玖:ダンボールは持っていない
――お月見山 廃屋
辿り着いた廃屋からは確かに人の気配がしていた。
「この空気……随分久し振りだな。……ほんと、厭だねえ」
「もう二度とって思ってたけど……慣れないわ。何時迄も」
湿気の混じる生暖かい風が吹き付けて、全身から汗が滲み出る。
二年前もこうやってロケット団相手に喧嘩をしていた二人だが、決して道楽や愉しみで殺生をしている訳ではない。人殺しではあっても、殺人鬼では無い。正気は捨て去ったとは言っても、気が滅入る事だけは避けられない。
二人が木石では無い以上、そう言った感情の揺らぎと言うのは何時までも付き纏うのだろう。衒いと言う名の錆付いた釣り針が頭蓋を破って、喉元迄降りて来た様な気分だった。
兄妹はその感情を何とか処理して、廃屋を見やった。
元は営林署の建物だったのだろうが、確認した時に中がそれ程荒れていない事が判った。放置されてから余り時間が経っていないらしい。
出入り口は二箇所。正面玄関と裏口。二階建てで、一階に鍵の掛かった小部屋が二つ。二階は長い廊下一本道を左に曲がって直ぐに大部屋が一つだけ。
コンビニのゴミを見つけたのは二階なので、恐らく溜まり場は二階。その証拠に二階部分だけ電気が付いている。電気が通っている事は先刻も確認した。だが、一階部分は真っ暗だった。
敵の総数は確認出来ただけで四人。装備、戦闘錬度は不明。別ルートで合流している人間も居るかも知れないので四人以上と考えて良いだろう。内部は遮蔽物こそ少ないが壁が狭く、曲がり角も多い。
……現時点の情報は以上だ。
「で、作戦に変更は無いのよね?」
「ああ。俺が正面。お前が裏口だ」
「おっけ。……中で会いましょう」
リーフは裏口目指して駆けて行った。
二人の作戦はシンプルに二点同時侵入だ。正面がレッド。裏口をリーフが担当し、同時に潜入する。接敵した場合は極力気付かれない裡に倒す事。
気付かれた場合は、その人物が陽動を果たし、もう一人がサポートすると言うものだ。
「……良し」
レッドの準備も完了した。ホルスターに手を掛けて、銃を構える。そして、硝子越しに内部状況を確認。誰も居ない事を確認し中に入った。
昼間と変わらず、中は誇りっぽい空気だった。暗い床に目を凝らせば、積もった埃に多数の足跡が残されていた。放置されたこの場所にそれだけの人間が居ると言う事だ。
「全員、二階に集まってるのか?」
慎重に歩を進めるレッド。目の前に階段。右には廊下。その左右には開かない部屋。コの字廊下の先に裏口。リーフの姿が見えない事を考えると、敵が居るのかも知れない。
「どうするか」
選択を迫られるレッド。一階部分をクリーンにし、リーフと合流するか。それとも、此処はリーフに任せて二階に移るか。
だが、残念。時間切れだった。
――ガチャ
「ほ?」
間抜けな声が出た。施錠されている筈の二つの部屋。その片方の扉が開いた。
ロケット団がハンカチで手を拭きながら出て来た。そして、バッチリ目が合ってしまった。
「だ、誰だ!?」
「見ての通り、侵入者だよ」
どうやらその部屋はトイレだったらしい。そして、開かないと思っていたのは単に立て付けが悪かっただけの様だ。……何と言うか、間抜けだった。
「誰だか知らないが、この場所を知られて只で返す訳にはいかねえな!
行け! ズバット!」
問答無用でポケモンを繰り出すと言う事は、トレーナー崩れだろうか? ……それなら。
「リザードン、頼むぜ」
片手でボールを手にしてスイッチを押す。
――ぐるるおおんっ!
火竜降臨。尻尾の炎で周りが仄かに照らされた。
「な、何ぃ!? 何だその強そうなポケモン! 俺に寄越せ!」
……何とも平和的な会話で涙が出そうなレッド。しかも仲間を呼ばないとはお優しい事この上無い。
『ああ、くれてやるともさ。別の贈り物だけどな』
レッドが灼熱の憎悪を解き放つ。
「んー?」
正面玄関が何やら騒がしい。恐らく、兄貴が戦闘中なのだろう。
壁に張り付きながら、息を殺して目の前のロケット団の動きを観察するリーフ。コの字廊下の、玄関から死角になる位置に見張りが佇んでいる。見つかれば厄介だ。
廊下は狭く、左右へすり抜ける事は不可能。だが、相手は音がしている方向に顔を向けている。
「おーい。何かあったのかあ?」
注意がそちらに向いているならば、こちらが取る冪行動は一つ。
「(もっと注意を向けさせる!)」
リーフは潜入前に外で拾った石ころを男が向いている方向に投げ付けた。
――ガンッ! カラカラカラ……
「あー? 何の音だよ」
流石に異常事態だと気付いたのだろう。男は音のした方向へと歩いて行く。後方警戒が完全に笊だ。
……上手くいった。こう言った暗闇で相手を誘導するコツは音を武器にする事。スニーキングの基本だ。リーフはこっそりと後を付ける。
「……? 何も無いよな」
音がした場所を調べ、何も無い事に?マークを浮かべるロケット団。その視線が兄貴が居るだろう廊下の先へ向く前に……
「(仕留める!)」
リーフが動いた。左腿に装着したナイフフォルダーから大型のフォールディングナイフを抜き放ち左手に逆手で持った。
「うぐ!?」
背後から右手で相手の口を塞ぎ、暴れられない様に眼前にナイフを突き付けた。断じてCQCではない。
そして、リーフの深緑の憎悪が解き放たれた。
「ゴメンね」
――ズブシュ
「げごぶう」
掌に伝わる鈍い感触と共に声帯と頚動脈を諸共切り裂く。血飛沫を上げ男は絶命した。
「ドラゴンクローだ」
屋内で火炎攻撃は火事の恐れがあるし、狭いので飛行技はそもそも使えない。それならば、一番適任な技はドラゴンクローだ。どう見ても相手の手持ちは弱そうだし、恐らく確定一発だろう。
――ぎゃるおお!
ずしゃ……べしゃ。肉を咲く音が聞こえて、相手のズバット壁に吹っ飛ばされて壁画となった。
「ちいっ、強いじゃねえか! 次は……」
……好機!
次の手持ちを出す為に男が警戒を一瞬解いた。レッドは素早く詰め寄り、左手で相手の首を引っ掴んで突進の勢いのまま壁に叩き付ける。
「ぐ、え」
苦しげな男の声。レッドは左手に握っていたガバメントの銃口を男のこめかみに押し付け……
「くれてやるよ。……鉛玉だ」
――タァン
そのまま引鉄を引いた。乾いた発砲音が響き、男は絶命する。レッドが手を放すと床に崩れ落ちた。
「悪いな。こいつはポケモン勝負じゃないんだ」
……殺し合いだ。
人間、落ちて来た植木鉢の直撃でも容易く命を落とす。相手を殺めるのにポケモンの力にはもう頼らない。それを自分の手で成す事がレッド達の矜持だった。
さて。引鉄を引いてしまったので、今の音で確実に自分達の存在はバレた。このままでは相手が反撃に出るか、逃走する可能性があった。
レッドは倒れている男の死体をチェックした。……武器は携帯していない。先程の掴みを回避出来なかった事から、戦闘訓練も恐らく受けていない。ポケモンバトル以外は恐らくは素人さんだ。
「……ロケット団も人材不足か」
嘗ての解散に際して多くの構成員をロケット団は失っている筈だ。そして復活出来るだけの人数を確保する為、メンバー募集に躍起に成り過ぎた結果がこれだろう。
もう少し、戦闘訓練を積ませる冪だし、マフィアなのだから昔みたいに武器も携帯しておけとレッドは思った。二年前のロケット団はその辺りでは未だマシだった。
最初に出会った占拠事件の時のロケット団が異常だっただけなのかも知れないが。
「兄貴」
廊下の向こうからリーフが来た。
「リーフ……音でバレたな」
「判ってる。こっちも一人始末したわ。残り二人よ」
順当に行けばそうなるだろう。此処の連中は大した強さではない。為らば、此処は押しの一手で出る冪だろう。
「上に行く。付いて来い」
「了解!」
ダッシュで階段を駆け上がる。長い廊下を駆け抜け、大部屋前で一時ストップ。
呼吸を整えて一気に踏み込んだ。
「毎度〜」「宅配便で〜す」
――地獄への切符をお持ちしました
踏み込んだ部屋には黒服が二人。それ以外には居ない。どうやら彼等が最後の様だ。
「騒ぎを起こしているのは貴様等か!」
どうやら、此処のリーダー格らしい。纏う雰囲気が始末した団員より若干異なる。
「我等ロケット団に楯突くとは中々に怖い物知らずだな。……どうだ? 我々の下へ来んか?」
この状況下で勧誘とは、どうやらそれ程迄に人材不足は深刻らしい。少しだけ二人は同情したが、答えは当然Noだ。
「断る」「厭よ」
「ふん。当然の反応か。では、問おう。何故此処に来た? 目的は何だ?」
――目的? 目的、ねえ
レッドがホルスターに手を掛ける。遮蔽物の粗無い大部屋。大火力のショットガンを抜く。
リーフも両腰に下げていた二丁のイングラムを両手に握る。
そして、構えた。
「ロケット団!」「滅ぶべし!」
三つの銃口が男二人に向けられた。
「じゅ、銃!? リーダー、ヤバイっスよコイツ等!」
「うろたえるな!」
瞬間、パニックを起こした下っ端を大声で落ち着かせた。流石はリーダーと呼ばれるだけはある。中々に肝が据わっている。
だが、そのリーダーの頬に汗が張り付いているのを二人は見逃さなかった。
「まあ、落ち着け」
両手を挙げて敵意が無い事をアピールするリーダー格。二人は銃口を向けたまま、無言だ。
「その目を見れば判る。余程、我々を憎んでいるな」
憎んでいる? 当然だ。そうでなければこうも殺生を重ねない。
「確かに、我々は悪の組織だ。方々から恨みを買っている。だがな……」
どうやら、その自覚はあった様だ。面白いから続けさせてみる。
「今迄、私は人を殺めた事は無いよ。解るだろう。殺人は重罪だ。
……だから銃を置こう! 我々は殺し合う冪ではない! きっと話せば分かり合える!」
此処迄聞いて急速に萎えた。政治家の演説か? だったら、こんな場所ではなく、選挙カーの上でやるが良いさ。レッドは引鉄に力を込めた。
「さあ!その銃を置いて握手を」
――ダァン
言葉は最後まで紡がれない。それを遮った銃弾はフローリングの剥げた床に穴を開けていた。こんなものが直撃したら人間なら無事では済まないだろう。
「「……ポケモンは?」」
「何?」
感情の一切合財が凍て付いた声。だが、レッドとリーフの胸中では憎悪が渦巻いている。
「ポケモンはどうなんだ?」「殺した事、あるでしょう」
「そ、それの何処が悪い! ポケモンなぞ人間が使ってやらねば価値が無い存在だ! 寧ろ我々の金儲けの役に立って死ねるなら本望だろうっ!」
男は火が点いた様に早口で捲くし立てる。パニックに陥った時こそ、その人間の本質が表に出るものだ。そして、化けの皮が剥がれた男を見て二人は十分に理解した。
――ああ、こりゃ駄目だ
「お前等、もう死んで良いよ」
「ううん? って言うか、死んで今直ぐ。お願い」
言葉は出尽くした。やはり、こいつ等とは相容れない。否、それ以前に言葉が通じない。
予想はしていたが、それが当たった事に絶望する二人。もう殺意や狂気を隠そうともしなかった。
「り、リーダー!」
「こ、このまま殺されてたまるか! お前も戦うんだよっ!」
2対2。ダブルチーム同士の対決だ。とっくにポケモン勝負からは逸脱しているが、それが彼らの最後の抵抗と言うのなら、それに則るのがトレーナーとしての慈悲だ。
二人は銃を仕舞い、腰のボールに手を伸ばした。
「灰にしろ、リザードン」「フシギバナ。粉砕しなさい」
カントー御三家の裡二匹がこの場に降臨した。
相手はゴルバットとラッタ。……残念だが、レベルも種族値も一切が違い過ぎた。
「エアスラッシュ」「ヘドロ爆弾」
室内と言う事も忘れての大立ち回り。次々と落とされるロケット団の手持ち。一撃すら耐えられない。
「い、行けえ! ほら、あいつを直接狙うんだよ!」
「無理ですって近づけない!」
どうやらダイレクトアタックを考えている様だが、それは甘い。下っ端が飛び掛るより早く狙いを付けて、撃つ自信がある。それ以前にこの二匹の間をすり抜ける事など訓練を受けた人間すら至難だろう。相手に打つ手は無かった。
「ブラスト…」「ハード……」
兄妹が大技を指示。リザードンとフシギバナが発動体勢に入った。
「バーンッ!」「プラントッ!」
部屋の包み込む爆発の衝撃波と、階下から襲う巨大な樹木。この瞬間、部屋の床の大部分は崩れ、屋根と窓ガラスは吹っ飛んだ。……当然、発動前に二人は安全な物影に避難していたので無事だ。
あのまま消滅していてもおかしくないエネルギーの本流だったが、その出力はちゃんと抑えていたのだろう。ロケット団二人はその手持ちと共に階下に落下していた。
瓦礫がクッションになった様で大した怪我は見られない。二人は下に飛び降りた。
「リーフ」
「うん?」
気絶していたロケット団の意識を無理矢理覚醒させて、銃口の支配下に置く。
リーダーと呼ばれた男は壁際に追い込まれ、逃げ出せない。下っ端もその様子をビクビクビクしながら見ている。
「そいつ逃げない様に見張っててくれ」
「アイアイサー.。……動いちゃ駄目よ?」
下っ端の監視をリーフに任せるレッド。これにはちゃんと意味がある。
リーフはイングラムの銃口を突き付けて、下っ端に念を押す。コクコクと何度も下っ端は頭を振った。
「さて、人殺しは重罪って言ってたな」
「あ、ああ」
レッドがショットガンを片手に問う。これは尋問ではない。どちらかと言えば鬱憤晴らしだった。
「じゃあ、ポケを殺す事は罪じゃないのか?」
「・・・」
リーダー格の男は答えない。レッドを刺激しない様に黙っているのは見え見えだった。
レッドはその無言を肯定と解釈した。この男は確かに、先程ポケモンの命を軽視する旨を述べたのだ。
「ま、お前等にとっては、そうなんだろうな」
ポケモンは道具で、その道具を使う人間はポケモンより偉い。
人間優位の価値観を捨てられない馬鹿が考えそうな理屈だ。生身ではズバット一匹にすら苦戦すると言うのに、それでポケモンより偉いと気取る。
「そんなお前等が人権を主張するとはお笑いだな」
そんな阿呆は最早人間の範疇に当て嵌まらないとレッドは断定する。人間じゃない只の毛無し猿が人権擁護を声高に叫ぶ。或る意味シュールな光景だ。
「そして」
レッドを取り巻く空気が変わった。そして、伸ばされた右手の指が男の首に食い込んだ。
「お前等のその勝手な理屈で俺達の相棒は殺された!」
「うぐぐ!」
憎悪の発露だ。ゴリッと額に銃口を押し付けてレッドが叫んだ。慈悲は無く、殺意しか読み取れない瞳。彼はその引鉄を躊躇い無く引くだろう。
「だから、その命で贖え」
「!! 待っ「死ね」
――ダァン
そして、やはり引鉄は引かれた。
ビシャビシャと弾けた脳味噌が降り注ぐ。爆発した男の頭はまるで石榴の様だった。べた付く脳漿が天井や壁、レッドの装いを赤く汚した。
――ボトリ
下っ端の足元に何かが転がった。それは今迄生きていたリーダーの眼球だった。
「ひっ」
この時、下っ端の恐怖心は限界に達した。……このままでは殺される。
「ひいああああああああああああ!!!!」
助かりたい一心で叫びながらその場を駆け出す。
……銃口が自分を狙っている事も忘れて。
――パララララララッ
「ぎゃっ、がっ」
全身を針が貫いた様な激痛に襲われ、下っ端はもんどり打って仰向けに転がった。
軽快な連射音。チリチリと床に空薬莢が転がる。硝煙を昇らせるリーフのイングラム。彼女が撃ったのだ。
「あーあ。だから、動くなって言ったのにねえ」
「う、あ、があああ……」
苦痛に呻く下っ端の肩を片足で踏み付けた。その顔が更に歪む。
「未だ殺さないわ。急所は外してるし。……聞きたい事があるの」
「見せしめとしては良い効果だったろう? 喋ってくれるな?」
これがリーフに監視させた理由だ。目の前で上司を凄惨に殺せば、下っ端はパニックになる。その状態で多少痛め付けて尋問すれば相手は素直に喋る。それを狙ってのものだった。
情報を持っていない事が唯一の懸念事項だったが、リーダーの近くに居た下っ端だ。きっと何かを知っている二人は踏んでいた。
「う、た、助け……ぐえ」
リーフがわき腹に爪先を軽く捻じ込んでやった。蛙の泣く様な声で呻く下っ端。
「それはあなたの態度次第かしら」
リーフの瞳が闇の中で鈍く光る。赤い光だった。
「一つ目。此処って結局何? もうこの山って化石出ないんでしょ? 何でこんな場所で集まってたのよ」
「こ、こは集会所だっ。報告とっ、本隊の指示を受ける、場所だ。新しっ、団員……連れて来たりす、る」
「……やっぱり活動拠点の一つ、か」
最初の疑問だ。何でこんな場所を溜り場にしているのか。
めぼしい資源がある訳でもないこの場所を選んだ理由を知りたかった。
そして、答えはレッドが考えた通りだった。意外性の無い答えだとがっかりする事はしない。重要なのは次以降の質問だった。
「二つ目。あなた達、一度解散したわよね? でも、サカキのおじ様は行方不明なんでしょう? 誰が仕切っている訳?」
今のロケット団の内情はどうなっているか、だ。
二年前にサカキを殺せなかった瑕疵がこうやって回って来ている。
一度解散した組織を再び興すとなると、サカキに変わる新たなカリスマの存在が必要になる。二人にはその辺りが不明瞭だった。
「はー、はー……ごふ」
苦しげに息を吐き、下っ端は吐血した。
「早く答えないと出血が拙い事になるわよ?」
吐血したと言う事は、内臓にも傷があると言う事だ。やはり、近距離であっても銃身のブレはどうにもならない。だから、弾が逸れたのかも知れない。
だが、撃った本人であるリーフはそれがどうでも良い事の様に冷たく言った。
「さ、い高幹部、アポロ様を中心……ラ、ンス様、アテナ様、ラムダ、様がほ、補佐して組織は、回っている……っ」
「……聞いた事ある名前、ある?」
「いや。……だが」
どうやら幹部連中が今のロケット団を纏めている様だ。出て来た名前にリーフは心当たりが無い。二年前には名有りの幹部と闘った事が無かったのだ。
しかし、何か気になっている事がレッドにはあったらしい。
「その中に前にナナシマの倉庫を受け持っていた奴は居るか?」
レッドの引っ掛かりはそれだ。以前、ナナシマの点の穴で強奪されたサファイヤを追って突入した倉庫で確かに幹部を名乗る男と戦ったのだ。
「アポロ様、だと思……以前は、ナナ、シマ支部長だった」
「あ! あのヘルガー使いの幹部! ……始末しておく冪だったわね」
リーフも思い出した。格好は下っ端のままで、名前も表示されなかったが、確かに戦った。サカキの解散宣言を信じず、負けて尚復活に執念を燃やす発言をした幹部。恐らくは間違い無くあの男だった。
しっかり止めを刺して置けば今になって復活する事も無かったのかも知れない。そう考えるとリーフは自分の甘さが腹立たしかった。
「これで最後だ。カントーに渡ったのはお前達以外にも居るな。そいつ等は何処に居る」
「・・・」
一番重要な質問だった。他の仲間の居場所について。復活した以上、送り込んだ人員がこれだけとは考え難い。復讐を続けていく為にその情報はどうしても欲しい。
だが、下っ端は顔を背け答えない。仲間を売る事への引け目か、それとも知らないのか。……何れにせよ、レッドは追及の手を緩めない。
「ぐあっ」
レッドが下っ端の髪の毛を引っ掴んでぐいぐい引張る。リーフも踏み付ける足に体重を掛けた。苦痛の悲鳴が下っ端から漏れる。
「貴様等屑が何人死のうが、感謝こそされても泣いて悲しむ人間は居ない」
「貴様はそう言う組織に組している。死にたくなければ……」
子供が泣き出して余りあるそれはそれは恐ろしい顔と声だった。まるで人ならざる何かが二人の背中に憑いている様でもあった。
「質問に、答えろ」「質問、答えてくれるわね?」
そして、一転。二人は微笑を浮かべる。それが殊更な恐怖を煽る様で、下っ端は一寸だけちびった。そして、恐怖に負けた様に叫ぶ。
「はー、はー……ッ! ぐ、グレン島だ! 一週間後! ポケモン屋敷に到着する!」
「……確かに聞いた」
レッドは満足げに頷いた。とっくに部隊配置を終えていると思っていたがそうではなかった。それならば、準備に時間を掛けられる。
「うん。ありがとう。御協力感謝。……そして」
もうこうなった以上、下っ端に利用価値は無い。リーフは銃を下っ端の脳天に向けた。
その下っ端の視線が向くのは、自分の顔でも銃口無かった。
「く、黒だ」
リーフのスカートの中身。暗いにも拘らず、僅かだが黒い布地がしっかりと下っ端の脳裏に刻まれる。そして……
――タン
「さようなら」
下っ端はリーフの下着の色を冥土の土産に旅立った。
「今更、見られて減るもんじゃないってのよ」
硝煙の臭いが僅かながら鼻を突く。羞恥心が無い訳じゃないが、今更見られた程度で動揺する程リーフは若くも無ければ純でもない。その姿はやたら漢前だった。
それから、極力自分達の痕跡を拾い集めて、広場に戻って来た。撃った回数はそれ程ではないので薬莢やら弾やらは粗方回収出来た。だが、破壊してしまった二階部分だけはどうにもならなかったが。
――お月見山 広場 山荘前
「ふゆううう」「ふはあああ」
久し振りの荒事で少しだけ精神を消費した。やっぱりシリアスモードは判っていても疲れるものだ。ベンチに腰掛け、大きく息を吐いて安堵する。レッドは煙草を取り出して一本咥えた。
「兄貴」
「どうした」
リーフが見てきた。レッドは何か忘れ物でもあったのかとリーフの方を見る。
「煙草、貰える?」
「……あいよ」
違った。煙草の催促だ。リーフも自分の煙草を持っている筈だが、態々集る辺り、家に置いて来てしまったらしい。
レッドはリーフにそれを咥えさせてやった。そして、安物ライターに点火。顔を寄せ合い、先に火を渡らせてフィルターを吸う。
「「はああああああ」」
盛大に溜息を織り交ぜ、煙を吐き出した。溜息の度に幸せが逃げると言うが、煙草を吸っていればそれが溜息なのかどうかは判らない。
そう言う意味では、彼等の喫煙も大人ならではの験担ぎなのかも知れなかった。
「……このままで、さ」
「このまま?」
呟く様なリーフの声。視線だけを妹に向けて、兄貴は煙を肺から吐き出す。
このまま殺生を重ねて、それともこのままの温いやり方で、と言う意味だろうか。レッドには判らなかった。
「ミロちゃん、ちゃんと成仏出来るかな」
「少しは天国に近付いたさ。俺のギャラドスも」
それこそ判らない事だった。死んだ相棒がきちんと成仏出来るかなぞ、自分が死んでみなければ確認しようも無い。
唯、そう考えねばやっていらない状況なのは確かだった。
――そして ……そして、自分達は地獄にまた一歩近付いた。
それを口に出す必要は無かった。