「それじゃあ、明日のお昼にライモンシティのミュージカルホール前でね!」
「うん、わかった!」
Cギアの画面の向こうで、ベルが手を振って笑っているのが見える。
僕も思わず笑って、電源を切った。
ダブルトレインのサブウェイマスターに3回目の敗北をした僕は、うつむいたまま階段を上っていた。
「やっぱりエンブオーとウルガモス先発はないよなぁ…いや、むしろデンチュラのタスキをウルガモスに……っわ、まぶしっ」
いつの間にか外に出ていたらしく、突然の光に思わず目を塞ぐ。
季節は夏。
日差しは強く、地下鉄の冷房に慣れた体を容赦なく照りつける。
太陽に背を向けまばたきすると、だんだん視界が戻ってきた。
広がる青空と、大きな観覧車。
「観覧車かぁ。Nと乗ったっけ」
同時に衝撃の告白も受けたなぁ。
「まあ、それはそれとして」
観覧車を眺めていると、湧いてくるこの思い。
「どうせなら女の子と乗りたかったなぁ…」
いつもライモンに来る時に見ても、特に何も思わなかったんだけどなぁ。
「負けたからかなー……うわ、かっこ悪いな僕」
それにしてもクダリさん、再挑戦する気にさせるのが上手いなー。
次はクルマユで…ダストダスもギギギアルもアイアントもどうしようもないよ。
「あーもう、今日は忘れよ。観覧車にでも乗ってみようかなー」
一人で? そんなのヤだよ。
あの事件のときは、確かベルもライモンシティにいて、ベルのパパと……
楽しそうに笑う可愛い幼なじみの顔が浮かんだ。
「……そっか、今からでも誘ってみればいいんだ!」
ベルなら、ひょっとしたら一緒に乗ってくれるかもしれないし!
「そうと決まれば、ウルガモス!」
「ぷひぃぃぃぃぃっぷ」
「頼むね」
ボールから出したウルガモスにつかまって、カノコタウンへ飛んでもらった。
「……あつ」
「ぷ?」
「おまえのせいじゃないよ。さ、行こう」
冒険を始めて一年も経ってないけど、きっと冬はもこもこが嬉しいだろうな。
そうしてカノコタウンに着いた僕は、無事にベルと約束をした。
「楽しみだなぁ」
ベッドの上でゴロゴロしながら、明日の事を考える。
ベル、どんな格好でくるのかなぁ。
っていうか、それなら僕も服考えないといけなくないかな?
ああでもタンス見たって似たような服しかないし…
「…いつも通りかぁ。水でも飲も」
無いものは考えてもしかたない。
階段を下りると、ママが霧吹きを持ってドレディアの手入れをしていた。
隣では毛の塊がぺっしょりとしている。
気が抜けてるなぁ、ムーランド。
「あ、トウヤ? この子達のお世話、ちゃんとやってる?
いいトレーナーは自分のポケモンのお手入れは欠かさないものよ」
嬉しそうなドレディアを見て、もっと細かく手入れをしないといけないかと反省する。
「はーい」
返事を聞いたら聞いたで、ママの興味はまたポケモンに移る。
「よし。ドレディアちゃんかわいいわねー、いつもトウヤに付き合ってくれてありがとね」
「ちゅちゅっ」
「それじゃ、次はタブンネちゃんいらっしゃい」
「ぴっ」
とことこと歩いていくタブンネ。
冷蔵庫の前に行くと、デンチュラがコンセントに触覚(前足?)を当てていた。
「ねえデンチュラ、女の子って何すれば喜ぶのかなぁ」
「きゅきゅ?」
デンチュラも♀だ。何か参考になる事を言ってくれるかもしれない。
「きゅきゅきゅるん」
もぞもぞと触覚を動かしながらも、コンセントから離れてない。
「…お腹いっぱい食べること?」
「きゅ」
……おまえは満足かもね。
「はぁ」
冷蔵庫からおいしいみずを取り出し、一気に飲んだ。
どっしどっしという音が聞こえて振り向けば、エンブオーがこっちを見ていた。
「エンブオー」
旅の初めからずっと一緒だった、僕の相棒だ。
……聞いてみようか。
「ねえエンブオー。ベルってさ、どうすれば喜んでくれると思う?」
「ぶおお」
何かを考えるようなポーズをとった後、どすんどすんとジャンプし始めた。
「ちょ、エンブオー、夜だから」
「ぶおぉ」
しゅんとするエンブオー。
「……ん? 今のって、『じょうねつのライモン』?」
「ぶおお!」
ミュージカルホールでエンブオーを出演させた演目の、最初のステップがあんなリズムだった。
「つまり、情熱的に行け、ってこと?」
「ぶおお」
ここに来て初めてまともな助言を聞けた気がする。
「ありがと、エンブオー」
「ぶおー」
がんばれ、とでも言いたげに手をぐっと上げるエンブオー。
「となれば、遅刻しないように早く寝よっと」
ベッドに戻って目を閉じた。
情熱的かぁ、情熱的ってどんなんだろう。
リードすればいいのか。手をとってエスコート?
バラの花でダンス? なんかおかしいような?
それにしてもベッドって久しぶりだなぁ、なんか落ち着かないような………
「……あつい。ねむい……」
今日も夏日。天気はとてもいい。
結局期待や緊張で寝付けなくて、ちゃんと寝たのは夜中も夜中だった。
なんとか約束の時間より前には起きられたけど、未だに眠気が強くて危ないかもしれない。
「ふあぁぁぁ……あーもう、中で待ち合わせの方がよかったかなぁ…」
ミュージカルホールの看板の前でひたすら日光を浴びていると、そんな事を思ってしまう。
「まあ、あと15分もあるし……」
待ち合わせの30分前に来たはいいけど、このままじゃマズい。
「入ろう」
ミュージカルホールに向かおうとしたまさにそのとき、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「あれ? おうい、トウヤぁー!」
「ベル?」
振り向くと、ミュージカルホールの入り口にベルがいた。
「あのね、わたしもここで待ってたんだけど、オーナーさんが参加して欲しいって言ってきて、まだ時間あったからつい……ごめんね?」
「いや、だってまだ待ち合わせより前だし……いつから待ってたの?」
「えーっと……1時間くらいまえ、だったかなぁ? ほら、わたしおっちょこちょいだし、遅れたらいけないなぁ、って思って」
驚いた。
ミュージカルホールから出てきたよりも、1時間も前から待ってるっていう方が驚いた。
それに何より、ベルを待たせてたのが情けなく思えてきた。
「…僕こそごめんねベル、遅くなって」
「ふぇ? だってまだ、待ち合わせ前でしょ?」
「まあ、そうなんだけど」
「それにしてもあついよねぇ。待ち合わせ時間までどうしようか?」
「は?」
これまたびっくり。
「…あのさベル、もう会ったんだし観覧車行こうよ」
「ふぇ? あ、そっか」
えへへ、と照れたように笑うベルが可愛くてつい見とれてしまう。
……あ、エスコート?
「えと、じゃあベル、いこっか」
「うん!」
ベルに手を差し出すと、首を傾げられた。
でもその直後にあ、ってぽんと手を叩いて取ってくれた。
「えへへ、それじゃいこっか。あっちだよね」
「うん」
ミュージカルホールから出てきてすぐのせいか、ベルの手は少し冷たかった。
……手に汗かいてないかな、うう。
「トウヤの手、あったかいね」
「え? あ、えと、ベルの手、冷たくて気持ちいいよ」
「ホールの中、涼しかったからねぇ。今日はムンちゃんがね…」
ベルに歩幅を合わせて歩き出した。
「……それでゲーチスに負けそうになったんだけど、ベルのこと考えたらげんきのかたまり貰ったの思い出してさ。
みんなが頑張ってくれたおかげで大逆転だよ」
前に話すと言っていた、ポケモンリーグでの出来事を行く途中でのんびり話す。
「ふえぇ、そうだったんだぁ。そんな大事なときに思い出してくれたなんてうれしいなぁ」
すごいどきっとした。
「でもよかった、トウヤの役に立てて。ずっと足手まといだったから」
「そんなことないよ! ベルがいたからがんばれたくらいだよ」
繋いだ手を振り上げる。
「ふわっ! えと、その……ありがとう、トウヤ」
ベルの顔が少し赤くなる。
うあー、かわいい。
「えーと……あ、もう観覧車のところだね」
「あ、本当だ」
上を見上げれば、大きな円にたくさんのゴンドラが見える。
乗り場へ向かうと、入り口の前には大きな人が立っていた。
格好からして、山男かな。
「……あの? どいてもらえませんか?」
入り口を塞ぐようにして立っていた山男の人に話しかける。
「いやあ! そこの少年! 毎日ムシムシと暑いな!」
「はぁ」
「こんなイケない夏を満喫しない訳にはいかないよ! な?」
「は?」
「そこでだ! ボクと一緒に観覧車につきあわないか!」
「なんですって?」
「もちろんタダとは言わんぞ! ボク自慢のポケモンで少年を揉んであげよう!」
この人は何を言ってるんだ。
なんで僕が見ず知らずの人、しかも山男のおじさんなどと一緒に観覧車に乗らなくちゃいけないのか。
「嫌ですよ」
「ああ残念だ少年! 暑苦しい夏のひと時、キミのような若いつぼみとエンジョイしたかったのだが!」
やだこのひときもちわるい。
なんかもの凄い寒気がしてきた。
「ねえねえトウヤ」
ベルが話しかけてきた。何か言ってくれる事を期待する。
「このおじさんもトウヤと一緒に観覧車乗りたいのかな?」
「……へ?」
「ポケモンバトルも、有名人のトウヤと戦ってみたいのかも」
「ちょ」
「受けてあげたらいいんじゃない? トウヤの戦ってるところ、私も見たいな」
その反応は10年一緒にいたけど予想して無かったよ。
「そうかァ! 少年! キミは見所アリだな!
さあ、早速あいさつ代わりにイッパツ勝負といこうか!」
「ちょっ!」
「がんばって、トウヤ!」
なんでこうなるの?
山男がくりだしたガントルを面倒だけどあっさり倒し、ベルがわあ、と拍手をしている。
「オオウ! 少年! 少年! キミのポケモンはたくましいなあ!」
もうやだほんとにきもちわるい。
「いやあ、よかったよ! 少年!
キミもキミのポケモンも立派! 結構! タマランよ!」
「そうですか」
「さあて……2人の身体も心も必要以上に温まったところで……
山男に腕をつかまれた!
「観覧車に突入だ!」
「わああっ!?」
思わずベルの手を握る。
「ふぇっ!?」
「さあ、ついてこい少年!」
ずるずると、ベルと二人で引きずられる事になった。
向かいの席には山男。
隣にはベル。
天国と地獄の距離はとても近いらしい。
あとでランプラーに教えてあげよう。
それにしても……
「オオウ……ムシムシとして………まるでサウナだな、少年!」
密閉されたゴンドラ、真夏の直射日光を通して逃がさないガラス張りの窓。
数十メートルも太陽に近付いた分、ますます熱がこもる室内。
「ほんと、あついねぇ」
ベルもハンカチでおでこに浮かぶ汗を拭いている。
それにしても……あつい。
寝不足もあいまって、あたまがぼーっとしてきた……
「ふぇっ!? と、トウヤ? だいじょうぶ?」
「へっ……? あ、ご、ごめんベル」
気付けば、ベルの肩に頭を乗せていた。
うわ、一瞬意識とんだかも……
「あ、あついもん、しかたないよね」
「あ、う、うん、実は昨日眠れなくって」
「ふぇ? そうなの?」
「アアア……暑いなァ……少年の肌を汗が伝っているぞ……」
バッグからタオルを取り出す。
この人にこれ以上言われるのは嫌だし。
がしがしと汗を拭いたせいで、頭が揺れるたびに、いしきが、ゆれ…
「あ」
ベルの方に倒れ込む。肩を抜けて、ベルの体の前を……
「ふぁっ!? と、トウヤ、しっかり!」
今一瞬頭の後ろに柔らかいものが当たった。
え、あ、いまの、もしかして、ベルの…
全部考える前に、顔の横が柔らかいものの上に乗った。
しかも今度は触れっぱなしだ。
なんだか帽子をかぶっていたのを後悔した。
「と、トウヤ?」
あったかくてやわらかいものに顔の横と後ろを包まれ、上のほうから大好きな声が聞こえてくる。
「……ぁ、ベル」
上のほうで、ベルが心配そうな顔でこっちを見てた。
「あのね、休めるなら少し休んだ方がいいと思うよ。まだ、半分も回ってないみたいだから」
ベルが窓の外を眺めてる。
「ぁー……ごめん、ベル……」
じぶんから誘ったのに。
それにしても、ベルのひざまくら、かぁ。
やわらかいなぁ。
旅の途中で、寝るときにタブンネを抱き枕にしたこともあったけど、タブンネよりやわらかい。まちがいない。
それに、なんだかいいにおいがする。
汗だってかいてたはずだけど、ぜんぜんいやじゃない、っていうか、やっぱりいいにおいで…
「ふぁんっ!?」
顔を下に向けて、その柔らかいふとももにこすりつけた。
寝起きで顔を揉んでいるような、やわらかい気持ちよさが感じられる。
「えと、トウヤ、くすぐった、ひゃんっ!」
あまいにおいにつられて、くちびるでやわらかいものをはんだ。
スカートの上からだからあまりうまくいかないけど、うごかすたびにあたまがしびれてくる。
「はの、トウヤ、なんか、へんだよ?」
頭の奥がじんじんした状態で、へん、とだけ聞こえた。
「……ん」
そっか。もっとおいしいのははんたいがわか。
体の前後を変え、ベルのおなかが正面に来るようにした。
「ふぇ?」
「んむ」
汗でぴったりと張り付いたおなかから、ベルのふにふにとしたやわらかさが伝わってくる。
「ひゃっ、や、トウヤ、なんか、だめ、ふぇっ」
けど、やっぱり直にさわりたくなってきて…
「んむ」
「んぅっ!?」
顔を左右に振り、ベルの服をずらす。
あらわになったおなかに顔をうずめた。
「ト、ウヤ、くすぐ、たい、ふひゃんっ!」
とくん、とくんと、ここちいいおとがきこえてくる。
舌を出してみた。
なめらかで、いいにおいで、こんなおいしいものははじめてみた。
ちゅ、と吸い付いてみた。
「ひゃんっ! トウ、ヤぁ、っ、ま、って」
頭を押さえられて、ぐい、とはなされる。
もっとあじわってたかったのに、なんてぼーっとしてると、ベルがまっかになってぼくをみていた。
「あの、そのね、えと、わたし、へんなかんじで、トウヤもねむくって、えっと、ひとがいるから、だめっ」
ベルの言っていることもよくわからないけど、なにかひっかかった。
「……ひと?」
そのとき後ろから、デスカーンの呼び声のような、ジャイアントホールの底の底から響くようなおぞましい声が聞こえてしまった。
「ところでだ……少年……恋人とかいないのか?」
この人は何を見ているのか。
やっぱり天国と地獄は近すぎて嫌になる。
しかたなく、声のほうに向き直った。
「…いま、めのまえにいますよ」
「ふぇ?」
半ばにらみつけるように山男を見る。
「……ボクか! 少年!」
その瞬間、眠気を全部押さえつけて、僕はボールに手を伸ばした!
「タブンネ、サイコショック!」
呼び出したタブンネの触覚に触れる。
「ぴ!」
わかってくれたらしく、ゴンドラのドアに向けて技を放つタブンネ。
ドアの押さえは外れ、ドアが開け放たれる。
「戻れ、タブンネ! 行け、ウォーグル!」
「きぎゃえぇぇぇっ!」
「フリーフォール! できるだけ遠くまで捨てて来いっ!」
「ぎゃあぉぉ!」
狭いゴンドラ内を器用に飛び、山男を二本の足で捕まえ飛んで行くウォーグル。
リュックも体格も重そうだけど、それを感じさせない力強いはばたきだった。
「はふ」
「…トウヤ?」
それを見届けたら、今度は一気に脱力感が襲ってきた。
なんとかタブンネを出して、ドアを閉めてもらう。
「ごめんね、タブンネ。おつかれさま」
「ぴっ」
「トウヤ、だいじょうぶ?」
「ん……」
気付けば、さっきまであの山男のいた席に座っていた。
ベルが正面にみえる。
人ひとりいなくなっただけで、ずいぶん涼しくなったような気さえ…
ベルの服の、裾が捲くれていた。
白くてほのかに赤い、きれいな肌が見えていた。
「ベ、ル」
「ふぇ?」
……だんだん思い出してきた!
倒れそうになって、ベルのひざまくらで、で、おなか、を…!
「ご、ごめん! ごめんベル、へんなことして!」
「ふぇっ!?」
しまった、とっさに大声を出してびっくりさせちゃった!?
「ええと、その、とにかくごめん!」
もうただ頭を下げるしかない。
せっかく一緒に観覧車に乗ったっていうのに、最悪だぁ…
「えと、あの、トウヤ」
「はい」
「な、なんで……その、あんなこと、した、の?」
ベルの顔も真っ赤だ。多分僕も。
どうしよう。もう正直に言うしかない!
「えっと、その、ベルと観覧車乗りたくて、昨日も楽しみで楽しみで眠れなくって」
「ふぇっ」
「変な人いるし、ベルが隣にいるのに眠くなっちゃうし、一瞬寝ちゃったらベルがひざまくらしてくれてるし」
「えと、うん」
「やわらかいし、いいにおいだし、ベルがすきだから、つい、その、もっとベルとくっついてたいなあ、っておもって」
「ふぇぇ……え?」
「それで、その、ぼーっとしてたら、ベルがケーキとかよりもおいしそうに見えて…」
「あ、あの、トウヤ?」
「なに?」
「え、ええ、あの、いまの、ほんとう?」
「いま? ケーキよりもおいしそう?」
「その、そのまえ」
なんて言ったっけ?
「……もっとベルとくっついてたい」
「そ、その! そのまえ!」
ベルの顔がますます赤くなってる。
「やわらかいし、いいにおいだし、ベルがすきだから……って、言っちゃった!?」
「や、やっぱり聞き間違えじゃないの?」
ううわあああ、勢いとはいえ言っちゃった!?
もうこうなったらヤケだ!
「う、うん、僕はベルのことが好き! 大好きだ!」
「ふえぇっ!?」
「ちいさいころからずっと一緒にいるし、今回の旅だって会えるのを毎日楽しみにしてたし、頼ってくれたのも嬉しかったし、
ゲーチスを許せなかったのもベルをバカにしたからだし、こうして観覧車に誘ったのもベルが好きだからなんだ!」
言った。
言っちゃった。
「あんなことしておいて告白……したって、迷惑っていうか、嫌われるに決まってるけど、ベルにウソつきたくないから、これが本当の気持ちだよ」
言い切ると、また暑くなり始めたゴンドラの中が少しすっきりした気がする。
ベルは顔を赤くしたまま、あっちこっちを色々向いた後、うつむいてしまった。
そのまま観覧車は回って、あと少しで地上へもどるあたり。
「…………あ、あのね、トウヤ」
ベルが話しかけてくれた。
「う、うん」
「えっと、その、わ、わたしも、トウヤのことがね」
「う、ん」
一度、大きく深呼吸するベル。
「……すき、だよ」
「…………ぃやったああぁぁあぁっ!」
「ふぇぇっ!?」
「あ、ご、ごめん、またびっくりさせちゃった」
「えっと、その、喜びすぎじゃない?」
「そんなことないよ! うわー、すっごい嬉しい」
思わず立ち上がった。
オーバーヒートしそうなくらい、顔とか胸とか全部熱くなる。
「えと、それでね、トウヤ」
「なに?」
立ち上がったことで近付いた僕の服の裾を摘まんで、ベルが見上げている。
「さ、さっきみたいなのは、まだ、ダメだけど」
「う、うん。もちろん」
「でも、あの、ね? ほ、ほかのところで、その、して、ほしい、とこが」
「え、と……う、うん」
席に座って、ベルと目線をあわせる。
「……ベル」
そっと、両手をベルの肩に添えた。
「トウヤぁ……」
一瞬、嬉しそうな顔になったあと、そっと目を閉じた。
観覧車乗り場を出ると、変わらない夏の熱気にも関わらず、ゴンドラの中よりずっと涼しく感じられた。
……それにしても、おなかよりもずっとずっとやわらかいところがあるなんて。
「なんだか、今までで一番しあわせかも。ポケモン貰ったときより」
「ふぇっ? えと、その、わ、わたしも、もちろんポケモンたちも大事だけど、トウヤが好きだっていってくれて、すごいしあわせだよ!」
「あはは、そうだよね。僕も、ポケモンもベルもいてくれてしあわせだよ」
これからも、きっとしあわせなんだろうな。
そんな事を思いながら、バトルサブウェイの前に来た。
「……ところでベル、お昼ごはん食べに行かない?」
「あ、そうだね。まだ食べてなかったもんね」
「でさ、ご飯食べたら、サザナミタウンまで行って泳がない?」
「いっぱい汗かいちゃったもんね……あ、ちょっとまって」
立ち止まると僕に背を向けて、ごそごそと何かをしている。
「……ふぇぇっ!?」
「ど、どうしたの?」
「だ、だめだめ、ごめんトウヤ、海はだめっ!」
「え、な、なんで?」
「だ、だって、さっきトウヤがおなかに、キっ、キス、してたから、その、跡が…」
こっそりと鞄で周りをかくし、ちら、と服の裾を持ち上げるベル。
……それ、反則……!
「えっと、ごめんね、ベル」
「う、ううん。それより、ごはんたべにいこ!」
「……うん! あ、そうだ」
「ふぇ?」
ベルの手をそっと取った。
「もっと涼しくなったらさ、また一緒に観覧車、乗ってくれる?」
ベルは、僕の大好きな笑顔で答えてくれた。
「……うん! こんどは二人で、だよね?」
秋が待ち遠しいなぁ。
一方その頃。
トウヤのウォーグルは賢いポケモンである。
また、ゆうかんであり、彼の命令は可能な限り答えている。
そして、そのウォーグルは今。
「アアア……キミ、進化はしているが、まだ生まれて一年も経っていないんだろう……?
進化していても、そんな若い花もまた……」
「きぎゃっ!?」
彼の本能が告げている。
トウヤの言った「出来るだけ遠く」とは今この場所であると。
「ぎぎゃあぁぁぁっ!」
そして、山男は風になった。
「……地震? いや、すぐそこに何か…」
チャンピオンロードはポケモンリーグの目前、チェレンが己を鍛えている洞窟の外。
大きな音がしたと思ったら、そこには山男が半分埋まっていた。
「な……大丈夫ですか?!」
「……いやあ! そこの少年! 毎日ムシムシと暑いな!」
「は? いや、あなた何を言ってるんですか。埋まってますよ」
「こんなイケない夏を満喫しない訳にはいかないよ! な?」
「…この人大丈夫だろうか。頭でも打ったんじゃ…」
「そうかァ! 少年! キミは見所アリだな!
さあ、早速あいさつ代わりにイッパツ勝負といこうか!」
「……意味がわからない」
「さあ、ついてこい少年!」
「ちょっ、なんですかいきなり! 放してください!」
「おーい、チェレーン……って、誰そのおじさん?」
「トウコ、ちょうどいいところに!」
「さあて……2人の身体も心も必要以上に温まったところで……観覧車に突入だ!」
「はっ、まさか!? チェレンにそんな趣味が!?」
「何を言ってるんだトウコ! いいから早く助けてくれ!!」
おしまい。