「さ……最初に戦ったときと全然……」
最後のポケモンが眼前で倒れたとき、激しい眩暈がブラックを襲った。
小遣いと経験値稼ぎがてらにと、軽い気持ちで二度目のリーグに挑戦した矢先だった。
まさか一度倒した相手の手持ちが最大まで増え、段違いにレベルが上がっているなど夢にも思わなかった。
ブラックのポケモン達はろくに善戦も叶わぬまま、相手の先鋒次鋒を前に次々と倒れていったのだった。
「あら。まさか前回勝ち抜けられたのは、自分の実力だとお思いでしたの?」
気品のある静かなソプラノ、しかし嘲弄をはらんだ冷やかな声がプラネタリウムの空間に響く。
意識もおぼろな耳に、カトレアの一言が鮮明に響き渡った。
「弱いわ」
直後、不意にテレビの電源が切れたかのように視界一面に黒が下りる。
ブラックはふらりと前のめりになり、渇いた音とともにその場に倒れこんだ――。
……――。
ブラックはふと意識を取り戻した。
後頭部と背中に、夢のようなふかふかの感触。
目の前は豪奢な天蓋の裏側が覆っており、視界の端には透くような薄地のカーテンが伸びている。
すぐにベッドに寝かされていると分かったが、それにしても全く見覚えのない景色だった。
ここはどこだ。さっきまで何をしていた。誰が運んでくれたんだ。
「……!?」
それらの答えは一瞬で思い知らされた。
ブラックのすぐ真横によこたわっていたからだ。
「カ……カトレアさん……」
ブラックと同じベッド、同じ向きで、美しいブロンドの長髪が静かに眠っていた。
勝負のときとはまるで別人の顔だった。
微塵もけがれのないアンティーク人形を思わせる、繊細な美に満ちた寝顔だった。
一定の微動から、安らかな寝息が綴られていることを知る。
生きている。
ブラックはそんな当たり前なことに息を飲んだ。
「……カトレアさん……」
なぜ彼女が隣で寝ているのか。リーグはどうなるのか。
そんなことはまるで頭に上らなかった。
ブラックはただ、目と鼻の先にある、生きた奇跡に魅入られていた。
誘われたように、毛布の中からそろりと手を伸ばす。
「綺麗だ……」
指先がカトレアの頬に――届かない。
自分の野卑に染まった手で触れるのが、大いに躊躇われた。
「ありがとう」
カトレアが薄く目を開けても、さして驚きはしなかった。
だって、生きているのは分かっていたから。
しかしカトレアの次の行動には動揺を禁じ得なかった。
「ん……」
手を取られ、のばした指先が咥えられたのだった。
湿った感触。くすぐる鼻息。薄い、しかし明らかにこちらを捉えている流し目。
指を舐めあげる極か細い音が、かえって強烈に響き渡った。
「ぷぁ……」
自分の指とカトレアの唇を結ぶアーチが、淫靡にきらめく。
「アナタに……お願いがあるの……」
ブラックは息を呑むことも忘れ、ただ吸い込まれるようにカトレアを見つめていた。
彼女の話は単純だった。
自分は、自身が制御できないほどの強力なエスパーを持っていたこと。
有能な執事の加護のもと、束縛された生活を強いられてきたこと。
力をコントロールできるようになった頃、独り立ちを決心したこと。
自身の提言に納得してもらった上で、執事のもとを去ったこと。
そして、孤独を感じるようになったこと。
「……アナタが倒れる間際、アタクシはアナタに『弱い』と言ったわ」
ブラックの上着の中で、カトレアはうわ言のように呟いた。
大河のように長大に広がる、ブロンドのウェーブが愛おしい。
「でも……本当はアタクシの方がずっと弱いの」
心も、身体も。
カトレアは言った。
リーグの他のメンバーや、異邦のチャンピオンに支えられても。
一途に自分を信じてくれるポケモンたちに囲まれても。
「独りきりの時間が……寂しいの」
カトレアは、静かにブラックのチャックを開いた。
取りだされたそれをうっとりと眺め、物欲しそうな表情でキスを落とす。
「リーグを終えるまでの短い時間……戦ったあの子たちを寝かせている時間……」
指先でこねりながら、ひたすら浅いキスを繰り返す。
ブラックは至高の快楽に息を弾ませることしかできない。
「いつもたった独りで……夢の世界に逃げるしかないの……」
カトレアの小さな口が、完全に塞がれた。
一人前になって間もないブラックのものを容赦なく責めたてる。
「う……あ……カトレアさ……カトレアさん!!」
経験のないブラックは、カトレアの絶技に耐えられるはずもなく。
直後、白い帽子ごと乱暴に頭を押さえつけると、すぐに果ててしまった。
「ハァ……ハァ……カトレアさ……ごめ……」
カトレアの少し辛そうに目をつぶった顔は、しかし丹念にそれを味わっているようにも見えた。
口から漏れたそれを両手ですくいながら、こくんこくんと小さな喉音を立てて飲み干していく。
それを終えると、おもむろに手にかかった分を舐めながら、満ち足りたような声で言った。
「ああ……あったかい……」
――
ブラックはカトレアにまたがっていた。
いきりたったその先端は、すでに晒された秘部にあてがわれている。
「カトレアさん……本当にいいんですか?」
「アタクシが望んだことよ。構わないわ」
しかしブラックはここにきてまだ躊躇っていた。
無論、すぐにでも自分のものにしたいという欲求はある。
だが果たしてこれは許されることなのか。
今から行う行為は、強い誓いを伴うものではないのか。
曖昧な思考の中、カトレアが自分に命じた。
「きて」
考える余裕もなかった。
身体が反射したように一気に貫いていた。
八方から窮屈に締め上げてくる極上の感触に、即座に順応する。
気持ちいいなんてもんじゃない……脳裏に浮かぶどんな形容でも足りない快感。
「ひう……う……」
反面、カトレアの歪んだ顔。
普段気品を重んじている彼女だからこそ、甚大な痛みに襲われていることが分かる。
「だ、大じょう……。……!!」
ふと落とした目の先、愛液に紛れる赤。
ブラックはそこで初めて、カトレアの覚悟――孤独をかき消した代償を知る。
どうして。なぜ。
「……コクランは執事としての忠心を貫き、決してこの域まで立ち入らなかったわ」
痛みに耐え続けながら、カトレアは微笑した。
目の端に、この世で何よりも美しい珠玉を光らせながら。
「自分の決めた、生涯を預けられる男性に捧げるべきと。でも、その約束はいま破られたわ」
珠玉がポロポロと零れゆく。
「誰でも良かったの。孤独を紛らわせる人なら……誰でも……」
それは自分を嘲るような……ブラックに詫びるような……そんな響きがあった。
ブラックには、その言葉が胸に刺さるようで、どうしようもなく切なくてたまらなかった。
「…………」
しばしの時を経て、ブラックは――不意に腰を動かし始めた。
カトレアの太股を持ち上げ、ゆっくりと、徐々に早く、突き上げていく。
「あ……はっ……そう……それでいいの……あうっ……あんっ……」
喘ぎが滲み始めたカトレアは、それでも途切れ途切れに言った。
「アナタは……男の性に従って……アタクシを好きに犯せば……」
「そんな適当な気持ちなんかじゃない!」
初めてブラックが叫んだ。
カトレアは小さな驚きの声をあげる。
今まで為すがままされるがままだったブラックが、初めてカトレアに抗いをみせた。
「カトレアさんには……俺が……俺がそばにいるから!」
次第に荒くなっていく腰使い。
同時に、カトレアの抑え気味だった喘ぎ声が目立ち始める。
木造りのベッドが軋みを立てはじめた。
「……俺が……くっ……そばにいるから……」
ピストン運動が最高速度に達する。
もはや突くというより叩きつけるに近い。
カトレアはシーツを握りしめ、わき上がる女の衝動を小刻みに吐き続けた。
いつの間にか絶頂はすぐそこだった。
「カトレアさ…………カト……レア……ッ!」
「〜〜っ!!」
刹那ブラックは、カトレアの柔腰を抱え上げ、弓なりにのけぞった。
濁流のようなほとばしりがカトレアの最奥に噴きこんでいった。
大量の白濁が轟音を錯覚させながら流れ込み、また溢れていく。
「んん……アナタが……入って……きてる……」
「カトレア……」
カトレアの恍惚とした、しかし歓喜の色の差した眼。
ブラックの疲弊した、しかし強い意志を灯した眼。
乱れたベッドの上で、しばらく二人分の荒い呼吸が繰り返された。
夜空が祝福するかのように、一斉に星々を落としていった。
――。
「カトレアさん、また会いに来ます」
ワープポイントを前にしたブラックが振り返って言った。
ベッドで半身だけ起こしているカトレアがそれを見送る。
「そう……楽しみにしているわ」
「すぐ会いに来ますから」
迫真のブラックに、カトレアはくすくすと微笑を返す。
「アタクシなら、もう大丈夫よ」
言いつつカトレアは目を閉じ、ゆっくりと下腹部をなでまわした。
「もう、独りじゃないから」
END