本来ならば道場にでもいるのが相応しい格闘タイプの人型ポケモンが、1LDKのマンションの一室にいた。
青い肌に白い胴着を着こんだ姿が特徴的な、鬼のような容貌のポケモン。からてポケモンダゲキは、いかめしい顔つきをしてフローリングの床に鎮座していた。
その腰に♀プルリルのごときピンクのエプロンを纏い、今しがた主人の食い散らかした夕飯を片付け終わって腕まくりを解いているところだ。
身長こそ低い彼だが筋肉隆々の体のその存在感は大きく、可愛いらしい配色の家具や、毛足が長くふかふかの白い絨毯、カラフルなカーテンなど
いかにも女の子らしいグッズに囲まれていると、なおさらその異質さは際立っていた。
誤解のないよう言っておくと、彼の腰に巻かれたピンクのフリルつきエプロンは彼のトレーナーの私物である。
「ダゲキー、誰からも連絡がこないよー」
主人が携帯をパカッと開き、画面を見るなり大きな溜め息をついて宙を仰ぎ、半ば壊すかのように乱暴に画面を閉じた。
主人……チヒロは座っていたソファーの背もたれから身を乗り出して、今度は床に正座して洗濯物を畳むオレに報告した。
先ほどから一時間おきぐらいにその話を聞かされているオレは正直なところうんざりしていた。
オレたちポケモンにとってのただの冬の一日。
それが人間にはたいそう重要な意味を持つらしく、11月の中ごろから浮足立っていたチヒロは『今年こそリア充なクリスマスを送るのよ!』と何やら興奮した様子でオレに話してくれた。
なんでも今日は大切な者や愛し合う者と過ごす日で、人間は盛大なイベントを開いてお祝いするらしい。
プレゼントを交換したりご馳走を食べたり、家族だけでささやかにそれを祝う者もいれば、どこかに出かけたりする奴もいる。
それで夜は……チヒロによれば『ここからが一番大事』らしいが、
12/24のこの日には…つがいになってくれる異性の存在が不可欠らしい。
愛し合うもの同士が共に過ごすその日のつがいの有無で、人間は幸せになれるか不幸になるかが決まるのだと。『だからわたしはクリスマスまでに彼氏を作ることにしましたー』と満面の笑みで宣言した、あの日のチヒロの姿が目に浮かんだ。
野生のポケモンなんかが子孫を先に残せないのは致命的だが、チヒロら人間がそんなに焦る必要があるんだろうか?
そう不思議に思って首を捻ったのをよく覚えている。
「それでねぇ、谷口先輩ったらひどいんだよ……わたしが誘った瞬間まで!あの人に彼女いるなんて聞いたことなかったよ!!今夜はライモンの遊園地で一緒に観覧車乗るんだってさー!爆破されちまえ!
ねぇきいてるのー? ダゲちゃーん。ダゲにゃーん」
バイト先のタニグチとやらに振られたその話はもう聞きたくない。何回目だ。
チヒロは中身が残り少ないアルミ缶を左右に振ってちゃぷちゃぷ鳴らし、なんとかダゲキの興味を引こうとしていた。
突き出た顔はすでに真っ赤で、ぶうぶう文句を言う口も若干ろれつが回っていない。ダゲキがちらりと視線をソファー前のローテーブルの上にやれば、そこにはアルコール飲料の空き缶が山積みだった。何本買ったんだっけ、あれは結構重たかったんだが。
「それでね、みんなも『先約があるから』ってわたしの連絡ぜぇーんぶ断ってさ……
何?そんなに彼氏が大事なんですかよかったねー!シママに蹴られて死ね!ダゲキもそう思うよね!うん!」
それにこのトレーナーときたら酔いが深くなるごとに声が大きくなっていて、今や耳をつんざくハイパーボイスの効果は格闘タイプの自分にも抜群だ。
つがう相手がいないのも、こういう時相手をしてくれる友人が少ないのも同情はするが…ものには限度というものがある。
クリスマスのこの日のためだけに、連れまわすだけの目的で確保されるオスの身にもなってみろ。可哀想だろ。
それからシママに蹴られて死ねはお前にも言えることだぞ。都合の悪い時だけ被害者面するんじゃない。同意を求めるんじゃない!
チヒロのさえずりをことごとく無視していたダゲキだったが、そのことに対して罪悪感はまったくなかった。
コンビニでごっそり酒を買って家に帰るなりチヒロはソファーに突っ伏して、着ていたコートを床に脱ぎ捨てた。
冷蔵庫のあり合わせで作った夕飯を差し出してもしばらくはろくに動こうとしなかった。
食べたら食べたで無言で汚れた食器のたまったシンクを指さし、ダゲキにプルリルのエプロンを投げつけた。洗い物が終わったときにはすでに二缶空けていた。
チヒロの投げだした家事を代わりにやっている今、そんな話を振られても腹立たしくて邪魔なだけだ。
それに落ち込んで泣き出すならまだしも、やけ酒をかっ食らって愚痴る余裕があるなら放っておいても大丈夫だろう。
『ピカチュウの冬休み…ピカチュウでさえ友達がいるのにわたしときたら…』『デリバードだいばくはつしろ』などと散々意味不明なことを言っているチヒロをかたくなに無視し続けるのはそういう理由からだった。
「こんな大切な日に隣に誰もいないなんて、わたしのこれからの一年を象徴してると思うの」
「…………」
「ひどいよ……こんなのメリー苦しみマスだ……ううう」
「…………」
「もうわたし実家に帰りたいよう……おかあさん……」
「…………」
「……聞けよこのハゲ!!!!」
「ダゲッ!?」
チヒロの戯言を無視し続け、柔軟剤をたっぷり入れてふわふわに仕上げたセーターを手に取った時、ダゲキは喉が壊れそうな大声で罵倒された。
驚いた瞬間に畳んだ洗濯物の山に携帯が突っ込んできて、けっこうなスピードで投擲されたそれは積んである洗濯物の山に突っ込み、
今しがた畳み終えたタオルや長袖のTシャツは横に崩れてぐちゃぐちゃになった。
それだけなら直せばいいだけの話だった。酔っ払いのやつあたりだと片づけられた。
続いて缶が飛んでこなければ。それが酒を振りまきながら床にぶつかりいい音を立て、
跳ね返った缶がダゲキの横顔をかすめて後ろへ飛んでいき、まだわずかに底に残っていた酒が飛び散って、畳んだ洗濯物にぶちまけられなければ。
格闘タイプの動体視力で止められなかったのかと問われれば、大声にひるんで何もできなかったと言うしかない。残念なことに自分の特性はがんじょうなのだ。
視界を横切る缶。
宝石のかけらのように飛び散る酒のしぶき。
それを浴びる自分と洗濯物。
ダゲキには一連の流れがスローモーションのように見えた。
(…ッ…何すんだこの野郎!)
自分の仕事を台無しにされたダゲキは勢いよく立ち上がり、チヒロの方へ向き直った。
腰に巻いた屈辱的なふりふりエプロンもむしり取って投げ捨てた。
果実の甘い香りがするチューハイを浴びたセーターには染みがついているし、あとは引き出しに仕舞うだけだったタオルからはアルコールの匂いがしている。
洗い直さなければならないのは明白で、酒臭くなった自分の胴着のことよりもそっちの方が腹立たしかった。
『その酒を全部持たされたのはオレだ。動かないお前の代わりに夕飯を作ったのもオレ、投げだした荷物を片づけたのもオレだぞ?!
……クリスマスだか何だか知らないが、自分の希望が叶わないからって相手に当たるな!!』
完全に伝わらなくても構わない。ポケモンの言葉でそう怒鳴ろうとチヒロの顔を睨みつけ、口を開いて…ダゲキはそのまま凍りついた。
チヒロが大きな瞳に涙をためて、唇をかみしめてしゃくりあげている。
それをダゲキが視認した瞬間、酒に酔って真っ赤になったチヒロの頬に堰切るように涙が伝った。ダゲキの背中に冷たいものが走った。
かなしばりに遭ったまま、どれくらいの時間が経ったのだろう。次々流れ落ちるチヒロの涙から目が離せないまま、ダゲキは立ちすくんでいた。
どんなバトルも切り抜ける自信はあったが、こういうことに関して自分はひどく不器用だった。彼女が一人暮らしを始めて一年の間そばにいて、扱いは十分に心得ていたつもりだったがまだまだ及ばなかった。
「……知ってるよ」
一瞬、彼女が自分の言おうとしたことを理解したのかと思った。
恋愛ドラマを見ながら『ティッシュちょうだい』と頼むときにしか聞いたことのない涙声で、チヒロが小さく呟いた。
「わたしに魅力がないから、こういう時ひとりぼっちなんだって知ってる!勝手に思い込んで突っ走ったからっ…こんな事になったのも知ってる!
……先輩や友達の幸せに嫉妬するのがみにくいってっ、知ってるよぉ…」
一言一言を吐き出すように、叫ぶように言いきると大粒の涙がぼろぼろ落ちる。
チヒロはまるで泣き顔を見られたくないとでも言うようにソファーの肘かけに顔を埋め、鼻をすすった。
チヒロの顔が伏せられると、緩慢にではあるが…ようやくダゲキも動くことができた。
何歩か歩いて近づきおずおずと手を伸ばしたが、嗚咽している飼い主の肩に触れる、そんな簡単なことがどうしても出来なかった。
どうしようもない沈黙に困り果てていると名前が呼ばれたので返事をした。
「……ごめんねダゲキ、ダゲキの畳んでくれた洗濯物、ぜんぶダメにしちゃった……」
(…いいんだよそんな事。気にすんな)
頭を撫でてやると、柔らかい髪が武骨な指に絡んだ。
チヒロは泣いて赤くなった目でダゲキを見上げると、頭を撫でていた青い手を取って自身の頬に当てた。
酒が回ったのと泣いているのとで熱くなった頬の体温がダゲキの掌に伝わり、緊張も相まってダゲキの掌はどんどん汗ばんでゆく。
チヒロはダゲキの緊張などまったく知らず、安らいだように目を閉じた。
「ミカちゃんが言ったの。クリスマス、一緒に過ごす相手がいないなら…あんたの家のダゲキと二人きりで過ごしなって」
あー、あのチラチーノ連れたケバい女か。なんでチヒロなんかとつるんでるのかよく分からないあの女。
ダゲキはミカの化粧の濃い顔を思い浮かべて、なんとか自分の頬に集まった熱を逃がそうとする。
チヒロの小さな手に包まれた自分の手が冷や汗をかいて、冷たく痺れるようだった。
缶が飛んでこなかったら自分の下着までポケモンに畳ませようとしていた相手に、何をこんなに照れる必要があるのか分からなかった。
ダゲキの青い顔に血が集まってクリムガンのごとく変色しているのを、目を閉じているチヒロはまだ知らない。
「その時は冗談でしょって笑ったけど……わたし、ダゲキがいるなら何にもいらないや。
彼氏もプレゼントも、もうどうでもいいよ」
何か底知れない事態が起こりかけているような気がする。
チヒロが酔って暴れて泣いて、笑い話で終わりそうな雰囲気だったのに、なぜこんな事になっているんだろうか。
展開に無理がないか、展開が速すぎやしないか……目の前がぐるぐるしてもう何が何だか…
「ダゲキ……すき。大好き」
不意に腕を引っ張ってダゲキを引き寄せたチヒロが、レパルダスのようなしなやかさでダゲキの首に抱きついた。
甘ったるいアルコールの匂いと花のようなシャンプーの香りに混ざって、チヒロの肌のいい匂いがする。
柔らかいふくらみが胴着の胸に当たって思わず体を引くも、より強く抱きしめられより深く密着する。
「わたしのそばにいてくれるの、ダゲキだけだよ……」
首に絡みつく細い腕を振りほどくこともできず、チヒロの熱い吐息が首筋をくすぐる。
飼い主の突然の行動に、ダゲキの爪先から頭のてっぺんまでがボッと熱くなった。今や顔面クリムガンを通り越し、全身がナゲキと間違われそうな色合いだ。
「ダッ、ダゲーッ!!! ダゲッ!」
たまらずダゲキが叫んだ。人間の言葉に訳せば『ダメ!絶対ダメ!!』だろうか。
予期していない事態に慌てたダゲキはチヒロの両肩をつかんで引きはがす。今日一度も役に立つことのなかった格闘タイプの力が今ようやく発揮された。
とろんとした瞳に赤らんだ頬、『どうして?』とでも言いたげな様子のチヒロが小首をかしげる。人間とポケモンで種族の隔たりはあるとはいえ、自分は人型グループに属しており、体のつくりも同属のメスに近い人間に欲情しないわけではない。
だが今までの同居で欲情するどころか、おおざっぱで乱暴で慎みのないこのトレーナーに嫌悪すら感じることがあった。
どうしてダゲキがこの家で家政婦まがいのことをしているかと言えば、実家を離れる彼女の父親に捕えられ、「悪い虫がつかないよう守ってやってくれ」と頼まれたからだ。
今の働きでさえ本来の役目に反しているのに、チヒロとオスとメスの関係になるなどもちろん考えられることではない。
だがどうしたことか、このまま引っついていたらどうにかなって……否、『どうにかして』しまいそうだった。
(よく考えればッ!これはあくまでッ!トレーナーがポケモンに言う『大好き』だったのかもしれないッ!
今日までタニグチにうつつを抜かしていたチヒロがそんな暴挙に走るわけがない……落ち着けオレ……
ただでさえ一人暮らしの女の家にダゲキって怪しい目で見られるんだ…これ以上勘繰られるような真似をするわけには……)
ダゲキは邪な考えを振り払うように顔を何度も振った。そして自分に言い聞かせた。
あまりにも必死になって現実逃避をしていたので、悶々とするダゲキをじっと眺めていたチヒロが、その思索の末に緩んでしまった両手の拘束を外したのにも気づかなかった。
「ダゲキ、ちゅうしよう」
「エ」
(え?何?中止のお知らせ?)
ダゲキにはいもいいえも言わせることなく、チヒロが強引に唇を塞いだ。
本当に強引だったものだから、勢いで前歯が刺さって痛かった。
「………ッ!」
引き結んだダゲキの唇の上をやわらかいチヒロのそれが覆う。
勢い任せの上に経験もあまりない(のだろうと一年の同居の中で悟った)彼女のキスは、端的に言えばムチュールがぶちゅうと技を繰り出しているようなもので、色気も何もない上ちょっぴり唾液で濡れていて気持ち悪い。
ただリップ音を立てて唇を押しつけるだけの行為が2,3回続いても、ダゲキの口はかたくなにキスを拒んで閉じている。
ダゲキのその態度にチヒロも考えることがあったのか、角度を変えながらその下唇を舌先でちろちろとなぞり、口を開けるようせがみだす。
一方ダゲキはといえば、チヒロの誘いを無視し、きつく目を閉じたまま堪えていた。
チヒロがこの行為に飽きてこのまま寝てくれるなら、何を犠牲にしてもいいとさえ思えた。ついでにこの行為について綺麗さっぱり忘れてくれたなら、もうオレは死んだっていい。
息が持たなくなったチヒロが唇を離したので、唾液で濡れた口が空気に触れスースーする。
「くち、開けてよぉ……ダゲキ、あーんして。あーん!」
求めに応じないダゲキに業を煮やして命令するが、今のダゲキは瞑想状態のヒヒダルマのように動かず、ハナダシティのヤドランのように言うことを聞かなかった。
ちらりと薄目を開けると、ダゲキに身を寄せてはぁはぁと荒い息をつくチヒロが、ものすごく近い距離、真摯なまなざしでダゲキの目を見ている。
「ダゲキと大人のちゅうがしたいのにぃ!ダゲキのいけずー!片眉ー!」
ぷんすか怒ったチヒロがなにを言ってもどこ吹く風だ。体を揺さぶられても全く怖くない。
(いいぞ。このまま飽きろ。今ならタチの悪い悪戯で許してやるから)
酔っているとはいえポケモン相手に熱烈な口づけを送り、その上拒否されるチヒロの気持ちを思うと哀れに思えなくもないが…
このままなら明日あたりには忘れているか、思い出して悶絶するくらいで済むだろう。
ダゲキは冷静な意識の片隅で、もう一度チヒロが唇を押しつけてくるのを感じていた。
しつこくぺちゃぺちゃと唇を舐めてくる感触はヨーテリーに甘えられているようで、いよいよチヒロが人間としての尊厳を捨て始めたなと思えた。
(だが……酔っているとはいえ気持ち悪くないのか?オレはポケモンで、お前は……人間なのに)
12/24のこの日には、つがいになってくれる異性の存在が不可欠らしい。
愛し合うもの同士が共に過ごすその日のつがいの有無で、人間は幸せになれるか不幸になるかが決まるのだと。
(そんな大切な日に、オレなんかと勢いで結ばれちまっていいのか?)
胸中に苦々しいものが広がる。もしチヒロの誘いが成功していたら?チヒロが友人の元へ出かけていたら?
少なくとも自分は家かボールの中にいて、チヒロがこんな行為に走ることもなかったはずだ。人間に断られたからこそ、チヒロはポケモンである自分に寄り添ったのだ。
自分とチヒロはいつまでもただの相棒で、バトルをしたり、共に出かけたり、時には嫌々ながらに家事をしてやったり……本当にただ言いつけどおりに、守ってやるだけの存在でよかったのに。
「あれ?」
つがう相手が見つからないなら、無理に誰かと愛し合ったりしなくてもいい。大切な者同士ささやかに過ごすだけでいいじゃないか。なのに……
「ダゲキのここ、おっきくなってる……」
「ゲッ!?」
シリアスな気分が一瞬で吹き飛んだ。
ダゲキの首筋や胸板を撫でながら下まで降りていったチヒロの片手が、いつの間にか胴着を押し上げて存在を主張していた股間で止まったのだ。
すりすりと撫でさすったり、性器の輪郭を確かめるように優しく揉んでみせ、熱っぽい目でダゲキを見つめる。
「ダゲキ、気持ちいいの? わたしにこんな事されて、嫌じゃないの?」
「…………」
「返事がないってことは、このまましてもいいのかな?よくないのかな?」
「ダッ…ダゲー…」
「んー、よくわかんない。だからやっちゃうねっ!」
その質問の仕方じゃ、首を縦横どっちに振っても紛らわしい。
どう答えたものかとダゲキがうろたえている間に、チヒロが悪戯っぽく笑ってズボンをずり下げる。
(違う!バカ、やめ……!)
そう制止したが時すでに遅し。
同族のナゲキには帯を編む習性がある。ダゲキの服もまた然りだ。
ただ人間と違って胴着の下には何も穿いていないため、ダゲキの下半身を守るものはズボン一枚きりだった。
既にダゲキのズボンはズルズキンの皮のように足の中途半端なところで引っかかり、半勃ちの性器がチヒロの好奇の目に晒されていた。
「わ………」
当然と言っては何だが、ダゲキの肌の色が青色である以上性器も青い。
だいたいの形と先端の粘膜のピンク色だけは人間と変わりないが、ナゲキのそれが真っ赤であるように、ダゲキのそれは真っ青である。
人間のそれより太さも長さもあるし、つるりとした頭同様に陰毛も生えていない。
だがその当然の事実を見逃していたらしいチヒロは、自ら暴き出したモノの異質さに絶句していた。
ダゲキは内心ほくそ笑んだ。勢い任せにここまで来たが、悪乗りもここまでだろう。ろくに経験もない小娘にはグロテスクすぎる代物だ。
チヒロはというと、ダゲキの顔と股間とを交互に見て今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ダゲキは無言のまま腕を組んでチヒロを見下ろし、彼女が恐れをなしてズボンを戻してくれるのは時間の問題だと期待していた。
永遠にも感じられるような沈黙の果てに、やがてチヒロが口を開く。
「だ…ダゲキ……これどうしよう……」
「ダゲダーゲ。ダゲェ(酔いは醒めたか?それはお前に扱える代物じゃない。今すぐやめろ)」
「ん……わかった……」
チヒロはしぶしぶソファーから降り、床にひざまずいた。
白くたおやかな手がいとおしむようにダゲキの肉棒を掴み、何度か上下に擦る。
チヒロは不意に手の動きを止め、ダゲキをちらりと見あげ、うつむき、
意を決したように口に含んだ。
「ダゲェ―――ッ!!!(ちがーーーう!!!)」
違う違う違う、違うんだって……
共に過ごしてきた一年間、育んだ絆はどこへ消えたのだろう。
言葉の通じない悲しみを嫌というほど痛感したダゲキは、絶望に身を任せて顔を覆った。
『これってなあに?』と問うおねえさん、『おいおい、わかるわけないだろう』と返すミルホッグの漫才番組をこれからは笑いながら見られない。
ダゲキの悲痛な叫びを無視し、チヒロは醜悪なペニスに懸命に奉仕する。
はじめこそ嗅ぎなれない雄臭に顔をしかめていたが、掴んで上を向かせた亀頭を舐めては、小さな口に含んでちゅうちゅう吸う。
幹の下から上まで舌を這わせ、睾丸を手の中で転がす。
チヒロの動きはぎこちなく、あまりに拙い性技だったが、ダゲキは下手なりに丁寧に奉仕を続けるその姿にこみあげてくるものを感じていた。
今までこんな風に咥えられたことはなかったし、唾液のたっぷり溜まったチヒロの口の中は温かくて気持ちがいい。
それが阻止も抵抗も忘れて口淫に見入っていた理由だった。
「ん……ぷは、気持ちいい?」
「ッ………ウ……」
「ダゲキかーわいい。かお真っ赤だよ」
奉仕の途中でダゲキを見上げたチヒロの濡れた唇がやけに艶めかしく見え、ダゲキは腕で顔を覆った。
唾液で濡れた竿を擦り、真っ青なそれが硬度を増し立ち上がると、チヒロは口いっぱいに男根を頬張って頭を動かしはじめた。
歯を立てずにするのは難しいらしく、時折ぬるりとした粘膜の感触と一緒に、硬いものが肉を掠める感覚があった。だがなんということはない。ダゲキの特性はがんじょうなのだ。
唾液が絡んで滑りの良くなった肉棒を、じゅぽじゅぽと音を立ててしゃぶる。
最初と比べ物にならないほど硬く大きくなったそれが喉奥に当たったとき、チヒロはんっ、んっと苦しそうな声を上げ、目に涙を浮かべた。
断じて自分がやらせた訳じゃない。トレーナーのチヒロが望んでやっている。その事実がどうしようもなくダゲキを昂ぶらせた。
腹の底から湧きあがってくるものを抑えるにも限界がある。互いに超えてはならない倫理の壁が、あと一押しで崩れそうだった。
「っ……んんっ……ん!」
行き場のない両手を伸ばし、上下している頭を掴むと、チヒロは身を固くした。これから自分がされることを悟ったのだろう。
今なら言葉が通じあっている気がした。この狭い口の中を滅茶苦茶に突いてやりたい。
乱暴に突きあげて喉奥まで犯して、泣いているチヒロの顔に白いものをぶち撒けて、滴る自分の精液を全部舐めさせてやりたい……と。
勢いよく頭を動かされても決して歯を立てないように、大切なパートナーの性器を傷つけないように。チヒロは覚悟してダゲキを受け入れる体勢を作った。
しかし、チヒロの口を占拠していたダゲキの肉棒が、その口内で好き放題暴れまわることはなかった。
まだ大きく硬いままのそれがちゅぽんっと音を立てて引っこ抜かれたとき、チヒロはひょっとして顔に掛けられるのかとも思ったが、ダゲキはチヒロの頭を押さえて咥えられたペニスを引き抜いただけだった。
そそり立つ青いそれとチヒロの口の間にはまだ唾液の糸が繋がっていたが、やがてそれも床に落ちた。
想像を裏切られたチヒロは、面食らってぽかんとしている。
頭を押さえ引き抜いただけ。それ以上はなにもなく、とても優しく丁寧な動作だった。
だが、眼前のダゲキのペニスはまだギンギンに勃起している。久しぶりに新鮮な空気を味わっているチヒロと同じぐらい、ダゲキの息も荒かった。