晩夏の森の昼下がり。  
植物ポケモンにとっては最も過ごしやすい季節が終わりをつげようとしている中、  
そのようなことを全く意に介さないチュリネが一匹…  
 
「…ずっと…寒い洞穴の中にいて…大丈夫なの…?」  
「なーに、ちょっとくらい大丈夫ですよ!  
こうやってメノコちゃんと話が出来るだけで…へくしっ!」  
「……………」  
「………ん…だいじょばないかも…」  
「…無理しない方がいいよ……」  
多少の無理をしてでも、こうして私に遭いに来てくれているのは嬉しい。  
だが、この狭く暗く氷に覆われた私の棲処に入り浸りでは、流石に草タイプである彼女の体の方が心配になってくる。  
「んー…身体を温めるには、やっぱりこの方が良いよね」  
そんなユキメノコの心配を余所に、氷のような身体にピトッとその身を寄せるチュリネ。  
やれやれ、またか。  
この娘は何時も行動が大胆な割に、何を考えているのかがよく解らないことがある。特性マイペースのなせる技なのか…  
とりあえず自らも腰掛け、寄り添う小さな身体に手を回す。  
 
「…ん……ねえ…」  
「………?」  
「あたま……ナデナデして…」  
「…………」  
黙って彼女の望み通り、回した手を頭に、そして葉っぱの付け根から撫でおろすようにさすってやる。  
目を閉じ、全身をユキメノコに委ねるチュリネ。  
 
 
冷たい手で頭を撫でられる暖かい感覚に包まれながら、チュリネは考える。  
ここの所、メノコちゃんはずいぶん素直になってきた。  
前はあたしが話を振っても、余り会話は長続きしなかったものだが、今は言葉のキャッチボールができるくらいにはお話してくれる。  
この調子でいけば、洞穴の外に出られるようになるのも、もうすぐかも…  
外に出たら、案内してあげたいところがいっぱいある。  
木の実の生い茂る森、そよ風の吹き続ける草原に、この洞穴のある小高い山。  
それから、チュリネ自身がまだ行ったことのない山の向こう側…いつかメノコちゃんと一緒に行ってみるんだ―  
 
 
そんなことを考えながら、二匹は文字通り時間すら忘れて過ごした。  
 
 
 
あの後、チュリネは「また来るね!」と言って帰っていった。  
 
以前はただ一匹で居ることに苦も無かったのに。  
ただ一匹誰も寄り付かないこの洞穴の中でしていた事は、最愛の人の下にいた頃の回想と―  
 
『ごめん……もう傍に置いてけない…』  
 
『お前さんは悪くないよ…』  
 
 
そして彼女に切り捨てられてからの―  
 
『お前、俺のところで可愛がってやる。来い…』  
 
『ハン…アンタ、ゴーストにしちゃ獰猛過ぎる…こんなフリフリなナリしてさ』  
 
 
そこまで思いをやっても―  
 
『ね、笑おうメノコちゃん!こんなにカワイイのに、もったいないよ!』  
 
 
不意にチュリネの顔が浮かんでしまう。  
 
そもそも、ここに篭るようにした理由は、過去を想い返し、二度と誰かに害なす事の無きよう、  
そういう自戒の念からであった筈なのに…  
勿論、あの娘には過去にしてきた事は洗いざらい話した。  
今までどれくらいのポケモンを、欲望のままに襲い、吸い殺してきたか、  
そのせいで、私に関わる者、そして私自身を如何に傷つけてきたか。  
そしてこのまま関わっていれば、チュリネ自身が不幸な目に遭うかもわからない事、常々口にしてきた筈だ。  
事実、最初は彼女自身にも乱暴をしてしまったたのに…  
だがしかし、あの娘はそんな私の身の上話にも、真摯に耳を傾けてくれた。  
そして話を聞いた後も尚、私の為に、毎度短い手に木の実を沢山抱えて来てくれる。  
寒いのもものともせずに天真爛漫に笑顔を振りまいて、隣で寄り添っていてくれるチュリネちゃん…  
 
当初と違い、チュリネの存在がユキメノコの中で確実に大きな比重を占めるようになっている。  
確か、彼女は前回6日振りの来訪だったと言っていた。  
それでも、待っている間の時の流れは永劫のように感じられたものだ。  
次にあの娘が来るのは何時になるのだろうか。それまで私はどの位待っていれば良いのか…  
 
―もっと、いや、ずっとあの娘と一緒に居たい。  
洞穴の中で他にすることのない今のユキメノコは、それだけを想い過ごすことが多くなっていった。  
 
 
 
 
そして―  
「あ…あの、ユキメノコちゃん?」  
とうとうやって来た。  
高まる期待と興奮を抑え、何時も通り氷で出来た壁を取り払おうと立ち上がる。  
 
しかし、何かが違う。  
壁の向こう側に映る影、明らかにチュリネのものではない。  
「も…もしもし?」  
すっかり聞き慣れた声も、そこはかとない艶を含んでいるように思う。  
…妙だ。  
 
「………どういうことなの?」  
「ええ、っとね…こういうこと!」  
 
壁の向こうで何かが舞ったのが見えた。  
途端に甲高い音を上げて、氷壁が木っ端微塵に砕け散る。  
 
「……………………………!!??」  
ほんのり甘い香りが氷面皮の下まで漂う。  
「へへ…ゴメンね♪驚かせちゃって」  
そう言って彼女は…彼女は―  
 
「2週間振り…だね。会いたかったよお!」  
信じられない速さでユキメノコに飛びつく。背中に腕をまわし、ぎゅっ…と抱き締めてくる。  
チュリネの体格では、抱きついてくるのが精一杯だったはず。訳も分からず立ち尽くす。  
「……………………何が…っ」  
どうなってるの…と続けようとするも、抱き締められているので、そこまで声が出かからない。  
「…あっ、ごめんごめん!」  
おもむろに身体が離れる。ユキメノコが目をやると、頭に大きな花飾りの咲いた、  
見たことのないポケモンがこちらを見つめ、お辞儀をした。  
 
 
 
「お久しぶりメノコちゃん!チュリネ改め…ドレディアです!!」  
 
そこから呆然としていたユキメノコは気がつくと、チュリネ改めドレディアに引っ張られるようにして洞穴から連れ出されていた。  
 
久々に見上げる太陽が目を灼く。暗がりの中で、薄緑色のチュリネと彼女の持ってきてくれた色とりどりの木の実を除けば、  
殆どモノクロの世界で暮らしてきたユキメノコにとっては、眼前に広がる森の深緑でも少々眩し過ぎるように思える。  
だが、もっと眩しいのは、細く長い手を引っ張ってくれる緑の手の持ち主、その笑顔―  
「メノコちゃんも、甘いのが好きだったよね。はい、きーのみっ!」  
ドレディアに渡されるままに、キーのみを一口、小さく齧ってみる。口の中に広がる微かな甘味。何だか落ち着くような味だ。  
「ん〜やっぱりこう、採れたては違うよね!」  
「………うん…」  
「もっと甘いのがいいかな?案内するよ!!」  
「……それじゃ、お願い…してもいい?」  
 
この後、二匹で色々なところを歩いて回った。  
 
「うん。メノコちゃんのところに行ってない間ずっと、たいようのいしを探してたの。」  
小川の水のせせらぎに口を付け、二匹ですする。  
「…そう」  
「わたしだって、それなりに頑張ったんだよ!もっとも、進化したら群れから出ていかなくちゃならないけど、  
メノコちゃんと一緒になれるならどうってことありません」  
少しだけ頬を染めつつ、胸を張るドレディア。  
「………ありがとう…」  
 
良かった。やっと、ユキメノコちゃんの自然な笑顔が見れた。  
チュリネからの進化は大分前から考えていたサプライズだっただけに、その成功をこうして実感できる今は最高に幸せだ。  
 
小川を後にし、川沿いの小高い山道を登っていくと、間もなく山頂が見えてきた。  
数本の木が生えているだけの、何もないところだが、森の中とはまた違う空気を湛える、  
ドレディアの昔からのお気に入りの場所でもある。  
陽の光を浴びるため大きく背伸びをすると、木陰で休むユキメノコの前で、花びらを散らす。  
「ほらメノコちゃん、見て見て!」  
ドレディアの、はなびらのまい。その身を回転させながら神秘的な舞いを軽やかに踊り、別の舞いへと繋げる。  
時には蝶のように、時にはフラフラと舞う。転換する度に花びらが溢れ、微かに甘い香りが漂う。  
ユキメノコのための独演会が暫し行われた。  
一心に舞い続けるドレディアを前に、歩き疲れた体を休めながら、ユキメノコは洞穴を出てからをもう一度思い起こす。  
ここまで来るのに、野生のポケモンを幾度となく目にしてきた。  
だが誘惑し、襲ってやろうなどという考えは毛ほども思い浮かばなかった。  
今までの行いを思い返すと、未だに夢見心地で、まるで魔法か何かにかかっているように感じる。  
これも、ドレディアが側にいてくれるからなのか。こうして激しくも神秘的な踊りも、見ているだけで心洗われる。  
 
 
やがて粗方体力も尽きると、踊りを止めたドレディアはユキメノコの隣にぺたんと座り込む。  
そして、日差し和らぐ木陰の下で、二匹は昼寝についた。  
 
 

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