トレジャータウンを縦断するように流れる小川の水は、底が見える程澄んでいてとても美しい。  
深さは足首までが浸かる程度であり、疲れた身体を癒すにはうってつけの場所であろう。  
だが、今この場所を訪れた者たちは生憎そうもいかない様子であった。  
 
上流側に上った町からやや外れたこの場所に、ザングースとサンドパンはマニューラを連れて来ていた。  
川に背を向け、マニューラは腕を組んで砂利を踏みしめるように立っており、  
自分と向い合せに立っているザングースとサンドパンを睨みつけていた。  
その向こうには丈の高い草木が垣根の様に生え、  
それにより隠れて見えないが、川の流れに沿うように道が続いている。  
そしてストライクがその草木の垣根の向こう側で見張りの番をしていた。  
「ここまでくれば、誰かが来る事はないだろうな」  
首を傾げる仕草で辺りを見回しながらザングースが言うと、マニューラは「そうか」と返す。  
「大声を上げても、気付かれる事はないから安心してイイんだぜ?」  
「………そうか」  
「そーかそーかってつれねぇなぁ。ま、大人しくしてくれる方が楽だけどさ…」  
そう言いつつ、ザングースはマニューラの前へと歩んで彼女の顎を右手で掴み、  
自分の顔と合わせるように持ち上げた。  
「…あ、そうだ」  
「……どうした」  
「や、さっきさぁ…オマエの部下、あの蛇しかいなかったけどよぉ。化け蠍の方はどうしたのさ?」  
「……教える必要は無いね」  
マニューラはそう吐き捨て、またもや腕を振るってザングースの手を叩いて顎から手を離させた。  
数歩後ろへ歩き、叩かれた掌を左手で擦りながらザングースは口の端を上げてにやけた。  
「ははーん……喧嘩でもしたのか?」  
「……」  
腕を組みなおして視線を逸らして黙るマニューラを眺め、ザングースは自分の予想通りだなと確信した。  
「いけねぇなぁ。チームのボスともあろうお方が、部下と喧嘩して追っ払うマネなんかしちゃってさぁ」  
「追い払ってなどいないよ!!」  
ザングースへ顔を向け、マニューラは牙を剥き出して吼え、  
ようやく己の意思で彼女が自分と視線を合わせた事に、ザングースはニヤリと笑って言葉を続けた。  
「ふぅーん……ま、そちらの事情なんぞ知ったこっちゃねぇけどよ。  
しかし、喧嘩するってコトはさ……まだ、アイツらとはヤッてねぇわけ?」  
「ッ…ふざけるな!!」  
ザングースの言葉に声を張り上げ、マニューラは怒りを彼にぶつけ、  
組んだ腕を解き、鉤爪で空を切るように右腕を横に振るう素振りを見せた。  
「あの時も言ったが、我らはそこまで堕ちてやいない!ワタシを侮辱したければ、好きなだけ侮辱しな!  
……だけどね、ワタシの部下たちを侮辱するのだけは許さないよ!!」  
 
──川の流れる音と、風が草木を撫でる音がしばし彼女らの周辺を支配した。  
マニューラは噛み合せた牙を見せるようにザングースを睨み、  
そんな彼女をザングースとサンドパンは眺めていた。  
「…随分と必死な様子じゃね?」  
その支配を、ザングースが喋り出した事で打ち破った。  
「……必死、だと…?」  
腕を振るったままの姿でマニューラは彼の言葉に眉を顰めた。  
「そ。部下を侮辱されたってーコトよりも……関係を持つって事に恐怖感持ってねぇ?」  
ザングースがそう言いつつ、稲妻の様な赤い体毛の模様が走る左目を瞑って見せると、  
マニューラはギクリと身体を強張らせた。  
「前も言ったけどさぁ、あのドラピオンは確実にオマエを慕っているだろうし、  
アーボックも同じだろうよー。だったら応えてやってもイイじゃねーか」  
 
「……うるさいね…。アンタが他のチームのやり方に口を出す筋合いは無いだろう」  
マニューラはそう言って横を向き、ザングースは「まぁな」と、肩を揺らして軽く笑った。  
そんな2匹のやり取りをザングースの後ろで黙って眺めていたサンドパンだったが  
彼はそろそろ待ちくたびれたようで、その欲求を口に出した。  
「なぁ、リーダー…ンな話なんてどーでもイイからさぁ。早くヤろーぜー」  
長い爪を生やした両腕を上下に振り、背から生えた棘を左右に振りながら  
駄々を捏ねる子供の様にサンドパンが言うと、ザングースは首を彼へと向けて「あぁ」と返した。  
「あ、リーダー、今度は前に挿れさせてくれよなぁ〜」  
「お?オマエ、年増は好みじゃねーんじゃなかった?」  
「年増で悪かったな!!」  
マニューラは2匹の頭の悪い会話に心底嫌悪の念を発しながら、腕を組んで息を深々と吐いた。  
「でも、コイツの後ろ側は結構イイ具合だったし…だったら前も試して見たくてさぁ」  
砂利を踏みしめながら歩き、サンドパンはその爪をザングースの左肩に置き、軽く笑うと  
ザングースもまた同じく軽く笑った。  
「じゃー、俺は後ろだな。でもまず最初に1回ずつヤッてから、な?」  
「もち、それでイイよ」  
ザングースとサンドパンはそう言いながら視線を合わせ、瞬きをすると同時に揃ってマニューラへ視線を向けた。  
太陽の光を水面で反射させている川を背にした彼女は腕を組んで彼らを睨み、  
不機嫌さからか、うなじから生えた羽根を吊り上げており、瞳と眉も同じように吊り上がっていた。  
「まぁまぁ、そう怖い顔すんなって」  
ザングースが歩き、マニューラの両頬を両掌で包むように掴んでは背を屈め、  
彼女の顔と自分の顔を向かい合うように動かした。  
マニューラの瞳とザングースの瞳がかち合い、ザングースはニヤリと笑った。  
「…しっかし、アイツらもイイボスを持ったなぁ」  
「………何がだ」  
「へへ。分かっている癖によぉ……」  
そう言い、ザングースは目を閉じてマニューラの唇に自分の唇を重ね合わせ────  
 
────ようとした時、彼の目前に星が散った。  
 
脳天にまるで丸太が降って来たかのような衝撃を喰らい、ザングースは目を見開いて呻いた。  
見開いた視線の先には、マニューラの顎が映り、次に赤い付け襟に腹の体毛に股とその後ろに見える赤い尾羽へと、  
スローモーションがかかったかのように流れ、最後に見えたのは影に潰された砂利の姿であった。  
──マニューラの右鉤爪の側面が、彼の脳天を叩き付けたのであった。  
その鉤爪には橙の光を纏っており、それはザングースの弱点そのものであったのだから、  
無防備にも脳天にそれを喰らってしまった彼はたまらず倒れてしまったのだ。  
「り、リーダー!!」  
サンドパンが叫ぶと同時に、ザングースがうつ伏せに倒れこんだ。  
その彼を飛び越える形でマニューラが前に飛び跳ね、  
ザングースに気を取られたサンドパンの顎を下から蹴り上げた。  
「ぐぎゃっ!」  
顎に喰らった衝撃と痛みに呻き、サンドパンは後ろへと倒れ、  
マニューラはそのまま自分の背後へと飛び跳ねてザングースを再び飛び越えると、川の中へと足を入れた。  
バシャバシャと水を踏み鳴らす音が響き、ザングースは脳天に喰らった衝撃に頭部を押さえながら顔を上げ、  
マニューラの後姿を目で捉えると反射的に声を上げた。  
「ま、待ちやがれ!逃げる気か!!」  
彼のその言葉に反応し、マニューラは川の中心に来たところで足を止めた。  
「……逃げる?まさか」  
そう言ってからマニューラは倒れこむ2匹へ振り返り、腰に両鉤爪を寄せた。  
 
受けた衝撃の勢いが和らいだらしく、ザングースはふら付きながらも上半身を持ち上げ、  
右指から生えた太い爪をマニューラへ向けた。  
「そ、それに…オマエ、あの時と違う技使ってんじゃねーよ…!」  
するとマニューラは失笑の息を吐き、嘲いては彼らを見下した。  
「はっ。挑む場所によって技を使い分けているんでね。いつまでも同じ技しか使わないのかい、アンタたちは」  
「う、うっせぇ!!…って言うか逃げるなよ!」  
「逃げなどしないさ」  
「じゃぁなんで川の中に入ってんだよ!」  
ザングースが吼えると、マニューラは彼のその言葉に口の端を上げて牙を見せつけながら声を出さずに笑った。  
腰を押さえていた両鉤爪を離して腕を下ろし、ザングースを眺めながら言葉を続けた。  
「……アンタさ…あんまりマシンを使って技を覚えた事無いだろう?」  
チャプリ、と言う音と共にマニューラの足元の水が軽くうねったが、  
ザングースの視線は彼女に向けられており、彼はその事に気が付かないでいた。  
「? あ、あぁ…まぁ……って!それがどうしたってんだよ!」  
「………マシンを使ってみるとね、意外な技が使える事が分かって結構面白いんだよ」  
ザワリと風が吹いて水面のうねりは力を増し、バシャリと小さく波を打った。  
「…って、ぇ…?……ま、さか!」  
さすがにその様子にはザングースも気が付き、ハッとした表情を浮かべて体勢を立て直そうとした、が──  
 
「え、何、何だよー!?」  
仰向けに引っくり返ったままのサンドパンは四肢を動かしながら身体を起こし上げようとし、  
首を動かして2匹の方向へと視線を向けた時、彼はその大きな瞳で今の状況を確認する事が出来た。  
──しかし、彼の瞳が映し出したその状況を一言で表すのならば、まさに絶望であっただろうか。  
ザングースの身長を余裕で超す高さの波が目前に上がり、  
その波の頂点にマニューラが浮かんで乗り上がっていたのだ。  
「げ!」  
「ちょ!な………」  
 
『うっそおぉぉぉぉーーーーーー!!!!?』  
 
ザングースとサンドパンの絶叫が上がり、  
その直後に水が彼らを叩きつける音に空気と水が混ざり合う音も響き渡り  
ストライクは鎌の腕を組んだまま動かずに、その三部合唱を聞いていた。  
そして水が引く音が響き、しばし騒ぎが治まったと思った時、背後にした草木が揺れ動き  
それを掻き分けながらマニューラが姿を現した。  
「ふぅー……」  
彼女は脚を振りながら付着した水分を飛ばし、そんな彼女をストライクはただ眺めていたが  
不意にマニューラが彼に視線を向けて、ニヤリと笑って声をかけた。  
「……馬鹿な仲間を持つと互いに苦労するな?」  
「……確かにな」  
ストライクが腕を組んだままため息を吐くと、マニューラはケラケラと笑った。  
「全くだよ。さて、ワタシは戻るとするから」  
「そうか」  
「……じゃぁね、蟷螂野郎」  
マニューラはそう言ってストライクに背を向け、  
左腕を軽く振りながら別れの辞儀を見せてトレジャータウンへ続く道を歩いて行った。  
「……」  
ストライクはマニューラの後ろ姿を眺めたまま、右腕の鎌を口元に当ててうーむ、と呻り始めた。  
と、その時に彼の背後に面した草木がガサガサと音を鳴らし、  
全身を水に濡らして長い耳と尾をペッタリと垂らしたザングースが  
胸と腹を地に押し付ける姿で草木の間から這い出てきた。  
 
「お……い、ストライク………ッ!!」  
「ん?あぁ、ザングースか。大丈夫か?」  
ザングースを下目で眺めてストライクが声をかけると、ザングースは牙を剥き出して怒りを彼へとぶつけた。  
「大丈夫かじゃねーよ!!聞こえていたんなら援護しやがれ!!」  
ザングースの後ろ側では、サンドパンが目を回して仰向けに倒れていたが  
ストライクは彼にも心配を抱いている様子を見せずに  
「俺は手出ししないと言ったじゃないか」  
と、サラリと言ってのけたのだった。  
それを聞き、ザングースは大きく息を吐いて頭を抱えた。  
「ったく、この武人気取りが……」  
「…あぁ、そうだ。聞いてくれ」  
「……は?何だよ」  
「………羽虫から蟷螂に昇格したぞ」  
「…………知るかよ!バーーーーカ!!」  
少し嬉しそうな様子のストライクに、ザングースは唾を飛ばしながら吼えて  
ガクリと頭を落として項垂れたのであった。  
 
 
 
階段を踏みならす音を聞き、アーボックはモモンの実のシェイクを飲むのを中断して  
上半身を起こしてはその方向へ首を伸ばすと、見慣れたポケモンの姿が視界に入った。  
「戻ったぞ」  
マニューラはそう言いながらテーブルへと歩み、椅子の横に置かれたトレジャーバックを掴んだ。  
「結構早かったですねぇ」  
「まぁな。アイツらを潰すのは簡単だし」  
バックを掴んだままマニューラはパッチールのカウンターまで歩み、  
アーボックと会話を続けながらバックの蓋を開いた。  
「モモンの実を渡された時はちょっと心配しちまいましたけど……  
『沈めてくる』って書かれてあったんで、まぁ大丈夫ですかね、と」  
「アイツらはニューラ族が刻むサインを読めないらしいからね。お前たちに教えておいて良かったよ」  
木の実が詰まったバックの中を眺め、オレンの実があるのを確認したマニューラはその中へ腕を突っ込み、  
チラリとテーブルの方へと視線を向けた。  
「……まだ、戻ってないのかい、アイツは………」  
「心配してるんですか?ボス」  
「……別に!」  
視線をテーブルに向けたままチッと舌を打ち、鉤爪で木の実を掴んでそれをカウンターへと叩きつけた。  
パッチールはビクリと肩を震わせ、マニューラが置いた種を見ては「えっ?」と呟き  
種とマニューラを交互に眺め始め、その視線に気がついた彼女はジロリと下目でパッチールを睨んだ。  
「あ、あのっ…こ、これ……」  
「あぁ!?」  
「ヒッ!…い、いえ、何でもありません!!」  
マニューラの気迫に怯え、パッチールはカウンターに置かれた木の実を両手で掴むと  
それをシェイカーの中へと放り込んだ。  
パッチールが振るシェイカーの音を聞きながら、マニューラは大きく息を吐いた。  
「……別に心配なんかしてないさ。ただ、もう今日の探索は無理だと思うと腹が立つよ」  
「はは。まぁ確かにそうですかね」  
「……笑い事じゃないだろう…」  
 
「え、えぇ〜っと……で、出来上がりましたけど…」  
パッチールが、グラスになみなみと注がれたジュースをカウンターへと置いてマニューラに声をかけた。  
マニューラは何も言わずに鉤爪でグラスを引ったくり、それを口に付けてグイ、と飲み出した。  
喉を鳴らしながらジュースを飲み干す彼女の様子を見ながら、  
パッチールはあわあわと心配そうにマニューラを眺めていた。……何故ならば──  
 
「────!!!」  
最後の1滴を飲み干した所でマニューラは口を一文字に結び、グラスを掴んでいた腕を震わせ始め  
それを手放し、グラスが床に落ちて割れる音が響いたと同時に、彼女は口元に鉤爪を当てて背を丸めた。  
「ぐっ!」  
目を見開いて呻き、彼女は床の上に膝を崩して倒れ込んだ。  
「ボ、ボス!?……おい!テメぇボスに何を飲ませやがった!!」  
アーボックはマニューラへ声を掛けてから即座にパッチールへ吼えると  
彼はカウンターの影に身体を隠しながらも、顔を出してアーボックへ答えた。  
「い…いえ、手前は渡された木の実で作ったまででして……確認しようとしたんですけど、その…」  
 
「……オレソの実………でして……」  
 
「は、はぁっ!!?」  
アーボックが間の抜けた声を上げると、マニューラが椅子に肘をつける形で自分の身体を支えたが、  
口中に広がった不快な味に体力も気力も失ったようで、彼女は顔を青白く染めていた。  
「責めるな、アーボック……間違えたワタシが悪い…うっ…」  
嘔吐きながら口を押さえ、マニューラは力なく鼻から息を吐いた。  
「ボスぅ……大丈夫ですか?」  
尾の先端でマニューラの背をさすり、アーボックが彼女の顔を覗くが  
額の宝石を椅子に押し当てるようにマニューラは顔を伏せた。  
「……駄目…だね……はぁ…」  
「…横になった方が楽ですかね。宿に戻りましょうぜ、ボス」  
「いや、それは……まだ、アイツが……」  
顔を上げてアーボックと視線を合わせて首を横に振るが、彼もまた首を横に振り  
マニューラの腰に尾を絡めて自分の背に彼女を乗せ、そして尾の先端にトレジャーバッグを引っかけて  
「じゃぁーな」  
と、パッチールへ言いながら蛇腹を滑らせた。  
マニューラを背に乗せたアーボックの姿が階段から見えなくなったのを確認し、  
パッチールを始めとしたカフェに居る全てのポケモンたちが、ほぅ…と安堵の息を飲んだのであった。  
 
 
 
洞窟を抜けだして空を見上げてみれば、少し前まで真っ青だったそれは茜の色へと変貌を遂げようとしていた。  
いや、少しだけだと感じていたのは思い過ごしであり、相当なまでに時を過ごしてしまった事に気が付くと、  
ドラピオンは大きな身体を揺り動かしながらトレジャータウンへ戻る道を辿っていた。  
「しぃまったー…!もう夕方じゃねーか。早く戻らないと……」  
星の洞窟からトレジャータウンへ続く道を走り、彼は少し前の出来事を思い返していた。  
それは、ジラーチによって願いを叶えてもらった事、なのではあるが  
それが本当に叶ったのか、ドラピオンには分からなかった。  
何故ならば、それはドラピオン次第で変わるかもしれない、とジラーチは言ったのだった。  
 
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「…は、ぁ?オレ次第……だと?」  
 
虹色に光る水晶に囲まれ、ドラピオンは目前を浮遊する星の化身へそう言った。  
「そ、お兄さん次第で、どーなるかは変わるの」  
星の化身であるジラーチは後ろの腰に両手を絡め、首に巻いた長いスカーフを揺らしながらそう言った。  
「おい、テメェは願いを何でも叶える力を持っているんだろ?」  
「それはそーだけど、それだけだと色々つまらないじゃない?」  
「つ……つまらねぇって……」  
マニューラと似たような事をジラーチが言うのだから、  
ドラピオンは彼女と口論した事を思い出し、言葉を詰まらせた。  
 
「……ボクはお願いを叶えるけど、それはあくまでもお手伝い程度の叶え方。  
だから、後はお兄さんが頑張ってね。そうすればお願いは叶うから」  
ジラーチはクスリと笑い、短い右腕を伸ばしてドラピオンの角を撫でた。  
そうして大きく欠伸を見せ、長いスカーフを操って自分の身体に巻きつけるように包み込ませると  
「それじゃー…ボクは眠いからもう寝るね〜……おやすみー………」  
瞳を瞑り、全身から淡い光を帯びさせてフワフワと天井へと昇って行った。  
「え、あ、お、おいっ!!」  
首と腕を伸ばして、ジラーチを掴もうとしたが寸での所でドラピオンの爪先は掴み損ね、  
ジラーチを包んだ淡い光は天井の中央から生えた太い水晶の先端へと昇り、  
スゥ…と吸い込まれてしまったのだった。  
「おっ……おい!こらぁ!!」  
ジラーチを吸い込んだ水晶に向ってドラピオンは吼えるが、  
それは虚しい程に自分の声が反射して響き渡るだけだった。  
 
---------------------------------------  
 
「オレ次第……っても、意味わかんねぇぜ……」  
足を止め、沈みかけている太陽で作り出された長く伸びた自分の影を眺め、ドラピオンは大きく息をついた。  
そして再び走り出し、そしてやがて何度通り過ぎたか分からないと思うほど見慣れた交差点を見つけ  
南側に位置する地下へ続く階段をドラピオンは下った。  
「い、今戻りま……あ、れ?」  
太い兜の尻尾を階段に乗せたまま、ドラピオンはパッチールのカフェの入り口で足を止めて声を詰まらせた。  
己の頭と相棒が居る筈の席には彼女らの姿は無く、代わりにカフェの店主の姿があり、  
彼は床に散らばったグラスを片付けている所だったのだ。  
「あ。チームMADさんの……」  
パッチールはドラピオンの姿を確認すると彼から顔を逸らし、  
彼の渦巻きの瞳でも分かるくらいの苦い表情を浮かべたが  
「おい、マニューラ様とアーボックは何処へ行った?」  
ドラピオンに問われて即座に視線を戻した。  
箒と塵取りを手に掴んだままパッチールはドラピオンに  
「え、えぇ。女性の方が御体調を崩されて……ご宿泊先に戻られましたが」  
と、彼を刺激しないように振舞ったがそれは無駄に終った。  
「な、何だとおおぉ!!!?」  
ドラピオンはパッチールの言葉に大きく吼え上がり、爪で床に穴を再び空けながらパッチールへ走り寄り、  
両腕の爪でパッチールの首を掴むと、彼を持ち上げて揺さぶり始めた。  
「おい!体調を崩したってどう言う事だ!」  
「ヒィー!!て、手前が作ったドリンクで、そのー!す、すいませんんんんん〜〜〜!!」  
持ち上げられ、足をジタバタと動かして離してくれとパッチールが行動で示していると  
ドラピオンは彼に構っている場合では無いと気がついたのか、爪の力を弱めてパッチールを解放した。  
持ち上げられたまま解放されたので、パッチールは丸い尾のついた臀部で床の上に落ちて小さく悲鳴を上げた。  
「っと……じゃ、邪魔したなッ!!」  
腕と尾を大きく振り回し、テーブルをなぎ倒しては再度床に穴を開けながら階段を上って行った。  
しばし、皆はドラピオンが去っていった階段の方向へと視線を向けていたが  
ふと、カフェの店内を見回してみれば、いくつもの穴が開いた床に、なぎ倒されたテーブルの足は折れ  
まるで一部にだけ嵐が来たのかの状況に、パッチールは頭を抱え  
「……もう、来ないで下さい……」  
と、涙を流して呟いた。そして、カフェの住人全員が彼を慰めようと、必死になっていたのは蛇足的な話。  
 
 
 
トレジャータウンの外れに位置する森の中にひっそりと佇む宿は、探検家たちの一時の癒し場所である。  
家を持たぬ者、旅をする者、理由はされどあれ来る者を拒む事のないこの場所のとある部屋で、  
マニューラは藁のベッドの上に仰向けになって横たわっていた。  
 
「ボスぅ……大丈夫ですか?」  
「……あぁ、かなり楽になった……。だけどまだ視界がフラフラするよ」  
額の宝石に左鉤爪の甲を押し当てながら息を吐き、マニューラは首を軽く動かして左側へと視線を向けた。  
木を薄く削った板と岩石を積んで作られた壁の一箇所には外へ繋がる四角い穴が開き、  
細い木の棒が十字に通って仕切りを作っている。  
外の様子がそこから見えるのだが、マニューラの位置的には日が沈んで群青に染まった空と星しか見えておらず  
彼女は大きく息を吐き、首を反対側へ動かして自分の横で腰を据えているアーボックへ視線を移した。  
部屋の四隅には油の入った皿が小さく燃え上がり灯りを作っており、  
日が沈んだ夜でも、部屋は明るく保たれていた。  
「……アイツ、まだかな……」  
もう一度窓へ視線を向けて、赤い瞳を細めながら闇夜に浮かぶ星を見つめてマニューラは呟いた。  
「さぁ、どうですかね?でもさすがにこの時間まで戻らないってーのは結構ヤバいと思いますけど……」  
「………」  
アーボックの言葉を聞き、マニューラは身体を捻ってうつ伏せの形を取り、  
肘を曲げて上半身を起こし上げようとしたが、それをアーボックが止めに入った。  
「ボス、寝ていて下さいよ」  
「で、でも……」  
「そんなに心配するなら、あの時追い払うような事しなけりゃ良かったじゃねぇですか」  
「……お、追い払ってなんかいないよ…」  
マニューラは口ごもり、曲げた肘を伸ばして藁の枕へと左頬を押し付ける形を取ってから  
身体を動かして左脇腹を下にする形で横になった。  
「……眠りますか、ボス?」  
「あぁ……そうしたい」  
「そんじゃぁ、オレさまは隣の部屋に戻──」  
アーボックが部屋に戻ると言い切る前に、部屋の入り口を塞いでいる藁の暖簾が動いた。  
 
「!!」  
マニューラが上半身を起こし上げ、アーボックが広がった胸を更に広げ、  
2匹が同じ場所へ視線を向けると藁の間から赤紫色の兜を被った男が姿を現した。  
「……い、今……戻りました………」  
巨大な牙を口から生やした男は長く伸びた首を動かして頭を垂れ下げ、  
頭部から生やした角をマニューラへと見せた。  
「……他に言う事があるだろう、ドラピオン…」  
マニューラはようやく戻ってきた部下へ今のように呟くと、  
上げた身体を再度藁のベッドへ落とし、彼に背を向けた。  
「えっ…あ、あの………」  
顔を上げ、ドラピオンは何を言えばいいのか分からぬ様子を見せると、  
相棒のアーボックが長い尾を揺らして先端で空を切るように横へ動かし、  
こっちへ来るようにと無言で指示を見せたので、ドラピオンは大柄な身体を動かしながら  
マニューラの横へと歩み寄った。  
「……その、マニューラ様……先ほどは失礼を…」  
「それじゃない」  
顔を正面に向けたまま、マニューラがドラピオンを言葉を切り捨てた。  
「えっ?……え、えっと?」  
爪先を口元にあて、ドラピオンが文字通り首を傾げていると  
アーボックはため息を吐いてドラピオンの耳元まで口を寄せ、小声で彼に語りかけた。  
「おい、ドラピオン」  
「な、何だよ?」  
「……オマエが出てってから、ボスはどうしていたと思う?」  
「はぁ?」  
「……ほとんどずっとな、『ドラピオンはまだか、ドラピオンはまだか』って言っていたんだぜ」  
 
ドラピオンは瞳を数回瞬き、口を結んで今のアーボックの言葉に自分の言葉を失った。  
黙るドラピオンの横顔を眺め、アーボックはキシキシと笑い彼から離れてマニューラを静観する態勢に入った。  
「……そ、の………御心配、おかけしました……」  
そう言ってドラピオンは再度首を動かして頭を垂れた。  
マニューラは彼に背を向けているのでそれが見えるはずも無いが、その言葉でドラピオンの行動を読み  
ふぅ、と肩を揺らして大きく息を吐き  
「……全くだ。馬鹿な部下を持つと本当苦労する」  
と、背を向けたまま彼女はドラピオンへ不満をぶつけた。  
「うっ…!」  
マニューラの言葉がガツンと響き、ドラピオンは一瞬怯んだ素振りを見せた。  
「……ドラピオン」  
「は、はい?」  
マニューラはドラピオンの名を呼び、彼らに向けていた背を動かして藁のベッドへ押し付けて仰向けになり  
首を横へ動かして彼らへと視線を向けた。  
「……もっとこっちに来い」  
マニューラは左鉤爪を腹の上に置き、右鉤爪の先端を曲げながらドラピオンを呼び寄せると  
ドラピオンは戸惑いながらも彼女へ更に近づくが、それでもまだ足りないと言うかのように  
マニューラは再度鉤爪の先端を曲げる。  
「え?あの…」  
これ以上近づくと言っても、ドラピオンがマニューラに圧し掛かるしかないのだが、  
それはさすがに出来ないと彼は考え、首を伸ばしてマニューラの顔へ自分の顔を近づけた。  
「……マニューラ…様?」  
 
──顔を傾げた時だった。  
突然、マニューラが両腕を大きく広げ、ドラピオンの頭部と首の付け根を抱きかかえたのだ。  
「!!!?」  
ドラピオンは驚き、とっさに身を引こうとしたが兜の首をマニューラの胸に押し当てられ動けないでいた。  
「あ、あのッ!?ま、まままま、マニューラ様ッ!!?」  
「……本っ当……馬鹿な部下だよ、お前は。おかげで苦労が絶えやしない」  
マニューラはドラピオンの首を抱えたまま、クスリと笑って言葉を続けた。  
「だから……あまりワタシを心配させないでおくれ…」  
「え…?」  
ドラピオンが聞き返そうとしたが、マニューラは彼の首を解放し、  
両鉤爪を彼の顎下に押し当て、上へと押し退けさせた。  
「っ…は、はい……」  
数歩後ろに下がりながら抱えられた箇所を撫で、ドラピオンが戸惑ったまま返事をすると  
その様子を一部始終眺めていたアーボックがまたもやキシキシと笑ったのだった。  
 
「……あ、あの、マニューラ様!御体調を崩されたって……」  
「あぁ、あのカフェでだよ。あの渦巻き兎のドリンクでちょっと、ね…」  
「え!?」  
「いや、ワタシが間違ってオレソの実を渡してしまったんだ…  
まぁ、おかげであまり正常な考えが出来ていない」  
ドラピオンを抱きしめた行動はそのためだ、とマニューラは言葉に含めて伝えて息を吐き、  
ゴロリと身体を横へ動かし、再度彼らへ背を向けた。  
「ボス、眠りたいっておっしゃっていたからオレさまが部屋に戻ろうとした時、丁度オマエが帰って来てよぉ」  
尾でドラピオンの腕を突きながらアーボックが言うと、ドラピオンは「そうか…」と呟いて返した。  
「んじゃ。ドラピオンも戻ってきた事ですから、オレさまらは隣の部屋に戻りますんで」  
「で、では。マニューラ様……また明日…」  
アーボックが軽く頭を垂れ、ドラピオンも同じ行動を取り、  
2匹は部屋から出て行こうと彼女へ背を向けたが──  
 
「──待ちな。お前たち」  
 
マニューラが、それを引き止める命を出した。  
 
「……え?」  
「はい?」  
部下の2匹は出口の前で立ち止まり、後ろへと振り返って自分たちの頭へ視線を向けたが  
マニューラはまだ彼らに背を向けたままの格好だった。  
「……聞きたい事がある」  
「聞きたい事、ですか…」  
「……その前に、教えなければならない事もあるねぇ…」  
マニューラは瞳を閉じて息を吐くと、赤き瞳を隠した瞼を上げた。  
「……良いかい。今、ワタシはオレソの実の影響で正常な判断がついていない。  
簡単に言えば、軽い混乱状態にある」  
「は、はい…?」  
マニューラの言う事が理解できず、ドラピオンは首を傾げながら返事をしたが  
しかしそれに構わずにマニューラは言葉を続けた。  
「だから、今からワタシの言う話は、戯言だと思って軽く流せ」  
「はぁ。で、何ですかボス」  
尾を揺らしてアーボックが問うと、マニューラは混乱状態に陥っているとは思えない程の  
はっきりとした口調で話し始めた。  
 
「……天空の階段の時の事、覚えているかい?」  
「はい?…あぁ、ボスが影ヤローに眠らされた事がありましたな」  
「そうだ。そこでワタシは悪夢を見せられたと言ったな……」  
「えぇ、何でもオレたちがマニューラ様を裏切るとか、何とか…?」  
「そうそう。でもボスを裏切るって、なぁー?」  
尾と胸を揺らしてアーボックは笑いつつも訝る様子を隠そうとしなかった。  
2匹の声を聞きながらマニューラはクスリと笑い、身体を動かして仰向けの形になり  
額の宝石に右鉤爪の甲を押し当てた。  
「裏切る、と言うのは間違いじゃない。  
……しかし、それはお前たちがワタシから離れるとか、そう言うのとは違ってね…」  
天井を眺めると、闇が火に照らされてチラチラと揺れていた。  
「で。どー言った悪夢だったんですかー、ボスー」  
痺れを切らした様子でアーボックが尋ねると、マニューラはまた大きく息を吐き、  
そしてゆっくりと首を動かして、2匹へ視線を向け軽く笑みを見せた。  
 
「お前たちに……な。犯された」  
 
「────…………は、い?」  
ドラピオンは呼吸をするのを忘れて黙り込み、ようやく息を吐くと共に今のように言葉を出したが  
それは到底言葉とも言えるものではなく、マニューラもアーボックもそれに構う事はしなかった。  
「……マジですか、ボス」  
アーボックはさほど驚く様子は見せなかったが、それでもそれなりの衝撃を受けたようだった。  
マニューラは自分の腹の上に両鉤爪を組み、右膝を軽く曲げた。  
「そうさ。全く、碌でも無い夢を見せられたものだよ」  
クッと喉を鳴らしてマニューラは笑い、ふぅ、と息を吐いた。  
「しかもな……悪夢の中で、言われたんだよ。………お前たちに抱かれるのはワタシの望みだと」  
再度首を動かし、天井を上げてマニューラは呟いた。  
「…で、でも…それってあの影ヤローが操ってもいる夢だったんですよね?ならそれは…」  
「そうだな、出鱈目だろうね。……しかしねぇ」  
寝転んだまま肩を竦め、マニューラは苦笑いを浮かべて言葉を続けた。  
「あの白鼬共がね、異性でチームを組んでおいて身体の関係が何も無いって変だと言って来たんだよ」  
「え?」  
「あー、今日な、あの鎌ヤロー共が来たんだよ。でもすぐにボスが潰したからそこんトコロは安心しろ」  
首を傾げたドラピオンにアーボックが説明すると、  
彼らは互いに視線を合わせた後、即座にマニューラへ視線を戻した。  
「前の時にも言われてさ……余計なお世話だって思っていたんだけどさ。  
……これと、悪夢のその言葉が嫌に胸に引っかかるようになった。どうにも、すっきりしないんだよ」  
 
瞳を閉じ薄く開くと、闇と灯りの境界線が大きく揺れた錯覚を見た。  
「………話しておく事は話した。さぁて、次に移るよ」  
「は、は…ぁ……」  
「……さっきも言ったが、今の私は混乱状態にある。だから今から馬鹿げた事を聞くけれど気にするな」  
「はぁ。で、何ですか?ボス」  
「………お前たち…」  
マニューラは揺れ動く影が映る天井から部下たちへと視線を向け  
「……ワタシを抱きたいと思った事はあるか?」  
と、聞いたのだった。  
 
────しばしの間、沈黙が彼らを包み込んでいた。呼吸の音すらも聞こえないくらい、空気が張り詰めた。  
「…どんな答えになろうが怒らないよ。正直に言いな」  
黙り込む部下たちを急かすようにマニューラが息を吐くと、  
ドラピオンが落ち着かない様子で彼女から視線を逸らし、アーボックが瞳を数回瞬いて舌を揺らした。  
「……ボスぅ。答えを言う前に質問させて下さい。…それで返って来た答えに応えて下さったりします?」  
「ん?うーん……どうしようかねぇ」  
アーボックらしい質問だ、とマニューラはニヤリと笑い、わざとらしく考える素振りを見せた。  
「部下の……欲求に応えてやるのも、ボスとしての務めだもんねぇ。  
でも、ただの欲求なら自分で処理しろと突っぱねるよ」  
歯を噛み合わせた口を見せつけながらマニューラが笑うと、アーボックもまた同意しながら笑った。  
「やぁっぱり。そぉーですよねぇ」  
「当たり前だ。で、どうなんだい?」  
「どうって、そりゃぁー決まってますでしょう。思った事があるどころか」  
アーボックは蛇腹を滑らせてマニューラの横へと移動し、寝転ぶ彼女の顔へと鎌首をもたげて覗きこんだ。  
「…ボスを抱きたいなんて、いっつも思っていますさぁ」  
広がった胸に描かれた模様を眺めてからアーボックの瞳へ視線を向け、マニューラはクスリと笑った。  
「……そうかい。で、お前はどうなんだいドラピオン」  
「なっ!!」  
マニューラがドラピオンへ声をかけると、呼ばれた彼はビクリと身体を跳ね飛ばせて顔を伏せた。  
「え、えぇっと……そ、そのっ……………あり、ます……」  
一気に顔から首にかけて熱くなったのを感じ、ドラピオンはますます顔の体温を上げた。  
 
「同じかぁ……」  
マニューラは瞳を閉じ、フッと笑った。  
「考える事はオレさまもドラピオンも同じになりますって」  
「いや、そうじゃないよ」  
「は?」  
瞳を閉じたままのマニューラの顔を眺め、アーボックは尾の先端を揺らした。  
「ワタシも、同じだと言う事だよ……ドラピオン、来な」  
「えっ!あ、は…はい…」  
マニューラは瞳を開けて上半身を起こし上げ、アーボックの横から顔を覗かせてドラピオンを呼ぶと  
彼は一瞬戸惑いを見せつつも、太い爪を動かして彼女の横へと着いた。  
「同じ…って、ボス?」  
身体を横に滑らせてドラピオンのためのスペースを作りつつ、アーボックがマニューラに問うと  
彼女は近くに寄ったドラピオンの兜の胸を撫でてから答えた。  
「……さっきさ、悪夢の中でお前たちに抱かれるのはワタシの望みだと言われたと教えたな」  
「はぁ。でもそれは…」  
「そう、ワタシを陥れるための出鱈目。  
……ワタシはお前たちに抱かれたいんじゃない。お前たちを抱いてやりたいのさ」  
 
「…ま、でも色々面倒が起こるのもまた事実さ。だからワタシは……」  
ドラピオンの胸に額を押し付けて頭部の羽根を揺らし、  
「逃げていたんだよね……」  
と、マニューラは呟いた。  
再び沈黙が彼女らを包み、ドラピオンとアーボックはマニューラを見下ろしていた。  
彼らが言葉を失った理由をマニューラは悟っており、  
それならばと彼女は顔を上げてドラピオンへ視線を向けた。  
「ドラピオン。お前、ジラーチには会えたのかい?」  
マニューラがドラピオンに問う事で沈黙を打ち破り、聞かれた彼は「えっ」と、首を揺らした。  
「えっと……その…あ、会え……ませんでした…」  
──何故か、ドラピオンは虚言をマニューラに返した。  
マニューラは真っ直ぐにドラピオンを見つめ、その赤き瞳の視線に彼は重圧を感じたが、目を逸らせずにいた。  
「…………なんだい。デマに踊らされていたのかい、お前は」  
クスリとマニューラが嘲笑すると、アーボックも似たような笑みを浮かべて隣の相棒の腕を尾で軽く叩いた。  
「バッカじゃねぇーの?ボスと喧嘩してまで探しに行ったのによぉ」  
「う、うるせぇな!誰がバカだ!」  
ドラピオンは首を左に回し、相棒へ咆哮して発言の撤回を求めたが、  
アーボックの言葉にマニューラは同感の意を見せた。  
「それはお前だろう。本当、お前ってば……」  
それから先の言葉はあえて止め、マニューラはドラピオンの身体に寄りかかる形で立ち上がり  
彼の顎に自分の両鉤爪を寄せた。  
「ドラピオン」  
「は…」  
はい、と返事をして振り向こうとした時、マニューラがその開きかけた口を封じた。  
 
ドラピオンの頭部の兜はほぼ横一直線に割れており、そこが唇全体となっていては  
その両端には太い牙が口内から飛び出している。  
牙と牙の間にマニューラは顔を埋め、ドラピオンの唇に自分の唇を重ねていた。  
数秒間、唇で彼の感触を味わった後に顔を離し、マニューラはドラピオンに視線を合わせ  
「……馬鹿な部下だ」  
と、呟いた。当のドラピオンは何が起こったのかが思考がついて行かず、しばらく茫然としていたが  
「……………あ!なっ!あ、ぁ、あッ!!??」  
マニューラが自分に起こした行動をようやく理解してから、声を上げて動転した様子を見せた。  
「ちょ、ちょ、ちょ…!ま、マニューラ様ッ!い、い、い、今……の……!!」  
「2度目だぞ?今更何を」  
「え……!?」  
焦り狂うドラピオンを宥める事もせずにマニューラは失笑すると、  
彼は彼女の言葉の意味が理解出来ずに首を傾げ、そんなドラピオンを眺めてはアーボックが声を出さずに笑い  
マニューラの顔へ自分の顔を寄せて、小さな不満を彼女へ投げた。  
「ボス…ドラピオンばっかりずるいですぜぇ」  
「ん?じゃ、お前もな」  
マニューラは右腕を伸ばして鉤爪でアーボックの頭部を寄せると、  
顔を傾けから瞳を閉じ、アーボックの唇と口付けを交わした。  
そうして口を離して薄く瞳を開き、マニューラは鼻から短い息を吐いて顔を伏せ気味に笑った。  
「……ボス、こー…キスして下さるって事は、期待して良いんですかねぇ?」  
「さぁ、どうしようかね?さっきも言ったけど単なる欲求なら受け入れないよ。  
……お前たちが、ワタシを抱きたい明確な理由次第、だ」  
アーボックの頭部から鉤爪を離し、マニューラは口元にそれを寄せ  
上目使いで部下たちを眺めては今のように言った。  
 
「だ…抱きたい理由って、そ、それは……」  
「何ですかぁ。ンなの決まっているじゃねぇですか」  
口ごもるドラピオンとは対称的にアーボックは澱み無くその答えを出した。  
「ボスに、惚れているからですぜ」  
マニューラと視線をかち合わせると、彼女は「そうかい」と頷き  
面と向かって言われた影響か、マニューラは胸の奥底をくすぐられる錯覚を感じていた。  
「で?ドラピオン、お前は?」  
「えッ!?」  
マニューラに見上げられ、ドラピオンはギクリと身体を強張らせた。  
「え、あ、の!そ、の……」  
「……ボス、言わせなくても、もうこの反応で答えなんか分かりきっていません?」  
相棒の反応に呆れ、アーボックがマニューラにあまり追い詰めるなと暗に示したが  
彼女はニヤリと笑って首を横に振った。  
「駄目だ。この際だからケリをつけさせる」  
「うひー。ボスってば酷」  
「ふん、何を今更。……で?どうなんだい、ドラピオン」  
「ッ……そ、の……」  
強張らせた身体が更に固まった。マニューラの瞳に見据えられ、まるで身体が氷ついたかのように。  
しかしそれは錯覚で、現実は彼女がドラピオンを見上げているだけであり  
普段は縦に細く尖ったマニューラの瞳孔は、  
部屋の灯りの少なさも相まって今は楕円を描く形になって彼を眺めていた。  
その瞳に、ドラピオンは自分の心臓の鼓動が早まるのをはっきりと感じた。  
そうして、一度兜の歯を噛み合わせて喉奥を短く鳴らしてから、答えを告白した。  
 
「……お、お慕い……申し上げて……ますッ!!」  
言葉を言いきる前にマニューラから視線を逸らして、ドラピオンは言い捨てた。  
顔から首の体温が更に上がり、心臓を包む胸の兜は痛いくらいに鼓動を鳴らし、  
ドラピオンは穴を掘って逃げ出したい衝動に駆られていたが、寸での所でそれを抑えていた。  
そんなドラピオンを見上げたまま、マニューラはクスクスと笑っては息を吐いた。  
「…そぉー、かい。それじゃぁ応えてやっても良いかねぇ」  
「……良いんですかい、ボス?」  
「惚れた相手を前にしておきながら、突っぱねられたら辛いだけだろ。  
それにな、ワタシは今、混乱状態にある。正気に戻ったら混乱していた時の事は全て忘れている。  
……ワタシとそうしたいのなら、今しかないぞ?」  
ニッと、マニューラが歯を噛み合わせた笑顔をアーボックに見せると、  
彼もまたニヤリと笑って舌を揺らした。  
 
「で……ですがね、マニューラ様!」  
逸らした顔をマニューラへと向き直し、ドラピオンは彼女へ異論を出した。  
「先ほど……おっしゃっていましたが、務めと……  
オレたちを抱かれるのが義務だと思われるなら、オレは……結構です」  
ドラピオンは赤く染まった顔でマニューラを見下ろし、マニューラは赤い瞳でドラピオンを見上げたが  
真顔で彼を眺めた後に、彼女は眉を下げて微笑を浮かべた。  
「……本当、お前ってば馬鹿だよ」  
「は…?」  
「義務だとか、務めとかでお前たちを抱いてやりたいなどと思うものかい……」  
マニューラはそう呟いて顔を伏せ、両腕を広げてドラピオンの首とアーボックの胸腹を包み込むように抱えた。  
──異性の彼らを束ねるために、マニューラはメスである事を捨てて向き合ってきた。  
しかし、それが彼らを逆に抑えつける結果となり、そして同じく彼女も己を抑えていた。  
ならば、と。今、けじめをつけてしまおう、と──  
 
「愛しているよ。お前たち」  
マニューラは顔を伏せつつも、彼らに想いを披瀝した。  
 
 

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