まだ日が空高く昇ってる頃。私は街から少しだけ離れた森の中に来ていた。  
風は上で木々の葉っぱを撫で、鳥がそれに合わせるようにさえずり奏でて。静かなようで騒がしく、だけどいつもながら気持ちいい。  
私は近くの岩に腰を下ろし、手に持つ籠をその側に置いて。目を閉じ脇を流れる川の、時を刻む音に心を向ける。  
ざあざあと大きな音を立てつつも、気に障らない静かな川。ささやかな悩みなんて洗い流してくれる綺麗な鼓動。  
彼の気配は今こそ感じられないけど、じきに戻ってくるかな。  
お世話になってる皆に贈り物をして回って、彼で最後だから慌てなくても大丈夫。  
(やあ こんにちは)  
落ち着き、ふうう、と大きく息を吐いた頃、心の中に言葉が直接語りかけてきた。  
彼が来たんだ、と目を開けて。すぐに視線を斜向かい、川の上辺りに差し向ける。  
そこには何の姿もなく、視界にはただ岩や水しぶきが映るばかり。でもいつものこと。  
「こんにちは」  
そう声で挨拶を返すと、ちょうど視線の先、数歩ほど前の所で光が歪み輝いて。彼が、何も無い所からすっと現れた。  
青と白の細やかな体毛を持ち、直線的な翼が特徴的な種族の彼。ふわりと地面から浮きながらも、地に足付いた私に目線を合わせようと顔を覗きこませてくる。  
私は地面に置いていた籠を両手に持ち直し、すぐさま両足に力を込めて立ち上がり彼の側まで駆け寄って、彼の顔を見上げる。  
「今日は元気?」  
(ぼく げんき きみも げんき)  
くるるる、と喉を小さく鳴らして、今日の彼は随分とご機嫌な様子。  
私より二回りか、それ以上に大きな彼だけど。とても素直で、可愛らしい面も多い。  
 
「今日ね、人間の風習で、大切なひとに感謝を込めて贈り物する日で、ね」  
彼は人間じゃないけど、友達以上に信頼してて。付き合いだって長いし、こんな機会にお礼がしたいって思ってた。  
(うん いってた まえも)  
小さい頃にこの森で一人迷子になってた所、手を取って街まで案内してくれて。  
それ以来、遊び相手してくれたり、相談事に乗ってくれたり。なんだか頼ってばっかりだけども。  
私みたいな人間の言葉は理解してくれないけど、心を直接聞いて、全部受け止めてくれる彼が好き。  
「貴方には昔からお世話になってるしさ」  
私はそう言いながら、両手で持っていた籠をすっと差し出した。  
中には摘んできたばかりの木の実とハーブが、彼の好きなものが入ってる。喜んでもらえるかな。  
「いつもありがとう」  
その言葉の後には、まるで時が止まったみたいな、静かな一間が流れて。不思議と恥ずかしさがこみ上げてくる。  
思わず目をつむり、だけどそのことも見られたくなくて顔ごとそらす。  
 
(くれる ?)  
「うん」  
差し出した手が震える、顔が火照って熱くて。早く受け取って欲しい。  
(ちょうだい てわたし して)  
そう願ってると、一つの言葉が頭をよぎった。  
はっと目を開けて正面を見なおしてもそこに彼の姿はなく、ただ籠が変わらず手に残ってて。  
下に写る影を目で追うと、彼は、私が顔をそらした方の反対側、私の横について、優しい視線を降ろしてくれてる。  
大げさに考えすぎてたのかな。恥ずかしがってた自身がなんだか可笑しくて、思わず、くふふ、と吹きだして。  
「うん。口こっちに寄せてね」  
彼の要望を受け入れ、付き出した手を籠ごと戻して。片手にハーブ一枚を取り、降ろされた彼の口元までそれを運ぶ。  
(ありがとう うれしい)  
するりと手からハーブが離れて、彼の口の中に入って行って。  
程なくして、きゅるる、と可愛い声が耳に入る。よかった、喜んでもらえたみたい。  
 
木の実を取って、ハーブを取って。そう一つずつ彼の口まで運び続けて。籠の中が空っぽになるのはあっと言う間。  
(おいしかった ごちそうさま)  
彼は顔をほころばせ、くうう、と声を零しながら。気に酔いしれたみたいに、私の側から離れてくるりと宙で回って見せる。  
「待ってよー」  
誘ってるんだって、すぐに分かった。私は彼の体に飛びついて、そのまま首の後ろまで手を回し抱きついて。  
飛び付かれた彼は背中を斜め下に向け、私を落とさないようにしてくれる。  
「んふ、捕まえた」  
地面に足が付かなく、それでも彼が私を支えてくれて。一つになってもふわりと浮遊したまま。  
頼る彼の体は少し冷たいけども、私がくっついてればすぐに温かくなる。  
彼の背に手を当てすっと撫でると、その細やかな体毛は抵抗を忘れて込めた力のままになびき。  
首筋に頬を押し付けて、火照った顔を冷やそう、なんて。そんなこと考えてたところ、  
(すてき あたたかい)  
そんな言葉と一緒に、彼の小さな手が私の脇を通って。背中に当たったと思えば強く引き寄せられる。  
抱かれ、包むように、熱を籠らせ温めてくれてる。  
「この意地悪ぼうずー」  
私の思いを読み取って、わざとしてくれてるんだ。少しだけ怒りたくなるけども、憎みきれず頬が緩む。  
私は彼の首から回し背に当てていた腕を、すっと引き戻し前に持ってきて。体を一旦彼から浮かせて、その首元に顔を埋め直して。  
肘を折りたたみ、彼の体に手をゆっくりと当てる。  
自分での支えがなくなっても、こうやってくっついていられる。彼が全て支えてくれてる。  
 
だんだん彼の体も温かくなってきて、身の溶かされそうな思い。心地よく、幸せ。  
 
 
日は何時の間に傾き始め、空は赤く黄色く、夕焼け模様に染まっていた。  
ざあざあと流れる川の音は変わらず、それに交じり遠くから夜行する鳥の声が聞こえてくる。来てからもうだいぶ経ったみたい。  
(そろそろ もどる まちに ?)  
彼は気を使ってくれてるのか、そんな言葉が頭の中をすり抜ける。  
確かに暗くなったら、通い慣れた道でも夜行する生き物と遭遇したりとかするけども。  
だけどこんな心地いい一時に、まだまだ酔い痴れててもいいよね、なんて自身に言い聞かせて。  
「ううん、まだ一緒に居たい」  
ただの甘えかもしれないけど、こんなワガママ許してくれるよね。  
(ぼくも いっしょが いい きみと)  
言葉と一緒に、くう、くう、と喜ぶ声が耳に響く。  
「貴方も嬉しいんだ?」  
そう聞くと彼は、くるるる、と喉を鳴らし。その小さな手で私の背中をそっと、そっと撫でてくれる。  
「うん、私も」  
私の願いを、願う以上に遂行してくれること、嬉しい。  
 
私の心を全部汲み取ってくれて、その上でいつも楽しませてくれる彼。  
寂しさや恥ずかしさなんかも真面目に受け止めてくれる彼。  
そんな彼を喜ばせたい思いで来たはずなのに、私が喜んでていいのかな、と思いつつも。彼も喜んで手お互いに喜べばそれって素敵なことかな、なんて――  
 

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