年に幾度か行われる、ポケモンリーグの交友会。様々な地方からジムリーダー、四天王、そしてチャンピオンが集まり、それぞれの近状報告や意見を交換する。
カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、そして遠い海を隔てたイッシュさえも。
今年は開催地がカントーとあって、豪華客船サントアンヌ号が貸切りになり、そこが会場となった。
選ばれた者達だけが招かれる場。ずいぶんと華やかである。特にリーグを統べる象徴ともいえる四天王とチャンピオンの場は、一線を駕していた。
その場に相応しく、カントー・ジョウトの四天王のカリンは豪華な雰囲気を漂わせながらシャンパンを手にカードゲームに興じていた。
今日は様々な地方の強者と交流する日。勿論カードゲームの相手は他の地方の四天王。
ホウエン出身の赤いモヒカンがワルっぽい男、カゲツ。そして、カードゲームのディーラーをしているのがイッシュの四天王、ギーマだ。
「ベッド」
「じゃ、俺もベッド。」
手札を伏せて動きを止めた二人とは違い、カリンはもう一枚カードを引いた。手札は合わせて21。先程引いたブラッキーの描かれたスペードのエースが微笑んだ。
三人同時にカードを返す。20と20。カリンは目を閉じてうっすらと笑った。
「あたくしの勝ち、ね。」
カリンはギャンブルに対してはかなり強運の持ち主であった。もしかしたら、相手が彼女の魅力に負けてしまったからなのかもしれないが。
だが、今回の勝負はそういったことは抜きだった。実は先程ポケモンバトルを嗜み、三人が引き分けとなったので、カードゲームで勝敗を決めようと言ったのだ。
言い出したのは勿論カリンだ。イッシュの海の向こうからわざわざやって来たギーマに、あえて塩を送ってやったのだ。
勝負師としても有名な彼を負かしてからかってやろうと思っていた。カリンに同意したカゲツも同じ考えだったらしい。
昔は曰くつきの不良だった彼もまた、勝負には自信があった。ブラックジャックの三本勝負で、先に2回勝ったものが勝ち。
三人とも一勝し、手に汗握る展開で最後はカリンが勝った。
「そうきたか。カリンのお嬢にはやっぱ敵わねえや。」
まあ楽しかったからいいぜ、と笑うカゲツに対し、ギーマは涼しい顔でカードを手早く収めた。
「まあいいさ。次の勝負では負けない。」
悔しそうな顔でもするかと思いきや、さらりとキザに台詞を言ってその場を去ったギーマに、カリンはあらつまらないわね、とカゲツに耳打ちした。
すると、カリンのゲンガーが影から這い出してカリンの足に擦り寄った。いつもはカリンはブラッキーを側においているが、今日はゲンガーだった。
「ごめんなさいね。ちょっとやりすぎたかしら。」
ゲンガーをしまい、カリンは呟いた。実のところ、最後だけゲンガーにカードを偵察させていた。そして相手の手を読んでいたのだ。
「おいおい、何だよイカサマか?」
「ちょっとね。最後だけよ。嫌ねえカゲツ、貴方も彼の涼しい顔が剥がれるところ見たかったんじゃないの?」
「バレてたか。まっ、別に俺はかまわねえけどよ。勝とうが負けようが、こんな勝負なかなかできねえからな。」
いつの間にかボールから出てきたブラッキーがカリンの膝に乗った。赤いルビーのような瞳がらんらんと、薄暗めの照明で色めき立つ会場を移している。
カリンはブラッキーの頭を撫で、グラスに残っていたシャンパンを飲み干した。
「それにしても、四天王にも悪使いが増えたことね。」
「まあな。エスパー使いもお嬢んとこのヤツ含めて3人いるじゃねえか。」
「そうね、ゴーストも貴方のところを含めて3人…いえ、キクコさんは引退したから2人ね。」
ジョウトとカントーはリーグを共有しているから、私と一緒に三人も変わったのよね。と呟きながらカリンはブラッキーの豊かな毛を撫で、首を掻いてやった。
「色々やってりゃそりゃ変わるって。最近俺んとこに挑戦してきた小僧なんざ、まだまだヒヨッコだったけどよ、いい勝負しやがったぜ。まさか、チャンピオンまで打ち負かすたあよ。」
俺らももっと強くならねえとな、と言うカゲツにカリンは説教臭い男ねえ、と呆れ顔で返す。カリンのところにもそんな少年が来た。
ポケモンを誰よりも信頼し、彼らに信頼されたその少年は、あのドラゴン使いワタルまでも打ち破った。噂では今、リーグの申請を断って、また別の地方を旅しているらしい。
今までロクな挑戦者がおらず、飽き飽きしていたカリンにとってそれは刺激となり、今まで以上に強さに磨きをかける元となった。
「あたくしのところにも、そんなことがあったわ。ホント面白いわよね、ポケモンは。」
その少年の顔を思い出し、カリンはフフフ、と笑った。
「こうやって他の地方のトレーナーと話していると、世界にはまだまだ色々な可能性があるって、楽しくなってきてしまうわ。」
長い銀髪を掻き揚げながら、カリンはブラッキーに目配せした。ブラッキーは彼女の膝から降り、そのまま会場へと姿を消す。
「ん?誰か探し人か?」
「ええ。シンオウのチャンピオン。女性なんですってね。ちょっと興味があって。」
「へえ。」
一度女同士お話でもどうかしらと思ってね、とカリンはシャンパンの二杯目に手を付ける。と、カゲツが不意にカリンに言葉を発した。
「お嬢ってよお、そんだけ美人で強いのに、浮いた話一つもねえよな。」
「……!」
突然の話題に、カリンは思わずシャンパンを吹きそうになった。
「……いきなり、何なの?」
「いやあ、あのシンオウのチャンピオンもそういった噂聞かねえしなあ。やっぱ強すぎると魅力もなくなっちまうのかねえ。」
俺だったら守ってやりてえような娘がいいしなあ、と悪戯っぽくカゲツは笑った。
「言っとくけど、あたくしはいい男しか相手にしないの。誰でもいいってわけじゃないのよ。」
カリンはさらりと切り替えした。カリンはモテないわけではない。言い寄ってくる男は沢山いる。だが、たいがいの男はカリンの地位などが目当てで、つまらない連中ばかりだったのだ。
正直、そういった類の男にはうんざりしていた。
「ほほう。じゃあお嬢んとこの大将とかはどうだ?あいつの強さはホウエンまで聞えてくるぜ。仲もいいんだろ?」
「ワタルはそんなんじゃないのよ。時々、お互いの都合で体は重ねても、それは愛しているとかではないの。」
「……そういうモンかねえ。」
「純粋な貴方には、わからないかもしれないわね。」
カゲツは元ガチガチの不良で筋を通すということもあってか、恋愛感情を持たない女性には手を出さない主義だった。クラブぐらいは行ってるかもしれないが。
四天王という高い地位を持つ男にしては、珍しいタイプだった。
まあカリンの所属しているリーグでも、キョウは既婚者であり、シバはあまり興味がなく、イツキはいたって真面目であったのでカリンからすればそこまで珍しくはないが。
他の地方でもそこまで遊びが激しい者はいない。していたとしても、完全に隠されているだろう。カリンもワタルとは極稀にしかそういった関係にはならない。
お互いどうしようもない時ぐらいなのだ。そうでないと、同じ地方同士では、恐らく関係のもつれなどで四天王の威厳が損なわれてしまうだろう。その辺は皆わきまえているのかもしれない。
とはいっても、カリンの場合はただ単に興味の持てる男性がいなかっただけなのだが。ワタルでさえも、彼女の意中の人とはなりえなかった。
「でもここだけの話、ウチの大将には関わらない方がいいぜ。金持ちの坊ちゃんだ。結構遊んでるらしくってな。」
ホウエンのチャンピオンは大企業の息子だと聞く。それだけでも自由奔放なのは目に見えている。
「アタクシ、興味ないわ。第一生意気そうで気に食わなかったから、まずお近づきになりたくなかったもの。」
「ははは、違ェねえ。だが、バトルの腕前はピカ一ってとこよ。一度勝負してみな。認識変わるぜ。」
「そ、貴方がそこまで言うならさぞかし腕のある男なのね。ちょっとは興味が持てたわ。」
一通り話した後、ブラッキーがカリンの元へと戻ってきた。
「いい子ね。そう、向こうの席で待ってて下さるって?」
カリンがブラッキーの頬をなぞってやると、ブラッキーは気持ち良さそうに目をうっとりと閉じた。
「それじゃ、またね。悪タイプ使い同士、また話しましょう。」
カゲツの元に去る際に、カリンは彼の元へメモを残していった。
“後で、アタクシの部屋でゆっくりお話しましょう”
カゲツはメモを見て、フッと笑った。これは彼女が後でポケモンバトルで決着をつけよう、という合図なのだ。先程は気にしていない様子だったが、やはり気になっていたらしい。
ダイゴのことを話題に出したからだろうか。カリンのバトルへの誘いは、いつもこうしたさりげない言い回しで行われる。勘違いして馬鹿を見る男も多い言い回しなのだが。
シロナの待つ席へと向かう前に、カリンは化粧室でメイクを直した。ふう、と息をつく。会場は騒がしく、今だザワザワと喧騒がホールに響いている。
特にチャンピオン勢は人気で、下の階ですでにフリータイムとなったジムリーダー達が我先にと押しかけては握手を求め、勝負を挑む。
中には四天王と知り合いのジムリーダーもおり、久しぶりの再開と会話を楽しむ。
またある者は勝負の秘訣を聞きに来る。まだ幼いジムリーダー達は親に連れられてすでに眠りについているが、それでも全地方を合わせると中々の数だ。
おまけにリーグ関係者も勢ぞろいしているのだから、会場内の人は凄まじい人数であった。
そんな中、カリン一人が姿を消しても誰も気がつかなかったし、彼女の姿を追ってくるジムリーダーや関係者もいなかった。
ただ一人を除いて。
「さて。」
そろそろ行こうかしら、とカリンはバッグにメイク道具を直し、化粧室を出た。この後パーティが終了し、喧騒が冷めて集中力が戻ったら、カゲツと改めて勝負をする。
今日勝負をし、そして彼と会話をするうちに、やはりまだポケモンバトルに対してもっと腕を磨きたいと深く感じたのだ。
だとすれば、別れる前にもう一度勝負をしておきたかった。
(明日の朝、あのボウヤにも申し込んでおくかしらね。)
イカサマをしてやった罪悪感からだろうか、今夜は彼と会うことが少し躊躇われた。状況が空気がどうであれ、相手の顔に泥を塗ってしまったのだから。
ま、でも相手は負けてもそんなにダメージがなかったみたいだし、とカリンは割り切ることにした。明日のバトルで全力を出し切って戦い、チャラにしてやろうと思った。
しかし、その相手が今、カリンの目の前に現れた。さりげなくスッと、カリンの歩いている廊下の前に立っていたのだ。
「やあ。奇遇だね。」
絶対に待ち伏せしていたでしょう、とカリンは目を細めた。
「ちょっと貴女に話したいことがあってね。」
相手の顔は怒ってもいないし、笑ってもいない。いや、いつも彼がしているように薄っすらと笑っているのだが、その笑いはいつもしている表情なので、笑いに入らない。
ポーカーフェイスというわけだ。真意を読まれたくないらしい。
「あたくし、人を待たせているの。後にしていただけないかしら。あと、先約がいるのよ。」
「そいつは困る。さっきイカサマしたね。ポケモン使って。」
ギーマの口元が嫌な感じに笑った。腹が立っているのだろうな、とカリンは感じた。側でカリンのブラッキーが、小さく唸り声を上げている。
「あら、気がついていたの?ちょっと貴方をからかいたかったのよ。気に障ったのなら、ごめんなさいね。」
あくまでさらりと言って、そのまま避けて通ろうとするカリンに、ギーマはその道を塞いでカリンの足を止めさせる。
「わたしは、イカサマをするやつは嫌いでね。アンタも四天王の端くれなら、わたしとキッチリ勝負して決着をつけようじゃないか。どうだい?」
「だから、人を待たせているの。ボウヤ、貴方の気持ちもわかるけれど、後にしてくださる?」
苛々とした態度でカリンが応じると、さすがに彼も身を引いた。
「じゃあ、待ってるよ。終わったら甲板に来てくれ。来なかったら、貴女もそこまでの人ってことだ。人を待たせてるってのも、本当かどうやら。」
「馬鹿ね。あたくしは約束を守る女よ。」
ぴしゃりと言い放ち、カリンはその場を後にした。カゲツという先約がいたが、どうせこんなヤツすぐに叩きのめしてやるわよ、とカリンはカツカツとヒールを鳴らしながら廊下を歩いた。
年下の男に思い切り挑発され、先程までの罪悪感はどこへやら、完全に彼女の機嫌は斜めになった。
「にしても、ボウヤとはね。わたしも軽く見られたもんだよ。」
カリンのいなくなった廊下で、ギーマはやれやれと肩をすくめた。
不本意ながらも待たせてしまったシロナと会話を楽しんだ後、カリンは甲板へ向かった。向こうから呼び出されたのは不本意であったが、あそこまで言われて引き下がるわけにも行くまい。
ホント、冗談の通じない男って嫌だわ!これだから年下は…とカリンはムスッとした顔で甲板のドアを開けた。
皆まだ会場で楽しんでいるからだろう、全く人気がなかった。広々とした場で、カリンは思い切り相手を叩きのめしてやるつもりだった。
「来てくれたのか。礼を言うよ。中々乙だろう?誰もいない甲板で決闘なんて、まるで映画の中にいるようじゃないか。」
「そんな飾った台詞を言う余裕があるのなら、さっさと決着をつけた方がよいのではなくて?言ったでしょ、先約がいると。」
先程までやや苛ついた空気を漂わせていたというのに、早くも勝負師の顔に戻っているギーマに対し、全く腹の立つ男だわ、とカリンは思いながらブラッキーをボールに戻し、ミカルゲを場に出す。
本気で戦う時のとっておきのメンバーだ。
「そうだな。それと……」
カリンがポケモンを出したのを確認して、ギーマもズルズキンを場に出す。
「そっちが先にイカサマ仕掛けたんだ、何か見返りをくれないか?」
「図々しい男ね。賭けでもしろっての?勝負師さん。」
「そうだなあ、わたしが勝ったら何でも言うことを聞いてもらおうかな。」
「……随分と贅沢な賭けじゃない?じゃあ、あたくしが勝ったらどうしてくれるのかしら。」
「……平等に、こっちが君の言うことを聞くよ。」
負ける気がしなかったカリンは、二つ返事で返した。ベストコンディションの自分が、負けるはずがない。
「わたしがイカサマが嫌いな理由、それは……」
勝負が勝負でなくなるだろ、と啖呵をきり、彼はズルズキンへと命令を下した。
「……」
カリンは目の前で起こったことが信じられなかった。最後の最後で、負けた。倒れたブラッキーを抱え、げんきの欠片を与えて落ち着かせる。
読みを誤った。イッシュ地方にしかいないポケモンを把握できていなかった。一瞬の判断が命取りになるというのに。
「……やるじゃない。そういうの、嫌いじゃなくってよ。」
本当ならば悔しいのだが、あえてカリンは余裕をもった言葉を選んだ。ブラッキーをボールに戻し、長い髪を整えながらその場を誘うとしたが、肩を掴まれて引き戻された。
「おっと、待ってくれよ。」
まだ何か、とカリンは嫌な顔をした。腹を割って話せるカゲツとは違い、このポーカーフェイスの青二才はどうしても好きになれない。
「何なの、しつこい男は嫌われるわよ。」
「そっちがイカサマしたのはもういいよ。久しぶりにいい勝負が出来たし。だがさっきの“賭け”がまだ残ってるだろ?」
そう言うなりぎらりと目を光らせた気がして、カリンはぞくりとした。下がり眉毛で優男の顔をしているせいか、そういった表情はカリンには新鮮であり、恐ろしかった。
「……何が、お望みなの。」
「そうだな、よく見ると結構綺麗だから…懇親会だのはわたしは苦手でね。今夜は退屈で死にそうなんだ、相手してくれないか。」
肩を掴む力が増し、カリンは顔を顰めた。やはり所詮青二才というところか。いいわ、遊んであげる。と、カリンは目で相手を笑い、肩に置かれた手を取った。
カリンの部屋は見晴らしのいい窓際に取られていた。窓からはクチバの港から発されるネオンサインが美しく瞬いているのが見える。
ブラッキーをクッションの中で休ませて、カリンは酒をグラスに注いで一息ついた。
これじゃあ、カゲツとバトルするのは無理ね、とカリンはチラリとその原因を作った男を見やった。先程から壁にもたれかかりながら、ずっとカードを切っている。
カゲツとはバトルをするどころか、顔を合わせることも叶わないかもしれないのだが。しかしながらカリンはカゲツに何も連絡しなかった。
生意気な青二才一人ぐらい、さっさと終わらせてやれる自信があった。その後でカゲツに会って思い切りこいつのことを愚痴ってやればいい。
「で?私は貴方のカードゲームのお相手でもすればいいのかしら?」
わざと挑発してやると、ギーマはカードを切る手を止め、カリンにカードを差し出した。
「運試しだ。君がジョーカーを引いたら、カードゲームの相手で満足してやろう。」
カリンにとって、別にこういったことに及ぶのは全く問題は無く、むしろ弄んでやろうと思っていたので彼の提案は自分をバカにしているかに見えた。
「生娘じゃあるまいし、貴方あたくしを軽く見ているんじゃなくて?」
キッと目を詰めて言ってやると、相手はいつもどおりの優男の顔で口元を笑わせた。
「軽く見てるのはそっちだろう?ボウヤだの散々好き勝手言ってくれてるようだけれど。わたしは君とそんなに歳は変わらないんだが?」
「あら、そう。失礼したわね。よかったじゃない、若く見られて。」
適当に受け流し、カリンはカードを引いた。ハートのエース、はずれだった。
「おや、残念。」
わざとおどけて大袈裟にポーズを取る目の前の男に、カリンはカードを放り投げる。彼の側にいたレパルダスがカードを口にくわえてキャッチすると、主の下へとカードを運んだ。
「あたくしはどっちでもよかったのよ。あなたとすることがカードゲームだろうが、男女の関係だろうがね。」
言っておくけど、避妊はしてよね、とだるそうにカリンは呟いて上着を脱いだ。礼服である黒のドレスから肩とデコルテが露になる。
白い作り物のような肌が生えるような黒いドレスは、彼女の色気を引き立てる。ソファーから立ち上がり、相手の前に仁王立ちになると、おもむろに腕を絡ませ、頬を撫ぜた。
「貴方、顔はそこそこいいみたいだけれど……どうなのかしらね、実際。」
細く長い指で顎の辺りを撫ぜてやると、ボウヤ扱いはいい加減にしろよ、と手を掴まれ、引き剥がされた。
「自分で言うのも何だが、今まで女に不自由したことは一度もないんだぜ?」
「どうかしら。」
あまり人を馬鹿にするなよ、とため息を吐いてギーマはカリンのドレスの止め具に手を描ける。止め具を外すと、一瞬でカリンの纏っていたドレスが下に落ちた。
「こんなことしておいて、まず失礼とか断りも無ければ謝りもしないのね。傲慢な男だこと。」
カリンは軽蔑した目で相手を見たが、見られた本人は全く表情を変えずに続け、カリンの胸を解放する。豊かな双山が弾力を伴って揺れた。
「謝るのはむしろそっちじゃないのか?イカサマなんか仕掛けやがって。」
そのまま、ギーマの手がカリンの腰の方へと伸びていく。それと同時に、カリンの耳元で低い声がした。
「そういえば、一つだけ君に謝らないといけないことがある。」
カリンのストッキングを止めていたガーターベルトも、そのまま床へと音も無く落ちる。
「実はこのカード、全部ハズレなんだ。」
ギーマにやりと笑うと、カリンの腕を掴んでそのまま床に押し倒した。
「ちょ…ちょっと、床の上でなんて痛いからあまり好きじゃな……んっ…」
抗議するカリンの口を口で塞ぎ、そのまま舌を絡ませて侵入する。自分を押しのけようとするカリンの腕をひねり上げ、首に巻いていた長いマフラーで拘束していく。
「土壇場になって抵抗するなんて、往生際が悪いな、なんだい、口では強がっていながらもしかして処…」
言いかけたところで、カリンの蹴りが顔に入った。
「貴方、あたくしを誰だと思っていて? 床 で す る の が 好きじゃないって、言っているでしょう?肌に傷が付いたら、どうしてくれるのかしら?」
睨みつけるカリンに、蹴りを入れられた頬を撫でながら、ギーマははいはい、カリン様はか弱いお方ですから、と嫌味を吐きながらカリンをソファーに担ぎ上げた。
「全く、これじゃあどっちが言うことを聞いているんだか。わたしの顔に対する配慮はなしかい?」
「男の顔なんて、どうにでもなるでしょう?それよりこれ、解いてくださらない?邪魔でしょうがないわ。」
カリンは拘束された手を自由にするように促した。手が自由ならば、この目の前の青年を虜にしてやるぐらいわけはない。
「嫌だね。わたしはこういうシュチュエーションのほうが燃えるんだよ、こう、気が強い女のハナをへし折ってやる快感ってやつかな。」
そのままカリンを押さえつけると、胸を力任せに掴み上げる。はちきれんばかりの美しい胸が、変形して歪む。
「やはり大きいな。イイねえ。この感触。ほれぼれするよ。」
「……ッ……たまには、こういうのもいいかも……ね」
乱暴にもみしだかれ、カリンは声を上げそうになるが、堪えた。久しぶりだからだろうか。いつもよりも、敏感になっている気がする。
「いつまでその余裕が持つか見ものだねえ。セキエイリーグの四天王トップのカリン様が、な。」
意地悪く笑うと、そのままカリンの胸の突起に噛み付く。突然の攻めに、カリンが思わず上擦った声を上げた。
「おやおや、強くされるのが好みかな?好きモンだな、全く。」
「違うわよ、少し驚いただけ…やっ…んん…」
噛み付かれたかと思うと、下でゆっくりと転がされる。そんな飴と鞭の愛撫に、カリンはしっかりと感じていた。
「意外と……上手なのね……感心する…わっ…」
「このくらいで感心しちゃあ、身がもたないぜ?これからもっと凄いことをするんだからな。」
カリンの胸を攻めながら、もてあました片方の手でカリンの恥部を撫で回す。ゆるく触るだけかと思えば、時折爪を立ててガリガリと引っ掻きまわす。
引っ掻き回される度に、カリンの体に電撃が走る。胸と局部の快楽に溺れんとすると、拘束された手をマフラーで掴み上げられ、無理矢理体を起こされた。
「このまま、自分だけが気持ちが良いなんてずるいと思わないか?」
「さあね。あたくしを抱きたいと言ったのは貴方でしょう?」
息を切らせながらも強気なカリンに、ギーマは口を嬉しそうに歪める。そのままカリンの頭を掴むと、己の股間の前におもむろに彼女の頭を寄せた。
「わたしも気分良くさせてもらおうか。ただし、口だけでやってもらおう。おっと、手はわたしが使えなくしたから、当然かな。」
くつくつと笑う青年を心の底ではいつか見てらっしゃい、と睨みつけながら、カリンは口で器用にベルトを解放し、ファスナーを降ろした。
あれだけ人の体を弄り回しておきながら、姿を現したソレはあまり勃っていなかった。なるほど、こちらもポーカーフェイスということだ。
カリンはまず、薄っすらと全体に舌を這わせ、先だけを重点的に唇だけで吸う。ようやく立ち上がってきたところで、口の中に含み、転がした。
上目遣いで様子を伺ってみるが、表情を動かす気配はない。そのままぴちゃぴちゃと行為を続けると、頭を掴まれ、乱暴に揺すられた。
「……ン!!」
「もっと本気を出してくれ。せっかくの二人っきりの懇親会が、つまらないだろ?」
喉の奥を突かれたカリンは、苦しそうな顔をする。荒々しく揺さぶられているせいで、呼吸が出来ない。息が苦しくなり、酸欠になりかけたところでおもむろに口が解放される。
元々男性を手玉にとって自分本位で行為を進めているカリンは、完全にペースを握られてしまっていた。普段、こういう男性を相手にしていないというのもあったかもしれない。
「女王様気取りはそろそろやめてくれるかな?今夜は誰の言うことを聞くか、わかってないみたいだな。」
髪の毛を掴まれ、股間に膝を当ててぐりぐりとのしかかられて、カリンは悲鳴を上げた。相手の横暴さに、今度勝負する時はこっちが勝って好き放題してやるわ、とカリンは心に決めた。
押し当てられた膝にカリンの愛液が滲み、スーツのズボンに染みていく。スーツを汚されたギーマは、汚いな、と笑いながらカリンの胸を手で弄び、膝を押し当てるのを止めない。
「どうだ?欲しいか?このわたしが。」
ジャケットに手をかけながらも、ニヤついてボタンを外しあぐねながら、彼はカリンに問うた。膝で乱暴に擦られたカリンの局部は、ひくひくと引きつり、充血していた。
言いたくはないが、言わなければずっとこの状態が続く。カリンはプライドを次の勝負に繋ぐため、思い切りいやらしい表情で言った。
「……きて……」
「欲しいか、欲しくないか聞いているんだが?」
嫌な男!とカリンは先程の作った表情はどこへやら、苛立たしい声で言い放った。
「ええ、欲しいわよ!これで言ったわよ!さっさと挿れたらどうなの?!」
怖い怖い、と大袈裟に片手で耳を塞ぐ仕草をすると、ギーマはジャケットを脱ぎ捨ててカリンを背後から抱きかかえ、後ろから貫いた。無論、避妊はしている。
カリンの体が跳ね上がり、行き場のない衝動を体現するかのように、体を揺すった。
「……は……く…!」
後ろから抱きかかえられ、足を観音開きにされて貫かれるカリンは、もはや四天王の貫禄も形無しとなっていた。今はただの、一人の女だった。
貫かれながらも、後ろからは腕が、手が、這ってきてカリンの胸や敏感なところを容赦なくいたぶる。カリンを拘束していたマフラーは既に乱れ解かれ、シーツの上に落ちていた。
「すごいな…四天王ともあろう女性が……くっ……!」
カリンを嘲笑っていたギーマが、顔を顰めた。カリンが反撃に出たのだ。思い切り、彼のモノを締め上げてやったのである。
「その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ。いい歳した四天王ともあろう男が賭けを使って夜遊びなんて、見物ね。」
クスリ、と笑い、溺れかけた表情が消え去り、カリンは余裕の笑みを浮かべた。
「あたくしは、そこまで単純な女じゃないの。残念だったわね。 ボ ウ ヤ 」
カリンが繋がった部分の根元に手を伸ばし、長い指と爪で引っ掻く。先程まで主導権を握っていた余裕のギーマが、うっ、と呻きながら仰け反った。
負けじとうなじに噛み付こうとしたその時、人の足音と、部屋のドアが開くのが見えた。この女、鍵をかけていなかったのか?!
「よう。勝負しにき…ってうおおお!取り込み中かよ!!」
やってきたのはカゲツだった。それもそうだ。カリンと約束していたのだから。カリンから誘ったのだから。
「あら、カゲツ、早かったのね。」
「しかも何だ、そいつと?!お嬢、アンタそういう男が趣味だったのか?」
「馬鹿言わないで頂戴!こいつの賭けに負けたのよ!で、あたくしに相手しろって言うものだから、あたくしが遊んであげてるだけよ!」
行為を続けながらも、カリンは何事もないようにカゲツと会話をする。それをギーマは、しかめっ面で聞いていた。
「しかし、坊ちゃんは不機嫌そうだな。しゃーねえ、俺は退散しますかね。」
しょーがねーなー、と頭を掻きながらカゲツが去ろうとすると、意外な人物から声がかかった。
「もし、君がよければ。」
「ん?」
不機嫌そうであったはずの彼が、何か企んだような笑いを浮かべ、カゲツに誘いをかけていた。
「三人で、楽しまないか?同じ悪タイプ使いとして。」
そう言うと、ギーマはカリンから己を引き抜き、カゲツへよく見えるようにカリンの恥部を広げて見せた。
「マジでか?」
いいのかよお嬢、とカゲツが聞くと、カリンも人数が多いほうが楽しいでしょ、と妖しげな笑みを浮かべて答えた。
「ま、お嬢がいいならいいか。」
カゲツはネクタイを緩め、シャツのボタンを外した。カリンの前に座ると、ギーマがカゲツに耳打ちしてきた。
「どうだ、彼女を二人で陥落させないか。四天王カリンが思い切り乱れる様を見たいだろう?」
こいつも若いくせしてワルだなあ、とカゲツは苦笑したが、それもなかなか面白そうだったので承知した。
「お嬢が男二人ぐらいでへばるなんて、思わない方がいいぜ。」
まあお嬢の相手できるなんてそうねえし、楽しもうぜ、と笑いながらカゲツはベルトを緩めた。カゲツのモノは酒が入っていたせいか、既に勃っていた。
カリンはそれを手に握ると、しょうがないんだから、とクスクス笑って己の秘部へと導いた。全てが飲み込まれると、カリンはカゲツにのしかかった。
「貴方とは全然、こういうことしなかったけど…なかなかいいモノ、持ってるじゃない?」
だろ、と返してカゲツはカリンを攻めにかかった。
「…ん…あん……いいわ、そこ……上手じゃないの……」
カゲツからの攻めを受けて、カリンは甘い声を上げた。そして、その声を打ち消すかのように、ギーマが割って入る。
「三人でしていいなら、ここも使わせてもらおうか。」
カリンの美しい尻を掴み、先程中断されたことで欲求不満の怒涛をねじ込むと、カリンは体をびくつかせて喘いだ。
「ああ…二つも……凄い……」
前も後ろも同時に攻められ、カリンは久しぶりの饗宴に踊る。そこに愛は存在しない、ただ肉欲のみの世界。しかしカリンはそれで満足だった。
恋愛とそういったことは、カリンの前では全く別のものだからだ。
「あーあ、3Pっつーのは、女がいい顔すんのは格別だけどよ、野郎のモンと体見なきゃいけねーのが、嫌だよなあ。」
カリンの素肌をもみしだき、性感帯を感じさせながらカゲツがボソリと呟く。
「もう、ムードがないのね。いいのよ、あたくしは別に貴方としなくても。」
「そりゃないぜお嬢、こういうときこそフォローしてくれねえとな。」
だから嫁の貰い手がないんだぜ、とうっかりカゲツは口を滑らせそうになったが、心の奥にしまっておいた。
「おいおい、そっちばかりじゃなくてこっちもちゃんと相手してくれないと。」
カゲツの首に手を回し、胸板に口付けるカリンの後ろから、ギーマが腕を伸ばしてカリンの胸を弄ぶ。
「ん…やん…そんなこといちいち言わなくても、こっちで相手してあげてるでしょう?」
尻の肉を締めると、ビクっと相手が震えたのをカリンは感じた。さっきまではあんなに強気だったくせに、一体どういう風邪の吹き回しかしらね、とカリンはほくそえんだ。
「……あまりこっちは使ってないんだな……かなりキツい……」
「あたくし、生憎アブノーマルな趣味は持ち合わせていないのよ。貴方みたいにね。」
三人揃って快楽に乱れる様は、もはや四天王という肩書きを彼らから剥ぎ取ってしまったかのようだった。
今他の場所で懇親会を続けているジムリーダーや、他の四天王が知ったら驚愕するだろう。いや、もしかしたら事に及んでいる者もいるかもしれないが。
部屋の空気はどんよりと湿り、それでいながら熱気で上がっていた。汗の匂いと人の性交の匂いが混ざり合って、なんともいえない不気味な香りが充満する。
卑猥な音が響き、女の喘ぐ声と男の呻く声だけが薄暗い部屋で重なる。悦びを含んで。
「あ……二人とも……はあっ……素敵よ……あたくし、もうそろそろ……」
イクわ、と呟いてカリンは身を震わせる。同時に二人も果て、カリンの中に欲情を叩き込んだ。薄いゴムの皮を隔てて、二人分の男の欲情が注がれるのをカリンは感じた。
「ああ…熱い……」
同時に引き抜かれて、支えを失ったカリンはシーツの上に倒れこんだ。荒い息がカリンを支配していた。
「あー、やっぱ、俺あんまし好きじゃないわ、3Pってのは。」
気だるそうにカゲツが言い、後始末をする。あと恋人じゃないとこういうこともしなきゃならんのがかったりぃんだよな、とも言った。
相変わらず表情の読めないギーマは、満足なのかそれともし足りないのか、よくわからなかった。
行為の最中ずっと部屋の隅に控えさせていたレパルダスを呼び寄せると、側に侍らせてその毛並みを撫で回した。
「……何だかあっけなかったな。まあ、こんなものか。」
もっと苛めてやりたかったんだが、とレパルダスの頭を撫でながらギーマが呟くと、それまでシーツの上で伏していたカリンが急に飛び起き、ギーマを押し倒した。
「あら、そう。まだまだ、し足りないってことなのね?」
妖しげに微笑むその姿は、後ろにどす黒いオーラを纏っていた。本気だ。本気で、やるつもりなのだ。
「……いや、その……何だ、明日はイッシュに帰らない…と!」
不意をつかれて急に弱気になり出したギーマに、カリンは追い討ちをかけ、彼の股間を握り締めた。
「まだまだ、使えるんでしょう?あたくしを、屈服させるのがお望みだったんじゃなくって?」
じりじりとにじり寄るカリンに、レパルダスがさっと身を翻して部屋の隅へと戻っていく。カゲツがあーあ、やっちまったなお前、と苦笑いしながら見ているのが見えた。
「それはそうだが…この体勢ではやり方が間違っているのでは?」
「馬鹿をお言いなさんな。女が有利な状況で屈服させてこそ、男でしょう?違う?」
あたくしを満足させることが出来れば、だけど。と言ってカリンは力任せにシャツをはだけさせた。まるでアマゾネスの男狩りだ。
「ははは、お嬢を本気にさせちまうとロクなこと起きないぜ。」
笑うカゲツに、カリンがとどめの一撃を言い放つ。
「何笑ってるの?貴方ももカゲツ。あたくしを満足させて頂戴。」
「……マ……マジでか……?」
他人事と笑っていたカゲツが頭を抱え、うなだれる。カリンに馬乗りになられ、シャツを掴まれて引き寄せられているギーマは、やれやれ、といううんざりした顔をしていた。
次の日。改めてカリンは二人とバトルをしよう、と持ちかけたのだが、二人とも生憎そのような体力は残っていなかった。
昨晩は結局、カリンが失神するまで盛り上がっていたからだ。予想外で若干しぶしぶながらが含まれていたものの、二人ともそこは男だったので逆に楽しんでしまった。
そして、そのツケがこれである。カゲツは酒の飲みすぎかと思われ、特にホウエンの仲間に何も言われなかったのだが、ギーマは違った。
カリンに顔を蹴られたときの青アザが残っており、イッシュのリーグ関係者に合うたびにその理由を聞かれた。
「そ、そそそそれどーしたんですか?!大丈夫ですか?!昨日何があったんですか?!」
小説家という職業柄からだろうか、同僚のシキミにはやたらと詮索された。
苛々した口調で言うと余計に何か言われるので、涼しい顔で別に、と答えておいたが絶対に彼女は詮索を諦めないだろう。
「……前から言おうと思っていたが……夜遊びもいいが、ほどほどにしておけよ。」
レンブだけは事情を察知していたらしく、そう言うと他は何も言わなかった。
やってしまったと言わんばかりに青アザを手で押さえながら船の甲板でたそがれていると、カゲツがやってきて、お互いに昨晩のことを愚痴り合った。
「……彼女はいつもああなのか……?」
「知るかよ。お嬢と俺はそういう関係じゃねえぜ。」
「へえ。それにしては随分と親しそうだったな。」
「仲はいいが、お互いそんな対象じゃないってこった。お嬢の理想は高いからなあ。」
ふと見ると、カリンだけはつやつやしていて、シロナというシンオウのチャンピオンと話し込んでいた。
「お前、何でお嬢に手を出したんだ?」
「いやあ、気が強くて屈服させる甲斐があると思ってね。楽しめるかと思って。最近、楽しめなかったからさ。もっとも、屈服させる甲斐がありすぎたけれども。」
こんな顔に傷までつけられちゃってね、と苦笑いしながらギーマはカゲツにカードを渡した。レパルダスがモチーフに描かれている、名刺だった。
「あ?何だこりゃ。」
「親睦の証にね。……また、彼女のことで困ったら、相談しようじゃないか。」
また来年もこの懇親会はあるんだろう、とギーマは言ってジムリーダーの女の子達が集まっているところへと足を向けた。
黄色い声が上がって彼が女の子達に群がられるのを見て、カゲツは懲りてねーな、と苦笑した。そうしてカリンに目を向け、やっぱしお嬢には敵わねえよな、とポツリと呟いた。