ジムリーダーのカミツレの職業は、カリスマモデルである。その抜群のプロポーションとスタイルで、彼女の右に出るものはいない。  
「さて、今日の仕事は…と」  
スケジュール帳には、勿論ビッシリとスケジュールが書き込まれている。ジムリーダーと売れっ子モデルの兼業に、休みなど無い。  
「あら、ヒウンシティで絵のモデルだったかしら。そういえば公募で募集してたから、応募しておいたんだっけ。」  
カミツレは、仕事は出来るだけ自分で取るようにしている。それは仕事の大切さを忘れないようにするためだった。  
「……ヒウンシティで絵、ね。何だかちょっと悪い予感がするんだけど。大丈夫よね。」  
カミツレの頭にとある男の顔が浮かんだが、気にせず車に飛び乗り、ヒウンへと走らせた。  
 
 「やだ、不安的中だわ。」  
ヒウンで指定されたアトリエに着いたカミツレは、自分の不安が的中したことに気がついた。  
「私あの人、ちょっと苦手なのよね。」  
モデルの依頼人はヒウンジムのジムリーダーであり画家のアーティだった。モデルという職業柄、カミツレは何かと彼と会う事が多かった。  
が、カミツレにとって彼は少し苦手であった。あのアーティスト気質というか、適当さというか。きっちりしていないというか……  
てきぱきと物事をこなすカミツレにとってリズムが合わないのだ。姉のアロエは学者であり博物館の職員というところから、結構マシなのだが。  
「どうしても嫌なら断ればいいし……とりあえず入らなくちゃ。」  
カミツレはアトリエのドアを開け、中に入った。クルミルが出迎えてきて、カミツレはおもわず顔を顰めた。カミツレは、虫ポケモンがあまり好きではない。  
たいがいの女の子がそうだと思われるのだが。カミツレが彼のことが苦手なのは、使うポケモンのせいもあったりする。  
「あー、どうもどうも。って、モデルってキミなの?」  
中から出てきたアーティは、カミツレを見て驚いていた。公募したのは自分だし、選んだのも彼のはずなのだから、当然知っていると思ったのだが。  
「貴方知らなかったの?自分で公募してたじゃない。」  
「ああ、あれ?募集でも出そうって言ったのは僕だけれど、実際に選んだのはマネージャーだからさ。今回はあまり気が進まなくてね。」  
なによそれ、と呆れるカミツレに、アーティは面倒臭そうに続けた。  
「いやあ、ある人に女性を描いてくれって依頼されちゃってさ。でも僕あんまり好きじゃないんだよねー、その人。でも関係上断りきれないっていうかー。」  
「そういうことなのね。おかしいと思ったわよ、貴方がモデルの募集するなんて。いつもはポケモンばかり描いてるんだもの。」  
「そうそう、そういうこと。納期明日だし、さっさと終わらせちゃいたいから、ほら早く入って。」  
すっかりマイペースなアーティにのせられ、カミツレはアトリエの中に入った。モデルに座ってもらうのだろう、ビロードのソファーと布が置かれている。  
また、ポケモンも一緒にモデルになってもらうのだろうか、レパルダスがこちらを向いてニャアオ、と鳴いた。  
「じゃ、そこの椅子に座って。」  
大きなカンバスをイーゼルにかけ、アーティはカミツレに指示を出す。よほどさっさと終わらせたいのだろう。カミツレも仕方がない、とすぐに終わらせようと椅子に座ろうとした。  
「あ、ちょっとちょっと。」  
椅子に座ろうとしたカミツレをアーティが止める。座ってといったのは彼なのに、おかしいわねと思った矢先、とんでもない事実が発覚した。  
「服を脱いでくれなきゃ。募集したのは裸婦のモデルなんだから。」  
「……なんですって?!」  
カミツレはショックで眩暈がしそうになった。ろくに調べもせず、適当に応募なんてするんじゃなかったと。  
「まさか、知らなかった…とか……?」  
「そのまさかよ。……悪いけど、この話はなかったことに……」  
冷や汗をかきながらカミツレは部屋を出ようとしたが、慌ててアーティがカミツレの腕を掴んで引き止めた。  
「ちょ、ちょっと待ってくれ!納期が明日なんだ!!」  
「知らないわよ!ヌードモデルなんて聞いていなかったわ!!第一前日まで放っておいたあなたが悪いんじゃないの!!」  
 
「そんなこと言わずに頼むよ……水着や下着になってテレビに出たりもしているじゃないか、裸になるぐらい今さら何だって言うんだ。」  
「水着はまだ着てるでしょ!下着はああいう仕事なの!!CMだからって出ただけ!!それに下着ありとなしじゃ全然違うわよ!!」  
「そこを何とか頼むよ……!納期を破ったら援助を打ち切られてしまうんだ!!」  
「絶対に、無理!私には関係ないでしょ!第一貴方がそんな卑猥な仕事を受けていただなんて、失望したわ。」  
食い下がるアーティに、カミツレはぴしゃりと言い放った。が、最後の一言が余計だったらしく、アーティがムッとした顔でカミツレに反論してきた。  
「裸婦が卑猥だって?!こっちこそキミには失望したよ!芸術を少しは理解してくれると思っていたのに……裸婦は女性の美しさを極限に表す永遠のテーマだなんだぞ!」  
「ちょ、ちょっと、そんなにムキにならなくても……とにかく、私の体を貴方に見られるのも、その依頼主の人に見られるのも嫌なの!」  
目を逸らして顔を赤く染めたカミツレに、アーティはははあ、と合点のいった顔で頷いた。これで諦めてくれたかとカミツレはホッとしたが、その逆だった。  
「ウン、急にキミを凄く描きたくなった。頼むよ、カミツレ。顔だけは描き変えるから。ね?」  
「……ちょっと、何よそれ!……だから私は……」  
これだからわけの解らない芸術家の男は嫌いだわ、とカミツレはこめかみを押さえたが、らんらんと創作意欲に輝くアーティの顔に負けた。  
恐らく、彼なら純粋に芸術として見るだけで、いやらしい目では見ないだろうし、人にも言わないだろう。顔も描き変えてくれるそうだし……  
「……もう、しょうがないわね。ただし、これっきりよ。」  
全くもう、と肩をすくめて、カミツレはついに折れた。  
 
 「そうそう、いい感じ。そのまま、そのままだよ。」  
一応布で大切な部分は隠されているものの、なけなしにかかっているだけなので恥ずかしい。おまけに素肌にレパルダスを腕に絡めているので、くすぐったい。  
「いい子だ。動かないで……」  
レパルダスはタレントポケモンらしく、とてもおとなしい。モデルを配慮してか、メスである。艶やかな毛が美しいのだが、カミツレにとってはくすぐったくてしょうがなった。  
「ねえ、この構図で本当に描くの?」  
「そうだよ。依頼主からのご指定なんだ。美女とレパルダスって。」  
「くすぐったくてしょうがないんだけど……」  
「すぐ終わらせるからさ、それまで我慢してて。」  
筆を握り、黙々とと手を動かすアーティに、カミツレはもう何も言えなかった。集中して筆を滑らせていく彼の姿は、正にアーティストと呼ばれるのに相応しかった。  
真面目な顔をしていれば、結構いいやつじゃない、とカミツレはふと思い、顔を赤らめた。  
(冗談じゃないわ!何考えてるのよ私!)  
絶対裸で見られてるせいよね、と自分を納得させ、カミツレはじっとすることに集中した。慣れてくれば裸婦のモデルも悪くはない。  
かといって、ヌードの写真集とかを出すという話はお断りだけれどね、とカミツレはこの前そういった話を持ち込んできた出版社の男の顔を頭からもみ消した。  
 
 5、6時間たった頃だろうか。二回ほど休憩を挟み、アーティの仕事は完了した。よくもまあ、こんな短時間で描けたものである。  
カミツレがどれどれ、と覗き込むと、抽象画に近い色使いの女性の裸像がそこにはいた。顔は全く別人になっており、誰もカミツレがモデルだったとは気がつかないだろう。  
「何よ、これじゃあモデルなんていらなかったんじゃない。」  
不満そうにカミツレが言うと、アーティは笑って答えた。  
「わかってないなあ、こいうのはね、自然にそこにあるものを感じ取らないと描けないんだよ。そーいうこと。」  
そういや流石に急で悪かったから、何か奢るよ、と言って、アーティはカミツレの手を引いて街へ繰り出した。カミツレに拒否権はなかった。  
ただ、振り回されているのに悪い気はしなかった。  
 着いた場所は、路地裏にある店で、ひっそりとはしていたがなかなかいい雰囲気の店だった。行きつけらしく、店主とは顔見知りのようだった。  
「じゃ、仕事の成功を祝して、乾杯ー。」  
「私は貴方に付き合わされただけなんだけど?」  
 
マイペースにつき合わされて呆れながらも、カミツレは料理を楽しむことにした。さすが大都会ヒウンでアーティの行きつけの店だけあって、料理は個性的でありながら美味であった。  
「お姉さんのアロエさん、元気?」  
「えー?まー、元気なんじゃないの?この前会った時もプラ何とかっての、追い掛け回してたしー。あ、僕も追っかけたっけ。」  
「ふうん。でもいいわね、アロエさん。優しい旦那さんもいるし。」  
「そーかなあ。義兄さんは尻にしかれっぱなしみたいだけどなあ。僕は嫌だなー。そーいうの。」  
縛られるのって面倒なんだよねー、と呟きながらアーティはカミツレの皿から肉を取った。  
奢るとか言っておきながら、それってどうなの、とカミツレは密かに突っ込みを入れたが、心の中にしまっておいた。  
「カミツレならわかるんじゃない?仕事どころでそんな暇もなさそうに見えるけど。」  
「……私?私は……そうね、でもいい人がいたら、結婚しちゃおうかな。ママになってもモデルしてる人って沢山いるし。」  
いい人がいてくれたらだけど、とカミツレはそう言って窓の外を見た。カップルが通り過ぎていくのが見えた。  
「貴方には……さっきのことを聞いてたら、いなさそうね、そういう人。」  
と、話題を降って、カミツレはさっきからアーティがじーっと、自分を見ていることに気がついた。  
そして、おもむろにカミツレの手をとると、カミツレの青い目を覗き込んで言った。  
「好きだ、カミツレ。」  
「……え?!」  
「ウン、今日キミを描いてわかった。キミになら、縛られてもいいかもしれないって。」  
「ちょ、ちょっと、何よいきなり……!」  
突然の告白にカミツレは戸惑った。当たり前だ。何も脈略もなく宣言されたのだから。第一、そんなに付き合いがあるわけでもない。ジムリーダーとして話したことがある程度だ。  
会うことも多かれど、それは仕事上のことであって……  
「駄目かい?」  
「……駄目とか、そんなんじゃなくて…!その、まだ私貴方のこと何も……」  
知らないんだもの、と言いかけたカミツレに、アーティは詰め寄った。  
「そんなの、これから知り合えばいいじゃないか。」  
「……そんなのって、ないわ!第一、私のどこが好きになったのか教えて頂戴!」  
「前からちょっとは、気になっていたんだ。でもキミが僕のこと避けるから……」  
苦手なんだから、当たり前でしょ、とカミツレは思ったが、彼のことを避けていた自分に罪悪感が沸いた。  
「初めて会った時のこと覚えてる?僕はキミになんて言ったっけ?」  
それはカミツレも覚えていた。なぜなら、彼のことが苦手になった原因だから。  
「……まるでハハコモリみたいな細いー手足だねって…でも、あれって……」  
「おかしーなー、褒め言葉だったのに。」  
やっぱり、感覚がちょっとズレてるのよねこの人、とカミツレは思った。そりゃ誰だって虫ポケモンなんかに例えられたら嫌がるわよ。アゲハントになら別だけれど。  
「それで、キミが僕を避けているのって、僕のことがキミも気になってるからかなって思ったんだよね。  
で、今日モデルやってくれって言ったら、キミ、恥ずかしがったろ?もしかしてこれはビンゴだッ!なんて思ったんだけど、さっきの聞いてたら違ったみたいだし。」  
アーティの盛大な勘違いを聞きながら、カミツレは思わず笑い出しそうになったが、堪えた。  
「で、だったらもうすぐに僕の気持ちを伝えなきゃって思って、言ってみたんだ。どうかな?」  
そこまで聞いて、カミツレはついに声をあげて笑った。おかしな人。本当に、おかしな人だと。でも、正直な人だと。  
「あれ?何で笑うのかな?」  
「だって、自分のそんなかっこ悪いところ、自分で全部言っちゃうんだもの。それで付き合ってくださいなんて、中々いないわよ、そんな人。」  
普通は好きな人の前じゃカッコつけるでしょ、勘違いしてたなんて面と向かって言わないわよ、と言ってカミツレは涙を拭った。それほど笑ってしまった。  
 
「それで、私のどこが好きになったの?」  
「あー、なんだろうな、言葉にしにくいなー、んー。」  
「言ってくれて、もしそれで私を納得させてくれたら、付き合ってあげる。」  
組んだ手に顎を乗せ、カミツレは意味ありげに微笑んだ。アーティはしばらく考えていたが、パッと思いついたらしく、答えた。  
「ゲージュツ。」  
「え?」  
「ゲージュツ、って感じがした。君を描いたときに。」  
そんなんじゃ答えになってないわよ、とカミツレは言ったが、アーティはそのままカミツレを見つめながら言った。  
「キミの全体から、ゲージュツって感じがしたんだ。そうだね、キミが今までやってきたトレーナーとしての魅力、モデルとしての魅力、女性としての魅力ってやつかな。  
あっ、そうだ、今までキミが頑張ってきたって自信、かな。そういうのが全部伝わってきたんだ。んー、やっぱりよく、わかんないや。」  
やっぱ駄目?とカミツレを覗き込むアーティに、カミツレは困った顔をした。  
とにかく、アーティが自分の体が目当てだとか、容姿がいいからという理由で好きになったのではないということはわかった。  
代弁すれば、彼は自分の努力家なところが好きだと言っているのだろう。だが、それがどうして芸術となるのか。  
「……どうしてそれが、芸術だって思うの?」  
「えーっと、絵を描いていて思うんだよ、絵を描く時って、描かれる側をよく観察するだろ?するとね、その人がどんな人かがわかってきちゃうんだよ。  
その中で、僕はその人が今までどれぐらい頑張ってきたかとか、それに自信を持ってるとか、そういうのに魅力を感じるんだ。」  
カミツレは、彼の描く絵がまるで生きている感じがする、と言われるのがわかった気がした。  
「キミが、僕の魅力を感じるものをすべて持ってる、そんな気がしたんだ。」  
「私、そんなたいそうな人じゃないわ。付き合ったらガッカリするかも。」  
「付き合ってみなきゃ、わからないだろ?その時は、その時さ!」  
失敗してもいいじゃない、と言うアーティに、カミツレはクスっと笑った。気楽なものだ。しかし、そこに救われるものがある。  
恋愛に臆病だったのかもね、私、とカミツレは微笑み、アーティの頬にキスを落とした。  
「じゃあ、お試しに付き合ってあげる。でも、ガッカリしても、文句はいわないでね。」  
アーティの顔がパッと明るくなり、カミツレをギュウ、と抱きしめた。  
「キミってやっぱり最高だよ、カミツレ!」  
「ちょっと、やめてよ、恥ずかしいでしょ!」  
店内には客はまばらにしかいなかったが、全員の視線を一身に浴びてカミツレは顔を真っ赤にさせた。口笛や拍手まで聞える。  
もっと人目を気にしてくれればいいのに、とカミツレは思いながら、もう恥ずかしいから本当にやめて、とアーティを諌めるのに必死だった。  
 
 夜もすっかり遅くなってしまい、カミツレはライモンシティに帰るべく、車を取りに行った。勿論、アーティも一緒だ。  
「帰っちゃうのかい?」  
「ええ。明日、また仕事があるから。」  
キーを差し込み、オープンカーにエンジンをかける。車の番をしていたエモンガが、眠たそうに欠伸をする。  
おやすみなさい、と挨拶のキスをして、カミツレは車のアクセルを踏もうとした。が、それは遮られた。  
アーティに抱き上げられ、車から降ろされたかと思うと、そのまま彼はカミツレを抱きしめてキスの雨を降らせた。  
「やっぱり駄目だ、帰らないでくれ、カミツレ!」  
本当にこの人駄々っ子みたい、とカミツレは呆れつつ、彼の我侭を承諾した。  
(私って、こういうタイプに弱かったのかしら……)  
 
 ベッドの上で、カミツレはアーティに押し倒されていた。自然と流れでこうなった。いい歳をした大人の男女なのだから、それはそうだろう。  
「とても美しいよ、カミツレ、まるで女神のようだ……」  
カミツレの美しい素肌を、アーティの手が大理石の彫像を撫でるように這っていく。カミツレは思わずううん、と声を上げた。  
「そういうのは、初対面の時に言って欲しかったわ。」  
それだったら、最初から貴方のこと好きになってあげたかもしれないのに、とカミツレは呟き、彼の額にキスをした。  
そのまま下へと顔をスライドさせ、お互いの唇を貪り合う。行き場の無い掌を相手の掌に絡ませると、質感の違いがお互いを刺激する。  
美しく彫刻のようなすべらかさを持つカミツレの手と違い、アーティの手は彼の華やかさと相反して皮が厚く、ゴツゴツしていた。油絵の具が染みた、絵描きの手だ。  
そのまま彼の手を自分の開いた服の隙間に滑り込ませ、カミツレは触って、とねだる。芸術家の巧みな指使いが、カミツレの胸を翻弄する。  
「……慣れてる、のね。」  
「そりゃあ僕も男だからね。今まで恋人が一人もいなかった、なんてことはないよ。」  
むしろ絵が売れてからは結構モテたかな、と言いながらアーティはカミツレを覗き込んだ。キミこそモテるんだろ、と言わんばかりの顔であった。  
「言い寄ってくる人は多いけれど…こんなことまでするのは、貴方が……初めてよ……」  
気恥ずかしそうに顔を背けながら言うカミツレに、じゃあ僕は幸せ者だね、と耳元で囁いてアーティはカミツレの衣服を丁寧に脱がせた。  
細いながらも気品のある足がすらりと伸びる。モデルである彼女の最大の武器とも言えよう。  
カミツレの足を持ち上げると、アーティはそこへ太ももからつま先にかけてキスを落とした。  
つま先に到達すると、カミツレはくすぐったかったのかビクン、と跳ねた。お互いに目が合って、ふふふ、と笑い合う。  
足をアーティの手からするりと逃がすと、カミツレは逆にアーティの服に手をかけた。  
「私ばかりじゃずるいでしょ。貴方が私の裸を見るのは、今日で二回目なんだし。」  
カラフルなシャツのボタンを外すと、意外と男らしい体が露になる。されるがままになるのは嫌らしく、アーティはカミツレの手を止めると、彼女のうなじに攻撃を仕掛けた。  
抱き寄せられ、うなじに舌を這わされてカミツレははしたない声を出してしまう。だらん、と落とされたカミツレの手に、硬いモノが当たった。  
「……貴方でも、こんな風になるのね……」  
「でも、なんて、そんな経験者ぶった言い方はやめときなよ。強がらなくても、僕がエスコートしてあげるからさ。」  
落ちたままのカミツレの手を持ち上げ、自分の首にかけさせると、アーティはカミツレの金色の恥部へと手を滑り込ませた。  
ひゃん、と飛び上がるカミツレをしっかりと引き寄せながら、アーティはカミツレの弱点を攻め続けた。  
「ね……駄目、私なんだかおかしいわ……」  
「何言ってるんだよ。ほーら、ちゃんとこういうことしておかないと、後で痛いんだから。ちゃんと濡らしておかないと……」  
「ば…馬鹿!そんなこと言わないで頂戴!!……くうん……」  
カミツレのそこは、もうすでに充分に潤っていた。爪を噛みながら真っ赤な顔で必死で堪えるカミツレは、いつもの涼しそうな彼女からは想像もつかないほどだった。  
「……ああ、駄目……私……!」  
カミツレがビクビクと体を震わせ、アーティにもたれかかる。息を荒げて汗を滴らせる彼女からは、なんともいえずいい匂いが香った。  
香水だろうか。林檎に似ているが、ハーブのような。カモマイルのような香りだった。  
「……話では聞いていたけど、なんともいえない気持ちになるわね。」  
体が熱くなるわ、とカミツレが呟く。  
「……そうだね。僕も熱くなってきたよ。それから、これからもっと、なんともいえないような気持ちになるよ。」  
ズボンの金具を外す音が聞え、カミツレの潤った茂みに、熱いモノが押し当てられた。  
「いいのかな、キミの初めてが僕で。」  
「告白する時は断りなくいきなり好きだ、なんて言っておいて、こういう時には断りを入れるって、それってどうなの?」  
カミツレがクスクスと鈴が鳴るように笑った。品があるのに、どことなく、色っぽかった。  
 
「それに……」  
こんなことまでしておいて、引くなんて貴方らしくないんじゃないの?と耳元で囁き、足を絡めると、アーティはカミツレの腰を引き寄せ、彼女を貫いた。  
カミツレは一瞬呻き声を上げたが、お互いの体の熱で痛みなど感じなかった。麻痺した感覚はそのまま情熱へと姿を変える。  
お互いのリズム、鼓動が重なり合って、ハーモニーを紡ぎだす。カミツレには目の前で自分を見つめる男性しか、目に入らなかったし、考えられなかった。  
(痛い……かもしれないけど、こんな痛みならいいかもしれない……)  
時折感じる異物感も、全てがいとおしく感じる。頭では考えられない、感情と感覚のみの世界。ある意味、芸術と近いものなのかもしれない。  
「……好きよ……」  
カミツレがアーティに囁く。それは部屋に響く、他人が聞けば卑猥な音とリズムに反した、爽やかで初々しい囁きだった。  
「ほんとに?」  
「……ほんと。」  
アーティの緑色の瞳の中には今、カミツレしかいない。いつもの涼やかな人気者のモデルの、彼女ではない、ただ自分を愛してくれる女としてのカミツレが。  
自分で、感情のままに乱れて言葉を口にするカミツレが。今まで関係を持った女性にはない、ただ純粋にその人を愛している、愛したいという対象としての女性が。  
「カミツレ、やっぱりキミは……」  
最高だよ、と言い、アーティはカミツレの最奥に達した。感じ取ったカミツレの体が跳ね、同時に彼の体にしがみつく。  
離れたい、されども離れたくない、できるものならもっと奥にまで。葛藤の中、カミツレは体の底から何かが自分をジワジワと蝕むのを感じた。駄目、まだ、もっとしていたい。  
「……ああ……駄目……駄目え……」  
カミツレが口をはしたなく開けて喘ぐ。繋がった部分はお互いに濡れ、どちらもそのまま溶けてしまいそうだった。  
「……カミツレ、そろそろ……」  
僕も駄目かも、と呟き、アーティはカミツレの口を唇で塞いだ。カミツレの中で、受け入れていたそこが切なくなり、キュウッと締まる感覚がした。  
同時に、カミツレの頭の中が白いペンキで塗りつぶされていった。体が震えて、電気が走ったみたいになって。それから先は、カミツレは覚えていられなかった。  
カミツレが絶頂を迎え、締め付けが来ると、アーティは頃合を見計らって彼女から己を解放し、カミツレの美しい彫刻の上を白く塗りつぶした。  
彼女のため、というのもあるが、自分が臆病だからかもしれない。  
「……カミツレ……?」  
ぐったりとして、そのままベッドで仰向けになって失神しているカミツレに、アーティは声を掛けたが、反応は無かった。  
やれやれといった顔をすると、彼は後片付けに入るために、カミツレを抱きかかえてシャワールームに足を運んだ。  
運ぶ途中でカミツレがポツリとうわ言に自分の名前を呟いたのを聞いて、アーティは急に気恥ずかしくなった。行為の最中ですら“貴方”と言っていた彼女が、自分の名前を呼んでくれた。  
素直じゃないなあ、と息を吐いて、アーティはカミツレの閉じられた瞳に接吻をした。どこかで聞いた御伽話みたいに、カミツレが目覚めるかとも考えたが、そうはいかなかった。  
「僕も、キミが大好きだよ。」  
聞えていないけど、キミも僕に対してそうだったんだからおあいこだね、とカミツレにアーティはそっと言った。  
 
 次の日、カミツレが目覚めたのは早朝だった。横ではアーティがくしゃくしゃにシーツを自分の腕に抱え込んで寝ていた。  
冷えると思ったら、彼が全部取ってしまっていたのだと、カミツレは恨みがましい目でアーティを見た。  
「風邪でも引いたら、どうしてくれるのかしら。」  
頬をつねってみるが、起きる様子は一向にない。おそらく彼が着せてくれていたのだろう、アーティのシャツを脱ぐと、カミツレは自分の服に着替えた。  
スケジュール帳を見る。今日の仕事は9時からファッション誌の撮影。ふとアーティを見る。大事そうにシーツを抱えて、むにゃむにゃ何か言っている。  
早く起きないと、今日は納期なんでしょう、とおでこをつついてみたが、反応はなかった。  
本当に、気ままなんだから、とカミツレがライモンへ戻ろうと部屋を出ようとしたところ、部屋の隅に布をかけて置いてある絵が目に入った。  
おそらく昨日の絵だろう。布を取ってみると、絵は二枚あった。一枚は昨日の絵。そして、もう一枚は……  
カミツレはしょうがない人、と呟いて悪戯っぽく笑うと、もう一枚の方の絵を布で包み、車に飛び乗った。勿論、書置きを残して。  
 
 「返して欲しかったら、ライモンシティまで取りに来て」  
 
もう一枚の絵には、それは見事な、写実で書かれた例のカミツレの姿があった。  
 
 

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