轟、と音を立てて、吹雪が唸る。 
山の斜面は重たい雪に覆われ、視界の中一面に動くものは何一つとして見当たらない。 
――……そう思えたのだが実際には、猛吹雪の中、動く影があった。 
背中に雪を孕む強風を背負い、ぶふお、と重たい呼吸を吐き出す都度茂る髯が揺らぐ。 
雪の守護神、と言われるユキノオーであった。 
雪の様白い毛並みは所々血が滲んで赤く染まり、充血した眼は怒りに燃えていた。 
重たい豪腕を苛立たし気に振るい、胸を大きく膨らませたかと思えば、背中を丸め、ぐわりと開いた口から激しい吹雪を吐き出す。 
先程から鳴り響く不快な虫の羽ばたき音が、彼の神経をこれでもかと言う程逆撫でしていた。 
一面の銀世界に、色鮮やかな緑と、鉛色の光が一瞬瞬き、また白に飲み込まれ消えた。 
仰け反るユキノオーの右肩から張り出した腹部迄が裂け、盛り上がり、爆ぜた傷口から血が噴出する。 
「ぐう」 
忌わし気に顔を顰め、前方へと倒れ伏しそうになるのを懸命に堪える。 
踏み出した重たい右足が分厚い雪を四散させ、ぼた、と重たい血が白を染めぬいた。 
「――……、ちょろちょろと、鬱陶しい虫が…っ!!」 
膝を折り、両手を地面へとついても猶、ユキノオーの眼に宿る闘志と怒りは微塵にも揺らぎはしなかった。 
怒りに喘ぐ歯牙を食いしばり、重たい左手を鈍く持ち上げた。 
太く無骨な指先を中心に雪が螺旋を描き、空気中の水が凍結されて透明の礫が発生する。 
ふっと短く呼気を抜くと同時に、空気を一閃するかの様腕を薙ぎ払う事で、無数の礫が弾丸となって雪に潜むそれに襲い掛かった。 
「!!」 
ひそめた、しかし確かな悲鳴が、前方で上がる。 
続いて雪に倒れこむ鈍い音が響き、ユキノオーの鋭敏な聴覚は、忌わしい羽音が鳴り止んだのを知った。 
ユキノオーは怒りを収めず、巨体を揺らして雪の中を進む。 
「……何のつもりか知らぬが……」 
目的の物を見つけてようやく、ユキノオーは動きを止めた。 
猶も轟々と吹き荒ぶ吹雪が、雪の中横たわるそれを、早くも己の世界へと取り込もうとしていた。 
「身の程知らずの小童が……!儂を此処まで侮辱しておいて、よもや無事で済むとは思っておらぬだろうな」 
怒りに燃えるユキノオーが見下ろすのは、一匹の未だ年若いストライクであった。 
礫に貫かれた翅の付け根が無茶な方向に曲がり、白く透明であった被膜に雪と氷が纏い付いている。 
若葉の様に色鮮やかな緑は青紫の痣が滲み、微かに尖りを帯びた腹部が苦し気に喘いでいた。 
揺らいだ眼がユキノオーを見上げ、何事か紡ごうと口を動かすも、結局は白く凍える息を吐き出すのがやっとであった。 
ぼた、とユキノオーの巨体から血が零れ落ち、己の体へと滴るのが、さも嫌そうに顔を顰める。 
ユキノオーは拳を握り締め、ぐぐ、と重た気に腕を持ち上げた。 
分厚い毛皮の上からでも判る程鍛え上げられた筋肉が不気味に膨れ上がり、拳が鋭く風を切った。 
一度だけ、鈍く翅が戦慄いた。 
 
肉を貫き拉げさせる、重たい音が響いた。 
無慈悲な銀世界でも飲み込みきれぬ、陰惨な音に次ぐ衝撃を覚悟したストライクであったが、その衝撃は何時まで経っても訪れない。 
肉薄していた大きな拳が、否、ユキノオー自体が、目の前から消失していた。 
遠くで針葉樹が圧し折れる破裂音と、積もる雪が降り落ちたのだろう、悲鳴と重たい濁音が聞こえた。 
「――……」 
呆然と空を仰ぐストライクの視界の端に、自然の白銀とは異なる、鉛色に鈍く輝く銀と、燃え盛る赤が入り込む。 
全てを貫く鋭い切っ先は、身間違えようの無い、彼女の物に相違無かった。 
「無礼者が」 
憮然とした声で呟くのは、予想通り彼女…シュバルゴであった。 
吹雪は等しく彼女の体を苛んでいたが、頑強な銀色の鎧はビクともしない。 
重たい黒雲は何時の間にやら霧散し、突き抜ける様な青空と、輝く太陽が見える。 
「婿殿」 
剣呑であった眼を気遣わし気に細め、シュバルゴはユキノオーを突き飛ばした槍をそっと下ろして彼へと差し出した。 
ストライクはそれを一瞥し、自らの鎌を雪地へと突き刺し、震えながら身を起こす。 
「……、何故最近、無茶ばかりするんだ」 
槍の切っ先が少量の雪を跳ね上げ、揺らぐシュバルゴの槍がストライクの周囲で揺れる。 
ストライクの鎌はシュバルゴの槍でも傷つかぬ強固さを持つが、他の部分はそうも行かない。 
外骨格に覆われた緑の被膜はもとより、柔らかい腹部や括れた腰は細心の注意を払って触れぬと傷つけてしまう。 
「婿殿。…婿殿」 
ストライクは、応えない。黙った儘、雪地を踏み締め、危なっかしい足取りで立ち去ろうとする。 
「……、ストライク…」 
溜息混じりに、シュバルゴは呼びかけた。 
「何だよ」 
ようやくにストライクが振り返り、憮然とした口調で応えた。 
「義父様や義兄様から、きつく言い渡されている筈だ。何故一匹でこんな……」 
雪が吹き荒ぶこの山は、青葉が茂る草原とは異なり、ただいるだけでストライクの様な虫ポケモンの身を苛む。 
シュバルゴとて、身を覆う銀色の鎧があってようやく、この地に立っていられる程である。 
また、こう言った雪地には、飢えた天敵も多い。 
ふらりと迷い込んだ虫ポケモンは、彼等のまたとない栄養源となった。 
「たった一匹で、危ない場所に行くな。危ないポケモンに食われる。怖い人間に捕まる……、卵から孵ったばかりの子供ならまだしも」 
苛立たし気にストライクが呟き、雪に鎌を押し付けてこびり付いた血糊を拭った。 
「気に障ったのなら謝る。だが、義父様達は…それに、私も、貴方のことが心配なのだ」 
「何でだ」 
語気を荒げるストライクに臆した様、シュバルゴは押し黙る。 
視線を彷徨わせる彼女を嘲笑うかの様に青年は鼻を鳴らし、短く「俺が弱いからか」と言い捨てた。 
嘲笑っているのは、彼女では無く自分自身…そう言った、自虐的な笑みを浮かべる。 
「弱者を守るのは、お前等一族の習性みたいなもんだからな」 
シュバルゴは虫ポケモンの中では繁殖能力に乏しく、生まれ来る子供の生存率を高めるためか、弱者を、特に牝や子供を守る習性を持つ。 
時に種族すら超越して発揮されるその習性が、幼い頃よりストライクを知る彼女を先程の様な行動に走らせたのは確かであった。 
実際、幾ら虚勢を張ろうとも、彼女がいなければ雪に埋もれていたのはユキノオーでは無くストライクだった筈である。 
それでも、 
「雌に守られて、喜ぶ雄がいると思ってんのか」 
後一歩の所で仕留め切れなかった己の甘さ、不甲斐無さ、交々の感情が混じり、子供染みた八つ当たりだと自覚しながら、ストライクは怒声を発する。 
「ストライク、でも、私は」 
シュバルゴの言葉を舌打で遮り、ストライクは眼を吊り上げる。 
「俺はもう子供じゃ無い。行きたい場所に行きたい時に行くし、やりたい事は誰に何と言われようがやる。……それに」 
歪んだ付け根に逆手の鎌を押し付け、ごきん、と鈍い音と共に強引に嵌め直す。 
ずくずくと残る痛みに顔を顰めながら、翅を震わせ氷を溶かした。 
「ツガイは自分で見つける」 
先程のユキノオーを睨み付けるよりも強い力でシュバルゴを見据えるストライクに、彼女は悲し気に眼を伏せる。 
故に、一瞬揺らいだストライクの眼を、見ることは叶わなかった。 
「……、…だが……私達は…義父様と、私の父様が決めた……許婚だ」 
両者の父親は、一族の族長でもあった。 
他のポケモンに比べ、天敵が圧倒的に多い虫ポケモンの群れで尊ばれるのが、より優秀な遺伝子の証たる強さ、そして強力な繁殖能力である。 
その二つを兼ね備えた群れのトップたる族長の発言力は、何よりも強い。 
それが群れの、繁栄を考えての発言であれば、猶の事であった。 
故に彼女の言葉は、何者にも覆せぬ強い力を持つ筈である。 
だと言うのに、シュバルゴの語気は心許無く、ひたすらに寂し気であった。 
ストライクはもたげかけていた鎌を下ろすと、一層眉間の皺を深めた。 
無言で身を翻し、片足で地面を蹴る。 
一度その身が浮き、羽ばたいてしまえば、飛べる術を持たぬシュバルゴが追いつける筈も無かった。 
「婿殿」 
振り返る筈が無いと知りながらも、悲鳴の様にシュバルゴはその後ろ姿に呼びかける。 
「もう俺をつけまわすのはやめろ」 
ストライクはもう、振り返らなかった。 
 
二匹の出会いは、ストライクが未だ幼い、それこそ卵から孵ったばかりの頃であった。 
その時から既に彼女はシュバルゴであったから、ストライクにとってシュバルゴは相当年上と言うことになる。 
人間の年齢に換算すると、十か、それ近く離れている。 
その頃は既に族長であった父親同士の会合で、幾度か会ったことがあった。 
あの頃は、今の様に険悪では無かった。寧ろ、ストライクはシュバルゴに、よく懐いていたと言える。 
だと言うのに、今の様に険悪な状態になったのは…… 
(未来ある若者が、私の様な年嵩のメスをあてがわれ不満に思わぬ筈が無い) 
シュバルゴは静かに息を吐き出し、血の散った雪を見下ろした。 
彼の後を追おうかどうか迷ったが、あの状態で無茶なことをする程彼は馬鹿では無かったし、飛び去った方向が頂上とは間逆であったので、彼女は諦めて群れに帰る事にした。 
ストライクの能力は、彼女の父親に「是非、我が一族に欲しい」と迄言わしめる程であった。 
ただ、年若く経験が乏しいせいで、有り余る力に逆に振り回されている感がある。 
成長途中の彼の戦いは年長者の彼女からしてみれば何処か歯痒く、しかし戦いの最中時折垣間見える天性のセンスは、強さを何よりも尊ぶ彼女にとっては嫉妬すら覚える程であった。 
ここ数日、確実に実力を身につけ始めている彼のバトルは、今日の様な危うさが未だに残るが、何とも頼もしいものだ。 
彼女が彼を追うのは、確かに弱者を守るシュバルゴの性質でもあったが、それよりも何よりも、そんな彼の成長を、誰より近くで見ていたいと思う、シュバルゴの乙女心からでもあった。 
シュバルゴは、ストライクのことを好ましい雄として捕らえていた。 
流石に当初は、己に珍しくよく懐いてくれる、可愛い他種族の子供程度にしか思っていなかった。 
碌に子供の遊びを知らない彼女は幼い子供に狩を、そして戦いを教えた。 
大地が水を吸い込む様に目覚しい成長を見せる子を眩し気に見遣り、卓越したセンスと秘められた能力に舌を巻きながらも、今思えば随分無茶な特訓もした様に思う。 
それら全てに、健気にも彼は応えた。愛弟子とも言える、彼が誇らしくて堪らなかった。 
彼を好いていた。が、恋愛対象では無かった。努めて、そう見ない様にした。 
幾ら己が能力に恵まれているとは言え、年が上過ぎる。 
ただでさえ、己の種族は多産の傾向に無い。 
それならば幾らか能力は劣っていても、若く、多く卵を産める牝の方が好まれるに決まっていた。 
そうどこか、諦めていたのかも知れない。 
しかし、何の因果か、互いの族長が、二匹にツガう様命じた。 
それを聞いた途端彼女の心は喜びに満たされ、今までどれほどまでに己の内で恋心を押し殺していたのかを知った。しかし、彼は間逆だった様だ。 
目に見えて荒れ、口を開けばどこのボスを倒しただの、屈服させただの、そればかりを話す様になった。 
かつて「お師様」と慕った彼女の手から逃れようと足掻き、時に己に挑みかかってまで、自分が彼女を必要としていないことを必死に証明しようとしていた。 
照れているのだ、自覚を促せばいい、との事で、父と義父の命により「婿殿」と彼を呼び始めてから、一層機嫌が悪くなった。 
彼女が彼を想えば想うほど、彼の心は離れて行くかの様であった。 
「……ストライク」 
嘗ては手に取る様に理解出来ていた彼の心が、今は微塵も見えない。 
年を考えず、色恋に浮かれた心が眼を盲にしてしまったのやも知れなかった。 
 
とぼり、とぼりと道を歩く。 
その気になれば一気に駆け抜けられるのだが、そんな気には無らなかった。 
「――……それにしても、如何したってあんな場所に行く様になったのか」 
暮れなずむ夕日を眺めながら、シュバルゴは小さく呟く。 
棲家たる草原から離れ、川を幾つか、丘を乗り越え、鬱蒼とした森を抜けてようやく先程の山に至る。 
ここ最近熱心に彼が通う雪山は荒涼としており、恵み豊かな森や草原と比べ、魅力的な物に乏しい。 
特に、際立った気候の変化を苦手とする虫ポケモンにとっては、悪条件が重なり過ぎていた。 
「……まさか」 
不意にシュバルゴは立ち止まり、眼を剥く。 
「……想う相手が、いるのか」 
頭の中には、美しい氷を纏うユキメノコや、挑発的な目つきをしたマニューラを侍らせるストライクの姿が浮かんでいる。 
”あんな鋼臭い年増女なんて、嫌よねぇ” 
官能的に凍てつく氷を吐き出しながら、ユキメノコが袖でそっとストライクの体躯を撫ぜる。 
「……むぅ」 
”何かァー重量級(笑)だっしィ。あんなふとましい牝よりさァ、アタイなんかどうさ?” 
爪先で緩くのの字を描くマニューラに、妄想の中とは言えどシュバルゴは激昂し、槍を高々と突き上げた。 
「は、離れろ!くう、氷ポケモンの牝共に、ストライクを取られてなるものか!何がタイプ相性だ、私とてその気になれば…!」 
ぶるぶると切っ先を戦慄かせ、怒声を発する己の滑稽さに不意に気づいたシュバルゴは、静かに肩を落とした。 
馬鹿らしいにも程がある、とは自分でもわかっている。 
わかっているが、どうにもならない。 
シュバルゴは、何度目とも知らぬ溜息を零した。 
 
結局、数日悶々と思い悩んだ末、ストライクの住処を少しだけ覗くことにした。 
考え込むにつれ妄想は悪化し、最終的にはストライクを中心とする雪山ハーレムが脳内で完成してしまっていた。 
あのユキノオーすらもハーレムの末端に位置し、あのバトルは痴話喧嘩、或いはプレイ内容の一つでは無いかと言うおぞましい考えすら浮かんだ。 
そんな馬鹿な話があるか、とは彼女自身も思っているのだが、一旦浮かんでしまうとその映像が中々心にこびりついて離れない。 
逞しい氷ポケモン相手に、どこぞのトレーナーの如く「君に決めた!」と叫び求愛するストライクの姿を想像して、シュバルゴは悩ましい息を零した。 
「――……そんな、ストライク。私と言うものがありながら…!」 
己を振り払った後、何を、否、ナニをしているか知れた物では無い。一旦そう思ってしまうと、もう止まらなかった。 
帰宅さえ、確認出来れば安心出来るから、と言い訳たが、結局は、一目でも彼が見たいがためであった。 
一目だけ、と己に言い聞かせ、草叢の中を慎重に進む。 
ストライク達の縄張りまで、後少しのところまで来ていた。 
少しだけ、少しだけ、と自分に言い聞かせながら、あんなにも重たかった足取りが、一気に軽くなった現金さに、思わず自分で苦笑を零した。 
「シュバルゴ」 
彼女を呼ぶ声に、一瞬眼が期待に輝く。 
しかし、彼女の眼に入り込んだのは、青々とした緑の様な姿では無く、闇夜に輝く黄色の燐光であった。 
途端憮然とし、体の脇に垂らしていた槍を持ち上げ切っ先を向ける。 
「何の用だ、私は今忙しい。お前等チンピラの相手をしている場合では無いのだ、ブラッキー、ライボルト」 
くっく、と顰めた笑い声が、小さく響き渡る。 
草叢を掻き分け、二匹のポケモンが姿を現した。 
「きひ、愛しの婿殿のケツをおっかけるのにかい、ひひっ」 
軋んだ笑い声をライボルトが上げる都度、鬣の周囲で小さな放電が発生し、光を放つ。 
色鮮やかな尾を揺らしながら、彼女の様子を見て「おお、こわいこわい」とライボルトはおどけて見せる。 
「深い悲しみと不安に揺らぐ乙女心が、僕にはわかるよ、シュバルゴ。その闇が、僕を呼んだのだから」 
赤い眼を細め、歌う様にブラッキーが応える。優雅に前足を揃え、柔らかな草地に腰を下ろした。 
彼女の眼を見据えながら、ぺろ、と赤い舌を覗かせて舐る。彼が持つ毒は、彼女にとって何ら脅威にはならぬが、それでも何とも言えぬ薄ら寒さは感じた。 
二匹は、ここらを根城とするポケモンであった。 
つまりは、ストライク一族と縄張りを争う敵勢力の一部である。 
常日頃から虎視眈々と縄張りを広げんとする彼らだが、特にこの季節はその傾向が強い。 
縄張りの強さはつまり力の強さ。より魅力的な牝とつがうため、雄はこの時期になるとより神経を尖らせて縄張りを守り、同時に、積極的に同種族、そして他種族に縄張り確保のためのバトルをしかけていた。 
シュバルゴ自身も、幾度と無く彼らにちょっかいを掛けられたことがある。 
しかしタイプ相性も伴い、今日の様早々積極的に来られることは滅多に無かった。 
募る不信感を隠さず、身構える彼女の反応に、二匹は愉快気に笑った。 
「ひひ、奴さん、今日もまーぁたボロボロで帰って来やがった。どーおっせ、またあの場所に行ってたんだろうよ、ききっ」 
歯牙を剥き出しにしてライボルトは笑う。一瞬シュバルゴの槍先が揺らいだことを、ブラッキーは見逃さなかった。 
「どうして彼があの場所に行くのか、気になるかい?」 
緩々とブラッキーは前足を伸ばし、すっかりと寛いで横臥する。くぁ、と小さな口を開けて欠伸を零した。 
眠た気な眼で、じっと彼女を見詰める。 
「かくさなくてもいい、わかってるんだ。だって僕は君、君は僕。重なり合う僕等は同じ……解ってるさ、君の気持ち」 
「………、戯言を言うな。貴様等の様な悪漢に、把握される程堕ちてはおらん」 
穏やかで甘い囁きをさも厭わし気にいなし、シュバルゴは半歩距離を縮める。 
「きひ、ひひっ!悩める乙女を日々救う、ジェントルメーンに対してそりゃぁ無ぇんじゃねーの?」 
「もう一度言う、何の用だ」 
シュバルゴの声が、一層の剣呑さを帯びる。 
じり、と、更に距離を縮めた。 
上目遣いに、ブラッキーがシュバルゴを見詰める。眼と同様真っ赤な口が、裂けて笑みの形に歪んだ。 
「――……報われぬ不毛の愛が、君を苦しめているんだろう。捨てておしまいよ、ねぇ」 
赤い眼が炯炯と輝き、深く息を吐き出した。 
妙な余韻を持って響く声音に、シュバルゴの体が強張る。 
二重に揺らぎ、重なる輪郭と、重たくなる瞼に、ぎりぎりと歯噛みした。 
「甘い月の光で、忘れさせてあげるよ、闇は何時でも優しい君の味方だ」 
(冗談じゃない) 
逃げようとふらつくシュバルゴの体を、ブラッキーの視線が強引に縫い止める。 
ふらつき蹈鞴を踏む彼女の体に、軽い衝撃が走った。 
突進するライボルトを受け止めた、と思った刹那、ぱしりと目の前で電気の光が弾けた。 
 
硬い物の軋む音と、粘膜が肉を捏ねる音。 
妙に近しい場所で響くその音が、己自身から響く音である事に気づいたのは、二匹の話し声が聞こえてきたからであった。 
「超ぉ…予想以上に鉄の処女過ぎんだけどぉ」 
ライボルトが喚きながら、片足を青い皮膜部分に押し当てる。 
爪がしなやかな筋肉に食い込み、思わずシュバルゴの体が戦慄く。 
「僕の予想だと、これは抜けるんだけどね、おかしいな」 
ブラッキーが彼女の殻へと前足を掛けて抑え、ライボルトの引き抜こうとする動きを手伝った。 
ぬぅう…と彼女のしなやかな体が小刻みに撓りながら伸びるも、飽く迄もそれだけだった。 
限界まで伸ばされた皮膚が引き攣り、群青色の皮膜から徐々に薄水色へと変色しても、強固な殻は抜けない。 
ライボルトの肉球には、強引に引き伸ばされた筋肉の痙攣だけが返って来る。 
「――……」 
眇めた黄色い眼が、冷ややかに二匹を見下ろした。 
「……何…を、して……いる」 
痺れの残る舌を縺れさせ、シュバルゴは二匹に問いかけた。 
「何って」 
小さくライボルトが瞬き、子供の様に無邪気な視線で彼女からブラッキーへと視線を移す。 
「――……君が坊やの卵が産めなくなる程度に、種付けさせて貰おうと思って」 
小首を傾いだブラッキーは、事も無気に返してみせた。 
「所謂NTR!ネトラレって奴ぅ?俺等の場合、ネトリか、ひひっ!俺等でぇ、あの坊やのこと忘れさせてやんよぉ!あ!あのさぁ、これどーやって抜けんのぉ?」 
二匹は慌てることも悪びれる事も無く、平然とシュバルゴ自身に問いを投げかけた。 
ぎく、とシュバルゴの体が強張り、恥辱に戦慄く。 
「――…それは、…わ、たしの…誇りだ…は、ずれぬ……!」 
彼等がどういった忌まわしい行為を行おうとしているのか。 
全く解らぬ程シュバルゴは初心では無い。 
ストライクの反応が甚だ芳しくないとは言え、シュバルゴはストライクのツガイ候補であった。 
最近勢力をつけて来た彼への牽制のため、己は狙われたのだろう。 
くなくなと未だ痺れの残る身を捩り、二匹の前足から逃れようとする彼女にブラッキーは溜息を零し、頑強な外殻と外殻の境目へと、躊躇い無く牙を突きたて噛み付いた。 
「っ!!!」 
噛み付かれた途端、びしりと全身を鞭打つ様な痺れが走る。 
「……僕らはね、シュバルゴ」 
甘噛みの領域を辛うじて超えぬ範囲で痙攣する肉を噛み締め、ブラッキーはうっそりと眼を細める。 
青と黄色の境目へと刻んだ歯型の窪を、隆起の荒い舌で捏ねる様にっちゃりと舐った。 
「目的を果たすためなら、すっこーし位、アンタの下半身がぐっちゃぐちゃになってもいーんだぜぇ」 
ふす、と小さく鼻を鳴らし、ライボルトが彼女の顔を覗き込む。 
転がされ震える彼女の下半身へと前足を掛け、緩やかに曲線を辿った。 
不穏な言葉の羅列に、彼女は微かに胸を喘がせる。 
それでも押し黙り、顔を背ける彼女の反応に、二匹の鼻梁へと皺が寄った。 
「素直じゃない、ね。怖い癖に。僕にはわかるよ、シュバルゴ」 
顎の力を若干強め、ぎちりと強く肉を食む。 
皮膚が破れる一歩手前で牙を抜き、下方からブラッキーは赤い眼で彼女を見遣った。 
「……恨みは無いけどよーぅ、アンタとストライクの坊やが万が一にも番っちゃぁ、なーにかと都合が悪いからさぁ」 
ぱり、とライボルトの鬣近くで電気が瞬き、ぱり、ぱり、と言う音と同時に、彼の柔らかな毛皮が逆立つ。 
「…?」 
本能的に、悪寒が彼女の体を走る。 
電気を纏った前足が、下半身へと緩慢に押し当てられた。 
「脱げないなら脱げないなりに、なぁーんかあるんだろーぉ?……教えて、くれるー?」 
牙を剥きだしニヤニヤと笑うライボルトは然程聞きたがっても無い様子でシュバルゴへと問いかける。 
不審気に瞬きながらも、沈黙を保つ彼女に、「あっそ、」と嬉し気にライボルトは呟いた。 
途端、ライボルトから放たれる青い電光が、容赦なく彼女の身を貫く。 
「!!!!!!!!!!!!」 
叫ぶ声帯すら麻痺させられ、目の前に火花が幾度と無く散る。 
仰け反り、身を痙攣させて声無き悲鳴を零すシュバルゴの反応を、撓んだ四つの眼が見下ろした。 
「――……ァ、っがっ!こ、この程度、で…わ、わだ、じを、く。く、屈服させよ、な、」 
言葉の途中で、第二撃が加えられた。 
「ィっ…ひ、…、ひ、ァ、あっ…ァあ」 
今度の電気は短く、意思とは関係無く突き出した舌が戦慄く。 
尖った犬歯を乗り越え戦慄く桃色の粘膜に、顔を覗き込んだブラッキーが甘い果実を舐る様舌を這わせた。 
「何か君、勘違いしてないかな」 
満足気に鼻を鳴らすブラッキーが、優雅に尾を揺らす。 
「アンタみたいな戦闘狂がぁ、痛みに屈服する筈無いことは、百も承知だってーぇの。…そろそろ、緩んで来たかな?もっかい、いっとくぅ?」 
かり、とライボルトの爪が、殻の丸み部分を引掻く。 
頂を幾度か硬い肉玉で擦り、爪先で緩やかに窪を辿った。 
幾度も電撃を与えられたシュバルゴの下半身は鈍く痺れ、感覚が乏しい。 
ずうんと重たく、違和感が殻が覆う下半身部分を支配していた。 
ぱり、と小さく音を立てて、ライボルトの前足が丁度彼女の下腹部部分で電撃を放つ。 
微かな疼きと、鼓膜を震わせる水音に、シュバルゴの全身に鳥肌が立った。 
「ぁ、あ、あ、あああああああ!!!!」 
鈍い色をした殻部分が戦慄き、伸縮の動きを見せたかと思うと、頂に在った小さな穴から雫が滴り落ちる。 
小さく噴出して飛沫を散らし、徐々に放射線状を描いて溢れ出す尿の軌跡と、尻下で徐々に広がる恥辱の水溜りに、シュバルゴは全身を火照らせた。 
「はは、はーずかしいんだぁー。シュバルゴちゃん、いい年してお漏らしでちゅかー??」 
嘲りの色を滲ませ、ライボルトは失禁した彼女を見下ろす。 
麻痺した筋肉は自制を失い、二匹が見守る中、膀胱に溜まっていた小水を勢いよく吐き出した。 
「――……、き、ぎ、貴様っら…こ、殺して…ご、殺して、や、やる…!!」 
殺意の篭った台詞も、お漏らししながらであると滑稽な物でしか無い。被さる笑い声に、眇めた眼から涙が溢れた。 
息衝く様に伸縮する排泄孔から、最後の一滴が滴り落ちる。 
漏らした事で一層濃くなる雌のフェロモンに、二匹は知らず咽喉を鳴らした。 
季節は、年に二度ある発情期。雌はより強く優秀な雄を求めてフェロモンを撒き散らし、雄はより多くの牝を支配し遺伝子を残さんとする季節である。 
熱を帯びた二匹の目線が、恋の季節を迎えたシュバルゴを熱心に見詰める。 
ストライク達の縄張りが近付くにつれ胸を弾ませ、恋焦がれる雄を想いながら走ってきたシュバルゴの体は、否応無しに雄を誘う香りを放っていた。 
如何に自分が魅力的で、洗練された牝か。どれ程優秀で、手馴れているか。 
嗅覚を通じて本能を揺さぶる香りは、悲しいことに、想い人のみを誘う訳では無い。 
そして時には、卵を生み出すことすら出来ぬ者相手すら、惑わすことすらある。 
その証に、血気盛んな若い雄は、血走った眼をシュバルゴに向けていた。 
「成る程、ね。ここに、排泄用の穴がある訳だ」 
ブラッキーが湿り気を残した下肢を覗き込み、露骨に鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。 
数多についた傷に紛れるかの様殻には小さな穴と、薄さを示す様仄かに他の部位よりも薄い色をした筋が存在していた。 
間近で嗅げば当然の様むんむんと濃く香る雌のフェロモンに、ブラッキーは舌舐りした。 
「!は、恥を、し、しれ、へ、変態…!」 
望まぬ雄からの歪んだ求愛に最も重要な乙女の部分は硬く殻を閉ざし、さながら貞操帯めいた甲殻は視覚に晒される事すら拒んでいた。 
狙い通り凡その場所は把握したがいいが、相も変わらず鉄壁の防御を誇るその部位に、二匹は然程動じず彼女の顔を覗き込む。 
「やっぱり、脱いで貰わなきゃ駄目か」 
「誰が、脱ぐか、……」 
「なーぁ、ブラッキー、俺と賭けようぜーぇ。何度強制排泄させたらーぁ、自分から脱ぐ様になるかさーぁ」 
彼女の怒声を他所、無邪気にライボルトは提案する。 
怒りに赤く染まった彼女の顔が一気に青褪めたのを見て、くふ、と小さくブラッキーは笑った。 
「出来れば、少ない回数がいいね。余り回数を重ね過ぎると、締りが悪くなるし……臭気に塗れて交尾するのは、好みじゃぁ、無い。ねぇ、違うの、出す?」 
ブラッキーが一瞥したのは、湿り気を残す排泄孔とスジであった。 
「――………、やめ、ろ」 
絞出す様に、彼女は唸る。 
「……脱ぐぅ?」 
哂いながら、二匹は問い掛けた。 
涙目で固まる彼女に嗜虐的な悦楽を感じながら、息を荒くしてその体へと赤黒くぬめる獣茎を押し付ける。 
「可哀想にね、シュバルゴ。坊やさえ意地を張らなければ、或いは、表面通りその気が無かったのなら、こんな事はされなかったのに」 
外殻と外殻の合間、比較的柔らかな肌に脈動する陽根を押し付け、腰を前後に揺らしながら、ブラッキーが囁き掛ける。 
獰猛に尖る牙で赤い房に噛み付き、ぐ、と彼女の体を踏みしめる前足へと力を篭める。 
「そうさ、そうさーぁ!どーも、ストライクの坊やにその気が無いみてぇだからって放ってやってたのによーぉ」 
ライボルトが身を乗り出し、剥き身の赤黒い肉棒をシュバルゴの殻へと擦りつけ始めた。 
獣臭い粘液とシュバルゴの零した何処か甘い香りのする小水が混じり合い、噎せ返る様な性臭が漂う。 
「執念深く山に通って、終にアレを見つけたらしいじゃぁ、無いか」 
「……?何の、話を、して、い、る…?」 
こんな状況にも関わらず、想い人の話題が上がっただけでシュバルゴの心は漣の様にざわめきたった。 
喘ぐ様に胸を起伏させ、顔を顰める彼女に、二匹は軽く眼を見張る。 
「おやおや、本当に知らなかったのかい、シュバルゴ」 
「坊ちゃんはね、実は――……」 
「おい、誰の嫁に手を出してんだ」 
熱っぽい声音に紛れる様、凍てつく冷たさを孕んだ低音が響いた。 
 
凍りついた様に、二匹の体が硬直し、軽口が止まった。 
先程迄散々周囲で鳴り響いていた虫の鳴き声が止み、闇夜に瞬くイルミーゼ達の光が途絶える。 
唯一の光源たる月明かりに照らされた草原が、赤い疾風によって割れ、瞬く間に二匹は彼女の傍らから遠くへ吹き飛ばされた。 
虚空に浮いた二体が無様な格好で地面に落ち、何者かを問おうとした刹那重たい第二撃が赤く鎌首を擡げるそれによって放たれる。 
顔面に減り込んだ鋼鉄のそれは、何かの頭に酷似していた。 
若干歪んで震える羽は急激に上昇する体温を冷まそうとするも、赤い外甲殻に包まれた体は荒れ狂う怒りに燃え上がり、不機嫌さを現す不協和音を空しく奏でるに留まる。 
息継ぎの合間も惜しいとばかりに赤い塊は身を低く屈め、すっかり気力が萎え、尾を丸めて逃げようとする二匹に容赦無く追い討ちを掛けた。 
「余計な事を、ベラベラと……」 
それ以上に何事か言っていた様であったが、それは二匹の悲鳴に掻き消された。 
紅蓮に燃える外甲殻、透き通る美しい羽、一見軽やかな爪先が、地面に食い込んだ刹那深く大地を抉る。 
長く伸びた悲鳴が途絶えた頃、呆然と現れ出でた彼を見つめていたシュバルゴが、震える口を開いた。 
「――……、ストライク…」 
小さく、そのポケモンの肩が揺らぐ。 
憮然とした表情で振り向き、数歩の跳躍で彼女の前へと改めて舞い戻る。 
「何をされ……、否、言わなくていい」 
不機嫌に舌打ちを零し、随分高くなった背丈でストライク…今は、ハッサムとなった彼は、彼女を見下ろした。 
夜露では無く濡れた地面からは隠しきれぬ彼女の匂いが漂い、無数の傷が走る外殻は二匹の粘液でぬらりとした光沢を纏っていた。 
散々な無体をされただろうに、彼女の眼は熱っぽく潤みを持ち、只管にハッサムを見つめている。 
「……嫁、と」 
戦慄く声音が、細く絞出した単語に、ハッサムのただでさえ赤い顔が火照る。 
「――今、嫁と、呼んで、くれたのか」 
痺れの残った身体を億劫気に持ち上げ、震える槍先を緩やかに擡げる。 
迷う様に視線だけを送るハッサムだったが、痺れる体がよろけ、横転しそうになった途端真っ先に手を伸ばし、想いの外小さく軽い彼女の体を抱きとめる。 
「……。親父や兄貴の言うことばかり聞いて、俺の言うことは一切聞かねぇ嫁なんか、知らん。……来るな、って言っただろう」 
どこか拗ねた様な口調で、もそもそと呟いた。 
「……すまない。…貴方に会いたいがために、無茶をした。これでは、もう、貴方のことは叱れないな」 
ハッサムの腕に抱きとめられ、シュバルゴは殊更幸せそうに眼を細める。 
深く息を吐き、完全に安堵して身を任せる彼女に反し、抱きとめるハッサムは只管に身を硬くしていた。 
「……、ストライク、…今はもう、ハッサムか。助けてくれて、有難う。――……、とても、怖かった」 
シュバルゴの体は細かに震えていたが、眼は微笑みを浮かべる。 
軽く胸に槍を押し当て、離れようとする彼女の体を、ハッサムはきつく抱きしめた。 
「…ハッサム……?」 
軽く眼を見開き、シュバルゴは赤く染まったハッサムの顔を仰ぎ見る。 
上を向いた途端がちりと音を立てる様な不器用な口付けが振り、体が露骨に強張った。 
互いに硬い体を持つ身であれど、口周りの比較的柔らかな皮膚が打ち付けられれば、流石に痛みを感じる。 
ひりつく熱と衝撃、そして突如の行動にシュバルゴの脳内で疑問符が駆け巡る。 
「……あれ程、俺が、我慢して、我慢して、……アンタの誘惑を必死で退けてまで、大事にしてたのに、奴等…!」 
ぐり、と熱を帯びた額が押し付けられ、その細い腕の何処にそんな力があるのかと思う程強く抱きすくめられる。 
噛み付く様な不器用な口付けに鼓動が早まり、咽喉奥からせり上がる熱にシュバルゴの咽喉がひりついた。 
「……ハッサム…」 
戸惑いながらも、シュバルゴの槍が、おずおずとハッサムの背中に回された。 
「……、お師様……」 
ひどく、懐かしい呼び名でハッサムが彼女を呼んだ。 
若干充血し潤んだ眼が、熱心にシュバルゴを見つめる。 
「……進化して、強くなって…お師様を守れる雄になったら、言おうと、思ってた。お師様が、好きだ。…俺と、つがって欲しい」 
ハッサムの囁きに、先程の比では無い程強烈な電撃が全身に走った。 
鎧すらも染める勢いで全身を赤くし、口を開閉させるシュバルゴに、ハッサムは少し寂し気に眼を伏せる。 
「…お師様が、俺みたいな青二才を、相手にしないのは、解ってる。親父や兄貴に言われて、仕方無く俺とツガう気になったのも。…でも、俺……」 
苦し気なハッサムの囁きに、陶然としていたシュバルゴは慌てて身を少しばかり離して顔を覗き込む。 
寂し気に抱きすくめようとするハッサムにときめきながらも、シュバルゴは戦慄く口を強引に動かした。 
「ま、待て、何故そうなる。貴方は誤解して、いる。私は、……義父様に言われたからでは無く、本心から、貴方が、好きだ」 
「親父達が命令するまで、俺の求愛は流してばっかりだったじゃ無いか」 
不満気なハッサムの言葉に、シュバルゴは弱りきって肩を下げる。求愛云々に、欠片も心当たりが、無い。 
族長達が命じる前ですら、彼からは何処そこのポケモンを倒しただの、縄張りを広げただの、そう言った話しか聞かなかった。愛の言葉など、欠片も聴いてはいない。 
その都度己は彼の慢心を諌め、小言を繰り出し―…其処で、シュバルゴは眼を見開く。 
己の強さをアピールするのは、求愛の初歩中の初歩であった。 
気まず気に視線を逸らすシュバルゴを見つめ、ハッサムは猶も言い募る。 
「――……小さい頃、俺に、「私を守れる程強くなったら考えてやる」って言ったのは、お師様だ」 
言われた途端、シュバルゴの記憶が色鮮やかに蘇る。 
未だ羽根も外甲殻も柔らかな、息吹たての新芽の様な色をしたストライクが、拙い口調で行った求愛と、それに対する己の応え。 
「……、でも、俺は、お師様を守るどころか、守られるばっかりで…その度、俺は、お師様に不相応な雄なんだって、思って…。 
強い親父や兄貴の言うことは、お師様は聞いてくれるけど、俺の言うことは全然聞いてくれないし。 
せめて、お師様が好きな雄とつがえる様に、親父に反発したりしてさ。…でも、駄目だ」 
ざわ、と夜風が青々とした草を撫ぜた。 
「――…お師様が、他の雄の物になるなんて、嫌だ」 
シュバルゴは、何か言葉を返そうとして、やめた。 
何も、言えなかった。 
「もっと、もっと強くなる。誰よりも相応しい雄になるから、……俺の子供を、産んでくれ」 
シュバルゴの槍をハッサムの鋏が力強く挟み込み、二匹は暫し見詰め合った。 
息が詰まる様な沈黙の末、シュバルゴは無言で頷いた。 
 
 
シュバルゴの背中で柔らかな草が押し潰れ、湿った地面が甲殻を汚す。 
返事を聞くや否や息も荒く圧し掛かってきたハッサムに、シュバルゴは目も眩む様な興奮を覚えた。 
「お師様、……お師様…」 
甲殻の合間に口吻を摺り寄せ、熱に浮ついた声音で呼ばれる都度、シュバルゴの体の火照りは一層燃え上がり、鉄壁と謳われる頑強な体が蕩けそうになる。 
括れをきつく抱き竦める腕に槍を添わせ、深く息を吐き出した。 
「……、婿殿」 
小さな声音で呼ぶと、ハッサムは視線だけを持ち上げて彼女を見遣る。 
喘ぐ口元へと被せる様、口を摺り寄せ尖った犬歯を滑らかな舌先で舐った。 
絡み合う軟体から滲む甘い液体を、恥かし気も無く音を立てて啜る。 
両者の口腔の間で響く密やかな水音が、二匹の興奮を否応無しに高めた。 
「………、私を、守ってくれるか」 
腰をくねらせ、囁く年上の雌に、若い雄は夢中で頷きを返す。 
満足気に眼を細め、シュバルゴは今迄頑なに脱ごうとしなかった下半身の外殻から、ずるりと下肢を抜き出した。 
黄色く丸みを帯びた下腹部は仄かに湿り気を帯びて柔らかく、殻の中に在るからであろう、細くくにゃりとした黒の足は境目が曖昧で、外気の冷たさに戦慄く。 
よく熟れた果実の如く左右に綻んだ粘膜は薄桃に紅色の火照りが滲み、饐えた芳香を漂わせ雄を誘う。 
作りは非常にシンプルで、窄んだ排泄孔の上に、ひくつく性器が存在している。 
既に粘ついて綻び発情を示す雌の柔肉に、ずくずくとハッサムの硬い生殖器は鎌首を擡げスリットから全身を覗かせていた。 
硬く拉げた節の先が、ぐ、と窄んだ肉壷を押す。 
圧迫に拉げ、押し上げた粘膜から甘い香りの蜜を滴らせる性器に、ハッサムは露骨に息を弾ませた。 
無機質な硬さは其処には無く、只管無防備な脆さと柔軟な柔らかさがあった。 
「ぁ、……ぁ、あ…」 
ぐにゅぅ、と粘膜が拉げ、少量の蜜の飛沫を散らして張った先端を受け入れる。 
途端柔らかく戦慄き、締め付ける肉壷の心地よさに、堪らずハッサムは楔を根元まで捩じ込んだ。 
「っ!ひ、…ぅ、…ぁ、…っは…」 
撓るシュバルゴの下半身が、小刻みに戦慄く。 
無数の肉輪で締め付ける粘膜を、削ぐ様な無遠慮な動きでハッサムは腰を叩き付ける。 
汁気たっぷりに絡みつく粘膜を抉り、硬く浮き立った節で狭い肉筒の上壁を押し上げ、摩擦するとシュバルゴは耐えかねた様硬く眼を瞑り震えた。 
開いた口から覗く犬歯が唾液の糸を引き、根元をくびる様に生殖孔の入り口が切なく窄まる。 
徐々に熱を募らせ、時折痙攣を伴う肉のうねりを繰り返す襞を、硬い楔は抉り、掻き回し、拉げた先端で卵が作られる袋を執拗に捏ねる。 
痛みすら伴いそうな無骨な抜き差しは潤沢な汁気を持つ粘膜によって緩和され、ハッサムが腰を動かす都度、ねちにちと肉を捏ねる音と、攪拌し泡立った粘液が潰れるいやらしい濁音が響き渡った。 
「…婿殿、…婿殿……、っ…!ハッサム…も、ぅ、欲しい……、や、く。はやく…」 
柔らかな肉壁を思う様捏ねられ、幾度と無く絶頂に達した膣壷が子種を欲しがり、火照る肉壁の蠕動がより露骨になって楔を搾り取る。 
もどかし気なシュバルゴの訴えに、ハッサムは静かに眼を細めた。 
「お師様、…シュバルゴ。……、俺の、種が欲しい…か?」 
息を荒くし、囁く合間も、熱心に腰をたたきつけ、そればかりか、限界迄押し広げ、突き上げた内壁を、腰を回す事で捏ね回し抉る。 
ぬち、と仄かに拉げ開いた肉淵から白く濁った粘液が溢れ、火照る肉溝へと溢れ垂れた。 
「欲しい…、…欲しい、ハッサム。貴方の、卵が、産みたい。…は、…孕ませて、ほし、…ぅ、ぁ、ああ、ああっ!」 
恍惚と蕩けた眼でシュバルゴはハッサムを見返し、おぼつかぬ声音で懇願する。 
最後迄告げぬ内に内部に嵌められた肉棒が撓り、多産の要因ともなる大量の粘ついた精液をびゅるびゅると吐き出した。 
「は、ぁあ、あ、あっ……ぁっ」 
粘つく精液を塗りこめ、猶も足らぬと撓り反り返る楔に、シュバルゴは蕩けた眼から涙を零す。 
「ひぅ、ん……、ぁ、あっ…ハッサム…」 
湯気立つ程に火照った肉孔から緩慢にハッサムは肉棒を抜き出し、震えるシュバルゴの全身へと青臭い精液を撒き散らした。 
粘つく粘液はシュバルゴの柔らかい曲線を描く腹部を汚し、肉溝に糸を引かせる程ねっとりとまとわりつく。 
鋏の丸みで、撓る肉棒で、シュバルゴの全身に己の匂いを塗布した後、痙攣の続く粘膜へと、再びハッサムは肉棒を埋めた。 
柔らかく濡れた性器は用意にハッサムの楔を飲み込み、限界まで湛えた精液が溢れ赤く熟れた肉孔の淵を汚す。 
「シュバルゴ……」 
泣き濡れたシュバルゴの頬を舐め、傷つけぬ様慎重にハッサムはシュバルゴの下肢を挟み込む。 
捩じ込んだ性器を機軸に、ゆっくりとシュバルゴの体を裏返し、這い蹲らせた。 
ごつごつとした肉節に粘膜を抉られ、掻き乱されて、シュバルゴの体が上下に跳ねる。 
「あ、あっ…ひ、ぁ、ああっ!ん、ふ…っ…あ、あんっ!」 
捩れた肉壷からぶぷ、ぷば、と濁音が響いて精液が溢れ、空虚を感じる暇も無く撓る楔で痙攣する膣肉を突かれる。 
収縮する粘膜を引っ掛けて引き摺り出す勢いで抜き、薄く盛り上がった肉淵を再び絡めて奥深く迄捩じ込む。 
震える腰を逞しく若々しい雄の腕で捕まれ、突き出した尻に圧し掛かられると、被虐的な愉悦がシュバルゴの全身を包み込んだ。 
「好き…、……ハッサム、好き、…好きだ、…ハッサム…」 
呂律の回らぬ舌で懸命に訴え、腰をくねらせて無条件の降伏を現す。 
「シュバルゴ、俺も……好き、…愛している、シュバルゴ…っ…いく、ぞ…っ!」 
くびる様な伸縮にハッサムの雄が喜びの飛沫を散らし、それを執拗に火照る肉壁に練り込んだ。 
 
「もう、嫌だ、…許してくれ、……ぁあ、…はぁ、…ハッサム、死ぬ、死んでしまう」 
夜の帳は引き、薄灰色の空を徐々に昇る太陽の光が照らし始めていた。 
夜露に濡れた草木はそよぎ、草原に吹き抜ける風が若々しい植物の匂いを運んで来る。 
槍の根元をハッサムの鋏で挟まれ、啜り泣きながらシュバルゴは身を悶えさせる。 
ハッサムが下方から突き上げる都度、その身は丸まったり、仰け反ったりして雄を視覚的にも楽しませた。 
体勢の変化や、逃れようとする上半身の動きが、精液に塗れた粘膜に捻りや変化を持たせ、硬い雄茎へと悩ましく奉仕する。 
許しを請うシュバルゴの口元からは白濁の混じる唾液が垂れ、常に湿り気を持つ下肢は、今や青臭い粘液による潤いで湿っていた。 
交尾時間の長さは、その儘雄の強さと余裕を示す、重要な物である。 
幾度も雌に種付けをすることによって子種の着床を確実にし、また、交尾と言う無防備な時間を長く継続出来ることが、雌にも、脆弱な周囲の雄にも、強さを示すこの上と無いアピールになる。 
シュバルゴの細く括れていた下腹部はハッサムの注いだ精液によって孕んだかの様に膨れ、散々摩擦された粘膜は赤く熟れ、今やハッサムの匂いに支配されていた。 
「い、いい加減に、ひん、しろ…ぉっ…!ぁあ、すご、…っぁ、ああ、あぅっ…み、見られ、る、…他の、ポケモン、に、ぁ、あっ…また、出て…っ!」 
ビクビクと下半身を痙攣させるシュバルゴの訴えにハッサムは眼を細め、ようやくに散々犯し抜いたシュバルゴの蜜壷から性器を引き抜く。 
余韻に震えるシュバルゴを抱き締め、露な肌へとキスを散らした。 
「シュバルゴが誰のものか教えるのはいいけど、いやらしい姿を見られるのは嫌だ。――ようやく俺だけの物になったのに」 
進化したとは言え何処か幼さの残る呟きにシュバルゴは母性本能を擽られ、硬く強固になったハッサムの頭を腕に抱く。 
嬉し気に眼を細め、肌から口元へと移ったキスに甘噛みすることで応え、シュバルゴはいそいそと脱ぎ捨てた殻を再び身につけた。 
何度か調整すると殻はぴったりと体に吸い付く。 
「……そんなにすぐにつけなくても…」 
名残惜しさ半分、そして己の理性の乏しさを指摘された様な気がして、ハッサムは寂し気に呟いた。 
想いの外ネガティブでナイーブなツガイに、シュバルゴは小さく笑う。 
「―――…これは、貴方の種が零れない様にするためだ」 
返す声音は散々鳴かされたせいで掠れ、ひどく聞き取り辛い。 
それでも、彼が聞き取れる程間近な距離で、うんと甘さを含めて彼女は囁いた。 
途端ハッサムは眼を見開き、逞しい腕で無造作に彼女を抱える。 
飛べなくなった羽をもどかし気にはばたかせ、急く様に己の寝床へと向かった。 
「ハッサム、まさか」 
「他の奴に見られなきゃ、いい」 
――…そのまさかの、様であった。 
シュバルゴは殻を身に着ける己の動作を、凝視していた彼の眼を思い出した。 
元より器用で、人一倍熱心な相手のことだ、シュバルゴが自ら殻を脱がずとも、脱がす手段を短期間で身につけることだろう。 
それに季節は恋の季節である。 
好き合う雌雄には瞬く間の、暦上で言えば矢鱈と長い、シーズンであった。 
「心配せずとも、餌はたっぷりと溜め込んでる」 
見当違いな言葉を放ち、若いツガイは足取り軽く草原を駆ける。 
シュバルゴは狼狽し、小言や苦言めいた事を言おうとは思ったが、結局は口を噤み、代わりに逞しいツガイへと身を預けた。 
「……、そう言えばハッサム、貴方は何故ああも熱心に、山に通っていたんだ」 
昇り始めた太陽が眩しく、シュバルゴは眼を細めて問い掛ける。 
「あそこには、良質のメタルコートを持ったコイル達が住む洞窟がある。――……それに」 
ハッサムは口を噤み、ただ眼を細めた。次ぐ言葉を告げる前に、彼の健脚は己の寝床、そして二匹の愛の巣へと、彼女を運ぶことに成功したのだ。 
 
それから数日、思いの外ネガティブで、ナイーブで、ロマンチストなツガイから、昔プレゼントされた花と同じものを、シュバルゴは受け取った。 
万年雪の中でしか咲かぬ白銀の花の花言葉は、「変わらぬことの無い愛」。 
それは数日の間に愛を示しすぎたが故損ねた彼女の機嫌を取るには、十分過ぎる程の贈り物であった。 
 

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