私とスピアーがお友達となってから、それぞれの日常に変化が生まれた。  
彼女は週に一度お休みを取り、私のもとへ来るようになった。  
そして私は、彼女と会える日を待ち遠しく思いながら日々を過ごすようになった。  
寂しいけれど、我儘を言って彼女を困らせたくはない。  
けれど……  
 
「お泊り、ですか?」  
「ええ!今日にでも、あなたにお泊まりしてほしいの!」  
スピアーとの幾度目かの逢瀬の日、いつも彼女が帰ってしまう時間帯に、ついに私はこの願いを口にした。  
あの日から、ミツハニー達に命じて森のポケモン達の『お友達同士がすること』を調べさせていたのだ。  
報告される楽しげな話の中でも、一際素晴らしく聞こえたもの──お泊り。  
「ええと……」  
「ね、お泊まりしてくれるわよね?」  
期待に胸を膨らませて問い掛けた。  
しかし、スピアーの返事は沈んだものだった。  
「その、週に一度のお休みも、無理を聞いてもらっている状態でして……」  
触角を垂らしすまなさそうに言う姿に、私の期待はしおしおと萎んでいった。  
「ダメ、かしら……?」  
そっとスピアーの顔を覗き込み、上目遣いに尋ねる。  
やはり、我儘が過ぎてしまったのか……また困らせてしまった。  
ダメならいいのよ、と告げようかとした時。  
彼女は一瞬言葉を詰まらせたかと思うと、口を開いた。  
「ああっ……そんな顔をしないでください」  
それから、突如うんうんと悩みだした。  
それを見守りながらも、この願いは聞き入れられないだろうな、と考えた。  
あれほど忠実で真面目な働き蜂のスピアーが、群れに反することを選ぶとは思えない。  
けれど、悩んでくれるだけでも嬉しい。  
「……ダメなら、」  
「い、いいえ!分かりました、お泊まりします!」  
私の言葉を遮り、半ば勢いのようにスピアーは声を上げた。  
そんな、本当に?  
「本当!?」  
ほぼ諦めていた私は、スピアーの言葉に飛び上がって喜んだ。  
そんな私に、ただ!と彼女の声がとぶ。  
「ただ、早朝に帰らせていただきます。女王様の朝食のため、毎朝、隊を組んでの採蜜活動がありますので」  
採蜜隊の隊長も厳しい方で、女王様のために働けることが光栄ではないのか!と今日も出掛けに怒られてしまい……  
そんなスピアーの愚痴も、今の私の頭には入らなかった。  
 
──スピアーのお泊りという嬉しさ!彼女が私を選んでくれた嬉しさ!──  
──スピアーを縛る彼女の女王蜂への嫉妬!彼女から奉仕される、彼女の絶対的存在への嫉妬!──  
 
一瞬、私の内を二つの異なる感情が駆け巡ったのだ。  
だが、後者を選択したあの日は失敗した。  
今度こそ、今度こそだ。  
 
「ミツハニー!」  
「はっ!女王様!」  
自室から一声かけると、ミツハニーはすぐにやって来た。  
ぽかんとするスピアーを横目に、豪華な夕食と極上の甘い蜜、柔らかな寝台を用意するよう命じる。  
「はっ!我等が女王様!」  
そしてミツハニーは来た時と同じように素早く去って行った。  
しかし、まだ何か出来ることがあるような気がしてならない。  
「えっと、他に必要なものは何かしら?あ、夕食時にミツハニー達の合唱とか……」  
「ビークイン、そんなに持て成していただかなくてもいいのですよ」  
落ち着いたスピアーの声ではっとする。  
張り切りすぎて、呆れられてしまったのだろうか?  
彼女の女王蜂への嫉妬心はあるが、お泊りによって浮かれているのも確かだ。  
言葉に詰まり黙り込んだ私に、彼女はクスリと微笑んだ。  
「ありがとうございます。その気持ちは、本当に嬉しいですよ」  
やはり、スピアーは優しい。  
その優しい瞳に見つめられては、なんだか照れてしまう。  
「お泊り、私も初めてなんです。ワクワクしますね」  
「きっと楽しいわ、あなたと一緒なんだもの!」  
 
それから、スピアーと一緒に夕食のため食卓へと向かった。  
言い付けの通り、夕食は豪華で美味なものだった。  
しきりに恐縮していた彼女だが、美味しいと言ってくれて嬉しい。  
極上の甘い蜜を飲んでいた彼女が、ふと笑い交じりに呟く。  
「舌が肥えてしまって、これから困ってしまいそうです」  
「なら、ここにいればいいのよ。毎日でも御馳走するわ」  
私の言葉に、スピアーはただ微笑むだけだった。  
夕食を終え自室に戻ると、私は彼女に寝台に上がるよう勧めた。  
「一緒の寝台に、ですか?でも、ご迷惑では……」  
「そんなことないわ。お泊りの時は、一緒に眠るものなのよ」  
ハニカム構造で出来た自室の壁の、床から僅かに上の部分に、大きな六角形が一つだけある。  
ミツハニーによって生成された蜜蝋で作られた、私の寝台だ。  
内側にはクッションのように柔らかな繭がたっぷりと、それと隅には美しく芳しい花々が置かれている。  
私は毎晩それに身を沈め眠るのだ。  
「さあ、どうぞ」  
「は、はい!失礼します……」  
スピアーは何故だか緊張したように、恐る恐ると腰掛けようとしている。  
私はそんな彼女の反応を不思議に思った。  
「わあ……!柔らかくて、良い香り……」  
「……あなた、いつもはどんな所で寝ているの?」  
うっとりとするスピアーに、更に疑問が湧いた。  
これはただの寝台だと思うのだけど。  
「いつもですか?働き蜂はみんな、巣の内部の個々の巣穴に入って直に寝ていますね」  
「ええっ!?」  
私のスピアーが、クッションも無しに寝かされているなんて!  
やっぱり私の群れにお入りなさい、と言い掛けるのをぐっと堪える。  
そういえば、ミツハニー達も巣穴に入ってそのまま寝ていたような気がする。  
「そ、そうなの……」  
「はい。ですから、今日は初めてのことがたくさんです」  
そう言って、スピアーは寝台に深々と身を沈めた。  
初めてのこと──私も、お友達のお泊まりは初めてだ。  
ええと、お泊まりでは次にどんなことをするのだったかしら……  
 
「確か……じゃれあったり、するのよね……」  
小さく呟く。  
そしてすっかり力を抜いているスピアーを見下ろした。  
「…………」  
「ビークイン?どうし──わあっ!?」  
ぎゅっとスピアーに抱きついてみる。  
むしろ覆いかぶさる。  
「え、ええと……?」  
「こ、これは、お友達同士のスキンシップというものよ!お泊りの時はみんなするものなのっ!」  
「そ、そうですか……」  
この次は何をすればいいのだったかしら?  
頭が真っ白になって思い出せない。  
「…………」  
「…………」  
お互い無言のまま、時だけが過ぎていく。  
胸がドキドキと脈打つ。  
スピアーと触れ合っている場所がやけに熱を持ってしょうがない。  
彼女の顔を窺うと、彼女もなんだか赤面していた。  
引き寄せられるように顔を寄せ、そっと、触れるだけのキスをする。  
「……お友達同士で、キスはしないの?」  
「するのは……恋人同士、かもしれません……」  
私の初めてのお友達。  
でも、キスだってしたい。  
スピアーのことが、好きだから。  
「ね……恋人にも、なってくれないかしら?」  
「っ!……私は、ずっとあなたの傍にいることはできません。私は……」  
「いいの。それでも、いいのよ。あの日、お友達になった時から、分かっているもの」  
もう我儘は言わない。  
ただ、スピアーの返事が欲しい。  
「……私で宜しければ、喜んで」  
 
「じゃあ早速……」  
「ちょ、ちょっと待ってください!」  
ちょうどいい体勢なのだから、と手を出す私にスピアーは慌てて待ったをかけた。  
「明日は早いんです。される側だと、身が持ちません!」  
あの日のことが、スピアーの中で思い起こされているのだろう。  
さすがにあの日ほど無理矢理にする気はないのだけど。  
「その言い方だと、する側ならいいの?」  
「……ええと、はい。ビークインは、嫌ですか?」  
とんでもない!  
スピアーに奉仕されることが、嫌なはずがない。  
「ふふっ、嫌じゃないわ」  
スピアーの上から起き上がり、そのまま彼女の横に腰掛ける。  
彼女も身を起こし、しばし見つめ合った。  
「来て、スピアー」  
 
「んっ……」  
「……ぅんっ……」  
深くキスをする。  
お互いに舌を求めあい、絡ませる。  
どちらからともなく離れると、二匹の間に透明な糸が引いた。  
「……して、くれるのよね?」  
「はい……」  
小さく言葉を交わすと、スピアーは寝台から降りた。  
私が彼女の方を向き座りなおすと、彼女は私の目の前で跪いた。  
傍から見れば、この体勢は正真正銘の女王蜂と働き蜂の関係に見えるかもしれない。  
そんなことを思っていると、彼女の視線を感じた。  
私の腹部からは、尾を中心にしてスカート状に巣が広がっている。  
寝台から少しはみ出した巣は、それなりの強度があるので座っていても潰れることはない。  
そのため、私は跪いたスピアーに向けてスカートの中を見せる格好になるのだった。  
「はっきりと見たことは無かったのですが、中はこんな風になっていたんですね。  
 針のない尾って、なんだか可愛いですね……」  
遠慮のない視線をひしひしと感じ、今更だが恥ずかしい。  
ふと、興味深そうに喋っていた彼女が呟いた。  
「……今、この巣の中にミツハニーが入っていたりします?」  
「は、入っているわけないでしょっ!!」  
突然なんてことを言うのだろう。  
確かに、この巣の中で産まれたばかりのミツハニーを育てはする。  
けれどその期間はほんの僅かで、彼らはすぐに巣から出て働き蜂として働き始める。  
それにスピアーと会う時は、二匹きりになれるように気を配っているのだ。  
「ああ、すみません……ふと頭に浮かんでしまって」  
謝りながら、スピアーは私の巣穴へと針を伸ばした。  
六角形の巣穴の縁を、針でなぞる。  
「んっ……」  
つーっ、と撫で上げられ、私はゾクリと身体を震わせた。  
「ふふっ、私の針くらい、入っちゃいそうですね」  
クスクスとスピアーが笑う。  
その振動が針から伝わってきてくすぐったい。  
「さて……ううん、腕の針で解すのは危なくて無理ですね。それでは……」  
「っ!」  
言うと、スピアーは急に尾の先端に口付けてきた。  
小さな舌が、入口から侵入しようとぐりぐりと押しつけられる。  
「あっ……う、ぅっ……!」  
入口は簡単に舌の侵入を許した。  
舌が、入口を更に広げるように動かされる。  
浅い場所を舐められ、奥の方までじんじんと切なげに疼き出す。  
トロリ、と蜜が溢れてしまう。  
「……甘くて、美味しいですね」  
蜜を舐めていたスピアーが、ふと口を離し呟いた。  
そして立ち上がったかと思うと、彼女の顔が寄せられる。  
……これは、まさか。  
「あなたも、いかがですか?」  
「っ!」  
やっぱり、と思うのと同時に、スピアーは返事も聞かずに口付けてきた。  
ぬるぬるとした自身の蜜が、彼女の唾液ごと舌で押し遣られてくる。  
そして執拗に舌と舌を擦り合わせ、味わわせようとしてくる。  
「んっ……んんーっ!」  
スピアーの蜜ならいくらでも味わうが、自身の蜜なんて気持ちの良いものじゃない。  
口内の甘さは、きっと彼女の舌と唾液が甘いからだ、きっとそうだ。  
両腕で彼女を押したが、彼女は両針を私の首に回し、ぐいぐいと更に深く舌を絡めてくるだけだった。  
「ふ、う……美味しかったですか?」  
今度のキスでは一方的に私の口内を掻き回し、漸くスピアーが離れた。  
そして、さも楽しげに聞いてくる。  
まさにあの日の行為をそのまま意趣返しされ、いろいろな意味でいたたまれない。  
 
「いっ……いじ、わるうっ……!」  
「さあ、なんのことでしょう?」  
荒い息のまま答えた私に、スピアーときたら涼しげな顔だ。  
なんだか、とても悔しい。  
「ビークイン。少し思いついたことがあるのですが」  
「な、なにかしら?」  
自分のペースを取り戻すべく、落ち着いた様子を装い返事をした。  
「その……私の産卵管を、あなたの中に挿れてみたいのです」  
スピアーは少し恥じらいつつ、提案してきた。  
彼女の産卵管を、私の中に……  
「両腕は針ですし、舌だと奥までは──」  
「いいわ」  
「えっ……いいのですか?」  
「だって、私たち恋人同士じゃない。ね?」  
あっさりと私が了承したので、スピアーはやや拍子抜けしたようだった。  
しかし私が甘く囁いてやると、彼女は嬉しそうに顔を輝かせた。  
「い、痛くないようにしますからっ!」  
「ふふっ……」  
スピアーはいそいそと屈み込むと、私に背を向けて座り込んだ。  
そして座る私の、少し高い位置にある尾に挿れるべく、上体を俯せに寝かせ尾を持ち上げる。  
……そこで私は身を乗り出し、目の前の尾を掴み──ぐいっと持ち上げた。  
「きゃあっ!?な、なんですかっ!?」  
引き上げられたスピアーは私のスカートの上に乗り上がった。  
彼女の尾の針──産卵管は、私の顔のすぐ前にある。  
ふうっ、と息を吹きかけるとビクリと震えた。  
「挿れるなら、こっちもちゃんと濡らさないといけないわよね?」  
ニコリと微笑み、がっしりと産卵管を掴みあげ言ってやる。  
途端に彼女の顔が引きつったが、気にせず産卵管の先端から付け根までを一気に舐め上げてやった。  
「ひゃあんっ!?」  
先程まであれほど余裕を持っていたスピアーが、なんとも可愛らしい声を上げた。  
「や、止めてください!今日は私がっ……!」  
「あら、私が痛い思いをしてもいいの?」  
「よ、よくないです、けどぉ……!」  
ならいいわよね、と会話を打ち切る。  
丁寧に舐め上げ唾液を塗すたびに、彼女は身を震わせた。  
「んっ……!んぅ、う……」  
「こっちも……」  
ちゅっ、と産卵管の先端に口付け、咥え込む。  
彼女の中から蜜が溢れてくるのを感じ、舌を入れて掻き回した。  
やっぱり、彼女の蜜は甘くて美味しい。  
「ああ、あっ!も、もうっ……!」  
まだ味わっていたいのに、スピアーが尾を振るって抵抗する。  
渋々と口を離してやり産卵管を見やると、蜜がトロトロと溢れ出している。  
その様を眺めていると、ふと良いことを思いついた。  
つい、と手で彼女自身の蜜を掬い、産卵管に塗り付けてやる。  
「ひうっ!?」  
突然ぬるりと蜜を擦り付けられ、スピアーは再びビクリと尾を揺らした。  
更に溢れた蜜を掬い、産卵管の隅々まで塗り付けてやる。  
ついでに扱いてやると、尾がビクビクと暴れ出した。  
「んううっ……!も、もういいですっ!十分ですぅ……!」  
「そう?」  
スピアーの反応が楽しいので残念だが、尾を開放してやる。  
これだけドロドロにしたのだから、挿入に問題はないだろう。  
私自身、彼女への奉仕で興奮したのか、奥から蜜が溢れてくるのを自覚していた。  
「うう……やけに素直だと思ったら……」  
「さあ、なんのことかしら?」  
うふふ、と笑ってやった。  
 
「今度こそ、挿れますからね……」  
スピアーは先程と同じ体勢になり、産卵管を私の尾の先端に押し当ててきた。  
「んっ……!は、あっ……!」  
息を吐きながら、押し入ってくるスピアーを受け入れる。  
「ああっ……!全部、挿れてっ……んうっ!」  
「ふっ、うう……!」  
初めはすんなりと入ったが、産卵管が半分ほど入ると圧迫感が増してきた。  
内壁を擦られ、突き上げられ、根元まで捩じ込まれる。  
「ひぅっ!あっ!ああんっ!」  
「ふ、はぁっ……!は、入り、ました……!」  
スピアーの動きが止まった。  
見下ろすと、彼女が小さく震えているのが分かった。  
接合部は自身のスカートのせいで見えないが、きっと彼女の産卵管の形を浮かび上がらせているのだろう。  
その時、はあっ、と彼女が熱い息を吐くのが聞こえた。  
「中、熱くて……!溶けて、しまいそうっ……」  
悪戯を仕掛けるような気持ちが、私の中でむくむくと膨らんだ。  
尾に力を入れて、中のスピアーをきゅうっと締め付けてやる。  
途端に彼女は可愛らしい声を上げた。  
「ああっ!そんな、締め付け、ないでくださいっ……!」  
中でスピアーがビクビクと震えるのを感じる。  
自身も甘い疼きを感じたが、それよりも見下ろした先の彼女の反応が愉快だ。  
「んっ……ふ、ふふっ……可愛い、わね……」  
「っ……!う、動きますからねっ……!」  
言うと、スピアーは私の中を下から勢いよく突き上げた。  
「ひゃんっ!?ああ、あっ!ひぁぁん!」  
下からずんずんと突き上げられ、最奥までスピアーを感じる。  
入口は彼女の産卵管を根元まで咥え込み、じゅくじゅくと厭らしい音を立てている。  
「はぁ、ぁ、ふあぁ!あ、あああああ!」  
「っ、はぁ……!ううんっ……!」  
二匹の声が混ざり合う。  
どちらの息遣いなのか、喘ぎなのか、もう分からない。  
「あああ、あっん!んんう、ひうっ……!」  
ぐりぐりと突かれて、目の前で白い光が瞬いた。  
内壁がきゅうきゅうとスピアーを締め付け、私と彼女を更に駆り立てる。  
「ああっ!ビークインっ……!ふっ、くうう……!!」  
快感に喘ぎながらも、いじらしく私を責め立てるスピアー。  
そんな彼女の背を見下ろすと、胸が切なさと愛おしさで締め付けられた。  
「ひゃあ、あっ!スピアー!好き、大好きっ…!あ、ああああっ!」  
「っ……!あ、ああっ!」  
 
──ずっと私の傍にいて──  
 
その言葉は、私の胸の奥に仕舞われた。  
 
「はあっ……!っ……!はっ……」  
震えるスピアーを中で感じ、このまま彼女の暖かさを感じ続けていたいと思った。  
しかし、荒い息を吐く私の中から彼女は出ていってしまう。  
「あっ……」  
どぷり、と二匹分の蜜が溢れた。  
なんだか寂しくて、身体の中まで空っぽになりそうだ。  
私の中で二匹の蜜が混ざり合い、卵が出来たらいいのに──そんな馬鹿な考えが頭を過ぎる。  
「……ビークイン……」  
スピアーの呼びかけに、彼女を見つめた。  
座り込んだままこちらに顔を向けている。  
彼女の濡れた赤い瞳は、やはり美しい。  
「……どうしたの?」  
「その……ええと……」  
何故だか口籠っている。  
その態度に、なんだか不安になって来た。  
恋人になって早々、別れ話?行為の相性が良くなかった?恋人というものを何か間違えた?  
一匹でぐるぐると考えていると、ついにスピアーは口を開いた。  
「あのっ!こ、腰が抜けてしまったのでっ……起こして、ください……」  
真っ赤になって、最後の方は消えいるような声だった。  
腰が抜けた?  
「こ、腰が抜けたの?あ、あはははははっ!!ふふ……ふふふっ!」  
「わ、笑わないでくださいっ!!」  
あれほど切なさに胸を締め付けられ、不安に駆られていたのに。  
ああ、彼女には敵わない。  
「ふふっ!そんなに気持ちよかったのねえ……やっぱり可愛いわね、スピアー」  
「ずっと尾を上げたまま動いていたからですっ!」  
「じゃあ、気持ちよくなかったの?」  
「そ、それはっ……気持ち、よかったですよ……」  
笑い交じりに揶揄うと、ついにスピアーはぷいっとそっぽを向いてしまった。  
そんな彼女を見るのは初めてで、なんだかとても嬉しい。  
「ね、拗ねないで。ちゃんと起こしてあげるから」  
「……拗ねていません」  
寝台から起き上がり、座り込んでいる彼女の正面に行き、屈みこんだ。  
そしてぎゅうっと彼女に抱きつく。  
「ビークイン?」  
「…………」  
不思議そうなスピアーの声に返事を返さないまま、彼女の身体を抱き込んだ。  
ぎゅうぎゅうと抱きつく私に、彼女もまた、腕を回してくる。  
「……ビークイン。お慕いしています」  
「……うん。好きよ、スピアー」  
しばらく、私たちは静かに抱き合っていた。  
世界には私たちしかいないような、そんな夜。  
 
「ちゃんと抱き起こして寝台に寝かせてあげたのに、そんな顔してどうしたの?」  
「……なんで私、押し倒されているんですか」  
「夜は長いのよ、スピアー」  
「朝は早いです!ひゃうっ!そ、そんなとこっ……!やあ、あっ!」  
私たちの夜はまだまだこれからだ。  
 
翌日。  
二匹ともすっかり寝入っていたようで、私が起きたのは昼をとうに過ぎた頃だった。  
自室の外からはいつものミツハニー達の騒がしさが聞こえる。  
どう考えても早朝ではない。  
そういえば、スピアーを起こすよう彼らに命じていなかった。  
決して自室に近づかないように、とは命じていたのだけど。  
寝ぼけた頭でぼんやりと考えていると、隣でスピアーが身じろぎした。  
「ううん……おはよう、ございます……」  
「おはよう、スピアー」  
眠たげな瞳の彼女の頭を、優しく撫でた。  
ぼんやりとしている彼女が、不意に呟く。  
「今……朝、ですよね……?」  
「いいえ。お昼よ」  
一瞬の間の後、彼女はガバリと飛び起きた。  
「わっ、わあっ!!え、ええっ、昼!?そんな、まさかっ!?」  
とても取り乱していて、今にも飛び出していきそうだ。  
「ね、スピアー。急ぐのも大事だけど、帰る途中に川に寄ったほうがいいわ」  
二匹とも、昨夜の行為で身体が汚れている。  
このまま巣にはとても帰れないだろう。  
「は、はい……ううう、慌ただしくてすみません。失礼しますっ……」  
こんなときも真面目なスピアーだが、涙目になっている。  
そして大慌てで出て行ってしまった。  
残された私は、ぽつりと呟く。  
「……またね」  
 
やはり、彼女の女王蜂に対しての嫉妬はある。  
彼女が帰る場所が、私のもとならどれだけいいことか。  
私は彼女の女王蜂にはなれなかった。  
けれど。  
私は彼女とお友達になった。恋人になった。  
それは、とても素敵なこと。  
 
「またね、スピアー」  
 
 

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