ポケモンの世界には、ニンゲンの世界から持ち込まれた文化が染み入る場合が時々ある。  
 
例えば、冬と春の間に異性が異性に甘ったるい菓子を渡す事を二回繰り返したり  
春には乙女たちが雄を除者にしてみたり、  
初夏には雄たちが馬鹿騒いだり、秋には体力勝負の大会を行ったり、  
秋と冬の間にゴーストタイプのポケモンたちが悪戯と菓子を引き換えにしたり  
冬には神の生誕を祝ったり……。  
そして、今日もニンゲンの世界から伝わった行事があちらこちらで行われていた。  
 
 
預けた道具を引き出そうとしたら「あら?無くしてしまったわ〜」などと笑われながら手渡された。  
宝箱を鑑定したら中身が空になっていた(すぐさま本来の中身を渡されたが)。  
買い物をしようとしたら目の前に現物があるにもかかわらず「売り切れちまいました」と言われたので  
無理矢理金を押し付けて奪って見せた。  
地下のカフェに向かい、リサイクルショップでクジを引けば「大当たりナノ〜」と  
店員が渡したものはベタベタフード。  
顔を引きつらせながらベタベタフードをテーブルの端に置き、  
パッチールの作った黒いグミのジュースに浮かんだストローを前歯で齧りながら、  
マニューラは大きくため息を吐いた。  
 
「……ったく。今日は本当に腹が立つ日だねェ………!」  
ドスッと音を立てて椅子に座り、マニューラは左肘をテーブルに着けた。  
そんな彼女の気分を窺いながら、部下の二匹たちはやや怯えながら彼女の隣へとそれぞれ席に着いた。  
「数年前まではこんな事は無かったのにね…」  
「あー……ギルドのガキんちょが言い出したんだって聞きましたぜ」  
アーボックが尾の先端をゆらゆらと揺らし、マニューラに答えた。  
「確かー…えい…なんとかってヤツでしたっけ、マニューラ様」  
ドラピオンが、腕の爪で自分の頭部の角を軽く掻きながら、マニューラに言った。  
「エイプリルフール。アンノーン文字で書いて四月馬鹿って言うんだってさ」  
「四月って何です?」  
「ニンゲンの世界の暦だよ。一年間を十二回に割って、その四回目の始めが今日なんだってさ」  
「この日に限り、何でも嘘をついても許される……んでしたっけボス」  
ギリ、と前歯とストローが軋る音を鳴らし、マニューラは再びため息を吐いた。  
「くっだらないよねぇ…許されるったって、ワタシは許したくないんだけどね!!」  
そう叫ぶように言い捨てて、マニューラはガンッとテーブルにグラスを落とした。  
グラスの底から一筋の皹が走り、その隙間からジュースがジワリと溢れたが  
彼女は全く気に留める様子を見せなかった。  
 
「ちっぽけな嘘なんて相手の気を殺ぐ程度にしからないんだからね!  
どうせなら大きな嘘にすればいいものを!!」  
「まぁまぁ、そんなイライラしていると、美容に悪いぜお嬢さん〜?」  
隣の席から、マニューラを静めようとしている声が掛かった。  
彼女は反射的にそちらの方へと首を回し、そして眉を顰めた。  
この時、彼女の気の昂ぶりは一気にボルテージを上げた。  
 
白と赤の毛皮を膨らませ、口を閉じたままキシキシと笑いかける…ザングースの姿と  
その隣で自分の頬を爪で支えているサンドパン。  
そして呆れ気味に自分の仲間を眺めては、ため息を吐いているストライクの姿があった。  
「……アンタたち、いつの間に居たんだい」  
目を細めてザングースを睨みながらマニューラが聞くと  
ザングースは太い爪の生えた右手をヒラヒラと揺らして「オマエたちの前から居たけど?」と答えた。  
「オレたちの姿が目に入らないくらい、イライラしているようじゃん?」  
「アンタたちなんか興味にならないからね。視界の対象にならないのさ」  
「おぉ〜嬉しい事言ってくれんじゃぁん?」  
ザングースは立ち上がってスタスタとマニューラたちの席へ向い、  
そして彼女の後ろへ立って彼女の左肩を掴んだ。  
 
「なっ…こ、この!」  
ドラピオンが首を伸ばしてザングースに食って掛かろうとしたが、  
その前にマニューラが動いてザングースへ振り返って掴まれた肩を振るった。  
だが、ザングースの腕は解かれること無く、そのままマニューラの首に回して彼女を抱きこむ形を取った。  
フワフワとしたザングースの体毛がマニューラの頬を包んだが、  
彼女はこの感触に相当な嫌悪感を抱き、その感想をザングースに睨む事で表していた。  
「…今日が何の日か、知らねぇワケねぇーよなぁー?」  
「それがどうしたってんだい?」  
「さっきよ、オレたちに興味ない、視界の対象にならないって言ってたけど…くふふっ」  
再びキシキシと笑い、ザングースは意味ありげに呟いた。  
彼の言葉の意味を察し、マニューラはハッと失笑しては腕を離せと言ってみたが  
ザングースはそれとは逆に彼女を抱き込む力を増した。  
「…ッ……あー、もっと抱き込め」  
マニューラは口元を引きつらせながら、今のように言って見せたが  
「おぉ?それならお言葉通りに…」  
ザングースは左腕でもマニューラの背を抱いたのだった。  
 
「な、あ、あぁ!!?」  
ドラピオンが叫び、アーボックとサンドパンが「うわ…」と引き気味に呆れ  
ストライクが苦悩の表情を浮かべて首を横に振った。  
「あー、マニューラがオレに甘えてくれるなんてなぁ〜」  
「……そろそろいい加減にしておけ、この白鼬」  
ピクピクとうなじから生えた羽根を動かして不機嫌さを露わにしたが、  
ザングースはそれに気がつく事無く、マニューラを抱きしめる感触を楽しんでいた。  
「なぁ、オレが以前に言った事覚えてる?」  
「……さぁ、どうだか…」  
そう答えてみたが、マニューラにはザングースの言葉の検討が付いていた。  
それは、以前に彼らを襲った事であり、マニューラはそれを餌にザングースから脅迫を受けいる事である。  
半年前にその脅迫の代償を払わされかけたが、マニューラは彼らを沈める事で回避した。  
それから何度も顔を合わせる事はあり、その度にあしらっていたが  
生憎、今日はそうにもいかない雰囲気である事を、マニューラは悟った。  
「覚えていないってか?そぉーか、そぉーか。それなら話は早いや」  
ニヤリと笑い。マニューラの首に回した腕を動かして彼女の後頭部を支えて  
ザングースはマニューラの耳元に口を寄せて小さく呟いた。  
「今日こそは、一晩付き合って貰うぜぇ…くっ、ふ、ふはは」  
「………」  
マニューラは黙ったまま、ゆっくりと右腕を動かしてテーブルの上へと乗せた。  
そして何かを探るように鉤爪をテーブルの上で踊らせ、目的の物が爪先に当たった感触を覚えると  
それをザングースに気付かれる事なく、握り締めた。  
 
ふぅ、と大きく息を吐き、マニューラは「あぁ、良いよ」と吐き捨てた。  
「っ!ま、マニューラ様!?」  
ドラピオンが制止しようと間に入ろうとしたが、それをアーボックが尾で止めた。  
「!?お、おいっ…」  
彼が疑問符を投げつけようとしたら、アーボックは尾の先端を下に向けて  
言葉に出さず「コレを見ろ」と口を動かした。  
ドラピオンは下目でその方向を確かめると、「あぁ…」と呟きアーボックと  
そしてマニューラの考えを理解した。  
サンドパンとストライクも、その考えを理解していたが  
あえてそれをザングースに教えるつもりはサラサラ無く、  
むしろ次に繰り広げられるであろう展開に期待を寄せていた。  
「おぉお!そりゃー嬉しいじゃねぇか」  
「どうせなら、一晩と言わずに何回でも相手になってやろうじゃないか」  
マニューラはクスリと笑い、ザングースの胸に右腕を寄せた。  
「マジかよ!嘘じゃないだろうな?」  
「……ワタシはちっぽけな嘘はキライなんだよ」  
右鉤爪に込める力を増させ、マニューラはゆっくりと左腕を前に押してザングースと距離をとらせた。  
そして首をかすかにかしげ、微笑を浮かべながら次に言葉を続けた。  
「いつまでも逃げ回ってちゃ、こっちも疲れるんでね。どうせなら相手にしたほうが楽だし」  
 
ザングースを視線を合わせ続けては彼の興味を自分に向けさせ、  
マニューラは右腕を自分の背に回した。  
彼女の企みなど露知らず、ザングースは期待と興奮に胸と体毛を膨らませていた。  
「お、おぉ…何、随分素直じゃん」  
「なんだい、素直な雌は嫌いか?」  
しゅん、とマニューラが寂しげな表情を見せるとザングースは慌てて首を横に振った。  
「ま、まさか!全然!!」  
そんなザングースの様子を見ながら、サンドパンが机に突っ伏して笑いから来る身体の震いに耐えていた。  
 
「…だけどねェ」  
「ん、何?」  
マニューラがチラリとザングースを眺めては含んで笑った。  
「ワタシはね……」  
左腕を伸ばし、ザングースとの距離を充分に取ってはマニューラは右腕を身体ごと大きく後ろに振るい  
 
「……毛深い雄は大ッ嫌いなんだよねぇぇええぇ!!!!」  
 
牙を剥き出してそう叫ぶと同時に右腕を前に突き出し、ザングースの顔面へと右鉤爪を叩き込んだ。  
……握っていた、ベタベタフードと共に。  
 
「……ぶっ、げほっ!べっ!!」  
とっさにマニューラから離れ、ザングースは顔に押し付けられたベタベタフードを爪で拭ったが  
直接顔に付いたベタベタフードの悪臭と苦さに半分パニックになっていた。  
そんなザングースの腹部を蹴り込んで腰から床に転がしてから、  
マニューラは椅子から立ち上がっては「馬ーーーーーー鹿」と、彼を嘲笑った。  
そしてサンドパンも抑えていた声を開放して大声でゲラゲラと笑い、  
ストライクまでも肩を震わせて笑っていた。  
「あー…ったく。反吐が出そうだったよ」  
作戦とは言え普段慣れない事はするもんじゃないね、と続けて  
マニューラはもう一度ザングースを蹴り飛ばしては部下たちに「行くよ」と伝えた。  
「あっぐ……くそ、身体うごかね……!」  
ベタベタフードの効能でザングースは身体を縛られ、床の上に仰向けのまま横たわっていた。  
ザングースの腹をわざと踏んで、マニューラはカフェから出ようと階段に向ったが  
サンドパンとストライクの席の前に来たところで足を止めた。  
「…でもね」  
「ん?」  
マニューラは座るストライクの顔の高さに合わせるように背を屈め、彼に視線を向けた。  
「……アンタみたいに、毛の無い雄は結構好みかもしれないね」  
そう呟いては背を戻し、軽い足取りで階段を上って行きその後を部下たちが追いかけていった。  
「………」  
ストライクはキョトンと瞳を数回瞬き、うーむと軽く唸った。  
「…なぁ、今の嘘か真か、どっちだと思うか?」  
「さー?年増の言う事はわかんねーよ」  
サンドパンは頬を爪で支えながらパタパタと尻尾を上下に揺らし、ストライクに答えた。  
「…テメェら!いいから癒しの種よこせよ!!!」  
横たわったまま放置されているザングースが叫ぶと、ストライクが自業自得だろと返した。  
それを聞き、ザングースは声を詰まらせては舌を打った。  
「…ねー、ねー、ザングース」  
「…んだよ、サンドパン……」  
「サングースって、本当天才だよねぇ〜」  
「………うっせぇ!ちきしょー!!!」  
 
 
「あのイタチ、マジ諦め悪ィですねぇ、ボス」  
トレジャータウンの外へと続く道に蛇腹を滑らせながら、アーボックが前を歩むマニューラへ声をかけると  
彼女は全くだよ、と呆れ気味に返した。  
「いい加減、磁石共に訴えりゃいいのにさ。そうすりゃこっちだって派手に動けるって言うのに」  
歩きながら肩を竦め、マニューラは鼻から短く息を吐いた。  
「半年も前の事、未だに根に持っているんだから。その物覚えの良さを別に生かしゃ良いのにね」  
 
「──ボス、半年前の事、覚えてますか?」  
「ん?」  
唐突にアーボックが主語も無しに聞いてきたので、マニューラは足を止めて彼へと振り返った。  
「覚えているって…何をさ?」  
「コイツが、行った場所ですぜ」  
横に立つ相棒の首を尾で突き、アーボックはドラピオンを指した。  
「ん?……あぁ、星の洞窟」  
マニューラはドラピオンへ視線を移して答えると、アーボックはコクコクと頷いた。  
相棒の企みが分からず、ドラピオンは疑問符を頭に浮かべていたが  
それを無視してアーボックはマニューラに話を続けた。  
「あの時、ドラピオンとボスが喧嘩したときゃぁ結構焦ったモンですけどね」  
「たまにゃぁ仲間内で争うのもイイモンだよ」  
「え、あ、で、でもオレはマニューラ様と争うのはもうゴメンですね……は、ははは」  
「あの時の原因はテメーだろーが」  
「…う、うるせぇ!!」  
顔を赤らめてドラピオンがアーボックへ吼えると、その様子を見てマニューラはクスクスと笑った。  
 
「で、その後の事は……どーですかぁ?」  
食って掛かる相棒をあしらいながら、アーボックは更に質問を投げた。  
「どうって。アイツらが来て沈めて、オレソの実で倒れて……───」  
そこで言葉を切り、口を開けたままマニューラは数秒硬直した。  
だが、その直後口を閉じては両端を上げ  
「………さぁーねぇー?……忘れたよ」  
と、笑いに含みを見せた。  
 
「ホラホラ、下らない事言ってないで、さっさと次の獲物を探しに行くよ」  
そう部下たちに呼びかけて、マニューラは踵を返しては道を軽い足取りで進んでいった。  
「…へぇーい」  
アーボックはチロッと舌を揺らして答えたが、ドラピオンはマニューラに応えずに相棒へ絡む事を選んだ。  
「お、おい!何聞いて…」  
「なんでぇ、ボスしっかり覚えてんじゃねぇですか……」  
「おい!アーボック!!」  
「あ?何だよ」  
「何だよじゃねぇよ。何考えてんだよオマエ…」  
「何って。テメー、ボスをまた抱きてぇって思わねぇの?」  
アーボックの言葉にブッっと噴出し、ドラピオンは赤紫色の顔をますます紅潮させた。  
「だ、だ、だ、抱きっ……!」  
「だぁってよぉーボスと関係持ったのって半年前のあの時っきりだぜぇー?そろそろ限界に近いぜ」  
ガクガクと身体を震わせるドラピオンとは対照的に、アーボックは飄々とした様子で尾を揺らしていた。  
「お、お、お、オマっ…!な、な、な、何言って…」  
「あ?何、テメーは抱きたくねぇの?じゃ、オレさまだけで今夜ボスに迫ってみようかな。  
……どっちの答えになろうとも、全部『エイプリルフール』でカタ付けられるからなぁ〜。  
いやぁ、ニンゲンの文化も捨てたもんじゃねーな」  
「ちょちょちょちょちょ待て待て待て待て!オ、オレだって!!」  
 
「お前たちー!!何、足を止めているんだい!置いていくよ!!」  
道の向こう側で小さくなった姿のマニューラが、声を張り上げて部下たちへ呼びかけた。  
「あ、は、はいー!!」  
「へーい、ボス、今行きますぜ〜」  
部下たちはそう返しては、足早にマニューラの後を追いかけたのであった。  
 

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