私はポケモン。種族はレントラー、性別はオス。
愛称はレンという。というよりトレーナーがそう呼び出したのでそれで通している。
そのトレーナーの名前はチナツ。優しい、というよりお人好しで人に流されやすい。私はその様見ていつもやきもきしてしまうほどだ。
彼女はいわゆるポケモンマスターを目指して旅をしている最中だ。
必死で一生懸命頑張っているのを見ていると自分も頑張らなくと思う。
チナツは何よりも大事な存在なのだ。
昨夜は野宿だったが、特に問題なく夜はすぎた。
我らチナツのポケモン達が順に目を光らせている故、安心して眠ってくれているのだろう。
時々私が彼女の添い寝をすることもあるが、正直よく眠れなくなるような、複雑な気持ちになってしまうのだった。
チナツのテントの中では、チナツと一匹のポケモンが眠っていた。
変な帽子の男からもらったタマゴがかえり、リオルなる幼いポケモンが生まれたのだ。
生まれたばかりの彼は色々手間がかかる。しかしチナツはリオルを大切にし、可愛がっていた。他のポケモンたちも同様にそれを認めている。
いまやリオルはチナツの小さな護衛として立派に努めている。
毎日彼女に抱かれて眠っている事に関しては、皆黙っているが正直羨ましいよな、などと話して見ることもあった。
無事に朝を迎え、仲良く朝食を終える。今はというと、日課のブラッシングをしているところだ。あのリオルはチナツの隣で不思議そうにそれを眺めていた。
自慢のたてがみを丁寧にブラッシングされるとつい目を細めてしまう。
「今日も元気だね、レン。毛づやもいいし。ポケモンフーズ替えたのが良かったのかな?」
チナツのやさしい手つきに私はふんふんと鼻を鳴らして、チナツの頬に擦り寄る。
「あはは、やめてよレン!つぶれちゃうよ!」
逆にぎゅっと抱きついてくる、彼女の明るい笑顔。
ずるい!と怒るように彼女の足に抱きつくリオル。
ああ、私もチナツが大好きなのだ。君と同じように。
チナツとはもうずいぶん長い付き合いだ。
自分がまだ小さなコリンクだったころ、幼い彼女に保護されたのだ。
タマゴを託され、愛を注がれ生まれたリオルとは違い、生まれてすぐ私は捨てられたのだ。
個体値なるものが関係しているらしいが、チナツはそんなことは特に気にしてはいないようだった。
ただ幼い私を可愛い、可愛い!と大喜びで抱いてくれたことを覚えている。
タマゴからかえったばかりの自分は、親の顔もろくにわからないままに、ただ呆然とするばかりだった。
その頃チナツも子供だったが、彼女は愛をこめて自分を育ててくれた。弟のように…いや、違う。まるで、自分の親友のように。
彼女が幼い自分を優しく抱き締めてくれた感覚を決して忘れることはできない。
そして彼女の側で成長し、ルクシオになり、レントラーにまでなれたのだ。
チナツ、彼女がいなければ私はどうなっていたのだろうか?
その日は一日中歩き、ヘトヘトになりながらも何とか夜までに町にたどり着くことができた。
今日は月が綺麗ですよ、とジョーイさんが教えてくれた通り、その夜はとても月が美しい夜だった。
いつものようにポケモンセンターの宿舎に宿を借り、ようやく皆で一息着く。
ベッドの上でぽんぽんはしゃぐリオルをミミロップがしなやかなでんこうせっかで嗜めていた。
「静かにしなきゃダメだよー」
笑いながらポケモンたちの大騒ぎを見守るチナツ。
そんな姿を見ながら、私は前足を器用に使い窓を開け、そっとベランダに出る。
ベランダからは夜空がよく見えた。私は夜が好きだ。なぜかは分からない。どこか、自分に似ている気がするからだろうか?
色も、雰囲気も、性格も。
いつのまにか部屋が静かになっている。仲間たちもボールに入って休んでいるのか、もしくは誰かがチナツの横に潜り込んだのか。
澄んだ空気を堪能しながらたたずんでいると、そっと窓が開いた。この気配はチナツだった。
「レン…そばにいってもいい?」
いつになく不安そうな顔つきだった。私はチナツにそっと近づき擦り寄った。
チナツは私のたてがみをやさしく撫でながら小さい声で言う。
「私ね、心配になるの。これからどうなるのかなって…」
今彼女はギンガ団なる組織と戦っている。まだ幼い彼女一人にその責務は重すぎるのではないかと思ってやまない。
「ギンガ団が世界を滅ぼしたら、この世界が壊れたら私たちはどうなっちゃうんだろう?」
チナツはそう言って俯く。
世界が滅ぶ。世界が壊れる。ポケモンも人もみんないなくなる世界。
いや、もはやもうそれは世界ではないのかもしれない。ただの空間でしかなくなってしまう。
「もちろん、できることは全部するよ。だけど、私だけで何ができるんだろう?」
彼女は一人だった。仲間のポケモンたちはいたが、ほとんど一人で戦っていた。いつも。
「レン、私、ちゃんとできるかな?」
できる、できる、君ならできる。声に出せたらいいのにもどかしくて。
せめて態度で示そうと、小さな体ににやさしく寄り添った。
「…ありがとう、レン」
チナツにぎゅっとしがみつかれて、私は何とも言えない気持ちになった。
「皆大好きだよ。皆大切に仲間だもん。でも、レンは特別…レンは、いつも優しくて、淋しいときはいつも側にいてくれて…」
ぽろり、と水滴のようなものが頬に落ちた。チナツの涙だった。
私は、チナツの涙を拭うように舐めとる。チナツは何も言わなかった。ただ、私にしがみついていた。
暖かくて、ほろ苦い気持ち。
本当に考えていることは彼女には伝えることはできない。
私はチナツを心から愛しているなんてことを。
「もし願いがかなうとしたら?」
唐突な話だった。
噂では聞いたことがあるが、願いをかなえてくれるポケモンがいるらしく、どうやらチナツがそのポケモンを偶然もらったそうなのだ。
どうやらハンバーガーを食べていたらもらったとかなんとか。
ちょうどチナツがどこかのジムリーダーと、かせきほりに張り切って行ってしまった間、我らの間ではその話で持ちきりだった。
「なあ、レン。お前は何を願うんだ?」
リオルは若い割にしゃべり方が大人っぽい。
しかし、その問い掛けに答えることはできなかった。
「…わからん」
「わからんって何だ?願いたいことがないのか?」
不思議そうに首を傾げるリオル。
「願いと言われると想像できんのだ」
「ミミロップはね、もっと強くなってチナツに誉めてもらって耳をなでなでしてもらいたいなー」
のんきなミミロップは1人でもふもふと耳を触っている。
「三色パンチとか欲しいなぁ」
「リオルは?お前はどうしたいんだ?」
もうこれ以上話を聞かれたくなくて、私はリオルに話をふる。
「私は、強くなりたい!チナツを守る力がほしい!」
「ホットだねぇリオルはー」
ミミロップがまたのんきに笑った。
「チナツは私の最高のトレーナーでパートナーだ!だから、私も最高のポケモンでいたい!」
一行はすこし呆気に取られたが、すぐに笑いが起こった。
「ミミロップがチナツの最高のポケモンだもんねー。最高の座はリオルには渡さないもんねー」
「私が一番になる!」
くだらない喧嘩を聞きながら、私はリオルの熱い言葉にすこし驚いていた。
強くなりたい。ミミロップもリオルも純粋な気持ちなのだな、と。
願い。今私がかなえたい願いは余りにも不純すぎて…
ポケモンと人は、つながることができるのだろうかとそんなことばかり考えてしまうのだ。