三年前、初めてヒウンシティに遊びに行った。  
 それまでフキヨセ周辺しか知らなかったアタシは、見るもの全てが煌びやかなその光景に目を奪われた。  
 中でもとりわけ、ちょうど行われていた個展の絵に、目どころか心までも奪われた。  
 繊細なタッチなのに力強い描写。キラキラの色づかい。何より、そこにポケモンがいるかのような躍動感。  
 あんな絵を描く人はどんなに素敵なんだろうって、空を飛ぶコアルヒーにずっと話しかけてたのを覚えている。  
 それからしばらくして、アタシはフキヨセのジムリーダーになった。  
 挑戦者は毎日のようにいたし、貸物機のサービスも軌道に乗り始め、出来れば足繁く通いたいヒウンシティにはなかなか出向けない。  
 天気が良いと、飛行機から薄い雲の向こうにたくさんの高いビルがぼんやり見えて、とても眺めがいい。  
 でも、それを見る度に思いを馳せてしまう。アタシにはジムも仕事もあるし、それはとても幸せなことなんだけど、なかなかプライベートの時間は取れなかった。  
 空を飛べばひとっ飛びのはずのヒウンシティは、アタシにはどこまでも手の届かない場所に思えていた。  
 
 
 
 
「あーんもう、今日も疲れたなあ」  
 急に大雨が降って運航時間が変更になり、予定していた時間をだいぶ押していた。  
 先方に平謝りして、個数をチェックしてもらって、次の運搬の打ち合わせをして……たった今帰ってきたところだ。  
 もうすぐ十二時を回ろうとしている。もちろん夜の。  
 こんなんじゃお肌も荒れる。高い化粧水より睡眠のほうが効くってわかってるんだけど、それがなかなか。  
 
「うわあ、いっぱい来てる」  
 
 ジムを離れることが多いので、ジムリーダー不在通知書BOXなるものを設けているんだけど、なんとまあ大盛況。今日だけで四枚も入っている。  
 
「最近すごいなあ〜。まっ、ジムリーダーの宿命なんだけどね」  
 
 明日はカーゴサービスの運休日だから、午前中にまとめて相手して、午後は久しぶりにゆっくりしようかな。  
 頭の中で算段しながら、紙に午前希望のチェックをして寝る支度を始める。  
 疲れはするけど、今の生活に不満は全くない。全部自分が選んだことだもん。  
 
 ――でも、月一くらいで遊びには行きたいかなあ。  
 
 遊び、で当然のようにヒウンシティを思い出してから、アタシはあっ、と声を上げた。  
 そうだ、明日の午後に行けばいいんじゃない!  
 いつも用事があったりタイミングが合わなかったりで、ずっと行けていなかったけれど、ジムの仕事さえこなせば明日はフリー。誰かと会う予定もない。正に天恵!  
 急にテンションが上がって、いそいそと服を脱いでお風呂に入る。  
 自慢じゃない(まあ自慢にしてもいい)けど、かなり大きなおっぱいがぷるんと揺れた。  
 
「えへへ、ちゃんとキレイにしてこっと」  
 
 別に誰かと会うわけじゃないけど、せっかく楽しいことが待ってるんだから身だしなみも清潔にしなくっちゃね。  
 髪も身体も丁寧に洗って、浴槽にゆっくり浸かる。一日の疲れが吹っ飛んでく気分。  
 しっかり髪を乾かしてから、ベッドに潜り込んだ。  
 明日はきっと素敵な日になる予感に包まれながら。  
 
 
 結局挑戦者たちは、誰一人アタシに勝てなかった。  
 帽子を被った男の子と女の子はすぐに再戦を挑んできたけど、残念ながらパス。  
「くそぉ……俺の格闘縛りパーティが……!」  
「あたしの草縛りパーティがぁ……ドレディアちゃん……!」  
 去り際にブツブツ呟いていたのが怖かったけど、また挑戦してね、と言って追い払った。  
 それにしても、よくそのパーティで飛行ジムに挑むよね。あたしならカミツレちゃんに絶対挑まないけど。  
 
 なんだかんだで汗をかいちゃったからシャワーを浴びたかったけれど、もう一分一秒も惜しかった。  
 せっかく都会に行くんだから、と前日のうちに決めておいたシャツとトップスに着替える。  
 たまにはオシャレもしなきゃね。髪は……このままでいっか。  
 準備が整うと、コアルヒーにヒウンシティまで飛んでもらう。  
 
 やってみると、案外簡単なことなのかもしれない。  
 今まで理由をつけては諦めていたけれど、時間は自分で作るんだ。これからはもう少し高い頻度で来れたらいいな。  
 そんなことを、強く心地良い風を全身に受けながら考える。  
 髪が凪いでバタバタはためく。ちょうど真上にある太陽が、海に反射してキラキラ輝き、アタシを照らしていた。  
 
 
「よいしょ、っと。ありがと、コアルヒー」  
 
 久しぶりにやって来たヒウンシティは、以前より雑多な印象が強かった。  
 お昼時のためか、忙しそうにハンバーガーを詰め込みながら携帯チェックしているサラリーマンや、テラスできゃっきゃとデザートを食べているOLの姿が目につく。  
 とにかく、人、人、人。畑や滑走路なんてあるはずもない。  
 こんな場所でアタシなんか、何の影響力もないのかもしれない。  
 この三年間それなりにやって来たつもりだったけど、人の群れにぽつねんと取り残されているのって、自分なんか大した人間じゃないって言われているようで。  
 
 って、感傷的な気分になりに来たんじゃないんだってば!  
 
 時間は有限なんだから、楽しまなきゃ損だよね、うん。  
 コアルヒーにお礼を言って、モンスターボールをしまう。  
 昼ご飯を食べていないのでカフェテリアの良い匂いに惹かれるけど、やっぱりあの絵をもう一回見るために来たんだから、それが最優先。  
 おのぼりさんみたいにキョロキョロして、マップを見たり人に聞いたりしながら、なんとか例のアトリエの前にたどり着いた。  
 
「ここだよ、ここ! あの時の興奮が、今!」  
 
 一人で盛り上がりながら扉の前に立つ。  
 さあ、お願いアタシを感動させて!  
「……」  
 一秒。二秒。三秒。  
「…………」  
 えっと、開かない。  
 
「えー、なんで!? これ自動ドアだよね!? そう見せかけて手動とか!?」  
 
 一応押したし引いてもみたけど、びくともしない。というか取っ手がないから、間違いなく自動ドアなんだけど。  
 パニックになっていたアタシの目に、横にあった小さな貼り紙が映り込んだ。  
 
『定休日、木曜』  
「……ウソ……」  
 
 意味はわかるけど理解したくない。  
 確かに今日は木曜で、人が入る土日以外に定休日を設けるのは自然なことで、不定休の仕事に就いているアタシが悪いのかもしれないけど。  
「こ、こんなことって……」  
 思わずへなへなとその場に座り込んでしまった。  
 怒りや憤りよりも、脱力感が全身を支配する。  
 そりゃ、定休日をあらかじめ確認しないアタシが悪い……って、全部アタシのせいですね、はいはいすみません。  
 しかし、三年ぶりに来たのに、この仕打ちはあんまりじゃないの。  
 次はいつ休みが取れるかもわからないし、あんなに張り切って時間を作ろうと意気込んでた気持ちが、みるみる消沈していく。  
「あぁ〜もう……疲れちゃった……」  
 いつまでもこうしてても仕方ないし、名物のヒウンアイスでも買おうかな、でもすごい行列だったしなあ、とぼんやり考えていたアタシの前の自動ドアが、突然開いた。  
 
「うえぇっ!?」  
「へっ?」  
 素っ頓狂な声に顔を上げると、なんか変な人が立っていた。  
 ……いや、それは失礼よねいくらなんでも。  
 まあすごく形容しづらい格好ではある。パーマだし。夏なのにマフラーしてるし。ピエロみたいなズボン履いてるし。フキヨセには絶対売ってないベルトしてるし。  
 その変な人は、変な声を出して変なポーズで固まっていた。  
 しばらくお互い見つめ合っていたけど、よく考えれば両手をついて座り込んでいるアタシの方が変な人だというのに気づく。  
 
「あっ、ご、ごめんなさい、邪魔ですよね」  
「邪魔っていうか……もしかしてお客様? ごめんね〜今日休みなんだ」  
 従業員の人なんだろうか。変に間延びした口調。って、これしか感想ないのかアタシ。  
「あはは、さっき知りました……ど、どうも失礼しました」  
「うん、本当にごめんなさい! もしかして遠い所から来てくれたの?」  
「えっと、その、フキヨセシティから」  
「フキヨセから!? うわあ、わざわざありがとうございます! なんか申し訳ないなあ、ううん……」  
 
 なぜか考え始める男の人。  
 何を考えてるのかは知らないけど、セレクトショップが立ち並ぶ通りでこんな間抜けな会話を大声でしているのは、どうにも居心地が悪い。  
 いろんなことがいっぺんに起こってどうしていいかわからなくなったアタシは、とにかくこの場から立ち去ろうとした。  
 
「それじゃあアタシはこの辺で」  
「あ、そう? お詫びにご飯でもって思ったけど、用事があるなら仕方ないねー。またボクの絵を見に来て下さい」  
「ええ、それじゃ……って、はい?」  
 思わず聞き返す。  
「うん、ボクの絵。アトリエの中に部屋もあるから、よくここで寝泊まりしてるんだ〜」  
 
 びっくりして開いた口が塞がらないとは、正にこのことだろうか。  
 現に少し舌が乾くのを感じて、慌てて口を閉じた。  
 この人が、アタシが三年前に心を奪われた画家さん?  
 言われてみれば、この外見と言動の奇抜さも、世俗から離れたアーティストっぽい気がしてくるから不思議だ。  
 アタシは気がすっかり動転するやら舞い上がるやらで、口をあわあわ動かすしか出来なかった。  
 どうしてこんな出会いなんだろう。予想ではプレゼントを持って、『ずっとファンでした! サイン下さい!』って言うつもりだったのに……。  
 どうして突っ伏してヘロヘロな状態で出会っちゃうのよ!?  
 
「えっと、大丈夫?」  
「はっ!? はいっ!」  
 言い訳の言葉が浮かんでは消えて、結果何も言えないでいるアタシを見かねたのか、画家さんは怪訝そうに覗き込んで来る。  
「ああ、ヒウンアイスを買うの? あれはね〜、火曜日がオススメなんだけど」  
「いえ、あの、その」  
「あとはね、夕方に出るロイヤルイッシュ号から見える夕焼けがすごくキレイだよ〜」  
 なんか観光案内されてるし。そ、そうじゃなくて……!  
 
「あとは〜」  
「あの……!」  
「はい?」  
 ああもう、遮っちゃった。何がしたいのか自分でもわからない。もう泣きそう。  
「アタシ、あなたの絵がすっごく好きで、その、三年前に見た時からほんとに大好きで、それに支えられて今まで頑張ってこれたんですっ」  
「え、そうなの? 嬉しいなあ、ありがとうございます」  
 思いの丈をまくし立てると、帰ってきたのは妙に軽い返答。なんか空回ってる気がするんだけど、気のせいだろうか。  
 そして炭酸の抜けたサイダーみたいな笑い方をするこの人からは、アタシが予想だにしていなかった言葉が降ってくる。  
 
「えっと、あなたアレだよね、フキヨセのジムリーダーさんじゃない?」  
「ほえっ?」  
 思わずおかしな声が出てしまった。  
 もう恥ずかしさの極みだ。穴を掘って入りたい。  
「え、なんで……」  
「だってボク、ヒウンのジムリーダーだから。新しいジムリーダーさんが登録されたら、一応写真と経歴書が送られて来るんだよね」  
「は……」  
「結構前に見たはずなんだけど、そういえば実際にお会いしたことはなかったね。はじめまして、ヒウンジムリーダーのアーティっていいます。ええと、虫ポケモンが好きです」  
 
 もう何がなんだか。  
 この人がヒウンジムリーダー?  
 確かにポケモンリーグが運営している名簿に登録はしてあるし、アタシも全部のジムリーダーさんの写真と名前は確認した。  
 カミツレちゃんとは仕事上で偶然会い、年齢が近いこともあって仲良くしている。  
 会合にはまだ顔を出せていないから他の人は知らないけれど、言われてみればヒウンジムリーダーのアーティ、という名前に聞き覚えがある。  
 それが、今までアタシがずっと焦がれて来ていた人?  
 
 全身が沸騰したようになって、何も考えられない。いろんなことが一度に起こりすぎて、解決策が見つからない。  
「あのー……ごめん、名前なんでしたっけ」  
「フ、フウロです」  
「ああ、フウロさん。ジムリーダーの親交と、わざわざ遠い所からボクの絵を見に来てくれたお礼を兼ねて、ご飯をご一緒にいかがですか?」  
 断る理由なんかない。がくがく首を縦に振ると、天使とも悪魔ともつかないような微笑みがアタシの目に飛び込んできた。  
 
「ここ、ここ。前の取材の人から勧められたんだけど、一人で来るのもなんだかなあって思ってて。あ、味はいいらしいから安心してね」  
 
 見上げても最上階が見えないくらい高いそのビルを、全くそぐわないのんびりした口調でアーティさんは紹介する。  
 ここは百貨店やレストラン、バーに果てはプールまで、様々な施設が併合しているアミューズメントホテルであることを説明してくれたけど、正直アタシはその半分も理解していなかった。  
 なんとかわかるのは、自分が異常に場違いなことくらい。それくらいはアタシにもわかる。でも、どうしろっていうの。  
 そりゃいつもより多少は張り切った服装だけど、正装が求められるようなレストランに見合う代物ではない。  
 その旨をアーティさんに伝えたら、  
「ボクは別にいいと思うけど。イヤなの? ほんじゃ、ショップも入ってるからそこで買おっか〜」  
 なんてことを言われたので、アタシは即座に前言撤回した。  
 こんな場所で服を一式買ったら、いくらお金があっても足りないよ!  
 
 アタシはただただ縮こまりながら、フロントで何か喋っているアーティさんを待っていた。  
 すごく居辛い。こんな小娘がいていい場所じゃないのに、せっかくのアーティさんの好意を無下にも出来なくて、事態が自分の知らないところで展開していくのを見守るだけだった。  
 
 
「おまたせ。席が空いてるって。ほんじゃ行こうかー」  
「は、はい……」  
 そんなアタシの心境なんかまるでわからないだろうアーティさんは、慣れた手つきでエレベーターのボタンを操作している。  
 飛行機の操縦ならお手のものだけど、それとは全然違う。なんていうか、高級感?  
 ぐんぐん昇っていくエレベーターはビルの角に面していて、壁がガラス張りになっている。  
 そこからは、夜の帳と無数の灯りに包まれたヒウンシティが一望出来た。  
「キレイ……」  
 思わず感嘆すると、アーティさんも頷く。  
「この街は眠らない街なんだ。こうやってボクらが見ている今だって働いている人や遊んでいる人、ポケモンバトルをしている人、恋人と語らっている人、そんな人たちがたくさんいて、ずっと誰かと繋がってる。そんな街なんだよ」  
 そう言ったアーティさんの横顔は無数の光に包まれていて、目鼻立ちのくっきりした顔が更に陰影を深くしていた。  
 アタシはしばらくそれに見とれてた。アーティさんは緑のキレイな目をしていて、ずっと見てると吸い込まれそうになるくらいだった。  
 
「フウロさん?」  
 その声ではっと我に返る。  
「どうかした?」  
「えっ、いえなんでもないです! ちょっとボーっとしてて、エヘヘ」  
「そう? あっ、着いたよ」  
 訳もわからずドキドキしていたアタシに、アーティさんは先に出るよう促した。  
 
 そこはすごく広くてキレイで立派で……アタシの語彙じゃそんなことしか言えないけれど、とにかく今まで見たことのないようなレストランがあった。  
 揺れては光るシャンデリアの下には、深い赤色のカーペットが敷き詰められている。土足でいいんだろうか。  
「お待ちしておりました」  
 ボーイさんが出迎えてくれて、アタシたちは窓側の席に通される。  
 大きなガラスが一枚ずつ貼られたそこからは、視界いっぱいに広がるヒウンシティが見えた。  
 眠らない街。  
 その言葉の意味が、宝石のように輝いている夜景から見て取れる。  
 
「フウロさん何食べる?」  
「えっ? その、お恥ずかしながらよくわからなくて……」  
「じゃあコースメニューにしよっか。お酒は好き?」  
「た、たしなむ程度ですけど」  
「やっぱりワインかな〜。ジョウトから取り寄せたワインが有名みたいでさ、せっかく来たんだからそれにしよっか」  
 はい、はいと返すばかりのアタシと、どんどんエスコートしてくれるアーティさん。  
 すごく都会的な彼とこの場の空気に、アタシはお酒を飲む前から酔っ払っているような心地だった。  
「アーティさんって、お金持ちなんですね……」  
「ボク? う〜ん、そうなのかな。絵での収入なんか安定してないし、ジムリーダーも莫大な儲けってわけじゃないでしょ?」  
「アハハ、そうですよね」  
「まあ、女性をエスコート出来るくらいのお金は持ってるよ〜」  
 頬杖をつかれてにっこり言われ、アタシはどぎまぎしてしまった。  
 この人、天然そうに見えるけど、実はすっごくタラシなんじゃないの?  
 
「それじゃ、今日の出逢いに〜」  
 運ばれてきたワインで乾杯する。チン、というグラスの音が耳に響いた。  
 
「フウロさんはいつ帰るの?」  
「えっと、今日のうちに帰る予定ではいます」  
「そうなの? ゆっくりして行けばいいのに」  
「エヘヘ、アタシもいたいですけどね」  
 苦笑いしながら言う。  
 まあジムは今日こなしたし、カーゴサービスも天候によりけりだから、明日は今のところ暇なんだけど。  
「なんなら、ホテルに部屋も取るし」  
「ですね……って、ええっ!?」  
 ちょっとそこまで、とでも言うようなアーティさんに、アタシはグラスを取り落としそうになる。  
 ホテル!?  
 部屋!?  
 都会で一夜限りの関係とかよく聞くけど、ま、まさか……。  
 
「ア、アタシそんなに軽い女じゃありません!」  
「はい?」  
 
 そりゃアーティさんは素敵だけど、というかすっごくドキドキしてる自分がいるけど、そんなのまだダメ! 早すぎる!  
 別に初めてってわけじゃないし、処女ぶるつもりもないけど、こういうのは段階を踏んでからでしょ!  
 ――って。  
 
「え?」  
「んう?」  
 間の抜けた会話。呆けた顔でお互いを見つめる。  
 そしてジワジワと空気が変わっていくのが、手に取るようにわかる。  
 アーティさんがぷっと吹き出した。  
 ひょっとしてアタシ、恥ずかしすぎる勘違いをしてた?  
 
「いえいえ、変な意味じゃなくて、もちろんボクは自分の家に帰りますよ〜」  
「……!!! す、すっ、すみません!」  
 思い切り頭を下げたら、勢いあまってテーブルにごちんとぶつかった。痛い。反射的に頭を覆ってから、改めて自分の諸々の失態に気づく。  
「やだアタシ、そ、そんなつもりじゃなかったんです!本当に……!」  
「本当に?」  
 射抜くような眼差しが、アタシを突き刺す。  
 うっ、と身じろぎしてから、必死に弁明する。  
 
「い、いきなり会って、しかもこんな場所に連れてきてもらって、何を言ってるんですかねアタシ……!」  
「ううん、ボクのほうこそこんなんじゃ、下心アリだと思われても仕方ないよね〜。反省します」  
「そんな、アーティさんが謝らないで下さい!」  
 頭を下げるアーティさんを、慌てて止める。アタシってばなんてことを考えてたんだろう……!  
「本当に、本当にごめんなさい!」  
「ふふ、別に大丈夫だよう」  
 可愛い。  
 って、そうじゃない。  
 
「もうなんてお詫びしたらいいのか、アタシ本当にアーティさんの絵が好きで、ジムリーダー同士だってわかって、アーティさんのこと素敵だと思ってるから、嫌われるようなことになったら……もう、何言ってるんだろぉ……」  
 最後のほうは涙声になってきてしまった。  
 見かねたボーイさんが水とナプキンを持ってきてくれたのを、アーティさんが受け取る。  
 そんな光景を視界の端に捉えながら、アタシは涙をこぼさまいと必死だった。  
 
しばらくアーティさんはアタシの反応を待ち続けていた。  
 ようやく落ち着いてきたのを見計らったのか、アーティさんが口を開いた。  
「じゃあ、もうちょっと一緒にいてくれるかい?」  
「……え……?」  
「それがお詫びってことで。どうですか?」  
 アタシはほぼ何も考えずに頷いた。  
 頭で理解する前に、これ以上アーティさんの機嫌を損ねないために必死だった。  
 アーティさんはそれを聞いて口角を綺麗に吊り上げると、先ほどのボーイさんを呼ぶ。  
 
「あのう、頼んだ料理なんですけど、部屋を取るんでそこにルームサービスとして持ってきて頂けます?」  
「かしこまりました。お部屋は今からご予約でしょうか?」  
「あ〜、取れますかね」  
「それではこちらでご予約させて頂きます。準備が出来次第お声がけ致しますので、しばらくお待ち下さいませ」  
「どうも〜」  
 その会話を聞きながら、アタシは口を開けてアーティさんを見つめていた。  
 今何が起こっているんだろう?  
「ごめんね、部屋取っちゃった。そこでゆっくり食べようか」  
「はあ……」  
「あ、落ち着いてからでいいよ。女の子は笑ってなきゃあ」  
 
 顔が赤くなるのは何度目だろう。  
 アタシはまた涙腺が緩みそうになるのをこらえながら、ごめんなさい、ありがとうございます、と小さく呟いた。  
 
ボーイさんがやって来て、部屋の鍵を渡してくれた。  
 ここでの清算はワインだけで、料理は宿泊料金と一緒に払うことになったらしい。  
 慌てて財布を取り出す前に、アーティさんはテキパキと清算してしまった。  
「アタシも払いますっ」  
「いいからいいから。ボクのワガママに付き合ってくれたお礼だよ」  
 屈託なく笑うアーティさんを見て、アタシは申し訳なさでどうにかなりそうだった。  
 どうして初対面の人間にここまでしてくれるのか、エレベーターの中で聞くと、  
「え? フウロさんが可愛いから」  
 なんて言われて、この人がどういう人なのかますますわからなくなった。  
 
「もう、冗談はやめて下さい」  
「冗談じゃないよ〜。クルミルみたいにキュートで、ハハコモリみたいにキレイだよ」  
 虫ポケモンに例えられて、照れるところか笑うところか怒るところか迷う。  
 それならアタシも乗ってやろうと、  
「アーティさんはマメパトみたいに可愛らしくて、ココロモリみたいに不思議なところもあるけど、スワンナみたいに素敵ですね!」  
 と言うと、なんだか嫌そうな顔をされた。  
 そういえば飛行タイプと虫タイプの相性って……。  
 ア、アタシってば空気が読めない人になってる。  
「ご、ごめんなさい」  
「あはは、フウロさんって可愛いし面白い人なんだね〜」  
 全然褒められた気がしないのはなぜなんだろう。  
 でも、こんな会話が出来るようになって来たのはすごく嬉しい。  
 アーティさんに気を遣わせるばっかりで、楽しいのはアタシだけなんじゃないかって思ってたから。  
 
「あ、この部屋だね」  
 506と書かれたドアを見つけると、アーティさんが鍵を差し込む。  
 中に入った瞬間、ぱっと明かりが点いて、部屋の様子が明らかになる。  
 広い室内。ガラスばりのローテーブルに、ゆったりとした一人がけのソファが二つ。  
 そして奥には、キングサイズと思われるどでかいベッドが一つあった。  
「さてと、すぐにルームサービスが来ると思うから、ゆっくりしてようか」  
 アーティさんは上着をかけると、ソファに座った。  
 アタシもその向かいに腰掛ける。沈み込む感覚が気持ちいい。  
 汗をかいてきたので、アーティさんを倣ってトップスを脱ぎ、シャツ一枚になる。  
「なんか暑いですね」  
「ワインを飲んだからかな? お酒弱い?」  
「あんまり飲む機会がないので……でも、すごく美味しかったです」  
 話していると、チャイムが鳴った。料理が届いたらしい。  
 テーブルに所狭しと並べられる数々。そういえばコース料理を頼んだんだっけ。食べきれるかなあ。  
「さて、ワインはもうないけど、もう一度乾杯しようか」  
「え? なにでですか」  
「手でいいよ。ホラ、かんぱーい」  
 
アーティさんはアタシの手を取り、自分のものと触れ合わせた。  
 その瞬間、そこから甘い感覚が電流を走らせたように全身を駆け巡る。  
 それは刹那の間にアタシの身体を痺れさせ、身動きを取れなくさせる。  
 アーティさんの手はとても熱かった。  
 ううん、きっとアタシ自身も熱くなってるんだろう。  
 そんな固まっているアタシをよそに、アーティさんは料理をぱくぱく食べ始める。  
「うん、コレ美味しいよ。フウロさんも食べたら?」  
 言われて、場をつなぐように箸をつける。  
 確かにどれも舌鼓を打つ美味しさだ。  
 美味しいですねとアーティさんに相づちを打ちながら、しかしアタシは先ほどの感覚からまだ抜け出せずにいた。  
 思わずアーティさんの指を目で追ってしまう。その華奢な指先がアタシにもう一度触れるのを、心のどこかで願っていることに、なんとなく気づいていた。  
 
 ――何を考えてるのよ、本当に!  
 
 さっきあんなことを言って困らせておいて、今はあろうことかいやらしい気持ちになってるだなんて。  
 それも、少し触れただけで。  
 欲求不満にも程がある。  
 自分の浅ましさに辟易し、それを絶対に悟られないよう、アタシは気が気でない食事を続けていた。  
 そして二人であらかた平らげ、食後に温かい紅茶をすすっていた時、アーティさんが口を開いた。  
 
「ねえ、フウロさん」  
「はい?」  
「ボク、そろそろおいとましますね〜。もう夜も遅いし、あんまり居座ってちゃいけないし」  
「……えっ?」  
 時計を見ると、十一時を回ったところだった。  
 確かにアーティさんの言うことはもっともだ。さっきのアタシとのひと悶着を気にしてくれているのもわかる。  
 でも、ここでお別れだと思った瞬間、猛烈な寂しさに襲われる。  
 胸にぽっかりと穴が開いて、大切なものを失くしてしまったような、どうしようもない感情。  
「そ、そうですか」  
「うん、また会えるといいね〜。次はジムリーダーの会合かもね」  
 お互い行けたらだけど、と笑って言うアーティさんに、アタシは無理して笑い返すことすら出来なかった。  
「……フウロさん?」  
「い、行かないで下さい」  
「え?」  
 ああ、言っちゃった。  
 でも仕方ない。自分の心にウソついたって、後で辛くなるだけだから。  
 たぶん、ううんきっと、アタシはアーティさんのことが好きなんだ。  
 
「アタシ、アーティさんが好きです……!」  
「は……」  
「付き合えるなんて思ってないけど、でも言わなきゃいけないと思って! こんなに優しくしてくれて、なんでも笑って許してくれて、アタシすごく申し訳なかったけど、同時にすごく嬉しかったんです……!」  
 アーティさんは黙って聞いていた。というより、アタシは返事を聞くのが怖くて、矢継ぎ早にまくし立てた。  
「これでお別れだって思ったら、もう、言わなくちゃって……っ、……ごめんなさい、迷惑ですよね、はは……アタシ最後までバカみた……っ!」  
 
 最後まで言う前に、アーティさんにタックルされた。  
 それにしては背中に回されている腕が暖かくて、そこで初めて抱きしめられているんだってわかった。  
 思い切りすぎて床に二人とも崩れ落ちる。ごちん、と今度は後頭部を打ってしまった。痛い。  
 だけど間近にあるアーティさんの体温と呼吸に、そんなことはどうでもよくなるくらいに動揺していた。  
 
「ああああのっ!? アーティさん、あの」  
「ボクはさ、こんな感じだから」  
「はい……?」  
「やることなすことテキトーだし、気まぐれでいろんな場所に行くし、可愛い女の子がいたら目で追っちゃうし、いつ絵が売れなくなってビンボーになるかもわからない、そんな男だけど」  
「はあ」  
 耳に直接息を吹きかけるように囁かれ、それに頭も身体もおかしくなりそうで、正直アーティさんが何を言っているのかよくわからない。  
「そんなボクでいいのかな? フウロさんを悲しませるかもしれないけど」  
 ぎょっとするくらい目の前にあるアーティさんの瞳には、アタシしか映っていなかった。本当に、吸い込まれて消えてしまってもいいくらいに。  
「ア、アタシはアーティさんが好きなんです……、全部ひっくるめて好きなんだと……思います」  
「まだ知らない部分がたくさんあるのに?」  
「そ、それでも…………。すき、なんです」  
 アーティさんは笑っていなかった。初めて見る真顔のアーティさんは、怖いほどに綺麗だった。  
 
「フウロさん、ごめん、ボク帰らなくていいかな?」  
「えっ? どういう、」  
 ことですか、と。  
 その言葉は発されることなく、アタシとアーティさんの唇に飲み込まれた。  
 
 アタシはアーティさんにキスされていた。  
 押し当てられる柔らかな感触。ぬるりと舌が入ってきたと思ったら、角度を変えて貪られる。  
「……っん、んぅ……!」  
 アーティさんはアタシの頭をかき抱き、キスを更に深くさせた。  
 生暖かい舌が絡み合う。呼吸も出来ないくらいにアタシの口内を犯す。唾液が端からこぼれるけれど、そんなことに構っていられない。  
 毒を注ぐような、甘ったるくて怖いくらいの口づけ。それは麻薬みたいにアタシをクラクラさせ、キュンと身体を疼かせる。  
 アタシもアーティさんを抱きしめて、二人の隙間は全くなくなった。アーティさんの身体の全部がアタシに絡みつく。男の人の骨ばった肉体が、これから自分が犯されるんだということを教える。  
 そしてアソコに触れる、熱くて固いモノを感じた瞬間、アタシはもう我慢出来なくなった。  
 押し付けられるモノがアーティさんのイヤらしい場所で、つまり彼がアタシに欲情しているんだと思うと、それだけでイってしまいそうになる。  
 
「ア、アーティさん……」  
「ベッドに行こうか」  
 アーティさんはアタシを起き上がらせ、抱きかかえるようにして運んだ。  
 スプリングの効いたベッドに寝かせられると、すぐにシャツを脱がされる。  
「大きいねえ」  
 ブラを外され、たゆんと揺れるおっぱい。申し訳程度に隠したけれど、すぐに手を外されてしまった。  
「や、あんまり見ないでくださ……」  
「ダメだよ、ちゃんと見せなきゃ。それに、フウロさん一つ勘違いしてるけれど」  
「えっ……や、あぁん……!」  
 ショーツの上から指をあてられ、擦るように刺激される。  
 何度か行き来される度に、熱さと快感で甲高い声が漏れてしまう。  
 きっとアタシのアソコはもうぐちょぐちょになってることだろう。  
 
「……ボクはあんまり優しくないよ」  
 アーティさんはそう言って笑った。  
 
 それは今まで見せていた頼りないような笑い方と異なる、これから女を犯そうとしている男のものだった。  
 その見下すような眼光に、アタシはどうしようもなく感じてしまう。  
 夜景に照らされて浮かび上がるアーティさんの瞳はらんらんと輝き、無理やり押さえつけるかのような荒い呼吸が聞こえてくる。  
 
 アタシ、Mだったのかなあ……。  
 
 どこかそんなことを考えていると、アタシの上に跨ったアーティさんからぐいとあごを上げられた。  
「何を考えてるの?」  
 楽しくて仕方がないというような顔。でもその奥にあるものが、どこか野性味を帯びていてアタシを離さない。  
「……っ、ア、アタシ乱暴にされるの好きなのかもしれない、って……」  
「そうなんだ」  
 アーティさんは一つ頷き、ショーツの隙間から指を入れてきた。  
 敏感な部分を他人に触られて、身体がびくんと跳ねる。  
 陰毛の奥にあるアタシの一番感じる場所にたどり着くと、冷たい指で柔く刺激する。くにくにと指の腹で挟み込み、痛いと感じるギリギリのラインの強い快感。  
「やっ、あん! ソコ、駄目ですっ!」  
 案の定そこはぐちょぐちょで、アーティさんの息づかいと粘着質な水音が聞こえてくる。  
 燃えてるみたいに熱いソコを、違う温度のものに蹂躙されると、アタシはもう我慢出来なくてイヤイヤするように首を振った。  
「やあん……もう、おかしくなっちゃいそう……」  
「ボクがおかしくしてあげるよ」  
 ショーツを完全に脱がせられ、アタシは一糸纏わぬ姿になる。  
 その間、アーティさんは器用に自分の服を脱ぎ、お互い生まれたままの状態になった。  
 恥ずかしくて仕方なかったけれど、下のほうで主張しているアーティさんのモノに目を奪われる。  
 大きいっていうか、長い。それにぐんと反り返っていて、すっごく固そう。  
 これがアタシの中に入るんだって思うと、欲しくてたまらなくなってるアタシのお腹の下のほうが、またとろりと蜜をこぼした。  
 
「フウロさん、さわって」  
 言われるがままに手を伸ばすと、ソレはやっぱり固く、すごくイヤらしい形をしていた。  
 輪っかを作り、根元から先っちょに強弱をつけて扱いていくと、アーティさんは眉間に少し力を入れた。  
 こらえているような表情に、汗が浮かんでいる。ともすればアタシより体重がないかもしれない彼はすごく細くて、身をくねらせる様はなんとも官能的だった。  
 そんなアーティさんは、アタシのおっぱいに手を伸ばしてくる。  
 予想していなかったアタシは、ひゃん、と声を出してしまった。  
「ねえ、触ってていいかな?」  
「やん、おっぱい、感じちゃう……!」  
「手を止めないで」  
 思わず離してしまっていた手を指摘され、アタシはまた固くなっているアーティさんのモノを扱き始める。  
 アーティさんは左右それぞれの手で、アタシのおっぱいをこねくり出した。  
 下からふくらみをつーっとなぞって、突起にたどり着くと思えばその周りをじっくり嬲られる。  
 そして全体をつかむと、優しくも激しく揉みしだく。  
 
 アタシはその動作にいちいち声が出て手が止まってしまい、その度にアーティさんから注意される。  
「ダメだよ〜、集中しないと」  
「だってぇ……! やん、あぁん、おっぱい気持ちよくなっちゃう……!」  
「フウロさんはここが弱いのかな?」  
 笑いを含んだ声で言うと、きゅうっと両方の乳首を挟んだ。  
 アタシは待ち望んでいた直接的な快楽に、身体中が痺れてしまう。  
「あっん、あン……! もっと、もっと強くして下さい!」  
 はしたなくおねだりする。腰がモゾモゾ動いて、無意識にアーティさんの熱くて固いモノに近づこうと、上がってしまう。  
「おっぱいだけで感じちゃうの?」  
 可愛いね、と合わせるだけのキスをすると、そのまま顔を下に持っていく。  
 アーティさんのふわふわした髪の毛がくすぐったい。  
 それでもかけられる吐息が熱くて、アタシが必死に呼吸していると、乳首を口に含まれる。  
 途端に思い出される甘い刺激。  
 
「やぁ、吸っちゃダメぇ……!」  
 まるで赤ちゃんがするような、だけどそれよりずっとイヤらしいこと。  
 左の乳首を吸い、舌で転がし舐め上げる。ざらざらの感触がダイレクトにアタシのアソコに届いた。  
 そして右の乳首は、相変わらず指で押しつぶしたり、つねってみたり。  
 痛いくらい腫れ上がった赤い突起は、自分で触る時とは全く違うくらい敏感になっている。  
 しばらく暗い部屋に、アタシのあえぎ声とくちゅくちゅという音だけが聞こえていた。  
 
ひとしきり堪能したのか、今度は左右逆にする。唾液でグチャグチャになってしまった左を、アーティさんは強く押しつぶした。  
 ぬるぬるが余計に指の動きを速め、さっきとはまた違う気持ちよさに、アタシははっきり言ってイく寸前だった。  
「も、もう……、アタシ、イっちゃいそうです……っ」  
 息も絶え絶えに発した言葉に、アーティさんはようやく顔を上げた。  
「フウロさん、ホントにイヤらしい身体だね。これだけでイっちゃうの?」  
「や、そんなこと言わないで……」  
「一人でイくなんてダメだよ。ボクも一緒に気持ちよくなりたいな」  
 
 アーティさんはどこから取り出したのか、素早くゴムを装着すると、アタシを両足で挟み込むようにひざ立ちになる。  
 そしてアタシの足をゆっくり持ち上げると、大きく開かせた。  
 あらわになるソコが、アーティさんの視線を受けて、更に濡れたようになってしまう。  
「すごく濡れてるね。キモチよかった?」  
「……もう、見ないで……」  
「どうして?」  
「は、恥ずかしいからです……!!」  
 こんな状況で、どうしてなんて聞いてくるアーティさん。キモチよさと恥ずかしさでどうにかなりそうなアタシ。  
 これが言葉責めってやつなのかな。アーティさんってS?  
 でも、そんな言葉にまた感じちゃってるアタシも大概だ。  
 
「愛してるよ、フウロさん」  
 いきなりアーティさんが言う。  
 そりゃあ嬉しいけど、なんで今なのよ。  
「な、なんですか、いきなり」  
「いやあ、フウロさんはボクのこと好きって言ってくれたけど、ボクからはまだ言ってなかったなあって思って」  
「えっ……」  
 言葉が詰まる。視界がじんわりにじんで来る。  
 セックスの最中にこんなことを言い出し始める変人に、アタシは心底惚れているんだと改めて知らされた。  
「う、嬉しいです……アーティさん、アタシも……」  
「うん、愛してるよ。明るいところも面白いところも弱いところも、そのばかデカイおっぱいも」  
 
 ――ちょっと、最後のセリフはなんですか!  
 
 そう反論しようとしたアタシの言葉は、強い衝撃にかき消された。  
 今までずっと我慢していたアタシのエッチなお肉が、きゅううっと締まっていく。  
 アーティさんは勢いよく挿入すると、一番奥まで潜り込んでくる。遠慮も気遣いもなく、ただアタシを犯そうとするように。  
 そんな久しぶりの行為に、アタシはまず痛みを覚えていた。  
「あっあ……! あぁん!」  
 だけどその中で、すぐに違う何かの感覚が生まれてくる。  
 それはゆっくりと確実に、アタシの身体を巡って満たしていく。  
 快楽という名の渦に、アタシは溺れきっていた。..  
 
熱く濡れそぼったモノがお腹の中で暴れているのがわかる。内壁が全部くっついて、アーティさんの形に合わせられていく。  
 先ほどの愛撫で十分に火照った身体は、待ちわびていたモノをイヤらしくくわえて離さない。  
 奥まで進んでは戻り、戻っては進む。  
 そんな律動を、円を描くようにするものだから、いちいちアタシのお豆を擦り上げていくのだ。  
 ぬるりとした先端をぐちゅぐちゅ押し当てられて、アタシは気が狂いそうになる。  
「ああぁん!! アーティさぁん、もう、……んんっ……!」  
「……っ、フウロさんの中、すっごくあったかいよ。溶けちゃいそうだ」  
 
 アタシは強すぎる快感に耐えようと、両足でアーティさんの腰を挟み込む。  
 何か頼るものがないと、とてもじゃないけど耐えられない。  
 でもそれは逆効果だったようで、振動が直に与えられ、余計に衝撃が増す。アーティさんのが、より深くアタシの中に入り込んでくる。  
 アタシのおっぱいはぷるぷる震えて、それを見られていると思うとすごく恥ずかしい。  
「もう、ダメ……! 気持ちよすぎてっ、ん、ひぁ……!」  
「ボクもイきそうだ……、フウロさん、いいよイって」  
 その声を聞いた瞬間、アタシの中で何かがぱちんと弾ける。  
 スイッチが入って、アソコがどんどん収縮していく。どこまでも登りつめてしまいそう。  
 
「あ、やぁん、アーティさん、もうイっちゃう……!!」  
 熱い質量を感じながらアソコがきゅっと締まって、アタシは大声を出して果てた。  
 アーティさんもその後すぐ、アタシの中で大きく震えたと思うと、目を固く閉じながら苦しそうに息を吐く。  
「……は、ぁ……」  
 アーティさんもイったようだった。  
 二人分の乱れた息が、繋がったままの身体に浸透していく。  
「ん、アーティさん……」  
「フウロさん、ありがとう。嬉しかったよ」  
 
 彼はアタシの頬に手を這わせ、アタシの顔にかかった髪をかき上げると、三回目のキスをしてきた。  
 それは今までのどれよりも繊細で儚く、優しかった。..  
 
「そういえば、帰らなくてよかったの?」  
 二人でお風呂に入ったあと、大きなベッドに寝転がりながらアーティさんが聞いてくる。  
 お互い裸で、アーティさんは気にしていないようだけど、アタシはまだ少し恥ずかしい。  
「あ、あんな状況で帰れるわけないじゃないですか」  
「どんな状況?」  
「……! もお! いいです!」  
 絶対楽しんでる、この人。  
 アーティさんの性格がだんだんわかってきた気がする。普通はこんなことをする前に把握しておかなくちゃいけないんだけど。  
 でも、嫌いになるどころか、惹かれていくばっかりなのはどうしてなんだろう。  
 
「フウロさんは可愛いね〜」  
「か、からかわないで下さいってば!」  
「本当だよう」  
 ふいとそっぽを向いたアタシを、アーティさんは後ろから優しく抱きしめる。  
 いい香り。それに、暖かい。  
「……また来てくれる?」  
 この人はズルイ。  
 そんなことを言われて、アタシに拒否権なんかあるわけないのに。  
 
「今度は、アーティさんが来て下さいっ」  
「虫ポケモンしか持ってないよ〜」  
「……っ、もう! じゃあ、アタシが毎日飛行機で会いに来ます! それでいいですか!?」  
 やけになって言うと、アーティさんが首筋に顔をうずめてくる。  
「冗談だよ。ありがとうフウロさん。愛してるよ」  
 耳元で囁かれる声に、また身体の芯が疼いてくるのを感じながら、アタシは顔を真っ赤にする。  
 キラキラ輝く摩天楼を背に、アーティさんに宝物のように抱えられたアタシは、初めて自分からのキスをした。  
 
 
(おわり)  
 
 

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