拾伍:それでも半袖、ノースリーブでミニスカ  
 
 
――シロガネ山 洞窟内部  
 初日にレッド達はシロガネ山頂に程近い洞穴に拠点を築いた。  
 山の冷気と雪風を避けられ、また正規ルートから外れた場所に見つけた温泉に程近い場所。ベースとするには打って付けだった。  
 そして、その夜エリカが陥落したとの報せも同時に受けた。  
 それから凡そ四日が経過していた。山の天候は不安定で、時折魔物が吼える様な恐ろしい唸り声にも似た風鳴りを耳にする。  
 そんな中にあっても兄妹がする事は変わらない。薄暗い洞窟を彷徨い、出現する野良ポケモンを狩る。腹が減れば飯を食い、夜は寄り添い抱き合って眠る。……たったそれだけのシンプルな生活。  
 もう長い事陽の光を浴びていない。何時の間にか闇の世界の住人になってしまった……そんな錯覚すら抱きそうだった。  
 そんな最中……  
 
デデン♪デーレデッテーテデレデッテーテ〜中略〜タピオカうめえっす! デデデンデデデン♪……  
 
「おい、鳴ってるぞ。こっちは手が放せん」  
「はーいはい。判ってますってばさ」  
 夕食の準備中にリーフのギアが鳴り出した。こんな僻地、しかも洞窟内に在って電話が通じるとは何とも不思議な話である。  
 レッドは携帯コンロを使って飯盒で飯を炊いている最中で動けない。ライトの灯の下、野菜を切っていたリーフが作業を切り上げて、電話を取る。発信者はグリーン。  
「はいよ〜。こちらリーフ」  
『あ……リーフさん、ですか』  
 電話の向こうから聞こえたのはグリーンの声ではない。やや間延びした、若い女の声だった。  
「え……その声」  
『はい、僕です。イエロー』  
 当然、リーフはそれに聞き覚えがある。イエローだ。  
「何か久し振りに声を聞いたわ。で、何でグリーンのギアから」  
『是非お伝えしなければいけない事がありまして。でも、僕ギアを家に忘れて。で、グリーンさんのギアを借りたんです』  
 イエローの性格は暢気ではあるが、うっかり屋では無かった筈だ。偶々だろうか? まあ、何にせよイエローならありそうな話だった。  
「それで態々あたしにね」  
『レッドさんのギアには繋がらないから、リーフさんにならと』  
「は? 兄貴のギア……って、充電切れてんじゃん」  
 話を聞き、そんな馬鹿なと近くに放置されていた兄のギアを拾い上げ、その理由が判ったリーフ。  
成る程。そりゃ繋がらない訳だ。  
「で、あなたが掛けて来たって事は……バッジを取られたのね?」  
『はい。お恥ずかしい限りですが、僕達の手には負えませんでした』  
 一転して真面目な口調でリーフが問い質すと、イエローもまた凛とした声色で返す。  
 どうやら、自分達が出張る事が確定してしまった様だ。  
 イエローの声には一抹の無念さが滲んでいる様に聞こえた。  
 
「グリーンはどうしてる? ひょっとして不貞寝でも決め込んでログアウト中?」  
『いえ。あの……お酒飲んで管を巻いてます』  
「尚、悪いわねそれ」  
 渦中の人物である筈のグリーンがイエローに連絡を任せている事にリーフは引っ掛かりを感じた。こう言う事を他人任せにする事を嫌う彼がだ。  
 そして、その理由を聞いて呆れるリーフ。  
 駄目男……と、そんな言葉が頭に浮かぶ。グリーンに付き合うイエローがやや不憫だった。  
『おらあ! こっち来やがれって! 電話なんて後で良いだろが!』  
『ちょ、待って下さい! 僕は未だお話中……きゃあ!?』  
 しゅるり、がさごそがさがさ。  
 グリーンの声が混じったと思ったら、次にはイエローの悲鳴。一瞬、衣擦れの様な音も聞こえた気がする。  
 ……何だ? 何をやっている? 途端に生臭い空気が受話口から漂って来た気がした。  
『いよおレッドぉ。お久』  
「リーフよあたしは。間違えんな」  
 どうやら、管を巻いていると言うのは間違い無いらしい。呂律が回っていない。  
『あ? そう言えば……まあ、どっちでも良いや」  
『あっ……やっ! そ、そんな……駄目です、こんな処で、ひゃんん!!」  
「良い度胸ねアンタ」  
 男と女の違いをどうでも良いとは無礼極まりない話だった。って言うか、お前は喋りながらイエローに何をやってるんだ。  
『兎に角、話聞いただろ? そう言う事だ。もうお前等だけだぜ』  
『そっ、らめえ! リーフさんにっ……んっ、聞こえちゃうぅ』  
「……切るわよ」  
 何がそう言う事、だ。これ以上は付き合い切れないリーフは会話を終わらせたかった。  
 そして、もう既にナニをしている声は聞いてしまっている。隠しても無駄だ。  
「一寸待てって。焦んなよ。折角幼馴染がお前達の健闘を」  
『あひぃ! そこ、そこは許ひてぇっ! お、おま』  
――ピッ  
 リーフは容赦無く電話を切った。  
 
「Fxxk」  
 
 糞っ垂と吐き捨てる。壁にギアを叩き付けたい気分だった。  
 凡そ、普段のグリーンからはかけ離れた行動だ。泥酔する位飲まなければならない程口惜しいのか、それとも見せ付けたかっただけか。どうにも真意が不明瞭だった。  
 ……だがあの女、間違い無く感じていやがった。それだけはリーフにも判った。  
 今度二人に会ったら、金的と三年殺しをしてやろうと心に誓った。  
「よお、飯炊けたぜ。で、電話は何だって?」  
「あ゛?」  
「っ! 何か不機嫌だな」  
 肩越しに掛かる兄の声に反応し、突き刺さる様な視線を投げ付けるリーフ。不愉快さと苛立ちを隠そうともしない。  
「別に。グリーン達も撃墜された。そんだけよ」  
「全滅か。……何てザマだ」  
 ぶっきらぼうに言うリーフの態度に一々レッドは反応しない。それ以上に、レッドはカントーに於ける上位トレーナーが退けられてしまった事が情けなくて堪らなかったらしい。  
 帽子の上から頭をぐしゃぐしゃと掻いていた。  
 
「……にしても」  
 リーフが今気にしているのはレッドとは全く別の事柄だった。  
『イエロー、あの娘ったら随分良い声で鳴いてたわね』  
 それだけ調教が進んでいると言う事だろうか。こうなれば、自分も……  
「否」  
 リーフが頭を振った。  
 別に僻んでいる訳じゃあない。張り合っちゃいけねえ。人にはそれぞれのやり方がある。他人のそれを倣う必要は無い。それなら……  
「今日は思いっ切り甘えちゃおっか、な?」  
 違う。今日はではなく今日もの間違いだった。  
 昨日のお兄ちゃん、逞しかったなあ……  
 ……いかんいかん。涎が口から溢れた。それをじゅるりと啜ってレッドの方を見た。  
「・・・」  
 一歩、二歩。そして、三歩。注視する度にレッドが後ろに下がる。  
「何故、逃げる?」  
 低い低い声で唸る様にレッドを問い質すリーフ。その背後には瘴気が渦巻いていて、瞳がまるで猛禽類のそれの様に冷たく輝いた。  
「いや、逃げるだろ! お前、今凄く怖かったぞ!?」  
「むっ、こんなエロ可愛い妹様に向かって何て事言うのさ」  
 レッドの顔に明確な恐怖が滲んでいる。それ程に恐ろしげな表情をしていたのだろうか。だとしたら随分な話だとリーフがぷぅ、と膨れた。  
 ……しかしながら、レッドの危険察知能力は流石だった。伊達に主人公を張っていた訳ではないらしい。それをリーフに感じたという事は、彼女はレッドにとっては危険な存在と言う事になるのだが、大丈夫なのだろうか。  
『……ま、何やっても無駄だけどね☆』  
 きっと、其処は気に掛けたら負けなのだろう。どちらにせよ、寝床が一緒である以上、レッドに逃げ場は無いのだ。  
 壁に括り付けられたカンテラの明かりに照らされて、リーフの顔も影も笑っている様だった。  
 
 そこから、更に時間は経過して。  
 もう、篭ってから十日は優に経過している。曜日の感覚も既に曖昧になっている。  
 初日からこれ迄、山で人に会ったのは二回きり。三日目に遭遇したエリートトレーナーと一戦を交え、負けたその人物を麓まで送っていった。  
 そして、二日前に迷い込んできた山男に穴抜けの紐を渡し、代わりに食料を貰った。  
 たったそれだけ。この場所がどれだけ陸の孤島なのか思い知らされた。  
 そして、修練中に母からの電話が来た事で、時局は終局へと加速する。  
 
 耳に煩い羽ばたき音と、足下に伝わってくる振動。  
 野生のゴルバットとイワークが飛び出してきた。  
 腰のフォルダーからボールを取り出し、地面に投げる。それと同時にレッドのギアが振動した。今回は直ぐに出る。  
「はい。こちらレッド。ただ今取り込み中」  
『はあい。レッド。元気そうね』  
 母親の声が耳に聞こえる。昨日、定時連絡をしたばかりなので懐かしい気持ちは一切しなかった。  
 ゴルバットが血を吸う為にレッドへとバサバサと飛んで来る。  
「兄貴! ゴルバット、そっち行った!」  
「判ってるって。……おわっ! ブラッキー!」  
 リーフの注意を軽く受け流して距離を取ろうとするが、放たれたエアカッターが顔面擦れ擦れを通過する。  
 それを回避したレッドはブラッキーに足止めしろと指示を出す。すると、ブラッキーは敵に猛然と飛び掛った。  
『本当に忙しそうね。手短に言うわ。さっきあなた達を訪ねてきた子達が居たのよ』  
「子供? それって帽子を被った中学生位の? ……ナイスワーク。悪波動だ」  
 自分達を態々訪ねる人間等限られる。どうやら、とうとうヒビキ達が嗅ぎ付けたらしい。  
 自分からゴルバットを引き離したレッドはそれを賞賛しつつ、ブラッキーに攻撃を指示する。悪意に満ちた波動を近距離で喰らったゴルバットは成す術無く倒れ、地べたに落ちた。  
「エーフィ、サイキネで応戦。……よっしゃあ!」  
 リーフの方も片付いた。特殊防御が紙装甲なイワークがタイプ一致のサイコキネシスに耐えられる道理は無い。イワークもまた、ズンと言う轟音共に共に地に倒れた。  
『そう。レッドさん達居ますかって。でもあなたに言われた通りシロガネ山で修行中だって伝えたらそのまま帰っちゃったのよね。知り合いかしら』  
「知り合い、ね。……いや、挑戦者だ」  
 どうやら、行き際に言伝を頼んだのは正解だったらしい。  
 奴等は来る。間違い無く。ブラッキーをボールに仕舞いつつ、レッドはもう直ぐやって来る挑戦者との対決に少しだけ身震いする。それが恐怖故か、歓喜故なのか、本人にも判らない。  
『あんな線の細い子達がねえ。……強いの?』  
「恐らく。だから、こうして戦って鍛えてるのさ」  
 ポケモンバトルに年齢や性別は関係無い事を母親は良く知っている筈だ。それなのに、敢てそう言うのは、ヒビキ達がお世辞にも強そうに見えないからだろう。  
 だが、そう言う人間程隠している爪牙は鋭いモノだとレッドは過去の旅の経験から良く知っていた。だからこそ、油断せずに確実に葬りたかった。  
『良く判った。あんまり苛めちゃ駄目よ』  
――ピッ ツー、ツー……  
「無茶言ってくれるぜ」  
 もう答えない母親に苦笑する様にレッドは呟いた。恐らく、そんな一方的な展開には先ずならないと彼の勘が告げていたからだ。  
「兄貴! 再びTally ho(敵機視認)!」  
「遅い! もう見えてるっての」  
 これは、仕上げを急がなくてはならない。レッドはまた飛び出してきた追加オーダーを捌く為にリーフと共に駆け出した。  
 
 
――翌日  
 あれから、納得の行く迄戦い、万全のコンディションに仕上げた。後は、挑戦者を待つだけだったが、待てども待てども来ない。  
 陽が落ちたので今日はもう来ないと踏んでレッド達は寝床に引っ込んだ。  
 そして、陽はまた昇り、二人は山頂へと続く洞窟の途中で待機していた。  
「こうしてるとさ……っ! ……あはっ、気持ち良いね♪」  
「……そうだな。悪くないな」  
 下半身で繋がりながら。こうやって、抱き合う限りは暖かいのだ。心も体も。  
「今日こそ来てくれるわよね。もう穴倉生活は勘弁なんですけど」  
「俺もだ。仕事が溜まりまくってる。一刻も早く下山しないとキャパがパンクしちまう」  
 何時までも篭っていられないのは二人にとって切実な問題だ。こうしている間にも消化されない仕事依頼は増えているし、論文作成も途中だった。  
 それ以前に、この場所は息が詰まる。カツラがそんな境遇で頑張っている事が二人には信じられなかった。  
「んふっ。あたしでパンクするのは兄貴の此処……んくっ! ……だもんね☆」  
「っ、下品だぞ」  
 妖しげな表情でリーフが蟲惑的に囁き、懸命に媚肉を引き絞る。レッドは若干呻き、絡む肉襞が導くまま、尿道に残る精を捻り出した。  
 アヘっているなら仕方無いが、それでも品の無い女はレッドは余り好きでは無かった。  
「好きな癖に。……本当に元気♪ もう一回する?」  
「それは――」  
 どうにもその言葉が嘘臭く感じるリーフが硬さを取り戻しつつある兄のそれを下の口で扱きながら問う。  
 レッドはそれに答えようとして、瞬間、異変を悟った。  
「!」  
 リーフも気付いた。遠くから響く何かの音。衝撃音、爆裂音、そしてこの山では聞いた事が無いポケモンの叫び声。  
 何者かが野良ポケと戦闘中だった。そしてそれは……  
「どうやら、これまでだな」  
「……実に厭なタイミング。仕方無いか」  
 残念ながら続きはお預けだ。こんな姿を子供達に見せるのは情操教育上、宜しく無い事だった。リーフの柔肉が名残惜しそうにレッドの剛直を抱き締めた。  
「――往くぞ」  
「――応」  
 そして、着衣を整えたレッドとリーフが山頂へと躍り出る。戦闘開始の狼煙だ。  
 
 ガガガガ、とロッククライムで壁面を駆け上がる。  
 ヒビキは走っていた。その後ろの離れた所にコトネが息を切らして付いて来ている。  
「ヒビキ君、待ってよ早いよ」  
「判ってるよ。判ってるけどさ」  
 最深部へ近付く度に寒気が増し、身体を支配していく様だった。それを振り払う様に駆け抜ける。もう野良ポケと戦闘する事も億劫だった。  
 コトネには悪いが、ヒビキは早々に終わらせたかったのだ。  
「! これって」  
 山頂に続く洞窟を渡る途中でそれを見つけた。ゴミ袋だった。  
「ゴミ? ……誰か居るの?」  
 そして、その脇にある横穴。其処に顔を入れると、生活観のあるテントが僅かに見えた。空の酒瓶や煙草の箱が地面に無造作に転がっている。  
 コトネは奥に向かって呼んでみたが、反応は無かった。  
「いや、気配は無いよ。と言う事は」  
「外?」  
 道は一本だ。崖の上から光が漏れていて、冷気が侵入して来ている。  
 ……探す人物は、きっと其処に居る。ヒビキ達が互いに顔を見合わせて頷いた。  
 
――シロガネ山 山頂  
「「――」」  
 灰の様な雪が舞っていた。まるで主役の登場を祝う紙吹雪の様に。  
 白い吐息を漏らし、レッドとリーフが崖の端から下界を見下ろしていた。  
 死ぬ前に、全てを手にする様に。  
 
 ……何故なら、二人は重要な問題に直面しているのだから。  
「「寒い」」  
 そう言う事だ。お揃いの黄色いマフラーをしてはいるが、それでも二人は凡そ雪山登山に向かない格好だった。格好を付けている状況では無かったのだ。  
 やっぱりもっと防寒具を持って来る冪だったと後悔してももう遅い。神がこの場所で戦えと言っているのだ。  
『早く来て挑戦者。……凍っちゃう』  
 二人の痩せ我慢ももう長く保たない。  
 
……そして、その時は訪れる。  
 
「「!」」  
 急に開けた視界。外の明るさに幻惑されながら、二人は確かに人影を見た。  
「ようこそ挑戦者」「役者は、揃ったわね」  
 王が、女王が漸く現れた挑戦者を出迎えた。  
「レッドさん……リーフさんも」  
「やっぱり師匠達なんですね。最後に立ち塞がるのは」  
 漸く目が慣れてきた。視界に映る二人の男女の姿。  
似通った顔立ちと服装。栗色の髪の毛。空色の瞳。  
間違える筈が無い。シルフカンパニーで出会った兄妹。  
 何と無くだが、こうなるであろう予感をヒビキ達も持っていた。それは恐らく出会いの当初から。  
 
「そうだ。その為に俺は存在しているからな」  
「あたしはその付き添い。兄貴の……レッドのパートナー」  
 主人公に立ち塞がる大きな壁。埋もれの塔の番人。御三家収得の鍵。  
 ……それが存在の代わりにレッドに課せられた役割だ。本来なら、リーフにその鉢が回る事は無いのだが、この世界に限っては彼女もまたその壁の一端を担っていた。  
「なら、彼方達に勝てば、この旅は終わる?」  
 ヒビキの口から漏れる白い吐息交じりの言葉。  
 これが、最後? 何とも馬鹿らしいと思い、揃って言ってやった。  
「「それは無い(わ)」」  
 その言葉は昔の自分達に言い聞かせる様なそれでもあった。  
「図鑑は埋まったか? ポケスロンの調子は?」  
「葉っぱ集めは順調かしら。タワー百連勝はしたの?」  
 良く出来た箱庭だ、と感情が篭らない笑みが湧いて来る。遊び方は人それぞれ。とことん遣り込むも、途中で終わらせるもそれは主人公に……否、それを操るプレイヤーに委ねられる特権だ。嘗ての自分達の様に。  
「いいえ。全く」  
 コトネがきっぱりと言った。つまり、トレーナーカードの星は一つか、二つか。  
 まあ、その程度だろう。  
「そう言う事だ。お前達が出来る事は山と残っている」  
「あたし達に勝って得られるのは僅かなイベントと少しの自己満足よ」  
 それで終りとは片腹痛い。自分達の様に星を全て埋めてからほざけと言ってやりたい。  
 ゲームとして図鑑編纂の為には避けては通れない道なのだろうが、この戦いに籠められた意味は只のファンサービスであって、プレイヤーにとってもそれ以上の意味は無い事柄だ。  
だから、それを知らないだろうヒビキ達が少しだけ哀れに映った。  
「「それでも戦うんだよな(のよね)?」」  
 だからこそ、問う。プレイヤーの意思ではなく、彼等自身の紛う事無き意志を確認したかった。  
「やりますとも!」「はい! 勿論!」  
 矢張り、そう答えるのか。兄妹は目を閉じた。  
「彼方達に勝てば、少なくともそれは自信に繋がる」  
「自己満足でも、只箔が付くだけでも良い! 少なくとも、その為にあたし達は此処に来た!」  
 本当に、それは自分の意志なのだろうか。目に見えない妖精さんに手を引かれていただけではないのか。  
 ……否。  
 例え敷いたレールを走っていただけとしても、その経験は間違い無く彼等自身の旅の軌跡だ。それだけは否定してはいけなかった。  
 そして、彼等が此処に居ると言う現実も変えようが無い。改めて自分の意志かどうかを問うのはナンセンスだった。……そして何よりも、だ。  
「先輩達が何者であろうとも構わない。彼方達が最後の壁だ。俺は超えなくてはならない」  
「師匠達は所詮、あたしの人生に於ける通過点。只それだけなんですよ」  
――良い目をしている  
 こんな綺麗な目を向けて来ている二人の期待を裏切る事だけはしたくなかった。  
 
「「レッド(リーフ)さん」」  
 二人が姿勢を正す。真っ直ぐに見詰めて来る。確かに其処には彼等の偽らざる覚悟と決意が漲っていた。  
「「お願いします」」  
 二人が頭を垂れる。レッドの答えはもう決まっていた。  
 
「承t「あ――」  
 その承認を告げようとして、隣のリーフが何故か身体をブルっと振るわせた。  
「?」  
 リーフはちょいちょいとレッドに手招きして後ろを向く。それを横目に見つつ、レッドは不審がりながら、リーフに顔を寄せた。  
「(何だ、どうした。此処は格好良く決める処だろ)」  
「(判ってる! だけど、その……)」  
 小声でひそひそ囁く。水を差された様に感じたレッドは少し機嫌が悪い。だが、そうしたリーフも慌てている様だ。その原因はお互いにあった。  
 
「(垂れて来ちゃった)」  
 
「ぶっ」  
 スカートを捲り上げられ、彼女の太腿に光る凍りそうな液体の筋を確かに見た。  
 先程レッドがリーフに打ち込んだ子種だった。  
 それを見聞きしてレッドは思わず噴いた。……処理してなかったのかよ!  
「……行って来いよ」  
「あー、うん。おほほ、一寸お花を摘みに……」  
 こんな状態では勝負所ではない。レッドはリーフにとっと済ませて来いと指示を出し、リーフはヒビキ達にそれと悟られない様に洞窟に戻った。  
「あの、リーフさんは」  
 当然の追求だった。バトル直前の不可解な行動にヒビキも戸惑っている様だ。  
「……便所だとさ」  
「あー。冷えそうですもんね、あの格好」  
 妹の名誉を守る気は兄には無い。それが場を納得させられる理由に思えたからそう口走った。そりゃ、ミニスカとノースリーブで雪山はキツイだろうとコトネは納得したみたいだった。  
「へっくし!」  
「「レッドさんもそうですけど」」  
 耐えられずにレッドがくしゃみをする。寒そうなのは半袖のレッドも一緒だ。  
 だが、それはヒビキ達にも言える事だった。……防寒具を付けていなかったのだ。  
 
――リテイク  
 少ししてリーフが戻って来た。下着を履き替えたのだろう。直前のやり取りを全て忘れてやり直す。  
「行きます、先輩!」「勝負です! 師匠!」  
 勝負に際して、微塵の迷いも無い、気丈な立ち振る舞いだった。それを無碍に扱ってはトレーナーとしての礼に反する。  
――その旨、確かに承った  
 レッドが、リーフが帽子を被り直す。  
 これが、この場で戦う事が神により定められた運命。そう言っても過言ではない。  
 今が、与えられた役目を果たす刻だった。  
 
「お客様を二名様、ご案内」  
 リーフの囁き。それはレストランのウェイトレスが口走りそうな台詞だった。  
「「!?」」  
 ヒビキ達が目を点にする。受け狙いか? ……否、違う。目が笑っていない。  
「カウンター席で宜しいですか?」  
 レッドの呟き。ウェイターの様なそれ全身を蝕む威圧感に思わず笑いそうになった。  
「「は、はい」「き、禁煙席で」  
 何とか口を動かし、そう告げる。馬鹿な話だ。山頂にそんな席が存在する筈は無いのに。  
「畏まりました」「……そして」  
 見る者全てを震え上がらせる様なプレッシャーに包まれる。そして、終にそれが爆発する時が来た。二人の両目がカッと見開かれる。  
 
「「いらっしゃいませぇ!」」  
 下界に迄木霊する様な声で吼えた。  
 
 兄妹のレッドとリーフが勝負を仕掛けてきた!  
 
 
 

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