空には弧を描くように歪んだ月が昇り、暗がりの森じゅうに木々を照らし出す。  
穏やかな風は、遠く花畑より甘い香りを運び込んで僕の身に纏わせる今宵。  
 
静かな中に耳を澄ませばいつもと変わらず様々な生き物の鼓動が聞こえ。時には森の捕食者達が周囲をうろつきつつも、視線を向けるとすぐに闇の中へと消えてゆく。  
付け狙われる生き物にとっては、彼らや僕も災禍でしかないのだろうな、と思いつつ。何気なしに頭を降ろし、角を側の木にあてがえると、首を上下させてその角を滑らせ始めた。  
頭の片側にだけ突出し大きく湾曲した、僕自慢の角。諍いを黙らせる目的で振るうこともあり、手入れには事欠かさない。  
すう、すう、と、木と角の擦れ合う音を飛散させながら、あてがえる部分を角の先端のほうにずらしていくと。程なくして角が木に引っかかり、首の動きが止まる。  
傷でも付いているのだろうか、丁寧に研がねば、と。そう思ったそんな矢先、か細くも力強く張りあげられた声が耳に届いた。  
「居た! アブソルさん!」  
僕は木から角を離し、顎を上げ視線をよこすと。そこにあった胴体は一本の蔓のように撓い、月明かりを吸って頭から尻尾まで青黒く染まりつつも。  
首や尻尾に付いた球はほのかに光を放ち、その周辺だけは青白く明るく、この暗い中には馴染まない。そんな姿がふわりと浮かんでいた。  
「ハクリュー、さん?」  
この辺りに棲息する生き物なら誰であれ知っている、泉に棲まう守り神夫婦の、その妻だった。  
彼女は細長い体をゆったりと揺らしながら、瞼を中ほどまで落とした虚ろな瞳で、僕の目に視線を刺し続ける。  
「こんばんは、何か急ぎの用事でも……? どうなさいましたか?」  
僕が災禍の風を感じ取った時には、それを"まじない"で天候ごと変えてもらえるよう、よくこのハクリューさん夫婦に頼みに行く。そう言った点で面識こそあるが、それ以外の関わりはほぼ無いようなもの。  
次期災禍の予兆は無いか、など、そんな感じの相談事だろうか、と思考を巡らせるが。特に思い当たる節も無い。  
態々探してまで用事とは何事だろうと不思議に思いつつ耳を傾けると。その直後に返された言葉は、予想とは離れた物だった。  
「今……大丈夫ですか? 旦那と喧嘩しまして……」  
非常に夫婦仲が良い、と捕食者や被食者問わず話題に昇るぐらいで。実際に僕が見た限りでも喧嘩なんて考えられないほどべったりとしていたはずなのに。一体どうしたものだろうか。  
「それはそれは……。怪我とかしてません? 大丈夫ですか?」  
「あっ、有難う御座います。でもただ言い争っただけですし、ほら、大丈夫です……」  
声を返されるが早いか、その青白い体の頭から尻尾までに視線を進めても。言葉通り、負傷したような跡は見当たらない。  
怪我がないだけでもよかった、と思い直し、ほっと胸を撫で下ろしたものの。直後に彼女が物凄い剣幕で声を零し、それに耳を貫かれる。  
「ぁああ思い出すだけでもムカツク! わたくし何も悪くないのですよ?!」  
驚きつつ彼女の顔に視線を戻すと、殺気すら感じうる険しい目つきをして。その視線も何かを訴えるように、僕の目に突き立ててきていた。  
「それなのにアイツなんて言いたい放題!! ほんっと、泣いて謝りにくるまで絶対戻ってなんてやりませんよ!!」  
「ああー、分かります。一方的に責められるのってほんと、理不尽ですよね」  
よほど嫌なことがあったのだろう、と思いつつ。話を聞くべきか迷ったものの、深く詮索しても気を落とさせるだけか、と相槌するだけに留めた。  
その心持ちが察知されたかどうかは露知らず。ただ彼女はそれをどう受け取ったのか、はっと身を固め。少し経った頃に改めて本題を持ち掛けてくる。  
「ごめんなさい……。図々しい御願いですけれども、それで、宜しければわたくしを匿って頂けませんか……?」  
険しかったその目は再び瞼を落とし。悄然と瞑りながらも声を続けるその姿は、見ているのも辛くなる程に物悲しさを漂わせていた。  
「匿うだなんて大それたことはできませんけども、僕と御一緒しませんか? そろそろ巣に戻ろう、と考えていた所です」  
巣に戻る、だなんて口からの出任せでしかない。本当はもう少し角を研いでいたいと考えていたのだが。  
しかし、怒りか不満だかは分からないものの、ハクリューさんの思いが、それが少しでも快方に向かうのなら、できる限り協力したい、と。そう考えた直後には許可を言葉としていた。  
 
「あ……有難う御座います!」  
彼女は僕に頭を下げて一礼し、ほどなくして目を開けると、んふ、と声をくぐもらせつつ微笑むものの。その微笑みも、僕には多少なり無理をしているように写り不憫でならない。  
そう思っている僕を、彼女はまるで直視せず。ふわりと僕の横、角の突き出していない側につけて早く行こうと促してくる。  
ならば行きましょうか、と。僕は態々言葉にするでもなく一歩踏み出し。彼女は僕の隣についたまま、その身を宙にて滑らせ、互いに森の中を進み始めた。  
 
 
月明かりは天候にかき消され。先ほどまでより一層暗く感じるようになった頃。  
森の斜面を、僕は岩を飛び跳ねながら、ハクリューさんは宙を滑りながら登り。岩肌が目立つようになってきたこの辺り。  
「少し狭いかもしれませんね、どうか御容赦下さい」  
「そんなことないですよ! 十分」  
そり立った斜面にぽっかりと空けた横穴を見つめ、中に生き物の気配が無いことを確認してから、二匹揃ってその中へと入り込む。  
僕が掘って作った横穴だが、体の長いハクリューさんにはやや苦しいかも知れない、と思いつつ。実際に彼女はその身を折り畳まないと入れなかったが、大丈夫だ、と改めて言ってくれたのが救い。  
横穴の中にはハクリューさんの、ほのかな光が反射して。普段よりも幾分か明るく夜目を凝らさなくとも良い、かといって明るすぎない、程良い暗さになっていた。  
 
「先ずはこちらへ来たのでしょうか? 僕を探しに」  
「そうですよ、ふふ」  
何気なく疑問をぶつけると、肯定の言葉が帰ってきて。この場所を何故知っていたのだろうと一瞬だけ疑問に思ったが、ハクリューさんに知られていたからと言って不都合になることもないか、とすぐに自己完結し。  
敷いてある乾し草をざくりと踏み締めながら、隣に浮遊する彼女を視界に入れつつ改めて話を続ける。  
「とんだ徒労ですね……態々申し訳ありません」  
「いえいえ、御迷惑御掛けするのはわたくしのほうですし。感謝感激です」  
言葉はいつもと変わらず丁寧なのに、心なしか今のハクリューさんは、妖艶というか。普段は感じえない怪しさを持ち合わせており、何かがはっきりとしない。  
旦那さんと喧嘩して、行く当てもなく来たものだと思っていたが、違うのだろうか。  
「今夜はこちらで、一緒に"おねむ"させて下さい」  
「はい、何もありませんが御緩りと……僕はお先におねむとさせていただき……」  
その妖艶さを気には止めつつも会話は欠かすことなく。しかしずうっと話している訳にもいかないし、そろそろ眠れるよう準備に入ろうか、と、僕は軽めに瞼を瞑る。  
しかしそうするが早いか、ハクリューさんは急にぐるりぐるりと、僕の腹や首周りにその身を巻き付けて。僕はびくりと身を震わせ目を見開かされた。  
絞められるのではないかと不吉な考えが頭を過り。全身に力を込め神経を澄まして、彼女の姿を目に捉え直そうと視線を泳がせる。  
 
「ご……ごめんなさい、やっぱり嫌ですよね……?」  
僕の震えを受けてか、ハクリューさんは僕の首元から伸ばした顔を、僕の横顔、角の無いほうに寄せると、横目ながら申し訳なさげにも声を向けてくれる。  
怖がらせてしまっただろうか、と不安を覚えるが、ハクリューさんも巻き付けた体を離そうとはせず。彼女もまた不安がっているのだろうとすぐに分かった。  
また、細かな鱗に覆われたその体はひんやりと冷たく、思いのほか心地の良いもので。もう少しの間こうしていたいな、と。満更でもなくそう思う。  
「あ、いえ、少し驚きましたが……嫌いではありません」  
言葉を向けると僕は体から力を抜き。それを察知したのか、ぐるりと巻かれた彼女の胴体はずしりと重く、それでいて絞めない程度にめり込んでくる。  
普段は旦那さんと、こんな風にくっついているのだろうか、そう考えるとなんだか可愛らしいもの。僕もそれに夢中とさせて貰おうかなと頭の中で巡らせ始める。  
異種族なのが惜しいが、行き過ぎて迷惑掛ける心配も無いだろうし。そうこう考えているうちに、彼女に向ける視線がついつい緩くなっていく。  
このような心持ちを見抜かれたらなんと叱責されるだろう。僕は声に出さずとも、ただ腹の奥底で苦笑いするしかなかった。  
「んふ……有難う御座います。温かくて、素敵です貴方の体」  
そんな僕を見てどう思ったか、ハクリューさんはその頬を僕の頬に当てがえ。  
直後には頬同士を強く上下に擦り合わせてきて、その勢いで目は瞑らされ、反対側の角が揺すられて重い。  
 
彼女は、きゅるる、と心地よさげに喉を鳴らし、さながら幼子のように嬉々として。ハクリューさんももういい歳なのに、と呆れつつも怒る理由もなく。僕も、ふうう、と言葉にならない声を返して同じ喜びを彼女と共有する。  
その頬は冷たい鱗に覆われているようでも、僕の僕の体毛を掻き乱す度に伝わる温もりがあり、中々に心地が良い。  
 
それでも、暫く経つと飽きてきたのか、ハクリューさんは頬擦りを止めてその頬を離す。  
何だろうか、と、さっきまで心地良く瞑っていた目を空けて。明るくも暗い横穴の中、彼女へと横目を向けると、彼女は舌を出し隣から僕の頬をすうっと撫でてきた。  
「や……」  
その温い舌に体毛を絡ませられ、こそばゆく。思わず喉奥から声を零す。  
「ごめんなさい……毛繕いとか、あまり上手じゃなくて」  
「いえ、お上手です、ただくすぐったい……」  
毛繕いなんて縁遠い種族でも、それなりに出来るものなのだろうか。護り神という柄故かもしれない。  
湿らせた舌で掠めてから、毛並みに沿って撫でおろしてくれるのも、思うよりは慣れた行動であるし。ただまっすぐに撫でることには慣れていないのだろうか。  
所々では体毛が絡まり、その度に、ふふ、と互いに談笑して。しかしその絡まった部分も、彼女が改めて舌を刺してくれればすぐに解ける。  
丁寧で良い繕い方だ、と関心しつつ、背中や首回りも繕ってもらおうかなと、図々しくもそう思っていると。彼女は僕に巻き付けた細長い身を、するり、するりと滑らせながら上方へと登らせ始めた。  
全身の毛と鱗を擦らせ、その鱗が過ぎた後に僕は、痒みとも寒気とも言い難い何か物足りなさを覚えつつ。  
登って行ったその体に視線を伸ばすと、彼女は宙で体をぐにゃりと曲げて、僕を優しく見降ろしていた。  
「どうなさいましたか?」  
その体は僕の首回りに尻尾の先端だけを軽く巻きつけ。さて何をするつもりだろうかと思考を巡らせる。  
彼女はそんな僕を尻目に、胴体をうねらせ、僕の顔の、目と鼻の先までその体を寄せて。  
「ね、まんまん舐めてもらえませんか……?」  
直後には、そんなかすれた声を吹き掛けられ。僕はただ呆気にとられてしまった。  
耳を疑いつつも程なくして、目の前にある彼女の体をよくよく見つめると。細やかな鱗達に混ざり、性器に繋がると思しき線が映る。  
「そんな下劣じみた言動は……貴女には似合いませんよ」  
「ふしだらかもしれませんけど……。わたくし、恥ずかしいですよ……いいから、ねえ早くして?!」  
視線を逃がしたい一心で改めて彼女の顔を見上げると、目を瞑り、口を小さく開けたまま。わざとではないかと思う程に分かりやすい恥じらいを見せてくれていた。  
ハクリューさんは不倫するつもりなのか、と、嫌味にもそんな考えが沸いて出る。  
それを頭の中で、一度、二度復唱した瞬間。何をしてもいいのだ、と、僕が僕自身に、半ば盲信的にささやいた気がした。  
「いいのですね?」  
僕は言葉と同じくして舌を伸ばし、彼女の身にそうっとあてがえる。  
細やかな鱗は抵抗無く、それでいて僕の舌に逆撫でされても浮き立たず、おしとやかにその身を飾り平静を装う。  
その表面を舌で擦らせ探った先、やたらと障る小さな溝をすっとなぞると。彼女がそれまで保っていた落ち着きぶりは立ち消えとなり、様子も一転して。  
「あ、あっん……」  
その身は細やかな鱗を懸命に逆立て、嫌悪感を必死に訴えながらも。ハクリューさん自身は落ち着きなく、しかし暴れない程度に体をうねらせるばかり。  
「大丈夫です、リラックスして下さい?」  
僕は一旦、舌を口の中に戻してそう言葉を投げかけると。彼女からの返事も聞かず牙をその鱗に掛け、障る溝に舌を突き立てて、ゆっくりと押し込んでいった。  
液体が舌を伝う感覚はあっても、何か特別に味覚が刺激される訳でもなく。ただ彼女の鼓動が、とくとくと小さく、それでいて激しく伝わってくる。  
 
異種族で、体の構造も全く違い、そもそも彼女には旦那さんもいる。そんな何重もの障害が、そこに存在したはずなのに。  
しかし目の前には、可憐な雌がただ一匹、僕に何かを求めて毒を放つ。  
普段は届きもしなければ気を仕向けもしない、とても遠くに居た存在が、今ならすぐ傍にあった。  
「そう、そう……んん!」  
狭い溝の奥で、突き立てた舌をくるりと動かすと、上方からは悲痛ながらも可愛らしい声が僕の身に降り注いでくる。  
心をしっとりと濡らしながらも、過ぎた後には水気の一つも残しやしない、毒気を帯びた声。  
しかし悪い気はしない。一度聞いてしまえば渇きを潤したく、再び耳を傾けることになっても。その瞬間ばかりは、渇き以上に僕の心を満たしてくれるのだから。  
 
細やかな鱗を噛みしだき、舌をぐりぐりと回して少し経った頃。おどおどしくもしっかりと纏められた一声が、上方のハクリューさんから降り落ちてくる。  
「少し、そろそろ、大丈夫でしょうか……?」  
何だろう、と思い、僕は突き立てていた舌をすうっと引き大気に晒すと。彼女は、きゅう、と言葉にならない声を小さく零す。  
見上げて彼女の視線を窺うと、それは少し前に見た時より上気し。暗がりを吹き飛ばすような、青白く明るい顔色を表していた。  
「退屈になってきました?」  
「ごめんなさい……。はい、ええと……ごめんなさい」  
感覚に慣れてしまうと物足りなく感じること、渇きを覚えることは。ハクリューさんも御多分に洩れず同じであるのか。  
素直な返事を頭に響かせつつ、護り神の成れ果てをぼんやりと捉え続ける。  
「僕の、この身で宜しければ、お弄びになられませんか?」  
「ありがとう……お優しいのですね?」  
護り神と言っても、他の生き物達とは何も変わらない。どこにでも居る忠実な雌。  
飽きを覚え変化を求めて、部分部分を許可するだけで食い付いてくる。実に不憫で、それでいて可愛らしい存在。  
「お言葉に甘えさせて……」  
僕の身を投げ出し彼女はどう来るだろうか、と思考を巡らせていると、一声の後には、ぐるりと僕の体を取り巻き、細やかな鱗と体毛を擦らせる。  
「どうか御覚悟下さい?」  
ハクリューさんは続けてそう言うと、僕の四肢がふわりと地面から離れ。巻き付けられた彼女の、その体だけを支えにして宙に浮かんで。  
その直後には、僕の角が突然重くなり、何かに首元から捻じ曲げられる。  
「う……いだだだ!」  
彼女は僕の角に尻尾を巻き付けて、くるりと無理やり仰向けにしてから、角の付け根を天にめがけてぐいと引っ張る。  
僕は痛みで思わず、四肢を宙にて一掻きさせるものの。彼女の胴体はその付け根に巻きつき掠りもしない。  
「んふ……暴れると痛みますよ?」  
そんな僕を見てか、ハクリューさんは優しい言葉でなだめてくれて。僕はその声を飲み込み、ほどなくして落ち着く。  
体が僅かばかり地面から離れているだけだと理解し、同時に、それだけでも抵抗のしようもないことも、分かった。ただ、想像していたよりもずっと激しい弄び方だった。  
 
尻尾に顔を引き起こされ、見上げさせられたその先には彼女の、愉悦に満ちた笑みが、僅かな明るみを命一杯に吸って輝いていた。  
「わたくしの玩具さま……」  
「気の向くままにどうぞ」  
体液が降りて来始めたのか、途方も無い重さを頭に覚えながらも。僕は状況をようやく把握すると、ハクリューさんと視線を合わせ。にやりと笑みを返して。  
僕の合意を飲み込んだ彼女は、顔を僕の目前から離し、するすると腹の上を這わせ。後ろ足の、付け根と付け根の間ほどでその身動ぎを止める。  
「可愛い……」  
恐らくは僕の性器を見ての感想か。言われてどうにかなることでもないものの、あまり気に召さなかっただろうか、と。嫌に平静を保ちながら考える。  
「気に入って頂けませんか?」  
「いいえ、御素敵ですよ」  
尋ね言葉を向けると、そうでもない、と言ってくれて。その直後から、僕の性器をそうっと、温いもので擦り始めた。  
その舌でただ、ぺろ、ぺろと舐めてくれているだけなのであろうが、意識が誘いこまれるかのような心地良さがある。  
手慣れているものか、と殊更に思いながら。体じゅうから力が消えて行き。ただ、性器だけがぴくりぴくりと、身の鼓動に合わせて踊り。  
彼女も気分がいいのか、その尻尾を僕の眼前で小気味良く振るいながら、絞めている僕の身に細かく鼓動を刻み込む。  
 
弄ばれるのも悪くないか、もしくは良い事だなと。気力を削がれ目を瞑り、ただ、ぴくぴくと打つ鼓動に意識を沈めて。それからどのくらい経っただろうか。  
「ね、ね、アブソルさん。そろそろいいかしら?」  
ハクリューさんの声を聞いて、はっと目を醒まし。両前足で空を切る。  
「はい、何ですか?」  
「わたくしに、優位を示して?」  
彼女はそう言うと、僕の体を元の向きに戻してから解け、身を離した。  
僕は乾し草に四肢をしっかりとつけ、頭がぼんやりとしふらつくのを気力で振り払って。今一度彼女を見つめる。  
暫く、掛けるばき言葉に詰まり、ただ黙っているしかなかったが。やがて、言葉出ぬままに、前足が先に。  
前足の爪を立て、その首を。球を傷つけぬよう気をつけながらも強く押さえていた。  
 
頭を降ろし僕の鋭利な角を、彼女の頬に寄せて、脅しを掛ける。  
「じっと、していて下さい」  
横目に彼女の顔を捉えると、虚ろに目を目を開けつつも。その表情は恐怖や不安とは違う、何かに酔い痴れているかのように嬉々としたもので。まるで脅しは利いていないようでもあった。  
彼女はそのままくるくると、その尻尾を僕の下腹部に巻きつけ始め。横腹を二周した所で一度止まり、そのまま僕の性器がめり込み突き刺さるように、その胴体を押し付けてくる。  
「貴女も物好きですね」  
「ええ、貴方こそ……」  
んふふ、と、お互い毒気に満ちた笑みを浮かべ。僕は、とく、とく、と脈打つ鼓動のように、下半身を揺すり始める。  
彼女の身を押さえる前足が、ぴくりと痙攣し。不意にもその喉に、爪が浅くも刺さった。しかし、僕の優位を確固なものとするには悪くないか、程度にしか思えない。  
 
きゅう、きゅうう、と言葉にならない嬌声。それに誘いこまれるように僕は身動ぎを強く激しくし、互いの性器を擦り合わせ続ける。今更気恥ずかしさなどなく、快楽に身が沈んでいく。  
角を彼女の頬から退け、頭を戻してその顔を直視すると。その顔は恍惚と口を開き、目を潤わせつつも僕に視線を向け続けて。実に可愛い。  
「アブソルっさぁん……」  
僕は舌を出し、その頬にべろり、ぺろりと唾液を塗りたくって。続け様に、声を発するその口に舌を押し込み。唯一温かい舌を捕まえて、ぐるりと取り巻き絡ませる。  
言葉の一欠片も許さない。僕の傀儡として精一杯舞い踊って、もっと楽しませてほしいものだから。  
そんな彼女は、口を塞がれてもなお、んうう、と腹の奥から声を放ち。舌を通じて僕の体をも鼓動させる。  
目を大きく見開き、懸命に僕を見つめて。気が触れたかのように、言葉にならない声を放ち続ける。  
しかし彼女だけでなく、僕も。鼓動がどんどん早まり、頭が嫌に冷たく、意識がぼんやりと霞むほどに気を触れさせている。  
接吻し合ったまま、呼吸もままならず。互いの荒い鼻息を露として顔に浮かべ。  
その身をしだき、ぐいぐいと性器を擦らせ。体液を零し出して彼女の身に移す。  
それでもまだ足りない。同じ夢をもっと長く見ていたい。その一心で、更に、更に鼓動を早め。  
何を言っているのかさえ分からない、感情だけの声を、腹の奥底から彼女に投げ掛ける。  
彼女の口から唾液を掬い、飲み込んで。今度は唾液を流し込むと、そのまま飲み込んでくれて。  
体じゅうから噴き出る汗を、鼓動と共に塗りたくって。  
ぎゅるぎゅる、と体液が潰され広げられる毒気に満ちた音が響き。  
飽きもせずに、ずうっと。  
 
やがて、聞きも喋りも慣れない悲鳴が、互いの腹の奥から零れた。  
ずうっと行っていた身動ぎを、急に止めて。そうすると、今まで忘れていた疲労感が、どうっと流れ込んでくる。  
僕は力なく体を横向きに倒し、くっつけていた口を離して。ただ下腹部はそのままで、彼女の胴体も僕に巻き付いたままで。息切れ切れにも見つめ合い、暫くぶりに口を聞き直す。  
「幸せです」  
「わたくしも……」  
 
ふふ、と笑い合いながらも、体全体が痛く気だるく。立ちあがることもままならない。  
ただ、ひりひりと性器に残る痛みが大そう心地良く、動きたくない思いもある。  
「幻滅なさいましたか……?」  
「なんだか、ほっとしました……。貴女も、何も変わらない……」  
本当はもう、ふふ、と笑うのも精一杯なぐらい、疲れている気がする。  
それでも、今のこの嬉しさを、喜びを、彼女と共有したくて、必死になって声を放つ。  
「貴女を、好きになります……」  
「わたくしも、好き……」  
彼女もだいぶ疲労しているのか目を瞑り、汗だくになった僕の首元にその顔を埋めてくる。  
抵抗の一つぐらいしたかったものの、そんなことすら体は言うことを聞かず、倒れたまま動かない。  
 
横穴の外では、ざあざあ、ぴたぴたと強く叩きつける雨音が、ひっきりなしに鳴り、また、横穴の中にもその音を運びこんでいた。  
「雨……」  
「降ってますね……」  
いつの間に降っていたのかも分からない。ただ一度聞こえれば、優しい子守唄となりて僕達を包み込んでくれる。  
不規則に鳴る雨音に誘い込まれ。無意識のうちに眠りに付くのは容易だった。  
 
 
さらさらと、優しい雨音が横穴の外から聞こえてくる中。僕は四肢に力を込め、横倒しになっていた体をよっと立ちあがらせた。  
「おはようございます、よくお眠りになれましたか?」  
そんな僕の身動ぐ気配を感じ取ったのか、僅かばかり離れたところ。横穴と外のその境界から、ハクリューさんが視線と言葉をまとめてこちらに向けてくれる。  
「はい、久しぶりにぐっすりと眠れました」  
言葉を返しつつ、横穴の外に視線を向けると。明るい天の下、霧のような小粒の雨がふわりふわりと波打ちながら森に降り落ちていた。  
眠りに付く前よりは随分と弱く、災禍の風も感じられない。このままならそう遠くない頃に止むだろうかな、と頭の片隅にて巡らせる。  
「よかった! やっぱりお邪魔だったんじゃないかって心配で……」  
「お邪魔だなんてそんな。しかし貴女が起きているというのに全く気付かなかったとは、お恥ずかしい」  
僕は視線を一瞬だけ彼女に戻したものの、恥ずかしくなってすぐに横に逸らす。  
寝姿を他の生き物に見られても尚気付かなかった、その僕自身が許し難かった。  
「んふ、本当に気持ちよさそうに眠っていましたよ」  
「熟睡したのは久しぶりでして……。貴女が傍にいてくれたからこそ、安心して眠れたのかもしれませんね」  
意識が朦朧とするぐらいの睡魔を感じ、不意に眠ってしまったことも。思えば本当に久しかった。  
言われてみれば、そこまで気にすることでもないか、と思い直し。僕は、ふふ、と笑う。  
「安心できるって、やっぱり素晴らしいことですよね」  
そうしていると、ハクリューさんは感慨深くそう言って。僕から視線を外し、横穴の外、小雨降りしきる森を見つめ始める。  
「そうですね。誰か侍らせれればよいのですが、僕みたいな独り身は大変ですよ」  
彼女は、この降り落ちる雨粒の波に何を見ているのだろうか。思考を巡らせてみても答えには辿り着かず。  
一歩、二歩と彼女に歩み寄り、その隣に付いて同じ外の光景を見つめてみる。  
小刻みにうねる様は、まるでハクリューさんの鱗のようで、その旦那さんそのものにも見える。  
これを見ているのだろうか、と思いつつも僕からは切り出し辛く。ただ互いに口を閉じたままで。  
「アブソルさん」  
そんな沈黙を破ってくれたのはハクリューさんだった。  
 
声の聞こえる先に視線を向けてみても、彼女のその視線を遠くを見つめたままで、声ばかりを傍の僕に向け続けているものの。  
「わたくしは、どうしてあのような旦那を選んだのでしょうか……」  
不安そうな弱い声で、虚ろにも答えようのない質問を向けてくる。  
ハクリューさんが自分で選んだのだし、彼女自身が一番分かっていると思うことなのに。それを態々尋ねてくるのは、その自信が揺らいだからだろうか。  
「あの旦那さんは、いざという時に頼れそうで、それでいて普段は貴女が居ないとまるで駄目な方ですよね」  
あまり邪推するのも悪いだろうか、と思いつつも。後押しぐらいはしてあげるべきか、と。  
「貴女を世界で一番必要としていて。貴女自身もそんな旦那さんが一番大切で、安心できる存在だから、選んだのだと思っていますよ」  
少々大げさかも知れないが、やはり二匹揃って、睦まじく護り神を務めていて欲しい一心で言葉を続ける。  
「そう……。その通りですね」  
彼女はそれに何を思うか、目を瞑り。ただ胴体を、尻尾をゆらりと揺らしながら顔を上向け、小粒の雨を体一杯に浴びる。  
ただの雨ではないのだろうか、と、そう思えば。ある考えが頭の中に浮かんだ。  
「もしかしてこの雨、旦那さんが降らせているのですか?」  
「はい、きっと……。でも、もう泣き疲れて眠ってるかも。本当に駄目な方ですし……」  
ハクリューさんは目を瞑ったままそう言って。言葉を終えると、首の球を淡く光らせ"まじない"をして。  
「ええと……わたくし、旦那の元まで戻ります……。謝らなきゃ」  
それも終わると、つぶやくような弱々しい声を僕に向けてくる。  
長い体を宙でうねらせてから、改まって僕のほうに体を向け。ただ、とても落ち着いた空気を纏っていた。  
「一夜過ぎて、落ち着きになられましたか?」  
昨夜はハクリューさん自身、感情的になっている部分が多分にあったのだろう、と思考を巡らせる。  
旦那さんと何があったのかは本当に、知る由も無ければ尋ねるのも気が引けるが。また心が旦那さんに戻っているのは良いことであろう。  
「はい……。アブソルさん、有難う御座いました……本当に」  
「いえいえ。ざっくばらんに申しますと、僕も楽しませて頂きました。何かあればいつでも歓迎します」  
ハクリューさんは一礼を済ますと僕のすぐ眼前までその顔を寄せて、その視線を僕の視線としっかりと噛み合わせてきた。  
こう見ると、非常に透き通った目を持っており、本当に綺麗な方なのだなと、改めて思い知らされる。  
「ありがとう……。またお会い致しましょう?」  
「ええ、そうですね……」  
僕がそう相槌を交わした。その直後に、彼女は顔を、更にぐいと近づけて。その口を僕の口にあてがえ、紡いだ。  
ほんの一瞬のこと。  
唖然とする僕に彼女は、んふ、と。満面の笑みを見せつけると横穴を抜けた先、森の上まで身をうねらせながら行き。小雨をその身に浴びせながら遠くへと、逃げるように消えていった。  
「旦那さん、きっと今頃泣きじゃくってますよー。どうか仲良くして――」  
消えゆく後ろ姿に言葉を差し向ける、最後まで言い切る以前に姿が見えなくなってしまい。喉奥に残った言葉はそのまま噛み砕いて無き物とした。  
 
言ってあげるのが彼女のためだろう、とは思いつつも、心のどこかでは気の進まない言葉で。それにハクリューさんも居ないのなら問題もないか。  
喧嘩さえすればまた、僕の下に来てくれるかもしれない。そうすればまた、一時でも夢を見ていられる。なんて、あまり褒められる物でもないだろうな、と思考を巡らせる。  
そもそも種族からして結ばれないというのに。僕自身が小さな災禍になりうることは、どうしようもない感情だと諦めつつ。何もない宙に、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。  
 
暫く経った頃、天より降る小雨はぱたりと止み。弧を描くように捻じ曲げられた多色の光が空にかけられた。  
涼しい森の中から青く晴れ渡った空を見上げると、待ち構えていたかのように雫が落ちて来て、ぴたん、と僕の角を叩く。  
あの夫婦は仲直りできたのだろうか。今頃はこの天気のように、明るく会話しているのだろうか。  
嫉妬なんて僕らしくないな、と再び苦笑いしつつ。泉まで足を運んでみるべきだろうか、いや邪魔になるかもしれない、等と思考を巡らせて。  
ひとまずは木の実の一つぐらい喉に通そうと思い、明るい緑色を放つ森の中へ視線を突き刺して。小さな生き物達が飛び退くその姿を見送ってから、ゆっくりと歩み入るのだった。  
 

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