事は、ヒートの時期まで遡る。
私だって一匹の雌として、単純に雄が恋しくなって、屈服させられたい、服従させられたい、と、思っていた。
襲い来る奴もたくさんいたし、私から襲いかかっていった奴も大勢いた。
合戦の末に、その多くは逃げ失せて、他は気絶するか、意識を沈めて眠るだけだった。
私を服従させる雄はいなかった。私には、そうさせるまでの魅力なんて無いのか――と、ひどく落ち込んで、また他の奴と対峙して、合戦した。その繰り返しだった。
この森のどこかに、凶悪な生き物が潜んでいる、という噂が流れ始めた。どこから湧いた噂なのかも分からない、ただ「魔女」の名で呼ばれる生き物の噂だった。
それはとにかく恐い奴で、出会ったら最期、一目にして命を吸い取られ、亡骸となった後は住処まで運ばれて永遠に弄ばれるのだ、と。
そんな、信憑性の程も分からない噂でも、急速に広まって、森から、周りから生き物の気配がどんどん減っていく。それを感じれば、嘘かどうかなんて関係なく、私だって、逃げたほうがいいのかな、なんて不安になった。
それでも、できればこの森で雄と番になりたい、なんて思って、結局森から動かず。
ただ、まさかその魔女が、私自身のことを指していたなんて、その時は気付きもしなかった。
私は、そんな恐ろしい生き物じゃないもの。
対峙した相手に、身体ごとぶつかったり、蹴散らしたり、あるいは音に包み込ませて意識を沈ませたりはしたけど、誰も殺めていないつもりだった。
ロクな隔たりもない場所で気絶したり、眠りについた生き物がどうなるかなんて、私は何も考えなかった。
それが弱肉強食の摂理だから、疑問に思うなんてありえなかった。
――だから、私のせいで亡くなった生き物は――取り分けて雄ばかりだけれども、決して少なくはなかったのだと思う。
そんな事々に気付かされたのは、こいつと初めて出会った時だった。
茂った森の中、少し離れた場所に、突然赤く黄色い煌めきが、火の気が毒々しい煙と共に上がっていて、この場から離れようと向きを変えても、そっちにも赤く黄色い煌めきがあった。
火はみるみる大きくなって、逃げる間さえなく、私のすぐそばの木までを炎に包んだ。木漏れ日の射してきていた上方からは、変わり、木々の葉っぱが焼け爛れ、枝ごと降り落ちてきた。
恐かった。もしかしたら、魔女に見つかったのではないかと疑ったりもした。魔女はこんなにも大きな力を操るのか、と、思いかけた。
黒い煙が顔を包んで、頭の葉を包んで、熱かった。そんな所、燃え盛る炎の中から近づいて来た小さな影が、こいつだった。
私より二回りも三回りも小さなこいつは、細目に笑っているようでも、背負っている大きな炎が、あらかさまな敵意を私に表していた。
誰だろう、と考えるが早いか、こいつは「お前が魔女か」と言葉をよこしてくる。
尋ね言葉なんかではなく、恐らくは自分自身を納得させるための言葉だったんだと思う。私の返事なんて待つ間もなく、続けざまにはその身体に似合わないほど大きな火柱を、私に吐いてきた。
何度か避け、蔓でその口を押さえるように掴み上げて、大きな木の一つに投げ飛ばした。
燃え盛っていたその木は火の粉を散らしながらも、しっかりとそいつを跳ね返して、宙に舞ったその身体を、あたしは全身でもってぶつかりにいった。
小さな敵は抵抗なく弾け飛んで、炎の中へと、頭から戻っていった。
気絶したかどうかは分からないけれども。火を吐けるぐらいだからほっといても燃え尽きたりはしないんだろう。
私は頭を上げて、赤黒い熱に包まれた森を、ただ見渡そうとした。
その後の事が今一記憶にない。突然の言いがかりや殺意について、夢中になって考えていたのかもしれない。
いつの間にか閉じられていた瞼を開くと、周りの木々は、地面は身を削がれ痩せ細って、ただ黒く染まっていた。
葉っぱや枝の落ち切った空虚には、青い空が映るばかりで、背中から後ろ首にかけては、強い痛みがじんじんと、殴打されたかのように斜めに走る。
視線を落とすと足元には、物凄い敵意を示していたはずのこいつが、意識無く倒れていた。
実に無防備で。
魔女と呼んだ相手をそばにして、遅れて意識を取り戻した頃には、私の首筋辺りから伸ばす蔓で、その身体を再び捕らえ直していた。
私は魔女だ。
何故か皆に恐れられて、他の雄にも魅力がないと判断されているんだ。
私は魔女なんだ。
出会ったら最期の恐い生き物で、私だって逃げたくなるほどの存在なんだ。
私は魔女に、ならなきゃいけない。
そうしないと――今までしてきたことが何もかも消えてしまいそうだったから。せっかくの、こいつとの関係がなくなってしまう気が、したから。
こいつが何を思っているのかは知らないけれども、こいつは魔女の私でる敵意を持っていたのは間違いないだろう。
私に強く興味を持って、屈服させようとしてきて。返り討ちにしたことは変わらなくても、競り合いの喧嘩どころでなく、本気で殺めに来てくれたことが、なんだか嬉しかった。
――だから、こいつを"魔女"の物にしてしまいたかった。
「ねぇえ、どうしたの?」
蔓で捕らえたそのまま、こいつの身体を背中から、黒く痩せた木の一つに押し付けると、そのまま蔓を木の後ろまで回し、貼り付けた。
短く細やかな体毛に包まれた、柔らかそうなお腹が、何の隔たりもなく私の目前に晒される。
私はそのまま視線を登らせ、代わり、頭を下げて、こいつの顔を上目遣いに見上げた。細く切れた目が睨んでくるも、だいぶ疲れている様子で、それ以上は何もなかった。
「魔女をどうするつもりだったの? 私をどうするつもりだったの? 言いなさい……?」
火を吹かれるんじゃないかとか、思ってたけども、それをしなかった理由も分からないけど、そんなことはどうでもよかった。
服従させようなんて、微塵も思ってなかったんでしょ? 殺めたかったんでしょ?
「言えないの? 残念ね。私、こうやって生きてるのよ? これから貴方を玩具にだってできるのよ?」
尋ね言葉なんて、私は放ってなかった。私の言葉は、私自身を納得させられればそれでよかった。
――恐ろしい魔女は、残った亡骸を永遠に弄ぶのだ。……ここに居る魔女は、噂の魔女のように、一目で命を吸うことなんて、できやしないのに。
「……やめろ」
貼り付けられたこいつへと首を、顔を寄せると、次第にこいつは小さな口を揺らし、歪め、やがて固まらせる。
力のない中にも、ようやく抵抗の色が現れ始めた。命の残る小さな亡骸が、私を見てくれていた。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……」
顔を逸らし、こいつの鼻を跳ね上げて、歪み固まっているこいつの口へと、丁寧に頬を押し付けた。それから一間空けば、こいつの固まっていた口は解れ、ただあたしの頬と擦れ合う。
「ほら、こんなに、ちゅーしてくれてる……嬉しい」
塞がってる口なりに、何かしら言葉にならない声を、あたしの頬にぶつけてはいるみたい。こいつはそれだけでなく、小さな後ろ足であたしの首筋を蹴ってきてもいるものの、跳ね飛ばされる訳もない。
こいつが何を思ってるかなんて分かりやしない。ただ、私が都合のいいように思えばいいんだ。ここにあるのは魔女の玩具なんだから。
「なあに? 物足りないの? しょうがないねぇえ」
私は押し付ける頬をゆっくり離して、一歩後ろへと下がり、目を瞑る。足先から、焼けた土の地面に念を送って、草々を生やし、勢いよくこいつの身体へと伸ばす。
「今まで何匹をこうや……」
少しだけ無駄口を叩かれはしたものの、伸ばした草をこいつの全身に絡ませると、ちゃんと押し黙ってくれた。
瞑っていた目を開け、貼り付けたままのこいつを、改まって見つめ直す。蔓を解き、代わり、地から伸ばした草の結びに縛られたこいつを見つめ直す。
その小さな口は鼻ごと草々に包まれたうえで、上向きに貼り付けられていて。胴体には、蔓で貼り付けていた時とまるで変わらないように巻き付いていて。相も変わらず細い目からは、途方もない怒りが向けられてる。可愛い。
くく、と沸き立つ声を殺しながら視線を下ろすと、無防備なお腹と、浮かび前に出た後ろ足と、隆起した性器が、小さな膨らみ二つを引っ提げ、まるで何もなかったかのように呼吸していた。
今まで意識して見たこともなかったけど、改めて見ると結構禍々しい。身体相応の小ささではあれど、能力自体はちゃんとあるんだろう。
それより、何より、私に無いものというだけで興味があった。
「服従させた雌に突き刺すんだ……これを、ねぇ」
こういう事は本能が無意識にすることだから、こう落ち着いて考えることなんて無いもの。なんだか新鮮。当たり前だけど、所詮は身体の一部に過ぎないんだ。
私がそれに顔を寄せて、頬を当てがえ、力を込めて擦りつけると、こいつは言葉にならぬ声でうめき始める。やめろ、とか、覚えてろよ、とか。口を縛ってなければ、きっと、そんな言葉を成していたんだろう。
むやみに触れられることを嫌うことぐらいは分かってる。力が籠って固まっていくそれは多少の湿り気もあって。かろうじて、ぎぎ、と柔軟さのない摩擦音を作り出す。
「雄を服従させたら……ね、私、どうすればいいと思う?」
私にはこんな突起なんて無いし、そういえば、雄を屈服させ、服従させたいなんて思ったことも、今までなかった。だから分からなかった。嫌味なんかじゃなくて、純粋な疑問だった。
もしかして、私が本気になっていれば、私の身体から突起が現れて、こいつの身体をつんざいたりするんだろうか。
それとも単に、頬で擦ってるこれを壊してしまえばいいのだろうか。でも、こうしてるだけっていうのも、決して悪い気はしない。
頬周りの骨身に当たる固い感覚。湿り気が移って、次第に頬が生暖かく濡れて行く。漂う匂いが、何だか心地いい。
「こういうのもいいかなって、私、思うの」
傍にいる。匂いが、触感が、この雄を確かに示してくれてる。でも、当のこいつは上向きに貼り付けられたまま魔女に睨まれてるのに、私はまるで知らんぷりしてる、かのよう。
小さな後ろ足をしきりに振り回して、塞がれた口から、絶えず、くぐもり声が漏れて来はするのに、私には何もできやしない。
だって、こいつが恐がってるのは私だから。殺しに掛かってきたぐらいに……憎んでたのかどうかは分からないけど、魔女と仲良くしようなんて毛頭もないはずだし。
……こいつを屈服させても……結局私には誰もいないのかな? そう思った途端、辺りに漂ってた空気が、冷たく鋭く、私にぶつかり始めた。
焼けて、黒く痩せ細った木々が立つだけの、かつての森には風を遮るものなんてない。青一色の空が上にあって、遠くに視線を泳がせば、炎から逃れられた、濃緑の山がある。
いつも通りにこいつを追い払って、それで終わってたら。あるいは私が焼き殺されて、それで終わってたら。こいつは今頃、あのぐらい遠くには離れてたんだろう。
私にはそれ以上の価値がないんだから。態々私のそばに留まってくれる価値なんてないんだから。
なんで焼けた森の中、私のそばで気絶してたのかは知らないけど。私が屈服させて、辛うじて傍にいられる、それだけだから。
「……ねぇ、私って、なんで魔女なの……?」
頬に、こいつの性器を当てがえたそのままで、ぼんやりと呟いた。くぐもり声を続けていたこいつが、一瞬、押し黙る。
私は首筋辺りから再び蔓を伸ばして、こいつの口元を結ぶ草を、丁寧に解いた。声が、言葉が、返事が聞きたかった。
「ふざけんじゃねえよ……」
こいつは顔をがくりと落として、私のほうを見てくれて。でも、ただ突き放された。
「ここまでしといて今更とぼけるつもりか? ほんと、ふざけんじゃねぇよ……」
怒ってる、しょうがないって分かってる……。
「あんたは……私の玩具なんだよ? 正直に言って?」
服従させたい。仲良くなりたい。傍に居て欲しい。
今は拒絶されてても、いいって、一瞬は思ったけど。
「誰が玩具だって……? それが理由だよ、分かってるだろ?」
間髪を容れずに返された言葉に、私はただ、押し黙るしかなかった。
魔女は、誰とも仲良くなっちゃいけないの? これ以上聞く勇気も湧いてこない。これ以上拒絶されたら、崩れてしまいそうだった。
「……そう」
こいつの胴体は草の結びそのままに、摩擦する頬を再び強く動かし始めた。
嫌がってる。怒ってる。もう、それでいい。私は、こうしてるのが幸せなんだ。
「あ……あ……んぁあ……!」
悲鳴。さっきまでは塞いでて聞こえなかった声。上目に映る小さな口は閉じられることなく、湿って温かい呼吸が、滴り落ちてくる唾液が、あたしの顔に降りかかってくる。
あんたは、さっさと私に従えば楽になるのにね。ほんと、服従してくれれば、いいのに。
「やめ……殺すぞ……」
散らばる匂いが私を包んでくれる。今だけは独りじゃない。
「殺せば? 別にいいよ」
憎しみの向かう先が私なら、それでいい。そんな関係でも一緒に居られるなら、それでいい。
「この畜生が……」
どうせ私を殺すなんて、この状況じゃできっこないんだ。荒い呼吸の中じゃ、口から炎を吐くことなんてできないでしょ?
こいつの背中と、貼り付けた木の隙間から火の粉が飛び散りはしても、それ以上何かできるわけでもないでしょ?
だったら、今のうちに思いっきり、嫌われてしまえばいい。後でいくらでも殺されてあげるから。
そう思いながら擦り続けていた頬を、ぐっと一際強く擦り下ろすと、温かい液体が急に、こいつに向けていたほうの目に入ってきた。
「――痛い……。え、何これ……」
液の入ってきたほうの目をすぐさま瞑る。湧いてくる涙が異物として、流し出そうとする。
瞑った瞼にも掛かったそれは、粘性が強くて、頬へと、顎へと、ゆっくり伝っていく。
匂いが結構きつくて、マーキングとかに使う液が零れちゃったのかな、とも思ったけれども、別に敵視したくなるような匂いじゃなかったし。
「もう、いいだろ……」
片目を瞑ったまま見上げると、こいつはよだれを垂らし落としたまま、顔を横へと背けていた。
さっきのが何だったのか、なんとなく分かった。
「気持ちよかったの? ね、どうだったの?」
……そっか、気持ちよかったんだ?
尋ねながら私は、蔓で頬に残る――こいつの精液を掬って、舌へと運ぶ。粘り気があって、甘くて、結構美味しい。
返事をくれず、急にしおらしく押し黙る様は、これはこれで可愛らしいけど。魔女にさせられたんだから、こいつはきっと惨めに思ってるんだろう。
「ね、まだ行けちゃう?」
ほんとは、続けたら好いてくれるかも知れない、なんて甘いこと思ってたのかも知れない。そんな難しいことじゃなくて、私の好きにしたいだけかも知れない。でもそんな寂しい言葉は、魔女にはあまりに似合わない。
だから、ただ、こいつの弱みを、見つけたんだ、って。魔女らしく、利用してやるんだ、って。私自身に言い聞かせた。
「もっと遊ばせてよね」
背けた顔に、こいつの頬に向かって首を伸ばし、精液で湿った頬を押し付けて、一回、二回強く擦り付ける。
下方にあるこいつの後ろ足が、弱々しく私の首元を蹴ってくるものの、痛みさえもなく、そっとめり込んでくるだけだった。
魔女にさせられたこと、よっぽど衝撃だったのかな。いい気味。
私は顔を下ろして、再びこいつの性器を見つめ直す。
ぴんと張ったままでも、さっきの精液が零れた分で、少し水気が増したようにも見える。何より、心落ち着くいい匂いが、前より強く私をくすぐってくる。
「意地悪だね……」
顔を寄せて、もう片方の目も瞑り、私自身の視界を黒く染めながら、こいつの後ろ足同士の間、張った性器に、静かに舌を当てる。それから、やや乱雑に、勢いよく舐めずる。
「やめろ……ぁあ……頼むぅう! うぅん……!」
嬌声。もっと欲しいと訴えかける言葉が、切れ切れの喘ぎと共に向けられてくる。舌に触れるそれがぴくり、ぴくりと震える。
「しょうがないね」
こいつの性器に付いたままの液をあらかた舐め取ると、そのまま口を開けて、咥え、二つの膨らみごと歯の奥、口内に収める。
舌に唾液を乗せて、味の残るこいつの性器を洗い流して、膨らみを押して、ついでに舐め扱く。
「ぁああ……! ううう……」
上目遣いに、精液の掛かってないほうの目だけで様子を窺うと、こいつは顔を背けたそのままで、強く目を瞑って、口を喘ぐ呼吸と共に開け放して。傍目には苦しんでるようにも見える。
つらいの? それは違うんじゃない?
性器の、細く出っ張った筋を舌でゆっくりと舐め、膨らんだ袋を追い転がす。そうすると、こいつの浮いた下半身が、とく、とく、と、脈打つかのように引いて、押し込んでの身動ぎを繰り返し始める。
舌表面に固く押し付けられて、こいつのほうから刺激を求めて。でもそれは身体相応の小ささではあっても、私の口だってそう大きくはないし、先が喉奥にまで当たって、結構痛い。
でも、揺さぶられて、開いてた片目も瞑って落ち着くと、大きな鼓動が案外心地よかったりした。
「お前なんか……に……」
喉奥に直接、液体が放り込まれた。粘性が強く、張り付いて、咽せ上がらせてくれた――!
私は驚いて両目を瞑り、咥えてたこいつの物々を吐いて一歩下がった。それはまだ続いてたのか、粘性強く温い液体が、前足に、首筋に、額に、瞑った瞼に降りかかった。
「ああぁ……」
ため息のような、力無い声が聞こえてくる。こいつなりに、結構頑張ったんだろうな。でも舌にも乗らず、味わえもしなくて、ただ苦しいだけっていうのは、腑に落ちなかった。
がほ、がほ、と柄にもなく息の塊を吐いても、異物感が取れない。苦しい。
図らずとも、こいつは私への仕返しに成功したんだろう。ようやく僅かに喉奥から戻した精液は、先の、掬って舐めた液体より、味が薄くなってる気がして微妙だし。
でも、こいつの色に染まれるって思うと、そこまで悪い気はしなかった。
元より殺されてもよかったんだから。その前にこいつの、雄のあれこれを知れるなら、それもいいかな、って。
……。
「……まだ欲しいでしょ? ねぇ?」
――魔女の希望することを、なんで許可取るみたいに聞かなきゃいけなかったのか、よく分からない。
私は両目を瞑ったまま、どんな表情をしてるのかも分からないこいつに顔を向けて。貼り付けられ続けてるその身体に、三度、顔を押し付けた――。
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日はまだ上りきらず、青く暗い空からは、色薄い光が、木漏れ日として森の中へと降りてくる。その先、涼しい靄は優しい風にうねり、静かに波打っていた。
私は目を瞑り、ひんやりとしたもやを身体じゅうで吸い上げる。この日が昇って落ちるまでもまた、退屈しませんように。
木々の間で、願い事と共に、念を地面に流し込む。一通り終わると目を開いて、傍にある濃茶の木をぐるりと回る。
「おはよう、今日もいい日になるよね?」
さっき願い事してた場所からは丁度死角になる所。長めの草で編んだハンモックに挨拶を投げかけると、その上にいる、横向きだかうつ伏せだかよく分からない体性の生き物が、視線を、一言添えてあたしに向ける。
「さあな」
こいつは、あたしの編んだハンモックの上から身動ぎせず、視線そのままに口を閉じた。
まだ、眠いのかな。無理に起こさなくてもいいか。
昨日の夜は、頭の葉っぱを口に当てた笛で無理やり寝かし付けたから、寝起きが悪いのもしょうがないかも知れない。
「そっか、まいっか」
あのヒートが終わって、どのくらい経ったかな。あの時はこの森も、真っ黒に焼け落ちたのに、今はもうそんなこと微塵も感じさせない、心地のいい森に戻ってる。
そんな長い時の中、私もこいつも、結構持ってたはずの互いへの関心がだいぶ抜けて、何だかどうでもよくなりつつあった。
「あんたは涼しいのって好きじゃないんだっけ……面白くないねぇ」
仲がいいか、と言われると、決してそんなことはないけれども。不思議と傍に居る、それ自体は悪い気はしない。
次にヒートが来たら、またあの頃に逆戻りするんだろうな、と思う。私はこいつと対峙し直して、今度は完膚無き程度に負けるだろう。
その時が来てしまったら、それは、雄と番になる待望の瞬間なんかじゃなくて、私が死ぬ時だ。
この涼しい、でも魔女の噂が残って誰もいない森も、また焼け落ちてしまうんだろうかな。
それでも、もしかしたら屈服させられ、支配され、愛でてくれるかも知れない、なんて。どんなにふざけた願い事だろう。
そう思うと、楽しみであると共に、傍に居てくれなくなるかも知れないって不安にもなる。
殺されるならそれでいい。私が魔女なら、少なからず、その時まではこいつと一緒に居られるんだから。
――できるなら、今の微妙な関係が、ずっと続いて欲しい。魔女に捕らわれ続ける一匹と、魔女になりきれない一匹として。