「これって愛の無いセックスよね?」
既に裸の彼女は笑いを抑えきれぬようだった。
そのか細く少し骨ばった白い手で口元覆いながら、
男に組み敷かれたままでも不敵に笑う姿は妖艶であり美しい。
「爽やかなイメージで押してるあなたがねえ…ファンが泣くわよ」
「けど両者の同意がある。あと、おれもきみもいろいろと溜まってたろ?」
彼は彫の深い整った顔立ちに皮肉めいた笑みを浮かべ、自嘲気味に返すと、
彼女は何を今更、と言うように肯定の意思表示として彼の背に手をまわす。
ここはリーグ近郊の都市にあるホテルの一室で、おれと彼女はこの部屋で落ち合った。
定期的に行われるこれ、この関係は俗っぽく言えば「セックスフレンド」といったところか。
それをおれ達がさほど恥ずかしがったり珍しいとも何とも思わなかったのは、
こういった業界では世俗で憚るべき行為が一般的であり、珍しいことではないからだ。
一過性の過熱と失敗の許されぬ世界、理想であり続けることへの疲労は、しばしば精神の退廃を誘発する。
芸能業界だとそこに薬物とマフィアが関わってくるが、おれ達の界隈もその例外ではない。
トレーナークラブの乱交パーティ、才能の無いコーディネーターの枕営業、マニア達の獣姦…
由緒正しきリーグの四天王とチャンピオンの密会すらも健全かと勘違いするほどだ。
「私は嫌いじゃないわよ」
彼女は背中にまわした手を片方だけ解き、男の腋をすり抜け、
頸部の胸鎖乳突筋をなぞりながら、ゆっくりと鎖骨へ下降させていく。
彼のボタンダウンタイプのシャツは既に肌蹴ており、そこから浅黒く引き締まった胸部が覗いている。
そしてそのワイシャツは、今日のお昼に「大事なお客様」がリーグへ視察に来たことを示していた。
確か地元の議員とその秘書で、改修工事の口利きをしてくれた「大事なお客様」だったかしら。
久し振りの礼服は窮屈で面倒そうだったけど、彼が普段着てる服よりは遥かに都合が良かった。
あのぶっとんだデザインの服じゃ脱がすのが冗長すぎて、萎えちゃうもの。
「きみに攻められるのもいいもんだね」
そう呟いたのは女が黒いパンツのベルト・ループのボタンを外し、ジッパーを降ろした時だ。
彼の性格から、もっぱら最後まで攻めさせる気などなく冗談半分で言っていることは知っている、
女は女で官能への期待を押し殺しいやらしく微笑みながら、事の始まりを今かと待っていた。
「ここからはあなたが攻めるのよ」
それが事の始まりだった。
男は今までの礼でもするかのように女の豊満な乳房を揉みしだきながら、乱暴にキスをする。
絡み合う舌と口膣の隅々を貪り合うそれらは、水と水が摩擦し合う淫猥な音をたてた。
上気した頬と微かな汗の匂い、気の抜けた媚声と吐息。その痴態に男は企みの成功を喜びながら、
強引とも思えるほどの手の動きで、粘土でもこねるように乳房を揉みしだき、弄り続けている。
指と指の間から顔を出す臙脂の突起は勃起していて、それは女の情欲を主張していた。
口吸いを終え唇を離すと、たっぷりと混じり合った唾液が糸を引き、だらしなく垂れている。
第三者から見れば汚らしい光景ではあるが、おそらく互いを同一視しあうセックスだからこそ
唾液も自身の一部として見ることが出来、汚物に向けるような感情を抱かないのだろう。
その証拠に、既に彼等の頭は空っぽだった。
そこにあるのは熱だけで、互いの性欲がどろどろのマグマとなって噴出し、
とろけそうな恍惚とした雌の顔に、まだ足りないと言わんばかりに欲求不満の相が顕わになっていく。
女は「もっと」と男の首の後ろに手をかけ上半身を起こし、自ら口に貪りつく。どうやらまだ足りないらしい。
男は抱きとめていた手を女の下腹部へ這わせる、陰毛からなるその茂みは湿り気を帯びていた。
深い茂みの恥丘から更に奥へ、大陰唇をかき分け進むとと小さな突起、陰核が存在を主張するかのように勃起している。
「ん」快楽を耐えるような吐息。徐に陰核を揉んだり、つまんだりするとそれはいっそう高揚し、男を興奮させた。
断続的に吐き出される生温い息、膣壁から作りだされる膣分泌液とバルトリン液、手淫からなる指と膣壁及び
その潤滑油の摩擦音、膣口からは粘着質の愛液がとろりと流れ、官能の極みに達しようとしている。
女の恍惚と嘆願の入り混じる顔。あなたもわたしもカタルシスを望んでいるのだ。
男は下着の強い締め付けを感じながら、物語の望むカタルシスへと莫進していく。抑圧からの解放。
その勢いは正にいきり立つ如く、♀との交接を望んだ結果であり♂を♂たらしめんとする過程。
膣分泌液とバルトリン液がまぐわう女のそれに、勃起した大きめのそれは極めて緩やかに挿入された。
非処女とはいえその締め付けは処女のそれに劣らぬほどであり、それまで冷静を保っていた男が
初めて快楽の吐息を吐いた瞬間でもあった。膣口の最奥へ辿り着き、そこからは反復運動が始まる。
接合部における激しいピストン運動。小刻みに出される切ない吐息と哀願する様な喘ぎ。
空間は熱で出来ていた。一心不乱に腰を振る二匹の動物。まるで交尾に狂った雌犬と雄犬だ。
原始的で、野蛮で、汚れた、奔放な欲求に飢えたそれを、薄っぺらい理性の膜で包んで取り繕い、
人間の皮を被り知識人面をする。おれ達も存外そんなものなんだろう。消えかかる理性に思いを馳せ、
この行きずりの交流も終わりに差し掛かろうとしていた。
そして訪れる、予定調和の射精と官能の極み。
刹那的な個の融和と自我の消失。
徐々に奪われる体温。共有された快楽が孤独に内包されていく。
虚脱感とバベルの崩壊、空間に充満していく虚無。
事を終えた二人を満たしたのは、充足感とほんの少しの絶望だった。