「トウヤに告白されたぁぁぁ!?」
「こ、声が大きいよトウコぉ」
OK、状況を確認しよう。
目の前にベル、窓のほうにふよふよ浮いてるベルのムンちゃん、壁際には薄型テレビとウィーがある。
うん、これはどうでもいいか。
私トウコは今、家でベルと二人で女の子同士の話をしているところだ。
近況報告もそこそこに、話題は当然のように誰が好きかという話になったと思ったら、思いもよらぬ言葉が沸いて出た。
「え?ベルが告白?されるのはかわいいからわかるけど、え、誰に?」
「だ、だからトウヤだよぅ」
トウヤという名前に思い当たる人物は一人。
だが、あのトウヤが?告白ぅ?
「どこのトウヤさん?」
「どこのって、トウコのお兄ちゃんのトウヤ」
なんと。
あのトウヤが?
「うそん」
「ほ、ほんとうだよぅ」
「えぇ〜、信じられない」
「……トウコの中のトウヤってどうなってるの?」
「だって、オクテもいいとこじゃない。それがベルに告白?伝説のポケモンを目の当たりにしたより驚きよ」
「そ、そんなことないよ。トウヤって、頼りになるよ」
わーお。なんという評価。
ベルにココまで言わせるとは、これは帰ってきたらいじくりまわすしかないわ!
と、その前に。
「で、ベルはなんて答えたの?」
「ふぇっ!?ええと、い、言わなきゃダメ?」
「きーきたーいなー」
目を輝かせる私。
ベルはもじもじと体をくねらせて、床のほうを向いてぽつりと言った。
「えと、あ、あたしもすきだよ……って」
「うん、それはオチるわ間違いない」
ぐっと親指を立てる私。
ああいけない、鼻血でそう。おのれトウヤ。
「そ、それでね、トウコ」
「うん?」
「あの、トウヤって、どうしたら喜んでくれるかな……?」
ベルの癖である、帽子をつかんで下に引くしぐさで照れ隠ししながら、そんなことを聞いてくる。
「…………ああもうっ、ベルかわいいっ!」
思わず抱きついてぎゅーしちゃった。
しかたないね、ベルかわいいしね!
「ふぇっ!?ト、トウコ、あたしマジメに聞いてるんだよぅ……?」
トウヤの幸せ者め。
「あーうん、トウヤねぇ。どうせもうベルにメロメロなんだろうし、ベルにされたら何だって喜ぶんじゃない?」
「そう……かな?」
「まあトウヤもオトコノコだしね〜。ぎゅ〜してちゅ〜して一発スカッと抜いてあげちゃえばいいんじゃない?」
うむ、われながら名案!
ベルにがんばってもらって、トウヤのいじりネタゲットだぜ!
「ねえトウコ、ぎゅ、ぎゅーとちゅーはなんとなくわかるけど、スカッと抜いてってなに?」
きょとんとした顔で私を見るベル。
Oh,純真さがまぶしいわ。
「どうして『あー、そうきたかぁ』みたいな顔するのトウコぉ」
わかってるじゃない。
いいもんいいもん、マセてるとか言われたってほめ言葉だもん。
そもそもママとパパだって、旅先で出会ったパパをママが押し倒したらしいし。
それ以来、我が家の家訓は『女は積極的であれ』。
トウヤには言ってないらしいけどね。
「ううん、気にしない気にしない」
まあベルの場合、あのパパじゃ仕方ないか。
「ま、そういうことならこのトウコさんがレクチャーしてあげましょう」
「ほんと?あたし、がんばるね!」
ぐっと手をにぎりしめるベル。
ふっふっふ、覚悟してなさいトウヤ!
ベルを独り占めしようなんて思ったことを、後悔させてやるわ!
「ではまず角度から!上目遣いで先制マッハパンチを叩き込むのよ!」
「ね、ねこだましじゃダメ?」
「ダメ!トウヤなんてひるませたらそこで終わるヘタレだから勢いそのままで行くのよ!」
「ふえぇ」
あれ?寸止めのほうがおしおきになるかな?
まあいいわ、ベルに正しい知識を教えてあげるのも幼なじみのつとめよね!
「次!トウヤの手をとって、胸にぎゅっと押し付ける!」
「ふえぇっ!?い、いくらなんでもそれは」
「変な意味じゃないわ。ベル、トウヤといてドキドキする?」
「う、うん」
「トウヤだったらベルの倍ぐらい心臓ばっくんばっくんね。つまりこれは自分も同じであるということを伝えるためなのよ!」
「そ、そうなんだ」
うそです。
トウヤが緊張のあまり気でも失えばいいなーとか思ってるだけです。
っていうかベルおっきい!
くぅ!うらやましい!
「……気を取り直して。そしたら最後に四つんばいになって」
「こう?」
指示通り、ベルが四つんばいになってわたしを見上げる。
……はっ、いけないいけない。
危うくわたしがベルを襲うところだった。
「ナイスよベル!すかさずおねだりするように『トウヤのタマゲタケみせてぇ…』」
「トウヤの……え?」
再びきょとんとした顔でわたしを見るベル。
「どうしてタマゲタケなの?」
「大丈夫、言えばわかるわ」
ベルに浮かぶ?マーク。
遠くジョウトのアンノーンか、ボールに貼ったシールのよう。
イッシュにも輸入してこないかしら。
「それじゃ次は実践ね。ここで取り出しましたるタマゲタケ」
腰のベルトからモンスターボールを取ると、ポンという音とともにタマゲタケが出てきた。
「ひゅいん」
「ふわぁ、モンスターボールみたい」
タマゲタケのカサをなでるベル。
ふふふ、わかってるじゃない。
「じゃ、お手本を見せるからね」
常日頃練習を重ねているのに使う機会がないのは、ベルと同じもう一人の幼なじみのせいだ。
すくい上げるようにタマゲタケを持ち上げ、カサの頂点を一気にくわえる!
「はぷっ」ガッ
「ひゅいん!?」
ガッ?
あ、いけない歯が当たっ
「んぶっ!?」
タマゲタケが一瞬震え、口の中にどろっとした液体が流れ込む。
タマゲタケのほうしだ。
おさえきれず、タマゲタケから口を離す。
「んぅっ」
勢いは止まらず、顔やら髪やらに白いほうしが飛び散った。
「けほっ、えほっ」
「だ、だいじょうぶ?」
のどに絡みつく感覚にせきこみ、ベルが心配そうに手を出したのが見えて、視界が狭まっていった。
ああ、毒とかじゃなくてラッキー――――
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「トウコ、トウコぉ」
倒れてしまったトウコを揺すり、声をかける。
少しして、小さく寝息が聞こえてきた。
「すー」
「……寝ちゃってる、の?ええと、とりあえずティッシュティッシュ」
顔じゅう白いどろどろが飛び散って、口からもそれがこぼれているトウコをほっておくわけにはいかない。
部屋を見渡してティッシュをみつけたあたしは、トウコにかかったタマちゃんの白いどろどろをふき取った。
あの子はもうボールに戻ったみたい。
「んしょ、んしょ……このぐらいかな」
ひととおりふき取ったけど、髪についた分はきれいにはとれなかった。
「ええっと……どうしよう、トウコ寝ちゃったし」
もう一度部屋を見回すと、右と左の壁にベッドがひとつずつみつかった。
「そうだ、カゼひいちゃいけないよね」
ヒーターがついてても、寒いときは寒い。
紫色のおふとんを持って、寝ているトウコにかけてあげた。
「これでよしっと」
ふぅ、とひといき。
「うーん……」
なんとなく、このまま帰るのは気がひけた。
「……あたしも寝ようっと。おふとん、借りるね」
手招きして、寄ってきたムンちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「むしゃ」
残ったほうのベッドに乗って、おふとんのなかにもぐりこんだ。
「あったかい……それに」
いいにおい。
「おやすみぃ……」
「むしゃ」
おひさまと、それと別の安心するにおいにつつまれて、ゆっくりと眠りについた。
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「ただいまー」
「あら、トウヤ。おかえり」
家に帰った僕を、ママが出迎えた。
「ベルちゃんが来てるわよ」
「ベルが?」
名前を聞いて、一瞬ドキッとした。
「ええ、トウコと上に」
女の子同士の話かしらねーと笑うママに生返事をする。
女の子同士の話というのに気後れし、ましてトウコがいるならベルへの反応をからかわれるに決まっている。
会うのはやめておこう。
「みんな、ご飯だよ」
ベルトのボールを一斉に放ち、バッグの中からポケモンフードを取り出す。
「ごめんね。お前は大きいから後で外でね」
ベルトにひとつ残ったボールをなでつつ、食事の準備を進める。
それぞれの皿によそい分けた食事を、一匹ずつ渡していった。
食事が全員に渡ったあと、冷蔵庫を開ける。
シリアルとミルクを適当につかんで皿に出し、スプーンをもってテーブルについた。
「それじゃ、いただきます」
合唱とともに食事が開始された。
そこまではよかったんだ。
「はい、ごめんなさい。僕が悪かったです」
今僕は、カーペットの上で正座している。
目の前には、クッションの上に鎮座するクルマユ。
うごうごと揺れるものの、一言も発しない。
「いっぱい食べるんだよ」
これだけなら、何も問題ないセリフ。
「いっそ食べまくって、特性があついしぼうになんないかなーなんて」
弱点一気に減るよーとか冗談のつもりだったんです。
それから有無を言わさぬ気迫で30分。
横目で見れば、ドレディアは少し顔を赤くしてふくれてるし、キリキザンは我関せずとばかりに背中を向け、エンブオーはクルマユの頭をなでている。
「はい、女の子にそんなこと言ってごめんなさい。もう言いません」
冷めた視線は何も変わらず、もはやくろいまなざしの域に達している。
逃げられない気持ちがよーくわかった。
「トウヤー、そんなことベルちゃんに言ってないでしょうね」
突然ママが横槍を入れてきた。
「い、言ってないよ。っていうかなんでベルがでてくるのさ」
全員の視線がママへ向かう。
「だってトウヤ、ベルちゃんに告白したんでしょ?トウコが叫んでたのが下まで聞こえたわよ」
「トウコおおぉぉ!?」
叫んだ?
トウコが?
「もう、早く言ってくれればいいのに!そうすればお赤飯とかケーキとか用意したわよ」
「いらないよ!」
ああ、早速ママは根掘り葉掘り聞く態勢が整ってるみたいだ。
だからずっと秘密にしてたのに!
「で、何て言って告白したのトウヤ、ママに教えてよ」
「出かけてくるっ!」
走り出そうとした瞬間、でんじはを受けたようなしびれが足を襲った!
「うぐっ!?」
手をつき足をつき、ばたばたと音を立てて倒れこむように玄関の扉を開けて一気に逃げ出した。
「ふふふ、トウヤも立派になったわねえ」
楽しそうなママの声は、ポケモンたちにしか聞こえなかった。
「……はぁ」
家をでて、立っていられなかった(足のしびれのせい)僕は、とっさにCギアを立ち上げてハイリンクへの転送ボタンを押した。
ハイルツリーに寄りかかって、足のしびれが取れるのを待つ。
「はぁ……どうしよ」
ついにベルとの関係がママとトウコに知られてしまった。
もちろんベルとの関係が嫌なんてことはまったく無いけど、ママもトウコもやたらとからかってくるのがなぁ……
「しばらく帰るのやめようかな……」
そう思って、バッグはおろかモンスターボールもひとつしか手元に無いことに気づいた。
幸いサイフはあるけど、みんなを放っておくわけにもいかない。
「……帰んなきゃダメか」
はあ、とため息をもうひとつ。
「とりあえず、時間つぶそ。確か、森のほうに夢で会ったポケモンたちがまだいたような」
ドリームボールが手元に出るかはわからないけど、時間をつぶすくらいはできるかな。
足のしびれもとれたようで、立ち上がりぐっと身体を伸ばす。
「……あれ?」
視界の端、ハイリンクから元の場所へ戻る装置の向こう側。
ライモンシティとブラックシティのちょうど間の方角に、ピンク色のもやがかかっている。
近づくと、人二人分くらいの幅の、小さな橋が2本架かっていた。
「こんなところに橋なんてあったかな?」
ハイリンクの東西を見ると、いつもどおりの立派な橋。
もう一度目の前の小さな橋を眺める。
橋の先はピンクのもやに包まれているけど、その周りは大きい方の橋と同じく、白い透明な壁が広がっている。
「……どこにつながってるんだろう」
今まで無かった橋。
どこにつながっているかはわからないけど、それは大きい方の橋も同じだ。
「……よし、行ってみよう」
つま先で橋をつついてみるけど、流石にこれで揺れるような橋ではなかった。
次の問題は、右の橋か左の橋か。
どっちもほとんど同じ方角だけど、中央は手すりでくっきり分かれている。
「どっちにしようかなー……ん?」
左側のもやの中に、丸い影のようなものが見える。
ふらふらと揺れては消え、消えてはまた現れる。
「……よし、こっち」
その影に向かって、少しずつもやへ近づく。
もやの中に入り込んで3歩、ばちっという音とともに僕の姿が変わった。
「えーっと……なにこれ?」
僕の服は、パジャマになっていた。
「パ、パジャマって……あれ、でもこのパジャマ、ひょっとして小さいころの?」
サイズは今の僕の体にぴったりだけど、ボタンや柄はもっと小さいころに来ていたものと同じのような気がする。
「なんだか懐かしいかも……ん?」
顔を上げると、周囲は相変わらずもやの中のようなピンク色。
ただ、正面には丸い物体が浮いていた。
ぼやけた輪郭がハッキリすると、ふよふよと浮いていたのはムシャーナだった。
「ムシャーナ?」
「むしゃ」
おでこからは、周りのもやと同じピンク色の煙がでている。
これ、ゆめのけむりかぁ。
ムシャーナを見つめていると、突然後ろを向いて奥へ向かっていった。
とりあえずついて行ってみよう。
それにしても、このムシャーナ、どこかで見たことあるような気がする。
けむりにまぎれて見失わないように、ムシャーナの後を追いかける。
ぺたぺたと足音が聞こえて、自分がはだしであることに気づいた。
しばらく歩いたところで、けむりの中に何かテントのようなものが見えた。
ムシャーナの後ろについてそこに向かうと、テントに見えたものは天蓋付きのベッドだった。
あれ、ポケモンリーグのカトレアさんの部屋にあったベッドみたいなの。
なんでかベッドの周りだけ、けむりが晴れている。
「むしゃ?」
こっちを呼ぶように前後に体をゆらすムシャーナ。
僕が近づいていく間に、ムシャーナがベッドにかかっているカーテンを開けた。
中をのぞくと、ふかふかのベッドの上に見知った女の子が眠っていた。
「……ベル」
豪華なベッドで眠る女の子は、どこかの国のお姫様のようだった。
すやすやと寝息を立てるベルから、目を離すことができない。
少し前に告白してから、何か特別なことがあったわけじゃない。
毎日アララギ博士の研究所で話をして、時々バトルをして。
自分でした『また一緒に観覧車に行く』という約束も、まだ果たしていない。
自分から動けばいいのに、何もしない自分が嫌になってきた。
そんな気持ちも、ベルを見ていたら少しずつ薄れていった。
そうだ。後でベルを誘おう。
最初に観覧車に誘ったときみたいに。
あの時とは関係も違うけど、だからこそ一緒にいたい。
「……ごめんねベル、気づくの遅くって」
静かに眠るベルの髪を、できる限りの注意をしてなでる。
さらさらとした感触がとても気持ちいい。
「……ん…………」
ベルが寝返りをうって、ぐ、と目を強く閉じた。
薄く、そしてはっきりとベルの澄んだ瞳が見える。
「……トウヤ……?」
起こさないように注意したつもりだったのに、まったくそんなことはできなかったみたいだ。
うう、ごめんベル。
「お、おはよう」
なんだかトンチンカンなことを言った気がしないでもない。
「おはよぅ……トウヤも寝るの?」
目をこすりながら体を起こしたベルが、僕を見てそう言った。
確かに、僕は今パジャマを着ている。
ふとベルの格好を見てみると、同じようにパジャマを着ていた。
ただそのパジャマも、いつか見たことがあるような気がする。
そう、僕達がもっと小さかったころ。
僕と、トウコと、チェレンと、そしてベル。
みんなで一緒にパジャマパーティーをしたときに着ていた、お気に入りのパジャマだ。
もちろん、そのパジャマを今着ようとしても小さいだろうし、捨てるときにぐずった記憶がある。
これはきっと、さっきのムシャーナ……ベルのムンちゃんが見せてる夢、なんだと思う。
「そう、だね。そうしようかな」
ベルに笑いかけて、ベッドから離れようとする。
「ふぇ?トウヤ、いっちゃうの?」
呼び止められた。
「えと、ちょ、ちょっとまってね」
ベルがごそごそとパジャマのすそをただし、上から下までチェックしてうん、とうなずいた。
「えと、あのねトウヤ。その、よかったらいっしょに寝よう?」
胸元で手を握って、まるでおねだりするようにそんなことを言ってくる。
「う、うん。その、ベルが、よければ」
僕の答えに胸をなでおろすベル。
うわ、すごいどきどきしてきた。
……あれ?
これ、僕の夢?
それとも、ベルの夢?
いや、僕が見てるんだから僕の夢、かな。
……夢でもベルに会えたのは、正直嬉しい。
「じゃ、じゃあどうぞ」
布団を持ち上げて、ベッドの真ん中から少しずれるベル。
二人乗ってもまだまだ余裕がある大きなベッドの中で寄り添った。
「こうやって寝るの、久しぶりじゃない?」
「ふぇ?そういえばそうだねぇ、ちょっと前まで一緒に寝たりしてたと思うのに」
「たまには…いい、かな」
「うん、そうだね。その、トウヤ、あったかい、から……」
だんだんベルの声が小さく、顔が赤くなっていく。
何だろうと思ったところで手をつかまれ、その手がベルの体に引き寄せられて……!?
「べっ、ベル!?」
ベルの胸に自分の手が当たっ、あたって、え、えええぇぇ!?
「ト、トウヤ、どう?どきどき、してる?」
どきどきしてると言われましても!?
自分のがどきどきしっぱなしで聞こえなくなりそうだよ!!
ゆ、夢の中とはいっても、ベルにこんなことするなんて…!
そう思ったものの、意識は手に集中してしまっている。
「……す、すごい、どきどきしてる。ベルも、ぼくも…」
「えへへ、そっかぁ……トウヤも、どきどきしてるんだね」
なぜか笑顔になったベルに、僕の鼓動がさらに強くなる。
たぶん、顔真っ赤。
「ええっと、それで、ね」
「う、うん」
今度はベルがよつんばいになって、僕を見上げている。
もう、まともな思考ができる気がしない。
「えと、その、ト、トウヤのタマゲタケ……みせて?」
……………………タマゲタケ?
タマゲタケって、あのモンスターボールにそっくりなやつ?
「…………タマゲタケならモロバレルに進化したけど」
なんでいきなりタマゲタケが出てくるんだろう?
「ふぇ?あ、あれ、そうなの?」
「うん。タマゲタケがどうかしたの?」
「ええっと……トウコ、いえばわかるって言ってたんだけどな……」
「トウコ?」
何か変なことをベルに吹き込んだんだろうか。
そうなら、多分ロクな事じゃない気がする。
「ええと、とりあえず……お昼寝、する?」
「…………うん、そうだね」
二人でベッドの真ん中に寄り、ぴったりくっついた。
ベルが僕の腕を抱きしめ、抱き枕のようになっている。
……またやわらかいものがあたってるけど。
「トウヤ、あったかい……」
「ベルも、あったかいよ」
季節は冬。
春も近いというけれど、寒さはまだまだ残っている。
「ベル……」
「トウ、ヤぁ…………」
どきどきするけど、心地よさが勝ってる。
だんだんまぶたが重くなってきた。
ただ、僕は無意識に空いている手をベルの頬に添えた。
「…………ん」
「……えへへ」
眠気が覚めないように、一瞬だけ。
そのまま融けあうように、僕たちは眠りについた。
「…………ん」
まぶしさに目を隠し、そっとまぶたを開く。
緑色の葉っぱと、青い空が見えた。
「……夢?」
夢を見ていたのは間違いない。
どこからが夢で、どこまでが夢かはわからないけど。
もやのあった方角を見ても、ただ白い透明な壁が広がるだけだった。
「……よし」
夢への橋を渡る前と、何も変わっていない。
ただ、その記憶が残っているだけ。
「とりあえず、帰ってベルに会いたいな」
よし、と気合を入れて、元の世界へ戻った。
空間のゆがむ感覚から開放された時には、あたりはもう暗く空には星が光っている。
家から少し離れたところに転送されたようで、のんびりと歩き出した。
そのとき、玄関のドアが開いた。
「おじゃましました」
僕の家のドアを開けて出てきたのは、ついさっきまで夢に見た少女。
夢の内容を思い出して、つい帽子のつばを下げた。
「……ベル」
「ふぇ?ああ、トウヤ!」
驚いた顔、笑った顔。そして、ベルの癖の帽子を下げるしぐさ。
……最後、なに?
「その、うちに来てたんだって?」
「う、うん、トウコとお話してて……じゃ、じゃああたし帰るね!」
「あ、うん……ま、待ってベル!」
「ふぇ?」
「その、送ってくよ!」
ベルの家と僕の家はほとんど距離がない。
それでも、ベルと一緒にいたかった。
「えと、その、いいの……?」
「うん、それじゃ、その、いこうか」
ベルに手を差し出す。
今回は、おずおずと手を伸ばして、手を重ねてくれた。
ほんのちょっとの帰り道。
ゆっくり歩いてしまうのは、疲れてるからとかじゃないはず。
「えと、トウヤ」
「な、なに?」
「えと、さ、さっき、夢をみてね」
「夢……」
「う、うん。あたしが寝てると、誰かが髪をなでてくれててね、目を覚ましたら、その、ト、トウヤが目の前にいて……」
「……え」
夢、というには偶然とは思えない。
ひょっとしたら、僕とベルは同じ夢を一緒に見たんだろうか。
「……あのさ、ベル。僕も、ベルが出てくる夢、見たんだ」
「ふぇ?トウヤも?」
「うん。それで、一緒にベッドで寝て」
「う、うん。あたしも、その夢……え?」
僕の顔を見て、ますます驚きの表情を浮かべるベル。
すごい、なあ。ハイリンクって。
家からまっすぐでて、突き当りを曲がるとベルの家。
でも、もう少しこのままでいたくって、海沿いの柵のそばまで手をつないで歩いた。
「ところでベル、さ。トウコに、僕がベルに……その、告白したってこと、言ったの?」
「……う、うん。言ったら、いけなかった?」
確かにトウコやママに知られたのは、最初は嫌だった。
でも。
「そんなことないよ。からかわれるのはちょっと嫌だけど、ベルのこと大事だし、ベルに告白したことはがんばったつもりだから」
「トウヤ……」
「だから、僕はもっとがんばる。トウコやママにからかわれたって、ベルのことが好きだって、はっきり言えるように」
つないだ手を、強く握った。
「……なんだか、情けない理由、かなぁ」
「ううん、トウヤらしい、かな?」
「あはは、ふくざつ」
「あたし、そんなトウヤがすきだよ」
「……僕も、ベルが好き」
見上げていた星から視線を戻して、二人で笑いあう。
「あたしも、もっとがんばるね」
「え?」
「だって、トウヤすごいもん。あたし、アララギ博士のお手伝いとかもっとがんばって、トウヤの隣に立てるようにがんばるね」
「……うん」
はあ、と吐いた息が、町の明かりに反射して白く消えた。
「……からだ、冷えちゃうといけないね。そろそろ帰ろうか」
「あ、う、うん」
つないでいなかった方のベルの手に触れると、だいぶ冷たくなっていた。
今度はそっちを握ろうとすると、ベルトが、いや、ベルトのボールが揺れ…
「 モ エ ル ー ワ! 」
光と声と共に現れた、純白の翼。
ただひとつ持っていたボールから、レシラムが現れた!
「れ、レシラム!?」
「ふぇ?!」
荘厳な眼で僕とベルを見下ろすレシラム。
いきなりなんだろう、と思った瞬間だった。
「あっ」
レシラムがベルの帽子を取った。
そして、もう片方の手でベルの頭を……なでた。
「え、ええ?」
ぱちくりとまばたきして、レシラムを見上げるベル。
視線の先のレシラムは……
にぱっ!
とてもいい笑顔をした。
「レシ……ラム?」
呆然と見ていると、僕の帽子も取って頭をなでてきた。
またいい笑顔。
「んばーにん」
そして、ひらひらと手を振ってボールに戻っていった。
なにが「このこたちかわいいこれぞわが真実(ジャスティス)」だよいみわかんないよ。
「…………えと、帰ろっか、ベル」
「ふぇ?う、うん」
ベルの家へと向かう。
なぜだか体があったかく、寒さをほとんど感じない。
レシラムのおかげだろうか。
「そうだ、ベル。前に言ってた観覧車の約束なんだけどさ」
「あ、うん」
「その、良かったら、明日。一緒に行かない?」
「……うん!」
そうこう話しているうちに、もうベルの家の前。
「それじゃあ、また明日」
「うん!あ、のね、トウヤ」
ドアの前で、ベルが止まる。
「……今日の夜、夢であえるかな?」
「…………あいたい、な」
あはは、と照れ笑いをする。
「それじゃあ、おまじない」
ベルが伸ばしてきた手を受け入れ、そっと眼を閉じた。
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「うぇへへへ〜チェレン覚悟しなさいよ〜〜」
やだもうチェレンってば、なかなかたくましい身体してるじゃないの。
チェレンのタマゲタケも準備完了で、興奮に震えている。
「くっ……トウコ……!」
大丈夫よチェレン、全部このトウコさんにまかせなさい。
「それじゃあ、いただきまー……」
「……はっ」
眼が覚めたのは、もう暗い室内。
なんであそこで起きるかなぁ。
「うーん……ってなにこれ、べたべた」
髪もなんだかごわごわしている。
「うー、とりあえずシャワー浴びてこよ……そうだ、そしたらチェレンとこ行って……うふふ」
待ってなさい、チェレ〜ン!
今会いに行くわー♪
「……何だろう、悪寒が……冷えたかな」