「っう、ひぁ……あ……」
達したサファイアはしばらく呆然と宙を眺めていた。初めて他人に強要される
絶頂に脳が全く付いていかなかった。ただ、
(こんなやらしい格好、嫌…こんな)
自分がどれだけはしたない姿をしていたのだろうと想像すると、それだけで気が
遠くなった。
ルビーを好きになって、彼女は初めて自分の中にあるそれに気付いた。好きな人の
ことを思うと身体が熱くなり、やがて収まらなくなっていく感覚。たどたどしい
秘め事を覚えたのはそれからだ。彼女はその衝動とそれを収める術が、よくわからない
なりにも他人に言えないような恥ずべき事だというのは感じていた。
だから、これまでに数えるほどとはいえ、彼のことを思い浮かべながら達した事が
あるという事実は、潔癖な少女をひどく陰鬱にしていた。
(ルビー…あたしのこんな姿見たら、きっと幻滅するとやろうね…?)
一人での行為が終わった後、靄のかかった頭で決まって思うのはそんな事だった。
それがさらに、ホウエンでの告白以降、ルビーに対して一線を置く結果になっていた。
ルビーをそんな風に見ている自分が嫌だったのだ。そして今、その嫌な自分を
目の前に突きつけられている――羞恥に頭がおかしくなりそうだった。
ショーツごとスパッツをずり降ろされ、足から乱雑に引き抜かれた。とっさに
閉じようとした脚を割り開かれる。
「……っ」
サファイアはまた泣いた。もうこんな恥ずかしいのは嫌だ、やめて欲しい――そして、
怖い。ルビーで無い何かが自分を陵辱している。それが怖くて怖くて仕方ない。
あの日からずっと強くなろうと頑張って来た筈だったのに、自分はまだこんなにも弱い。
強さを教えてくれたルビー。誰かのためにその身を投げ出す事を教えてくれたルビー。
そのルビーが今は怖い。正確に言えば――優しいルビーを奪ってしまった何かが怖い。
太腿を担がれ、片足を持ち上げられる。
「あ、やだっ、や」
わずかに身じろぎし、斜めになった身体を両肘で支えて上体を持ち上げかけた時、
湿った生暖かい何かが花弁の中心に触れた。
「……っ!?」
未知の感触に身体が凍りついた。身体が敏感に反応し背筋が勝手に震える。ルビーが
彼女の秘所に顔を埋めているのを見、それがルビーの舌だとわかってサファイアは戦慄した。
「……、うそ、おかし、こんなのおかし……っ…!」
男女の行為を全くといっていいほど知らないサファイアはそれだけでひどい背徳感と
罪の意識に打ちのめされた。ルビーの意思でない、でも彼の唇と舌だ。やめて、と
か細い声を上げて制止するが責めは一向に止まない。両手でルビーの頭を押し返そうとするが
絶え間なく責められ続けていては、腕にも身体にも全く力が入らなかった。そのうち
サファイアは抵抗するだけの膂力も奪われ、与えられる感触に苛まれるだけで
ろくに動くことも出来なくなっていた。
花芯ほど敏感ではないにしろ、花弁の中心も度重なる刺激に目覚め始め、溶けて
緩みかけている。舌が花弁を絡め、秘裂を舐めあげるたびに、サファイアは声にならない
声を上げた。ルビーが息をするために唇を離す時の吐息にさえ反応してしまう。
身体の中心がじんじんと痺れて何もかもわからなくなってきていた。
――その時、自分たち以外の存在の発する音が彼女の耳に割り込んできた。
自分たちも登ってきた下からの階段のちょうどその辺りの方向から、微かに声が聞こえた。
早足で進みながら会話している――サファイアは頭の中が真っ白になった。すっと背筋が
寒くなる。
(ダツラさんと、エメラルド!)
そういえば二人ともまだ階下だった。あちらもちょうど合流したらしい。サファイアの
持ち前の鋭敏な聴覚は二人の足音を捉えていた。会話の内容もわからないくらいの距離だったが、
それはサファイアを怯えさせるのに十分だった。
二つの違う足音がこちらへと向かってきた。と思うとすぐに角を曲がったらしく、いくつか
向こう側の部屋を横切り、進んでいく。最短距離を通っているのだろう、それ以上近づいては
こない。安堵しかけた矢先、片方の足音が止まった。軽くて硬い音の方。エメラルドの足音だ。
わずかに会話の内容が聞き取れた。
「どうした?」
「…うん、ダツラさん、オレにかまわず先行ってよ。ちょっと気になることが…」
言いながら足音は二つに分かれた。ダツラの足音はそのまま階段に向かったようだった。
そしてエメラルドの足音は――サファイアは恐怖に慄いた。
(っ、あ、嫌……お願い、来んで、エメラルドっ……)
これが他の誰かに陵辱されているのなら、例えどれだけ見られたくないような状況だったと
しても、サファイアは助けを求めただろう。
しかし相手はルビーで、今のところルビーの洗脳が解除される様子は無い。解除の仕方も
わからない。ガイルを倒せれば元に戻るのかもしれないが、現時点では不可能だ。
ルビーが誤解されてしまうことは、このまま陵辱されてしまうことよりもサファイアに
とって耐えがたい事だった。唇を噛み、両手を口に当てて必死に声を押さえ込む。
「…、……っ」
エメラルドの足音ははっきりとこちらを目指してくる。その間にもルビーから受ける刺激が
サファイアの思考を千々に乱れさせた。
(や…やめて、やめて……やめ……)
そう何度も胸中で繰り返すが、完全に支配されてしまっているのか、ルビーの責めは
止まない。それどころか、漏れそうになる悲鳴をこらえる度にますます舌の存在を強く
意識してしまう。
思いに反して自分が段々と高ぶっているのを感じ、サファイアは心の底から怯えた。このまま
声を出さずにやり過ごす自信が全く無い。こつこつと靴音が近づいてきてわずか十数メートルと
いったところだろう、そこで止まる。
「誰かいるのか?」
声が聞こえた。声の調子から、サファイアが先ほど戦ったバトルフィールドのある部屋の
入り口で、エメラルドがフィールドを覗き込んでいるのだとわかった。
幸いサファイアはスタッフルームへ入る際、こちらへ続くドアは閉めていた。だがそれでも、
たった一枚の壁を隔てた向こうにエメラルドがいる。
(……!来んで、来んでぇ……っ!)
サファイアは心の中で狂ったように哀願した。靴音がこつこつとフィールドの中心辺りまで進む。
足音が止まったちょうどその時、花芯を舌先でつつかれた。
「!…ん……っ……っ、ふ」
支えられている膝裏ががくがくと震えている。また達しかけているのだと気付いてもどうにも
ならない。ぼろぼろと涙を零し、サファイアは絶望して瞼を閉じた。眉が切なく歪められ、
震える唇が半開きになる。
(もう、駄目……っ)
脳の命令を無視して生理的に湧き上がってくる声。その声が喉元まで出掛かったその時、
彼女を苛んでいた唇が急にすっと離れていった。
「――――」
身体全体が緊張から解放され、脚を支えられたまま脱力した。出掛かった声を必死に飲み込む。
エメラルドの呟きが聞こえた。
「……なんか気配がした気がしたんだけどな。気のせいか…。バトルした形跡がある」
部屋で使用されているレンタルポケモンの戦闘の有無は、壁にしつらえられたポケモンの状態を
表示したパネルでわかる。エメラルドはそれを確認したようだった。
「もう決着は付いてるみたいだ。じゃあやっぱり上だな。無駄足踏んじゃったな…急がなきゃ」
靴音が翻る。見切りをつけるとエメラルドの行動は早かった。彼は足早に立ち去っていく。
数十秒もして、ようやく静寂が戻ってきた。身体中の力が抜けた。エメラルドの勘のよさを
今回ばかりは恨む。絶頂の悲鳴を上げてしまっていたら、どれだけ押さえ込んでも聞こえて
しまっただろう。あまりの安堵に心がどこか遠くに行ってしまいそうになる。
涙で霞んだ視界にルビーが映る。
(…ルビー……?)
その瞬間、それまで散々いたぶられていた秘部に指が侵入してきた。
「―――!」
腰が跳ね、サファイアは再び現実に引き戻された。これまで必死に悲鳴を押し殺していた反動で
激しい喘ぎが口をついて出た。舌とはうって変わって硬い感触の指が入り込み、彼女の中を
容赦なく蹂躙する。
「あ、ひぁ、あ、だめ、っあ、やあぁ」
これまで怖くて自分でも指を入れたことのなかった膣内に無遠慮に入り込まれ、サファイアは
なす術もなく身悶えた。指は中を攫うように内壁をぐるりと一周なぞり、指が入れる限りの範囲には
触れていない場所はないというくらい、全てを?き回した。その中でも特にサファイアの喘ぎが
大きくなった場所に指は戻り、その場所を重点的に擦りあげていく。入れられた瞬間の異物感は
次第に薄まり、愛液をまとわりつかせスムーズに動くようになった指はさらに激しく動いた。
ずっ、ずっ、と徐々にスピードを上げながら抜き差しされる。
「んあああああっ、や、あああ、あああああ、ひあぁ」
弱い部分ばかりを責め立てられ、あっという間に上り詰めていく。片脚を抱えられ固定されて
いてはろくに耐えることも出来ない。
「あああ、あぁ、あああぁあああああああっ!?」
冷たい床に背を預け、床に両指全ての爪を立ててサファイアは達した。しかし達した際の
強い締め付けも意に介さず、侵入した指はまだ蠢いて愛液を掻き出している。
「もう、もうせんといて、もう許して、やっ、あっ、あああぁ、あ」
どれだけ懇願しても許されなかった。少女は性行為をろくに知らず、従ってこの行為の
終点も知らない。どれだけ耐えれば良いのかも全く予測がつかず、長いこと抱えさせられた
恥辱と自己嫌悪も相まって、精神的な消耗は大きかった。どこまで続くかわからない陵辱に
サファイアの心は折れかけていた――再び達する頃には彼女は声も無くその身を震わせる
だけだった。
そのため、少年の体躯が彼女を覆うようにのしかかって来た時にも殆ど反応できなかった。
「あうっ――あっ――――!?」
殆ど気を失いかけていた彼女を無理やり目覚めさせるかのような激痛が襲った。ルビーが
サファイアの中にゆっくりと侵入してきていた――彼女自身はルビーが何をしたのかさえ
わからなかったが。両脚を大きく開かされていても尚その痛みは許容範囲を超えており、
サファイアはそれまで散々味わった羞恥をも吹き飛ばすような痛みに今度こそ悲鳴を上げた。
両腕が手首を掴まれて固定されていて、全く身動きが取れない。どれだけ痛くてもされるが
ままになるしかなく、あまりの痛みに気絶したくてもできない。ルビーの、身体を深く
沈み込ませるかのような動作がようやく止まった時には、サファイアの意識は朦朧として
口をきくことも出来なくなっていた。
ようやく動きの無くなったそれに、サファイアはやっとのことで目を開いた。自分の臀部と
ルビーの下腹部が密着しているのがわずかに見えた――ルビーの腿に腰が持ち上げられている
ためだ。サファイアはなぜか無性に切なくなった。流している涙は痛みによる生理的な
ものだけではなかった。
ルビーの顔がすぐ正面にある。ルビーも辛いのか、無表情だった筈の顔がわずかに歪んでいる。
サファイアは、自分の目から涙があまりに溢れてくるためにまた瞼を閉じた。何度も何度も
浅く息を継いで、痛みを逃がそうと試みる。
しばらくすると、頬にぽつ、ぽつと当たるものがあって、サファイアはうっすらと目を開けた。
目の前にある顔に、一瞬息を詰める。
ルビーが泣いていた。表情を変えないまま、ただ彼女の顔を見て涙を流している。
「……」
もしかしたら――
「る…び……あんた……ずっと……」
彼女は行為の間、ずっとルビーの意識は無いものとばかり思い込んでいた。でも
もしかしたら――
「……ぁ」
律動が始まった。サファイアはルビーがまだ苦しみから開放されていないのだと知った。
涙がまた溢れ出てきた。
「…るび……るびぃ……ごめん…ねぇ……」
――何が「ごめんね」なのだろうか。
泣きながら許しを乞うサファイアにルビーは問いかけることも出来なかった。口もきけず、
身体も全く言う事を聞いてくれない。一向にサファイアを解放せず、結局ここまで彼女を
傷つけてしまった。これは誰の所為でもなく、自分自身の責任だとルビーは思った。
掛けられた暗示はそう複雑なものではないことを、ルビーは感じ取っていた。ただ彼の
押さえ込んだ感情を暴発させ、同時に理性を奪い去るだけだ。
ただし、多分、普段押さえつけている感情が強ければ強いほど、暴発は激しいものに
なるのだろう。ルビーは抗った。残った意識の全力で反抗した――それでもルビーの身体は
彼女を欲しがった。たぶん、自分の業はそれほど深かったのだろう。全てが終わった後、
この罪も無い少女にどう償えばいいのか想像もつかなかった。
打ち込んだ杭は強く締め上げられ、苦しいほどだった。きつく絡みつき、収縮を繰り返して
ルビーを翻弄する。
「ごめん、ね…ルビー……ぁっ……あ」
ルビーの思いを知ってか知らずか、サファイアは未だ苦しげに、そしてどこか切なげに喘いでいた。
「ぁ、あたしに、怖いなんて、言う資格、んっ、無い、とに…」
挿送はまだ続いている。突かれる度、引かれる度に言葉は途切れ、辛そうに眉根が
寄せられる。そんな中でも、サファイアは掠れた声で言葉を続けていた。
「ルビーだって、そん怪我、した時は、んあ、怖かったと、でしょ…?なの、に…っ」
(――)
「あ、たしぃっ……あん時、ルビーに酷か事っ……怖いなんてっ…あん、な、事っ……」
ルビーはその言葉にショックを受けた。
彼女の言う「その怪我」というのが自身の側頭部の傷の事なのはすぐにわかった。5年前、
互いに六歳の時の事だった。父同士が友人だったルビーとサファイアは、ジムリーダー試験を
受けるルビーの父をサファイアの父が応援に訪ねた際に出会い、何日間かだけ一緒に遊んだ
ことがある。サファイアに告白された際彼女に、その時の自分が彼女の初恋だったと聞いた。
その頃の自分とサファイアは、今と全く間逆だった。サファイアはポケモンも持たず、
バトルも全く知らない少女だった。可愛らしく着飾り、優しく、大人しい性格だった。
逆にルビーはバトルの専門家であるジムリーダーを目指していた父の影響で、活発でやんちゃ、
ポケモンバトルが大好きな少年だった。二人はすぐに気が合い、その何日間かの間、
いつも一緒に遊んでいた。
その時事件があった。二人きりの時に偶然、野生のボーマンダと出くわしたのだ。
ルビーは戦った。子供故の怖いもの知らずの面もあったが、父から教わった技術は絶対だと
信じていた。そしてそれ以上に、ルビーが逃げずに戦った最大の理由は、一緒にいた
サファイアを守るためだった。
側頭部の傷はその時ボーマンダに付けられたものだ。ルビー自身は後悔していない。
だがサファイアにとってはそうでないことに、ルビーは初めて思い至った。
そしてルビーが本当に後悔していたことは、バトルも知らない少女の心に傷を残してしまった
事だった。少女の前で全力で戦い、恐怖を与えてしまった。
『…こわいよォ…こわい…』
差し出した手をとる事無く泣いていた少女は、明らかにボーマンダにではなく、自分に怯えていた。
そのことがずっと彼をバトルから遠ざけていた一因だった。
そして5年後、その頑なな姿勢を崩し、本当に大切なことは何かに気付くきっかけをくれたのもまた、
まだ互いに互いを何者か気付いていなかった頃のサファイアだった。彼女もきっと
彼と同じように、5年前の出来事に心を痛めていたのだろう――今まで、ずっと。
「……ん、くふ、あんな、酷か事言った、あたしの事ば、好きじゃ、なかと、でしょ…?」
違う。
「ルビーは……っ、はぁ……優しいけ……だからとぼけて……何も、言わんとでしょう…?」
違う…
「ごめんね、ルビー……っ……あたし、っあ、迷惑な事、言った、とね……ごめん……」
違うんだ、サファイア。ルビーは心の中でそう叫んだ。本当は多分ずっと、心のどこかで、
自分は――望んでいた。サファイアとこういう関係になることを。
サファイアが自分の事を好きと言ってくれた時、ルビーは嬉しかった。5年前傷つけた相手が
それでも自分を好きでいてくれた事。そしてその時の自分より、今の自分をもっと好きだと
言ってくれた事。嬉しくない筈がなかった。そしてその直後、また彼女を傷つけた。
ルビーと一緒に戦えると思っていた彼女を、ルビーは閉じ込めて、勝手に出て行ってしまった。
サファイアが5年前の初恋の女の子だと知った時――いや、本当はその前から決めていた通りに、
ルビーは彼女を裏切った。サファイアを危険な戦いに連れて行きたくなかった。危うい作戦に
巻き込みたくはなかったのだ。それが自分の自己満足だと解っていても。
『ボクもキミが好きだったからさ。小さな頃からずっとずっと、…想ってた』
最後に帽子を取って見せ、そう口にしたのは、相手に自分の言葉が聞こえなくなってからだった。
ガラス越しに置いていかれる時、彼女は大きな瞳に涙を浮かべていた。必死に何かを叫んでいた。
それを見て、ルビーは自分の行動が彼女を傷つけたのだと知った。そしてそれでも、彼女は
自分を追ってきてくれて、笑顔を向けてくれた。それまでと何一つ変わらない笑顔だった。
ルビーは思った。このまま一緒に居ても、自分はこの先もサファイアを傷つけるだけだ。
そして傷つけても傷つけても、彼女は自分を信頼し続けるだろう。
彼女は傷つけられ続ける。自分のために。
彼女が告白してくれたことはいい機会の筈だった。本当に彼女から離れるつもりなら、告白を
断ればそれで済んだ事だった。にっこり笑って、――ごめんね。キミは素敵な子だと思うけど、
ボクはキミをそういう風には見られないんだ。だからボクのことは忘れて、もっといい人を
見つけてね――ただそう言えば良かったのだ。
だが言えなかった。好きだったのだ。その戦いの中でも彼女の事ばかり考えてしまう程。
『覚えていない』などと言って、彼女の告白をうやむやにしてしまう程にだ。
彼女の気持ちに応えられないのなら、せめてもう少しだけ一緒に居たかった。それまでと
同じように、自分がサファイアをからかって、サファイアが怒って。単純で幸せな日常が続く。
それは我侭以外のなにものでも無かった。
「……っ……」
ごめん。ボクの決意はいつだって遅すぎる。
本当はボクだって、ずっとずっと好きだったのに――
「サファイ、ア……」
名前を呼んで頬に触れた。涙をそっとぬぐってやる。触れられた瞼がぴくりと反応した。
「ぁ……る、び……?」
サファイアがかすかに呻く。彼女はほとんど反射的にだろう、ルビーの名前を呼び返し、
わずかに覚醒した。
視線が交錯した瞬間、彼女はふと呆けた表情をした。
「……もとに……元に、戻った……とう、か?」
「……、っ?」
その時になって初めて、ルビーは自分がわずかにでも口をきけたことに気付いた。
次いで瞳を瞬かせる。サファイアは朦朧としながらもこちらの瞳を見つめ、また涙を浮かべると
そっと言った。
「良かったと、ねぇ……」
サファイアが微笑んだ。儚く頼り無かったが、間違いなく彼女がそこにあることを思わせる笑み。
ルビーは何も言えなかった。この娘はまだ――自分に笑顔を向けてくれるのか。
自然に手が伸び、抱き上げるようにして身体を引き寄せる。ぎこちなく抱きしめると、
サファイアは甘える子猫のように頬を摺り寄せてきた。
「ん……」
吐息が耳朶を打った。摺り寄せられるやわらかい肌の感触に、ルビーの背をぞくりとした
快感が走る。
「……ルビーが……もしも元に戻らんかったらと思うと…あたし…あたし……っ、ん、はぁっ」
サファイアは涙声であえいだ。緊張が解けて自分の中の存在をより感じ取ったのか、開かれている
内股が痙攣し、ルビーの身体を強く挟み込んだ。
内壁がきゅうきゅうと締め付けてくる。ルビーははっと気付き、慌てて身を離そうとした。
「っく……だめだ、サファイアっ」
そう言って身じろぎするが、もはや彼女の耳には殆ど届いていないようだった。苦痛――
あるいは快感に耐えるためか、殆ど無意識にだろう、サファイアはルビーの身体に腕を回して
縋りついた。身体の前面と前面が密着し、未熟だがやわらかく弾力のある乳房が彼の胸板に
擦り付けられる。
ルビーは小さく呻いた。もう律動はしていないにも関わらず、限界が近い。サファイアも
また言葉を紡げなくなり、ひくひくと身を震わせる。締め付けが更に強まり、背筋を快感が
駆け上ってくる。
思考を掻き乱し、どくん、どくんと強い鼓動が身体の奥で脈打つ。あまりの快感にサファイアの
身体を引き剥がすことが出来なくなり、かえって抱きしめ返す形になってしまった。
「ルビー、ルビー、ルビー……っあ、はああぁぁぁぁぁぁっ……!」
ひたすらルビーの名前だけを呼び、彼の背中に爪を立てて、サファイアは大きく痙攣した。
赤みが差して上下した頬、彼の名を呼び続ける薄くやわらかい唇、そして涙をたたえて潤んだ、
深い海のように碧い瞳。その瞬間の少女の表情はまだ幼いながらも、間違いなく愛する人に
身体と心の全てを捧げる喜びに満ちていた――ルビーはこれまでの彼女のどの表情より、
これまで見てきたどんなものよりも、サファイアを美しいと思った。
次の瞬間、一際強烈なうねりがルビーを締め上げた。目も眩むような快感の波が頂点に達し、
弾ける。
「っ……あ……!サファイアっ……!」
ルビーの身体がわななき、その度にサファイアの最奥に熱を注ぎ込む。一度では終わらず、
二度、三度とそれは続いた。ルビーは無我夢中でサファイアのしなやかな身体をかき抱いた。
「――――っ……っ……!」
「くぅ……あ……ぁ……」
かくんとくずおれ、体重を預けてくる少女の細い体躯を支える。ルビーが全ての欲望を
吐き出し終えるころにはルビーもサファイアも声を失い、互いの存在を確かめるように
抱き合っているだけだった。
行為の跡を手早く片付け終えると、ルビーはバトルフィールドの部屋へ戻った。
肩のザックを担ぎなおす。身の回りのものを持ち歩いていたのは幸いだった。
「水回りが使えてよかったよ…大丈夫?サファイア」
サファイアにはすでに身支度をさせ、座らせて休ませている。ルビーが出てくると
彼女は慌てて立ち上がろうとした。
「うん…もういいったい、早う出発せんと」
「まだ辛いだろ?」
ふらついている足元を見て駆け寄る。サファイアは気力の落ちた様子であるものの
にこりと笑って見せた。
「でも…早う行かんと。エメラルドとダツラさんが待っとる」
いつもの明るい笑み。ルビーはひとつ息をついた。確かに彼女の言う通りなのだ。
相当出遅れたがまだ追いつけるだろう。ルビーは右肩から斜めに掛けていた自分の
ザックを右肩だけに掛け直した。
「もう歩けるったい、大丈夫…」
サファイアの言葉が止まる。ルビーが彼女に背を向けて腰を落としたからだろう。
「乗って。早く」
「け、けど」
肩越しに見やるとなにやら真っ赤になって恥ずかしそうに躊躇っている。ルビーは黙って
彼女の手を取った。
「ちょっと、ルビーっ」
腕を引いて身体を背中に密着させ、首に手を回させる。サファイアは口では抗議したが
結局抵抗はしなかった。
「しばらくそうしてて」
「…ごめん…少しすれば回復すると思うけ、これでも体力はある方やから…」
「うん…」
サファイアを背負い、ルビーは走り始めた。サファイアは見た目より意外に軽いし、
自分だってそれなりに鍛えているつもりだ。走ることも出来る。
無事に見つけた階段を登りながら、ルビーはサファイアに声を掛けた。
「サファイア」
「……何ね?」
少しうとうととしていたのか反応に間があって、ゆっくりと答えは戻ってきた。ルビーは
はっきりと、
「ボクね、本当はマボロシ島からルネに戻る時キミに言われた事、全部覚えてる」
告げた。
「――」
前に回されている手が胸の前でぎゅっと握られる。
「……ウソ、ついてたとやね」
以前にも言われたことのある台詞だ。
「うん」
「なして?」
「怖かったから。キミとの関係が変わってしまうのが――」
言いかけてまた気付く。これも半分は嘘だ――正確に言えば真実の一部だけだ。
サファイアが口を開いた。
「気持ち、わかるったい」
「……」
勝手な理屈にも関わらず気持ちを汲んでもらったことに罪悪感を覚える。
「……ごめんね。それを覚悟で告白してくれたキミには悪いことしたと思ってる」
「もういいったい。こうして謝ってくれとう」
サファイアの声が明るくなったのがルビーには救いだった。
「それでね」
階段を登り終え、次の階に踏み込む。話を打ち切らずに続けた瞬間、背負っていた
サファイアが、ぴくりとわずかに反応するのを背中に感じた。
「ボクは…」
言いよどむ。今言うという事も言いたい事も全部決めているのに、なかなか口に出せない。
いつだって、本当の気持ちに限ってうまく言葉に出来ない。隠したいことが沢山ありすぎて、
本当に言うべき事まで隠してしまう。自分の悪い癖だ。
「……ボクは、弱いから……」
やっと言葉を続ける。
「弱いから、今日みたいに、キミを傷つけてしまった」
「…ルビーのせいじゃなかと」
「ううん」
ルビーはかぶりを振った。それは暗示にかかっていた自分が一番よくわかっている事だ。
本当の気持ちを隠して押さえつけていたからこそ、利用されたのだろう。だから多分、
自分の気持ちを認めた瞬間に暗示が解けたのだ。
「今日だけじゃない。あの時から、ボクはずっと、キミを傷付け続けてきたから…」
「ルビー」
ささやくようにサファイアが言った。
「あたし、ルビーに傷つけられたなんて、一度も思ったこと無かよ」
「サファイア…」
「あたし、言ったたいね?あんたの優しい所も好きって。優しか人は自分のした事ば
そう思うこともあるかもしれんけど、本当の気持ちでそうしたんなら、少なくとも、
卑下する事なかよ」
「だけど」
「ルビーはちょっとひねくれとるけ、もうちょっと素直に考えたほうがよかよ?」
苦笑されてしまう。ルビーは自分がいつに無く緊張していることに気付いた。
乾いた唇を舐め、
「だからボクは……サファイア、キミがそう言ってくれるのなら、一緒に――」
「待って」
遮られる。サファイアはルビーの前に回していた手でルビーの口元をふさいだ。
「いまいちようわからんけど、あたしば傷付けたからその責任取るって――
あたしと一緒にいてくれるって事ったいね?」
「――」
ルビーは目を丸くした。違う。違うのだが、確かに言う順序が悪いと彼は気付いた。
訂正しようとした矢先、
「そんなの嫌……だったら、振られてしまった方が良か」
はっきりと言われてしまった。背中に顔を埋められて何も言えなくなる。
「振られてもいい。ルビーの本当の言葉ば聞きとう……でも、今は待って。今は
この戦いに集中したい」
「……」
「全部終わって、ルビーの心の整理がついたら、そしたら聞かして……ね?」
いろいろと言いたいことはあった。あったが、
「…わかった、サファイア。君がそれでいいのなら」
結局、ルビーはそう答えた。彼女の言うことは正論だ。その言葉にほっとしたのか
サファイアの身体から力が抜ける。ルビーはその温もりと心地いい重さを背負って
ひたすら進んでいった。
サファイアがどれだけ自分を信じてくれているのかが今ならわかる。
『ポケモンと一緒に戦うあんたが好き。ポケモンの毛づくろいばするあんたが好き。
気取って気持ちば隠すけど、本当は優しいところも好き。こうと決めたら迷わず
立ち向かうところも全部、全部好き』
彼女のその言葉を信じていなかったのではない。多分ボクは、自分を信じ切れて
いなかったのだろう。彼女が寄せてくれる信頼に応えられない事が怖かったのだ。
あるいは、応えられないことで彼女のこの気持ちが離れていってしまうのが
怖かったのかもしれない。
でもサファイアは、それでもきっと自分を信じてくれる。今ならそう思う。
(ボクはもう少し、キミに甘えてもいいんだろうか?)
次の階段を見つけて数歩登った時、唐突にルビーはふとあることに思い至った。
後でもいいと言えばいいのだが(むしろ後のほうが良いかもしれないのだが)
どうしても気になってしまい、ルビーはおずおずとサファイアに話しかけた。
「……ところでその、サファイア。どうしても確かめたいことがあるんだけど。
非常に訊きにくい事を訊いてもいい?」
{?何ね?」
「キミ、生理はもう来てるの?」
背負っている少女の動きが止まった。間に沈黙を挟み、
「……生理って何ね?」
「……」
今度はルビーが沈黙した。疲れてボケているのか本当に知らないのか。逡巡した後、
「…一ヶ月に一度、定期的に血が出てない?」
「血?何がね?怪我もしとらんのに?どこから?」
ここまで言ってわからないという事は、まだだということだ。安堵したが、同時に
身体も育ちきっていない少女を抱いてしまったという罪悪感も芽生える。
「…………さっきの、その、ボクたちが……」
繋がってたところ。と小声で答える。
三度目、深く長い沈黙が横たわる。そしてサファイアの声がひっくり返った。
「ば、馬鹿!ルビーの馬鹿!あんた何てこつ訊くと!?」
力の無い両のこぶしで頭をぽかぽかと殴られる。負ぶっているので顔は見えないが、多分、
耳まで真っ赤になっているだろう。
「仕方ないだろ!?もしそうなら、キミ、妊娠する可能性があったって事だよ!?」
「にっ……!?」
「キミまだ11歳なんだよ!?そんな事になったらキミの身体がどれだけ危険か――」
「ちょっとそれどげんこつ!?妊娠って……!?」
「いや、キミほんとに知らないの!?何も!?」
ルビーはふと自分自身にあきれた。何て事を話してるんだ、ボクたちは。
ちなみにもしそんな事になったら、父親に確実に殺される。サファイアの父さんで
あるオダマキ博士ではなく、自分の父センリに。
サファイアは先ほどまでの出来事も会話もまるで無かったかのように、憎らしいほど
いつも通り、ルビーの発言に怒っている。
「……」
互いがどんな風に変わっても、この関係は傍にいる限り変わらないのだろう。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。だが今のルビーにはそれが
純粋に嬉しかった。
「あのね、キミ、いつも思うけどそうやって何でもかんでも怒るのやめなよ」
「誰が怒らせてると思っとう!?」
そうして喧嘩をしながら4、5階分を踏破すると、ようやくエメラルドの背中が見えた。
ダブルバトルを制した直後らしい彼は肩で息をしていたが、こちらの気配に気付いて
振り返った。びしっとマジックハンドで指を差して、
「遅い遅い、遅ーい!何やってたんだよ、全然来なかったじゃんか――って」
背負っているルビーと背負われているサファイアを見、叫んだ。
「お前ら、イチャつくなー!!」
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