ある日のイッシュテレビ。
昼下がりの生放送企画番組のゲストとして、カミツレはスタジオにいた。
「どうもーカミツレさん!今日はお仕事で忙しい中、うちに出ていただいてありがとうございます!」
「はい・・・どうもー」
モデルらしく、その細い脚を軽く組んで座るカミツレ。挨拶や経歴紹介などが終わったところで、今回の特集コーナーである。
「さあ、早速参りましょう!ゲストを見れば分かるように、今回は『発見!ジムリーダー』の特別編をお送りしまーす!」
MCの声がスタジオに響く。観覧席から拍手を貰う。
カメラと観客席に向かって軽く微笑むカミツレ。しかし、内心は緊張と不安でいっぱいだった。なにせ、今回初めて台本無しでテレビに出演しているのだから。
そして、番組が始まった。
「それじゃあカミツレさん、早速最初の質問です!いつも電気タイプのポケモンを使っていらっしゃいますが、何か思い入れはあるんですかー?」
「ええ、まあ……」
そんな感じの軽い質問から始まったコーナーだが、ライモンジムの紹介や、バトルVTRを間に挟み進行していくにつれ、突っ込んだ質問が増えていった。最後の二つなど、極めつけだった。
「そういえばカミツレさん、先日このコーナーで紹介したお手紙なんですがー……『ジムリーダーの カミツレさんが ライモン ポケモン つよいもん
って いってたんですよ だれも 笑わなくてー でも わたしは すっごく 面白いと 思うんですよー どうですか!?』ってありましたけど、ビリビリスーパーモデルってカミツレさんの事ですよね!?」
もう、読み上げている途中から顔が真っ赤になっているカミツレ。誰が見ても本人である。
「いや、あの、そのですね……なんというか、別に私は……」
「やっぱりご本人でしたかー!……そうだ、今日は特別に、カミツレさんご本人がこの決めゼリフをやってくれるそうでーす!」
「えっちょっ何それ怖い待ってくださいってばっ……」
MCの無茶振りに、涙目になる。カンペには何も書いていない。やれ、ということだ。
カメラが寄り、スタジオが静かになり始める。
もう逃げられない。覚悟を決めてカメラに視線を向ける。
潤んだ目で、恥ずかしさ故に無意識に上目遣いをして、頬を染めながら。
「……ライモン ポケモン つよいもんっ……」
ああ、やってしまった。カミツレは思った。もうダメだ、しらける――そう思ったとき、スタジオから黄色い歓声が巻き起こる。
「キャー、カミツレさーん!」
観覧の女の子たちが騒ぎ出す。MCはしたり顔を一瞬だけ見せ、そのまま場をまとめた。
だがしかし、調子づいたMCは、最後にある意味最悪の質問をしてしまう。
「さあこんな綺麗でおちゃめなカミツレさんですが、彼氏とかー、意中の人、っているんですかー?」
「えっ――」
彼氏はいない。しかし、意中の人……心当たりが、あってしまった。自身を倒し、現在はイッシュの新たなチャンピオンである少年の顔を。その無邪気さと、大切なものを守る時に見せるあの凛々しさ、それに胸を苦しめ、忘れようとしながらいつも想っていた自分の事も。
ただでさえ思考回路がぱちぱちと音を立てていたのに、カミツレは完全にショートしてしまった。
「そっそんなのっ……いるわけ無いじゃないですかーっ!」
その大声にスタジオがどよめく。
「はっはいっ、ということで『発見!ジムリーダー』特別編、フリーのカミツレさんでしたー!」
「うるさーいっ!」
「はいっCM!CMの後は『どれでも鑑定団』のコーナーです!」
カミツレさんの謎の怒りに、なんとか場をまとめたMCだった。
その後は平静を取り戻し、なんとか生放送を終えた。
しかし、タクシーを断り徒歩で帰る道すがらずっと、あの少年の事を思い出していた。
そして、自宅手前の最後の角を曲がると、思わず目をこすった。
「えっと……おつかれさまです、カミツレさん」
信じられなかった。今日一日夢想していた少年が、目の前で自分に労いの言葉をかけている、その事実が。
「えっと……その……」
「生放送、見てましたよ!カミツレさん、あんな面白い事も言えるんですねー。マルチタレントっていうのかな、すごいよかったですよ!」 また、顔が真っ赤になってしまう。もう今すぐにでも駆け出したかった。
「それに、とってもかわいかったです。大好きですよ、カミツレさん!」
少年の言葉に、他意はない。しかし、瞬間湯沸かし器のカミツレには、それだけで。駆け出す方向を間違えるにはそれだけで充分だった。
ぎゅっ。
その細腕に出せるあらん限りの力で、少年に抱きついた。
「カミツレさん……?」
「ちょっと、このままでいさせて……っう、ぅえっ、うう、ひぐっ、うえぇん……」
ついには、少年を抱いたまま膝から崩折れ、泣き出してしまう。少年は、訳がわからない……だが、普段あんなに強いカミツレが泣き出すからには、きっと自分にも何かあるのだろうと、その何かも分からず、カミツレの身体を抱き返した。
「カミツレさん……?僕に、言えることだったら、言ってみてください……」
「ううっひっぐ……私、私ね……君の事が、好きなのっ……
初めて出会った時からずっと、君が私の一番だった……君が私を倒して、
その後、最後の戦いに挑む君を見送った時、思ったの。
本当の私は、君が、戦いの中で大切なものを守り、ポケモンやトモダチと心を通わせていく君が、大好きなんだって……
だから、君に大好きって言ってもらえて、嬉しかったの……モデルの時のニセモノの、愛想笑いの私じゃないわ。
本当の私は、心の底から、君の事が好き。大好き。
返事は、出来ればでいいわ……純粋な君に、私のこの気持ちはきっと、解らないから……」
そう言って少年の腕の中で、吹っ切れた微笑みを浮かべるカミツレ。
そんなカミツレに、少年はゆっくりと、首を横に振った。
「ううん……解るよ、カミツレさん。僕が今日来たのも、決心がついたからなんだ。
この前までは、まだ幼かった僕だけど、チャンピオンになって、イッシュの全てを見た。
そしたらね……カミツレさんの顔がさ、浮かんだんだ。
ライモンのジムで、僕に全力で挑んでくれたカミツレさん。
ベルのお父さんを説得してくれたカミツレさん。
そして、僕を笑顔で見送ってくれたカミツレさん。
……気付いたんだ。僕は、カミツレさんが好きなんだって。
今日、生放送を見て、カミツレさんが好きな人はいない、って言ったから。
そんな汚い決心だったけど、今、カミツレさんは僕を大好きって言ってくれた。
……うん。僕も大好きだよ、カミツレさん。大好きだよ……」
何秒抱き合っていただろうか。
「キス、しよっか……」
言い出したのはカミツレだった。
少年もこくりと頷く。
目を閉じたカミツレに、少年は一度自分の呼吸を確かめた。そして、
「好きだよ、カミツレさん」
はじめての、キス。二人が、赤い糸で、結ばれた。
そのまま、無音で唇を重ね合う。
そして、どちらともなく唇を離し、その間には、名残の銀の糸が垂れる。
それが千切れると、もう、二人に言葉は必要なかった。
カミツレが先に、家の鍵を開け、中に入ると、少年もその後に続く。
そしてその晩、カミツレの家の灯りが灯る事は、なかった。
その後、ビリビリスーパーモデルの電撃結婚会見があったとか、なかったとか。
真相は、灯らぬ灯りだけが知っている――。