◆ ◇ ◆ ◇ ◆  
 
「ここは一体何階くらいとやろうか?」  
 最後の一段を上りきるとサファイアは息をついた。深い藍色の瞳を持ち、  
見ているだけで快活さが伝わってくる少女だ。年齢にしては身長が高いが  
スレンダーな体型で、口調に強い訛りがあった。大きな瞳と同じ碧いバンダナに  
ノースリーブの上着にスパッツ。所作は大きくはつらつとし、大雑把にすら見える。  
 父であるオダマキがフィールドワークを中心とするポケモン研究者であるため  
小さな頃からその手伝いをしてきた結果、父は標準語にもかかわらず本人は  
地元の訛りで話すようになり、さらに仕事のためなら山野での寝泊りも日常茶飯事に  
なってしまったという変わり者の少女だ。  
「まだ半分は行っていないだろうな…サファイア、エメラルドとダツラさんを  
見た?」   
 追うようにルビーが上ってくる。一方のルビーはサファイアと正反対の  
鮮やかな紅い瞳を持っていた。上背はサファイアよりやや高めで、細身だが  
よく見れば無駄なく筋肉がついている。全体的にきつい顔立ちをしていて  
大人びた印象の少年だった。  
 年齢にしては相当の洒落者で、裁縫が趣味というこちらもかなりの変わり者だ。  
背負い込んだ肩掛け型のザックには救急箱やら裁縫箱まで入っている。変わった  
トップの形をしたニット帽を深くかぶり、人前では帽子を取らない。  
 娯楽としての様々なポケモンバトルを提供するために建設されたこの  
バトルフロンティアの中でも、バトルタワーは特に巨大だ。フロンティア建設前から  
単体で運営していたこと、またさまざまなバトルに対応するため階ごとに間取りが  
違うこともあり、全体を把握して効率的に登っていくのは難しかった。  
 事の発端は二人がサファイアの父であるオダマキからこの話を持ち込まれた  
ことだった。ホウエンポケモン図鑑の持ち主である二人が、自分たちに続く  
第3の図鑑所有者であるエメラルドに会い、彼がオーキド博士から受けた依頼、  
ねがいごとポケモンジラーチの保護を手助けすること。千年に一度目覚める  
ジラーチが流れ星として降りてきた場所、それがこのバトルフロンティアだった。  
 そもそもこれはエメラルド一人の仕事だった。きな臭いにおいがし始めたのは  
ある謎の人物の存在が捕捉された時からだ。自分たち以外にジラーチを手に入れ、  
その能力を利用しようとしている者がいる――それも何らかの悪意を持った。  
 
 そのため、ホウエンでの大きな事件の解決にかかわったルビーとサファイアが  
動員されることになったのだ。二人はエメラルドとは別行動で男の行方を追っていた。  
 そして自分たちの前に姿を表したその男――ガイルはまんまとジラーチを  
手に入れ、バトルタワーのブレーン(七つある施設のそれぞれを管理する、  
施設のオーナーに選ばれたポケモントレーナーをそう呼ぶ)であるリラや施設に居る  
レンタルポケモンたちを操り、タワーを乗っ取った。エメラルドと、同じく他施設の  
ブレーンであるダツラと共に、二人はガイルとリラを追ってタワーへ足を踏み入れた。  
 リラにより起動されてしまったシステムによるポケモンバトルをこなして  
いかなければ最上階にはたどり着けない。仕方なく手分けしてこなしていっては  
いるが、バトルとなればどうしても1フロア十分、二十分とかかってしまう。  
しかもタワーは70Fまであった。総数にして70戦。それでも行くしかなかった。  
前の階で丁度合流した二人は共に何十階目かのフロアの床を踏んだのだ。  
「すぐ下の階でエメラルドは追い越してきたと。ダツラさんは見とらんったい」  
「そうか…ボクはエメラルドは知らないけど二階下でダツラさんを追い越してきた。  
なら今はボクらが先頭だね。とにかく階段を探そう。僕が前に出てバトルを  
引き受けるから君は先に行く。いいね」  
 ルビーの言動は素早い。元々無駄な行動はしないタイプだが、今は緊急時だから  
なおさらだった。     
 そんなルビーがふとサファイアを見て言った。  
「大丈夫?疲れてない、サファイア」  
 サファイアは一瞬どきりとして息を止めた。  
 少し笑ってみせたルビーに背を向ける。そんな場合ではないのに心臓が早鐘を打った。  
ルビーは普段は皮肉屋の癖に、時々ごく自然にこういった気遣いを見せる。  
でも正直な所こういう時にはやめて欲しい――集中が途切れてしまう。  
「ま…まだまだ平気ったい!ルビーこそ、こんな所でへばってるんじゃなかとよ?」  
 素直でない物言いに、ルビーは目を丸くした。そしてにやりと意地の悪い  
笑みを浮かべる。  
「そりゃ、普段から野山駆け回って蔓にぶら下がって飛び回ってる君に比べたら、  
ねえ?ボク、都会派だし」  
「何やの、その言い方!人を動物みたいに!」  
 
「違うの?」  
「自分で言うのも何やけど、これでもあたしだって一応女の子ったいよ!?いくら  
なんでも酷か言い草じゃなかと?」  
「うん、一応女の子だね。本当に時々、稀にだけど」  
「〜〜〜!!!」  
「なんてくだらない話をしてる場合じゃないね」  
 言い募ろうとした矢先にこの台詞。こういった時のルビーに口で勝てないのは常だ。  
「もういいったい!」  
 こんな奴に一瞬でも見とれてしまった自分が悔しい。両頬を掌でぱんと叩いて  
気合を入れる。  
(――)  
 サファイアはルビーが好きだった。自覚もしている。なにしろ一度は思い切って  
告白までしたのだから。  
 ホウエンでの戦いの折、最終決戦を前にしてサファイアはルビーに想いの全てを  
伝えた。戦いが終われば別れが来るかもしれなかったからだ。  
 半年前に出会った時は正反対の性格で互いに何もかもが気に入らなかった。自分は  
強さを求めてポケモンバトル一辺倒、ルビーは美しさを求めてポケモンコンテスト一辺倒。  
 今でこそルビーが冷静な性格だと知っているが、当初はそんな風に思えないくらい  
ルビーもまた自分と反発しあっていた。自分はルビーを形ばかりで中身のない男と  
嫌っていたし、ルビーも実際自分のことを原始人だの何だのと(何しろ出会った  
時、自分が身に着けていたものといえば葉っぱとツタで作った服だけだったのだ)  
散々な事を言っていた。  
 それがルビーのいいところを見るにしたがって段々と変わって行った。今では  
この人のことが本当に好きだとはっきり言える。  
 しかしホウエンでの事件全てが終わって帰ってきたのは、  
「あんまりよく覚えてないんだよね」  
 という一言だった。本人曰く、戦いの直前や直後に通った時空の狭間やら何やらの  
所為らしい。自分は記憶が全然曖昧になんてなっていないが、それは自分だけなの  
だろうか?それともただとぼけているだけなのだろうか?混乱しつつも、一度は  
「忘れているなら何度でも伝えればいい」と思った。しかし日数を重ねるごとに  
他の様々な事柄に考えが及んでいき、どうしても言い出せなくなってしまった。  
 
 二人とも共闘していく中で互いに信頼を置けるようになっていた。少なくとも、  
出会った頃のようには嫌われてはいないと思う。だが……  
「…」  
「サファイア!」  
 驚いて顔を上げるとルビーが不思議そうにこちらを見ていた。  
「行くよ」  
「す、すまんち!」  
(今はそんなこと考えんと、戦いに集中せんと…)  
 恥じ入って、サファイアはルビーの後について駆け出した。このタワーはバトルの  
ためのものだけに、階段が直通になっていない。本来ならスタッフや観客用に  
直通のエレベーターがあるのだが、それも今は動かせない。   
 ルビーが走りながら眉をひそめる。  
「…?この構造なら階段はこの辺だと思ったんだけど」  
 すでに幾つか部屋を通り過ぎていたが全て空のバトルフィールドで、他に何もない。  
一階につき必ず一度はバトルが起きる筈なのだがそれもない。  
「手分けしてみよう!あたしはあっちに行ってみるったい」  
「わかった。ならバトルに入った方はもう一方に連絡を入れて、バトルは続ける。  
もう一方はその周囲を探す。高確率で、上り階段に近づくとバトルが始まるようだから」  
「了解!」  
「気をつけて」  
「うん!」  
 サファイアはぱっと笑って踵を返した。  
 
 
 ルビーもサファイアに背を向けた。扉を抜ける。  
 たった今のサファイアの笑顔が目に焼きついた。自分に全幅の信頼を寄せている笑顔。  
 知らず知らず足が速まった。彼女はいい娘だ――自分を慕ってくれているのが  
不思議なくらい。  
「…」  
 彼は即座にその笑顔を頭から追い出した。更に扉をくぐって次の部屋に出る。  
 
 そこはそれまでのバトルフィールドとずいぶん趣が違った。これまでの部屋より  
はるかに広い。フィールドスペースも広く取られ、簡単なものだが観覧席もある。  
壁には大きめのスクリーンが張られていた。ここでのダブルバトルを観覧しながら  
他のフロアでのバトルも観られる、いわゆる二元中継のための部屋だ。  
 足を踏み入れると待ち構えたようにバーチャル・トレーナーとレンタルポケモンが  
出現した。ダブルバトル用のフィールドなのでポケモンは二匹。  
「来たね」  
 唇をわずかに舐め、通信用のポケギアを手に取る。  
『ルビー!?あたしったい!』  
『サファイア、こっちでバトルになった。別れた部屋で僕の入った部屋を左に来た  
ダブルバトル用の広い部屋」  
『わかった!』  
 通信を切ると、ルビーは腰のモンスターボールに手を掛けた。それを遮るように、  
突然スクリーンにノイズが走った。  
 映像が出る。映っているのは奇妙な西洋風の鎧を纏った男。目指す最上階の敵――  
『私の邪魔をする愚か者よ。調子はどうだね』  
「ガイル!」  
 ルビーは目を?いた。スクリーンの設置された部屋は何度も通っていたが、  
一階で全員に対してやはり通信で顔を見せて以来、これまでこんな事はしていない。  
スクリーンに向き直る。バーチャル・トレーナーとレンタルポケモンに背を向ける  
形になるが、あくまでタワーのバトルシステムの内にいるものだ。こちらが  
ポケモンを出さない限り攻撃しては来ない。  
「…」  
『どうした。わざわざ顔を出してやったのだ、尋ねることのひとつもないのかね』  
 この事態に遭遇しているのは自分だけなのか、それとも他の誰かにも同様の事態が  
あったのか。自分だけだとしたらなぜ自分なのか。なぜガイルがわざわざ顔を見せるのか。  
 敵の意図が読めない。  
 数秒簡逡巡した後、ルビーは男の誘いに乗ることを選んだ。敵の思惑がどうあれ  
サファイアが階段を見つけて先に行けば問題は無いと踏んだのだ。もしかしたら  
この会話の中から、ガイルの正体を探る手がかりも得られるかもしれない。  
 
「ジラーチとリラさんを解放しろ」  
『我が目的を果たせばいつでも返してやろう。無事とはいかんだろうがな』  
「…挑発してるつもり?」  
 渋い顔をする。予想通りの返答だったが気分のいいものではない。  
「前に会った時はもう少し紳士的じゃなかった?」  
 ルビーは、ガイルの正体はつい先日会ったフロンティアブレーンの一人、  
ウコンではないかと踏んでいた。一度偶然に会ってわずかに話をしただけだったが、  
ルビーとサファイアにとっては含みのありすぎる人物だったからだ。この問いに  
素直に応じるわけも無いが、態度によっては正否を手繰れるかも知れない。  
 返ってきたのは意外な答えだった。  
『さて、そうだったか?私にとってはそう態度を変えていたつもりも無いがな』  
 さらりと認めた敵に面食らう。  
 やはり彼なのか?断定するのが早計過ぎることはわかっていたが、この  
バトルフロンティアに来て以来、出会った人物でそれらしい者はほとんど居ない。  
それともこちらを混乱させるために嘘をついているのか。どうやら問答に対しては  
相手のほうが一枚上手だと、ルビーは認めざるを得なかった。  
「…リラさんをどうやって操った。人を都合よく操るなんて、そうそうできない筈だ」  
(サファイアはもう階段を見つけただろうか)  
 鉢合わせることは避けたい。自分も早めに切り上げるべきだとルビーは結論を下した。  
自分の話術が相手を超えられない以上、この問答には意味がない。どうあがいても  
現在、リードは敵が取っている。この質問に敵が素直に答える気がないと判断したら  
強行突破するとルビーは決めた。  
 その時唐突にガイルが言った。  
『もう一人の娘はまだ上への階段を見つけておらんな』  
「――」  
 背筋に冷たいものが走る。心を読まれたように感じて、ルビーは一瞬動きを止めた。  
「…サファイアに何かしたのか」  
『…』  
「答えろ!」  
 感情を抑え切れずに叫ぶ。ガイルは  
『何もしてはおらんよ。あの娘にはな』  
 何故か、その言葉に嘘はないように思えた。  
 
「……?」   
 何かとてつもなく嫌な感じがする。そういえば、画面の向こうに違和感がある。  
居るのは一階でも一度その姿を見た男であるガイル。その時とは何かが違う。  
何が――  
『お前たちがこの塔に入り込んだ時から、私は勿論、お前たち全員を監視していた。  
いや、お前たち二人についてはそれ以前から目障りだった。  
 何、ちょっとした意趣返しと――』  
 一階で目にした、ガイルの肩に乗っていたアメタマがいない。  
『多少の時間稼ぎだ』  
 突然、背にしていたレンタルポケモンの姿がゆらめいた。ルビーにはその様子は  
まったく見えていなかった。僅かでもそれに反応できたのはひとえにそれまで  
鍛えてきた身体と天性の勘によるものだった。  
 肩越しに背後を見やる。そこに居たのはあのアメタマ。  
 強烈なハウリングがルビーを襲った。  
「っぐ!」  
 息が詰まった。咄嗟に身を捻ったが、かわしきれずに喰らってしまう。何とか  
踏みとどまり、慌てて後ずさる。アメタマもまたすばやくこちらから距離をとり、  
それ以降は追撃するわけでもなく、じっとこちらを観察している。  
(そうか…)  
 こいつだけはガイル自身が持ち込んだポケモンだ。ここのレンタルポケモンたちの  
ようにタワーのルールには従っていない。  
(NANAを…)  
 彼の手持ちの中では最も素早いグラエナに手を伸ばしたその時、上体が傾いだ。  
 脳が直接揺さぶられたような感覚。  
「…」  
 声は吐息にしかならなかった。両膝を付き、膝だけでは足りず片手も付く。  
苦しい。残った片手で胸元を掻きむしる。単純な攻撃のダメージとは明らかに違った。  
 霞んだ目でスクリーンを見上げるとガイルがこちらを見下ろしていた。片方だけ  
見える瞳に面白がるような光が宿っている――ルビーは何か最悪の一手を打たれたと  
直感した。勿論こちらにとって最悪の一手だ。  
 
『女をどうやって操ったかだったな』  
 ガイルの声が頭上から淡々と降ってくる。  
『そこのアメタマには特別な能力がある。人間の感情や理性、弱った者ならある程度の  
行動までを制御できる力だ。女は散々痛めつけてやった後、それの力を使った』  
「貴様…」  
『面白い能力だろう?特に抑圧されている感情に対しては効果が高い』  
「この、下衆野郎!!」  
 普段は絶対に他人に向けない類の罵声をルビーは吐いた。息の詰まった状態で  
叫んだためにますます脂汗が噴き出す。  
 心臓を鷲掴みにされているような苦痛の中で次に思ったのは、自分が一体何を  
されたのかということと、出来る限りの対応をしなければならないということだった。  
 タワーを何十階か登り、その中で何度かバトルをしたとはいえ、彼はさほど消耗  
していない。弱っているとは言えないだろう。ガイルの言うことが本当なら自分が  
操られることは無い。せいぜい、その「感情や理性を制御する」程度だ。だが何を  
どうされたのか、ルビー自身はまったくわからない。  
 もうひとつ、操るにしても妨害するにしても、本来、こんな搦め手でならば  
真っ先に狙われるのはおそらく最も力のあるダツラの筈だ。たった一匹の特殊な  
アメタマを自分に仕向けたのは何故か――  
「ルビー?」  
 こちらへ向かってくる足音と、続いて声がした。その声を聞いたとたん、気が遠く  
なりかける。ルビーはガイルの言葉を思い出した。  
『特に、抑圧されている感情に対しては効果が高い』  
「――」  
 全身を恐怖で浸された気がした。早熟なルビーは自分がされたことを子供の身ながら  
おぼろげに理解したが、その時には既に身体がいうことを聞かなくなっていた。  
(…サファイア…来るな…)  
 彼の思いをあざ笑うかのように、ルビーの意識は混濁し始めた。  
 
(…アメタマ…!?)  
 レベル50で統一されたレンタルポケモンには珍しい種類だ。それに何故、  
バトルフィールドの外にいるのか?それはするりと廊下の奥に消えていった。  
(ガイルが肩に乗せてたあのアメタマやろうか?)  
 サファイアは不審に思ったが、今はかまっている場合ではない。無視して  
ルビーのいる部屋へ走る。  
 本当なら打ち合わせたとおり、自分はあくまで階段を探して先に行かなければ  
ならない。このまま二人でこの階にいては他の二人への負担が大きくなりすぎる。  
しかしルビーの尋常ではない怒声が聞こえた時、サファイアはルビーに何か  
あったのだと感じた。何を言ったかまでは聞き取れなかったが、いつもは決して  
あんな声を出す人ではない。無事を確かめずに行くことはできなかった。  
「ルビー!」  
 部屋に入るとルビーがいた――床にうずくまるようにして動かない。すぐ傍には  
レンタルポケモンとバーチャル・トレーナー。  
「ちゃも!」  
 サファイアは反射的に手持ちのバシャーモを放った。一撃で打ち倒され、  
レンタルポケモンがモンスターボールへと戻る。同時にバーチャル・トレーナーも  
雪のように掻き消えた。蒼白になってルビーへ駆け寄る。  
「ルビー…!」  
『来たか』  
「ガイル!?」  
 そこで初めて、スクリーンに映ったガイルに気づく。  
 サファイアはルビーがバトルによってこうなったのではなく、目の前の相手が  
何かしたのだと見抜いた。そもそも状況がおかしい。戦いの痕跡は無く、  
ルビーもポケモンを出していない。戦ってこうなったのではないはずだ。  
「ルビーに何ばしよっと!?」  
『すぐにわかる』  
「……!?」  
『私はジラーチに願いをかなえさせるまでの間、時間さえ稼げばいいのだ。  
お前たちがどうなろうと知ったことではない』  
 
 その言葉を最後に映像が途切れる。後に残ったのは真っ黒な画面だけだ。   
 この状況に対応する手がかりを真っ先に失いサファイアは途方にくれたが、  
だからといって手をこまねいているわけにはいかない。ルビーの顔色は真っ白で、  
何かに必死に絶えているようにも見える。外傷はないが…。サファイアは  
バシャーモをボールに戻し、ルビーの肩を抱くと声を掛けた。  
「ルビー、痛いとうか?苦しいとうか?返事できる?」  
「……」  
 言葉はまったく聞き取れないが辛うじて返事はあった。意識はあるようだ。  
見回すと近くの扉に『STAFF ONLY』の文字が見えた。すぐ隣がスタッフルームに  
なっているようだ。医務室があるかもしれない。  
「立てる?とりあえずそこの扉まで行くけ、あたしが支えるとよ」  
「……って」  
 幸いにも少しずつ息が落ち着いてきたようだった。何か言いたそうなルビーに  
肩を貸すと、サファイアは安心させるように笑う。  
「喋らないほうがよかよ…大丈夫、休めそうな所があると、とにかくそこまで行こ?」  
「…先に行って…」  
「こんなになってるのに置いてけないとよ」  
 そう言った時、突然肩を突き飛ばされた。驚いて手を離す。サファイアがそのまま  
その場に立ち尽くしたのに比べ、突き飛ばした本人はふらふらとその場にくずおれる。  
ルビーは頑なにこちらを見ようとしなかった。  
「…先に行けって言ってるだろ…!?」  
 拒絶の言葉に、サファイアははっきりとショックを受けた。  
 疑問より悔しさが先にたった。こんなになっても、あたしの助けは嫌とうか?  
サファイアはこぶしを強く握り締めた。  
「あ…あたし、あたしが」  
 涙声は隠しようがなかった。   
「あんたを放っとけるわけないったい…!」  
「サファイア…!」  
 抗議の声を無視して強引にルビーを立たせると扉へ向かう。扉の奥は最低限の  
明かりだけで薄暗かった。入った場所は廊下で、廊下に面して規則的に扉が  
連なっている。いくつか小さな部屋があるようだった。  
 
「ルビー、ちょっと待っとって…」  
 医務室を探そうとルビーの背を壁に持たせかけて座らせ、立ち上がろうとする。  
その時だった。  
「…え?」  
 腕が引っ張られて尻餅をつく。ルビーに腕を引かれたのだと認識する前に、  
影が覆いかぶさってきた。片方の手は腰に回され、もう片方がサファイアの顎を  
拘束する。  
 唇がふさがれる。  
「……!?」  
 それをしているのがルビーだということはわかる。が、何が起こっているのか  
わからない。頭の中が真っ白になっているうちに、ルビーの舌が唇を割り開いて  
侵入してきた。  
「ん!んうっ…!?」  
 嫌悪感よりも驚きから顔を背けようと身をひねるが、すでに顎を掴まれていて  
身動きが取れない。半ば強制的に開かされた口内をぬめった舌が這い回り、  
彼女の舌に絡み付いて強く吸い上げる。  
「――」  
 背筋が震えた。拘束を解こうとルビーの肩を掴んでいた手が力を失う。いくら  
身を退いても、腰を抱かれていては限界がある。逃げられず、首を傾けて必死に  
空気を貪るが、それがさらに深く舌を入れられる事になった。  
「っ、ふ、あ」  
 ファーストキスとしてはあまりに激しいキスにサファイアは喘いだ。完全に密着した  
身体がルビーのやや薄く硬い胸板の感触を伝えてくる。  
「っく、う…」  
 流されそうになるのを必死にこらえて胸板を両手で押しのけ、やっとのことで  
身を離す。    
「ルビー、何…何ばしよっと…!?こげんこつ…!」  
 駄目、と言おうとして目に入ってきたルビーの表情に、サファイアははっと身体を  
硬くした。ガイルに操られていたリラと全く同じ、感情のない虚ろな瞳。サファイアが  
いつも「綺麗だな」と思いながら見ていた紅い瞳には、今は何も映っていない。  
 
「…ルビー、まさか、あんた…っ…!」  
 サファイアは恐ろしい事態を想像し、それはほぼ正確な予想だった。抱きすくめられ、  
サファイアは身をすくませた――これがこんな状況でなく、またルビー自身の意思で  
あったなら、サファイアにとってこれ以上無い喜びだっただろう。でも、そうではない。  
「操られてると…!?しっかりして、ルビー…っ!」  
 呼びかけるが返事はない。リラもそうだった。親友のダツラに呼びかけられても  
何の反応も示さなかったのと同じだ。    
「ルビー、気ぃしっかり持って!ルビー!」  
 暴れ、ルビーの拘束を逃れようと躍起になる。しかし腰に巻きついたルビーの  
左腕は一向に離れなかった。それどころか、右手でサファイアが腰に付けていた  
ポーチのベルトをするりと外す。  
 ポーチが床に落ちてわずかに音を立てた。  
「……!」  
 これから何が起こるのか、彼女にはわからなかった。知識が無いのだ。だが彼女は  
持ち前の直感で、戦いとは全く別の『危険』を薄々感じ取った。  
 これまで、自分は体力や腕力はある方だと思っていた。たった半年前はルビーとは  
ライバルとして旅路を競っていただけに、それらに関してはルビーにだって負けないと  
思っていた。  
 しかしやはり男は男、女は女なのだ。純粋な腕力ではかなう筈がなかった。  
(ルビーのこと、本気で殴ったりとか蹴ったりとか、するしかなかと…!?)  
 手加減抜きで相手の腹を思い切り蹴り上げるくらいのことをすれば何とか  
逃げ出せるだろう。でもそれではルビーがあまりに可哀想だ。サファイアは躊躇った。  
 その時、ルビーがサファイアの上着の前中心のファスナーに手を掛けた。  
驚くほど手早く、静かにファスナーを下げる。  
 サファイアはその年齢にしては胸の大きさが控えめなことから、まだブラジャーを  
着けていない。上着の下はそのまま素肌だった。  
「や…っ!」  
 羞恥から反射的に抵抗し、ルビーをはね退けようとする。一瞬揉み合いになり、  
サファイアの指がルビーのニット帽に引っかかった。  
 帽子が引っ張られて脱げ落ちる。サファイアの視線がある一点で止まった。  
 
「――」   
 脳裏にまざまざと蘇った記憶が彼女の全ての抵抗を奪った。  
 サファイアは一度だけ、ニット帽の下を見たことがあった。ルビーが自ら帽子を  
取って見せてくれたその時の事を、彼女ははっきりと覚えている。  
(あたしは――)  
 自分がルビーを傷つけられるわけがない。彼に逆らえるわけがない。ルビーの頭、  
右耳の上にざっくりと二本。刻まれているそれを見た時から決まりきっていたことだ。  
 …あたし、どうしたらいいと?教えて、ルビー…  
 ファスナーが下がり切る。はだけた胸元にルビーの手が伸びた。  
「っあ!」  
 びくんと震えて愛撫を受け入れる。その年齢からしてもまだ、サファイアの胸は  
起伏に乏しい。その胸をゆっくりと揉みしだきながら、ルビーはもう一度  
サファイアの唇にキスをする。その顔は虚ろな表情のままだった。  
「――」  
 堪え切れず、サファイアの目から涙が零れた。小さくしゃくりあげるサファイアの  
肩から上着を抜き取った後、ルビーは自分の指ぬきのグローブが邪魔だったのか  
触れていた胸から手を離してサファイアの身体に両手を回し、彼女の背中側で  
グローブを脱ぎ捨てた。  
 素手の掌が?き出しの首筋から肩に触れ、背中の線を伝って降りていく。  
首筋を無理やり甘噛みされてサファイアは小さく悲鳴を上げた。  
「ルビー…やめて…やめ…」  
 ふっと視界が回る。気づくと床に押し倒されて天井を見上げていた。両腕が  
押さえつけられていて動かない。露になった上半身を隠すことも出来ず、  
相手の視線に晒される。  
 震えが止まらない。子供の頃に戻ったかのように、かたかたと歯を鳴らして  
サファイアは呟いた。  
「…こわい…怖いよ…ルビー…」  
 
『…こわいよォ…こわい…』  
 その記憶は今でも自分の心の底にわだかまって離れない澱だった。もう二度と  
聞きたくない声。だから自分はあの日、二度と人前で力を振るわないと決めたのだ。  
それを今また聞いている。  
(もう二度と、君を泣かせたくなかったのに…)  
 ルビーはその声をひどく遠くに聞いていた。目を閉じ、耳を塞いでしまえば  
消え去るとしても、そうする事は出来なかった。泣いている彼女を組み敷いて  
いるのは間違いなく自分で、両手の中の柔らかな乳房の感触も現実のものだ。  
 自分の欲望を止める事が出来ず、理性が働かない。これが仕向けられたもので  
あることはわかっていた。ルビーは時たま自分でも悩みの種になることがあるほど、  
プライドが高かった。自分に厳しく、理性が強く、また常にそうであるように  
努めてきた。だからこんな卑怯な、屈辱的な策略には死んでも耐えてみせると  
思った――相手が彼女でなければ。サファイアでさえなければ。サファイアの  
涙声を聞いた時、そして見捨てられた仔犬のような顔を見た時、その決意は  
あっさりと瓦解してしまった。  
 自分はこれほど卑しい人間だったのだろうか。  
「ふあっ…あ…」   
 乳首を弄ばれ、サファイアが上ずった声を上げる。顔を両手で覆い、視界も涙も  
自分から遮っている。ルビーは彼女が自分と出会って以来、半年前の非常識すぎるほどの  
無防備さから脱却しかけているのも、そして本当は自分と手をつなぐ事も照れるほど  
純情なのも知っていた。その彼女にこの仕打ちは耐え難い苦痛だろう。  
 健康的に日焼けしたサファイアのノースリーブの下は驚くほど白かった。彼女の  
服はルビー自身が縫ったものだ。半年前に出会った時、ルビーは彼女の葉っぱと  
ツタだけというあまりの格好に眩暈を覚え、その場で自分の服を作り直して彼女に  
置いていった。そしてその約二ヵ月後、二人で海底洞窟に挑む折、彼は初めて  
「彼女のための服」を作った。彼女に合う服はどんなものが良いか――時間は  
限られていたものの、考えるのは楽しかった。今は色違いの碧いものだが、  
これはその時のデザインだった。  
 サファイアはもうこの服の日焼けができるくらい、これを着てくれている。  
そんな、これまで長い間をかけて培ってきた信頼さえ失ってしまうのは  
たまらなく恐ろしかった。その一方で、  
 
「やあっ…嫌…いや…ふぁっ」  
 乳首を摘んで捻り上げられるとサファイアの身体がぴくぴくと痙攣した。彼女の  
あられのない姿と声に否応なく身体が疼く。自分の手が勝手に彼女のスパッツに  
伸びるのを彼は空恐ろしい心地で見つめた。嫌がる彼女をこんな風に抱いて  
いながら欲情できる自分がいることを、彼は認めざるを得なかった。  
 
「っくう!?」  
 茂みに滑り込んだ指の感触にサファイアが背筋をのけぞらせた。暴れる身体を  
押さえつけられ、敏感な部分を探り出され、本人の意思とは関係なく嬌声を  
上げさせられる。  
「やだっ、やだあっ!あぁ、あああ!」  
 ぬちゅぬちゅとした愛液の感触と、その粘液の中で弄ばれる幼い花芯がルビーの指を  
刺激し、更に理性を奪っていく。同時に少女の痛ましい喘ぎ声が彼の心を引き裂いた。  
 やめてくれ。何でもするから――お願いだ。そんなルビーの思いとは裏腹に、  
彼の指はサファイアを更に攻め立てた。花芯を日本の指で挟みこみ上下に細かく擦る。  
 悲鳴が一際高くなり、サファイアの細い腰が快感に跳ねた。少女が掌で必死に覆い  
隠している顔。  
「――」  
 舌を突き出して喘ぎ、一筋の涎が伝う口元だけが覗いているその表情を、  
許されないことと解っていながら――ルビーは見てみたいと思ってしまった。  
 顔を覆っていた手を引き剥がして押さえつけた。目が合う。サファイアは泣いていた。  
泣きながら、明らかに感じていた。ふるふるとかぶりを振っていたが、それが  
やめてという意思表示なのか、達する直前の耐え切れない快楽によるものなのかも  
見分けが付かなかった。  
 押さえつけていた彼女の手首が引きつるように痙攣した。  
「っ、は、ああああぁああああっ」  
 熱い吐息を吐きながら達するサファイアの表情が瞳に焼きつく。その瞬間、  
僅かに残っていたルビーの理性は完全に吹き飛んだ。  
 

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