拍手のような、弾ける焚き火の音と風で草木がさざめく音。  
森に住むポケモンたちの羽音や、近くに流れる川のせせらぎ。  
そんな穏やかな自然音を台無しにするサトシの盛大ないびき……  
 
「はぁ……今日もようやく一日終わったかな」  
「んゃなっふ…っふ…」  
 
既によだれを垂らしながら眠るヤナップを一撫ですると、甘えるように僕の手を握ってきた。  
最近、どうも疲れが溜まっているのか体が重いし、息抜きや癒しが欲しい。  
僕のやるせない気持ちを分かって寝ながらでも癒してくれるなんて流石は僕のマイヴィンテージ…  
そんなことを考えていたら、そのままよだれを拭かれた。なんて奴だ。  
 
明日も起きたら三人分の、いや四人分の朝食の準備をしないと。  
いつもより下準備に少し時間がかかるから早起きか……憂鬱だなあ。  
寝袋に収まった膝に向かって、胸の辺りにつっかえたような空気を盛大に吐き出す。  
 
「デント、どうかしたの?」  
「あ、ベル…」  
 
まさかため息に言葉が返ってくるとは思っていなかった。  
今日からしばらくベルも一緒に次の街を目指すことになっていて、それで僕は朝食のメニューを…  
疲れでもやもやと霞がかった頭で記憶を反芻していると、ベルは一言「座るね!」と僕の隣に腰を落とした。  
 
「最近少し疲れが溜まってるみたいで、ついね」  
「へえー、デントって大変なのね」  
「三人の中で料理が出来るのは僕くらいだし、一番年上だし、サトシもアイリスもすぐ突っ走るし…」  
 
それからしばらくは自分でも驚くほどに絶え間なく言葉が流れるように口から出てきた。  
テイスティングする時以外にこんなに喋り続けるのも久しぶりかもしれないくらい。  
疲れきった重い頭はマイナスの方向に回転するのはやけに早くて、  
キリの良いところまで吐き出し終わる頃には焚き火の背丈は相当縮んでいた。  
 
「あっごめん、ずっと愚痴とかばっかり…」  
「いいのいいの! そういうの聞いてもらう人いなかったんでしょ!  
私が聞いたげるから、デントの思いの丈を吐き出しちゃってよ」  
 
そう言うとベルは僕の後ろに回って、肩の辺りをきゅっきゅと揉み始めた。  
あまり強いとは言えない力で、ほぐされてるかどうかは微妙なテイストだったけど、  
それよりも何よりも、僕は普段のサトシ達以上に突っ走るおてんば娘のベルが  
愚痴を聞いて肩を揉んでくれているという激しいギャップに動揺していた。  
これもしかして夢なんじゃ…いや、夢じゃないとしたらすごく嬉しいけど。  
 
「……デント?」  
「ん…ごめん、少しぼーっとしてた。 もうちょっと内側揉んでくれるかな」  
 
はーいと嬉しそうに返してくれたベルは言われたとおり僕の首の付け根の辺りを揉んでくれている。  
そっと手の甲をつねってみたけれど、ツンとした鈍い痛みが残るだけ。 わお、夢じゃないのか。  
しかも、さっきまで頭の中で渦巻いていた粘っこい霧はベルのおかげで霧払いされたようだった。  
その代わりに気になることが一つ出来てしまった。  
 
「んっんっ…どう…?…気持ちいい? も、悩み事とか無いの?」  
「だ、大丈夫だよ。うん、言いたいこともみんな言っちゃったし」  
 
この様子だと本人はまったく気づいてないみたいだけど、ベルの割と…どころでなく豊かな胸が  
僕の背中にかするというか、何度も当たる。 ということに僕が気付いてしまった。  
一度気づくとどうしても気になるのが男の性というもので。おさまれ僕のジャローダ  
胸…だけでも既に効果抜群なのに、声が、声が気になって仕方ない。  
 
「肩も大丈夫だよ。ありがとう。  
そういえばその、ベルはどうなの? ずっと一人旅だろ」  
「えっ、私? うーんとね…」  
 
よし、なかなかうまく逸らせた気がする。  
正直とても惜しいけども耐えられそうもないから仕方ない。  
今度は僕が、後ろにいるベルの隣に腰を落とす。  
寝袋から出た足が空気に触れて心地いい肌寒さを感じた。  
 
それにしても今夜は珍しい場面に遭遇してるなあ。  
きっとサトシやアイリスや、他の誰かも、こんな大人しくて困った顔のベルを見たことないと思う。  
なんとなく、そんな小さいことが僕には嬉しく感じた。独り占めしているような感じで。  
ベルはというと、まだうんうん言いながら時々ちらりと不安げな上目遣いで僕を見ている。  
仄かな焚き火の炎で瞳が潤んで見えて、思わず、してもいない蝶ネクタイを正す仕草をして目を逸らした。  
 
「……ねえ、もうちょっと近くに寄ってもいい?」  
「うん、いいよ。どうぞ」  
 
僕とベルの距離がなくなった。僕の腕とベルの腕が触れ合って互いの熱が、長袖のパジャマ越しに伝わる。  
うまく回避できたと思ったらまた新しい危機のフレーバー。 我慢だ、僕のジャローダ  
それからほんの少しの沈黙を挟んでから「あのね、」とベルが呟いた。  
 
「ちょっと言おうか迷ったけど…。 その……寂しいなって、思うの。時々」  
 
とても小さな声で、きっと僕だけに聞こえる声だった。  
こんな近くにベルがいるのは釣り大会の時以来だけども、  
こんなに小さかったっけと思わせるくらいに今の彼女は弱々しく見えて。  
 
「私にはポケモンがいるし、独りじゃないって、分かってるの。  
でもね、どうしても時々寂しく なって だめに なりそ、で…」  
 
少しずつ声が震えてきて、うつむいたベルの目から一粒 涙がこぼれた。  
深呼吸を一つして、僕とベルの間に置かれてた一回り小さな手に僕の手を重ねた。  
すん、と一呼吸おいてから小さな声で「ありがと」と聞こえて、どちらともなくそっと指を絡める。  
まだ喉の奥で震える声で続けようとしてむせた様子に思わず苦笑しながら「ゆっくりでいいよ」と言ったら、  
ちょっと泣いて赤い目をこすりながらベルも笑ってくれた。  
それからもう一度お互いの指を重ね直してから、続きを聞いた。  
 
「だからね、同じ旅をしてる人に会えてすごく良かったぁって思ったの。  
サトシもベルも、もちろんデントのこともよ」  
 
あ、ゾロアも!とさっきまでの泣き顔が嘘のように嬉しそうな顔で言うベルに、  
口元にそっと人差し指を立ててジェスチャーを送る。  
ハッとした顔で、今度は小さく「ごめんなさい…」とまた涙目で呟く。  
ころころと忙しく変わる表情は、いつものベルのよう。  
叱られたヨーテリーのようにしょぼくれたベルのふわふわした髪をくしゃくしゃと撫でれば、  
今度はまたえへへと笑ってみせてくれる。 とってもかわいい  
 
「なんだか不安な気持ちがどこか行っちゃったみたい。  
デントのおかげね ありがと!」  
 
体ごと向き直って、さっきまで撫でていた手と、もう片方の手をベルの両手で包み込むように握られたと同時に  
引き寄せられて、不意の出来事に僕もベルも「ふあっ」とか間の抜けた声をあげて倒れ、かけた。  
 
気づけばベルが僕の腕の中にすっぽりと収まっていて、縮こまった姿はまるで小動物。  
……僕は黙ったまま腕の中のベルにしめつけるを繰り出した。  
と、同時にもう消えけていた焚き火がさらりとそよいだ風に消される。  
明かりと熱源が消えた中で、僕の腕の中のもぞもぞとしている小動物は変わらずにぬくい。  
少しだけ抱きしめる腕を緩めれば、おずおずと背中に腕が回されてきて、  
そんな様子が可愛くて今度はもっときつく抱きしめた。  
すると息苦しいのか背中の手が僕のパジャマをきゅっと握りしめて抗議してくる。  
また少し緩めると、ごそごそと僕の肩の辺りに顔を出して、今度は甘えるように頬を擦り寄せてきた。  
じゃれついてくる子犬のようなベルの頬は夜風に冷えた僕の頬には少し熱いくらい。  
触れ合う頬から徐々に熱が伝わってくるってだけじゃなく、僕の顔も熱くなってくる。  
 
胸の高鳴りがやかましく聞こえるほどになって、でもこの腕の中の暖かさは心地良くて、  
ずっとこの温もりを抱きとめていたくてたまらない、なんだか不思議なテイスト。  
 
「ふぁあ…はぅ…」  
 
ふと見てみれば、ベルがうとうとしていた。  
森の木々の合間から見える月も随分と傾いていて、流れてくる風の冷たさも夜の深さを伝える。  
あっ、明日は早起きして朝食を作らなくちゃいけないんだっけ。 もう完全に忘れてた。  
そうこう考えていたらベルはもう船を漕いでいる。 普段よりも子供っぽい彼女の寝顔を見ていたら、僕も少し眠くなってきた。  
起こしてしまわないように、そっと抱き上げて寝袋に寝かせると、寝やすくなったのか穏やかな寝息をたてている。  
隣に寝転んでチャックを閉めるとやっぱりいつもより窮屈だったけど今までには無かった暖かさが僕にそっと寄り添う。  
抱き返してみれば、微笑むように寝息を零して、またベルは夢の中。  
……僕もそろそろ眠ろうかな。  
 
「おやすみ、ベル…」  
 
 
 
次の日の朝起きたのは僕とベルが一番遅かったおかげで、とっても酷い目にあう羽目になった  
 
 

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