わかってた。私とグリーンが決定的に違うところ。だけど、それはわかってた『つもり』に過ぎなくて。  
 心のどこかで、グリーンは違う。グリーンに限ってそんなこと。なんて思ってた。  
 だけど、やっぱりグリーンは男の子で。私は女の子だったんだね。  
 
 
扉の向こうでナナミさんの声がする。何かを喋っているようだけれど、私の頭には入ってこない。  
何か返事しなきゃ。体を起こして、扉に向かって声を上げる。  
「なんでもないですよ。」  
なんでこんなことを言ってしまったのか、わからなかった。  
沈黙を通していれば、不審に思ったナナミさんが扉を開けるだろう。そして、私の姿に気付くだろう。  
それからは……想像できないけれど。きっと、グリーンは責められる。  
なぜだか、それだけは耐えられなくて、私はただ扉が開かないことを懇願した。  
ナナミさんの声がする。頭には入ってこない。だけど、なんだか声のトーンが落ちている。  
しばらくして、階段を下りる音が聞こえ、私は胸を撫で下ろした。そして、主を失った部屋を眺めた。  
男の子の部屋にしては随分とシンプルな部屋。レッドの部屋とは大違いだ。  
何度も来たことがあるはずのこの部屋が、まるで知らない場所のように見える。  
一歩一歩踏みしめるだけで心臓が鳴る、喩えるなら、ハナダの洞窟へ初めて入ったときのあの感覚。  
なんにしても気持ちのいいものではない。私はとりあえず、乱れた衣服を整えることから始めた。  
ベッドの下に丸まっていた下着を拾い、身につけようとして、無造作に立てかけてある全身鏡に視線が向かう。  
そこに写った私を見て驚愕した。  
整えたはずの衣服にはところどころに皺がよっている。髪はぼさぼさだし、帽子も潰れてしまっている。  
そして、私の内腿から一直線にこびりついた赤い血の痕。それは、私がもう純朴な少女ではないことを示していた。  
 
何も知らなかったわけではないのだ。男の子がどういう生き物であるか。どういうことを望んでいるか。  
だけど、その知識を身につけたときから信じていた。自分の2人の幼馴染は、絶対にそういうことをしないんだ、と。  
その願いにも似た信頼は、先ほどのグリーンの行為によって、粉々に砕かれてしまった。  
それでも私は未だに信じることが出来ない。まさか、グリーンがそんなことをするなんて、思いもしなかった。  
期待を裏切られたというのに、私が涙一つ流せなかったのは、そのせいもあるだろう。  
こんな姿をナナミさんに見られるのは耐え難い。  
玄関に向かうことはせず、窓からそのまま飛び立った。しばらく誰にも会いたくなかった。  
 
何日か経って、部屋に引きこもったままの私の元へ、ナナミさんが訪ねてきた。  
タマムシデパートに新しくオープンしたというケーキ屋さんのケーキを手土産に。  
いつもと変わらないはずのナナミさんの笑顔。それはどこか、私に気を遣っているように見えた。  
ナナミさんだけじゃない。ママやオーキド博士、私に電話をくれるエリカさんやタケシさん。  
すべての人が私に対し、一歩引いたかのような接し方をするように感じる。まるで、私とグリーンの関係を知っているかのように。  
「あの子とグリーンは、もう幼馴染じゃないのよ。繋がっちゃったのよ」って、噂されてるような気がする。  
いやだ。そんなの。グリーンは。違うんだ。幼馴染。男女。違う。レッド。レッド。レッド。レッド!!!  
私の頭の中には、もう一人の幼馴染の姿が浮かんだ。レッド。山篭りして、修行してる、レッド。  
グリーンで懲りたはずなのに。まだ信じようとして。私は無意識にシロガネ山へと向かっていた。  
 
来るたびに吹雪いている筈のシロガネ山の登頂は、驚くほど凪いでいた。  
粉雪がちらちら舞い降るそこにレッドはいた。相変わらずの後ろ姿。  
何をするわけでもなく、ただ心を落ち着かせ瞑想する。ナツメさんに習ったのだ、と、言っていた。  
無の境地に浸っているレッドの背中に、思い切って声をかける。彼は振り向く。相変わらずの無表情。  
「随分早いね。」  
感情のこもってない、だけど冷たいわけではない静かな声だった。これがレッドの声なのだ。  
初めて聞く人は驚くだろうけれど、長い付き合いのある私たちは、もう慣れてしまった。  
「そう、かな? 結構経った気がするけど…」  
「まだ、多分、1週間程度しか経ってないはず。」  
「そっか。まだそれくらいしか経ってないのね……」  
私の沈んだ気配を察したのか、レッドは洞窟にある自分のテントへ私を招き入れた。  
リザードンの尻尾の熱で程よく温かいテントの中。レッドはホットミルクを私に差し出す。  
私がプレゼントしたミルタンクをちゃんと活用してくれているのが嬉しい。  
心から温かくなったことで、ようやく色々な意味で落ち着くことの出来た私は、口を開いた。  
「ねぇレッド。私のこと、どう思ってる?」  
突然すぎる質問。さすがのレッドも目を丸くしている。私は努めて真剣に、付け加えた。  
「私のこと、幼馴染だ、って思ってる?」  
「そりゃ、まあ。子どものころからずっと一緒だし。」  
特に考える様子もなく、レッドは答えた。当たり前だろう、といった顔で。  
でも私はそれが信じられなかった。レッドもきっと同じなのだろう。私と2人でいると、グリーンみたいに―――  
「本当はそう思ってないんじゃないの? そう思わせておいて、私にいやらしいことしたいって思ってるんでしょう?」  
「何、言って」  
「レッドも男の子なんだよね。そんで、私は女の子なんだよね。違うんだ。私たちは。」  
言い終わる前に、レッドが大きなため息を吐いた。そして、リザードンをボールにしまった。  
隙間から漏れる冷たい風に身震いするのとほぼ同時に、レッドは私の上にいた。  
 
見上げたレッドの顔は、グリーンとは違った。いつもと変わらない無表情。だけど、今の状況は、グリーンの時と変わらない。  
もがいてみても、レッドの強い力に押さえつけられ、抜け出すことが出来ない。  
「リーフは、俺とそういうことがしたいんだ?」  
「ち、違……!」  
ダッフルコートの前が開けられる。服の上から、胸をわしづかみにされ、円を描くように揉みしだかれる。  
その姿がグリーンと被った。ぶつぶつと呪文のように何かを唱えながら、いやらしいことを繰り返すグリーンと。  
レッドの空いた方の手が服の中に侵入し、ブラの中へ強引に押し入ってきた。  
その手のひんやりした感触が素肌を撫で、全身に鳥肌が立った時、私は狂ったように悲鳴を上げた。  
すると、レッドは手を引き抜いた。そして、私の頭を優しくなで始める。  
「ごめん。だけど……わかっただろ?」  
「わかんない……わかりたくないよ!」  
「いつかはリーフも知らなきゃいけない。…俺たちは、いつまでも子どもじゃないんだ。  
俺も、リーフも、グリーンだって、日が経つごとに変わってきてる。俺たちは男になり、リーフは女になる。」  
ゆっくりと、まるでママが幼い子に言い聞かせるように優しい声で、諭される。  
「リーフがどれだけ拒もうと、受け入れないといけないことなんだ。  
グリーンはそれを受け入れた。受け入れたけど、歯止めが利かなかった。だから、お前を抱いたんだと思う」  
驚きのあまり、引きつったような声が出た。  
「やっぱり……やっぱり知ってたんだ!! 私が、グリーンがぁっ!!」  
「落ち着け。」  
レッドの落ち着いた声が聞こえたかと思うと、ふんわりと腕に包まれた。抱きしめられていた。だけど、レッドからは男の子を感じなかった。  
ふと、幼い頃を思い出した。泣いているレッドを私が抱きしめてあげた時の記憶。それは、その時の感じとよく似ている。  
私たちは男女だけれど、それでも、幼馴染という絆は消えない。ずっと残っていく。そう感じさせてくれる、温かい腕。  
だけど同時に、グリーンのことを思った。グリーンから抱きしめられたりする時は、幼馴染ではない。異性として、恋人としての抱擁となる。  
悲しいことだけれど、受け入れなければならない事実なのだ。だけど、今なら受け入れられる気がする。  
あの時のグリーンを思った。押し広げられる痛みの中で、見上げたグリーンの顔。彼の顔は強張っていた。そして、引きつっていた。  
「グリーンも、苦しかったのかな…?」  
「そりゃ、な。本能と理性の間で随分と葛藤したと思う。だけど、理性が本能に負けた。」  
「そっか。そうなんだ……」  
苦しんでいるのは私だけじゃないんだ。私と同じように、グリーンも苦しんでいたんだ。  
 
レッドと別れ、再び自宅に戻ってきた私は、ママに促されてすぐにお風呂に入れられた。  
シャワーの横の全身鏡に映された私の裸。それを、穴が空くほど眺めていた。こうやって自分の裸をまじまじと見つめるのは初めてのことかもしれない。  
そこには私の知らない私がいた。膨らんだ胸、くびれた腰。まぎれもなく、私は女だった。  
私の知らないうちに、私は成長を続けているんだ。身長だけじゃない、胸の大きさや、体の中のほうまで。  
シャワーの音が聞こえる。程よく熱い水を浴びながら、そっと、自分の胸に触れてみた。  
もう消えかかった赤い痕を指でなぞり、それが登頂に行き着くと、そこはぴんと張り詰めた。体に電気のような痺れが走る。  
グリーンは、ここを何度も何度も触っていた。指で摘んだり、舌で転がしたり―――  
その動きと同じように、そこをいじっていると、だんだんと体がぼうっとしてくる。  
この感じ。グリーンの時と同じだ。  
「んっ……、んんっ、はぁぁ……!!」  
気持ちいい。体中を駆け巡る甘い痺れが。リラックスタイムとはまた違う、ふわふわとした気持ちよさ。  
ああ、グリーンが私にしてくれていたことは、こんなにも気持ちがいいことだったんだ。  
胸をいじる手はだんだんと激しくなっていき、次第に片方の手が下へ下へと伸びていった。  
下の毛を掻き分けてたどり着いたそこは、ぬるぬるとしていた。「濡れてるじゃん」とグリーンが言ったのは、こういうこと?  
ここにグリーンのアレが入っていったなんて信じられないけれど…。そこに指を一本入れてみる。  
温かい。そして、なんだか窮屈だ。だけど、最高に気持ちがいい。  
「ああんっ、あぁ、やぁあぁ…う、んぁぁ!」  
苦しくなんてないのに、苦しんでいるような声が自然と漏れ出す。それはシャワーの音にかき消されていく。  
ぐちゃぐちゃという音も、熱気もすべて、かき消されていく。  
「ぐ、りーん! ぐりぃん!! あんっ、あぁん、グリーン!!」  
いつの間にか私はグリーンの名前を叫んでいた。グリーンの名前を呼んでいると、更に気持ちよくなる。  
目を閉じると、グリーンがいた。私を何度も突き上げるグリーンが。  
グリーンの苦しそうなうめき声と共に、気持ちよさの最高潮を迎えた私は、タイルの上に仰向けに倒れこむ。  
体が徐々に冷えていく中で、私は一つの結論にたどり着いた。  
おかしなことだった。今まではなんともなかったのに、こんなことで気付かされるなんて。  
 
 
 
 
グリーンとHをしてから、私は、グリーンを男の人として認識してしまった。  
そして、その時のグリーンに、恋をしてしまったんだ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END  
 

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