森の夜気を浴びながら、メタモンは獲物を待っていた。  
メタモンには主人がいる。手持ちにウルガモスを常備して、自転車こぎに精を出す育て屋の常連だ。  
夜に出歩くのはその主人の命令でもあった。野生個体から優秀な遺伝子を採取してくるのが任務。  
 
 かさこそと草の揺れる音を聞きつけると同時に、メタモンは素早く体組織を変化させる。  
茂みに潜んでいたタブンネに逃げる暇も与えず、粘液状になった体で覆いかぶさった。  
「ミッ!?」  
 しばしタブンネの体にまとわりつき、相手の遺伝情報を判定する。  
「……」  
 襲撃の始まりよりも唐突に、その行為は打ち切られた。メタモンがタブンネから離れる。  
「ミュィッ……え? な、何……?」   
 遺伝子を持ちかえるまでもない。この個体はろくな能力を持っていなかった。  
得体の知れないものに遭遇した恐怖と、中途半端に火照り始めた欲情をタブンネに残して、  
メタモンは森の奥へと消えていった。  
 
 次に見つけたハハコモリはなかなか良かった。  
この場合の良いとは、容姿や中の具合ではなく能力がである。  
「ハッ……あ!」  
(攻撃、素早さが最高値。他もそれなりに高い。野生産としてはまずまずか)  
「やっ! クルミルちゃ……逃げ、アアッ!!」  
(あーあ、性格はがんばりやか。まあ、性格には別の遺伝情報を使えば良いよね)  
「ひっ、ど、どうし……こんなこ、と……っ」  
(ほい、遺伝情報の採取完了っと)  
 ぐったりとしたハハコモリから、変形させた昆虫式の雄性器を抜き取る。  
 
 ふと、草むらの陰でふるえているクルミルと目があった。  
「ふうん」  
 メタモンの姿に戻り、小さな体を包み込む。が、何もせずにすぐに吐き出す。  
「ク、クルミルちゃん!」  
 足腰に力が入らないのか、這うようにしてハハコモリは我が子を抱きしめた。  
「優秀な親だから多少期待したんだけど、この子にはあまり受け継がれなかったようだね」  
 一方的に遺伝情報をもらうだけでは悪い。メタモンはハハコモリへの礼として提案してみた。  
「その子は処分してさ、ぼくの遺伝子で新しく優秀な卵を産むのはどう?」  
 無言で鋭い刃が振るわれた。ハハコモリは強い憎しみを持った目でメタモンを睨みつけている。  
 
「わからないね」  
 一言残して、夜の森を後にした。  
 
 野生のポケモンと雌雄問わずまぐわい、育て屋では孕み孕ませる。それが日常だった。  
 
 たくましいオス変身したメタモンに、甘い声を立ててすがりつくメス。  
肉感的なメスになったメタモンに、子種を絞り取られるオス。  
 
「わからないね」  
 快楽、というものがメタモンには理解できない。  
嬌声をあげ本能に突き動かされるポケモンたちの有様は全く滑稽で、無様としか言いようがなかった。  
 
 ただ、乱暴に性行為をするよりも相手に快楽を与えた方が  
遺伝情報採取の効率が良いことはメタモンも承知している。  
メタモンにとってはそれだけのことだった。  
 
 今日の夜は遠出する予定だ。珍しい遺伝子が見つかるかもしれない。  
体をプテラへと変形させ、新月の夜空に羽ばたく。  
 
 降り立ったのは鬱蒼とした森。  
夜の森というのは野生のポケモンたちの気配で意外と賑やかなものだが、ここは静寂に包まれている。  
 
(ポケモンの気配がない。遠出をしたけど無駄足だったみたい)  
 
 帰ろうとして立ち止まる。夜風に混じり、かぐわしい香り。  
熟れた木の実の匂いだ。手ぶらで帰るのもしゃくだ。腹ごしらえぐらいしてから帰ろうか。  
誘われるように匂いの元へと向かった。  
 
「へえ、これはすごいや」  
 イッシュ地方では栽培が難しく貴重なウブの実やザロクの実、リンドやヨロギの実もある。  
木の枝や石で素朴な仕切りが作られている。誰かが栽培しているようだ。  
しかし、こんな人間もポケモンの姿もない森でいったい誰が?  
 
「……あ」  
 
 背後からオスともメスともつかない、少しかすれたか細い声。  
振り返れば、夜の闇そのものが命を持ったようなポケモンがブリキのジョウロ片手に立っていた。  
 
 そのポケモンの名はダークライと言った。  
主人はおらず、一人でこの森で暮らしているらしい。  
 
「お前は人間と暮らしているのか?」  
「そうだよ」  
 主人と一緒にいる時間より、育て屋の老夫婦との付き合いの方が長い気もするが。  
「名前はあるのか?」  
 ニックネームのことか。そういえば一応あった。それが名前だと普段は認識していないだけで。  
「ぼくは……HABD」  
 体には●▲■★のマーキング。  
「HABD。何かのイニシャルか?」  
「そういうわけじゃないけど……」  
 能力値を示すためだけの記号でしかない、ただの単語四文字。それが名前。  
 
「そうだ。HABDはどんな木の実が好きなんだ?」  
 一瞬答えに詰まった。ささいな質問なのに返事に困るなんて。  
自分の食べ物の好みなんて意識したことがなかった。優秀な卵を作るのに関係のないことだから。  
 
「か……辛い味が好きかな」  
「じゃあフィラの実が良いな」  
 ダークライは木の実畑から食べごろのフィラの実をもいできて、HABDに差し出した。  
「私は辛いものは食べられないんだが」  
「わからないね。嫌いな木の実なのに、どうしてわざわざ作ってるのさ」  
「私は苦手でも、私の友人になる誰かの好きな味かもしれないだろう?」  
「……わからないね」  
 そう言いながらも、柔らかいフィラの実を頬張った。  
 
(木の実なんてどうでも良いんだ。大事なのは遺伝子と能力値……)  
 最後のフィラの実を飲み込むと、粘液状の体を伸ばしてダークライの手に触れる。  
「HABD?」  
 ゆっくりと細い腕を這い上がる。黒く滑らかな肌に直接触れて、ダークライの情報を読み取る。  
(性格はおだやか。個体能力は……げげっ、てんでダメ。この前のタブンネの方がまだ優秀だよ)  
 興味を失くして離れようとして、ダークライに体の一部をつかまれていることに気づく。  
「ちょっと。放してよ」  
「ああ、すまない」  
 能力の低いポケモンには用はない。  
「今のはメタモン流の握手……なんだよな? 友人ができたのは初めてだから、嬉しくて……」  
 何をバカげたことを。  
 
「じゃあ、ぼくはもう帰るから」  
 今夜の遺伝子の収穫はなしだ。この森には役立つものはない。もう二度とくることはないだろう。  
「……またきてくれるか?」  
 冗談じゃない。用があるのは優秀な個体だけだ。  
「えっと、わ、わからない……。くるかもしれないし、こないかもしれない」  
 プテラに変形しながら言葉を濁した。  
「私は待ってるから」  
 時間の浪費じゃないか。結構遠いんだぞ。  
「……ま、またくるね」  
   
 それからちょくちょくHABDはダークライに会いにいった。  
 
「私はのんびりするのが好きなんだ」  
 二匹並んで星空を見上げながらダークライが言う。のんびりするのが好き。新鮮な響きだった。  
ポケモンの個性なんて、昼寝をよくする、暴れるのが好き、打たれ強い、イタズラが好き、  
ちょっぴり見栄っ張り、物音に敏感の六種類しかHABDの頭にインプットされてなかった。  
それ以外の個性は、そのポケモンの価値のなさを示す尺度でしかなかったのに。  
「ぼくは……昼寝をよくするんだ」  
「わ、私のそばでは絶対に眠らない方が良いぞ! 悪い夢を見るから……」  
 これがダークライがひっそりと暮らしている理由。  
友人がほしいくせに、気を使って他のポケモンのいない寂しい場所に住んでいる。  
変わった奴だとHABDは思う。そんな奴のところに通う自分も充分変わっているが。  
 
「卵……」  
 満月を見て連想したのか、ダークライがぽつりとつぶやいた。  
卵に関してはHABDの得意分野である。  
今まで数えきれないほどの卵を産み産ませ、主人とウルガモスに渡してきた。  
卵からかえったポケモンの内、何匹がボックスに残っているのかは知ったことではないが。  
 
「親子とか、家族とか……少し憧れるな」  
 ダークライが、折れそうなほど細い腰にそっと手を当てる。  
「でも無理だ。私の体は……」  
 寂しそうに笑う理由がHABDにはわからなかった。  
「そんなにほしいなら、ぼくがあげようか?」  
「え……?」  
「君がオスでもメスでも、ぼくとなら卵ができるよ」  
「わ、私はどちらでもない。それに……」  
「ねえ。どんな姿が好み? ぼく、何にでもなれるよ」  
 一瞬でミミロップの姿になり、ダークライの顔を上目遣いに覗きこんだ。  
「それともこういう方が良いかな?」  
 モジャンボに変身し、無数の触手でダークライの体をなでる。  
「ちょっと強引なのが好きなら、こういうのもあるけど」  
 ラムパルドになって、華奢な体を押し倒した。  
「そうそう、それから……」  
「……っ、いやだ!」  
 
 ラムパルドの頑強な体をダークライの細腕で押し返せるはずもないのだが、確かな拒絶の意志を示された。  
巨体の下でむなしく抗うダークライの心が、HABDには理解できなかった。  
「わからないな。卵がほしいんじゃないの?」  
「卵は……多分できないと思う。でも、こばんだのはそれが理由じゃなくて……」  
 ごにょごにょと小さな声でつぶやくダークライ。  
「何? 聞こえないよ」  
「だから……その、他のポケモンの姿じゃなくて……HABDのままが良い……」  
「ああ、そういうことか。OK」  
 同族の異性よりも、メタモン特有の感触を好むポケモンもいた。  
勝手に動く粘液。自慰の道具。卵を生産する装置。そんな扱いをされることも少なくはない。  
そのことに特に不満はない。自分も相手のことを遺伝情報としか見ていないのだから。  
 
 まあ良い。どんな姿にしろ、する行為には変わりない。  
仰向けになったダークライの体の上をぬるぬると這い回る。  
「……んっ」  
 すらりと伸びた二本の脚。すぐに肝心な場所には触れず、太ももをゆっくりと移動する。  
「ふ、う……ッ」  
 ダークライの嬌声とは反対に、HABDは冷めた気持ちで愛撫を繰り返した。  
(しょせんは……)  
「あ、っ、ひぅ……!」  
(同じなんだよね)  
 
 ぴくりと跳ねる細い脚も、熱を帯びていく肌も、HABDには何の興奮も与えなかった。  
 
(ああ、同じ。同じだ)  
 
 HABDの前では全てが同じだった。リザードンもコラッタもイワークもポッチャマも  
リリーラもミニリュウもザングースもノズパスもケイコウオもカビゴンもケンタロスも  
ニドキングもツボツボもガーディもママンボウもダンゴロもナゲキもゴビットも……。  
 
(動く粘液に、欲望を刺激されてるだけなんだ)  
 
 ダークライの右手が伸びてきた。胸の上を這っていたHABDの体に黒い指先が置かれる。  
「ん、……ふっ」  
 戸惑うような、おずおずとした少しぎこちない手つき。  
ちゅぷちゅぷと淫靡な音を立てて、HABDの体がダークライの胸部に擦りつけられる。  
(ローション代わりにされるのは慣れてるけどね)  
「気持ち……良い……か?」  
(何で疑問形なのさ)  
 
「はぁ……ん、んむ……」  
「!?」  
 
 突然のことに、思わずHABDの全身が激しく波打つ。  
 
「な、何するのさ!?」  
 ダークライの口で軽く体を吸われ、熱い舌で舐められた。  
「あ……す、すまない。良く……なかったか?」  
「あんなことされたの初めてだよ! 君が何考えてるのかわからないよ!」  
「私は、その……こういうことはよく知らないんだが……」  
「それは見てればわかるよ!」  
「うう……。だから……教えてくれ。お前を喜ばせるには、私はどうすれば良い?」  
 
 しばらく言葉の意味を飲み込めなかった。  
 
 これまで数えきれないほどのポケモンと交わってきた。顔も思い出せないほどに。  
時には望まれ、時にはこちらから強引に快楽を与え続けてきた。  
それでも。  
 
「君は本当に変わってるね」  
 胸の上をずるりと移動した。  
「ひうっ!?」  
 
 メタモンと快楽を分かち合おうとしたのは、今までただ一匹もいなかった。  
 
「それじゃあ……、さっきみたいに舌でしてくれるかな?」  
「ん……わかった」  
 ダークライは言われた通りに小さな口を開けた。赤い舌と共に熱っぽい吐息がこぼれる。  
HABDの体に舌が押しつけられ、ぺろりと舐め上げられた。  
「っ!」  
 ぞくぞくとした刺激が走る。今まで感じたことのない感覚と、感情。  
さらなる快感を求めて、ダークライの口内に柔らかな体をぬるりと侵入させる。  
空色をしたダークライの目が驚きで見開かれたが、すぐに温かな口腔でHABDを受け入れた。  
たどたどしい舌使いで一生懸命に吸い上げ、舐めてくる。  
 
 こちらばかり奉仕してもらっては悪い。  
HABDの体の一部がダークライの首筋から胸を伝わり、  
腰、そして秘所を目指してねっとりと滴り落ちていく。  
 
 そこにはメスの性器と、やや小振りなオスの性器が隠されていた。  
 
「へえ……こんな風になってるんだ」  
 細長い男根に絡みつく。ダークライがびくりと身震いしたのがわかった。  
「大丈夫、心配しないで。優しくするから、ね?」  
 相手にこんな言葉をかけるのは初めてだ。自分でもガラではないと思うのだが。  
 
 メスの孔からこぽりと滴る粘液が、HABDにまとわりつく。  
奥まで入ることはせずに、入口付近に体を強く押しつけ擦りつける。  
「ふ、うう……!」  
 HABDが往復するたびにダークライから愛液がわき出し、動きをより滑らかにしていく。  
 
「ひっ、や、やぁ……やだぁ……」  
 逃げようとするダークライの腰を触手のように伸ばした体で引き寄せる。  
「膝が、がくがくして……こんな……、初め……んんっ! や、怖……い」  
 ダークライはHABDの体にすがりつこうとするが、元から弾力があるうえに  
今はさらにぬめっているため、ちゃんとつかめずにいる。  
「……」  
 HABDは黙ってダークライの右手を自分の体で包み込んだ。  
「あ、ふ……。ありがとう、優しい……な」  
「ぼくは……」  
 優しくなんてない。そういう風に感じるのは、誰かがHABDを変えたからだ。  
 
「ねえ、入るよ」  
 すでに充分すぎるほどに愛液で濡れたメスの部分は、抵抗らしい抵抗もなく  
HABDの侵入を受け入れた。招き入れたと表現しても良いほどすんなりと。  
「ひっ! ああ……!」  
 硬いオスの性器で突き上げる代りに、柔らかな体でダークライの内部を満たしていく。  
痛みはほとんどないはずだ。激しさはないが、ゆっくりと快感のツボをさぐりあて重点的にそこを責め立てる。  
 
「やだぁっ、ひううっ!! 一番感じるところ、ばっか、りっ……ひゃうっ!!」  
 相手の甘い声をもっと聞きたいと思う。  
ダークライの中がびゅくびゅくと収縮し始めた。  
(そろそろ限界かな)  
「は……う……っ、あ……あああぁっ!!」  
 ダークライの体内で、HABDは絶頂の声を聞いた。  
 
「ふう……、ふ……っ」  
 木の幹にすがりつき、腰を突き出した体勢のダークライ。  
細い脚と脚の間から、紫色の恋人を滴らせている。  
「んんっ!」  
 ずりゅりと生々しい音と共に、HABDが中から出てきた。  
HABDが体を全て引き抜くと同時に、ダークライの体が崩れ落ちる。  
「大丈夫?」  
「ん……、平気、だ」  
 白い髪が乱れて、汗ばんだ肌に貼りついている。  
ダークライのオスの部分から飛び散った白濁の液が黒い体を汚していた。  
白と黒のコントラスト。行為の後の艶めかしい痕跡。  
 
「……その、ごめん。卵は……」  
 ダークライの体内で生殖に関する遺伝情報をずっと探していたのだが、  
卵を作るのは無理だということがわかっただけだった。  
 コイルやギアルのような、到底生物とは思えないようなポケモンとも卵が作れるメタモンだが、  
ダークライの場合はある意味彼らよりずっと生物からかけ離れているようだ。  
 暗闇。悪夢。新月の夜。そんなものがポケモンの形となったような存在。  
メタモンの能力をもってしても、実態のないものを孕ませることなどできるわけがなかった。  
 
「気にしないで良い」  
「……怒らないの? あんなことしたのに、結局できなかったんだよ、卵」  
「ほしいことにはほしいが……。好きな相手と繋がるだけで、私は充分幸せだから」  
 思わず顔を背けてしまう。  
「HABD?」  
「やめてよね! 好きとかそんなこと言われるの、慣れてないんだから」  
 
 自分は卵を作るためのポケモンで、能力を遺伝させるためだけのポケモンで、  
主人から可愛がられるわけでもなく、手持ちとして一緒に出歩くこともなく、  
バトルに出されることもなく、ボックスと育て屋と夜の森を行き来するだけのポケモンで。  
 
 トレーナーにとってはただの便利な道具でしかなくて。  
 
「好きだよ、HABD」  
「ぼくは……」  
 誰かに誰かに思われる存在なんかじゃない。  
「私はHABDのことが好きだ。大切に思っている」  
 黒い手で抱きかかえられ、柔らかく温かな胸にふわりと包まれる。  
「やめてってば! 優しくなんてしないでよ! ぼくはそんな……」  
 
 そんな風にしてもらえるような存在じゃないんだから。  
 
「初めて会った日、私の手を取ってくれて嬉しかった」  
「あれは……、違う。ぼくはそんな良い奴じゃないんだ。酷い奴なんだよ……」  
「今でもか?」  
 
「……わからない。でも、そうだね。前よりは少し変われた……と思う」  
 
 君に会えたから。  
 
おしまい  
 
 

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