―小春日和の森の中。
メブキジカの角は若葉に被われ始め、多くの草ポケモンや虫ポケモンがカップルを作り、卵を育て始める季節。
チュリネの群れも例に漏れず、各々が他種族の♂をゲットしようと、ここのところ連日森中を駆け回り、
ロゼリアと、ラフレシアと、ナエトルと、エルフーンと、その他ありとあらゆる草ポケモンと結ばれようと
奮闘している。のだが…
「アンタ、どうすんのマジで」「何か男を引っかけようとか、そういう気ゼロよね」「そんな色気で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない!」
語尾に(キリッ!を付けて答えるチュリネがいた。
「あたしだって、好きな相手くらいいるもん!三日にいっぺんぐらいは遊びに行ったりしてるもん!」
「そういやそうだけど…でもさ、アンタ一体どこまでいってるん?
森の外れの方なんて、それこそ荒地に山に、何か訳わかんない洞穴しかないじゃん」
「洞穴?何あなた、まさかあなたの彼って…ナットレイ?」「刺付き触手相手とか、ウケルんですけど〜」
「ちがうちがうちがーう!!!あたしは彼氏なんか居なくて―」
それ以上言いかけて口をつぐむ。
「ほ〜れ見ろ!やっぱしパチじゃん!!」「見栄張って自爆してんのーマジウケル〜」
「…じゃっ!そろそろ行くから!待たせちゃうと悪いし!!」
それだけ言うと、彼女はぴょこぴょこと森の外れに向かって駆け出していった。
仲間たちには十中八九「アイツ最近変じゃね?」と思われているだろうが、
このチュリネにとって、そんなことは大した問題ではない。
むしろ、“彼女”の居場所が割れるかも、という問題の方が重要だ。
―だって、すんごい神経質で人見知りで、あたし以外の誰とも会おうとしないんだもん。
もし、あたしが他のポケモンを呼び込んだりして刺激しちゃったら…下手をすればもう会ってくれなくなるかも…
もしそうなったら、このヒンヤリとした感覚も二度と―
いや、やめよう。
狭く曲がりくねった洞穴の中を慣れた様子で駆けつづけたチュリネがようやく歩みを止める。
今あたしたちの間にあるのは分厚い氷の壁、たった一枚だけだ。
普通の草ポケモンならば恐怖で凍りついてしまうであろう、霊気と冷気が辺りを包む。
だが、その中で震えるチュリネは胸を高鳴らせ、顔も仄かに上気させている。
彼女に会えるのは丸三日ぶりかな。
大きく息を吸い込むと、チュリネは叫んだ。
「おーい!ゆーきめーな…めに…ケホッめーのこちゃーん!!!」
「……舌噛んだ…?」
「え、あはははは!ゴメンねメノコちゃん!」
「…謝らなくていい」
氷壁が消え去り、真っ白なポケモンが姿を見せる。
その姿が見えるやいなやチュリネは彼女の腕の中に飛び込んでいった。
「…重い」
出迎えるユキメノコがぼやく。一応二匹は頭のはっぱを含んでもなお、倍以上の体格差があるのだが…
「あ〜いたかったよ〜!」
チュリネは彼女の氷面皮に霰のごとくキスを浴びせる。照れくさそうに
「………そう」
とだけ呟くユキメノコ。
「群れのみんながさぁ、うっとうしいのなんのって…」
「……そう」
「あのね、ここに来るときにたまたまオボンの木があったから、木の実採って来ちゃった」
「…そう」
「えっと、嫌いだった?もっと甘いのが良かった、かな?」
「…別に」
今でこそ(ほぼ一方的だが)とりとめのない会話くらいはするようになったが、
最初に会ったときのユキメノコはそれこそ終始無言だった。
チュリネが押しかけるようになる前はどこかのトレーナーの下で暮らしていたということだが、
本人曰く今のような暮らしをするようになっていったのは、そのトレーナーと別れてからだという話だ。
それがある猛吹雪の日に「寒いの上等!草タイプ?何それ」と調子に乗って出かけていったチュリネが
死にかけていたところを、気まぐれで外出していた彼女が気まぐれで助けたのが二匹の出会いだ。
「ねえ、何で外に出ようとしないの?ねぇ?」
チュリネはこれを度々話題にする。
「…何度も言ってる。ただ怖いだけ…他のポケモンや、人間に会うのが…」
「でも、誰も来ない場所だってあるにはあるよ。たとえば、この山の頂上のあたりなんだけどさ。
陽の当たりも最高だし何より空気が違うの!それに、夕方には下に見える森と夕日がめちゃくちゃきれいでね、
一度見たら絶対出ていって良かったーって思うようになるよ!ねえ!ちょっとだけでもいいからさ、外行こうよ!
好きな木の実だってとり放題だよ!何より、このまま一生穴の中じゃもったいないよ」
「……………でも…」
「でも?」
「ダメ…私なんかがが他の…ポケモンや人間に会ったら…今度こそ本当に…自分を抑えられない…」
「もう…またそんなん言って」
訳のわからないことを言うが、これがチュリネの何回も聞いた返答だ。
でも、単に「俺の、俺の邪気眼があぁ!」的なアイタタタな話ではなく、その辺りは複雑な事情があったそうな。
たまに当時のことを話す彼女は一瞬寂しそうな横顔を見せるが、すぐにいつもの無表情に戻る。
「大丈夫!あたしがついてるから。こう見えても強いぞーあたしメノコちゃんなんてがっつり止めちゃうぞー」
「………あなた、草。私氷…」
「大丈夫!タイプなんてかんけーないっ!」
そう言うと、ユキメノコの華奢な身体にくっついていく。
一瞬ゾクッっと寒気が広がり、その後じんわりと彼女の暖かみがチュリネの体を包みこんでくる。
「ね…平気…何時間でもこうしてられる…」
ユキメノコの赤い帯に頬をピッタリとくっつけ、小声で呟く。
「………!」
マイペースなチュリネ。甘えていくときは何時も不意打ちだ。慌てて突き放そうとするユキメノコだが、
「ん…こら、離れない!」
いつのまにやら伸ばした蔓を自分と彼女に巻きつける。くさむすびだ。
「…わかった?」
チュリネの甘い囁き。
「………わかった…」
彼女の返答が返ってくる
ふっふっふ…諦めたかな?そう思ってユキメノコの顔を正面から見つめようと顔を上げると、
「ひ、ひあぁっ!?」
急に目の前が純白に染まったかと思うと、チュリネの全身を刺すような感覚が襲う。効果はバツグンだ!
「う…こおりのいぶき…ずるいよぅ…」
もちろん、巻きつけた蔓はこの程度の反撃では解かないつもりだが…
「そう…でもあなた、言っても分からないじゃない…なら、これはどう?」
ユキメノコが口をすぼめる。ふぅふぅ…と氷の息吹を小出しにして、
自分からくっついてきたチュリネの身体中の急所を至近距離から責め立てる。
「ふぁ…だから、それ反そくあぁっ!?…いやっ…あん!だめだっていってんあぁ…」
「…だったら、離しなさいな…」
声のトーンこそ変わらないが、氷面皮の目の奥はうっすらと笑っているようだ。
「い…嫌ぁ…!」
巻きつける蔓に力がこもる。そうしている間にもこおりのいぶきは頭の葉のつけ根に、頬に、首筋に、
早熟な胸に、そしてひだの内部にまで容赦なく突き刺さる。
彼女に息吹責めをされるのは珍しいことではないが、草タイプのチュリネには毎度毎度耐えようがない。
「ん…いや…ダメぇ…」
「嫌なの…そう」
チュリネに吹きかけられていた息が不意に止まる。
「あ…」
「…何?」
やめろと言ったのは自分だが、本当に止められると少し名残惜しくなる。
わかってて聞いてる、意外と意地悪なメノコちゃん。
「うう…」
「何?」
もう、こんなときばっかり楽しそうにしちゃって…こちとら身体中のあちこちが…その…
「ん…もっと」
止められて緩んだ蔓にまた少し力を入れる。ていうかメノコちゃん、笑ってる…
「ふふ…どっちなの…?嫌なの?それとも…続けて欲しいの?」
「…いじわる」
「どっち?」
「………す」
「聞こえない」
「…お願い、も、もっと…」
「ん?」
まだ焦らすんかい!こうなったらヤケだ。
「お、お願いします!…あ…あたしに…さ、さっきのやつ…こおりのいぶき…
…もっと…もっとして!!もっといっぱいしてください!!!」
ユキメノコの身体に全力で絡みつく。
「……………」
「……お願い…」
チュリネの懇願の後、しばしの沈黙。
「……………」
「…ねぇ…」
「……………」
「……………」
「…い・や・だ♪」
言うなり彼女は、細い腕を伸ばしてチュリネのひだの中に突き入れる。
「や…んんっ!?」
「面白い…氷を受けたのに熱くなってるのね…まるで溶けてるみたい」
冷えきった指がチュリネの大事なところを捉え、繊細な手つきでくちゅ…くちゅ…と弄りまわす。
触れるか触れないかのソフトなタッチで焦らしてくるかと思えば、押し付けるように荒々しい撫で方をしてくる。
すっかり熱くなった部分を氷の手で愛撫され、全身を駆け巡る快感。熱くて冷たくて、頭がぐちゃぐちゃになる。
抜けようとするものの自身の蔓に邪魔をされ、もがくことしか出来ない。
「あんっ…!んん…んあっ!いじわ…るっ…!」
「あまり動けば余計な刺激が…っ!?」
「やどりぎのタネ!」
せめてもの抵抗だ。向こうにばかり好き勝手させてたまるか。
「んん…」
蔓から延びた宿り木がユキメノコの全身に根をのばす。
「へへ…どう?これで形勢逆転―」
言いかけたチュリネの背中に冷たい手が回る。
ユキメノコは大きく息を吸い込むと、チュリネを抱き寄せ思いっきり吹き付ける。
「ふううぅぅぅっ!」
こおりのいぶきの最大パワーだろう。0距離でまともに受けたチュリネは思考まで真っ白に染められる。
あたしの身体が芯まで凍る…はっぱも、頭も、首も、小さなおっぱいも…
それから、一番大事なところまで…メノコちゃんの色に――
「…ふぁ…?」
「………目が覚めた…のね…」
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
気がつくとチュリネは横になっていた。ユキメノコも二匹同時に、抱き合ったままだ。
起き上がろうとすると、蔓が引っかかる。
「………絡まって…取れない…この蔓と……やどり…ぎ…」
息も絶え絶えな様子でユキメノコが言う。
「ん…うわわっ宿り木そのままだった!」
こころなしか、彼女の口調がいつもにも増して重い。それに、目の奥の生気も無くなってる…ような気がする。
どうやらこっちが気を失って寝ている間中、チュリネの放った宿り木に苛まれていたようだ。
慌ててくさむすびの蔓もろとも、すぐに解いてやる。
「ご、ごめんね無理させちゃって!あたしったらまた調子に乗ってこんな…あ、あはははは!」
「……謝らなくていい」
お互いを縛っていた蔓も消え去り、ぐったりと両手を投げ出したユキメノコが呟いた。
「……その代わり…」
横になった状態で、こっちの方に手を伸ばしてくる。チュリネはその手をとり、傍に寄り添う。
「……その代わり…もう少し…このままでいさせて…」
もう一度横になった二匹は、互いの顔が見えるように向かい合う。
やがて、どちらからともなく相手の顔を寄せ、そっとキスをする。
「ん…ちゅ…」
「…んん…」
体力を幾分か吸われたユキメノコはいつもよりは大人しめだ。チュリネが自身の口を氷面皮の
下にある薄く小さな唇に押し付けると、向こうからそっと舌が入れられる。
そうして洞穴の奥、二匹で戯れている間はいつも、時間の経つのが気にもかからない。
仲間たちになんと言われようと、ここにいる間は全てを忘れていられる。
あたしはメノコちゃんと一緒にいられるだけで幸せ――
疲れて眠りに落ちたチュリネに目をやる。
この娘が押しかけるようになってから、どれほど経っただろうか。
ユキメノコにはわからない。最後に陽の光を見たのはいつだったろうか…
この娘と一緒に居る時だけ、昔を思い出さなくて済む。たとえ思い出しても、殆ど気にかかる事はない。
私なんかがこの娘といられるだけでも、幸せ――
頭から生えた手をそっと動かし、すうすうと小さな寝息を立てるチュリネの上にかけると、ユキメノコは眠りに落ちた。