その日、サーナイトは朝からずっと不機嫌であった。しかも、その虫の居所の悪さを隠そうともしていなかった。 
心なしか、彼女の周りの空気までぴりぴりしている。おかげで、ポケモンは一匹たりとも彼女の傍には寄り付いていない。 
彼女の普段の姿を知る者が見れば、目を丸くしていただろう。サーナイトの大方に漏れず、彼女もいつもは温和な物腰だったから。 
 
「まったく、あの意気地無しっ……」 
 
サイコパワーの浮遊制御も、どこか危なっかしい。というより、彼女にとってこの状況は紛れも無く危険だった。 
超能力を操るポケモンにとって、精神の乱れは即ち戦闘力の低下である。 
まして、サーナイトのような超能力に依存しっ放しのポケモンにとって、感情の乱れは致命的なことである。 
彼女はそれを忘れるほど自棄にはなっていなかった。ために、この施設の外に出歩くようなこともできなかった。 
 
北の空を見上げれば、人間達が立てた鈍色の塔が、壁のように連なって空の水色を侵食していた。 
あの中の一つに、彼女は自身のトレーナーと上ったことがある。といっても、あまり彼女にその実感は無い。 
エレベーターなどという面妖な小部屋を抜けて、ガラス越しにこの街らしき光景を見下ろしたことがあるだけだった。 
その時に眼下に広がっていたビル群は、ジオラマと同じくらい現実感が無かった。 
 
 
 
事の発端がいつのことだったか、彼女はよく覚えていない。 
そういえば、あの“意気地無し”との出会いの場面も、上手く記憶から手繰り寄せられない。 
几帳面な彼女の主人は、必ず手持ちに新しいポケモンが加入するとき、それまでの面子と顔合わせの儀式を行っていた。 
彼女もその洗礼を受けたことがある。儀式、といってもそれは軽い挨拶程度のもので、大袈裟なものではない。 
 
そう、だから忘れていてもおかしくないはず。 
 
「……なんであいつのことばっかり考えなきゃいけないのよ。考えることに事欠いて……」 
 
実のところ、彼女の心を乱している要因は、彼女が“意気地無し”と心中で罵っているポケモンのことではない。 
たとえそのポケモンが――彼女と同じ主人を持ち、今まで肩を並べて戦い――彼女と同じ日に育て屋に預けられていたとしても。 
 
「どうせあいつとの子供なんか、“くろいまなざし”だの“いたみわけ”だの“おにび”だの、おどろおどろしい技ばっかり覚えているに違いないわ。 
 そんなのラルトスに相応しくないでしょう。性格も変なのになったらどうしよ」 
 
 
 
「――悪かったねぇ、おどろおどろしい技ばっかり遺伝させてしまうような父親で」 
「何かしら? まだ空がこんなに青いじゃない。夜には早いわよ」 
 
件の“意気地無し”――ムウマージがいきなり背後から声をかけても、彼女は驚かなかった。 
伊達に、長い間同じトレーナーの手持ちにいるわけではない。互いの行動は予想がつく。 
 
夜、という単語を聞いて、彼――ムウマージは一瞬だけ決まり悪そうな顔をした。 
無論彼女の視線からは外れているのだが、気配で反応が分かってしまう。それがまた彼女には気に食わない。 
 
「まだムウマだった方がマシかも知れないわね。髪の毛に齧り付くぐらいの度胸はあったかもしれないから」 
「そんなに棘棘しくならんでくれよ。昨日は、その、本当に悪かったと思っているから」 
「誰かさんのせいで、わたしのテレパシーは朝からうまく働いていないんですが?」 
 
二匹とも、育て屋に揃って預けられた意味は分かっていた。 
彼らの主人が多感な年頃だったせいか、彼らへの説明は言葉の濁ったものであったが、それでも彼らは問題なく主人の意向を察知した。 
つまり彼らの主人は、彼ら――ムウマージとサーナイトのタマゴが欲しかったのだった。 
育て屋というのは、そのタマゴを作るために必要な行為をする施設。そういうようなことを、気恥ずかしげな様子で遠まわしに告げたのだ。 
 
テレパシーがうまく働いていないという言葉は嘘だった。 
振り向かずとも、背後にふよふよ漂っているムウマージの感情が、彼女の中に流れ込んでくる。 
その場にいない時でさえ、彼女は朝から彼のことを意識していた。それがすぐそばにいるとなれば、意識を向けずにはいられない。 
 
彼も、そして彼女も、そういう行為に関する知識はあった。特に不定形の彼らがそうするのにに、知識無しではどうにもならない。 
それどころか、そういう行為に及んだ経験もあった。この辺りの人間とポケモンの感覚の違いを、彼らの主人は考慮していなかったらしい。 
しかし彼らも、第三者の周知の上で、さあ、という感動詞が浮かんできそうなお膳立てをされて、そういう行為に及んだことはなかった。 
結局、今までに無いシチュエーションのせいで、彼らは昨夜その行為に失敗してしまったのである。 
 
「……確かに、主に僕のせいで、上手くいかなかったってのは痛感してるよ」 
「何が主に、痛感してるって? あなたの声が頭痛を催すってのは本当だったのかしら」 
 
サーナイトは拗ねていた。今朝からずっと不機嫌だった。 
 
緊張していたのは、彼だけではない。昨日の彼女も、やはり肩に力が入っていた。。 
それで、日が落ちるまでの内心の葛藤やら、取り留めの無い想像やら、ほんのちょっとの夢見心地やらがあったのが、 
全部明け方にはバラバラになって、行き場を失くしてしまった。 
その破片がごろごろ彼女の感情を占有して、傷というには浅い疼きを作る。その疼きを掻き毟る代わりに、彼女は彼を罵る。 
 
きっかけは彼だった。ただ、疼きを広げているのは彼女自身でもあった。 
 
 
 
「それにしても、本当にどうしたのよ、こんな明るいところまで出てきちゃって。 
 普段は暗くなるまで眠そうな顔しているくせに。その方がゴーストらしいと思うけど」 
「そういう、気分だったんだよ」 
「だから、テレパシーは使えないって言ってるでしょうが」 
 
彼は黙って彼女の横に移動していた。彼女は何も言わなかった。 
帽子のような頭のフォルム越しに、さらりと揺れる緑髪越しに視線を投げあった。 
どっちが決めたというわけでもない合図。超能力もマジカルも介在しないやり取り。 
 
「……お前がどこかに行ってしまったんじゃないかって、探しにきた」 
「わざわざ迎えに来てくれたの? いつの間にか、大層なご身分になったものね」 
 
彼女は軽く肩をすくめて見せた。その皮肉はどちらに向いていたんだろうか。 
 
「いや。僕以外に、お前を迎えに行かせたくなかっただけ」 
「つんけんしてるサーナイトに構う奴なんか、あなたぐらいのものじゃないかしら。これがわたしの、今日はじめてのまともな会話よ」 
「そう自虐的にならんで欲しいなぁ」 
「別に自虐してるわけじゃないってば」 
 
彼のせいで起きた疼きから解放してくれるのは彼だけである。 
しかしそれは、必ずしもその疼きを治したり、取り除いたりするというわけではない。 
むしろ、その疼きを広く深くすることであるかもしれない。 
 
 
 
「ねぇ……ここで、してみようか」 
「……ここで?」 
「ええ」 
 
出来るだけ唖然とした風を隠しながら、ムウマージは言葉を返した。 
もし彼女の機嫌が直っていたとしたら、その努力は徒労であることを、彼は理解していた。声色を取り繕ったのはただの意地である。 
しばらく必死でご機嫌を取って、やっと拗ねるのを止めたかと思えば、いきなりこんな話を切り出す。彼の方も、昨日から彼女に振り回されっ放しであった。 
 
「別に、ここなら変な人間も来れないし、そもそもおいそれと人間が入れる場所じゃないし、 
 他のポケモンが文句を言ってくることもないでしょ。ま、そういう連中がいたら吹き飛ばすまでよ」 
「発想が物騒だな」 
「たまには、わたしも自分のためだけに動いてみたいの」 
 
ふわり、と超能力の流れが蠢いて、彼女は彼の前に浮かんだ。 
彼女はサーナイトらしからぬ――ムウマージ顔負けの、悪戯っぽい目つきをしていた。 
そんな眼差しを真正面から受けて、彼はぎざぎざの口の中が乾くのを感じていた。 
 
「ふふっ、やっぱり、他の誰かに言われたからっていうんじゃあ盛り上がらないよね」 
「このっ……お前、僕で遊んでるな」 
「少しは遊ばせなさいな」 
 
午後遅くの陽射しに照らされて、白と黒のか細い腕が交錯する。 
互いに触れ合ったあやふやな感触が、じわりとした熱を帯びていた。 
彼女は目を閉じた。目蓋越しに瞳を照らす太陽が、彼の目庇で遮られるのが分かる。 
並べてしまうとバランスの悪い口の際から、舌を伸ばして触れ合わせる。 
 
「こんな形からおっ始めるとか、僕らも人間に毒されてきたかな」 
「人間が考えたにしては、よくできた習慣だとわたしは思うわ。あなたとわたしだと、ちょっとやりづらいのが難点だけど」 
 
ひとしきりその儀式が続いた後、おもむろに彼女は彼のスカートらしきものに隠された部分に手を滑り込ませる。 
前触れ無しの行動に、彼は軽い呻きをあげる。恨みがましい表情で見返すと、彼女はゆっくり彼を見上げた。 
 
「確かにわたしには分かるわ。あなたが今何を思っているか、どんな気持ちなのかというのは。 
 でもね、分かるだけじゃあだめなの。感じてみたいの。ねえ、わたしの気持ちは分かるかしら」 
 
緑髪の合間から覗く瞳に見つめられると、普段と違う姿態に、たまらない気がした。 
いつもは背中を預け合うから、横に並んで戦うから、改めて見詰め合うというのは、なんだか照れくさかった。 
 
「お前のことなら分かる、なんて自惚れるつもりは、僕には無いよ……けれど」 
 
彼女の耳元で、彼は囁く。それはまさしく呪文だった。 
 
「けれど……いや、だからこそ、お前のことが知りたい」 
 
仄白い肢体が、微かに波打った。 
 
 
 
彼らは宙に漂っていた。 
あやふやな形が絡み合って、どこから自分でどこから相手なのか分からない。いくら引き寄せても感触が足りない。 
熱そのもののように、触れ合っていないと感じるのも覚束無い。 
口から漏れる荒い吐息も、切れ切れの声も、時折耳をひと撫でしてすぐに去ってしまう。 
 
「ひゃんっ、ちょ、ちょっと強過ぎるっ、ね、ねえっ」 
「口が留守になってる。僕もゴーストの端くれ、舌で舐めるのは得意だよ」 
 
白いスリットをかき分けて、また光を照り返す象牙色の脚を舌でねぶる。 
負けじとサーナイトも、ひらひらしたスカートの中の性器を扱く。掴みどころの無い霊体を、逃げ場を与えないよう口内に飲み込む。 
ムウマージの首にかかった赤い宝石が、霊体の蠢きにあわせてふらふら動く。 
口内を犯していく彼の質量に、彼女は中から塗りたくられていく。そのことを実感して、また陶然となる。 
切羽詰った喘ぎに気を良くする。もっと強く、もっと近くで、もっと確かに、感じあっていたい。 
 
彼は攻め手の矛先を、彼女の長い緑の髪の毛へと向けた。 
不定形の手で軽くさらりと梳かれただけで、灼けつく衝動がびりびりと白い肢体を走る。 
そのまま彼女の背を舐めあげる。普段誰にも見せないそこを暴くこと、暴かれることが、興奮に拍車をかけた。 
 
「だめぇっ……そんな、そんなとこって」 
「だって、お前は、いつも背中を見せてくれないじゃないか」 
 
サーナイトの頭を抱え込むようにしてから、さらにムウマージは上体を伸ばして、彼女の背を堪能する。 
頬をくすぐる緑髪も堪能する。昂ぶりの中に、ムウマに戻ったような懐かしさがあった。 
胸を貫く赤い三日月も逃さない。彼の舌に、直接内心を吸い出されている気がして、彼女は眩暈まで覚えていた 。 
その彼女の痴態に中てられて、また彼は興奮を煽られる。それを彼女がトレースする。収まりがつかなくなっていく。 
 
 
「ねぇ、サーナイト、サーナイト」 
 
またムウマージは彼女の耳元で囁いた。どうやら気に入ったらしい。 
わざわざ言葉にしなくても、これだけ強い情念なら彼女は分かっている。それでも、自らの言葉で、自らの声で伝えたかった。 
 
「もう我慢できなくなったんだ……だから……入れるよ」 
 
スカートの裾が、器用に彼女のスリットをたくし上げ、彼はその隙間に自身を侵入させた。 
文字通り彼女に絡み付いていく。霊体が稜線を覆っていく。ぼんやりとした黒い霧から、白い影が傾きだした日光に透けて見える。 
 
「ムウマージったら、もう……包み込むのは、わたしの方が」 
「こんなのも、悪くは無いだろ」 
「さぁ。それはどうかしら?」 
 
ムウマージの性器がサーナイトの秘裂を探り当て、徐々に割り入れさせていく。返事代わりに抽送を始める。 
二匹の息遣いと、扇情的な音吐以外は何も聞こえない午後。どろどろに溶け合ってしまった中の様子も、二匹以外には分からない。 
ともすれば、そよ風に吹き流されてしまいそうな熱気が、誰もいないこの場を満たしている。その中を、白黒の環流が揺らめいている。 
 
いつ果てるとも知れぬ睦みにも、終わりのときはやってくる。 
永劫この熱さに巻かれていたい、けれどもっと近くでひとつになりたい、二つの相反する衝動がしのぎを削る。 
 
「サーナイトっ、サーナイトっ、も、もう僕は」 
「本っ当にっ、ホントに勝手な奴ねっ、わたしの物分りがいいからって」 
 
声音が呆れていても、ムウマージの宣告を聞いた瞬間、サーナイトの中は豹変した。 
今まで包まれているのを堪能していたそれが、ムウマージを攻め立てる色を強める。思わず彼は口を引き結んだ。 
 
「いいよ、いっても、ムウマージ」 
 
湧き上がる情欲は、吹き消される涅槃の寸前の如く、より赫赫と燃え立った。 
やがて、滾りが頂点を迎えて、彼は彼女の中に精を注ぎ込んだ。 
激しく渦巻いていた奔流は、すぐにふよふよと中空を漂う霞に変わっていった。 
黄昏の風と冷えが、辺りを支配していた刹那の熱気を押し流していく。それらが全てこの場から消え失せるまで、二匹は言葉も無く寄り添っていた。 
 
 
なお、ムウマージとサーナイトの間に生まれたタマゴからは、 
概ねムウマージの技とサーナイトの性格を受け継いだラルトス達が生まれたとのこと。 
特にサーナイトは、ラルトスらしくないと口で言いつつも、子供達の将来をかなり楽しみにしているようだ。 
 
 
(終わり) 
(図鑑を見ると、ゴーストやグライオンは浮いている高度が身長に反映されているのに、ヌケニンやムウマージは反映されていないように見えるんですが) 
(そしてサーナイトが1.6mにとても見えない。図鑑の縮尺って色々疑問。サナとマージは結構体格差があるけど、そこは不定形ってことで) 
 
 
 

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