わり、  
何事かと桟橋から顔を出して見ると、水面を割るかのようなスピードで  
旦那様を背に乗せたフローゼルが桟橋の真下から慌てた様子で泳ぎ出てきた。  
旦那様の手には赤い釣竿が握られているが、その糸は桟橋の真下への伸びたままで  
何かが釣れたのだと私は思ったが、それでもこの様子は何かがおかしい。  
「レントラー!お、降りて!来てよ!」  
普段なら、感電するのが嫌だと言って私を乗せないフローゼルが珍しく私を誘っていた。  
雰囲気も只ならぬ事になっているので、私は呼び掛けに応えてその身を彼女の背へと落とした。  
「よりによって、アイツを釣り上げちゃってさ…ははは……」  
焦りのあまりか、旦那様の眼鏡が下にズレ落ちていた。  
それを直しながら指で桟橋の下を示していたので、私がそちらへと視線を移すと……  
 
「ぐえっ!?何じゃこれー!」  
「わわわっ!た、大変!!……でも僕は相手にならないなぁ…」  
「あらぁ…私もちょっとね…」  
「いやーん」  
騒ぎを聞き付けた仲間達が桟橋の上で海面を覗き込みんでは  
それぞれ驚いた様子を口にしていた。  
それもそのはず。旦那様が釣り上げた海に住まうポケモンが、  
バシャンバシャンと細長い身を海面で跳ね飛ばしながら時折唸りをあげていたのだから。  
「普段はコイキングしか釣れないのに…ギャラドス釣っちゃったよ、あはははは……  
よぉっし!レントラー、スパーク!!」  
 
旦那様の命を聞き、私は即座にたてがみから腰にかけて電気を溜め込んだ。  
フローゼルにその刺激が行かぬよう、四肢には電気を通さぬようにするのは結構骨が折れるけれど  
それも仕方が無い事。彼女が己の身を守る術を持っていれば楽なんだけどれもね。  
そんな事を思いながら、私は身を飛び跳ねさせてギャラドスへと向った。  
溜め込んだ電気が皮膚と体毛から弾けながら、起動を示して時間差で空中に拡散して行く。  
私は身体を丸く屈め、一番電気を溜め込んでいるたてがみの生える頭部と首を  
ギャラドスの胸へと身体を叩き付けた。  
すると海水の電導率の高さも相まい、私の身体を纏った電気は何本もの筋を作って  
ギャラドスの身体を覆い、そして体内へとその刺激を与えて行った。  
激痛にギャラドスは身をくねらせては吼え上がり、私は海へと落ちたが  
四肢を動かして海面へ顔を浮かばせた。  
溜め込んだ電気を全てギャラドスへと送ったため、フローゼルが感電する心配も今は無い。  
 
ギャラドスはもう一度身体をくねらせて呻きを上げると  
分厚い唇に引っかかっていた糸を繋ぐ針が外れ、  
たまらないと言った表情で飛び跳ねたと思ったら、大きな水しぶきを上げて海中へと潜っていった。  
ギャラドスが作った大きな波に揺さぶられながら、フローゼルがゆっくりと私へと近づいてきた。  
「お疲れ。助かったよ、ありがとう」  
海面をかく私の両前脚を掴み、旦那様はそう言いながら私をフローゼルの背へと引っ張り上げた。  
水を吸ったたてがみが重く、ブルブルと身を震わせて水分を飛ばすと  
旦那様は顔を覆いながら、わははと笑っていた。  
その様子を桟橋の上から眺めながら、クチートたちも安堵のため息を吐いていた。  
「ほっ。どうなるかと思ったぜ…」  
「ギャラドスって凶暴だもんねー。でも、まぁレントラー相手じゃ敵わないもんね」  
「ブーバーじゃぁ、勝てないわよねぇ」  
「よねぇー」  
「えっあっ!……し、仕方無いじゃないかぁ!」  
先ほどの焦りも何処吹く風かしら。  
桟橋の上で笑い合う仲間たちを眺めていた時だった。  
 
「あっ……あれは…」  
私の横で、旦那様が桟橋とは真逆の方向を眺めて今のように呟いた。  
それにつられ、私も同じ方向へと視線を移すと  
だだっ広い海の水平線の中央に、白く小さな何かが浮かんでいるのが見えた。  
…小さい、と思ったのは錯覚であり、その上を飛んでいるであろう  
ペリッパーの姿と比べると数十倍もの大きさである事が窺えた。  
……そう、あれは───  
「おぉ!?アレって…」  
桟橋から身を投げ出し、クチートが額に手を当てながら呟いた。  
「えー?何?何ぃ〜?見えないのよ、アタシは〜〜」  
水平線におしりを向けている格好のフローゼルは  
鰭の生えた腕をジタバタ動かしながら何を見つけたのかと呼びかけると  
旦那様の独り言が、それを答えた。  
 
「船だ!予定より早かったみたい!」  
──あの船は、あと十数分もしないうちにこの港町へと到着するでしょう。  
乗り込んでいる、あの女と手持ちのポケモンたちが降り立つのも時間の問題だわ。  
……どうすれば、あの船が到着しないのか  
どうすれば、あの女が降り立たないのかを私が考えているうちにも  
船はどんどんとその姿をあらわにして行く。  
 
そうして──船は、汽笛を鳴らして到着の合図をこの町全体へと知らせた。  
 

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