『……お、少し反応したか…?それにしても、ここまで、皮を被っているとは…。お前、真性か?』  
「何を言いたいのかよくわからないけど、その姿でじろじろ見ないでよ!!恥ずかしいなぁ!」  
『……ちょっと、我慢しろよ。』  
「え、なに?…痛いっ!」  
ぞ、ゾロアークが、ボクのあ、あれを…!!  
『皮むいただけだろ。そんなに騒ぐな。』  
ゾロアークの、いや、今はトウコの姿をしているのだが、ともかく、その手の中からピンク色をした先端が顔をのぞかせていた。  
「や、やだ、ゾロアーク、おねがい。もうやめて。」  
ゾロアーク・トウコは何も言わずにNの分身をさすり続ける。  
「……うぁ、やだ、頼むから、やめて…!な、なんか変…っ!」  
今まで感じたこともない感覚が、全身を走る。  
こんな感覚、知らない。  
「だ、だめ、ほんとにだめだよゾロアーク、ヒぅ…。こ、こんなこと、どこでおぼえてきたのさ……っああ!!」  
そういうと、ゾロアークは少しだけ手を止めてボクを見つめた。  
『……N、昔、お前が俺に名前をきいた時、何と答えたかおぼえているか?』  
「………『俺に、そんなものはない』っていった。ポン…」  
『その名で呼ぶな!!ともかくな、お前に言わなくちゃいけないことがある。』  
「え?やっぱりボクのとっておきのいかりまんじゅう食べたのは君だったのかい?」  
『……それは、ギギギアルの馬鹿野郎だ。そうじゃなくて、あの時名前がないといったのはうそだ。プラズマ団のところに来る前に、別のトレーナーのもとにいたのだ。』  
そんな話は初めて聞いた。ゾロアのころからの付き合いだが、プラズマ団のもとに来る前に何をしていたのかをいくら聞いても教えてくれなかった。  
『トレーナーとしては三流だった。バトルもへたくそで、近所の草むらに入ってもすぐに目の前を真っ暗にして帰ってくるような奴だ。それでも、変なところで頭が回ったのだろうな。』  
「え…?」  
『俺はあいつから、このイリュージョンの使い方を教わったよ。あの男の機嫌が悪い時には、奴の嫌いな上司の姿に変化させられて、散々殴られた。  
時には、あの男が気に入った女に化けて、性欲処理としてつかわれた。あいつの気分によって、俺の名前は変わった。『はげ部長』『無能社長』『エー子』『ビイ子』ってな。  
あの時ほど俺の種族がメタモンじゃなかったことに感謝したことはない。化けるだけだから、俺自身の中身は変わらないからな。  
ガキの心配はしなくていいし、あのころは、まだへたくそだったから、見た目だけごまかしても、オスの証がついたままだったから、挿入はされなくて済んだしな。まぁ、それ以外いろいろ教え込まれたが。』  
「ゾロアーク…。」  
『……あのころのお前に教えるにはふさわしくない内容だ。……今のお前が理解できるかどうかは知らんがな。』  
そういうとゾロアークはうつむいてしまった。  
正直、せいよくとかおすのあかしとかそうにゅうとか何を意味するのかわからない言葉もたくさんあったけど、ゾロアークがひどい目にあったということは理解できた。  
そして、今まで誰にも触れさせようとしなかった過去を共有することを許してくれたということも。  
「ゾロアーク、きみは、プラズマ団に来てしあわせだった?ボクみたいな、不完全な人間と一緒にあの部屋に閉じ込められて、その…後悔してない?」  
ゾロアークはうつむいたまま、顔をそむけた。  
『……お前、それを本気で言っているのなら怒るぞ。道具としか見られなかった俺を、『トモダチ』と言ってくれた奴に出会えた場所だ。後悔なんぞ、するはずがない。』  
ああ、これはゾロアークが照れている時の癖だ。  
なんだか、こっちまで照れくさいなぁ。  
「ボクも、キミと『トモダチ』になれて、本当に良かったと思うよ。」  
そういってほほ笑むとゾロアークはふんと小さく鼻を鳴らした。  
『……もう二度とそんなことはいえなくなるぞ?』  
「え?」  
ゾロアーク・トウコがボクの、あ、あれを、くわえこむ。  
「ひぁっ!!?な、なにするの!」  
『……かわいそうだから、処女を奪うのはやめてやる。』  
「しょ、じょ?少女って、ボク男だって!だからゾロアーク、そんなとこ口に入れちゃダメだって!ペッしなさい、ペッ!!汚いでしょ!  
ぞ、ゾロアークだって知ってるでしょ?この頃野宿ばかりだから、ちゃんとお風呂入れてないし…!」  
『……お前、今自分の立場わかっているのか?』  
ボクのをくわえたままゾロアークがもごもごとしゃべる。  
「あ、ちょ、と!!ゾロア…ク、だめ!んむっ!」  
ゾロアークの舌がボクの分身を舐めあげ、ジュウっと音を立ててすすり上げる。  
ゾロアークなのに、一生懸命ボクのを舐める彼は、トウコそっくりで、言いようのない背徳感を感じる。  
 
「だ、だめだ、ポ…き…」  
『……たってきたな。N、教えておいてやるよ。世間一般ではな、トモダチ以上の男女はこういうこともするんだよ。そして、子どもをつくるんだ。』  
「や、ちが、ゲーチスが、言ってた…!デリバード…」  
『ゲーチスの言っていたことすべてが正しかったか?お前は、そのことを身をもって体験しただろう?』  
「……う、でも…ボクも、ゾロアークも男だよ!」  
『ああ、そうだ。だが、トウコは女だ。お前が、彼女とどうなりたいのかはともかく、お前ぐらいの年頃ならば、これは知らなくてはいけないことなのだ。  
だが、このようなことは、本来ならトモダチ以上にわかりあった間柄の者同士がやること。通りすがりの者に頼めることではないし、トウコに頼むとなると後々の関係に何らかの問題が出てきかねないからな。  
知識もあって、お前のことをよく知っているのは俺くらいしかいないだろう?』  
「…はぁう…。よくわからないけど、舐めないでぇ…。」  
『………お前は、もう二度と夏の観覧車に乗るなよ?言いたくはないが、絶好のカモだ。』  
「あぁあ…、いじわる…。やめてって言ってるのにぃ…。」  
『……もうすぐ…か。いいか、N、これが、子どものもとだ。これが女の卵子と結びつくことによって生き物は子孫を残すのだ。』  
やわやわとボクのフクロをもんでいたゾロアークの手つきが変わる。  
まるで何かを搾り取ろうとするかのように。  
「ンっ…!ゾロ、アク…っ!だめ、なにか、クる…!」  
『ん、いっちまえ。』  
じゅるじゅるとすすり上げられる刺激に体の奥底から何かがせりあがってくる。  
初めて感じる感覚に頭の中が真っ白になる。  
真っ白になった頭の中に一瞬彼女の顔が浮かんだ。  
なんで、ボクは……  
「ぁあっ!!ダメ!出ちゃうよ…っ!!」  
強烈な波に押し流されて真っ白な頭では何も考えられない。  
なぜ、今、こんなにも……彼女に会いたいんだろう?  
真っ白な頭ではいくら考えても答えは出なかった。  
 
『……うえっ、濃い…。』  
ゾロアークの咳き込む音に意識を覚醒させられる。  
「あぁっ!ご、ごめんゾロアーク、ボク、なんてことを……。って、キミ、飲んだの!?」  
『化けてるだけだといったはずだが?こうでもしないと、戻った時、毛皮について落とすのが大変なんだからしょうがないだろう。』  
「………頼むから、もう二度としないで。」  
『………わかった。もう、しない。疲れただろ?早く寝ろ。トウコに会うのに寝不足の顔じゃまた心配をかけるぞ?』  
トウコの名前を聞いただけなのに、急に胸が高鳴る。  
「え、トウコ…?」  
『また明日来るって言っていただろう?それとも何か?トウコに心配されたいのか?』  
「ち、違うよ…!もう、ボク寝る!ゾロアークも早く寝ないとだめだよ!」  
これ以上、考えてはいけない。  
これ以上考えるともう取り返しがつかなくなる。  
開けてはいけない心の扉を開いてしまう。  
いままでと同じように、彼女と接するためにも、気づいてはいけないんだ。  
『……おやすみ、N。……風邪を、ひくなよ。』  
薄れていく意識の中で、いつもより優しいゾロアークの声が印象的だった。  
 
 
その時に、気づくべきだったんだ。  
ボクは、大馬鹿者だ。  
 
そして、何事もなかったかのように日はのぼり新しい一日が始まる。  
太陽にあたためられ、腐敗が進んだヤブクロンたちの臭いがまわりに立ち込める。  
「……ゴミ捨て場の…生ごみの臭いがする…。」  
すっきりお目覚めというわけにはいかないが、強力な臭気で眠気は飛んでいった。  
「おはよう、みんな。」  
そういって、ボールの中に戻ったポケモンたちを起こしはじめる。  
「ほら、ゼクロム、今日はね、トウコが来るんだよ。レシラムにも会えるかもね。  
アバゴーラ、アーケオス、早く起きて、顔あらっちゃいなよ。え?水が嫌い?じゃあ、濡れタオルで我慢して。  
わ、ギギギアル!ぼ、ボクの髪の毛巻き込んでるよ!痛い痛い!逆回転して!髪の毛を解放して!!……あぁ、髪がボロボロ…。…バイバニラ?慰めてくれるの?ありがとう。」  
…………あれ?  
いつもなら、ここで、『朝から何をやっているのだ、この馬鹿者。』とかゾロアークが口を挟んでくるのに、今日はどうしたんだろう?  
「……ゾロアーク?」  
ゾロアークのボールを覗き込む。  
「ゾロアークっ!!!?」  
そこにあったのは、ただのモンスターボールだった。  
ゾロアークの姿は、そこにはなかった。  
そういえば、昨日ゾロアークの様子がおかしかった。  
もしかしたら……。  
 
「ゾロアーーーーーーーーーークっっ!!!!」  
叫んで、キャピングカーから飛び出そうとすると誰かとぶつかった。  
こんな時間に、こんな迷いの森の奥まで来るような娘は一人しかいない。  
「ああ、ごめんトウコ!怪我はない?」  
「だ、大丈夫、問題ない…。じゃなくて、N、どうしたの?そんなにあわてて…。」  
「ポンき…ぞ、ゾロアークが、いなくなっちゃったんだ!」  
それを聞いてトウコの顔色が変わる。  
何よりもポケモンを大切に思うトレーナーとしての目つきになる。  
「私も、探すの手伝うわ!N、手分けして探しましょう。」  
そういうとトウコは森の中へと駆け出して行った。  
Nも、ポケモンたちと手分けをして森の中へと駆け出していく。  
 
「ゾロアーク!!ゾロアーーークーー!!どこにいるのーー!?ボク、もう怒ってないから!出てきてよー!」  
声を張り上げながら森の中を走り続ける。  
普段は指名手配犯として追われているからこんなに大声を出したりなんてするのは久しぶりだ。  
見つかるかもしれない。捕まってしまうかもしれない。  
でも、それ以上にゾロアークともう二度と会えないかもしれないということが恐ろしかった。  
 
あの閉じられた世界の中で、自分の知っている外の世界を聞かせてくれたトモダチ。  
外の世界を知っているのに、それにもかかわらず、ずっとボクのそばにいてくれた大事なトモダチ。  
ボクに、『希望』を教えてくれた大切なトモダチ。  
大切な、大切な、ボクの親友。  
「ポンきちーーーーー!!!返事をしてーー!!」  
 
Nの絶叫を木の上から聞いているものがいた。  
『……その名はやめろ…。馬鹿野郎…。』  
心なのかでそうつぶやいたのはゾロアークだった。  
もちろん木からおりてゆく気はまるでないが。  
Nの走り去っていくその背中を見送り、小さくあくびをした。  
『くそ、眠い…。まったく、あの馬鹿者は…。』  
自分がいなくなっても大丈夫なように、Nの着替えの用意や、朝ごはんのきのみの用意をしていたら、Nが目をさますギリギリの時間になっていた。  
急いで、キャンピングカーを離れて森に駆け込んだのだが、あまり遠くまで離れられなかった。  
動きたくても、今、Nや、ポケモンたちが探し回っている現状で下手に動くことは得策ではない。  
『さて、どうするかな…?』  
木の下を眺めると、今度は焦げ茶色の髪が見えた。  
 
「ゾロアーク、どこー?……図鑑の検索機能を使ってもだめか…。」  
図鑑を見ながら、歩き続けているのはトウコだ。  
Nに、『世界』を教えてくれた少女。  
そのことはともかく、図鑑に夢中で足元がおろそかになっているのは感心できない。  
トレーナーたる者常にまわりの状況をきちんと把握していなくては的確な指示は出せない。  
……まぁ、それはNにも言えることなのだが。  
「………うーん、こうなったら……キャッ!!?」  
ああ、言わんこっちゃない。トウコが足を滑らせて斜面を滑り落ちていく。  
それほど高さのある崖じゃないから命に別状はないとは思うが、ほっておくわけにはいかない。  
木の枝をけり、彼女が落ちて行った崖の下まで飛び降りる。  
『がうっ!!』  
大丈夫か?と声をかけたのだが、彼女は普通の人間。  
ポケモンの声がわかるはずもない。  
そう、普通なら。  
ポケモンの中には、生まれつき特殊な能力を持つ者もいる。  
よくわからないが『映画』というものに出演する種族に多いらしい。  
私もその中の一人だった。  
心を許した相手であれば、『テレパシー』というもので会話ができる。  
もっとも、Nが相手では、普通にしゃべっても通じてしまうので使う機会はなかったが…。  
こんなところで使う機会が来るとは思わなかった。  
『あー、怪我はないか、トウコ。』  
「ぞ、ゾロアーク!!?え、なんで話して…痛っ!」  
『あとで説明する。……落ちた時に足を痛めたか。見せてみろ。』  
受け身を失敗したのか、左の足首が少しはれていた。  
『……足をひねったか…。まぁ、軽い打撲だな。これくらいならすぐに治る。』  
「あ、ありがと、ゾロアーク。」  
『………トウコ、たてがみから手を離せ。動けないではないか。』  
正直、地味に痛い。  
それに、このまま彼女につかまっていたら、Nに見つかりかねない。  
だからと言って、怪我をしている女性を力づくでふり払うわけにもいかない。  
「はなしたら、ゾロアークいっちゃうでしょう?聞きたいこと、あるの。」  
話すまで、たてがみをはなす気がないであろうことを察し、しぶしぶ頷いた。  
「ポンきちって、あなたの名前?さっき、Nの声が聞こえたんだけど?」  
………この女は何を考えているのだ?  
普通このタイミングで聞きたいことと言ったら『なぜ、Nのもとから逃げたのか』とか、『Nのもとに戻る気はないのか』とかであろう。  
よりによって『ポンきち』なのか。  
もう、あきれ返って声が出ない。  
「もしかして、あなたがNのもとを離れた理由って変なニックネームが嫌になったからとか?」  
『……違う。というか、人の名を変とかいうな。Nが、俺にくれた大切な名前だ。』  
「そう?それは悪かったわね。」  
『………わかっていると思うが、今言ったことはNにはいうなよ。絶対だぞ。』  
もしこれを他言されたりしたら、俺は今すぐにでもイッシュを離れてやる。  
 
「照れない照れない。わかったわよ。Nには内緒なのね。」  
『気が済んだのなら、たてがみをはなせ。キャンピングカーのところまで連れて行ってやるから。』  
「え、やだ。」  
毛根の痛みとは別に頭が痛くなってきた。  
いまだにトウコはたてがみをつかんだままだし、彼女の行動は全く読めないし、いったいどうしたらいいものか。  
考え込んでも答えは出ない。  
なんだか少しだけ、『世界を変える数式』の答えを求め続けていたNの気持ちがわかった気がした。  
『はぁ、お前は、何をしたいんだ。』  
「ゾロアーク、Nのこと、教えてくれない?いろいろ考えたんだけど、私あの人のことほとんど知らないじゃない。その、例えば、小さい頃の話とか…」  
『……先に言っておくが、俺はあいつの好みのタイプなどは知らないからな。』  
そういってクギをさすと見るからにがっかりした様子だったが俺は紳士だからそこには追求しないでやろう。  
Nがポケモンを解放するためにイッシュ中をまわっていた頃、Nがよく彼女の話を聞かせてくれた。  
Nの鈍感フィルターを通した話でも彼女がNに好意を抱いているであろうことは推測できた。  
この反応を見る限り、俺の推測は当たっていたらしいな。  
『……俺は、Nと出会う前は『道具』として人間に利用されていた。Nは、そんな道具だった俺を『トモダチ』だと呼んでくれた。  
……最初のうちは信じられなかったさ。どうせ、人間様のお得意の偽善だろうと思っていた。  
Nに、かみついて、ひっかいて…ひどい怪我をさせたこともある。それでも、Nは、俺のことを『トモダチ』だと呼んでくれたんだ。』  
今思い出しても、ずいぶんひどいこともしたしひどいことも言った。  
たぶんNに対して初めて『バケモノ』だといったのは俺だ。  
それでも、Nは、俺のことを『トモダチ』だと言ってくれたのだ。  
そんなNを、憎み続けることなんてできなかった。  
『いつしか、俺も、Nのことを『人間』ではなく『N』という一人の存在として見るようになった。』  
今でも、俺が初めてあいつのことを『N』と呼んだ時のあの嬉しそうな顔が忘れられない。  
そして、あの後のあいつの言葉も。  
―――君がボクのこと人間じゃなくNって呼ぶようになったのにボクだけキミのことをゾロアって呼ぶのはおかしいよ。君のことを種族名じゃなく名前で呼びたい。名前、教えてよ!  
さすがに、性の対象にされた女性の名前で呼ばれていたなんてことは言えずに『俺に、そんなものはない』とごまかすしかなかった。  
まぁ、道具を呼ぶときに使うそれは名前とは言わないだろうから、ないといっても、それほど間違いではないのだが。  
まさかあいつが「じゃあ、ボクが君に名前つけてもいい!?」なんて言うなんて思わなかった。  
今でも、思い出すと、頭が痛くなる。  
あの時の俺、考え直せ。と言いたくなるのだ。  
完全に動きの止まった俺を見てトウコは不安げに覗き込む。  
「ゾロアーク?どうしたの?」  
『……いや、ちょっとな。』  
そうごまかしてみたものの、トウコの眼は何かを期待し、きらきらと輝いていた。  
これは、ごまかしきれないな。  
昔っから、こういう目をされると弱いのだ。  
あの時も、そうだった。  
Nが、目を輝かせながら「じゃ、きつねだから『こんきち』ね!」と言ってきたあの時も。  
『なんだ、そのひねりのない名前は?』と、つい思ったことが口に出てしまった。  
ゾロアに簡単に一蹴されてしまったがNはめげずに次の案を出す。  
「じゃあね、『ポンきち』!キツネなのにタヌキみたいな名前ってひねってるでしょ!」  
それは「ひねり」ではなく「ひねくれ」だと伝えたかったが、Nのピュアでイノセントな視線に勝てずにそのままポンきちできまってしまったのだ。  
その後の抗議の結果、『ポンきち』は、Nと二人きりの時以外は使わない『トクベツ』な名前ということにして、普段は種族名で呼ぶように何とかNを説得することができた。  
『『トクベツなトモダチ』だから、二人だけの秘密にしたい。』と訴えたのが効いたようだ。  
説得の甲斐もあり、『ポンきち』という名前を知るのは俺とNのふたりだけ、いや、今はトウコにも知られてしまったから二人だけではなくなったが、ともかく、ほかの奴らには知られてはいない。  
 
しかたがなく、Nに名づけられた時の話を聞かせてやると、案の定、トウコは拳を口に押し込んで笑いをこらえていた。  
こんちきしょう、だから、いやだったんだ。  
「っ、ご、ごめんゾロアーク、あのNにそんなころがあったなんて思ったら…その。」  
『お前がNをどう思っているかは知らないが、あいつ、中身はまだまだ子どもだぞ。』  
あいつがいわゆる天才と呼ばれる人種であることは否定できないが、数学や、王に必要な基礎教養以外はほぼ無知に等しい。  
そのためイッシュのポケモンを解放しながら旅をした時も、イッシュを離れて世界を見て回った時も、一般人には理解不能としか言いようのない行動をして、周りを戸惑わせていた。  
そのことをトウコに話してやるのも面白そうだ。  
『そういえば、バトルフロンティアという施設に行った時などは大変だったぞ。「ポケモンはバトルの道具じゃない」って怒って、オーナーに直訴しようとしてな。  
ポケモンバトルをスポーツとしてやっているということがあいつには理解できなかったらしい。ぼろぼろ涙を流しながら、「無理やりたたかわせられるポケモンがかわいそうだ!!」って言って、オーナーやブレーンたちに泣き付いたのだ。  
ブレーンたちやトレーナーのポケモンの話を聞いて、奴らが自ら望んで戦っていることを何とか理解したらしいが、あいつは一度思い込むと暴走するからな。あのときは、「フロンティアのポケモンを解放する!」とか言い出しそうでひやひやしたぞ。』  
三つ子の魂百までというのかNの行動にはいわゆる『プラーズマー』な考え方が根本にあることも多い。  
トウコと出会ってからは、少しずつ改善されつつあるのだが、やはり、ゲーチスから身体にたたきこまれたポケモン解放精神は根強く残っている。  
そういえば、あの時も…。  
 
くすっと笑い声が聞こえて思考を中断する。  
『どうした、トウコ?』  
「ううん、ゾロアークって本当にNのこと大好きなのね。Nのこと話すとき、すごく幸せそうな顔をしているんだもの。」  
『……は?な、何を言っているのだ!すぐに撤回しろ!!』  
「ふふふ、照れない照れない。そんなにNのこと好きなんなら変な意地張らないで彼のところに戻ればいいじゃない。」  
『照れてなどいないっ!!俺は、Nのことをスキなんかじゃ……!』  
たとえ、うそでもスキじゃないといえない自分がいた。  
あんな優しい奴、嫌いになんかなれるわけないじゃないか。  
『……スキだ。だからこそ、そばにいれないことだってあるんだ。』  
だから、Nのもとから離れようとしたのだ。  
それがNのためだと思ったから。  
「なんで?ゾロアークはNのこと好きなんでしょ?好きなら、一緒にいればいいじゃない。」  
『俺は…Nが、あの部屋に軟禁される前からずっとNと一緒にいるのだ。俺と一緒にいたら、いつまでも、Nは過去に縛られたままだ。Nは過去を捨て、新たな人生を歩まねばならん。そのためにも、俺はいないほうがいい。』  
俺は、Nの過去の象徴のようなもの。  
俺は、Nのそばにいないほうがいい。  
そう、何度も自分に言い聞かせてきた。  
なのに、なぜ、今、こんなにも視界がにじむのだ。  
空が、曇ってきたからだろうか。  
「ゾロアーク、あなたも、Nに似ているのね。自分の気持ちを偽らないで。本当は『トモダチ』と一緒にいたいんでしょう?離れたくなんかないんでしょう?」  
目から流れるこの暖かい水はいったい何なのだ。  
もう、覚悟は決めていたのに、なぜ、いまさらこんなにも揺らぐ?  
『違う、俺は、Nを過去に縛りつけたくなんかないんだ。Nには、シアワセに、なってもらいたいのだ!』  
そのためには、なんだってしようと決めていたのだ。  
なぜ、それなのに、Nのそばにいたいと願ってしまう?  
なぜだ?スキだからか?Nのことが、大切だからか?  
だったらなおさら、Nのためにはなれなくてはいけないのに、なぜ、こんなにも胸が痛む?  
 
「ねぇ、ゾロアーク、私ね、プラズマ団と戦っていた時、Nと敵対していた時、すごく苦しかったよ。  
Nの言っていることもわかる。世界は、悪い人だらけではないけど、優しい人だらけでもない。  
ポケモンを解放すれば、人とポケモンのつながりが断ち切られれば、お互いにかかわれないのだから傷つくことはなくなる。  
Nの言っていたことは正しいよ。でも、私はポケモンと一緒にいたかった。だから、戦ったの。  
私は、その選択が正しいとは思わないけど、後悔はしていないよ。こうやって、ポケモンたちとともに生きていけるんですもの。  
でも、今、あなたと話しているこの時にだって、もしかしたらどこかでポケモンが傷つけられてるかもしれない。もし、あの時、ポケモンを解放していたら、その子が傷つけられることもなかったかもしれない。  
私は、自分のわがままで、傷つけられるポケモンがいる世界を選んでしまったのよ。傷つけられている子たちにとっては、私は英雄どころかとんだ悪役ね。」  
『……それは違う。あの時お前が止めてくれなければ、ポケモンはゲーチスの『道具』として、使われていた。…お前が、ポケモンと、Nの未来を守ってくれたのだ。』  
「………ううん。私はそんな大層なことしてない。旅立つ前ね、夢を見たの。泣いている女の人が、『どこか、違う世界の誰かでもいいから…この人を解放してあげて…。』っていっていた。  
私には、何もできなかった。何をすればいいのかどころか、その人が誰なのかも、誰を助けてあげればいいのかさえもわからなかった。  
それが、すごく悔しくて、悲しかった。助けを求めている人がいるのに何もできない自分が嫌だった。  
もう二度と、あんな思いはしたくないって思ったわ。だから、あの旅の間、どんなにつらくてもあきらめないで進むことができた。こんどこそ自分ができることをやろうと、思えたの。」  
そう語るトウコの眼はどこまでも澄み切っている。  
なんだか、青空みたいだ。  
Nが語るトウコの話でも、よく「きれいな目をした女の子」だといっていた。  
実際、トウコと初めて会ったのはNの城でのあの時だったのだが、今でも、あの強い意志を持った目が忘れられない。  
「えっとね、あぁ、もう、こんがらがってきちゃった!私はNみたいに頭よくないから、ちゃんと説明できないけど、過去は、捨てちゃだめだよ!どんな苦しいことでも、前に進む力になるの!過去があるから今の自分がいるんだよ!!それに、えっと…。」  
『トウコ、教えてくれ。俺は、Nのそばにいて、いいのか?』  
あぁ、目から流れる液体が止まらない。  
声も震えているし、本当にかっこ悪い。  
「旅の間、つらいこと、いっぱいあったよ。悲しいこともたくさんあった。でもね、仲間がいたから、耐えられたんだ。  
確かに、Nにとって、過去はつらいものかもしれない。悲しいこともたくさんあったかもしれない。  
でもね、『トモダチ』と一緒なら、きっと、大丈夫。ゾロアークはNの『トモダチ』でしょ?」  
もう、声が出ない。  
ただ、ひたすら頷く。  
「『トモダチ』と一緒にいれるって、それだけでとてもシアワセなことなの。あなたたちが一緒にいてくれてNは幸せだわ。」  
いつだったか、旅先で出会ったトレーナーが言っていた気がする。  
「過去は捨てるものではなく背負うものだ。そうでなくては何度でも同じ失敗を繰り返す。」  
聞いた時は受け入れられなかった言葉が、今ではやけに胸にしみる。  
Nと、一緒にいたい。  
 
ぽつぽつと、雨があたりはじめた。  
「……Nのところに戻ろう?きっと、今もあなたの名前を叫びながら走り回っているから、早く安心させてあげないと。」  
目からこぼれているものは雨のせいにしてしまおう。  
『…トウコ、おぶされ。Nのところまで、いく。』  
「え?Nの居場所わかるの?」  
『ポケモンの嗅覚を舐めるな。それに、早くいかなくてはNは、何をしでかすかわからん。あいつは一つの物事に集中すると周りが見えなくなるからな。どこかの英雄のように崖から足を滑らせているかもしれない。』  
そういって背中の少女をからかうとたてがみをぎゅっと引っ張られた。  
少し痛いが、なんだか、逆に笑えてきた。  
『お前らは似た者同士だな。』  
そばにいると、どんなことにも立ち向かえる気がする。  
雨は、どんどん強くなってきた。  
Nの匂いが雨で流されてしまう前にNに追いつかなくては。  
これは、言うとかわいそうだから言わなかったが、ここのところ野宿続きでゆっくり風呂にも入れていないので、正直少し臭う。そのため、見つけるのは難しくないのだ。  
……Nの名誉のために言っておくが、『ポケモンの嗅覚ならわかる』レベルの臭いだ。  
しょうがないんだ。国際警察の奴らがつけ狙っているせいで、ゆっくり水浴びもできないんだから。  
前なんて、運よく人気のない温泉を見つけてゆっくりしていたところに国際警察の奴らが追いかけてきたせいで、シャンプーハットをつけたままゼクロムに乗って逃亡しなくてはいけなかったこともあったのだ。  
言うまでもなく、温泉にタオルを持ち込むのはマナー違反だからな。  
ゼクロムが本気で涙目になっていた理由を考えてはいけない。  
 
そんなことを思い出しているうちに、Nの匂いが近くなってきた。  
どうやら、森を一周してキャンピングカーのそばに戻ってきたようだ。  
 
「Nっ!」  
背中でトウコが声を上げた。  
別にいいんだが、耳元でしゃべるのはやめてほしい。少し、こそばゆい。  
「トウコ!ゾロアーク!!よかった、あえたんだね!もう、ゾロアークってば、心配したんだよ。どこに行ってたの?」  
『ただの散歩だ。お前が気にすることじゃない。』  
「そうかい?元気そうでよかったよ。」  
そういって満面の笑みを浮かべたNは、どこかで転んだのか服は泥だらけだし、膝小僧から血が流れていた。  
「……いや、N、どうしたの、それ?」  
「え?いや、その、たいしたことじゃないんだ。トウコこそ、左足、はれてるけど、どうしたの?痛む?」  
『こいつな、図鑑に夢中で…』  
「こら、ゾロアーク!!それ以上言わないでよ!!」  
そういってトウコは再び俺のたてがみを軽く引っ張る。  
「……うわぁ、ゾロアーク、トウコと仲良しになったの!すごい!」  
『お前の目はふしあなか…!?この状況を見て、ほかに言うことがあるだろう?』  
「あっ、そうだね!トウコの怪我、ちゃんと治療しないと!!キャンピングカーのなかに救急箱があったはずだ!」  
そういうや否やNはトウコの手をつかみキャンピングカーに連れ込んだ。  
トウコが目でゾロアークに助けを求めていたが、ゾロアークは首を横にふった。  
こうなった時のNに何を言っても無駄だと経験でわかっていた。  
『あきらめろ、トウコ。こいつは、こういうやつだ。』  
「え、ちょ、ゾロアークの裏切者ー!え、N、ちょっと強引すぎっ!!」  
「ゾロアーク、キミも早くこっちにおいでよ!毛皮が濡れるのは嫌なんだろう?早くかわかしちゃおうよ!」  
『まったく、お前たちは…。』  
きゃあきゃあと子どものように騒ぐ英雄たちのもとへとゾロアークは笑みを浮かべて歩いて行った。  
 
Nはトウコに椅子に座るように促し、救急箱を取りに行った。  
「もう、ゾロアーク、見てないで助けてくれてもよかったんじゃない!?」  
トウコから文句を言われるも、気にしていたらきりがない。  
『次からはお姫様抱っこにするように伝えておけばいいのか?』  
ふざけてそう言ったら、朝食用にテーブルに乗せておいたモモンの実を投げつけられた。  
痛くはないが、果汁でべたべたする。毛づくろい大変なんだぞ。この野郎。  
トウコに反撃しようとオレンの実を握りしめたところでNが帰ってきた。  
「トウコ、ちょっと足、見せてね。…これくらいなら、オレンの実の果汁をしみこませた湿布をつけておけばすぐに良くなるな…。  
あ、ゾロアーク、それオレンの実だよね。さすが、ゾロアーク、準備しててくれたんだ。ありがとう!  
トウコ、しみるかもしれないけど、我慢してね。」  
Nが早口でぺらぺらとまくし立て、俺の手から木の実を奪い取っていった。  
本当のことを知っているトウコは笑うのをこらえているようで、唇の端がひくひくとふるえている。  
「トウコ?ゴメンね、痛かった?」  
トウコの表情を痛みをこらえているからだと勘違いしたようで、Nは不安そうにトウコを見つめた。  
トウコは少し気まずそうに笑っていた。  
「あー、いや、大丈夫。痛くないよ。Nは?膝、怪我してたけど、いたくない?」  
「え?あ、これ?見た目ほど痛くはないよー?」  
Nはそういってカラカラと笑い飛ばす。  
俺はNとの付き合いが本当に呆れてしまうくらい長いんだ。  
あいつが無理している時の癖ぐらいわかる。  
『N。痛むんだな?』  
ぎろりと睨み付けると、Nはしぶしぶと頷いた。  
「…何で君にはばれちゃうのかなぁ。君に対して隠し事ができた覚えがないよ。」  
『お前は、俺から見ると非常にわかりやすいんだ。』  
Nは小さく息を吐いてズボンをまくり上げ、傷口を見せた。  
「転んだ時に、ちょっと、スジ、痛めたかもしれない。膝自体は大したことないのは本当だよ。」  
Nの足を見たトウコが息をのむ。  
ああ、そうか。こいつは初めて見るのだったな。  
「?どうしたの?トウコ?」  
「……足の、手当て、私にさせて。」  
そういってトウコは傷痕だらけの足に触れた。  
小さい頃から、人間を憎むポケモンたちと一緒にいたのだ。  
Nの体は、あちこちが傷だらけだ。  
むしろ、傷がないところのほうが少ない。  
ひっかかれ、かみつかれ、えぐれたままふさがった傷もあれば、ひきつったままのこってしまった傷もある。  
もちろん、俺がつけた傷も。  
 
「……ひどい…。痛かったよね、N…。」  
トウコは目に涙を浮かべながらNの傷跡をそっと撫でる。  
トウコの言葉で、Nはやっと自分の足に気がついたようだ。  
「……みんな、人間にひどい目にあわせられたんだ。ボクは、人間だったから。これくらいはしょうがないよ。」  
そういってほほ笑むNを見ていられずに、俺はボールに戻った。  
 
「N、N…。」  
トウコはボクの名前を呟きながら、傷跡を指でたどる。  
あぁ、あれはチョロネコにひっかかれた時の傷、それは、ゾロアに、ポンきちにかみつかれた時の傷、あのやけどのあとは、ヒヒダルマ、その爪のあとは、ツンベアー…。  
彼女の指が触れるたびに、同じ時を過ごしたトモダチの顔が浮かんでくる。  
ボクにスキの意味を教えてくれたタブンネからおうふくビンタをうけた痣は、もう消えているのに、トウコの指が、そこをなぞるだけで、あの子と過ごした時が鮮明に浮かんでくる。  
 
『えぬ、いたかった?ごめんね、えぬ、えぬ、おきて、えぬ』  
 
あの子は人間に暴力を受けたため、決して人に触れさせようとはしなかった。  
自らの身を守るために、反射的に攻撃をしてしまう習慣が身についているのだ。  
そのため、偶然であれ、彼女に触れそうになると、おうふくビンタで反撃を受けることになり、幼い頃のボクはそのたびに気絶をし、心配そうな彼女におこされるということが続いていた。  
同じ時間を過ごし、彼女と『トモダチ』になっても、長い間体に染みついた習慣(それも自分の命を守るために身についた習慣)はなかなか変えられないようで、ボクの体には、いつも彼女がつけた痣があった。  
傷つけずに触れあうことすらできないという変わった関係だったけどボクたちは『トモダチ』だった。  
あの時、ゲーチスの言うことを聞かずに、ボクが城の外へと出かけるまでは。  
外の世界には本物の電車が走っているから見てみたいという、たったそれだけの理由で。  
なぜ、ボクは、あんなにも愚かだったんだろう。  
外の世界をよく知らないボクが目的の場所にたどり着けるわけもないことに、もっと早く気づいていれば、あんなことにはならなかったのに。  
ボクは道を間違え、凶暴なポケモンたちが住み着いているという塔のそばまで迷い込んでしまった。  
そして、冬眠あけの、腹ペコで気が立っていたツンベアーに襲われた。  
どんなに話しかけても、聞いてすらもらえなかった。  
逃げたところで、子どもとポケモンじゃ、勝負にすらならない。  
すぐに追いつかれて、ツンベアーの鋭い爪がボクの足をえぐった。  
まだとけずに残っていた雪が、どんどんあかく染まっていく。  
獲物が逃げられないことを確信し、ツンベアーは勝利の雄たけびを上げた。  
その時だった。  
かすむ視界に、ピンク色の何かがうつった。  
ボクは、彼女の名前を叫んでいたと思う。  
それが、声として発することができたかはわからないけど。  
ボクを追って城から飛び出してきた、本来戦うことが苦手な心優しいポケモンはシンプルビームで相手の特性をたんじゅんにし、なきごえで、攻撃力をがくっとさげた。  
攻撃力が下がったとはいえ相手はツンベアー。  
その太い腕で、タブンネをきりさいた。  
 
空気を切り裂く音、トモダチの、悲鳴。  
白い雪に、ボクのものではない赤が散る。  
急所にあたったようで、タブンネは動かない。  
「た、ぶん、ね?」  
必死に声を振り絞る。  
彼女は、耳がいいから、どんな小さな声でも名前を呼べば、すぐに気付いてくれるんだ。  
だのに。  
返事は、ない。  
白い雪に、赤がどんどん広がっていく。  
「タブンネ…っ!」  
少しでも、彼女のそばに。そう思っても、足が動かない。  
急に、あたりが暗くなった。  
違う、これは、影だ。  
なんの?  
顔を上げて後悔した。  
ツンベアーが、腕を振り上げ、目の前にいる。  
あの腕が振り下ろされれば、人間の子どもが、どうなるか、考えるまでもない。  
死を覚悟し、目を閉じる。  
 
その途端、なにか音がした。  
少なくとも、ボクの頭蓋骨の砕ける音ではない。  
恐る恐る目を開けると、そこには息も絶え絶えのタブンネと、捨て身タックルをもろに食らって倒れているツンベアーの姿があった。  
『……えぬ、ぶじ?もう、あなたの、すがた、みえ、な…。』  
タブンネが、崩れ落ちていく。  
「た、タブンネっ!やだ、しんじゃいやだよ!!」  
足が動かないため、腕を使ってずりずりとにじりよる。  
少しでも、彼女のそばにいたかった。  
伸ばした指先が、彼女の手に触れる。  
「タブンネ、ボク、ここにいるよ!」  
『よか、た。えぬ、たいせつな、トモダチ、わたしの、ダイスキな、ひと』  
指先から感じる彼女の体温がどんどんなくなっていく。  
「タブンネ!!しなないで!!」  
『あなた、を、あい、しているわ、えぬ』  
 
それが、彼女の最後の言葉となった。  
 
そのあとのことは、おぼろげにしかわからない。  
ダークトリニティたちに見つかって、城に帰って、ゲーチスにひどく怒られて…。  
彼女の亡骸がどうなったのか、ボクは知らない。  
ただ、今でも、耳に残る、ボクの名前を呼ぶ声。  
 
「N、Nっ、えーーぬ!!」  
 
ふと顔を上げると、目の前にトウコがいた。  
「もう、また、難しい顔して考え込んじゃって。あなたが、そんなしっかり包帯にぎりこんでいたら、手当てもできないじゃない。」  
そういわれて、初めて自分が包帯を握りしめていたことに気付いた。  
よく、彼女から、包帯まいてもらったっけ。  
「ほら、N、また考え込んでるでしょ?包帯かしてよ。」  
トウコはボクの手から包帯を取り、真剣な表情で、ボクの足に巻いていく。  
その真剣な表情、なんだかつい最近見た気がする。  
いや、でも、ボクがトウコと再会したのはつい昨日のことで…あ。  
だめだ。思い当たってしまった。  
昨日の、ゾロアークだ。  
ゾロアークが、化けていたトウコだったけど、こんな真剣な顔をして、ボクの、あれを…。  
思い出しただけで、顔が赤くなる。  
だめだめ、意識しちゃ、ダメだ。  
「N?どうしたの?顔、真っ赤だけど…?」  
上目がちにボクを見上げる視線が、少しうるんだ瞳が、昨日の夢を連想させる。  
本当に、だめだったら!!  
もう、彼女の顔が見れない。  
「ねぇ、N、せめて、目線合わせてよ!」  
そういって、トウコはボクの視線の先へと移動する。  
気まずくて、どうしても目を合わせられない。  
下をむき、ボソボソと言葉を選ぶ。  
「ご、ごめん、トウコ。ボク、君にひどいことをする夢を見ちゃって…。それなのに、ボクは、今、君にそうしたいって思ってしまった。  
本当に、君に、何をするかわからないんだ。少し、はなれてくれる?」  
本当に、もうだめだ。  
気づいてしまった。  
心の扉を開けてしまったから。  
ボクがトウコにむけている気持ちは『トモダチ』なんかじゃないってことに。  
『トモダチ以上のスキ』に気づいてしまった以上、何も知らないふりをして彼女のそばにいることはできない。  
ボクと、彼女は、『トモダチ』じゃない。  
伝説に選ばれた英雄同士、お互いの信念のために敵対した者、ポケモンを愛するただのトレーナー。  
ボクたちの関係を示す言葉はたくさんあるかもしれない。  
でも、ボクの思いつくどの言葉も、彼女との関係を表すには足りない。  
ボクは、彼女と…。  
 
「…ぬ、Nってば!ちゃんと、目を見てはなそう?」  
「う、うわあああああ!!」  
思わず悲鳴を上げた。  
トウコ、顔近い!!  
「って、ほんと、なにするかわからないからはなれてってば!!」  
「Nは、私に何をしたいの?」  
トウコから問いかけられて顔から火が出そうになる。  
昨日ゾロアークにされたみたいなことですなんてとてもじゃないが言えない。  
だからって、夢に出てきたあの行為を何て呼ぶのかすら知らない。  
「トウコと、もっと、一緒に、いたいです。トウコに、もっと、さわりたい、です。」  
真っ赤になって口をパクパクさせながら、やっとそれだけを伝えた。  
トウコの唇が、ボクの唇に触れた。  
「私は、あなたが好き。Nになら、何をされてもいいの。」  
 
トウコの行動が、トウコの言葉が、ボクにしみわたるまで少し時間がかかった。  
トウコの触れた唇をおさえ、英雄として認められるか否かの時よりも緊張し、早く脈打つ心臓に手をあてる。  
ドクドクと脈打つ心臓、目の前にいる頬を染めた少女、そして何より、身体中に広がる幸福感。  
幸せすぎてまるで夢のようだった。  
ぽろぽろと涙がこぼれた。  
こんなにしあわせなことはない。  
スキなひとが、ボクのことを好きだと言ってくれた。  
この世の中にこれに勝る幸福はあるのだろうか?  
今度はボクから、彼女の唇を奪う。  
幾度となく、角度を変え、彼女の唇をついばむ。  
きっとこれは、幸せの味だ。  
 
「ボクも、キミのことがスキだよ」  
 
窓の外はどんどん雨風が強くなっていた。  
ときおり雷も光っている。  
「こんな天気じゃ、私帰れないわ。」  
外を眺めてトウコはつぶやいた。  
「なら、ここにいればいいよ。」  
そういって再びトウコの唇をついばむ。  
ボクはまだ、その言葉の意味をきちんと理解していなかった。  
ただ、トウコと一緒に入れる時間が増えたことがうれしくてしょうがなかった。  
「スキ、すき、トウコ、好き」  
いったい何度繰り返せばこの気持ちを伝えられるんだろう。  
あふれ出すほどの、トウコへの気持ち。  
もっと、もっと、君に触れたい。  
スキじゃ、足りない。  
キスでも、足りない。  
もっと、もっと、君に伝えたい。  
少しでも伝わればと思い、再び唇を合わせる。  
彼女のほうから舌を絡ませてきた。  
こんなキスは、知らない。  
でも、なんだか、気持ちがいい。  
「と、トウコ、今の、なに?」  
「……好きな人同士がする特別なキスよ。」  
そういうトウコの顔は真っ赤だ。  
彼女が勇気を出してやってくれたというだけで、それはボクにとってこれ以上ない特別なキスだった。  
「もう一回、いい?」  
そういって、まだ真っ赤な顔をしているトウコにキスをする。  
トウコの唇を割り口内に侵入する。  
歯列をなぞり、歯茎をなめ、彼女の舌を絡め取る。  
息が苦しくなるまで、いや、息が苦しくなっても、腕の中の彼女を解放する気なんてなかった。  
さすがに限界が来て、しぶしぶ、唇をはなしたが、お互いの唾液が糸のようにつながっていて、なんだか少し照れ臭かった。  
「もっと、君を感じたいよ。」  
そういって彼女を抱きしめる。  
「N…っ!」  
彼女の首筋に顔をうずめる。  
確か、夢の中のボクはこうしていたはずだ。  
かみついたりしたら痛いだろうから、唇を、舌を這わせるだけにする。  
それだけでも、彼女の声が少し高いものに変わる。  
「ンぅ…っ!?え、ちょ、N…っ!せ、せめて、ベッド行ってから…!」  
少し前のボクなら、それが何を示すのかわからなかったかもしれない。  
でも、今のボクには、ゾロアークが教えてくれた感情というスタート地点と、夢に見た行為というゴールが見えている。  
そして何よりも、トウコを感じたいという雄としての本能がどうすればいいのかを教えてくれる。  
「スキ、スキだよトウコ。」  
トウコの肩を抱いてベッドへと向かう。  
「……N、ちょっとあっちむいてて。そんなに見つめられると脱ぎにくいわ。」  
トウコにそう言われ仕方なく、壁を見つめる。  
本当なら一瞬たりともトウコから目をはなしたくないんだけど、ほかならぬトウコの頼みだ。  
今は、我慢。  
「も、いいよ。」  
恥ずかしそうなトウコの声を聞きふりかえる。  
そこには、下着姿の少女が立っていた。  
 
何よりも目を引くのは、ピンクのリボンがついたパンツでも、ちょっぴり背伸びしたブラジャーでもなかった。  
「トウコ?それ…!」  
長袖で隠していたトウコの腕は傷だらけだった。  
それも旅の間に草で切ったとかそういうものではない。  
あきらかに、ポケモンに傷つけられた痕だった。  
「……この歯形は、モノズ…?こっちはコマタナ?どうして…!!」  
「言ったでしょ、育て屋さんでポケモンの世話をしてたって。人に裏切られ、傷つけられた子たちがまた人を信じられるようになるまで、ずっと。最初のうちは攻撃されてばっかりで…」  
「もういいよ。トウコ。」  
話しながら、ひどく傷つけられたポケモンのことを思い、どんどん涙目になっていくトウコを見ていられずにそっと抱きしめた。  
「トウコは、優しいね。」  
彼女の傷跡にキスをする。  
彼女がボクにしてくれたみたいに、彼女の傷跡をたどる。  
この傷跡は、彼女の優しさの証。  
そう思うと、傷の一つ一つがとても愛おしい。  
愛おしい、でも、悲しい。  
「トウコは、優しすぎるんだ。だから、ボクみたいなバケモノにつかまっちゃうんだよ。」  
「N、バカなこと言わないで。あなたは、バケモノなんかじゃない。」  
「トウコは、優しいから、そういってくれるんだよ。ボクは、多くの人の人生を狂わせてきたバケモノだ。プラズマ団も、女神たちも、ゲーチスも、みんなボクのせいだ。」  
 
七賢人たちが話しているのを聞いてしまったことがある。  
 
ボクが、生まれたとき、母が死んだ。  
母を深く愛していた父は、その日から、人が変わったように世界を支配する力を追い求めはじめた。  
父にとって世界のすべてだった母を失った傷を忘れるためには、そうするしかなかったのだ。  
ゲーチスが、道を間違えたのは、ボクがゲーチスから母を奪ったから。  
女神たちだってそうだ。  
ハルモニア一族に仕える家系の姉妹がボクの乳母となった。  
だが、彼女たちはまだ、十になるかならないかの少女だった。  
まわりからも年端もいかないものにできるわけがないと非難されたらしい。  
彼女たちは、ボクを育てるため、自らの人生のすべてを捧げるという覚悟をまわりの者たちに示すために、そのときに自らが親から授かった名を捨て女神と名乗るようになった。  
ボクさえ生まれなければ、彼女たちは自分の人生を生きれたのに。  
そして、いうまでもなく、プラズマ団のみんな。  
自分が、ゲーチスに利用されているのは薄々気づいていた。  
それでも、父親に利用されてるなんて考えたくなくて、いや、例え利用されているとしても、少しでもボクのことを見てくれるのならば利用されてもいいと思っていたから、ゲーチスの言う通り、王としての役割を演じ続け、プラズマ団のみんなを騙し続けていた。  
本当に、ポケモンの解放を願っていたことも事実だが、みんなに嘘をついていたことも事実だ。  
その結果は言うまでもない。  
本当に、ポケモンの解放という信念をもって集まったものたちまで、世界征服を企んだ悪の組織の一員だったというレッテルをはられてしまった。  
彼らの人生をめちゃくちゃにしたことには、ボクにも責任がある。  
そう話した途端、トウコから鼻にデコピンをされた。  
 
「N、あのね、あの時、女神さんたちが、どれだけあなたのこと心配してたかわかってるの?  
本来敵だった私に、Nを、あなたを、傷つけないで欲しいって、頼んできたのよ。  
ゲーチスのためでも、プラズマ団のためでも、ポケモンのためでもない。あなたのためだけに。」  
姉のように慕っていた彼女たちには、ゲーチスの『英才教育』の方針が決まってからはあっていない。いや、会わせてもらえなくなった。  
一緒に過ごせたのは、わずか三、四年程度だったかもしれない。  
それでも、彼女たちは、Nの姉であり、母であった。ずっと、Nを見守り続けていたのだ。  
「女神が…そんなこと、知らなかったよ。………もう、彼女たちと会わなくなってずいぶんとたつ。とっくに、忘れられたのだと、思っていた。」  
なんで、トウコと話しているとこんなにも心が温かくなるんだろう。  
なんで彼女は、ボクの欲しい言葉をくれるのだろう。  
「それにね、あの時は気づけなかったけど、きっとゲーチスは、あなたのこと、とっても大事に思っていたんだと思うわ。  
あの戦いのとき、あの人が本当にあなたのことを『バケモノ』だと思っていたのなら、責任を全部あなたに押しつけて逃げることもできたのに、それをしなかったのは、あなたが大切だったからじゃない?  
きっと、ゲーチスは、ああやって、あなたが利用されただけだと私たちに印象付けようとしたのね。あなたをかばおうと必死になって。」  
トウコはそう言ってやわらかくほほえんだ。  
なんで、なんで、彼女が笑うと、こんなにも世界がやさしく見えてくるんだろう。  
そして、絶対にありえないことだと思うのに、彼女が言うのなら信じられる気がするんだろう。  
ああ、世界はこんなにも優しい。  
 
それはきっと、彼女がいるから。  
 
「だから、N、自分のことバケモノだなんて言わないで。あなたは優しい人、あなたのまわりの人はみんなあなたが大好きなの。あなたはバケモノなんかじゃ…ンむっ!?」  
トウコの唇をふさぎ、ベッドに押し倒す。  
もう、言葉なんていらない。  
どうせ、この気持ちを伝えるには言葉なんかじゃ一生かかっても足りない。  
スキなんだ。  
好きなんだ。  
大好きなんだ。  
誰よりも、何よりも、君のことが。  
 
そっと、彼女の下着に手をかける。  
ボクが何をしようとしているのかに気がついて、トウコは顔を赤くしながらも、自分から下着を脱いでくれた。  
よかった。正直ブラのはずし方なんて、ゲーチスから教わらなかったから、わからなかったんだ。  
今度、トウコに外し方教えてもらおう。  
「……Nも、脱いでよ。」  
トウコにそう言われて、やっと、自分の準備が全くできていなかったことに気付いた。  
急いで上着とシャツを脱ぎ捨てる。  
ズボンにかけた手が一瞬止まった。  
「……トウコが、脱がせてくれる?」  
ちょっと意地悪かもしれないけど、どうしても彼女にやってほしい。そう思ったんだ。  
トウコは、小さく頷いたものの、なかなか覚悟が決められないようで、おずおずと手を伸ばして、そしてまたひっこめてを繰り返している。  
「…ふぅ、しょうがないね。」  
彼女の手を、ズボンのチャック部分まで導く。  
本当はもうちょっとトウコのがんばっている姿を見ていたかったけど、いつまでもこのままじゃトウコが風邪をひいてしまう。  
ズボンごしに触れた熱に驚いたのか、トウコは戸惑ったようにボクを見上げる。  
正直、早く解放してあげないとまずいんです。  
もうちょっと頑張ってくださいトウコさん。  
そんなボクの無言の圧力から何かを察したのか、小さな声で「ばかえぬ」とつぶやき、その唇でチャックをくわえた。  
「と、ととととっとと、トウコさん!!?」  
いや、まさか口でやってくれるなんて思ってもみなかったから、ボクのほうが声がひっくり返ってしまった。  
「ンン…。」  
じじーとチャックが開けられ、すでにテントをはっている下着がのぞく。  
そんなにまじまじ見ないでください。  
というか、このままだと、本当にまずいんです。  
下着が汚れちゃいそうなんです。  
トウコさん、そこでかたまらないでください。  
早くしてくれないなら、ボクが脱ごうか……。  
そんなことを考えていると、トウコが下着ごしにボクの熱の源をにぎり、さすりはじめた。  
「と、トウコっ、何を…!!?」  
「いじわるした、仕返しなんだから…っ。」  
そういうトウコの顔は真っ赤で、むしろ、ボクよりトウコのほうが恥ずかしがっているのかもしれない。  
正直トウコの手つきはぎこちないし、技術だけならゾロアークのほうがずっと上だったけど、今まで経験したことがないくらい満たされた気分だった。  
ほかの誰でもない、トウコが、自ら、してくれているのだ。  
こんな仕返しなら、喜んで受けよう。  
 
「と、こ。その、君の手で、直にさわってくれる?」  
彼女の耳元でそうつぶやくと、非常にわかりやすくびくっと反応した。  
耳まで真っ赤になって、すごくかわいい。  
その真っ赤な耳を食むとまたかわいい声を上げる。  
本当にトウコは可愛いなぁ。  
「ひぁあ、N、みみダメっ、それやぁなのっ。」  
「じゃ、トウコがしてくれる?直で。」  
耳にフッと息を吹きかけるとまた、かわいい声を上げピクリと反応する。  
なんだか癖になりそうだ。  
「もっと、トウコを感じたいんだよ。ダメかな?」  
そう囁くと、トウコは恥ずかしそうにボクの下着に手をかけた。  
脱がしやすいように、腰を浮かす。  
ズボンと一緒に下着も脱ぐ。  
トウコの手が、ボクをつかむ。  
「こ、こう?」  
トウコがゆっくりと手を動かすたび言いようのない快感が襲ってくる。  
「うん、すごくイイ。トウコ、トウコっ…。」  
彼女のぎこちない指使いが、遠慮がちな力加減が、何よりも彼女の存在そのものが、ボクをおぼれさせる。  
幾度となく、ボク自身を往復するトウコのやわらかな手、恥らいながらも、少しでもよくしようと、必死な表情でそれを見つめるその眼差し、彼女のすべてが、快感を呼び起こす。  
もともと限界が近かったボクにはそう長く耐えられるものではなかった。  
「トウ、コ、ごめ…もう…っ」  
彼女の手を、体を白濁が汚す。  
あふれたソレは止まることなく彼女を白く染め上げていく。  
「これが、Nの…。」  
トウコは迷うことなく、白い液体のついた指を自らの口に運んだ。  
「ちょっと、苦いね。」  
そういって少し眉をしかめる。  
「ご、ごめん。ボク…」  
「苦い、けど、Nの味がする。」  
トウコは舌をぺろりと出してほほえんだ。  
あぁ、なんで彼女はこんなにも愛おしいんだ。  
 
「今度はボクが君を気持ちよくさせてあげるね。」  
そういって、彼女の体をベッドに横たえる。  
横たえてみたけど、ここからどうしよう。  
どうやったら女の子が気持ちよくなるのかなんてわからない。  
ゾロアークのボールに目線で訴えてみても、無視された。  
ああ、もう、こうなったら、いろいろ試してみよう。  
ええ、と、まずはどうしようかな…。  
やっぱりここは、その、む、胸とか、さわってみようかな。  
やわらかそう…。  
心臓が口から飛び出しそうだ。  
手が、手汗で、マッギョよりもじっとりぬめぬめしているかもしれない。  
す、すごく緊張する。  
恐る恐る手を伸ばし触れた球体は思っていたよりもあたたかく、そしてやわらかかった。  
「うわ、やわらかい。ププリンの肌みたいだ。」  
もちもちで、ふわふわで、すごく気持ちいい。  
やわやわともんでみる。  
「ンっ、あ、え、N…?」  
すごく気持ちいい。癖になりそうだ。  
「あ、ああ、あの、Nさん?」  
やわらかい、きもちいい、あたたかい。  
「……そんなにおっぱいっていいの?」  
「…ん。ボクの手の大きさともぴったり、片手に収まるサイズだし、何よりもこの半円を形作る数式の美しさが…」  
「それ以上言わないでよ、馬鹿N!」  
顔を真っ赤にしたトウコからのばくれつパンチ。  
急所に当たった!効果は抜群だ!  
ポケモンって、よくこんなのうけて混乱だけですむよなぁ。  
人間だったら確1でK・Oです。  
「まったくもう、肝心なところでバカなんだから!」  
そういってトウコは悶絶してうずくまるボクのそばにかがみこむ。  
「ふ、ふおおおぉおお……!!」  
いや、本当にダメージが大きすぎて、言葉にならない。  
しばらくは起き上がれそうにもない。  
「でも、そんなNも好きよ。」  
頬に感じる、彼女の唇。  
それだけでさっきの痛みもふっとんでいってしまうのだから、ボクの特性はたんじゅんなのかもしれない。  
「トウコ……!!」  
体を起こし、彼女の唇にキスをする。  
 
「もう一回胸触っていい!?」  
今度はとびひざげりをくらった。  
これは、げんきのかけらがないと起き上がれそうもないな。  
悲鳴すらも上げられないダメージを受け、キャンピングカーの中を転がりまわる。  
「なんであんたってそう空気が読めないのよ!!このおっぱい星人!どうせ私は胸大きくないわよ!」  
そういうトウコは涙目だ。  
まだ起き上がれそうにはないけど、何とか声くらいは出せるようになってきた。  
ほんとはかなりつらいけど、トウコが泣きそうになっているのに、何もできないなんて悔しいじゃないか。  
さらに、その原因がボクにあるのなら。  
「と、こ、ボクは、トウコのがいいです。そ、その、トウコのトモダチのベルちゃんだったけ?そりゃトウコより彼女のほうが大きかったけどさ、ボクは、トウコのが、いいです。」  
「……な、何言って…。」  
「あと、ボク、イッシュ生まれのイッシュ人だから。その、おっぱい星とやらとは関係ないはずだよ?宇宙人ではないよ?たぶん。」  
トウコは小さく息を吐いた。  
「もう、怒る気もなくなったわよ。」  
「ほんと!?」  
顔を上げると、トウコは困ったように笑っていた。  
「ほんと。そういうところもNの魅力ですものね。その、あ、あんまりおっきくはないけど、私の、お、おっぱい、Nのだからね。す、好きにして、いいよ。」  
「ほんとっ!?あ、でも、と、トウコを気持ちよくしてあげたいんだ。トウコ、胸って、気持ちいいの?」  
「………それを女の子に言わせる?もう、ばか。」  
そういって再びキスをしてくれた。  
トウコなりのOKサインをうけ、彼女の胸に顔をうずめた。  
いや、実際うずめられるほどはないんだけどね。  
「トウコは、優しいね。ボクが、バカなことを言っても、きちんと受け止めてくれる。もし、お母さんが生きていたらこんな感じだったのかな。」  
そうつぶやくとトウコはぎゅっと抱きしめてくれた。  
「私はNのお母さんにはなれないけど、こうしてあげることなら、いつだってできるんだからね。」  
本当にトウコは優しすぎる。  
「トウコは、魔法使いみたいだ。ボクの欲しい言葉を必ずくれるんだもの。トウコは、きっといいお母さんになるよ。…ボクが言っても説得力はないかもしれないけどね。」  
「……ありがと。」  
彼女の肌にキスを落としていく。  
いとおしい。  
いとおしい。  
胸元に、そっと舌を這わせてみる。  
ピクリと反応を返す彼女が、愛おしい。  
ヒトをこんなにも愛おしく思える日が来るなんて思わなかった。  
 
Nの、丁寧で、優しい愛撫はずっと続いている。  
ちょっと優しすぎるけど、それすらもNらしくて愛おしいと思えてしまう私はかなり末期なのだろう。  
ただ、その優しすぎる愛撫がいま私を苦しめていた。  
刺激が、足りない。  
気持ちいいことは気持ちいい。  
ただ、彼は私の中心部分には全く触れようとしない。  
おそらく焦らしてるとかではなく単純に知識がないからなのだろうが、いつまでも弱い刺激でじわじわとなぶられるこっちの身にもなってほしい。  
達することもできず、ただ、身体の中に快楽が蓄積していく。  
快楽のたまった身体はそれを爆発させたいとうずくのに、Nの優しさが、それを許してくれない。  
「あぃ、うぅっ、え、N、お、おねがい…っ!」  
胸元を撫でていた彼の手を取り、自らの中心部分に近づける。  
顔から火が出そうだ。  
「こ、ここも、して…!」  
Nは戸惑ったように、私の顔とゾロアークのボールを見比べる。  
こんな時くらいポケモンよりも私を優先してよ。  
ちょっとイラつくけど、NらしいといえばNらしいか。  
 
「こ、ここ?」  
Nはおそるおそる私の中心部をなぞる。  
相変わらずの優しすぎる愛撫。  
でも、場所が場所だけに、先ほどよりも強烈な快楽となり、私の思考を狂わせる。  
「ンっ、うんっ!あ、イイ、Nっ!もっと、もっとして!」  
ただひたすらに快楽をむさぼる。  
もう、Nが相変わらずゾロアークのボールをちらちら見ていようとも、ゾロアークの呆れたような鳴き声が聞こえようとも気にならない。  
今の私の世界にあるのはNが与えてくれる快楽のみ。  
外の雨音も、風の音も気にならない。  
好きな人とこうして一緒にいれるって本当に幸せなことだ。  
今はその幸せだけを感じていればいい。  
 
トウコの声が一段と高くなる。  
ここを触ると気持ちいいのだろうか?  
ゾロアークのボールをちらりと見つめる。  
どうすればいいの?  
目で訴えると、ゾロアークの呆れたような声。  
『その濡れているところが女の一番大切な器官だ。優しく扱えよ。』  
ゾロアークの助言に従い、そっと彼女のそこをなぞる。  
指を動かすたびに彼女のからだが跳ねる。  
ボクとしては胸のほうがさわりごこちがよかったんだけど、トウコはこっちのほうが気持ちいいらしい。  
やっぱり男と女じゃ全然違うのかなぁ。  
そういえば、夢のボクは…ここに…。  
それを思い出すと一瞬で顔が真っ赤になる。  
こ、ここに、ボクのを入れるのか…?  
どうやって?こんな小さな割れ目に?  
見れば見るほど、無理な気がする。  
どう見ても大きさが違うじゃないか。どうやって入れればいいのだろう?  
ゾロアークに目線で助けを求めてみる。  
『……そこにお前の一番硬いところ…頭じゃないぞ。その、ソレを、いれるんだ。わかってるのか?』  
いや、知りたいのはそこじゃなくてね…。どうやって入れるのかってことなんだけど。  
とりあえず、指くらいなら、なんとか入りそうだ。  
ためしに人差し指、いれてみようかな。  
そっと彼女の割れ目に指を這わせてみる。  
ぬめぬめしたそこをなぞると、彼女の内部へと指が滑り込む。  
「きゃうっ!!?え、N、そ、そこはっ…!!」  
あきらかに彼女の反応が変わる。  
その反応は卑怯だよ。止まれなくなるじゃないか。  
彼女の中はちょっと狭いけど、あたたかくてきゅうきゅう締め付けてくる。  
すごく、気持ちいい。  
それに何よりも、なにかに、快感に耐える彼女の表情がとてもかわいい。  
指を入れただけでこんなにかわいい反応を返してくれる。  
もし、この指を動かしたら、どんな反応をするのだろう?もし、この指を増やしたら…?  
そう思うと、難しい数式を説いている時よりも、ずっとドキドキした。  
 
「トウコ、ごめんね。」  
もう、止まれなくなりそうだ。  
きっと、君が嫌だといっても、ボクは、やめることはできないだろう。  
もしかしたら、今度こそ本当に君を怒らせるかもしれない。  
もう『トモダチ』ではいられないかもしれない。  
それでも、きっとボクは止まらない。  
だって、君はボクの『トモダチ』じゃない。  
君は、ボクにとって、大切な、かわいい女の子。  
ボクの、ダイスキなヒト。  
だから、もう『トモダチ』ではいられない。  
『トモダチ以上』になりたいんだから。  
 
彼女の涙で潤んだ瞳を見つめながら、さらに指を増やす。  
その瞬間、彼女は小さく嬌声を上げ、涙をこぼした。  
その涙が、まるで真珠のように美しく見えて、完全に魅入ってしまった。  
「ふぁ、あん、え、N、や、優しく、してぇ…!」  
身体をよじらせながら懇願する彼女の声を聞き、やっと我に返る。  
そうだ、トウコを気持ちよくさせてあげるんだった。  
「動かすよ。」  
指を動かすたびに彼女の口から甘い声が漏れる。  
いつだったかある地方で知り合ったトレーナーの別荘に置いてあったピアノをひかせてもらったことを思い出した。  
指を動かすたびに、彼女は声を発する。  
まるで、楽器のように。  
ボクが、彼女を弾いている。  
ボクが、彼女を、感じさせている。  
そう思うといいようのない征服感を感じた。  
くちゅくちゅと音を立てて、ボクが指を動かすたびに、トウコは「あ、あんっ、ふやぁ、ああっ」とかわいい音色を奏でる。   
ボクは夢中になって彼女の中をかき回した。  
彼女が高い声で啼いて、果てるその時まで。  
 
「はあ、はあっ」  
トウコは快楽で火照る体を震わせながら、必死で息を整えている。  
「ごめん、やりすぎちゃった?」  
彼女が「もうこれ以上はダメ!!」と言っていたにもかかわらず、欲望のままに突っ走った結果がこれだ。  
「え、えぬの、ばか。」  
ごめんなさい。反論する言葉もありません。  
「こんどは、わ、私だけじゃなくて、Nも、一緒に気持ち良くなろ?」  
顔を真っ赤にしたトウコの言葉に一瞬耳を疑う。  
これは、怒っていないのだろうか?  
トウコは、ダメだといっても無理矢理つづけたボクを許してくれているのか?  
「本当に、君は優しすぎるよ。そんな君が、大好きだよ。」  
トウコはほほえんでボクの口づけをうけてくれた。  
 
そっと彼女の秘部に自らを合わせてみる。  
先ほどの愛撫で、女性のソコが思っていた以上に伸縮性に優れていることはわかったし、なんとか、はいるだろう。たぶん。  
細かく考えると不安は尽きないが、でも、悩んでばかりいては、ボクたちは変われない。  
「いい?」  
そう尋ねるとトウコは顔を真っ赤にして頷いた。  
それを確認し、腰を突き出す。  
ぬめぬめした彼女の中をかきわける感触。  
自身が彼女によってぎゅうぎゅう締め付けられる感覚。  
今まで感じた快感と比べ物にならない。  
「すご…!トウコ、気持ちい…っ!」  
あまりの快感に、気を抜いたらすぐに果ててしまいそうだ。  
「うぐ……」  
トウコのうめき声で現実に引き戻される。  
「え、え!?と、トウコ?大丈夫?」  
慌てふためいていると、ボールの中からゾロアークに怒鳴られた。  
『この馬鹿者!!女は、異物を受け入れるのだから、負担がかかるのだぞ!それなのにお前はそんな勢いで突っ込むバカがどこにいる!?お前の脳みそはサイホーン並みなのか!!?』  
「ゾロアーク!!それはサイホーンに失礼だよ!と、ともかく、ご、ごめんね、トウコ。つらい…?」  
ゾロアークが呆れたように「そっちかよ…。」とつぶやいていたが、気にしてはいられない。  
あきらかにトウコの表情は苦痛に満ちていた。  
「痛…、は、はは、聞いてたけど、やっぱり痛いのね…。だ、大丈夫だから、N、続けて。」  
よくよく見れば、彼女の秘部から赤い液体がつたっていた。  
「ごめん、また、ボクは君を傷つけてしまったんだね。」  
トウコを、ぎゅうっと抱きおこす。  
「うぁっ!N、や、お、奥にあたってるっ。」  
そういってトウコはNの拘束から逃れようと体をよじる。  
それが、よけいに自らを追いつめてしまっているのだが。  
「ちょ、と、トウコ、まだ、動かないほうが…!!」  
まだ出血が止まっていないのに、動くのはよくないと判断し、彼女を押さえつける。  
彼女があげかけていた腰を再び押し戻す形になり、ピクリと自身が反応してしまう。  
「え、あっ!?やだ、N、おっきくなった!?」  
「……あー、その…うん。トウコ、気持ちいいから…。トウコは?大丈夫?」  
トウコはほほを染めてうつむいた。  
「ちょっと痛いけど、でも、その、わ、私も、き、気持ち、イイ、から。」  
そんなトウコの様子がかわいらしくて、つい笑みがこぼれる。  
「じゃあ、もうちょっとこうしてようか。痛くなくなるまで。ボクは、トウコがちょっとでもつらい思いをするのはいやだ。」  
「……ん。」  
トウコはそっとボクの胸に顔をうずめ、身体をあずける。  
彼女のふわふわの髪をすきながら、痛みが去るまで待つ。  
彼女がいてくれれば、外の雷鳴だって気にならない。  
トウコが、ぴくんと体を震わせた。  
「ふぁ、う、え、N、もう、大丈夫だから、お願い…!」  
「うん、じゃぁ、動くよ。」  
ゆっくりと腰を動かす。  
彼女に包まれ、締め上げられる感覚が、たまらない。  
彼女の最奥まで突き上げる。  
そのたびに小さく悲鳴を上げる彼女が愛おしい。  
「あ、アん、ふっ、くぁ、ひぁん」  
「トウコ、トウコ、愛してる。」  
そうつぶやきながら、ただただ、突き上げる。  
一突きごとに思いを込めて。  
 
雷鳴にまじり、荒い息遣い、女のあえぐ声、肉と肉のぶつかる音が響く。  
幾度となく打ち付けた腰も、もう限界が近い。  
「……っ!!!」  
「……あぁ!!」  
 
 
「あいしてるよ」  
腕の中に彼女のぬくもりを感じたまま意識を手放した。  
 
目を開けると、外は真っ暗だった。  
ときおり雷が光っている。  
自分の隣で、夢の世界をさまよっている少女を見て、安心する。  
夢じゃなかったんだ。  
あの幸せな時間は、本当にあったこと、ゲーチスが用意したまやかしの世界での出来事ではない、自分で、選んだことの結果なんだ。  
安心すると同時に腹が鳴った。  
そういえば、そのままベッドに直行してしまって、朝食を食べ損ねていた。  
すっかり室温でぬるくなったオボンの実をかじりながら窓の外を眺める。  
雷雲で覆われ、星を見ることはかなわないが、ときおり青い稲光がはしる。  
闇を切り裂くその光はとてもきれいで神聖なものに感じられた。  
強い風ががたがたと窓枠を揺らす。  
トウコが起きてしまわないといいけど…。  
そう思い、ベッドのほうを振り返る。  
すうすうと寝息を立てる眠り姫は起きる気配がない。  
安心した以上に、一瞬目の端にとまったものが気になった。  
一瞬視界にうつったもの、稲光に照らされた小さな影、白と、黒と、黄色の小さなポケモン。  
 
「エモンガ…?」  
 
雷の青白い光の中に見える小さな黒い影、どうも様子がおかしい。  
木から木へと飛び回る活発なポケモンのはずなのだが、全く動こうとしない。  
いや、そもそもこの悪天候の中木のウロに避難することもせずに地に伏していることからおかしいのだ。  
明らかな異変を感じNはキャンピングカーを飛び出した。  
頬をうつ雨も、身を凍らせるような冷たい風も、空を裂く雷も何も気にならなかった。  
地に伏せているエモンガを抱き起こし、必死に声をかける。  
抱き上げたエモンガの体は、長時間雨にうたれていて冷えきっていてもおかしくないのに、異様なまでに熱かった。  
「……ひどい熱!このままじゃ…。」  
その言葉の続きを口にするのはどうしてもためらわれた。  
本当のことになってしまいそうで。  
「……違う、本当になんか、させない!」  
エモンガを抱えたままキャンピングカーに飛び込む。  
一時しのぎにしかならないとわかっていてもありったけの体力回復の木の実をエモンガの口元へと運ぶ。  
少しでも食べやすいようにとすりおろした木の実はエモンガの唇を湿らすだけでエモンガの口内には入ることはなかった。  
口を開ける力さえも残ってないのだ。  
「そ、そんな…。た、食べて、食べてよ。このままじゃ…。」  
最悪の想像が頭をよぎる。  
ボクは、また、何もできないのだろうか?  
目の前で確実に死にむかっているポケモンがいるのに、助けられない。  
何もできない自分が、情けなくて、悔しくて涙がこぼれた。  
「ごめんね、ごめんね、助けられなくて、ごめんね。」  
「なかないで、N。」  
エモンガを抱き締め泣いていると後ろから優しい声が聞こえた。  
誰かなんて、尋ねる必要もない。  
「トウコ!どうしよう、エモンガが…っ!」  
まだ寝癖ののこるトウコもエモンガの様子を見てすぐに顔色を変えた。  
「……これはまずいわね、ポケモンセンターにつれていきましょう。ジョーイさんなら、きっと……。」  
雨風を突っ切り、闇夜の中をひたすら走った。  
目指すは、ライモンのポケモンセンター。  
途中、トウコが走りにくそうにしていたり、時折顔を歪めていたが、Nはそれが何をさすのかまでは気付けなかった。  
本来眠ることのない娯楽の町が真っ暗であるということが何を意味するかすらにも気付けないほど余裕がなかったのだ。  
彼女の異変に気付けただけでそれ以上考える余裕なんて存在しなかった。  
腕の中の、小さないのちの灯火が、今にも消えそうなこの状態では。  
 
やっとの思いでたどり着いたポケモンセンターは非常用の発電装置が働いているのか薄暗くはあるがセンターとしての最低限の機能を保っていた。  
エモンガをセンターに預け、トウコとNはいるかもわからない神に祈りながら診察室の扉を見つめていた。  
こんなときに、何て言ったらいいのかわからなかった。  
人も、ポケモンも生き物である以上、遅かれ早かれ死は平等にやって来る。  
必ず助かるなんて保証はどこにもなかった。  
今、何を言っても、お互いに不安をあおるだけになってしまいそうで、何も言えないまま時間だけがすぎていった。  
ピッと小さな音がなり、診察中のランプがきえた。  
診察室から出てきたのはジョーイさんだけだった。そして、その表情は暗かった。  
「ジョ、ジョーイさん、エ、エモンガは!?」  
トウコの問いにジョーイさんは唇をかみしめて首を振る。  
深々と帽子をかぶったNの表情は見えない。  
ただ、声が震えていた。  
「助からない…んですか?」  
「……残念だけど、今、私たちにできることは何もないの。ただ、あの子の生きたいという気持ちを信じるほかには…。」  
絶望的な言葉に打ちのめされ、Nの肩は小さく震えていた。  
それ以上言葉をつなげそうもないNに変わってトウコがジョーイさんに問いかける。  
「悪いんだけどそれじゃあ納得できないわ。きちんと、私たちにもわかるように説明して。どうして、あのエモンガが弱っているのか、なんで助けられないのか、いいえ、助けるために何をすればいいのか。」  
そういってトウコは力強く笑って見せた。  
 
かちゃかちゃと茶器の音が響く。  
「ごめんなさいね。私たち医療に携わる者が弱気になっていたらダメなのに…ね。」  
「あの、お茶はいいので、エモンガの容体を…。」  
「……この頃このイッシュで、ポケモンの仕業とみられる突発的な暴風雨、雷雨が頻発しているのは知っているわね?」  
ジョーイの一言にトウコが「あいつら放置したままだった…!」と呟き、うつむいた。  
その声はあまりにも小さくて、隣にいるNにしか聞こえなかったが、いったい何を放置したのか問い詰める気もなかった。  
「この、悪天候もそのポケモンのせいだといいたいのですか?それが、エモンガと何の関係が…?」  
ジョーイは小さく頷いた。  
「あのエモンガは、おそらく、雷神と呼ばれるポケモンの雷にやられたのね。あのエモンガの許容量以上の電気が体にたまって、うまく放電できていないの。制御できない量の電気は体に負担をかけ、ひどい時は…大爆発を起こすこともある。」  
ビリリダマやマルマインの爆発の原理と同じねと、付け加えお茶を啜った。  
「爆発までいかなくても、制御できていない電気が、内部からあの子の体を焼いているの。このままだと…もって夜明けまで…。」  
「そんな…。どうすれば助けられますか?なにか、できることは…?」  
ジョーイは弱弱しく首を振った。  
「内部からのダメージを外部から癒すことはできないの。そうね…昔は漢方薬とかを使って内部から治そうとしていたこともあったみたいだけど、それは今使えないわ。漢方薬がないんですもの。」  
「カンポウヤク…?」  
聞き覚えのある響きにNが首をかしげる。  
いったいどこで聞いたのだったか、思い出せそうで思い出せない。  
 
ジョーイは、悲しそうに目を伏せた。  
「ええ、ごくまれに遠い異国の地から輸入していたのですが、なにぶん、今ではあまり使われないものですから、備えがありません。」  
トウコが思いついたようにバッグをひっくり返した。  
「これ!ふっかつそう!どこだったかで手に入れてそのままだったの!これ、使えない?」  
ジョーイは、少し萎びた草を手に取ることもせずに首を振った。  
「エモンガの容体がひどすぎるんです。おそらく、特別製の秘伝の薬じゃないと効果はありません。」  
「その秘伝の薬があれば助けられるのね!」  
「……ええ。でも、ここにはないですし、取り寄せるにしても、この雷でパソコン通信は不通、暴風雨の影響で飛行機は飛べません。秘伝の薬を、手に入れる手段がないんです。天気の回復を待っていたら、もう、エモンガは……。」  
ずっと考え込んでいたNがやっと顔を上げた。  
「あの、確認したいんですけど、秘伝の薬って、ジョウトのタンバの漢方屋さんのですか?」  
「え、ええ。あそこの老舗がつくる薬が一番よく効くって言われているけど…。よく知っているのね。」  
「……ええ、まぁ。ちょっと。」  
さすがに、Nのポケモンの言葉を理解するという能力を知らない人に、『旅の最中にその漢方屋のツボツボとトモダチになった』なんて、言っても通じないだろう。  
Nは、曖昧に笑ってごまかした。  
「まぁ、これで、何をするかは決まったよね。ボク、ジョウトに行って薬をもらってくるよ。」  
そういってボールを手に取り立ち上がったNに続いてトウコも立ち上がった。  
「そうね。いそがないと。」  
二人の前にジョーイが立ちふさがった。  
「あなたたち話を聞いていたの?この暴風雨の中ではとてもじゃないけど…。」  
Nもトウコも、二人とも微笑んで見せた。  
「ボクたちはポケモントレーナーです。ポケモンと一緒なら、強風くらいなんてことないです。」  
ポケモンと一緒なら、たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子のスカートの中という歌もあるが、Nもトウコも旅の中で、それ以上に厳しい環境でも潜り抜けてきたという経験がある。  
強がりでもなんでもなく、今までの経験から言える事実であった。  
 
「さあ、N、行きましょ!」  
トウコはにっこり微笑み、Nに手を差し伸べた。  
Nは少し考えて首を横に振った。  
「……ボクだけで行くよ。トウコはエモンガのそばにいてあげて。」  
トウコは不満そうな顔でこちらを睨みつけている。  
彼女からすれば納得いかないことであろう。  
それでも。  
「そんな顔してもだめだよ。トウコは、ジョウトにはいったことがないし、一人で十分事足りるおつかいだ。トウコが来るメリットがない。  
それに、君は今、体調がよくないだろう?なんだか走りにくそうにしてたり、つらそうな顔をしていたり…そんな状態で、ジョウトまでいくのは賛成できない。」  
体の不調は自覚していたのかトウコは抗議のために開いた口をつぐむ。  
やや、頬が赤い。熱もあるのだろうか?  
「ほら、具合、悪そう。人間にも効く漢方薬ももらってきたほうがいいかな。」  
トウコは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。  
この純真な男にあの行為のせいで腰が痛いのだなんて言えるはずがなかった。  
「……N、絶対、帰ってきてね。」  
エモンガの命がかかっている、しかしそれ以上に、またNがどこか遠くに行ってしまいそうで怖かった。  
そんなトウコの気持ちを察したのかNはトウコにモンスターボールをあずけた。  
「帰ってくるよ。トモダチと一緒に待ってて。必ず、帰ってくるから。」  
Nは、ゼクロム以外のポケモンをすべてトウコに預け、ゼクロムの背に乗って飛び立って行ってしまった。  
 
「無事に、帰ってきてね…。」  
ゼクロムの黒い体は闇夜にまぎれてすぐに見えなくなってしまったが、トウコはいつまでもNの飛び立った方向を見つめていた。  
 
背後から、声がした。  
伝説のポケモンを目の当たりにしてすっかり圧倒され身動きもできないでいたジョーイの声が。  
「あれは…ゼクロム…。それじゃあ、彼は…指名手配されているプラズマ団の…。」  
トウコは体をこわばらせた。  
Nが指名手配されていることがすっかり頭から抜け落ちていたのだ。  
エモンガのためだったとはいえ、彼を、こんな人の集まる街の、トレーナーたちの集いの場でもあるポケモンセンターへ連れてきたのは自分だ。  
もしかしなくても、彼が無事に帰ってきたときが、彼が捕まるときになる。  
その事実にトウコは打ちのめされていた。  
たとえ、彼がどんなに優しくても、彼をどんなに愛していても、彼がイッシュを騒がせた組織の王であるという事実を変えられない。  
 
ボン、と小さな音がした。  
ふと横を見るとNのゾロアークが勝手にボールから出てきて、ため息をついていた。  
『トウコ、なんとかごまかせ。』  
「え?」  
疑問に思う間もなくゾロアークの姿が変化していく。  
艶のある黒、雄々しい赤い瞳、青く輝く尾。  
それはどこからどう見ても伝説のポケモン・ゼクロム。  
「え、え?あ、あの、い、イリュージョンです!さっきの彼は、そのゾロアークのスペシャリストで…えっとその、つまり、あのゼクロムはイリュージョンで化けただけなんです。本物のゼクロムが、指名手配されている人が、こんなところにいるわけないじゃないですか!」  
我ながら、苦しい言い訳だと思う。  
たとえ、どんなに完璧なイリュージョンでもゾロアークは空を飛ぶことはできない。  
「と、ともかく、あの人はプラズマ団とは関係ありません!」  
トウコの勢いにジョーイは完全に逃げ腰になっていた。  
「え、ええ、そ、そうですよね。こ、こんなところにいるはずがないですよね。」  
ジョーイが顔をひきつらせながら立ち去ったことを確認してトウコとゾロアークはため息をついた。  
「ふぅ、ごまかせた…かな?」  
『……ゾロアークじゃなくてメタモンとかいえばまだとんだことにも説明がつくのだがな。』  
「う…それは…。」  
ゾロアークは再びため息をつく。  
『……まぁ、こんなところで考えなしにゼクロムを使ったあいつが悪い。』  
そういってゾロアークはNの飛んでいった方角を見上げた。  
ここからジョウトまでは遠い。  
ゼクロムでも間に合うかどうか…。  
もしそうなったときにNがとるであろう行動が簡単に予想できてしまう自分に嫌気がさした。  
『……ここにいては、止められないではないか…。』  
 
「っくしゅん!」  
Nはゼクロムの上で小さなくしゃみをした。  
『Nよ、このスピードでは、お前が凍えてしまうぞ。もう少しスピードを落としたほうが…。』  
「そんなこと、絶対だめだ!間に合わなくなる!ただでさえ、人が耐えられる速度にまで落としてもらっているのにこれ以上スピードを落としたら…。」  
Nの声は震えていた。  
それは、単に寒いということだけが原因ではないだろう。  
『N、私は、人の言葉は話せない。確かに私一人であれば、もっと早く飛べるであろう。しかし、それでは、あの小さき者は助けられないのだ。お前が、必要だ。』  
「ありがとうゼクロム…。」  
ずずっと鼻をすする音が聞こえた。  
そして、なにかを引っ張り出す音も。  
それが何の音なのか、ゼクロムには自らの背中を確認するすべがなかった。  
 
そして…。  
 
『N、タンバが見えてきた。着陸のためスピードを落とす。いいな?』  
「だめだ!時間がおしている。このまま、最高速度で突っ込んで!」  
『しかしそれでは、お前も無事では…。』  
この速度で突っ込んでいけば、着地の衝撃に人間の体は耐えられない。  
「ゼクロム、これを。この紙を、ツボツボ漢方店の人に見せれば、ボクがいなくても通じる。あとは薬をもって、君ひとりで、最高速度で帰ればいい。」  
Nは、エモンガの症状や薬を必要としていることを記した紙をゼクロムの羽根に括り付けた。  
先ほど背中で何をしていたのかと思えば、こんなものを書いていたのかとゼクロムはあきれた。  
『お前、最初からこうするつもりだったな?』  
「少しでも、確率が高いほうにかけたほうがいい。昔の人の言葉にこんなものがある。『命中率70%の攻撃は危険』ってね。」  
『それは少し意味が違うし、その格言の書かれた本はあてずっぽうが多くて役に立たなかったと思うが…。』  
おそらく、これ以上何を言っても、Nの決意は変えられないだろう。  
ゼクロムはそう判断し覚悟を決めた。  
『まったく、我ながらとんでもない男を選んだものだ。行くぞ、N、しっかりつかまっていろ!!』  
 
 
ぐんぐんと近づいてくる砂浜、そしてゼクロムの声。  
それを最後にNの意識は途絶えた。  
 
ぽん、ぽんと何かをつく音。  
そして子どものはなし声。  
「あれは……!!」  
 
目の前にいるのは、緑色の髪の小さな男の子と、ピンク色のポケモン。  
自分が、こんなにそばにいるのに気にする様子もない。  
いや、それ以前に…。  
「あれは…ボク…。」  
 
『じゃあ、タブンネ、かぞえてね!いくよー!』  
『ひとーつ、ふたーつ、みーっつ』  
楽しそうに鞠つきをしている子どもとポケモン。  
この後に何が起こるかなんて知りもせずに楽しそうに笑っている。  
『あーー!!ゾロア!ボールとっちゃダメだったら!』  
『ウシシっ!N、俺もまぜろ!』  
 
閉ざされたまやかしだらけの世界での、確かにあった幸せな時間。  
それを思い出すと目頭が熱くなってきた。  
 
 
『N、泣かないで。』  
背後から、声がした。  
その声には聞き覚えがある。  
「タブ……っ!!?」  
振り返ろうとするとすぐに止められた。  
『ダメ!見ないで!……ゴメンね、本当はもう、生きている人とはかかわれないの。だから、姿は見せられない…。』  
「……声だけでも、うれしい。タブンネ、こうして会えてよかった。ボク、君に謝らなくちゃいけないことがたくさんあるんだ。」  
姿も見れないけど、それでも、背中のほうが温かい。  
彼女の、あたたかさ。  
それが何よりも心地よかった。  
『うん、私も、Nに言いたいこと、たくさんあるよ。』  
みえないけれど、彼女がほほえんでいるのは伝わってきた。  
「ごめんね、タブンネ。ボク、ポケモンの解放、できなかった。」  
ああ、今の自分が情けない。  
彼女に助けてもらった命、トウコにまやかしの世界から解放してもらったというのに、今の自分には、夢がない。  
ポケモン解放という夢も失い、ただ、漠然と旅を続けているだけ。  
彼女の命と引き換えに生かしてもらったというのに。  
情けなくて、涙がこぼれる。  
 
「ボク、結局、何も変えられなかったんだ。ごめんね、タブンネ。ごめんね。」  
『N、私が最後に言ったことおぼえてる?あなたを、愛してる。でも、それは、あなたが、私たちを解放させようとしていたからじゃない。あなたが、あなただから。私たちのために、泣いてくれた優しいあなただからなのよ。』  
ふと、背後の気配が変わった気がした。  
「た、タブンネ!!?」  
『……もう、時間みたい。今でも、スキだよ。大事な、大切なトモダチ…。また、会おうね!』  
「いやだ!いかないで、タブンネ!そばにいて!タブンネーーっ!!」  
Nは、彼女をひきとめるために、Nは振り向き手を伸ばす。  
そこには、Nの知っているポケモンはいなかった。  
ピンク色のふわふわした光。  
もうすでにポケモンとしての形をとる力も残っていないのだろう。  
消えかけた光に手を伸ばして、すりぬける。  
 
『愛しているわ。いつまでも。』  
 
優しい光があふれる。  
ピンク色の光がNを包み込む。  
 
「これは…いやしのはどう…?」  
 
暖かな光に包まれ薄れる意識の中で確かにNはほほえむタブンネを見た。  
 
目を開けると、そこは白い部屋だった。  
独特の薬品臭さにそこが病院であることを理解する。  
「……これは…このまま逮捕直行コースかな。」  
自分が指名手配犯である以上公共の施設を使うというのがどんな結果につながるかは理解している。  
だからこそ、捕まる前に自分の最後の仕事をしておきたかった。  
点滴の管を引き抜き、ベッドから起き上がる。  
タブンネのいやしのはどうのおかげか、本来なら内臓がつぶれていてもおかしくないくらいの着地の衝撃だったはずなのに痛みもない。  
「……ありがとう、タブンネ。」  
胸にこみ上げるものを感じながらも、Nは、ロビーを目指して走っていった。  
 
あいているパソコンを起動させる。  
画面に表示された日付に愕然とする。  
「…まいったな、ボクは三日も眠っていたのか。」  
さぞかし心配しているだろう彼女を想い、ライモンのセンターへの通信機能を立ち上げた。  
ただいま接続中の画面が一瞬暗転し、愛しい少女の顔が映る。  
「トウコ、心配をかけたね。エモンガは、無事かい?」  
『……馬鹿N、ゼクロムだけ帰ってきたときは、心臓止まるかと思ったわよ。』  
ああ、機械ごしでも、彼女の声を聞けて良かった。  
しばらくは、会うこともできなくなるのだろうから。  
少しでも、彼女の顔を目に焼き付けておきたい。  
そう思い眺めていた瞬間画面が白いもので埋め尽くされた。  
『あ、こら、エモンガ!そこはカメラ…!』  
聞こえてきた音声でその白いものはエモンガの腹であることがわかった。  
どうやらカメラにべったりはりついているらしい。  
『エモンガね、薬のおかげで、すぐ元気になったのよ。』  
「それはよかった。でもそれなら、野生に、元いた場所に返してあげるべきじゃないのかい?」  
機械ごしに聞こえるエモンガの鳴き声。  
『えもー、えもえもえもーん!』  
『たぶん、エモンガがもう言ったと思うんだけど、あなたって本当にバカね。あなたに、お礼が言いたくて、ずっとここで待っていたのよ?』  
『えーも!』  
エモンガの嬉しそうな声を聞いて覚悟が決まった。  
 
「ねぇトウコ、ボク、君にどうしても伝えたいことがあるんだ。」  
これからいうことは、きっと彼女の人生を縛り付けてしまうだろう。  
それでも、彼女にはどうしても伝えておきたかったのだ。  
「ボクね、夢を見つけたんだ。今回のこと、ボクは、いや、ボクだけでは、何もできなかった。それがすごく、悲しかったよ。  
ポケモンの言葉がわかろうとも、どんなに天才だと呼ばれようとも、結局ボクはトモダチを助ける術を見つけることもできなかったんだから。」  
いくら助けたいと思っても、思うだけでは世界は変えられない。行動をしなくてはいけないのだ。  
「だから、ボクは、ポケモンたちを助けるためにポケモンドクターになるよ。それが、ボクの夢だ。」  
タブンネに二度も救われた命、ポケモンを救うために費やしたいと思ったのだ。  
 
「……資格取るのには、ちゃんと罪を償ってからでないとだけど、それでも…待っていてほしい。夢を、かなえたら、一番に君に会いに行く。君に、自信を持って、これがボクだって言えるようになったら、君に、その……。あの…。」  
機械ごしに見えるトウコの後ろでゾロアークがうなづいていた。  
さすが、付き合いが長いだけのことがある。  
もう、何を言おうとしているのか悟っているようだ。  
「あ、あの!ボクと、けっ……。」  
一生分の勇気を振り絞っていった一言をピロリローンピロリロリーという、何とも間抜けな音がかき消した。  
 
『ごめん、ライブキャスター。誰だろ?……!?ごめんN、ちょっとはずすね!』  
そういって彼女が画面から消えた。  
かわりに、ボクの話し相手になったのはゾロアークだった。  
『……N、何というか…残念だったな。』  
「……まだ、決めつけないでよ。ゾロアーク。まあいいや。君たちにも、頼みがあるんだ。ボクはこれから、警察に行き、罪を償う。君たちまで、巻き込む気はない。  
だから、ボクが罪を償うまでの間、トウコのもとで、トウコの手助けをしてやってくれないか?君は、ずっとあの部屋で過ごしてきたんだ。トウコの力になれる。」  
確かに、ずっとNとともに人に敵意を持つポケモンたちばかりと過ごしていたゾロアークであれば、トウコの仕事・心に傷を負ったポケモンたちの世話くらいはたやすいものだ。  
もし、トウコに対して攻撃を仕掛ける奴がいても、それを防げるくらいの実力と経験もある。  
「ボクのかわりに、トウコを守ってあげてほしい。お願いだよ、ポンきち。」  
『……承知した。しかし、俺をポンきちと呼ぶな!』  
答えのかわりににっこりと笑った。  
ポンきちになら、これだけで十分通じる。  
ずいぶんあわてた様子でトウコが画面の前に戻ってきた。  
「トウコ、さっきの話の続きだけど…」  
『N、よく聞いて。』  
トウコに遮られ、思わず抗議をしかける。  
が、できなかった。  
トウコの表情がいままで見たこともないほど真剣なものだったからだ。  
『いま、国際警察のハンサムさんから連絡があったの。『ゲーチスが、自首をしてきた』って。』  
あまりの衝撃に思考が停止する。  
あの、ゲーチスが、自首?  
三年間も逃げ続けた男がなぜ、今ごろになって?  
『ゲーチスはね、プラズマ団にかかわることは、全部自分が計画し進めたことで、あなたは、関係ないって証言したそうよ。』  
それの意味することはつまり…。  
『国際警察は、ゲーチスの言うことを信じ、あなたの指名手配を解除するって。それで連絡が来たの。』  
Nの無罪。  
そして、ポケモンドクターという夢に対する障害がなくなったことを意味していた。  
 
『このタイミングで自首だなんて……もしかしたら、ゲーチスはあなたのこと、見守っていたのかもしれないわね。』  
「…………」  
『いいお父さんね。N』  
「う、うんっ!!」  
涙でボロボロのボクはそういって頷くのがやっとだった。  
それでも、必死に声を振り絞って伝えたいことを言葉にする。  
鼻声で、しゃくりあげながらの何ともみっともないものだったけど。  
 
「トウコ、ボクが、夢をかなえて戻ってきたら、ボクと、結婚してください。」  
 
返事は、満面の笑みだった。  
 
 
そして時は流れ……  
 
 
カノコの町に響き渡る祝福の鐘の音。  
今ここに一組の夫婦が誕生したのだ。  
新郎は緑色の髪の黒に青いラインの入ったタキシードの男性。  
新婦は焦げ茶色の髪の、白く、ところどころに赤い色で染められたウエディングドレスを着た女性。  
二人のまわりにいるのは、仲のいい幼馴染。  
「あ、チェレン、ベル、よく来てくれたね。」  
「トウコ、N、おめでとう!」  
「……N、トウコを、泣かすなよ?」  
「うん、トウコは笑顔が一番かわいいんだから、泣かしたりするわけないよ。」  
どの言葉にも祝福と嬉しさがにじみ出ていた。  
「トウコとNの服ってもしかしてレシラムとゼクロムをイメージしているの?すごーいよくできてるねぇ!」  
「ほんと?ありがとう!トモダチがね、作ってくれたんだ!」  
「まさかハハコモリが葉っぱで作ったとか言わないよな!?」  
「葉っぱじゃないよ。レシラムのもふもふを少しわけてもらったんだ。」  
「レシラムかよっ!って、ハハコモリは否定しないのかっ!」  
楽しそうに笑う声が響く。  
生涯を共に過ごすことを誓いあい、新たな幸せをわけるために、グラシデアの花束のブーケを投げる。  
トレーナーとして一番必要な能力。  
それはコントロール力。  
数えきれないほどのボールをポケモンにあててきたトウコにとっては、狙いをつけて投げることはまさしく息をすると同じくらい自然なことだった。  
「ふぇ?」  
金色の髪の幼馴染みの腕のなかにおさまったブーケを確認してトウコは笑みをうかべた。  
 
つぎは、きっとね。  
 
ブーケを受け取った少女は隣にいた眼鏡の青年と顔を見合わせ、真っ赤になった。  
 
 
 
それからさらに時が流れ…  
 
 
カノコの小さな病院から産声が響き渡った。  
 
「おめでとう、女の子ですよ!」  
看護婦さんの声も耳にはいらない。  
そこにあるのはただ、歓喜。  
 
「ありがとう、トウコ!ボク、こんなにかわいい子見たことないよ!」  
 
感激のあまり、出産を終えくたくたの妻を気遣うこともできずに大声で喜びを発散させる。  
夫をたしなめる前に、父親の声に反応したのか、生まれたばかりの娘が目をあけた。  
それを見て、Nの顔に穏やかで優しい笑みが浮かんだ。  
 
「また会えたね、ボクの『トモダチ』」  
 
生まれた子どもは、昔の『トモダチ』を思わせる青い目をしていたんだ。  
 
 
     Happy Blue 完  
 
 

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