プラズマ団の一件が片付いて数日が経った。  
 ポケモントレーナーとして旅立っていたトウコ、ベル、チェレンはカノコタウンへと戻っている。  
 明日、ジムバッジを全て集めたトウコはチャンピオンに挑戦する。  
 プラズマ団に邪魔されたものの、既に四天王全員に勝利しているトウコにはその権利が与えられている。  
 チャンピオンのアデクも彼女の挑戦を待っているという。  
 それを聞いたアララギ博士が、トウコ達を呼び戻したのだ。  
「明日はしっかりねトウコ。悔いのないよう、全力でね」  
「はい、博士」  
「ところで、明日はゼクロムを使うのかい?」  
「ううん、ゼクロムはお休み。私が育ててきたポケモンで勝負するの」  
「……そう、か。でも僕が挑戦するときはゼクロムを使ってほしい。伝説のドラゴンと戦ってみたいからね」  
「まだ私が勝つって決まったわけじゃないよ。アデクさんすっごい強いし」  
「いや、僕は君が勝つと信じている」  
「おお! それは告白か少年!!」  
「チェレンも、旅立ちの頃と比べて丸くなったわねぇ」  
「そ、そ、そんなんじゃないですよ! 何を言ってるんですか!!」  
 アララギ博士の研究所から笑い声が聞こえる。  
 題して『チャンピオンに挑戦するトウコの鋭気を養う会』略してトウ会が現在進行形である。  
 トウコ達の両親やアララギパパ、マコモ博士も参加してるパーティだ。  
 ジュースやお酒や豪華な料理が並べられ、トウコを中心に盛り上がる。  
 トウコ達のポケモンも全てボールから出ており、みんな楽しそうに笑っている。  
 ただ1人を除いては。  
「あ、あのトウコ」  
「ん? ベル、どったの?」  
 ベルは少しだけ距離をおいた所からトウコを見ていた。  
 微妙にタイミングを逃していたのだが、ようやくトウコに話しかけることができた。  
 しかし、笑って見つめてくるトウコを見ると何を言っていいか分からなくなる。  
 旅立つ前も、旅立った後も普通に話せたはずなのに……  
「と、トウコ……その、明日は、頑張ってね……」  
「うんっ! ってあれ? ベル顔赤いよ?」  
「え!? そ、そんなこと……」  
 ベルに近づき、彼女の顔を覗き込むトウコ。  
 突然のことに半歩交代し、真っ赤になっている顔を隠すように緑のベレー帽を深く被った。  
 そしてそのまま、夜風に当たってくるといい研究所の外へ出て行った。  
 それを、モーモーミルクで作った特製プリンを食べながら、不思議そうな顔でトウコは見ていた。  
 
「はあぁ……」  
 とても、とても深いため息が出た。  
 昼と違い夜の海はとても怖く感じる。とても暗く、飲み込まれてしまいそうになる。  
 そんな海をボーっと見ながら先ほどのことを思い出し、またため息が出る。  
 さっきからこれの繰り返し。ベルは後悔していた。  
 頑張って、それしか言えなかった自分に。  
 アララギ博士やチェレンのようにうまく話せなかった。  
 つい此間までは普通に話せたのだが……  
 いつからこうなってしまったのかと言えば、あの時だ。  
 伝説の漆黒のドラゴン『ゼクロム』に英雄として認められ、同じ伝説のポケモンを持つNという人にも勝ったと聞いた時。  
「トウコ……」  
 暗闇の海を眺めるベルの瞳には涙が溜まり始めている。  
 ゼクロムに認められたのも、Nに勝ったのもすごいと思ったし嬉しかった。  
 だがそれと同時に、ベルにとってはとても遠い存在に感じた。  
 スタートは同じだったのに、今は手を伸ばしても走っても、彼女の隣にもいけない気がしてならない。  
 ずっと、ずっと密かに抱いていた友達以上の感情も、伝える勇気はなくどんどん離れていく。  
 そう考えると怖い。怖くなって涙が出てくる。  
 少し強い風が吹き、寒さでベルの体が震える。  
 そろそろ戻ったほうがいい。そう思い立ち上がろうとした時、  
「ベール!」  
「ひひゃっ!」  
 研究所にいるはずのトウコが、ベルの背後から抱きついた。  
 驚き変な声を上げたベルをトウコが笑っている。  
 彼女の帽子がない。きっと研究所に置いてきたのだろう。  
 トウコが離れると、恥ずかしそうにベルはベレー帽を深く被る。  
「前から思ってたけどさ、ベルのその仕草、可愛いねー」  
「そ、そう?」  
「あ、またぁー! 照れてるの? よしよし、かあいいねーベルは」  
 トウコに可愛いと言われ、胸の鼓動が早くなるのを感じた。  
 自分でも分かるほど顔が熱くなっていき、ベルは真っ赤になった顔を隠すようにより深くベレー帽を被る。  
 頭を優しく撫でてくれるトウコの手。  
 胸の鼓動は早く激しくなる一方だが、それと同時にとても心地よい。  
「トウコ、みんなのところに行かなくていいの? トウコが主役なんだよ?」  
「いいのいいの。博士たちが酔っちゃってさ。チェレンに全部任せてきた!」  
「そ、そうなんだ……」  
 想像しただけでお気の毒だった。笑っちゃいけないと思ったけど、笑ってしまった。  
 そんなベルの隣に座り、彼女にくっ付きながらトウコはその様子を見ていた。  
「ベル、何かあったの?」  
「え? べ、別に何も、ないよ?」  
「いいえ、何かあったでしょ。最近のベルなんか変。私の顔も見てくれないし」  
「そ、そんなこと……」  
「ほらぁ、今も顔真っ赤だし」  
「あぅぅ」  
 顔が赤いのはトウコのせい、だなんて言えない。  
 真剣な表情のトウコを見る限り、誤魔化せそうにない。  
 そう思いながらも何も言えない。沈黙するベル。  
 トウコも彼女の回答を待っている。  
 そしてしばらくして、下唇をキュッと軽く噛み、ベルは重い口を開く。  
 自分が抱いている想い以外のことをすべて吐き出した。  
 ベルの言葉が止まることはなく、トウコはそれを黙って聞いていた。  
 口を再び閉じたベルは俯いて黙る。トウコも何も言わず、風と波の音だけが聞こえる。  
 だがすぐに沈黙は破られた。  
 
「なぁんだ、そんなことで悩んでたのかぁ」  
「へ?」  
 ベルの言葉をすべて受け止めたトウコ。  
 その様子はさっきとなんら変わっていない。  
 そして、顔を上げ少し驚きの表情なベルを抱きしめる。  
「ベルってあったかいよねぇ。外がちょっと寒いから、こうしてると気持ちいい。ずっとこうしていたいなぁ」  
「あ、あの、トウコ?」  
「私はずっとベルの隣にいるよ。もし私達の距離が開いちゃってるなら、手を繋いで一緒に歩こ?」  
 囁くようなトウコの声。とても優しくて暖かい。  
 彼女はずっと隣にいた……  
 そう思ったら、自然と涙が出てきた。  
 トウコから解放されると、ベルは両手で涙を拭い始める。  
「ふぇ……ごめ、んねぇ、トウコ」  
「もう泣かないの、謝るのもダメ。ベルは笑顔が一番」  
「う、うん……」  
 涙を拭い、ベレー帽を深くかぶった後、ベルは笑顔になる。  
 研究所の時のとは違う、見慣れたものだった。  
「……本当に可愛いなぁ」  
 それを笑みを浮かべながら黙って見ていたトウコ。  
 目の前にいるベルにも聞こえないほどの小声で呟く。  
 そして頬に残ってるベルの涙を拭って、そっと唇を重ねるキスをした。  
「……ッッ!!?」  
 突然の口付けに戸惑いと驚きを隠せないベル。  
 まさに混乱状態。  
 何をしていいかわからず、トウコの柔らかい唇を感じるのみ。  
 唇を離したトウコはいつもと変わらない笑顔で、固まっているベルを見ていた。  
「………………ぁ、え、と、トウコ、なんで今、キス、したの?」  
「だって、好きな人にキスをするのは、変な事じゃないでしょ?」  
「え、それって……」  
「私も今まで思ってた事言うね。私ね、ベルが好き。友達としてじゃなくて、ベルが好きなの」  
「あ……ぅ……ふぇ」  
 急に、告白された。  
 驚きの連続で、少し思考が追いついていなかったが、全てを理解した時にはまた涙が流れていた。  
 溢れて止まらない涙を、何度も何度も拭った。もうほぼ号泣に近い。  
「あ、ごめんね。急にキスしたり変なこと言って。ごめんねベル、泣かないで」  
 さすがにトウコも戸惑いを見せる。  
 こういう反応が来るのは十分予想していた事だ。  
 しかし、いざされるとやっぱり焦ってしまった。  
 まずベルに謝るのが最重要だと判断し、何度も謝った。  
 嫌われたくないから、ベルとの関係を崩したくないから。  
「っく……ひぐっ、ぃっく、と、トウ、コ」  
「なに?」  
「あ、あや、あやまら、ないでぇ……これ、これはぁ、うれし涙だよぉ……」  
「え?」  
 まだうまく言葉に出来ておらず、小さな声。  
 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、謝り続けるトウコに精一杯の笑顔を見せた。  
「あ、あたしも、ひっ、すき……ずっとトウコが、好きだったぁ」  
 そして、長年抱いていたもう一つの気持ちを、トウコに伝えた。  
 一瞬、トウコの思考が停止。  
 しかしすぐにベルの言葉を理解した時、瞳に溜まっていた涙が零れ落ちた。  
 
「あ、はは……私も泣いちゃった」  
「あたしはさっきから泣いてばかりだよ」  
「嬉しいのに、涙が出ちゃうなんて変だよね」  
「そうだねえ」  
 最後に頬に残った小さな涙を拭った頃には、2人の笑い声が聞こえていた。  
 胸の奥にあったものを全て吐き出し、ベルはすっかりいつもどおりな様子になっていた。  
 トウコもどこかすっきりした様子。  
 そして外に出てかなり時間が経っていることに気づき、手を繋いで研究所へ戻ることにした。  
 その道中、トウコの家の前に来た時、トウコは立ち止まった。  
「ねぇベル」  
「どうしたの?」  
「もう一度、キスしていい?」  
「うん、いいよぉ」  
 即答、それも満面の笑顔でベルは答えた。  
 2人は正面を向き合い、目を閉じてそっと唇を重ねる。  
 相手に聞こえるのではないかというくらい、胸の鼓動が高まる。  
 唇が離れてもそれは治まらなかった。  
「ねぇベル」  
「なぁに?」  
「研究所に戻るのは後にしてさ、私の部屋に行かない?」  
「……うん、いいよぉ」  
 トウコのお誘い。  
 その言葉の意味を理解すると、ベルは頬を赤くしベレー帽を深く被り頷いた。  
 そして2人は寄り添いながら、真っ暗になっているトウコの家の中へと消えていった。  
 
 
 
<終>  
 
 

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