「シンボラーはマジ綺麗で神秘か、わ、い、い…と」  
今宵もまた、ご主人様は摩訶不思議な箱に向かい何やら作業をしている。  
暫く画面を見てにやけたかと思ったら、数秒後には憤懣遣る瀬無い風にディスクを拳で叩く。  
毎度ながら、何をしているんだろうか。理解出来ない。  
「くっそ、なぁんで世間の奴らはお前のよさがわかんねえんだろうなあ」  
伸ばし放題の黒髪を掻き毟り、椅子を回転させて私と向き合う。  
私はご主人様の苦悩をよく理解出来なかったけれども、眉間に刻まれた皺が消失することを願い、  
無言で擦り寄った。  
 
ご主人様。ご主人様。よくわからないけれど、  
私のことで、そんな顔をしないで。悲しくなる。  
 
私の願いが通じたのか、ご主人様は強張っていた表情を崩し、満面の笑みで私の球体を抱きしめて来た。  
ほんの少しばかり驚いて、そして何より嬉しくて、原色の翼を小刻みに震わせる。  
黒色の手でご主人様の腕を掴み、空中に浮かぶことを止めて身を預けた。  
一つ目で見上げると、ご主人様の蕩ける様な優しい双眸。  
私はもう一度、翼を震わせて喜びを示す。  
「可愛いなあ。ほら、もっとこっちにおいで」  
 
改めて背後から抱き直され、私はご主人様の膝上に乗る様な形になる。  
翼は相変わらず戦慄いて、そして、私の鼓動は小さく跳ね上がり、徐々にテンポを増して行く。  
状態異常や環境の変化には弱い私だけれど、ご主人様には、本当に弱い。  
大きな手が私の胴体を包み込み、硬くて、ほんの少し湿った指腹が、ゆっくりと紋様のラインをなぞって行く。  
「シンボラーの魅力と言えばこの神秘的なデザイン!  
凄いよなあ、神秘だよなあ。人の手が加わっていない、自然のポケモンに、  
こんな綺麗なラインが出来るなんて」  
ギザギザと波打つ部分を焦らす様に辿り、背中から覗き込む様にじっくりと眺められる。  
ご主人様の息が掛かって、少し…大分、くすぐったい。  
ぎゅう、と翼が、ご主人様の体で圧迫される。  
「シンボラーの」  
ご主人様が横目で私を見て、両方の指先が、小さな円の周りで止まる。  
密着する掌から、触れ合う体から、ご主人様の体温が伝わって来て、蕩けてしまいそうだ。  
「ここと、ここ。どっちが本当の目なのか。  
一見、紋様に見えるここは、擬態になってるんだよなあ」  
 
改めてご主人様が、私のあの部分を見てくる。  
普段は別に何てことの無い行為で、部分だけれど、  
ご主人様の、…否、一人の、雄と意識した人に見られるのは何と無く気恥ずかしい。  
恥ずかしくて、すぐに腕から逃れ飛び立ってしまいたくなる様な、  
それでいて、もっと見て、…もっと、もっと、触って欲しい様な、妙な気分になる。  
「――…、一説には、”トリモドキ”のシンボラーは、自らの念動力で浮遊しているのであり、  
翼はまた別な用途として用いられる器官だって言う噂があるけど」  
あっ。  
そんな、翼の付け根をいきなり握り締めるなんて。  
ご主人様だから許すけど、もし他の、ポケモンや人間がそんなことをしようものなら、  
サイコウエーブやふきとばしでとっちめてやるところだ。  
……、ご主人様だから、…ご主人様だけに、許す行為だってこと、この人は知っているんだろうか。  
「別の用途、って何だろう、何に使うんだ?シンボラー」  
ぎゅ、ぎゅう。  
強すぎず、弱すぎない、絶妙の力加減でご主人様が付け根を握る。  
原色に色づく翼を、先程と同じ様に、指先が丹念に辿って来る。  
そんな事、私に聞かれても、知らない。  
……言える筈が無い。ご主人様のエッチ。  
 
小さく抗議の意味も篭めて啼くと、ご主人様が慌てて翼から手を離してくれた。  
けれど、全身は離れることは無くて、改めて私の体を抱きなおしてくれる。  
「ごめん、いやだった?機嫌なおしてくれよ」  
ご主人様が優しく囁き、前後に体を揺らす。  
組んだ両手が私の球体の、やや下の方に宛がわれている。  
いやじゃ、無かったけれど、……それより、ご主人様、そこは。  
 
翼が小さく、震えた。  
 
「……気持ちいい?シンボラー、ここ撫でられるの好きだもんなあ」  
優しい、でも、どうしてだか、少し意地悪で、多分私の勘違いだけれども、  
……私がそんな、エッチな気分になっているから、そう感じるだけかも知れない、けど。  
……いやらしい、ご主人様の声が、私の、まるでやけど状態になったみたいに、  
火照り始めた体をくすぐる。  
「――…よしよし」  
下方から上に、じわじわ這い上がる指先が、掌全体で覆いこみ、揉みこむ手の動きが、  
私の体をおかしくする。  
こんな気分になっては駄目だ。  
こんな風に反応するのはおかしい。  
ご主人様に他意は無くて、こんなのは、普通の、トレーナーとポケモンの、純粋な触れ合いに過ぎない。  
頭では理解しているのに、体は、いやらしく乱れてしまう私の体は言うことを全く聞いてくれない。  
「シンボラー、お前のこともっと知りたいよ」  
 
ご主人様に他意なんて無い。他意なんて、無い。  
私がこんな風に反応してしまうことを、彼は知らない。  
――知られちゃ、いけない。  
トレーナーに触れられて、興奮するポケモンだなんて、聞いたことが無い。  
知られたらもう、こんな幸せな関係を続けていくことは出来ない。  
この事以外だったら、私は何だって知って欲しい。  
だって私は、ご主人様のこと、  
「大好きだよ、シンボラー」  
大好き。大好きです、ご主人様。  
 
「あっ」  
ご主人様の声が小さく上がり、指先が後方へと滑る。  
「散歩の時かな…砂埃が少し溜まってる」  
爪先が淵に浅く食い込んで、軽く引掻き溝の汚れを掻き出そうとして来る。  
小刻みな、軽い、左右の動きが、  
私の、どうしようも無くいやらしい場所に重たく響いて、  
特性で、今までなったこともない、「状態異常」って多分こんな状態なんだと、思ってたら、  
「!!!!」  
カリッ  
「ん、何、痛かったか?ごめんな」  
違う。違いますご主人様。  
慰める様な指の動きが、おかしくなった私の体を更に乱す。  
痛いんじゃ無くて、そこはすごく……  
 
「もう少しだから…少し我慢して」  
息が体にかかって、私は力無く鳴くことしか出来なかった。  
汚れを擦り取る指の動きと、宥める様に球体のラインを撫でる手に、  
私の尾羽が揺らめく。  
徐々に持ち上がって、私のその部分を、ご主人様によく見える様はしたなく突き出した。  
「ん、協力してくれるのか?…いいこだ、シンボラー…」  
ご主人様の指が一層強く押し当たって、私の目の前が一瞬真っ白になった。  
何、だろう、これは。…わからない。理解出来ないけれど、  
悲しくて、嬉しくて、恥ずかしくて、…すごく、気持ちがよかった。  
「よし、とれた、ほら!」  
ご主人様が明るい声を出して、妙に湿った砂埃が付着した指を私の目の前へ差し出して来た。  
体、びくんって震えたの、悟られなくてよかった。  
体の熱も、徐々に引いてくれる。  
 
 
「本当にごめんな、シンボラー…と、こんな時間か。  
もう寝ようか」  
 
ご主人様が、球体上の黒色に軽くキスをしてくれる。  
余韻に浸っていた私は慌てて膝から飛び上がり、大きく翼を広げてみせた。  
 
「はは。んじゃ、ボールの中に戻れ。  
…と、シンボラー」  
 
少しガッカリした気持ちを、悟られない様高い鳴き声を発した。  
何度かご主人様の頭上を旋回する。  
 
「明日もまた、たくさん遊ぼうな」  
 
ご主人様の優しい笑顔に、私の翼がジンジンと疼く。  
――…勿論です、ご主人様。  
そうして私はボールの中へと舞い戻った。  
ご主人様との明日、を、心から楽しみにしながら……。  
 
終  
 

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