マニューラの様子が何かおかしい、と最初に不信に思ったのはドラピオンだった。
飛行のピアノと言う財宝を手に入れるため、天空の階段へ挑んだのは少し前の事。
そこでマニューラは隙をつかれて敵の手中に嵌められ眠りに落とされた。
数分眠りに落ち、目覚めた後に敵を撃破したマニューラから話を聞けば、悪夢を見せられたと彼女は答えた。
何でもそれは、自分たちが頭(かしら)であるマニューラを裏切る悪夢であったと彼女は言う。
裏切るとは、どう言う意味でなのか?と、ドラピオンは疑問に思っていた。
その後の会話の流れからして、MADを自分たちが抜けると言う事だったのだろうかとも思った。だが──
財宝を手に入れた後、トレジャータウンに戻った時は既に夜もふけていた。
そこで宿に泊まる事になったのだが、何故かマニューラは自分だけ別室をとり、そこで眠ったのだ。
資金の節約と称して3匹とも同室で眠るのが普段の事。
何故別室で眠るのか、とドラピオンが疑問を投げかけると、
彼女は一言「別に良いじゃないか」と返すだけだった。
別に資金繰りが苦しい訳でもないので、部屋を2つとっても特に問題は無い。
疑問を投げかけたドラピオンは、自分の胸が少し痛んだのを感じつつ、そうですか、と返した。
しかしマニューラのその不自然な行動は後にも続き、
野宿をする際も、普段ならば焚き火を囲って互いが互いを守る形で草の上で眠るのだが
マニューラだけは木に登り、太い枝に跨って眠るようになった。
……まるで、自分たちを避けているようでは無いかとドラピオンは愕然とした。
いや、ようではなく、正しく避けているのに他ならない。
宿で別室を取る事に関しては、アーボックは特に気に留めていなかったようだが
さすがに野宿でもマニューラが自分たちから離れるようになった事に関しては不信感を抱いたらしい。
そしてマニューラが彼らを避け続ける事により、ドラピオンはとある不安を常に抱えるようになった。
それとは──────
「星の洞窟ぅ?」
トレジャータウンの交差点地下に存在する、パッチールのカフェでそのような声が響いた。
声の主は鉤爪の手に持ったグラスの中身を飲み干し、空になったそれをテーブルの上に置くと
ジロリ、と目を鋭くさせて目前の男を睨みつけた。
「えぇ、さっき交差点を通り過ぎようとしたビッパをシメていたら
その洞窟のありかを教えてくれたんですさぁ」
男はケラケラと笑い、頭部から生えた両腕を揺り動かした。
「おいおい、八つ当たりもいい加減にしとけよ。この町に居辛くなるじゃねーか」
隣では別の男が鎌首をもたげながら、呆れ気味にため息を吐いた。
「…で?その洞窟がなんだって言うんだい?凄いお宝が眠っているとか言うのか?」
テーブルに肘をつけ、組んだ鉤爪に顎を乗せて女が言った。
すると男はヘヘヘ、と含んで笑った。
「いやいやいや、もぉっとスゲェモノがあるんですよ…マニューラ様」
「御託はいいからさっさと言えよ、ドラピオン」
「焦るなって、アーボック。…なんでもですね…
星の洞窟には、ジラーチって言うヤローが眠っているそうですよ」
ドラピオンは長い腕でマニューラとアーボックを囲うように回し、今のように小声で話した。
「ジラーチ?」
「……あぁ、伝説のポケモンだろ。聞いたことがある。
訪れた者の願いを、何でも1つだけ叶えてくれる能力を持っているって──」
マニューラが言い終わる前に、ドラピオンが「そう!」と叫んだ。
「そうですぜ!これはいい情報だと思いませんか、マニューラ様!!」
瞳を輝かせ、ドラピオンが鼻息を荒くしそう言うが、マニューラは瞳を閉じ、ハァ、とため息を吐いて
「…くだらないね」
と、切り捨てた。
「……な…!
な、何でですよぉマニューラ様!ジラーチに会えばなんでも願いが叶うんですぜ!」
ドラピオンが反論すると、マニューラは赤き瞳を開き見せた。
「願いが叶う?それがどうしたって言うんだい?」
「え…?で、ですから!
ジラーチのヤローにゼロの島の財宝を全部寄越せって頼めば…」
「それがくだらないと言っているんだよ!!」
マニューラが声を張り上げると、カフェにいる全ての者たちの視線が彼女へと向けられた。
だが、すぐさまマニューラが睨み返すと
彼らはそそくさと視線を逸らし、何も見なかったように不自然に振舞った。
マニューラはドラピオンへと視線を向き返し、足を組んでその上に鉤爪を組み合わせ
苛付いた口調でドラピオンへ言葉を吐いた。
「お宝はね、自らの力で手に入れるから、光り輝くものになるのさ。
それを誰かに頼んで手に入れたって、何になる」
「…う、じゃ、じゃぁオレ達、チームMADを世界一の盗賊団にしてもらうとか…」
「って言うか既に世界一だろうが」
アーボックが尻尾で絡み掴んだグラスの中身を飲んで言うと
ドラピオンは喉の奥を詰まらせたように、ぐぅ、と呻いた。
マニューラは肩を大きく上げ、わざとらしくため息を吐いて部下のドラピオンへ不満をぶつけた。
「本っ当…馬鹿なヤツだね、お前は。
そんなくだらない情報を手に入れるよりも、ゼロの島の攻略する情報を集めてきな!」
──あっ…ボス、それはヤベェですぜ…──
アーボックがゴクリと喉を鳴らして身を引いた。
「なっ……そ、そんな言い方ありますか!」
さすがに今の暴言にドラピオンも頭にきたらしく、バンッとテーブルを爪で叩きつけて身を乗り出した。
だが、マニューラも負けじとテーブルを叩いて牙を剥き出して吼えるように声を出した。
「だいたいね!ゼロの島で真っ先にやられるのはお前じゃないか!」
ゼロの島の財宝を手に入れるため、果敢にもゼロの島に挑んでいる彼女らであったが
レベル1から始まる場所もあれば、持ち物の持ち込みに制限がかかる場所もあり
百戦錬磨と言われるチームMADであろうとも、そう易々に突破出来る場所ではなく
本日、彼女らはかれこれ12回目の失敗を迎えていたのであった。
「うっ…そ、それは確かに悪いと思っていますが……」
2匹を止め宥める事を端から諦めていたアーボックは、
テーブルが叩かれた衝撃で倒れたグラスを尻尾で立て直しながら、2匹を静観する事に決めた。
ドラピオンは一瞬身をたじろがせた。だがマニューラはそれに構うこともせず
ゼロの島を攻略できずにいる苛付きと怒りの鬱憤を晴らすがごとくにドラピオンに暴言を吐き続けた。
「場所によっては復活の種が出ないところだってあるんだ!
貴重な種を消化しているのは誰だ?お前だよ!おかげでワタシとアーボックが倒れる時には
種が一粒も残っていない事をお前は知らないのかい!?」
「ぐっ…うっ……」
──あーあーあー。本っ当バカだよなぁ…口喧嘩でもボスに敵うハズなんかねーのによぉ…──
アーボックは桃色グミで作られたジュースをストローで通じて飲みながら、そんな事を思った。
「…ったく。弱い部下を持つと苦労するよ」
「よわっ……て……」
額の体毛を掻き上げながら、グラスを鉤爪に持ち中身を飲みながらマニューラが呟くと
その呟きに反応し、ドラピオンは彼女のセリフの一部を復唱した。
するとマニューラはジロリと鋭い瞳でドラピオンを睨んだ。
「本当の事じゃないか。お前が弱いから失敗続きなんだろう」
「で、でもマニューラ様だって倒れてしまうんじゃないですか!」
「あぁ!?何、それじゃぁワタシも弱いって言いたいのかい!!」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、マニューラは鉤爪の手で拳を作ってテーブルを叩いた。
ひぃぃ、とパッチールとソーナンス・ソーナノ姉妹がその音と彼女らの気迫に怯え、
カフェの常連であるバリヤードとパチリス、オクタンはカフェの隅へとコソコソと避難していたが、
MADの3匹にとってどうでも良い事であった。
「チームのリーダーが倒れない限り、ダンジョンの探索はいつまでも可能なんじゃないですか!
でもマニューラ様も倒れてしまうから、そこでゼロの島の探索も終ってしまうじゃねぇですか!」
「なっ……お…お前なぁ!!あの時、ワタシがどう言う思いで───」
──そこで、マニューラは口を開けたまま言葉を止めた。
頭に血が上っていたドラピオンも今の彼女の言葉にハッとしたように口を止め
「あ…」と喉の奥を鳴らし、マニューラは口を噤み唇も閉ざしたまま奥歯を噛み合わせた。
……あの時、チームかまいたちに良い様に陵辱されたのは事実だった。
しかしマニューラはその事を悔いてもいないし、その理由を部下2匹に押し付けるつもりもなかった。
…全ては、己の力が及ばなかっただけであり、その報いを受けただけだったのだから。
だが、今の彼女の言葉はドラピオンに対して責めの意を取らせてしまったらしい。
「…チッ」
次に続ける言葉を失い、マニューラは舌を打って椅子に座りなおした。
ドラピオンはワナワナと両腕を震わせるが、それを誰に向ける事無くただ突っ立っていた。
「……ふ、ふんッ!星の洞窟をくだらないとおっしゃるなら、オレだけで行ってきますよ!」
腕を組み、首を大きく揺らしてドラピオンが言うと、マニューラもまた腕を組んで「へぇ」と返した。
「行って来ればいいさ。そして願いを叶えて貰ったらどうだい?えぇ?」
互いに背を向け、売り言葉に買い言葉。
そんな2匹から離れ、アーボックは金色グミのポタージュをパッチールに作るよう頼んでいた。
「えーえーえー!頼んできますさぁ!」
「どうせなら、お前じゃぁ絶対に果たす事が不可能な願いを叶えて貰いな。
…そうだね、例えばゼロの島を突破出来るほどの力が欲しい、とかなぁ?」
今の言葉にドラピオンは組んだ腕を解き、マニューラへ視線を移して彼女を睨んだ。
「……あ、あぁそうですね!でもそれだとマニューラ様よりも強くなるかもしれませんぜ!」
「ははは!ワタシより強くなる!?それは面白いじゃないか!!」
声で笑ってはいるが、マニューラの顔は笑っていなかった。
彼女が明らかに自分を馬鹿にしているのを知り、
ドラピオンはまたテーブルを叩きつけて身を屈めマニューラの瞳と視線を合わせた。
「……」
「……」
『フンッ!!』
しばし睨みあった後に互いに目を逸らし、
ドラピオンはドスドスと爪で床を突き刺しながら地上への階段を上り、その姿をカフェから消した。
穴が開いた木製の床を見て、パッチールは「あぁぁ……」と、頭を抱えて嘆いていた。
「………ちぃ…」
ドラピオンが姿を消した階段を睨みながら、マニューラは小さく舌を打ちテーブルに肘をつけた。
「ボス〜…あんまりドラピオンを責めねぇでくださいよぉ」
尾にポタージュが入った皿を乗せて、アーボックが彼女の元に戻りながらそう言うと
マニューラはフン、と短いため息を吐いた。
「うるっさいね。……分かっているさ………」
手に頬を乗せ、肘に重心を傾けながらマニューラはアーボックへ返した。
瞳を閉じ、顔をしかめて大きくため息を吐き、
椅子の横に置いていたバッグから黒いグミを取り出して、それをアーボックへと差し出した。
無言の命をアーボックは悟り、それを尻尾で受け取りパッチールのカウンターへと置いた。
「あ……く、黒いグミ入りました〜……」
「ソ……ソォー……ナンス……」
マニューラたちの覇気に負け、カフェの主人であるパッチールと
従業員のソーナンスらはかなり精神的消耗が激しかった模様である。
それでも、パッチールは注文を受けたからには作らなければならず
震える手を抑えようとするほど腕は震え、いつもよりも激しくグミをシェイクする事となり、
パッチールは出来上がったスムージーをグラスの中へと流し入れた。
「く……黒いグミスムージー……ですぅ…」
「ふん」
アーボックは尻尾でグラスを乱暴に引取り、それをマニューラの前へと置くと
マニューラは何も言わず、頬を肘で支えたままグラスを握ってその中身を飲んだ。
……好みの味であるはずなのに、彼女にはそれが全く感じられなかった。
「邪魔だぁっ!どけぇ!!」
頭を振るい、頑丈な兜の腕でコロボーシを叩き飛ばすと、
コロボーシは水晶の壁に叩きつけられ、キュゥ、と目を回して水晶の床へと倒れ気絶した。
「…ちっ。雑魚相手に何を……」
倒れこんだコロボーシを睨み、頭を振って冷静になろうとドラピオンは息を吐いた。
「…っかし、こんな弱ぇ雑魚共が居る洞窟に、マジでジラーチが居るのかぁ…?」
どのような願いでも叶えてしまう、伝説のポケモンが眠る洞窟ならば
もっと強固な守りであるのかと思っていただけに、ドラピオンは拍子抜けした様子で今のように呟いた。
腕ごと頭を回すと、チラチラと小さく輝く水晶の壁と天井が彼を照らしていた。
「…ま、別にいいけどよッ!これならジラーチに会うのもそう難しくはなさそうだしな」
そう呟いた後、彼は爪の生えた脚で水晶の地面を歩み始めた。
──………マニューラ様…本当、最近様子がおかしいよなぁ…。
何か今日に限らず、苛々なさっている日も増えたしなぁ…。
それにしても、今日は本当酷いと思ったぜ!
そ、そりゃぁ確かにオレが最初にゼロの島で倒れるのは本当の事だけどよー。
だからって、あんな言い方あるか!?いいや、ねぇよ!!
いくらなんでもマニューラ様だからって、あんな言い方は無いだろうよ!
……ま、まぁでもやっぱりオレが悪い…のか…?
………。マニューラ様……様子が変わられたのは、ゼロの島で鎌野郎共にヤられてからだよなぁ…。
何か、よそよそしいっつーか…。マニューラ様はさ、気にするなっておっしゃっていたけど
目の前でンな場面、見せられたら…なぁ……。
アーボックのヤツは見てないから本気で気にしてねーようだけど、オレは違うんだよ。
……だから、よーやっと吹っ切れたと思ったら、天空の階段から戻ってきてからのアレだよ。
何で別室に泊まられるようになったんだ?それに野宿でも……。
……夜以外はマニューラ様はいつものマニューラ様だ。
でもやっぱり何か、オレたちを避けている感があるんだよな。……………。
……まさかな。…………いや、でも…まさか…マニューラ様は…──
心の中で自問自答を繰り返し、はた、とドラピオンは唐突に歩みを止めた。
小さな輝きを放つ色取り取りの水晶の床を見つめ、彼は再度心の中で考えを呟き始めた。
──…マニューラ様が、あそこまでゼロの島の財宝に執着なさっているのはどうしてだ?
ゼロの島が陥落不可能とまで言われるダンジョンだからだろうか?
それとも、そこに眠るお宝が、究極とまで言われているからだろうか?
……あんまりそこのトコロは考えないでマニューラ様に付いて来ていたけど……
……でも、よぉ。今はオレがアレだからゼロの島の財宝は手に入らず仕舞いだけど
いずれかはマニューラ様の事だ。絶対手に入れる事になるだろう。
何だかんだで南部のは手に入れることが出来たんだし。…………。でも──
考えを巡らせながら、ドラピオンは再び歩みを始めた。
──でも、ゼロの島の全てのお宝を手に入れた後はどうするんだ……?
マニューラ様はいつも『ゼロの島の財宝は必ず手に入れるよ』とおっしゃっていた。
しかし、全てを手に入れた後は……………MADを組んでいる必要性はあるんだろうか…?
……まさか、まさかな………解散する、とか……言わないよな、マニューラ様……──
一つの予想にしか過ぎないが、マニューラの最近の行動の意図が理解出来ずにいるドラピオンには
その事しか思い当たらず、そして自分の胸がサァッと冷めて行く錯覚を感じていた。
ありあえるわけが無い、と考えを振り払うように頭を振るい、ため息を吐いた時だった。
「いらっしゃ〜〜〜〜い」
唐突に、足元から陽気な呼びかけを受けてドラピオンは「おぅ?」と軽く驚き歩みを止めた。
見下ろしてみると、正方形の赤い絨毯が部屋の床を埋め尽くすように何枚も敷かれており、
その中心に目立つ緑の身体を持った男が、長い舌と丸まった尾を揺らし
顔の左右から飛び出た丸い瞳をギョロギョロと好き勝手に動かして、座っていた。
「カクレオン商店・出張所です〜。さささ、どうぞご覧になってって下さいね」
カクレオンはそう言いながら、絨毯の上に置かれた商品を示した。
どうやら、ドラピオンは気がつかぬうちにカクレオンの店の中へと入ってしまったようだったが
彼は特に道具を買う必要が無かったので
「…いや、すまん。考え事をしていたんだ。だからいらねぇよ」
そう言いながら、背をカクレオンへ向けて絨毯の上から出ようとした時
カクレオンが彼の尾を掴み、待ってくれと呼び止めた。
「あぁ!ま、待って下さい!!
この場所ってお客さんがめったに来られなくって、お兄さんが久しぶりのお客さんなんですよぉ!!
どれか一つでもいいので、買って行って下さいよぉ!お安くしておきますからぁ〜!!
このままじゃぁ当店は閉店を余儀なくされてしまうんですよぉぉぉ!!」
兜の尾にしがみ付き、カクレオンはドラピオンを引きとめようと必死になっていた。
「……しゃぁーねーなぁ…何を売っているんだ?」
ため息を吐き、ドラピオンは首を回して自分の尾にしがみ付いているカクレオンを見下ろすと
カクレオンはパァッと顔を輝かせ、即座に尾から離れては商品の一つを手に取った。
「当店は不思議球専門店です!天気関係のほとんどを取り揃えておりますよ〜」
両手で青い球を掲げ、カクレオンはドラピオンへと見せた。
「不思議玉…かぁ……」
カクレオンの手の中の不思議球を眺めると、自分の姿が歪んで映りこんでいるのをドラピオンは見た。
ドラピオンもアーボックも、特に天気に左右される属性を持っておらず
強いて言えば砂嵐などの身体を傷つけられる天気の時に、晴れに変更する程度でしか
天気関係の不思議球を使う事は無い。
だが、天気の恩恵を受けるメンバーが居る事をドラピオンは知っていた。
「……んー、じゃぁー…霰球を寄越せ」
右腕の爪を軽くカクレオンへ差し向けると、店主は残念そうに首を傾けた。
「すいませんねぇ。霰球は扱って無いんですよ〜」
「なっぁ!?…おい、今、天気関係のほとんどはって言ったじゃねぇか」
「ほとんど、であって、全てじゃぁありません」
当然だと言った表情でカクレオンは首を振っていた。
それを見て、ドラピオンは舌を打ちしぶしぶと別の商品を示した。
「あー……じゃぁ雨球でいい」
「はい!雨球ですねぇ〜。えぇっと、何処に置いていたっけ」
手に持った球を絨毯の上に置き直し、カクレオンはドラピオンの注文の品を探し始めた。
その間、ドラピオンは虚空を眺めてまたもや己の疑問と不安を入り混ぜた思いを巡らせ始めた。
まさかとは思いたい。マニューラがMADを解散させるとは己の予想にしか過ぎない。
しかし、あの様子の変化はどうした事か。
「はぁい、お客さん。雨球です」
カクレオンがドラピオンの右爪の窪みに雨球を置いたが
当の彼は考えに耽るのに夢中になっており、それに気がついていなかった。
──……あー…。でもなぁ……。マニューラ様がオレたちを避けているのは
もしかしたら後腐れなく解散しようとしているからかもしんねぇし……。
今日、うっかり啖呵を切ってこうして星の洞窟に来ちまったけど
それもマニューラ様の狙いだとしたら………──
「あっ!ちょっと、お金…!!」
「へっ……? あ、あぁ!」
カクレオンに呼び止められ、ドラピオンはビクリと胴体を震わせると
自分の右爪の窪みに雨球が置かれているのと、前脚が一歩、赤い絨毯から飛び出しているのを見た。
慌てて前脚を絨毯の上へと置き直し、そろそろとカクレオンへと視線を向けてみたが
店主は身を屈め、普段は焦点の合わぬ瞳をドラピオンへ向けており
その肩からは、赤黒いオーラが漂っているのを、ドラピオンは間違いなく目撃していた。
「あ、か、金なら払ッ……!」
「みんなぁぁぁ〜〜!!ドロボーよ!ドロボーーー!!」
首を振って弁解しようとしたドラピオンの言葉を遮り、
カクレオンが洞窟内に向って今のように絶叫すると、その声は反射して洞窟内に響き渡った。
「何だって!?」
「泥棒だと!!?」
洞窟の端々からそのような声が上がり、ドラピオンは慌てた様子で周りを確かめると
部屋と部屋を繋ぐ水晶の廊下から店主と同じ姿をした者たちが揃って店へ向って来ているのが分かった。
「ち、違ッ………ち、ちきしょーーーーー!!!!」
弁解の余地も許されない事を理解し、ドラピオンは今のように叫ぶと赤い絨毯を蹴り上げて店から脱出し
追いかけてくるカクレオンたちの姿が見えない廊下を選んで駆け抜けた。
「逃げたぞ!追えー!!」
「逃すかぁ!!」
「くそぉぉぉー!!こんな所で捕まったらマジでシャレになんねーよ!!」
鱗の眉を生やす目に涙を溜め込み、ドラピオンは絶叫しつつも逃げ惑っていた。
──その右爪には、雨球を乗せつつも。
左膝を尖らせてその鉤爪で頬を支え、
右腕を木製のテーブルに押し付けその鉤爪でテーブルをカツカツと叩き、
椅子の上で組んだ脚を揺らしながらマニューラは大きくため息を吐いた。
「……まだ、戻ってこないのかい、あの馬鹿は……」
そう言いながらもテーブルを叩く鉤爪の動きを止めず、
マニューラはリサイクル店の後ろの壁にかけられた時計を睨む。
ポッポの絵が描かれた六角形の時計は、長針が3を指し短針が4を過ぎた辺りを示していた。
ドラピオンが出て行ってからそろそろ2時間近く経とうとしていたが、
それでも彼が戻ってくる様子は一向に無く、マニューラの苛付きは最高潮に達しようとしていた。
「げふっ……ボスぅ〜。もうアイツはほっといて、オレさまたちだけで探検に行きましょうよぉ…
ドリンク飲んで時間潰すのも結構苦行になってきたんですけど」
カップに入ったスープを飲み干し、胃の中に溜まった空気を吐き出して
アーボックが誘うがマニューラは首を横に振った。
「そうもいかないよ」
「どうしてです?」
「……どうもしない、けどさ…とにかく、そうもいかないんだって」
「……そうですかぁ…」
素直じゃねぇの、とアーボックは心の中で呟いて笑い、空になったカップをカウンターへと返却した。
マニューラは時計からカフェの出入り口へと視線を移した。
彼女たちが座るテーブルは、ソーナンスとソーナノ姉妹のリサイクルショップ前に位置し
マニューラが座る椅子の位置的には、階段の下段が少々眺められる程度であったが
それでも誰かが訪れる時になると影が階段に映って視覚に入るので、マニューラにはそれで十分であった。
その時、影と足音が階段の上よりカフェへと下ってくるのをマニューラは聞き、そして見た。
「!」
戻ってきたか、と思う前に身体が動き彼女はテーブルに両鉤爪を押し付けて立ち上がった。
……だが、彼女はすぐさま腰を落とす事となった。
「あ……MADさん?」
階段と出入り口を繋ぐ場所より姿を現したのは、
長い耳を揺らした首に巻かれた豊満な体毛が特徴的な、イーブイであった。
イーブイの後ろより、赤茶の体毛と頭部に巻かれた体毛と同じ色をした6本の尾を揺らすロコンが続き
そして最後に4足歩行の彼女達とは違い、2足で歩む白と赤で隔てられた体毛を持つポケモンが姿を見せた。
「あー。お久しぶりです!」
ロコンが跳ね飛びながらマニューラ達のテーブルへと歩み、ペコリと頭を下げると
マニューラは「…あぁ」とぶっきらぼうに返した。
顔を軽く伏せ、チラリと彼女たちの後ろに続いているポケモンを見ると、
そのポケモンは手の先端より生えた太い黒い爪と、
掌の桃色の肉球をマニューラに見せるかのように手を振った。
「今日は…」
「ザングースちゃん!もっと元気に挨拶しなよ」
「え、え…は、はい!こ、今日は!!」
ロコンに急かされ、ザングースのメスは長い耳を揺らして背を前へと曲げ、今のように声を出した。
「…うるさいぞ、お前たち」
マニューラはため息を吐いて挨拶の変わりに文句を言うと、
ザングースはおろおろとしながら「ご、ごめんなさい…」と謝った。
「ん?オマエ、あん時のザングースじゃねぇか」
アーボックが首を伸ばし、喉奥より低い唸りを上げながらザングースの顔をまじまじ眺めながら言うと
イーブイが「はい」と、ザングースの代わりに答えた。
「前にたまご頂きまして…その子ですよ。
ゼロの島でもお世話になりました。あの時はありがとうございました」
以前に、マニューラたちは宝箱を鑑定した際にその中よりポケモンのたまごを手に入れた事があった。
時期的にゼロの島であの陵辱を受けた直後に手に入れた事も有り、
マニューラはあの時を思い出させると考え、MADのメンバーはもう必要無い事を口実にして
ギルドを設立したばかりのイーブイとロコンへ押し付けた。
一つの肩の荷が下りたと思ったが、ゼロの島西部へと探索へ出た時、たまごを孵した彼女らと
そのたまごより孵化したポケモンと偶然にも対面してしまったのは数ヶ月前。
しかも、そのたまごから孵ったと言うのがザングースであったと言うのだから
マニューラは何の冗談だ、と心の奥底で絶叫した。
しかし、孵ったザングースがメスであったのは唯一の救いだったかもしれない。
これでオスだったなら、マニューラはあのザングースと彼女を重ねてしまい、
間違いなく攻撃を仕掛けていただろう。
「世話…と言うか、食料を分けてやっただけだろう。感謝されるほどの事でもないよ」
「えぇー!?でもぉ」
「あの時は余裕があったからね。無かったら、逆にお前たちを襲っていたさ」
テーブルに肘をつけ、背を屈めてマニューラはイーブイとロコンを見下ろし、クククと笑った。
「そぉ…ですかね…?MADさん、お優しいですし」
「優しいぃ〜〜?」
イーブイのその言葉に、マニューラは牙を噛み合わせて口の形を一文字へと変えた。
「ははは!馬鹿言ってるんじゃないよ」
屈めた背を伸ばし、今度は大きく声を上げて笑い、即座に口を閉ざした。
「…だが、あの時はたまたまだ。次にダンジョンで会う時はどうなるか知らないからね」
「は、はぁ………あれ?サソリのお方はどうしたんです?」
長い耳を垂れさせて、イーブイはドラピオンの姿が無い事に気がつき
キョロキョロと辺りを見回しながら今のように言った。
「…今は別行動中なんだよ……って、ここに来たんなら用事は他にあるんだろ。さっさと行きな」
テーブルにつけた肘を尖らせて頬を支え、
もう一方の腕を前後に振ってイーブイたちを追い払う仕草をマニューラが見せると
イーブイたちは少し寂しげな表情を見せた後、ペコリと頭を垂れてソーナノのカウンターへと移動した。
「今日は何が入っています?」
「きょうのめだましょうひんは、れんけつばこナノ!」
「じゃ、それを──」
頭部より生やした赤い羽根越しに、後ろで行われる会話に耳を向けつつも
マニューラの視線は出入り口の階段に向けられていた。
アーボックはそんな自分の頭を眺めてため息を吐き、
先端が二股に分かれた舌を揺らして顎をテーブルへと乗せた。
「それじゃ、失礼します」
豊かな体毛で太く見える尾に連結箱を抱えたイーブイが、そう言いながら頭を再度下げて
仲間を引き連れてマニューラの前を通り過ぎ、出入り口の階段を上っていった。
トン、トン、トン、と彼女たちが階段を上る足音は一定のリズムを保っていたが
「きゃっ」
急にそれは崩れ、一瞬音を途切れさせた。
「わっ?おい、気をつけろよ」
「すいません。では」
階段を踏み鳴らす重い音が1度響いて今の会話がなされた直後、再び一定のリズムが階段を上り
やがてそれは聴覚の鋭いマニューラの耳にも聞こえなくなった。
「あの白いコ、やっぱりかーわいいなぁ〜。イーブイとロコンもイイけどさ!」
「相変わらず幼いメスが好みだと言うのか。愛おしいと思う気持ちは分かるが…解せん…」
「俺はこうなぁー。フェロモンムンムンの大人のメスがやっぱり至福であって」
何と言う頭の悪い会話なんだろうか、とマニューラは口元を引きつらせていた。
理由はそれだけではなく、その会話の主たちが誰であるかをも理解していたからだ。
体重の軽いイーブイたちの軽やかな足音とは違った重い音を階段から鳴らし、
その会話の主たちの姿がマニューラの視界に入った。
「…おっ…おぉ!?」
「………」
上下の睫を触れさせるほどまでに瞳を細め、マニューラは自分を太い黒い爪で示す男を睨んだ。
白と赤で隔てられた体毛は、先ほどの幼いザングースと良く似ていた。
それもそのはずだろう。マニューラが睨んでいる男は、その彼女と同種であったのだから。
「MADじゃねぇか。よぉー」
「……かまいたち、かい…チッ…」
マニューラは舌を打ってため息を吐き、頬を支えていた鉤爪を離してテーブルの上へと置き、
首を横に動かして彼らから視線を逸らした。
「へへへ。どぉーも…」
視線を壁に移しているマニューラの視界を遮るように、
ザングースはその白い体毛の胸を彼女の視界に入れた。
「……」
顔を動かさずに瞳だけを動かし、マニューラはザングースを見上げるがすぐさま目線を逸らした。
「おいー。つれねぇなあ」
ザングースは不満そうに白い尾を揺らすと今のように言い、
右手でマニューラの顎を掴んで彼女の視線を己の目線へと無理矢理合わせた。
「……離しな」
左腕を振るい、パシン、と鉤爪とザングースの肉球が叩き合う音を響かせて
マニューラは彼の手を自分の顎から離させた。
「おっ。……へへへ、何、随分気取っているんだな」
「……うるさいね。ワタシに用があってここに来た訳じゃないだろ。
だったら本来の目的を済ませてさっさと消えな」
マニューラはそう吐き捨てて、椅子の横に置いておいたトレジャーボックスから
モモンの実を取り出して立ち上がろうとした。
だが、ザングースの左手がモモンの実を握るマニューラの右手を、
甲の上から実ごとテーブルへと押さえつけ、彼女の動きを止めさせた。
「っ…何を……」
マニューラがザングースを睨みつけて椅子に座り直すと睨まれた本人はくっくっと喉を鳴らし、背を屈めた。
「いやぁさぁ…ま、同じ探検家として交流をはかりたくってさ」
「ワタシらはアンタたちと交流はかる気なんか無いね」
「うわ、本当つれねぇ。……なぁ、さっきのイーブイたちが連れていたあの新入りなんだけどさ。
あの娘、オマエが渡したたまごから孵ったってマジで?」
「……何処から仕入れたんだ、そんな情報」
「以前に町中で会った時教えてもらったんだよ。…でよぉ、あの娘って……だったりしねぇ?」
マニューラの鼻先にまで顔を近づけてザングースが嫌らしく笑うと、彼女は「何がだ」と返した。
するとザングースは空いている右手でマニューラの頬を撫で、もう一度喉を鳴らした。
「決まってんじゃねぇか。オマエと、俺のガキじゃねーのかって事だよ。ん?」
「………」
口を閉ざし、瞳も閉ざし、マニューラは鼻で息を吐いた後に
「…本っ当……馬鹿だな、アンタは」
と、ザングースを文字通りせせら笑った。
「え…違ぇの?」
「メタモンが相手以外ならば全て、産まれ来るたまごの中の子供は母親側と同種になるのだぞ?
我らの生殖の仕組みを知らんのか無知鼬が」
頬を撫でられたザングースの右手を払い、
左鉤爪を彼の胸へと当てて前へと押し込み彼の身体を押し退けた。
「っとぉ。…なーんだよ。んじゃぁ、オマエは孕まなかったのか?」
後ろへ数歩身体を崩し、体勢を整えながらザングースが言うとマニューラは当たり前だ、と返した。
「ちぇ、ちょっと期待していたんだけどよぉ…」
ザングースは自分の首後ろを両手で支えるように腕を回し、ニヤリと笑いながら呟いていた。
「…さっきさぁ、交流はかりたいって俺言ったよな?」
唐突に、ザングースは体勢を崩さずにマニューラへと呼びかける。
「……自分の発言を5分も経たない内に忘れるのか?痴呆を疑え」
マニューラは皮肉を込めて今のように言いながら、モモンの実を握る鉤爪を離そうとせずに
また肘をついて頬を支え、鉤爪の先端でテーブルをカツカツと叩き始めた。
マニューラとザングースをチラチラと交互に眺めながら、テーブルに顎を乗せたままのアーボックは
ふぅ、と鼻から細い息を吐き出し、ストライクもいつの間にかアーボックの隣の椅子へと座り
彼と同じく彼女らを眺めながら鎌の腕を組みつつ、翅の開閉を繰り返していた。
「クク…相変わらずの辛口だなぁ。ま、ソコが結構イイ所……。
で、さぁ。オマエたちさ、ゼロの島で俺たちを襲った上に食料と道具を強奪したっつーにも係わらず
この町に平然と居られるのって、何かおかしいと思わね?」
「……さぁな?」
「ほら、言っていたじゃねーか。オマエたちが他の探検家たちを襲った時は
通報するなって脅すって。でも、俺たちは脅されたわけじゃねぇのに、通報してねぇ。意味分かる?」
テーブルを叩く鉤爪の動きを止め、マニューラは静かにザングースへと瞳を動かした。
「……逆にワタシを脅迫する気かい」
ザングースの企みを読み、マニューラは瞳を尖らせてギロリと彼を睨んだ。
「脅迫って!いやいやいやー。ただ交換条件しようぜって言っているワケで」
腕を首から解いてザングースはマニューラへと近寄り、彼女の肩に腕を回して抱き込むように引き寄せた。
「テメッ……!」
とっさにアーボックが背を上げて止めに入ろうとしたが、マニューラがそれを征した。
「止めなアーボック。…ここで騒ぎは起こしたくない」
「えっ…でも」
「いいから」
「……」
アーボックはザングースを睨み、蒸気音に似た威嚇音を喉から鳴らして顎をテーブルの上に乗せた。
「何が望みだ。金か?それとも他に道具でも欲しいか?」
鉤爪でテーブルを叩きながら、マニューラはザングースに視線を向けずに問う。
その視線は丁度常連たちが避難しているテーブルへ向けられ、彼らはなるべく係わりあわないようにと
そそくさと彼女に背を向けたが、突き刺さるようなプレッシャーが圧し掛かるのを感じていた。
「金も道具もいらねぇよ。……何を渡すかは、ボスのオマエ次第だよなぁ?」
「………下衆が…」
ザングースが何を望んでいるのかをマニューラは容易に想像がつき、
彼女がテーブルを叩くのを止めた直後、ガリッと鈍い音が代わりに響いた。
マニューラの鉤爪が、握り込むモモンの実に一筋の傷を作り、そこからジワリと果汁が溢れ出た。
ザングースは引き寄せる腕の力を強め、彼女の耳元へと口を近づけ小声で囁いた。
「それによぉ……俺、未だにあの時が忘れられなくってさぁ……?」
「………」
マニューラは何も言わず、モモンの実を削り続けていた。
溢れた果汁が彼女の手首までに広がった頃、不意にマニューラは立ち上がった。
「……分かった。そうしよう。今から別の場所で話し合おうじゃないか」
何本もの傷がついたモモンの実を持ち上げ、マニューラはジロリとザングースを睨んだ。
「おぉ…!そう来たか」
「…おい、ザングース。いくらなんでもそれは」
見かねたストライクがザングースの企みを止めに入ったが、彼は何処吹く風の如く次のように返した。
「なーに言ってんだ。嫌じゃねぇって言ってるんだからイイんだよ」
牙を見せつけながらザングースは肩を揺らして笑い、マニューラを抱き込む力の腕を強めた。
「おい、サンドパン!お嬢さんが俺らと話し合いたいだとよ」
リサイクルショップのカウンターで、背から生やした棘を揺らしているサンドパンへと
ザングースが呼びかけるが
「ソーナノちゃん!次はベタベタフードを洗濯球にリサイクルしてくれるかなぁ?」
「はいナノー!」
彼は店員のソーナノに構うのに夢中になっており、話しを全く聞いていないようであった。
「あぁ、もう可愛いなぁ……」
長く鋭い両爪で頬を支えながら、尾を上下に振ってソーナノの動きを眺めているサンドパンであったが
不意に首元を誰かに掴まれ、後ろへと引きずられたのを感じた。
「わっ!わわっ!!?」
「ったく…。リサイクルは後でいいから、こっちに来い。話し合いだ」
左腕にマニューラを抱えたまま、ザングースは右腕でサンドパンの首根っこを掴んで転がした。
「とぉ……えー。何だよぉ…」
床に腰を落とし、掴まれた部分を右手で擦りながらサンドパンは不満そうにザングースを見上げるが
彼がマニューラを抱き込んでいる事に気がつくと、「…あぁ。そう言うコト」と、納得した表情を見せた。
「…なぁ、話し合いって俺も混ざってイイわけ?」
「俺はそのつもりだけど。どうする、お嬢さん?」
「……構わない」
チッ、と舌を打ってマニューラが吐き捨てると、ザングースとサンドパンは揃って小さく笑った。
「…ボス……」
首を伸ばし、アーボックがマニューラの顔を覗きこむと、彼女は果汁が滴るモモンの実を彼へと差し出した。
「……話し合いはボスのワタシが済ませるから、お前はこれで飲んで待っていな。
……あぁ、傷をつけてしまって悪いが、な」
「?」
マニューラの今の言葉に何かが含まれているとアーボックは思う前に、
彼女はモモンの実をテーブルへと置いた。
「そんじゃぁ行きましょうかね、お嬢さん」
「…そうだな。出来るだけ人気の無い所で話し合いたいね……」
「確かに、誰かに聞かれたら困るかもしんねぇよなぁ」
「おいストライク、オマエも来いよ」
「なっ……俺もか?」
ザングースとサンドパンの『話し合い』に混ざる気など全く持たないストライクは、
翅を一瞬開かせてすぐに首を横に振った。
「別に混ざれって言ってるわけじゃねーよ。ただ、見張りが……な」
「………言っておくが、俺は手出ししないからな」
「いいぜ?でも、途中で混ざりたいっつっても駄目だからなー」
ケラケラ笑うサンドパンを見て、ストライクは大きくため息を吐いてから椅子から立ち上がった。
「じゃ、行こうぜ」
マニューラの肩を抱いたまま、ザングースは歩き出しその動きにつられて彼女も歩み、
その後をサンドパンとストライクが続き、彼らは地上へ続く階段を上り、姿を消して行った。
「………」
彼らの姿が見えなくなるまで目で追っていたアーボックは、
軽く息を吐いてマニューラが置いたモモンの実を見下ろした。
3本の縦の傷とそれに被るように短い横線が2本入ったその実を見て、彼はしばし動きを止めて黙りこくり、
やがてその実を尾の先端で絡んで持ち上げ、パッチールのカンターへと乗せた。
「おい」
「は、はいっ!!」
「……何かをこれで作っておけ」
「は、はいぃぃ!!」
傷のついたモモンの実を両手で受け取りながらパッチールは慌てた様子でドリンクを作り始め
アーボックはそれが出来上がるのを待つために、テーブルの上に顎と胸を置いて息を吐いた。
「っ…はぁーーーー……やっと振り切れた…」
水晶の壁に右腕を寄り掛け、ドラピオンは頬から顎へ垂れる汗を左の爪で拭いながら階段を下っていた。
カクレオンたちの襲撃を受けながらも逃げ続け、
ようやく次の階へと続く階段を見つけた彼は無事に逃げ切る事が出来、今は安堵の息を吐いていた所だった。
「店をほっぽって別の階に行く事は出来ねぇーっぽいしな。へへ、助かったぜ」
胴体から生えた太い爪で水晶の階段を下り、
それが途切れて床が広がる場所まで来た時、彼は「お…」と呟いた。
たいして広くも無い、だが天井は高い1ホールのみの部屋に辿り着いたのだ。
「おっ…おぉ?行き止まりじゃねぇーか」
キョロキョロと首を腕ごと振りながら、ドラピオンは部屋を見回したが
水晶の壁と天井は相も変わらず小さく光を放ち、彼を淡く照らしているのしか確認できなかった。
「……んっだよ。宝箱があるわけでもねぇみたいだし……ジラーチが居るってのはデマかよ!」
願いを叶える力を持つと言うジラーチに会おうと、頭と仲間を誘ったが本気にされず馬鹿にされてしまい
つい、頭に血が上って啖呵を切って単独で来た物の、実はデマであっただなんて。
「……あんな事言っちまった以上…会えなかったとどんな顔して戻りゃいいんだよ……」
ドラピオンはマニューラの言葉を思い出し、ガクリと首を落としてため息を吐いた。
「……むにゃぁ……ボクを呼んだのはだぁれ〜……?」
「!?」
頭上から突然呼び声を聞き、ドラピオンは顔を上げて長い首を伸ばして今の言葉の主を探した。
「だっ…誰だ!」
「誰……ってぇ…それはぁーこっちのセリフ…ふぁぁ」
天井の中央より生えた太い水晶が虹色に瞬き、先端へその光を集め始めた。
そしてその光は小さな球体へと姿を変え、ゆっくりとドラピオンの元へと降りてきた。
「おっ…お…?お、オレは……ドラピオン…だ」
光の球体が上げた顔の高さまで降った時、球体はポン、と音を立てて弾け飛び、その中より星が姿を現した。
──いや、星ではなかった。正しくは、星の化身のポケモンの姿であった。
「ふわぁー…ボクはジラーチ……ボクに何かよぉ?」
星を模した頭部を持つポケモンは、自分の事をジラーチと紹介して瞑る目を両手で擦った後に瞳を開いた。
緑色の縦に細長い瞳はトロンと潤い、寝起きであると言う事を見据えているポケモンへ教えていた。
「お…オマエは本当にジラーチなのか?」
身体の大きさはドラピオンの頭部と同等くらいであり、
願いを叶えると言う強大な力を持つポケモンにしてはいささか迫力の無い姿に
ドラピオンは疑いの眼を向けると、ジラーチは首に巻いた長いスカーフを揺らしながら頬を膨らませた。
「失礼なお兄さんだね!ボクは本当にジラーチだよ!」
瞳を閉じたような腹部の模様を擦り、ジラーチはプイ、とドラピオンに背を向けた。
「あ、あぁ悪い悪い。ただちょっと疑問に思っただけだって」
「……ま、別にいいや。で、お兄さんはボクの名前を呼んでいたけど、何かご用ぉ?」
振り返り短い両腕を背に回しながらジラーチが問うと、ドラピオンは大きく頷いた。
「そ、そうだ。…オマエはどんな願いをも叶える力を持っているって本当か!?」
「うん、そうだよ」
「……た、頼めば叶えてくれると言うのは本当か!?」
「うん、そうだよぉ…ふぁー眠い……なぁに、ご用はそれ?」
ジラーチはユラユラと身体を揺らし、早く用件を済ませろと言いたげに大きな欠伸をドラピオンに見せた。
「そ、そうだ!オレの願いを叶えてくれ!……誰よりも強い力を寄越せ!」
「──────それがお願いなの?」
一瞬黙り、ジラーチはドラピオンを見つめて聞き返した。
「………お、おぉ。そうだ」
ジラーチに確認され、ドラピオンは声を詰まらせたがそれで良いと頷いた。
「……ふぅん……じゃ、叶えてあげるからちょっとまってねぇ」
ジラーチはそう言ってドラピオンに背を向けて、両腕を前に伸ばし瞳を閉じた。
「……そうそう、前に来たお兄さんも似たよーなお願いして来たんだよ」
「はっ?」
唐突にジラーチがドラピオンへ会話を投げかけ、
ドラピオンはどう答えていいのか分からずに間の抜けた声を出した。
「茶色くてモコモコのお兄さんがねぇ、世界一の探検家にしてくれって言ったんだよ」
「…あぁ、あの…」
ジラーチが誰の事を言っているのか、ドラピオンはすぐさま予想がつき、
この洞窟の在り処を聞き出した1匹のビッパの事を思い出した。
考える事は皆同じか、とドラピオンは声を出さずに笑ったが、すぐにはた、と笑うのを止めた。
「……おい?それにしてもあのビッパは随分とヘタれてんじゃねーか」
「そぉーなの、お願いを叶える前にね、違うお願いにしてって変更されちゃったの」
「…違う……願い?」
「そ。可愛い後輩が、欲しいってお願いだったの」
「……後輩…」
ドラピオンはジラーチの言葉を思わず呟き、視線を水晶の床へと移した。
初めて──イーブイとロコンの探検家と出会った時は
プクリンのギルドの掲示板の前だったのを良く覚えている。
彼女らはギルドに入りたての新人であり、ビッパの後輩であると教えてくれた。
「……そうか、アイツらが……」
1年を待たずとしてギルドを卒業したと聞いた時は、只者ではないと思ったものだった。
ビッパが先輩風を吹かせていられたのも、随分と短い期間だったんじゃないかとドラピオンは思ったが
それでも、彼はいつも嬉しそうで幸せそうだとも思っていた。
……ドラピオンが、通りかかったビッパにちょっかいを出してしまったのは
もしかしたら嫉妬していたのかもしれなかった。…仲間がいる、と言う事に──
「………あ゛ーーーーーー!!ストップ!ストップ!!!」
「わぁっ!!」
ドラピオンが突如叫び、ジラーチは願いの儀式を中断して彼に振り返った。
「なに!大声出さないでよ」
「す、すまん…い、今の願い取り消してくれ!」
「えぇ!?」
ドラピオンの無茶な要望に、ジラーチは顔を顰めて口元に指をあて、しばし考え込み始めた。
「んー…まぁ、まだ途中だったから出来るよ。でも、変更は1回っきりね。何度もやるとボク疲れちゃう」
腰に両手を添えて、ジラーチは背を屈めてドラピオンを見つめると、彼はコクリと頷いた。
「…あぁ、分かった」
「うん。………で、お願いはなぁに?」
星の頭部とスカーフを揺らしてジラーチが緑の瞳でドラピオンを見据えると、
ドラピオンはゆっくりと口を開き、願いをジラーチへ教えた。
「………オレの願い、は──────────」