「あ、ん、……」  
ピチャピチャという水音が静寂な空間をひどく淫らなものにしていた。  
それでもミナキは手を休めることなく、自らの秘部を刺激し続ける。  
籠り続ける熱はすでに行き場をなくしていた。  
「マツバ、あぁ……」  
そして彼女は想い人の名を呼ぶ。  
今まさに彼女はその男の家にいるが、家の主の姿はない。  
地元の名家の息子であるマツバは古都のジムリーダーも兼ねており、ただいま仕事中だ。初めはほんの悪戯心に過ぎなかった。  
通された部屋の椅子に、マツバの上着が掛けられていたのである。  
その内にマツバが仕事で家を留守にすると、ミナキは思わずそれを手に取り抱きしめた。そしていっぱいに匂いを吸い込む。  
 
(マツバの匂いだ……)  
 
うっとりと目を細めた。幼いころよりミナキはマツバが好きだった。  
男勝りな自分に他の女子のように扱ってくれる彼に悪態を吐いてはいたが、それは照れ臭かったのである。  
幼いころは大人の柵にもとらわれることなく一緒にいられた。  
しかし、成長するに連れ分かってきたことがある。マツバもいずれ嫁を娶らなければならなくなる。  
このご時世、必ず結婚しなければならないという風潮ではないが、しかしマツバの家柄と、伝統が色濃く残る土地柄を考えると、それはミナキには必然のことに思えた。  
また長らくマツバの傍に居て分かったこともある。  
マツバは特定の女を作るということをしなかった。  
それがどういう意図によるものかは知らない。  
季節が変わるように、マツバの傍らにいる女性も変わっていく。  
季節が変わるまでもたないこともしばしばだった。  
しかしその女達が決まって自らとは正反対のたおやかな女性であるというのも、ミナキを足踏みさせた。  
叶わない想いはどこかに捨ててしまおうかとも思ったが、何分捨て場所も見つからない。  
また尚更思いを鎮めようとするほど、逆にそれは浮かび上がり、ミナキを苦しくさせた。  
そして今も苦しいままだ。  
 
(このくらいのことは、許されるだろうか……)  
 
そして思わず下肢に手を伸ばしたのである。  
 
ぞわぞわと背中を撫でられるような感覚に思わず大きく声を上げてしまう。  
「あ、あ、マツバ……まつばぁ」  
 
(もしわたしとマツバが恋仲になったらどうだろう。マツバはどんな声でわたしを呼び、どのようにわたしに触れるのだろう)  
そんな想像をしながら、「すきだ……マツバ」と呟いた。  
 
「呼んだ?」  
返事が返ってくるはずはないのに、今はいないはずの人間の声が響いた。  
さぁっと血の気が引く。  
気配をまったく感じなかった。いつから居たんだ。  
「あの、マツ」  
「ミナキくん、なかなかいい趣味をしてるじゃないか」  
冷たい声はいっさいの言い訳を許さないというようにミナキを突き放す。  
ミナキは今の自分の格好を見た。  
ボタンが外され大きくはだけたブラウス。  
中途半端に脱いだタイツをそのままに、あそこをいじりながら寝そべってひとり遊びに耽っていたのだ。  
しかもマツバの羽織を抱きながらである。  
言い訳の言葉もない。  
「帰ってきて驚いたよ。まさかキミがこんなことをしているとはね」  
ミナキは激しく後悔したが今更そんなもの何の役にもたちはしない。  
終わった、と思った。  
涙がすぐにでも溢れそうだった。  
しかしそれを何とか堪えて、「見苦しいところを見せてしまった」と言った。  
その声は籠っていて、マツバには聞こえないかも知れなかった。  
居た堪れない。  
早くここから立ち去らなければ。慌てて服を整えようとすると手首をがっしりと掴まれた。  
「帰るのかい?」  
その顔は笑ってはいたが、少しも温かみを感じられない。  
「やだ……放して」  
ミナキは恐怖に首を振るばかりである。  
「キミがボクのことを好いているのは分かっていたよ。ずっと前からね」  
ずっと前。  
それはいつからだろうか。  
幼少のころよりの付き合いであるから、まさかとは思うが、ミナキの慕情を承知の上で、他の女を侍らせているのを、ミナキに見せつけたのだろうか。  
 
そうなると、いよいよマツバは自分が嫌いなのだと、いうことになる。  
ミナキが何も言えないでいるとマツバはミナキの気持ちを見透かしたようにそうだよといった。  
 
「キミがボクのことを好きなのを承知の上で、ボクはキミ以外の女の子と付き合っていたんだ。  
キミに見せてあげたかったからね。  
あのときなんか、おもしろかったなあ。  
丁度二人がボクの家で鉢合わせをして。  
キミは泣きそうな顔なのに笑いながら去って行ったね。  
あれほど面白いことはなかったよ。  
あの時はとても楽しかったな」  
いつもの穏やかな声を崩さないままに語るマツバにとうとうミナキは泣きだしてしまった。  
 
抑えていた分、一度楔が外されると、止まってはくれなかった。  
「うぇ、えっぐ……」  
「可愛そうなミナキくん、ボクで良ければ慰めてあげるよ」  
そうして口元に微笑をたたえたまま、マツバはミナキに覆いかぶさった。  
 
「ずいぶんと大きいんだね、ミナキくんの胸は」  
マツバの愛憮はいたわりの欠片もなかった。力任せに胸を揉まれ、痛みに顔が歪む。  
「マツバ、やだっ…、痛いっ」  
ミナキの訴えを無視してマツバは更に力を込める。  
「もぅ……やだぁ」  
もちろん、布団に運ばれるはずもなく、背中には畳の感触がある。肌に直接のその感触は心地よいとは言えない。  
「どうして?ずっとこうされたかったんだろ。  
キミのことは聡明な女性だと思っていたんだけど、所詮キミも女だったんだね」  
咎めるような声に思わず顔を背ける。  
「まぁ、キミがあんまりにも惨めなのもどうかと思うから少しくらいは気持ちよくしてあげる」  
そう言うと、胸の頂きを噛んだ。甘噛みではなかった。  
快感ではなく、苦痛しかもたらさない。  
「もぅ、いやだ……」  
ミナキはあまりのことにどうしていいか分からない。  
やはりあの時に逃げていれば良かったのだ。  
そうすれば少なくとも友を失くすだけで済んだ。  
このような屈辱が与えられることもなかったのである。  
しかしそれは紛れもなく自分がもたらしたことであった。  
いつものように、伝説に思いを馳せながら、菓子をつまみつつ、縁側で話を交わすだけだったならば、マツバもこのような凶行には走らなかったのだろう。  
ミナキはマツバの身体を押し返そうとするが、力で敵うはずもない。  
それでもミナキは懇願した。  
「もう、充分だろう。もう充分わたしを辱めたじゃないか。  
もうマツバの家も訪ねない。キミに顔も見せない。もちろんスイクンのことでマツバを頼ったりもしない。だからゆるして……」  
マツバは一旦身体を起こし、思案するように首を傾けた。  
「ふうん、そう、ミナキくんはボクから消えてくれるの」  
ふふふとおかしくて堪らないをの抑えるような声だった。  
「それは無理な相談だね。  
まあ一通りのことが済んだらまた考え直してあげる」  
ミナキの蒼白になる顔を見詰めてマツバはまた微笑んだ。  
「やっぱりキミは馬鹿なのかな。  
だって未だ自分の立場を理解していないんだもの」  
 
無理やりに指をねじ込まれる。  
ことを急くようで欲を満たす道具としか見られていないことをミナキに突き付ける。  
(そうか。  
マツバはわたしのことを何とも思っていなかったばかりではなく。  
なんて馬鹿なやつだと笑っていたのかも知れんな)  
下肢の痛みだけでなく心も痛みを訴えて、胸が塞がる。  
「ミナキくん、随分綺麗な色をしているね。  
薄い桃色だ。  
ひょっとしてボクが初めて?まあそんなことどうでもいいけどね。」  
ミナキの声などすでに聞こえていないのか、マツバはもう一本指を増やそうとする。  
「あれ、入らないな。一人でよく悪戯してそうだから入ってもよさそうなものだけれど」  
マツバは大層面倒そうに仕方ないと言った。  
「ほぐしてあげるよミナキくん。今度は優しくね」  
 
そういって胸を撫でられる。その言葉通り、今度は柔らかな手つきだった。  
突起も軽く摘む程度で、頭にもやが掛かり始める。  
しかしそれもこれから行おうとする行為の為でしかない。  
そう頭では分かっているというのに、ミナキはそれを嬉しいと思わずにはおれなかった。  
恋人のまねごとをしているようで、心臓が高鳴ってしまう。  
先ほどの仕打ちも忘れ、ミナキはマツバにしがみ付いた。  
「マツバ……」  
思わず名前を呼んだが、マツバの手は休まることはない。  
もちろん口を吸うこともない。  
それでもミナキは身体を震えさせる。  
細い腰に手が這うだけでミナキには刺激が強すぎるのだ。  
こんな状況であるのに、もともと湿っていたところが、更に蜜を溢れさせるのを感じていた。  
「感じてるの?本当に浅ましいね。ああ、そろそろ大丈夫かな」  
そういうともう一度指を入れられた。先ほどとは違い、一本、二本は易々と呑み込んでいく。  
「ミナキくん、入ってるよ。これなら少しきついかもしれないけれど大丈夫かな」  
その言葉にミナキは瞠目する。ちらりとマツバの欲望を確かめる。  
大きい。  
絶対に入らない。  
しかし駄目だといっても無理やりねじ込まれてしまうだろう。  
そう考えると、もう抵抗するのを諦めてしまった。  
 
「もう、好きにすればいいさ」  
 
「へぇ……見かけによらないね。ミナキくんは生娘なんだ」  
溢れる血を指で取りながら笑った。  
「やだ、さけるぅ……」  
「前の人より少し量が多いかもしれないね」  
痛みに顔を歪ませるミナキにマツバは囁く。  
「ダメ、動かさないで……」  
明らかにミナキの容量を超えていた。  
ギチギチと大きく広がされただけでも精いっぱいなのに、これ以上動かされてはただでは済まない。  
「大丈夫、心配しなくていいよ。  
キミに経験がなくても、ボクはそういうのに通じているから。  
何も心配はいらない」  
マツバはミナキの意志を無視して腰を打ちつける。  
破瓜のものではない血も混じり始めた。  
激しい動きに気をやりそうになるが、マツバはそれを許さない。  
「駄目だよ」  
気絶しないように思い切り顔を叩かれた。  
それにミナキは絶句する。心のどこかでミナキはまだマツバを信じていたのである。  
「キミはボクのものだ。それをよく分かってもらわないとね」  
慈悲のかけらすらない仕打ちだ。  
「ああキミの腰は柳みたいにしなやかで細いね。  
抱きやすくて助かるよ」  
そんな好き勝手な言葉を吐き続けながら結局好きなだけマツバはミナキを弄び続けた。  
 
好きなだけ貪られて、ミナキは放置された。  
もちろん服も整えられることはない。  
マツバは部屋から出て行ったらしい。  
ミナキは声を上げて泣いた。  
いつか純潔を捧げるならば、マツバにと思っていた。  
それでもこんな風に身体だけをつなげたかったのではない。  
情事の最中、マツバはミナキを見てはくれなかった。  
何か別のものに支配されているようだった。  
いまだ足にはマツバの精が流れ落ちてくる。  
身体がだるい。  
もう何もする気にもなれない。  
もしかしたらもう自分は用済みだからこの家から追い出されるかもしれない。  
しかしそれまではここに居てもいいはずだ。  
ミナキとしても早く立ち去りたいが身体が動かぬのだからどうしようもない。  
視界の端には、初めミナキが抱きしめていたマツバの羽織があった。  
 
「マツバ……」  
 
何故かミナキはまたそれを抱きしめて眠った。  
涙で湿ったそれからはもう彼の匂いは消え失せていた。  
 
 
 

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