「じゃあ、鍛練用の器具の準備の仕方を順々に説明するね。」  
 
ポケモン育て屋アルバイト募集 時給 ――――円〜 三食 空き部屋使用可  
 
男はポケモンを一匹も所持していないしポケモンに体して特別な興味があるわけでもなかった。  
幼少期のトラウマも無かったし至って普通よりやや上の家庭で育った。  
「──この薄いのが的。で、この線の上に等間隔になるように並べる。」  
ただ、父母の仕事は一切ポケモンに関係しないものだった。  
「で、このレバーを引くとセットしてある巨岩が坂から転がってくる。」  
なので男は給料が高いからこのバイトを選んだ、訳ではない。  
 
──育て屋の実態について興味があったのだ。  
 
「えーと、このボタンを押すと丸太が動き始める。もう一回押すと止まる。」  
育て屋。  
 
例えば力不足のトレーナー等の代わりにポケモンを育ててくれる施設の名称。  
 
「床の変動のON/OFFはこのスイッチ。変動する床の面積の変化はこのスイッチ。」  
そして、何やらブラックな施設でもある。  
『ポケモンがたいして育ってないのに高い金をふんだくってくる』等と噂が流れている。  
 
「このプールの流れの早さを変えるのはこのレバー。早さは三段階変えることができる。」  
もしブラックな一面をバイト期間中に見つけることが出来たならば、  
用意した『音の出ないデジカメ』で撮影した写真をバイト期間終了後に  
軽い説明を添えて大手の週刊誌に売り付けるつもりだ。  
 
給料は貰える、  
情報料は貰える、  
週刊誌は売り上げが上がる、  
ブラックな育て屋は潰される。  
まさに良いことづくめ。  
「…大体説明は終わったね。空き部屋を使いたいんだってね。  
私達の家へ案内するよ。…お父さん達と挨拶もしなくちゃ。」  
今まで説明をしていた男より背の低い動きやすい服を着た女性が建っている家に向かって歩く。  
──この女、自分のやっていることがマズいことだと気付いてないんじゃ…  
 
…しかし悪はこの自分が裁く。……女は直々に更正させる。  
男は色々考えながら女の後を追った。  
 
「ここが、私達の家。貴方の使う空き部屋もそれなりにマメに掃除してるつもり。」  
ポケモン鍛練用器具の脇に建てられた、  
四文字で表すなら、『質質剛健』というような感じの家。  
ここが、悪の潜む家か。物騒なものが屋根裏に隠されていて、秘密の地下室にはアブないものがたんまり。  
……どうやらこの男はこれが実質初めてのアルバイトという事と、  
若干やばめの臭いがする施設に潜入するという自己設定のシチュエーションに  
相当舞い上がっているようだ。  
(…最後にはこの家ごと爆破し、囚われのポケモンを逃がし、  
……女を直々に更正させる!)  
 
それにしてもこの男、第三の目が開ききっている。  
「やあ、君がバイト君?こんな辺鄙な場所によく来たねぇ…」  
口髭を生やした、部屋の中だというのに何故かコートを着込んだ気さくな中年の男。  
「こちらが私のお父さん、…かつ育て屋の経営者。あなたのお給料も扱いも匙加減ひとつ。」  
「ハッハッハッ、まあ頑張り次第で優遇させてもらうよ。夕食を大盛りにするとか。  
……娘とフラグを立たせる気はないけどね。」  
(こいつこそが、悪の根源!絶対に尻尾をつかんで…貴様の行った悪事を暴ききってやる!)  
「……君、なにか不満な点があるのかい?ポリゴンZみたいな眼をしてたけど…」  
「!いえ!何もございません!」  
「そう…じゃあ何か質問は?」  
「ハ、ハイ!何か裏で悪どいこと…をし…てい…るという……噂を…聞いた…んです…けど…」  
「……………」  
(まずい、これはまずい。このまま自分は殺されてポケモンの餌に……)  
「……ハッハッハッハッハッ!そんなことは天地神明にかけてしてないよ!  
昔は預けたポケモンを働かせて日当を貰っていたらしいけど…  
今の育て屋は……少なくともここは、健全経営だよ。」「…ああ!そうだったんですか!てっきり、犯罪の片棒を担がされるのかと…」  
(……上っ面だけ気さくなおじさんを演じたとしても、  
この自分の眼は誤魔化せない。…絶対裏で何かしているだろうよ。)  
……だるい、第三者視点がだるい。もうやだこの男。  
 
 
さて、唐突だが男がバイトをはじめて一週間後。  
この一週間という日付は、一月の四分の一と区切りが良いからであって、  
他の意味は一切含まれていない。……本当だってば。  
男はこの七日間を曜日関係無く働き、気さくな父親の息子のように過ごした。  
朝は新鮮なミルク(CERO A指定)が必ず食卓に並び、  
昼は柔らかなパン類、夜は明日に精をつけるために豪勢な食事をこの一週間食べた。  
 
「──じゃあ、今日は『床』をやってもらうから。」  
「……ハイ。」  
一週間前と同じように本日の仕事場所を言い渡される。  
(『床』は、はじめてだな……)  
男はこれまでに、『祭壇掃除』、『ドミノ起こし』、  
『今日は寝てていいや』、などの仕事を体験した。  
 
……暇なのだ。  
どの器具もポケモンが使うのは大体一、二時間に一匹程度。  
自分が仕事したのかもよくわからない。それを娘に話してみると、  
「ああ、器具を使うとポケモンの疲労が増えるからあまり使わないの。……楽でしょ?」  
確かに楽だけどここまでもてなされてバイト代まで貰えるなんて少し申し訳ない気がする。  
今現在もポケモンの来る気配がない。このまま寝てても良さそうだな、と思い始めた男の耳に足音。  
装置を見ずに機械的に床の変動スイッチをONにし、床の面積を変えるスイッチを押す。  
「………あ。」  
男の目の前には変動する、男の片足より少し大きいくらいの床、というより柱が。  
床の面積を間違えた。慌てて男は修正しようと装置の方を向き、  
 
その真後ろに何かが着地したような音。「…随分、意地悪なのね、新入り君。」  
振り返ると、オレンジに近い色の羽毛で包まれた豊潤な身体。  
 
雌のバシャーモが男に話し掛けていた。  
「…ふ〜ん……君、結構いい身体してるね…」  
「へぁ!?…あ、えっと……」  
「私のことが気になるなら、夜中に小屋に来なさい。待ってるから。」  
小屋とは、ポケモンが休息をとるために建てられている家よりも遥かに大きい建物のことであり、  
夜のポケモンの寝床である。  
 
夜。寝床。雌。待ってる。  
 
男はテンパりながらもピジョット以上の早さで行くべきだと判断した。  
 
「最近、ここに来るトレーナーが減ってきたんだよね。良いことだけど。」  
「………はぁ」  
「ポケモンがいないとき育て屋はどんなことをしてると思う?」  
「……内職ですか?」  
「なんかね、お父さんは聞いても「心配御無用さ、ハッハッハッ!」としか言わないの。」  
「…………はぁ」  
日も落ち、ポケモンの鍛練が終わって夕食を待つ間他愛もない話で暇をつぶす男と娘。  
男は何か他のことに気をとられているのか、  
例の全裸の浮いてるヤツからの桃型の矢でも心臓に刺さったのか、  
返事に力が入っていない。  
ちなみに男の第三の眼は二日目夕方に封印された。  
 
…ククッ……!再び開かれる時…偉大なる災厄が男を包むだろう………  
 
「さて、お待ちかねのスタミナ料理だよ〜!」  
娘の父親が湯気の上がるフライパンをテーブル上の鍋敷きに乗せる。  
そして椅子に座り、全員が手を合わせて  
 
「「頂きますっ!」」「いただきまー…」  
今日も今日とて、三人が一斉に料理に襲い掛かった。  
 
「──ポケモンの雄と雌をここに預けるとタマゴをいつの間にか  
持っていたりするんですよね?……三枚チェンジ」  
男は夕食後の暇潰し、ポーカーを興じている最中、ふとした疑問を口にした。  
「うん。確かに朝起きたらタマゴを持ってましたなんてことはちょくちょく見るよ。  
……二枚チェンジ、そういえば、なんで?お父さん」  
「…それはね、とてもとても神秘的で生々しいことが私達の  
寝ている間に行われているんだよ。…このままでいい」  
男がその言葉を聞き取り、エンドルフィンの分泌量が増加していることはこの二人は知らない。  
「生々しいこと?」  
「ああ、見たものは動機、呼吸量増加、目眩、不整脈、などの症状が現れ、  
最悪の場合死には至らないけど、とにかく若い時には見ない方が良い。  
……見るべき時が来たら、見せてあげるよ。」  
「本当?」  
「ああ、本当さ、…だから君も夜には小屋には行かないようにね?──ショウダウン」「……はい。ストレート」  
「げぇっ!スリーカード」  
「ハッハッハッ。ストレートフラッシュ」  
「「ゲェーッ!」」  
かくして夜は過ぎる。  
 
『草木も眠る時間』『妖精の時間』  
半日経てば日が最も高くなる時間。  
男は少し前に部屋の窓から抜け出し、小屋の前にたっていた。  
寒い夜風は涼しさを求める者には絶賛されるくらいの温度で、  
寝巻き一枚の男には涼しさを通り越して寒さを感じさせる。  
(…本当に、待ってるんだろうか。)  
男はこのまま小屋に入るよりかは部屋に戻ってベッドの中へ眠ってしまいたかった。  
しかしあのバシャーモの言葉がやけに気にかかる。  
……落ち着け。どちらが良いか考えるのだ。  
 
 
夜。暖かなベッド。快眠。一人。  
 
 
夜。ポケモン用の小屋。雌。待ってる。  
・  
・  
・  
男は扉に手を掛け、小屋の中へ入った。  
「やあ、やっぱり来てくれたんだ。」  
おっ…! いい バシャーモ !  
「そんな薄着でよく来てくれたね。嬉しいわ。…よっと」  
「え、うわっ…何を……」  
いきなりバシャーモは男の背中と膝裏に手を差し込んで男を持ち上げる。  
所謂お姫様抱っこだの呼ばれている持ち方だ。そのまま小屋の奥の方へ歩き出す。  
(…暖かいなぁ……)  
バシャーモの体温は人より高く、触れ合っている身体からじんわりと熱が伝わってくる。  
まるで身体の芯から暖まるように。  
「ここではね、雄も雌も同じ小屋で眠るの。」  
「はぁ……」  
「でも、みんな鍛練とかで疲れてここでは眠るだけ。」「…はぁ」  
「だから、色々と溜まっているのよ。」  
「……はぁ」  
「でも、ここの人間はちょっと範囲外。でも、あなたが来てくれた。」  
「えっ…えぅっ……何を……」  
バシャーモが器用に手を使って男の寝間着を脱がし始めた。  
ボタンを丁寧に外し、ズボンを下ろされる。何故か力が入らず、  
瞬く間に下着姿にされてしまった。  
「メロメロって技は知ってる?異性を誘惑する技なの。こんな風に…」  
「あぅぅ……」  
下着越しに自身を擦られ、ふるふると身体を震わせながら下半身を勃ち上げてしまう。  
「…もうすっかり元気なのね、大丈夫、気持ち良くしてあげるから……」  
 
下着も脱がし、丸裸にした男を運ぶバシャーモ。  
向かう小屋の奥には、無数の眼がそれを待つように覗いていた。  
 
 

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