拾陸:双神威  
 
 
 ルールはダブルバトル。一人が使うポケモンは手持ちから選定した三匹。  
 先にどちらかの陣営を殲滅したチームの勝ち。降参もギブアップも無し。  
 本当の潰し合いだ。  
 
 コトネもヒビキも臨戦態勢。その手にはボールが握られている。指先が悴み、ボールが骨に喰い付く様だった。空気が重い。だが、飲まれる訳にはいかなかった。  
 レッド達は未だ動かない。だが、何かを口ずさんでいるのは聞こえた。  
 
「「You are now entering completely darkness」」  
 一瞬、読経か何かだと思ったがどうも違う。  
「Don`t need to prepare for it」「You just need to die」  
 二人には判らないだろうが、これこそは魔界の呪法で、一種の精神統一の手段でもあった。  
「Welcom as your experience」「Serching for your souls」  
 こんなモノを唱えた処で固有結界が発動する訳ではない。  
「「We are」」  
 兄妹がボールに手を伸ばし、ヒビキ達の前に翳した。  
『Playing to DIE!!』  
 ただ、戦闘BGMが変わっただけだった。  
 
「先鋒はお前だ! グライオン!」「マリル、行って!」  
「ブラッキー、出撃」「エーフィ、交戦許可」  
 地面にボールを投げ付け、中身が解放された。雪煙が視界を遮る。  
 手の内を晒し、お互いに苦手タイプが居ない事を確認した。レベルは70前半から後半の間。レベルの面ではややレッド達の方が有利だった。  
「よりによってマリル、か」  
 コトネの手持ちについて一言。幾ら高レベルと言ってもこの場には相応しく無いと思ってしまったのだ。電気鼠の様に専用アイテムで優遇されている訳では無いのにだ。  
「相棒ですから。この子とは子供の頃からずっと一緒でした。だから、必ずやってくれるって信じてます」  
「本当に強いトレーナーなら、自分の好きなポケで勝てる様に戦術を練る冪、ね」  
 相手の構成についてはとやかく言いたくは無い。だが、信じていると言うその言葉が真実かどうか、確かめたいのは本当だ。リーフがエーフィに指示を出した。  
「カリンさんの言葉ですか?」  
「違うわ。それは当たり前の事よ」  
 エーフィが動く。サイコキネシス。強烈な思念波がマリルに喰らい付く。  
「!」  
 無慈悲に、そしてあっさりとマリルは倒された。悲鳴を上げる事すら許されなかった。  
「拘る気持ちは判る。だが、それで勝てる程勝負は甘くない。精神論も時には必要だが、それは決して絶対じゃない」  
「あたしに言わせれば、それはただのゴリ押しよ。さり気無さが無い。ケイトのおば様に言われなかった?」  
 そうではないと言う奴も居るだろうが、基本トレーナーはポケモンを好きにならねば始まらない。そうやって注いだ愛情が全てを決める事は無いが、拮抗した勝負ではその有無が明確な違いになって出てくる。  
 愛したトレーナーの為に勝って生き残る。そんなポケモンの想いが奇跡を呼び寄せる事例が少なくない数存在するのだ。  
 だからこそ、トレーナーは戦う道具であるポケモンに愛を注ぐ。それが一層、ポケモンと言う刃を輝かせるからだ。  
 コトネのやっている事はそれとは程遠い自己満足であるとレッド達は思った。信じていると言いながらも、結局水鼠は倒されてしまったのだから。  
 
「悪波動をくれてやんな」  
 レッドが攻撃を指示し、ブラッキーが相手の命を削る。だが、その量は半分に少し届かなかった。  
「グライオン! 剣の舞だ!」  
 最後に動くのはヒビキ。補助技の剣の舞。戦いの舞により、攻撃がぐーんと上がる。  
「積んできたわね」「……ああ」  
 こいつは要注意だ。そしてターン終了。霰が降りしきり、手持ち達の体力を僅かに奪う。これがどの様にバトルに働くか。それは後のお楽しみ、と言う奴だった。  
 
「・・・」  
 レッドが戦況を読む。攻撃が上がったグライオン。恐らくは地震か何らかの虫技を使ってくる筈だ。攻撃上昇タイプ一致の地震は脅威だ。防御型のレッドのブラッキーでも耐えられるか怪しい。  
 そして、コトネが繰り出した次峰はムウマージ。特性は浮遊。地面技の効果は受けない。  
 よって、高確率で手持ちが喰われる危険がある。だが……  
 レッドは決断した。  
「ムウマージ! シャドーボール!」  
「あっちゃー。……ラプラス、引継ぎ宜しく」  
 機先を制したムウマージが黒い塊を放り投げる。タイプ一致で効果が抜群。成す術無くエーフィが撃墜される。  
 リーフが次峰の召喚を宣言。氷と水タイプであるラプラス。此処の闘いでは有利だ。  
「今だ! シザークロス!」「交代。カビゴン、頼む」  
 ヒビキが攻撃を宣言。だがその前にレッドが交代を告げた。  
 食いしん坊のカビゴン。暫くは壁として機能して貰う。攻撃を受けたカビゴンの体力が半分減った。  
「む。成る程。上手いっスね」  
 感心した様にヒビキが頷く。マリルを落とされた腹癒せか、コトネはリーフに敵意を燃やしている。その邪魔は極力したくないので、レッドの相手はこっちで引き受けようと思ったのだ。それを読まれたのだろう。  
 この人は戦上手だ。ヒビキは純粋に敬服した。  
 二ターン目が終了。霰が降り注ぎ、体力が減る。カビゴンは食べ残しを持っていたので、そのお陰でほんの少し持ち直した。  
 
「此処は、カビゴン狙いで! サイコキネシス!」  
 ムウマージのサイキネだ。てっきり鬼火辺りで牽制するかと思ったが、違った。恐らく、技構成はフルアタックだろう。  
 直撃したが、何とか耐えるカビゴン。タイプ不一致が幸いした様だ。それとも、特攻に努力値を振っていないだけか。何れにせよそれがレッドにとっては付け込む隙だ。  
「良く耐えたな。今は眠っとけ」  
 カビゴンは傷付いた身体を癒す為に仮眠を取り始めた。  
 鈍足なカビゴンがグライオンを抜いた。レッドのカビゴンは素早さの個体値がU。素早さとHPに努力値を全振り。且つ陽気な性格なので嘘みたいに足が速かった。  
 多分、相手のグライオンもそれ程俊足と言う訳ではないのだろう。実際、行動は最後だった。ひょっとしたら、余り考えて努力値を振っていないのかも知れなかった。  
「ラプラス。吹雪でゴー!」  
 それはリーフのラプラスにも言えた事だ。ちゃんと、素早さにも数値を割いている。  
 凍て付く猛吹雪がグライオンを襲い、そのまま雪塗れになって倒れた。タイプ一致四倍ダメージは襷でも無い限り耐えられないだろう。  
「くっ。必中吹雪か」  
 霰の恐ろしさだ。七割の命中である吹雪が確実に命中する。相手にとっては悪夢だ。  
「天候変える冪だったわね。ま、初見では判らないでしょうけど」  
 初めての人間が陥る罠だ。この山の天候を味方に付ける事は勝利に大きく寄与する。ヒビキ達にそれを期待するのは酷かも知れないが。  
「トゲキッス。任せた」  
 ヒビキの次峰。祝福ポケモントゲキッス。特性が天の恵みならば些か厄介な相手だ。  
 
 三ターン目、終了。降りしきる霰が(以下略)  
 
「ラプラスにシャドーボール!」  
 コトネがラプラスに狙いを付けた。当然だろう。カビゴンにゴースト技は通らないのだ。だが、それが直撃してもラプラスは多少よろけただけで、平気な顔をしていた。  
「硬い……」  
 恐らく、三分の一も削れていない。この硬さは面倒だ。  
「特防高いのよ、うちの子。水の波動、かな。此処は」  
 慎重に技を選ぶリーフ。選んだのは水の波動。リング状の水の振動がムウマージを蝕む。霰のダメージに上乗せして、八割方は命を削った。  
「……情けを掛けたつもりですか。命取りですよ」  
「此処であっさり落としたら損だと思ってね」  
 確かに、コトネの言う通り、吹雪を使っておけばムウマージは落ちただろう。だが、それでも追加効果である混乱を誘発させる事は出来た。  
 今はそれで御の字だった。これでコトネは手持ちを変えざるを得なくなったからだ。  
「……く。絶対、貴女には負けない!」  
「そうでなくちゃ困るんだけどね。……やってみろや雌餓鬼が」  
 完全に嘗められている気がしたコトネは敵意の眼差しをリーフに送った。  
 リーフ自身に侮ったつもりは無いが、そう受け取られても仕方が無いのでやや殺気を籠めて睨み返す。二人の間で火花が散っている様だった。  
「キッス! エアスラッシュで怯ませろ!」  
「駄目だな。鼾で宜しく」  
 元々、特攻値が高いキッス。タイプ一致特殊技のエアスラッシュだが、三分の一を削るに留まった。怯みも効果も不発だった。  
「なっ、や、やべっ!」  
 寝ている状態でも攻撃手段は用意している。居眠りポケモンなのだから当たり前だろう。当てられたキッスが大きくよろめき、ヒビキが焦る。  
急所当たり。体力の半分を持っていかれた。  
――YOU ARE SO BAD.  
 ミスレイヤーである唇お化けに喰らい付かれた気がした。  
 
 四ターン目、終了。霰(以下略)  
 
「メガニウム!」「フシギバナ……!」  
 コトネが交代を宣言。それを読んでいたリーフが追撃の為に切り札を持ってくる。  
 お互いに草ポケ。毒属性を持っているフシギバナが有利だった。  
「んで、俺はもう一発鼾をば」  
「こ、交代! バクフーン!」  
 レッドが攻撃する前にヒビキが手持ちを引っ込める。バクフーン♂。ヒビキの切り札だ。  
「受けたか。だが……」  
 キッスに代わって攻撃を受けたバクフーン。二割弱の量を削られた。  
 
 五ターン目、終了。(以下略)  
 
「よっしゃ! 反撃開始だ! 噴火!」  
 一番早いバクフーンが怒りを爆裂させた。炎タイプの特殊技、噴火。  
 カビゴンがバクフーンの怒りの大炎上に飲み込まれる。だが。  
「げげ、耐えた!? 厚い脂肪かよ!」  
「誤ったな。減っていなければ、倒せたものを」  
 カビゴンはまたも耐えた。食べ残し効果とバクフーンの体力、そして特性がこの状況を産んだ。  
 潮吹き同様に、最大効果を得る為には体力が満タンでなくてはいけなかったのだ。  
「メガニウム! リフレクター!」  
 カビゴンへの追撃を考えたコトネだが、この後の事を考えて結局壁を張る事にした様だ。物理ダメージはこれでカットされる。  
「フシギバナ、日本晴れ」  
 此処でリーフが天候を変える。炎タイプの技が効果アップ。ヒビキに有利な状況だ。果たしてどうなるか、結果はこの後だ。  
「壁を張ったか。だが、これはどうだ? ギガインパクト、発動!」  
 カビゴンが眠りから覚める。それと同時に咆哮を上げると、渾身の力でバクフーンに突撃した。  
「……これを、耐える、か」  
 壁効果と乱数の悪戯だろう。凡そ三割を残してバクフーンは耐え切った。  
 
 六ターン目が終わった。  
 
「火炎放射! 焼き尽くせ!」  
 傷が深いバクフーンに些か酷な注文をするヒビキ。苦悶の表情をしつつもバクフーンはそれを実行。日差し効果で勢いを増した炎の本流が脂肪の守りを突破し、カビゴンを今度こそ飲み込んだ。  
「! ……良くやってくれたカビゴン。リザードンだ!」  
 重篤な火傷を負ったカビゴンを素早くボールに戻し、レッドも切り札を出す。  
 水タイプを除いた両地方の御三家が揃い踏みだった。  
「的を誤ったな。先にお前はリーフを潰す冪だった」  
 炎タイプで更に飛行。日差しによる炎のブーストはあるが、戦況はレッド達に有利。  
 反動でカビゴンは動けないのだからそのターンは放って置いて、フシギバナを倒して次にカビゴンを倒す冪だったのだ。  
 そうしなかったのは……ヒビキのレッドへの拘りだろう。  
「ここは……っ、護り切る! 光の壁よ!」  
「……防戦一方ね。命冥加だ事」  
 壁張りに徹するコトネとメガニウム♀。これで特殊ダメージも何割かがカット。この効果は地味に大きい。  
 リーフは少しだけ苦い顔をした。命を惜しむのは悪い事ではない。だが、そんな相手の命を奪わねばいけない事もあるのだ。  
 相手がロケット団ではないので本当に殺しはしないが、それ位の気概が必要な事だったのだ。  
「貴女を信じる。ね、フッシー」  
――ぎゅるるる♪  
 リーフが膝を付き、フシギバナの頭を抱いた。信じている。信じているから全力でやってくれと懇願している様だった。  
 そんなリーフにフシギバナが『お任せあれ』とでも言いたそうに唸った。  
「ヘドロ爆弾!」  
 とうとうリーフが動いた。草には特効の毒攻撃。しかし、相手は壁を張っている。易々と突破は出来そうに無い。  
 毒性の高そうな廃液がメガニウムにブチ当たった。  
「ああっ!? しかも毒!? メガニウム……っ」  
 コトネが青い顔を晒した。急所当たりだった。しかも、毒に冒されている。壁の効果で何とか生き残ったが、放って置いても毒で倒れる程の傷だった。次……否、良くてその次のターンで確実に毒にやられるだろう。  
 
七ターン目終了。  
 
「もう一丁、火炎放射! こいつでホカホカにって、何!」  
 ヒビキが火炎放射を再び指示。フシギバナをピーターのワイフの様にしてやるつもりが、それを耐えた事に驚いている。日本晴れの効果は未だに続いている。……在り得ない。  
「襷持ちなのよ、困った事にさあ」  
 だが、それが在り得るのだ。相手が炎タイプだからこそ、日本晴れを使い、霰のダメージを阻止して、こちらへの攻撃を誘った。それこそが罠だ。  
 これでバクフーンは堕ちた、とリーフは確信した。  
「メガニウム、圧し掛かり!」  
 コトネもバクフーンが仕損じるとは思わなかっただろう。攻撃対象をリザードンに絞っていた。メガニウムの物理攻撃力自体は大した事は無い。二割程を削り、麻痺させた。  
「……っ、麻痺か」  
 このメガニウム、相当に早い。まさかリザードンが抜かれるとは。  
 リザードンの一撃でバクフーンを葬って、フシギバナがメガニウムに止めを刺す予定だったが、それが狂った。二人とも攻撃指示をバクフーンに集中していたのだ。しかも……  
「ブラストバーンっ!!」「ハードプラントっ!!」  
 レッドとリーフが大技を指示。反動で動けなくなる強力な一撃。  
先にフシギバナがハードプラントを発動。雪山にありえる筈も無い巨大な樹がバクフーンを襲う。タイプ有利と壁効果(或いはハチマキ効果?)でバクフーンが耐え切る。  
 次いで、リザードンがブラストバーンを使用。山肌を焦がす爆炎と衝撃波がバクフーンを宙へと吹き飛ばし、数秒後落下した。再起不能だった。  
「畜生、強い! ……くぅ、キッス!」  
 相棒を潰され、苦い顔をするヒビキ。最後の手持ちを場に出さざるを得なかった。  
 
 八ターン目が終了した。  
 
「願い事! 時間を稼げ!」  
 先に動いたヒビキのトゲキッス。体力を回復する様だ。次のターンには鼾による傷は癒えているだろう。  
「種爆弾! 最後にお願いメガニウム!」  
 毒に冒され息も絶え絶えだったが、メガニウムが死に花を咲かせる様に最後の行動に臨んだ。打ち出された硬い種がフシギバナを上空から襲い、その意識を刈り取った。  
「フッシー、ありがとう。頑張ったね」  
 フシギバナの身体を抱き、労を労うリーフ。彼女の大きな身体をボールに仕舞うと、その直ぐ横でメガニウムが倒れ伏した。彼女もまた限界だったのだ。  
「……ラプラス」「ムウマージ!」  
 お互いに最後の手持ちを再びボールから解放した。  
 レッドの反動で動けないので、その様子をじっと見ていた。  
 
 九ターン目も終了。いよいよ佳興だった  
 
「……よっしゃ! 此処は強気でエアスラッシュ!」  
 ターンの最後には願い事が叶い体力が回復する。その精神的な後押しを受けてヒビキが攻撃指示。トゲキッスが空を切り裂き、その余波がリザードンを襲う。  
 体力ゲージ赤く染まりが途端に、警告音が聞こえてきた。急所当たりだった。  
「兄貴、構わない?」  
「ああ。諸共殺っちまえ。リザードン、済まん」  
――ぐううう……  
 行動の修正を迫られたリーフが少しばかり済まなそうにレッドに尋ねた。止むを得ないとレッドはこれを了承。  
 当のリザードンも仕方が無いと言った感じに唸り声を上げた。麻痺して満足に動けない自分が荷物になっている事を理解して、誇り高く散ろうとしている様だった。  
「お前の犠牲は忘れない。帰ったら、好きな食い物をくれてやるよ」  
「きっちり仕事はこなす。波乗り!」  
「あ、拙い」  
 リーフのラプラスが波乗りを使用。リザードン諸共、トゲキッスを削り、ムウマージを始末するつもりだった。それに流石のヒビキも焦る。倒される可能性があったからだ。  
 ターゲット分散による威力軽減に賭けるしかない。  
「ところがぎっちょん!」  
 そこで今度は黙っていたコトネが動く。一番早いムウマージは既に行動していたのだ。  
「ムウマージ、心苦しいけど道連れで!」  
「! タマゴ技……!」  
 しまったと思ってももう遅い。リーフは攻撃を宣言してしまったのだ。  
 何処からか召喚された大量の水が辺り一面を飲み込んだ。  
「ツケを払わされましたね」  
「いや、本当にそうね。参ったわ」  
 水が引いた後、残されたのは地に落ちそうな程傷付いたトゲキッスと水を被って尻尾の炎が弱々しいリザードン。力無く地面に横たわるムウマージに圧し掛かる様に倒れたラプラスだった。  
 あの時、吹雪を放っておけばこうはならなかった。だが、リーフは過去を悔やむ事はしない。あれが無ければコトネが最後の足掻きを見せる事も無かったのだから。  
「危ねえ。でも、チャージ完了だ」  
 運良く耐えたヒビキのトゲキッスは半分その体力を戻した。  
   
「ヒビキ君!」  
 役目を終えたコトネ。その顔は晴れやかで、また美々しいモノだった。  
「お先に失礼!」  
「お疲れさん!」  
 大仰に敬礼するコトネにヒビキが力一杯答えた。後は任せろ、と。  
「……見せて貰ったわ、貴女の力」  
 その様子を何処か嬉しそうに見詰めるリーフ。  
――これで良い  
 リーフはそう思った。  
「ゴメン、兄貴。あたし、此処でリタイヤだわ」  
 自分の役目は果たした。それに悔いる事も恥じ入る事もしない。リーフはレッドの手を取った。氷の様に冷たい手だった。それを自分の頬に当てた。  
「良くやってくれた。後は」  
「うん。任せるから。……レッドの思う儘に」  
 状況から言って勝つのは兄だろう。……否、この戦いはそうであってはいけない。  
 壁である以上は乗り越えられなければならない。最後には勝たせなければいけないのだ。  
 だが、手加減した上でそれを為すのはご法度だ。レッドがどんな采配を下すのか、リーフは目が離せない。  
 
「ブラッキー……奴を墜とす!」  
 
 レッドが粗無傷のブラッキーを解き放つ。  
 
 十ターン目、クリア。日差しが弱くなり、リフレクターの効果が消え失せた。  
 
「エアスラッシュ……! 怯んでくれ!」  
 相変わらずのエアスラッシュ一辺倒。幾らメインウェポンと言っても、それしか芸が無いように連発してくる。怯み効果も全く出ていない所を見ると、特性は張り切りに間違い無かった。  
「利かんさ。騙し討ち」  
「なっ」  
 その硬さにヒビキが絶句。急所に当たった。だが、半分も削れなかった。  
 レベルは互角だが、ステータスでは守りに重点を置くレッドのブラッキー。それに対して、ヒビキの努力値の振りがどうにも判らない。  
 まさか、殆ど適当? 先程も考えたが在り得そうな話だった。  
「っ……耐えろ、キッス!」  
 ブラッキーがキッスを殴り付ける。タイプ一致攻撃。即死ではないが、体力の大部分を削った。  
「何故、波動弾を使わない? 使えばそちらの勝ちも有り得るぞ」  
 レッドが気になっていたのはそれだ。サブウェポンとしての波動弾の姿をバトルが始まってから見ていない。ブラッキーは悪タイプなので、効果抜群のダメージはタイプ一致を上回る。それなのに、何故。  
「……んでないんです」  
 ヒビキが唇を噛んで、何かに耐える様に搾り出す。  
「やっぱり、か?」  
――ああ、やっぱりだ  
 カビゴンに使って来なかったので、若しやと思っていたが、その通りだった。  
「積んでないんですよ! ハートの鱗をケチった結果がこれッスわ! 笑って下さいよ、盛大に!」  
 しみったれた挑戦者だって笑えよ! 寧ろ、あっはっはって笑いちゃいなさいよ!  
「あっはっはっはっは! ……はあ」  
 一頻り笑った後に、ヒビキはがっくり肩を落とす。グルーブゲージが今にも無くなりそうだった。  
「良く判った。では幕を引くか」  
 それに付き合う程、レッドは若くない。  
 積みが確定した以上、掛ける慈悲は存在しない。今回が駄目なら、二回目以降に期待させて貰おうと止めを差す決心をした。  
「へ、へへへ」  
 だが、ヒビキの顔には不気味な笑いが張り付いている。この状況を打開する秘策がある。……そんな顔だった。  
 
 十一ターン目が終わった。光りの壁が効果を消失する。次で幕だ。  
 
「冗談言っちゃいけねえな! 俺は勝負を捨てて無ぇんだよ!」  
――Because to interesting,I`ll be crazy now!  
 この戦いが楽しくて堪らない。だからこれで終わりにして堪るモノか!  
 口調が変化したヒビキは尚も食い下がる気が満々だった。  
「だが、この状況で何が出来る。戒名でも考えておけ」  
 急所当たりの一撃でも仕留められないなら、向こうに勝ち目は無い。キッスの体力は最早風前の灯だ。行動出来て後一回。どう考えても、ブラッキーを倒し得る手段があるとは思えない。  
 無駄な足掻きは見苦しいと、死刑執行を告げる様にレッドが喉を鳴らす。  
 
「俺の秘策は……指を振るだっ!」  
 そうして、ヒビキが吼える。自分の手の内を明かした。  
「はっ!」  
 レッドがそれを一笑に伏す。エアスラッシュの怯みに期待せず、よりによっての指を振る。確かに当たりを引けば、状況は引っ繰り返るが、そんな逆転劇は聞いた事が無かったからだ。  
「お前、博打打か。この状況で運を引き寄せるつもりか?」  
 もうお前は十分やった。ここらで休んでおけとレッドが心で囁くが、ヒビキは退く気配を見せない。どうやら、本気の様だ。焼け糞と言っても良かった。  
 でも、その瞳は輝きを失っていない。ひょっとしたら、或いは……  
――こいつは奇跡を起こす?  
「やってみろよ! 俺がその希望を砕く」  
 その足掻きが天に通ずるか否か、レッドは見たくなった。  
「砕けるのはアンタだ! キッス! お前を信じる! だから、勝たせてくれ!」  
 細工は流々。後は仕上げを御覧じやがれ。指が無いのに関わらず、トゲキッスが指を振った。  
 その姿はまるでヒビキの執念が乗り移った様だった。  
   
 そして……  
 
「「――」」  
 世界が静止した様に二人は動かない。再び降り始めた雪が世界を停滞の白に染めていく。  
「……まさか、こんな決着の付き方とはな」  
 レッドの目の前には倒れたブラッキーの姿があった。  
 
「や、やったのか」  
 本当に勝ったのか。ヒビキはそれを成した筈なのに、目の前の光景が信じられなかった。  
 絶対零度が発動し、それが当たる瞬間を確かに見た。この状況でそれを引き当て、三割の確率を超えて直撃させた。  
 運の全てを使い果たしたと言ってもおかしく無い状況だった。  
 
「く、くくくははは……」  
 レッドの口から漏れる笑い声。  
 やっと解放された。己を縛り付けていたモノから。  
 この瞬間の為に生きて来た。その筈なのに、それが嬉しくない。  
 
「ぎゃあっはははははははははっ――!!」  
 
 寧ろ、この勝負が本当に楽しかったから腹を押さえて笑う。見ている者が若干引く様な壊れた笑い方だった。  
「せ、先輩」  
「いやいや失礼! 俺達の幕引きに相応しいって思っただけさ!」  
 引き攣った顔で見てくるヒビキに実に良い笑いを浮かべて答えた。  
「ヒビキ! そしてコトネ!」  
 レッドは二人の名を呼ぶ。  
「「は、はい!」」  
 その瞬間、背筋をピン、と正して緊張した様にレッドの言葉を待った。  
「お前達の勝ちだ。良く頑張ったな」  
 レッドの口から出た賞賛の言葉。その口調も表情も、何時もの彼のそれでは無かった。  
 とても、柔らかく優しげで。まるでお父さんと言っても間違いでは無い様なそんな包容力に満ちていた。  
「ほら、胸を張りなさい! 今からあなた達が最強なのよ!」  
 何時まで経っても硬い表情を崩さないコトネ達をリラックスさせる為……ではなく、只管頑張りを褒める様にリーフが笑い掛ける。  
「最強……俺達、が? ……やったんだ。勝ったんだ俺達……!」  
 ヒビキは未だ信じられない様だった。だが、徐々にだがその表情も身体も解れていった。  
「やった……やったよヒビキ君っ!」  
 コトネはもう嬉しさの余りヒビキに抱き付いて勝利に酔っていた。放って置いたらキスでもしそうな舞い上がりっ振りだった。  
 
「こいつを、持って行け」  
「え、お金は」  
 落ち着いた所でレッドはヒビキに賞金を渡した。二人合わせて諭吉を三人程。向こうに小判やお香を装備した手持ちが居れば、傷口は更に広がったが、幸運にもそれは無かった。  
 ヒビキはそれの受け取りを渋っている様だった。  
「あなた達は勝った。受け取らないのは不義理に当たるわ」  
 受け取る事が礼儀だと嗜める様にリーフが言うと、渋々ながらもヒビキは受け取った。  
「それで良い」  
 支払いの義務を負えて、ヒビキがそれを受け取った事を確認し、レッドが頷いた。  
「あたしからはこれを」  
「リボン?」  
 リーフも渡す物があった。それはリボンで、ヒビキ達の手持ちに括り付けてやった。  
「来る前にオーキド博士に偶然会って預かったの。中々、手持ちが厳つく見えるわね」  
 登山用のグッズを集めている最中に出会った博士に託されたリボン。こうなる事をきっと博士は予見していたのだろう。やはり、侮れない御仁だった。  
 
「じゃ、行くか」  
「うん」  
 二人が手持ちへの応急手当を負え、その身を翻す。  
「ど、何処へ」  
 ヒビキがその背中に声を掛けた。此処でお別れは少し寂しいと思ったのだ。  
 だが、それはヒビキの都合だった。  
「キャンプ撤収して家に帰る」  
「負けた以上はもう居る意味無いしね」  
 レッドにもリーフにもそれぞれの生活がある。勝負に決着が付いた以上、この山に用なぞ何一つ無いのだ。只、其処に戻るだけの話だったのだ。  
――この山は天国に近過ぎる  
 そんな思いもある以上、レッド達はさっさと山を下りたかったのだ。  
「じゃあな、暫定最強」  
「また何時か、ね」  
 今度こそ別れを告げる。これが今生の別れでは無いのだ。  
 後ろを一切振り返らずに、兄妹は洞窟への道へと戻った。  
 
「終わった、か」  
 仕事を果たし終え、最強と言う有り難くない看板を下ろす事が出来て、レッドはそれに安堵した。もう、その称号に追われる事も無いと何処か清々しくもあった。  
「悔しいの?」  
 リーフがテントを片付けながらそう言って来る。そんなリーフ自身はどうなのだろうと勘繰って、それに意味は無いと頭を振る。  
 その顔を見る限り、結果については納得している様だったからだ。  
「どうだかな」  
「何よそれ。ま、それはあたしも同じだけどさ」  
 悔しさが無いと言えば、嘘になる。だけど、それ以上に楽しかった。だから、何とも言えない。レッドが曖昧に返すとリーフもまたそう言って薄く笑った。  
 
 ……役目は全うした。だが、それなのに自分は未だ存在している。壁として最後の敵として主人公の前に立ち塞がるのが己の役目。それを果たした以上は消えねばならない。以前のリーフの様に。  
 だが、そうはなっていない。自分が特別なのか、それとも未だこの身には果たせていない役目があるのか。  
 ……レッドの胸がちくりと痛む。  
――俺は未だやれる 不完全燃焼だ  
 自分の魂が吼えている様だった。  
 
 

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