薄暗いウバメの森の中で、一人の少女がマリルをつれて歩いていた。心なしか怒っているように見える。  
 
「全く、何よヒビキ君ったら。あそこまで否定しなくたっていいじゃない。」  
 
チャンピオンを目指して旅するトレーナー、ヒビキの幼馴染であり同じくトレーナーの女の子、コトネは頬を膨らませていた。  
 
「お祖母ちゃんだって、何もあんなに急にふらなくたって……」  
 
先ほど幼馴染と再会し、そのことを祖母にからかわれた。ヒビキのことは多少なりともコトネは異性として意識しており、そ  
ういった感情がないというとウソになる。しかし、その感情はまだ安定したものではなく、不安定なものであった。恋じゃな  
いかもしれないし、恋なのかもしれない。そりゃあヒビキ君は優しいし、トレーナーとしても才能があるからカッコイイ。少  
しトロいところがあるのが玉に傷だが。  
 
しかし、彼が優しいのは自分だけではなく、慈愛の心はポケモン達やみんなに注がれている。特別な愛情ではない。  
 
「うーん……って何で私がこんなことで悩まなくちゃいけないの?!ヒビキ君も言ってたじゃない!ただの友達だって……!!」  
 
さらに、ちらっと見ただけだが、コガネのジムリーダーの少女があの後ヒビキに話しかけていたのも気になった。それにより  
コトネの心境はさらに穏かではなくなっていた。やっぱり、ヒビキ君はみんなに優しいんだよね……  
 
「まあそこがいいところでもあるんだけど……って!だから違ーうッ!!」  
 
一人で悶絶し、うんうん唸るコトネをマリルは心配そうな顔で見上げた。さっきから周囲で音がする。マリルは耳が良い。コ  
トネに注意を呼びかけたいのだが、コトネが先ほどからずっとこの調子のために話しかけられずにいた。  
 
「リルゥ……」  
 
マリルはコトネのバッグをひっぱるも、彼女に悪戯していると思われ、無視されてしまった。  
 
「うーん……やっぱり……男の子って、年上の女の人に憧れるのかなあ〜……」  
 
コトネがぶつぶつ一人で考えているうちに、マリルの警戒していたことは的中した。気がつけば、周囲をナゾノクサの大群に  
取り囲まれていた。祖母の家に厄介になろうとしていたのに、そのまま道を急いだのが悪かった。夜のウバメの森は危険だ。  
子供が一人で歩く場所ではない。  
 
「ひえっ……ちょっとちょっと……!聞いてないよ!!」  
 
コトネはポケモンセンターに寄る事も忘れていたために、つれあるき用のマリル以外のポケモンのHPは底を尽きていた。ナ  
ゾノクサに有効なマグマラシも今はボールの中で休憩中なのだ。弱った彼では、この大群は相手に出来まい。かといってマリ  
ルでは相性が悪すぎる。  
 
「ど…どどどうしよう〜!!」  
 
いつもは可愛い赤い目がこのときばかりは恐ろしく映る。ナゾノクサたちはじりじりと間合いをつめながら、攻撃のチャンス  
を伺っている。  
 
「ピッピ人形も、虫除けスプレーもないのに……やだ……」  
 
こういった状況で急速に、あの能天気な幼馴染の顔が浮かぶ。彼ならこの状況を乗り切ってくれるのに……!だがその幼馴染  
が助けにやってくる確率は皆無に近かった。  
 
「……助けて……!ヒビキ君!!」  
 
それでも、口から彼の名が飛び出す。すると魔法のようにナゾノクサ達が切り払われていった。コトネは目の前で何か奇跡が  
起きたのではないかと思った。ヒビキ君が助けに来てくれた……?!まるで漫画のワンシーンみたい、と先ほどの緊迫した雰囲  
気から一転、コトネはうっとりと夢見る少女の顔へと変貌していた。しかし、その顔も長くは続かなかった。  
 
「フン、お前か。こんなところで何をやっている。」  
 
頭から振ってきたのは幼馴染の優しい声ではなく、トゲをふんだんに含んだ掠れた声だった。イメージしていたものとは正反  
対の鋭い目つきに、攻撃的なな赤い髪。ウツギ博士の研究所からワニノコを盗んだ張本人だ。  
 
「……なっ!!あ、あんたは!!」  
 
「……あのヒビキとかいう能天気ヤローはいないのか。チッ、つまんねえな。」  
 
相変わらずの冷たい態度と鋭い目つき。死んでもコイツは許さない、というのがコトネの彼に対する第一印象だった。ポケモ  
ンにだって人にだって同じあの冷たい態度。突き放したような物言い。何から何までヒビキと正反対だ。  
 
「何よ!私じゃ相手にならないっていうの?!」  
 
「フン、ナゾノクサも撃退できんやつに言う資格はない。」  
 
「こっ…これはその……手持ちがマリル以外元気が……」  
 
「笑わせるな。いつも『ポケモンをもっと大事にしろ』とかほざいていたヤツがこのザマか。所詮は甘ったれだな。」  
 
そう言って彼はふふん、と鼻でせせら笑った。コトネは悔しさに唇をかみ締める。自分の不注意から生まれたことだが、自分  
のポケモンに対する気持ちまでバカにされて、コトネはそれが悔しかった。仕方がないことだが悔しかった。  
 
赤毛の少年はそのままきびすを返して森の中へ消えようとしたが、コトネはとっさに彼の腕を掴んだ。別にひっぱたくためで  
はない。その証拠に悔し涙ではない涙で目が潤んでいる。  
 
「オイ、何の用だ。放せ!」  
 
「…や…やだ……!置いてかないでよ!!」  
 
コトネは考え事をしながら進んでしまったために、道に迷ってしまっていた。おまけに野生のポケモンに襲われた後、時刻は  
夜。一人でウバメの森を歩いて出る勇気は悲しいかな、彼女にはもうなかった。  
 
「ふざけるな!誰がお前みたいなヤツと……!」  
 
「お願いっ!道がわかんないのっ!!私だってあんたと一緒は嫌だけど……」  
 
「じゃあ一人で行け。」  
 
「こんな怖い森に女の子一人にしていくの?!…お願いだようハートく……」  
 
コトネがすがりつくように泣き始めたので、正直彼にはどうすれば良いのかわからなくなってきてしまった。それに……  
 
「わかったから、その名前を呼ぶなァァァッ!!…くそッ!!」  
 
自分の名前を、彼女に呼ばれたくなかった。勿論、ヒビキにも呼ばれたくはないのだが。  
 
理由は一つ。男の名前にしては恥ずかしいから。  
 
 
 
 
 
 結局、赤毛の少年ことハートはコトネを連れて歩くことになってしまった。気に食わないが、あそこでめそめそ泣かれてい  
ても迷惑だからだ。それに、自分の目的の邪魔をされるかもしれない。  
 
(全く……厄介なことになった……)  
 
ハートはウバメの森の神と呼ばれるポケモンを探していた。強いポケモンを手に入れる。それが彼の行動理念だった。それで、  
なにやら騒がしい音がすると思って駆けつけたらこれだ。あの甘ちゃん野郎の幼馴染の女の子がいた。揃いも揃っていいご身  
分だ。ナゾノクサなんていうザコに囲まれて八方塞とは。ポケモンに対して甘いからそうなるのだ。いつも群れて生ぬるいこ  
とばかり抜かしているくせに。いざとなったらこうだ。全く情けない。そしてそんなやつを成り行きとはいえ、助けてしまっ  
ている自分に対してもイライラした。  
 
「ねえ、こっちでほんとに合ってるの?」  
 
おまけについて来ている身でこの台詞。少しは自分の立場を考えろ。全くこの馬鹿は。  
 
「……お前うるさいぞ。少しだまれ。」  
 
「私疲れてきちゃった…ねえ、ちょっと休もうよ〜……」  
 
「…………」  
 
「ねえってば〜、ハー…」  
 
「うるさいと言っている!!黙って歩け!!誰のせいでこうなったと思っている!!そんなこともわからないのか!!!」  
 
ハートはイライラしていたために、コトネについ怒鳴ってしまった。それでコトネが黙っているはずもなく、すぐに口喧嘩が  
始まってしまった。  
 
「何よ!そこまで言うことないじゃない!!私だって好きでこうなったんじゃないんだからっ!!」  
 
「ああ、ああ、そうだな!お前はそういう自覚もできない馬鹿だからな!!勝手にしろ!!さっさと一人で行け!!」  
 
「……わかったわよ!!そんなに言うならもういい!!私だって誰があんたなんかに頼るもんですか!!!」  
 
コトネはツンッとすましてそのまま彼とは反対方向へ行ってしまった。ただ、彼女のマリルだけがハートの足元に残ってじー  
っと彼をもの言いたげに見つめている。  
 
「…貴様も早く行ったらどうなんだ!俺はお前みたいな弱いポケモンはいらん!!」  
 
彼が怒鳴り散らすと、マリルは一目散にコトネを追いかけていった。暗いウバメの森の中、シーンと静まり返る自分の周囲。  
 
「チッ、うるさいやつらだ。それなら始めからわざわざ付いて来る必要もなかったというのに。」  
 
うるさいコトネががいなくなり、ホッとする…はずだったのだが、何故だか彼の心の中では少しの罪悪感が煙を上げてくすぶ  
っていた。  
 
「……クソ……何故俺が……」  
 
夜の森ほど危険なものはない。それは自分がよく知っている。だが、彼女が危険な目に遭っても、それは自分には関係がなく、  
またそれはコトネが悪いだけだ。俺が悪いんじゃない。ハートは邪念を振り切り、そのまま自分の目標を達成すべく、歩みを  
進めて行った。  
 
 
 
「あーあ……どうしよう……喧嘩なんかするんじゃなかったなあ……」  
 
一人になって冷静になったコトネは、焚き火の側でため息をついた。ぐうう、とお腹が鳴る。いきり立ってそのまま別かれた  
のはいいものの、夜ではやはり道がわからず、仕方なく朝を待つことにした。疲れているマグマラシに頼んで焚き火の火は何  
とかしてもらったが、肝心のご飯はない。ポケモン達には木の実が余っていたのでそれを食べてもらったが、ポケモン達にあ  
げる分が精一杯で、自分の分はもう残っていなかった。しかしただでさえ疲れきっているポケモン達を空腹のままにしておく  
のは彼女も気が引けたので、ポケモン達の食事を優先したのだった。だが、自分が空腹なのは物悲しい。それに慣れない野宿。  
女の子なら絶対に嫌だろう。特にコトネのように敏感な年頃の女の子には。  
 
「お腹すいたよう……」  
 
「リルゥ〜……」  
 
一人沈んでいると、先ほどまで木の実を齧っていたマリルが心配そうにこちらを見ている。コトネが物を食べていないのが心  
配なようだった。  
 
「あはは、いいんだよマリル、私は大丈夫だから…マリル達の方が心配なんだから……」  
 
そうは言ったものの、このままだと寝ることも出来ない。火を見張っていないと野生のポケモンがいつ襲ってくるかわからな  
いし、もし焚き火が森に引火したりしたら大変なことになる。  
 
「はあ〜……空腹で徹夜かあ〜……」  
 
お腹の鳴る音を一人で聞いていると、空腹で幻覚でも見始めたのか、美味しそうな匂いが漂ってきた。  
 
「うー……何でこんな時に……って!もしかしたら人がいるかも!!」  
 
コトネはハッと飛び起きると、匂いの元へと走っていった。焚き火の明かり。やっぱり人だった!  
 
「おーい!…って、アレ?」  
 
人影は近づいてよく見ると、見たことのある人物だった。しかもさっき喧嘩して別れたばかりの。  
 
「ちょっと……何であんたがここにいるのよ!!」  
 
「……」  
 
しかも空腹の自分を目の前に、焚き火の鍋からスープを啜っている。  
 
「……ううううううう……嫌がらせなわけ?!」  
 
「……」  
 
コトネのお腹がぐうううう、とさらに鳴る。じーっと鍋を見ているのに気がついているのかいないのか、ハートは顔色一つ変  
えずにサラサラと夕飯を食していた。時々目だけでチラっとこっちを見てくるのが腹立たしい。どうやらこちらから謝って頼  
み込むことでもしないと、わけてはくれないつもりのようだ。  
 
(何で!何でこんなやつなんかに…!!くっ悔しい〜!!)  
 
でもお腹は限界だし、とコトネは一人で葛藤していた。その様子を彼は面白がっているのか、時々こっちを見て意味ありげに目  
を細めてくる。その動作がさらにウザい。  
 
(いいいいい!あーもうムカつくムカつく!!でも…でも……)  
 
やっぱり一人で野宿するのも寂しいし、このまま森から出られなかったら嫌だし……コトネは渋々彼に頭を下げることにした。  
 
「……さっきのことは……その……あ、謝るからさ……」  
 
モジモジしながら、そしてムカムカする気持ちを抑えながら言うコトネ。それを見てハートは内心面白がっていた。何故面白い  
のかは彼自身にもわからない。しかし、そういった気持ちは久しぶりだった。  
 
「…だ、だからさぁ……ね?」  
 
お願い、という顔をするコトネだったが、それで彼の気が済むわけでもなかった。もう少し困らせてやろう。  
 
「……それが人様にものを頼む態度か?何をどうしたいんだ?」  
 
コトネの手がブルブルと羞恥とプライドの間で震え始めた。しかし、それでも恥を忍んで言葉を何とか搾り出す。  
 
「……すみません。お願いします。食べ物を分けて下さい。……あとよければ道案内とか……」  
 
棒読みでも、その歯がゆい表情を見れただけで彼は大満足だった。いつも自分に偉そうに言っている彼女をギャフンと言わせて  
やっただけでも大収穫だった。赤毛の少年は、かすかにニタリと笑みを浮かべた。  
 
 
 
 
「ぷはーっ…助かったあ〜……」  
 
憎っき相手のスープを遠慮なく啜り、あつかましくお代わりまでしたコトネはうーん、と伸びをした。あれほど意地を張ってい  
たのがまるで嘘のようだ。一度打ち解ければとことんいけるのが彼女の性らしい。丁度食わず嫌いだったが、食べてみると意外  
と美味しいと思い、それが好物になっていく…ということに似ているかもしれない。わかりづらいか、やめておこう。  
 
とにかく意地を張ってはいるものの、それを取り払ってしまえばコトネは相手にすぐに馴染んでしまう、そんな子であった。  
 
「ハート君ってさー、意外と料理上手いんだねー。美味しかった〜♪」  
 
「その名前で俺を呼ぶな。あと自炊ぐらいできるようになっておけ。女のくせに。」  
 
「……ふーん……そんなに嫌なんだ。自分の名前。」  
 
「当たり前だ!」  
 
「可愛いのにね〜!は・あ・と・く」  
 
「調子に乗るな。野垂れ死にしたくなかったらな。」  
 
「はいはい」  
 
全く、図々しいやつだ。と彼は思った。こちらが気を許すとすぐにこれだ。アイツとそういうところはソックリだ。幼馴染のせ  
いなのか、それとも二人とも甘ちゃんなのかは知らないが、少し気を許すと勝手にずかずかとこちらのテリトリーに踏み込んで  
くる。馴れ馴れしいというか、あつかましいというか。しかし、嫌な気持ちは不思議としない。初めて出会った頃よりかは、ず  
いぶんとマシになったような気がする。それもコイツらの性格のせいなのか、それともこちらが慣れてしまったのかはわからな  
い。  
 
(……しかしそれが怖い……な。)  
 
彼にとってヒビキやコトネは自分と対極に位置する存在の人間であった。生き方も、性格も。そして自分にないものをたくさん  
持っている。こちらが欲しいと思ったものを、全て手に入れていく。自分がどうあがいても手の届かないものを。彼自体、自分  
のやり方で何故ヒビキやコトネに勝つことが出来ないのかをまだ理解できていなかった。いや、理解はしているのだが彼のプラ  
イドと、信念がそれを邪魔していると言ってもいい。認めてしまえば、今までの自分が崩れてしまいそうだったからだ。  
 
(…怖い、だと?……クソッ!そんなことがあってたまるか!!)  
 
このままヒビキとコトネに馴染んでしまい、自分の今までのやり方を否定することを認めてしまうのは、どうしても今の彼には  
出来ない相談であった。それほどに父親と別れてからの三年間の生き方を否定することが怖かった。  
 
(オヤジのやつ、勝手なことしやがって!クソッ!畜生め!!)  
 
三年前に別れた父親は去り際にこう言った。  
 
『私は、部下への信頼と愛情が欠けていたのかもしれない。勿論、お前や私のポケモン達にとってもだ。』  
 
だから、しばらくお前とも会えない、今の私はお前に会う資格がない。そうも言っていた。  
 
しかし、彼にはその言葉が理解できなかった。今まで最強だと思っていたトレーナーである父親が負けた。たった一人の少年に  
よって。結局彼の組織は仲間という馴れ合いをしていただけではないのか。それは愛情とは言わないのか。それは勝利に繋がら  
なかったのか。少なくとも、彼は父親に愛されていると思っていた。だが『愛情が欠けていた』ということは、自分は愛されて  
などいなかったのか。愛情など、初めから存在していなかったのか。  
 
(俺は、最初から一人だったのだ……)  
 
ならば、俺は一人で最強になろう、そう決めた。勝負で負けたのはトレーナーが弱かったんじゃない。ポケモンが弱かったんだ。  
強いトレーナーには、強いポケモンがふさわしく、またそれによって勝利を得ることができる。愛情など初めから必要ない。力  
こそが全てを証明する。それを証明してみせる。俺は勝たなければいけない。証明しなくてならない。俺はオヤジのようにはな  
らない。ポケモンリーグで優勝して、それを証明してやる。そのためにも、強いポケモンを手に入れなければならない。  
 
「ん〜、そんなに怒ってる?ごめんね?」  
 
しばらく考え事で黙っていたのを気にしたのか、コトネがこちらを覗き込んでいた。こいつだってそうだ。どうせここにいるの  
も森を出るためだ。俺が好きでついて来てるんじゃない。  
 
「別に怒ってなどいない。」  
 
「ふーん、だってずーっと黙って下向いてたんだもん。」  
 
「お前に関係ないだろ。」  
 
「ふーん」  
 
そっけなく返しているのに、コトネはあまり距離を置こうとしない。むしろ近づいているかのように錯覚する。よく見ると顔が  
近い。パッチリした目も、栗色のふわふわした髪の毛もよく見える。こうして見ると意外と可愛らしい女の子であることがわか  
る。普段が意地っ張りだからだろうか。今まで全く気がつかなかった。  
 
(……何をじろじろ見ているんだ、俺は……)  
 
大事な誓いを思い出しているときに、何と不謹慎なことか。第一、何故自分がこんな少女に対してジロジロ観察する必要がある  
のか。対して気にもしていないというのに。いや、一人で俺は生きると決めたはずだ。他人に関心を寄せることなど、あっては  
ならない。どうせこいつも俺の踏み台にしかならないのだから。  
 
彼はそう自分に言って聞かせたが、目を逸らしてもいつの間にか彼女をチラチラと目線で追っている自分がいる。気になる。い  
や、これは気が散っているだけだ。コイツが眠ったら、すぐに例のポケモンを探しに行くとしよう。朝までに戻ってくればいい  
だろう。  
 
「ふあー、眠くなってきちゃった。ねえ、寝袋とか持ってない?」  
 
「……お前は……とことんあつかましいヤツだな……」  
 
しかし、自分は使わないので快くコトネに寝袋は貸し与えた。ちょっと汗臭い、とか文句を言っていたが、さすがにそのままで  
は眠ることが出来ないらしく、コトネは寝袋に潜り込んでいった。  
 
(やれやれ……やっと探しに行くことが出来る……)  
 
ゆっくりその場を離れようとした彼であったが、コトネに呼び止められた。まだ眠ることが出来ないらしい。  
 
「ね、ね、何か話そうよー。こんなこと滅多にないんだし。」  
 
「……お前……俺のことが嫌いなんじゃなかったのか……?」  
 
「うん。今でもあんまし好きじゃないけど、お話しでもしたらちょっとはマシになるかなって。」  
 
「……嫌いなヤツと話しをして楽しいか、お前。」  
 
「んー、いいじゃん別に。それに前ほどは嫌いじゃないよ。だって前ほどは冷たくないもん。」  
 
「勘違いするな。お前がうるさいから特別にこうしてやっているだけだ。」  
 
「素直じゃないなあ、もう。」  
 
何が『素直じゃない』だ。本当のことを言ったまでだというのに。  
 
そんなことも知らないで、コトネはクスクス笑っている。それからしばらく、コトネは彼に他愛のない話を話してきた。内容は  
ほとんどヒビキのこととポケモンのことだった。特にヒビキのことを彼女は嬉しそうに話した。彼にとってそれはあまり聞いて  
いて楽しいものではなかったが、彼女が嬉しそうに話すので特に口を挟まなかった。しばらく話を聞いていたが、自分の成すべ  
きことを思い出したハートが話しの終わりを切り出すと、コトネはうーん、と少し考えてから、彼に向き直って急に質問をした。  
 
「あのさ、聞いてみてもいい?」  
 
「何だ。」  
 
「ねえ、どんな女の子が好きなの?」  
 
「ぶっ!!」  
 
コトネの予想だにしなかった唐突な質問に、彼は飲みかけていた「おいしい水」を盛大に吹いた。  
 
「どんなタイプの人がいいな〜って思ったりする?やっぱり、大人のおねえさん?」  
 
「はああああ?!」  
 
なんという唐突さ。いや、唐突過ぎる。そのせいで彼はまともに言い返すことも出来なかった。  
 
「ねーねー、男の子ってそういうのがいいの?胸があって〜、こう、お色気っていうの?」  
 
心臓がバクバクとおかしなリズムで鼓動を始める。顔がドンドン熱くなる。そのまま答えてしまえば済むというのに。興味はな  
いと。自分にそんなものは必要ないのだと。しかし、何故だか言い出すことが出来なかった。  
 
「それともアレ?まな板みたいな子…やだー!もしかしてロリコン?!」  
 
「う、うるさい!!勝手に言うな!!」  
 
「じゃあどんな?」  
 
「お、お前には関係ない!」  
 
「へえ〜、じゃ、興味はあるんだね一応!」  
 
へへへ、と得意そうに笑うコトネが憎らしい。ニヤニヤしながらこちらをからかうような目で見ている。何故俺が慌てる必要が  
あるのだ。それに……  
 
「第一、何故そんなことを聞く。」  
 
「えっ……」  
 
コトネがドキッとした表情を見せた。先ほどの余裕の笑みと違って、キョロキョロと目が泳ぎ始める。異性に興味心身なのは、  
むしろコトネの方であったようだ。急にモジモジし始め、目を逸らし始める。  
 
「フン。恋愛なんかにうつつを抜かしているから道に迷うんだ。馬鹿だな。」  
 
「…な…ちょっと!違うってば!!」  
 
「さしずめあのヒビキとかいう甘ちゃん野郎だろう。馬鹿なお前らはお似合いだな。」  
 
「もー!!違う違うー!!」  
 
彼は嫌味のつもりで言ったのだが、どうやら核心を突いてしまっていたらしい。コトネは顔を真っ赤にして否定しているが、そ  
れが逆に真実に証拠を添えてしまっていた。馬鹿馬鹿しい、と彼は思ったが、同時にいないはずのヒビキに対して敵意が芽生え  
ていくのを感じた。イライラする。いや、いっそ打ちのめしてやりたい気分になる。それが嫉妬であるということは彼はまだ気  
がついていないのだが、彼がヒビキに対して抱いた気持ちは嫉妬そのものだった。そして、自分はヒビキの気持ちを探るための  
練習に使われたのだと思うとさらに腹が立ってきた。  
 
(何故腹が立つ……?!こいつがアイツを好きだろうと俺には関係ないだろう?!)  
 
「フン。否定してもムダだ。お前は馬鹿だからすぐにわかるぞ。」  
 
「……」  
 
コトネは寝袋の中に顔をしまいこんでしまい、すっかり隠れてしまっていた。  
 
「……何だ、本当だったのか?」  
 
追い討ちをかけると、コトネが俯きながら控えめにウン、と頷く。その仕草を見て、彼は腸が煮えくり返りそうな気持ちになっ  
た。面白くない。  
 
「……あんなヤツのどこがいいんだ。理解に苦しむな。」  
 
「……だって、ヒビキ君。優しいんだもん。それも私だけじゃなくてみんなに。」  
 
「ただの甘ったれだ。」  
 
「……それに、強いもん。この前なんか、ヤドンの井戸でロケット団一人でやっつけちゃってさ。」  
 
ロケット団。その単語が彼の頭にさらに血を上らせた。忌々しい、自分の過去の元凶。憎むべき組織。そしてそれを潰したのは  
自分ではなく、正反対の少年であるヒビキ。いや、あれは俺が潰そうとしていたところをアイツが勝手に先にやりやがったんだ。  
アイツさえいなければ俺が……!  
 
「……いつかポケモンリーグで優勝するんだって、ヒビキ君言ってたし。」  
 
違う、それはいつか俺が成し得ることだ。  
 
「……それまでは、私言えないけど…ヒビキ君が優勝したら私……」  
 
「それはありえない話だな。」  
 
「どうして?!」  
 
「リーグチャンピオンになるのは、俺だからだ。」  
 
冷たく言い放つ。そこまで冷たく言う気はなかったが、ヒビキに対する対抗意識が上乗せされたのか、かれの言葉はいつもより  
も数倍のトゲを纏っていた。  
 
「ヒビキ君があんたなんかに、負けるもんですか!」  
 
コトネが彼を庇えば庇うほど、彼の心は穏かではなくなっていった。先ほどまでのつかの間の平穏が崩れていく。  
 
「負けるものか!俺は勝つ!俺が強いポケモンが強いトレーナーを証明するものであると、世間に知らしめてやる!!」  
 
「……間違ってる、そんなの間違ってるよ……!だってポケモンと人間を結びつけているのは……!!」  
 
「信頼か?愛情か?笑わせるな!そんなもの、口では何とでも言える!形にないものをどう信用する?!知った風な口聞きやがっ  
 て…だからお前らは“甘ちゃん”なんだよ!!お前らが何を知っている?!フン、そりゃそうだな!お前らはお似合いだからな!!」  
 
一通り吐き捨てると、彼はモンスターボールを掴み、そのまま森の中へと歩いていった。これ以上付き合いきれない。付きえば  
こちらがおかしな気分になるだけだ。やり場のない怒りがこみ上げてくるだけだ。そんなくだらないことで、自分の目的を見失  
うわけにはいかなかった。  
 
 一人残されたコトネは、しばらく寝袋に包まっていたが、眠ることができなかった。いや、完全に眠れなくなっていた。自分  
の考えと、彼の考え。それをずっと考えていた。  
 
『知った風な口聞きやがって』  
 
自分やヒビキは、ポケモンにとって信頼と愛情がトレーナーとポケモンを繋ぎ、強くしていくんだと考えていた。特にヒビキは  
そうで、いつもそのおかげで勝ってきた。コトネも同じで、ポケモンを信頼することで数々の勝負に勝ってきた。しかし、強い  
ポケモン、彼の言うもともと強いポケモンと弱いポケモンに圧倒的な力の差があるということは、彼女も薄々感づいてはいた。  
エンジュジムのあたりからだろうか。マリルをバトルメンバーから外し、完全に旅のパートナーとしてのみ、連れ歩くようにな  
った。他にそうしたポケモンは結構いる。初めのころに仲間にしたスピアーも、エンジュジムでのバトルでスタメンから外れた。  
理由はジムリーダーのゲンガーに勝てなかったから。スピアーの耐久力では、彼のゲンガーの攻撃に耐えることは出来なかった  
のだ。今は育て屋で楽しく、ミツハニー達と巣作りとミツ集めに勤しんでいる。元々スピアーのくせに争い好きではない、おっ  
とりした性格だったから、こちらの方がよかったのかもしれない。だが思う。それならポケモンによって勝負が決まってしまう  
時があるのではないかと。元から持っている圧倒的な力の差は克服できないのではないかと。  
 
(それを、ヒビキ君なら証明してくれるんだって、思っていたけれど……)  
 
育て屋で聞いたことだが、彼は順調にバッジを集めている。しかし、アサギのジムで苦戦を強いられ、なんとか勝つことが出来  
たという。何でも鋼タイプに草タイプのメガ二ウムで挑んだらしいのだが、相変わらず無茶をするものだと思ったものだ。  
 
『でも、メガニウムを僕が信じて、メガニウムもそれで頑張ってくれたから、きっと勝てたんだと思う』  
 
そう言ったヒビキにホッとはしたものの、少し脆さを感じたものだった。いつまで、彼がこのまま勝ち進めるのだろう。  
 
『形にないものをどう信用する?!』  
 
自分の経験からして、ハートの言っていることはあながち間違いでもない。しかし、ヒビキと自分の信じてきた道も、間違って  
はいないし、間違っていてほしくはない。  
 
(……どうなんだろう……本当は……)  
 
コトネは何がなんだかわからなくなってきていた。まだ幼い彼女に、そんなことを理解させるのも酷ではあるが。  
 
(……わからないよ……それに……)  
 
今日話したり一緒にいたりしていて、彼が心の底から悪人ではないだろうかという気が確信に変わった。だとしたら、彼も自分  
と同じように悩んでいるのでは。コトネとは逆だが、逆の方向へ考えが寄り気味になりつつも、それを認めたくない状態だった  
のであれば……  
 
(もしかして、似ているのかな……)  
 
それこそ認めたくはなかったが、コトネは今日のことでそう感じた。  
 
(だとしたらもっと、ハート君のこと知りたい……!)  
 
コトネがそう思ったとき、彼女の頭上に淡い緑色の光がぽつ、ぽつ、と降り注いできた。彼女が見上げると、そこには緑色に光  
る不思議なポケモンがこちらをじっと見ているのがわかった。  
 
「……これって……!」  
 
セレビィ。時を渡る力を持つ、ウバメの森の守り神。  
 
セレビィはコトネを静かに見下ろしていたが、コトネの顔を見ると、そのまま身体全体から不思議な光を放出し、その光でコト  
ネを包み込んだ。光はコトネだけではなく、彼女の側で寝ていたマリルまでも包み込み、すっかりすべてを包み込むと、その場  
からセレビィとコトネの姿は光が消えるのと同時に消えてなくなっていた。  
 
 

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