ウインディは獣道を走り抜け、弟の待つ泉へ向かっていた。日はもう暮れかかっている。  
運動能力には自信がある方だったが、焦りで呼吸は乱れていた。弟は何を言うつもりなの  
だろう。その疑問ばかりが脳内をぐるぐると駆け巡っていた。  
 ウインディには腹違いの弟がいる。弟とは言っても、一年も年が離れておらず、ほとん  
ど双子のようなものだ。自分が幼児の時は弟も幼児だったし、ませてきた年頃もほとんど  
変わらない。  
 その弟が、夕暮れ時に泉に来てほしいと頼んできたのだった。相談して欲しいことがあ  
るらしい。  
 そう言った時の弟の顔を思い出し、妙な心持ちになる。最近の弟はすっかり男らしくな  
って、昔の頼りない雰囲気はすっかり消え去ってしまっていた。川を飛び越えて、着地を  
失敗して少しよろける。小さい頃は、転んだ弟を自分が助け起こすのが普通だったのに。  
 好きな人でもできたんだろうか。俄かに怒りに似た感情がウインディの表情を険しくす  
る。弟をたぶらかす女は、自分が全部叩きのめしてやる。そう心に誓い、高台を降りて泉  
に出た。  
 泉は森に囲まれた窪地にある。弟は確かにそこにいた。背を向けて、ぽつねんと泉の淵  
に座り込んでいる。ウインディは荒れた息遣いを極力気取られまいとしながら、弟に歩み  
寄る。  
 「キュウコン」  
 ウインディが呼びかけると、キュウコンはさっと顔を上げた。ああ、やっぱり凛々しい  
顔だ。ウインディは脳裏でキュウコンの美しさを評す。弟をこんな目で見るなんて条理に  
反しているとは思うが、どうしても抗うことはできなかった。  
 
 「姉さん」  
 ゆらりと尻尾を揺らしながら立ち上がった。ウインディの逞しい体とは違う、流線型の  
なめらかなボディラインが妖しく黄金色に輝いている。もしかして、弟に好きな人ができ  
たんじゃなくて、弟があっちから告白されて、その相談に呼び出されたんじゃないか。ふ  
と、そんな考えが浮かんだ。  
 「キュウコン、姉ちゃんに相談事って何のこと?」  
 「うん……」  
 キュウコンはウインディから目を反らしてすぐには言い出そうとしない。そんなに言い  
出しにくいことなのだろうか。いても立ってもいられない。いっそのこと、女がいるかど  
うかこちらから聞き出した方がよっぽど気が楽だろうけど、そんなことをする勇気はなか  
った。弟が勇気を出すのを待つしかない。  
 弟が勇気を出すのに、前兆はなかった。  
 「姉さん、最近仲の良い男の人とかできたの」  
 「えっ」  
 ウインディは面くらった。それはこっちの台詞だ。  
 「そんなことないよ。……なんで?」  
 「いや、だってさ……」  
 キュウコンは苦虫を噛み潰したような表情で打ち明けた。  
 「姉さん、最近ぼうっとすること多いでしょ。それで俺が話しかけたらやけにびっくり  
するしさ。やっぱり姉弟には男女関係バレたくないのかなって思い出すと、気になって…  
…それに、それに、最近姉さん、お、女っぽくなったし」  
 キュウコンは言わなきゃよかったとばかりに俯いて、耳をしゅんと垂れていた。何だか  
男だの女だのと長かったが、ウインディには最後のワンフレーズだけが鮮明に聞き取れて  
いた。聞き取れてはいたが、その意味を素直に受け入れることはできなかった。耳元の脈  
が打つ音が聞こえる。  
 
 「……姉ちゃん、そんなに女っぽくなった?」  
 「いや、」  
 一応キュウコンはそう否定したが、全く無意味だった。  
 「ね、姉さんが近くにいると、良い匂いするんだよね……艶っぽいというか、どきどき  
するんだ」  
 「どきどき……」  
 ウインディまでどきどきしそうなほど、キュウコンは初々しかった。血液が力強く流れ  
る音まで聞こえる。心臓が叩かれる胸が痛い。キュウコンが何を考えているのか、直接聞  
くべきだろうか。ウインディは悩んでいた。普通の姉弟に対して、艶っぽいとか、どきど  
きするとか、そんな感情を抱くだろうか。自分も、キュウコンも。  
 普通の姉弟でいられなくなるかも知れない。そう思ったが、キュウコンに抱いていた感  
情は、どうにも心の中にしまっておけなくなった。  
 「……キュウコン、姉ちゃんも、最近あんたの顔見てると、いかにも男っぽいな、と思  
うようになってきたんだよね」  
 「お、俺が男っぽい?」  
 「うん。……姉ちゃんも、今のキュウコン見てるとどきどきしてくる」  
 「え……姉さんも?」  
 「うん……」  
 
 キュウコンは自分の言ったことを信じられていないようだったが、キュウコンの反応は  
段々どうでもよくなってきていた。酒に酔ったように、制動が利かない。キュウコンに告  
白したことで、自分のキュウコンに対する好意が、泉のように湧き上がって止めることが  
できなくなってしまっていた。  
 操られたように前脚を上げ、ウインディは固まっているキュウコンに抱きついた。  
 「姉ちゃんね、キュウコンのことが好きかもしれない……」  
 耳元で囁くと、自分の顔が熱くなっているのが分かる。火炎放射を打つ時の方が涼しい  
ほどだ。キュウコンを抱く前脚に力がこもる。キュウコンは何も言わないで、自分の背中  
に腕を回してきた。ウインディはすっかりのぼせあがった。もう元に戻ることはできない。  
そのままキュウコンを押し倒し、キュウコンを自分の下に寝転ばせた。  
 「姉さん……」  
 咎めるようなキュウコンの口を塞ぐ。んぐ、とキュウコンが驚いた声を上げたが、ウイ  
ンディの情動はその程度では収まらなかった。舌をキュウコンの口腔へ差し出し、粘膜を  
愛撫する。互いの唾液を交換して、嚥下するとようやく気持ちが落ち着いた。繋がった唇  
を、そっと引き離す。  
 
 キュウコンは頬を真っ赤に染めてウインディに抗議した。  
 「な、何やってるんだよ。姉弟でこんなこと……」  
 「姉弟じゃなかったらいいの?」  
 「え、いや、その」  
 「そんなの、言い訳に過ぎないよ」  
 キュウコンはまだ何かを言いたそうだったが、ウインディが耳を咥えると、口を噤んだ。  
耳をもぐもぐと甘噛みしつつ、キュウコンの口元に指を持っていく。すぐには受け入れて  
もらえなかったが、しつこく催促すると諦めたように指を咥えて愛撫してくれた。それだ  
けでも、十分性的な刺激で、秘部が熱を帯びるのが分かった。  
 「ん……」  
 股間の辺りに何か違和感を生じた。  
 「キュウコン、やっぱりあんたもこういうの好きなんだね」  
 そう言いながら耳を解放し、体を捻ってキュウコンの足元へ顔を近づける。そこには充  
血してそそり立った陰茎が、来たるべき交尾を今か今かと待ち構えていた。  
 ウインディは微笑を浮かべ、キュウコンに舐められた指でそれをつついた。  
 「ほら……あんたも男っぽくなってるでしょ」  
 「う、うるさいな」  
 もう反意も示さない。ウインディはシックスナインの体勢になり、尻尾を振ってアピー  
ルした。キュウコンの陰茎が跳ね上がるように勃起を強める。  
 「……ね、あんたも」  
 
 「そ、それってどういう……」  
 「それを聞くのは野暮だよ」  
 ほら、と促すと、一呼吸おいて湿った感触が秘部を撫でた。背筋がぞくぞくと震える。  
快感に直結するほどキュウコンの舌使いは巧みでないが、今までに体験しなかった感触だ。  
ウインディの興奮はいやがおうにも昂っていく。キュウコンに報いるため、慈しむように  
キュウコンのペニスを口に含んだ。  
 キュウコンのそれは本当に男らしかった。全体を含むと息苦しいほど口内を満たされ、  
舐め上げるほどに硬さを増して屹立する。フェラチオなんてもちろんしたことがない。だ  
からこそウインディは懸命にキュウコンのペニスを貪るように味わった。キュウコンもし  
とどに濡れた陰唇を舐めほぐして行く。お互い拙い舌使いだったが、精神的に満たされる  
快楽は、肉体的なもののそれよりも大きい。  
 「あっ、キュウコン……」  
 口だけでは物足りなかったのか、キュウコンは指を膣に浅く挿し入れ始めた。掻痒を伴  
った異物感に身をよじらせる。爪を立てず、内壁を押しつけながら擦られると、自分がす  
っかり濡れているのが良く分かって恥ずかしかった。  
 「ん、ぅ……」  
 くすぐったさは徐々にその表情を変え、やがて確かな性感へ変貌し、ウインディの舌は  
お留守になる。キュウコンはその変化を敏感に感じ取っていて、より深く、早く挿入を繰  
り返す。キュウコンを押し倒した時とは違う、麻薬のような欲望がウインディの脳内を浸  
食していった。  
 
 ウインディはキュウコンの上からどくと、服従のポーズを取る。キュウコンは立ち上が  
って、姉のあられもない姿に釘付けになっていた。  
 「キュウコン……お願い」  
 最早キュウコンも望む所らしく、襲いかかるようにウインディに被さってくる。見上げ  
るキュウコンの表情は、ウインディを陶酔させるのには十分なほど情熱的だった。  
 「姉さん」  
 しっかりした、良い声だった。  
 「俺、姉さんが好きだ」  
 短く言って、ウインディがしたのと同じように強引な接吻を交わす。絡み合う舌と舌が  
ウインディに正常な判断力を失わせていく。キュウコンといつまでも交わっていたい。そ  
の情動だけが炎上して理性は屑になる。  
 キュウコンが接吻を解いた時、ウインディは自分が涙を浮かべているのに気がついた。  
 「早く……キュウコン……」  
 思わず懇願すると、キュウコンは悪魔のような笑みを浮かべた。そのまま何も言わず、  
性器の先を膣口にあてがう。  
 「挿れるよ……姉さん」  
 「う、うん……お願い」  
 瞬間、キュウコンの体重が感じられた。  
 「あ、あっ、ああ」  
 開かれたことのない膣壁がこじ開けられ、ずぷずぷといやらしい音を立てながら聖域を  
踏みにじっていく。キュウコンは気持ち良さそうに溜息をついた。濡れそぼっていた性器  
への挿入は簡単で、すんなりと二人は最奥まで繋がった。キュウコンで満たされる感覚に、  
ウインディは震えていた。  
 
 「痛くない?」  
 「う、うん。痛くない」  
 このまま動かれるんじゃないかと思うと不安だったが、ここまで来てキュウコンに犯さ  
れないではいられなかった。狂いたい、交わりたい、めちゃくちゃにされたい――不安は  
欲情の前に無力だった。  
 それに欲情しているのはウインディだけではないのだ。  
 「……動くよ」  
 キュウコンはゆっくりと体を前後に揺らした。ウインディは甘い声を漏らす。雲に身を  
埋めるような、穏やかな快感が緊張をほぐしていった。ウインディはすっかりキュウコン  
に身を委ね、キュウコンの優しい動きを堪能していた。  
 快楽が高まるにつて、愛液は量を増す。水の弾ける淫靡な音が、ウインディの耳元で囁  
き、交尾の禁忌を破ったことを認識させる。キュウコンの吐息が感じられるほどに荒々し  
くなり、腰の動きもスピードを高めていく。気付かないうちに、ウインディは突かれる度  
に喉の奥から声を漏らし、快感は切なく昇りつめていく。夢の中にいるようだった。  
 しかし不意に夢は霧散した。キュウコンが動きを止めたのだ。キュウコンを見やると、  
彼は熱っぽい瞳をこちらに向けていた。  
 「体位を変えたい……」  
 「体位?」  
 「姉さん、普通に立ってくれ。もう我慢できない……」  
 何がなんだかわからないまま、繋がりを切られた。キュウコンに急かされるまま、ウイ  
ンディが立ち上がると、キュウコンはウインディの背後からのしかかった。太股を前脚で  
がっちり固定される。  
 
 「え? キュウコン、何を……」  
 「ごめん、本当にもう我慢できないんだ」  
 言うや、キュウコンの陰茎が突き刺さった。短い悲鳴を上げる。それに驚いている暇も  
なく、キュウコンは粗暴に腰を打ち付けてきた。  
 ペニスが膣の中でもんどりうっている。さっきまでのふわふわした快感はどこにもない。  
膣から、脊髄を通って、脳髄までを電撃が走るような劇的な感覚に、ウインディは初めて  
恐怖を感じた。  
 貫かれる度に恐怖は激情へと姿を変えていく。次の、また次の、更に次のピストンが待  
ち遠しい。ウインディは自らも貪欲に体を動かして下腹部を疼きを鎮めようとする。しか  
しその疼きは鎮めようとするほど質量を増していき、訳の分からない衝動を増長させる。  
 ウインディはだらしなく口を開いて、キュウコンとの交わりにふけっていた。高まる波  
はウインディを飲み込んで大きくうねり、ウインディを夢中にさせて離そうとしなかった。  
毛皮の擦れる感触さえ快く感じられる。キュウコンの吐息が間近に感じられる。  
 
 「うっ、ああっ」  
 キュウコンが苦しそうに声を上げた。ウインディも限界に近づいていた。これ以上耐え  
られる自信はない。快楽に捕らえられて色情魔になりそうで怖かった。快楽は全身に分布  
して、針のようにウインディを刺してくる。  
 尻の動きを止められない。キュウコンに食らい尽くされたいという破壊的な欲求がウイ  
ンディを駆り立て、本人にすら抑止はできなくなっていた。しかし、その欲求が果される  
瞬間は、刻一刻と近づいていた。  
 キュウコンが咆哮を上げる。ウインディを引き付ける前脚に力が込められると、ウイン  
ディの高まった波が弾けた。圧倒的な快楽に呑み込まれ、全身が痙攣を起こし意識が白ん  
でいく。  
 キュウコンのペニスが熱い精液を一心に注いでいた。膣内が満たされていく。甘美な受  
精だった。異性と繋がりあった喜びが、キュウコンと行為を全うした悦びが、ウインディ  
を朧な幸福感に包んでいく。ウインディは聞き取れない言葉で喚いた。愛している。愛し  
ている。  
 弾けた波はゆるやかに降下していった。幸福感だけは水泡のように膨張して、ウインデ  
ィを恍惚とさせる。あたかも時間がその足を物凄く遅めたように感じられ、幸せは噛みし  
めるほどにかぐわしく薫りを際立たす。  
 キュウコンとの思い出が走馬燈のように思い出され、それらの終着点が、ここであるか  
のように感じられてならなかった。  
 
 ずる、と卑猥な音を立てて、キュウコンのモノが引き抜かれる。途端に、踏ん張りが利  
かなくなった脚は崩れ落ちて、ウインディは力なく横臥した。疲労して、それでも嬉しく  
てとろけたウインディの顔を、キュウコンが覗き込む。  
 労わるように、キュウコンは鼻面を舐めてくれた。  
 「姉さん……大好きだ」  
 ウインディの懐に寝そべる。ウインディは答えることもなく、キュウコンの体を引き寄  
せ、軽く口づけをする。  
 「姉弟なのにこんなことして良かったの?」  
 からかうように尋ねるとキュウコンは自嘲気味に笑みを浮かべた。  
 「……姉弟でも、好きな気持ちは変わらないから」  
 「うふふ」  
 そう言う弟がかわいらしくて仕方がない。頭を撫でてやると、弟はごろごろと喉を鳴ら  
した。  
 日はとっぷりと暮れ、隠れていた半月は煌々と地表を照らし、夜の更けるまでいつまで  
も戯れる二人に明りを提供していた。  
 
 

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