拾玖:Almagest
――ワカバタウン ウツギ研究所前
「ルールは……言う必要は無いのかな」
勿論と、四人は頷く。シロガネ山の時と同じだ。
騒ぎを聞き付けた住人達が集まってくる。ちょっとした御祭り騒ぎの様だった。
「では、両チームとも構えて」
地面に棒で引いた線の上で相手を見据える。シロガネ山のそれは非公式戦といっても良いモノだったが、今回のそれは違う。開戦様式は公式のルールに乗っ取る。
「礼」
形ばかりの礼だ。一応頭を下げる。これをしなければウツギ博士は開戦を宣言しないだろう。
「――初め」
そして、火蓋が切られる。新王者のヒビキとコトネ。挑戦者である双神威、レッドとリーフがボールを地面に放り投げた。戦闘BGMはもう一つのone more。アカシックレコードが今、ベールを脱ぐ。
「マニューラ!」「マリルリ! 頼むわ相棒!」
ヒビキ達の先鋒が姿を現す。悪、氷のマニューラ。水のマリルリ。
どうやら、対決に際し、マリルでは力不足と踏んだらしい。コトネの相棒はもう戻れない進化後の姿をしていた。
「多少は変えてきた様だな」「だけど、通じるかしらね」
前回のバトルでお互いの手の内は割れている。それでは、戦況が読まれる可能性があるので編制を変えるのは当然と言えば当然だった。
実際、レッド達もそうだった。
「出入りだぜ、ミュウ!」「ミュウツー! 華麗にボッコボコよ!」
レッド達の手持ちが姿を現した。
全国的に見ても出会った者が少ない実在する幻、ミュウ。そして、人がその手で創り上げた業の化身。ミュウツー。
「「ほ?」」
ヒビキもコトネも間抜けな顔をしていた。そのレベルを見て、絶望を知る。
レベル100。
どんな大器も満たせば、それはその他大勢と変わらない。だが、成長限界迄到達出来る者は本当に稀なのだ。少なくとも、ヒビキ達のボックスには其処に到達している手持ちは一匹も居なかった。
「大人気無いか?」「だけど、ルールには使用ポケの制限は無いのよね」
大人気無いって言うか、伝説の使用ってちょっとアンタ。
色々言いたいが、事前に決めたルールでは禁止事項としては盛り込まれていなかった。それを言われては何も言えやしない。
……完全にやられた。こんな事なら自分達も格好付けずにルギアとホウオウを持って来る冪だったと悔やんでも後の祭り。
例え、それがあったとしてもレベル差は埋められないのだ。
「だから、今回は自重しない」「苦しめるつもりは無いの。安心してね」
ゆっくりと笑う兄妹。その顔が回避不能の未来を垣間見せる様で泣きたくなった。
「ど、どうすんのよヒビキ君!?」
「……駄目だこりゃ」
コトネが半分涙目でヒビキに訊く。どうすれば勝てる……否、生き延びられるか。
ヒビキの答えは決まっている。在り得ない。
序盤からこんな高密度のチップが見えない速度、且つ階段の様に降って来るなぞ聞いていない。最初でこれなら終盤はどうなるのか考えたくも無かった。
「波動弾」「サイコキネシス」
無慈悲にレッド達が攻撃を宣言。タイプ不一致だが、四倍ダメージ。マニューラがあっさりと落とされる。
同じく、マリルリも倒れた。レベル的に種族的に多少は強くなった様だが、それは所詮付け焼刃と言う奴だった。
最初のターンが終了。ヒビキ達ワカバチームの被害は甚大だった。
「くっ、バクフーン」「め、メガニウム」
もう、うかうか出来る状況じゃない。切り札を持ち出して何とか勝敗を先送りにしたいが、それは不毛な事だった。レッドとリーフに戦慄させられたヒビキとコトネは気持ちの面でとっくに負けていたのだ。
「リフレクター」「光の壁」
対物理、対特殊の壁を同時に展開。二人の目が得物を追い詰める狩人に鈍く光っている。それはこの世に在り得ない絶対零度の獄炎だった。
「噴火だ! 出来るだけ削ってくれ!」「種爆弾! メガニウム!」
「平気平気」「余裕余裕」
今の二人に出来る最大攻撃。だが、壁に阻まれているので三分の一も削れない。火傷の一つすら負わせる事も出来なかった。
そして、二ターン目も終了。
「それじゃ、そろそろ」「こっちも交代だ」
淡々と次の手を繰り出す兄妹。慈悲の欠片も見えないその目に睨まれただけで、心臓が凍り付きそうになる。
只の交代だと言うのに、次の手を見るのが本当に恐かった。これ以上、最悪な光景な見たく無かったのだ。
「待たせたな、ギャラドス」「宜しくね、ミロカロス」
斯くして、姿を見せたレッド達の次峰。
勿論、ヒビキ達が知る由も無い事だが、死に別れた最初の手持ちとは違う個体。
レッド達は思い入れのあるこの二体のポケモンを好んで使いたくは無い。だが、それを持って来たのは、ひょっとしたら彼等なりの過去との決別を意味していたのかも知れない。
「「い、色違い……」」
レベルについてはもう何も言わない。だが、それ以上に目を引いたのは二匹の体色だ。
血の赤と、薄い紫色。通常の青と桃色ではないそれに目が吸い込まれる。
一応、ヒビキ達は怒りの湖でギャラドスの色違いを見た事はあったが、ミロカロスのそれを見たのは初めてだった。
「これが、俺達の真の相棒だ」「リザとフッシーには悪いけどね」
三年前の旅の始まりを告げたのはレッドがマサラの釣り場で釣った色違いのコイキングだった。その金色の鱗を見詰めている裡に、死んだ相棒に怒鳴れた気がした。
『何時迄ダラダラ微温湯浸かっとんねんっ!』
そして、レッドは数年越しに図鑑編纂の旅を決意した。勿論、リーフもだ。
其処で、ずっとオーキド研究所に預けていた相棒の残し形見を孵化させてみた所、生まれたヒンバスもまた色違いだったのだ。
ポケモンの色違いが発生する確率は凡そ1/8200。二人揃ってそれを引き当てたのは正に天文学的な確率。運命的な出会いと言っても過言では無い。
そんな二匹は彼等にとっては紛れも無い切り札。
「もう一丁噴火だぜ!」「り、リフレクター!」
怯むなと言う方が無茶な注文だが、それでも逃げる事は許されない。
何とか状況を打破しようと、彼是考えるが生き残る未来が全く見えない。
噴火を喰らったミロカロスだが、全く動じていない。たった二割しか削れなかった。
一応、壁を張ったがそれは焼け石に水だろう。
三ターン目が終了。刻々と死の瞬間が近付いて来ているみたいだった。
「竜の舞」「どくどくよ」
積み技でステータス強化。加えて、毒による長期的な戦果を望む。
さっくりと止めを刺しに来ない辺り、実に性格が悪い二人だった。
「積んでしかも猛毒!?」
「ああ、拙い! 手が付けられなくなるわよ!」
メガニウムが猛毒を浴びた。このまま放置すれば建て直しが不可能な状況に追い込まれる。……否。壁を張られた時点でそうなっていたのか。
運指の法則が乱れる!
こんなチャージノートが絡む発狂乱打を音ゲ脳を持たない凡人が捌ける訳が無い。和尚したって片方のパートは相当にキツイし、抜けられる可能性はかなり低い。
指ツイスターの骨折譜面。閉店は時間の問題だった。
「まだまだ噴火! ……駄目?」「光の壁を!」
少なくとも火傷位は負わせてギャラドスの体力を削ろうと目論んだが、僅かにゲージが減っただけで目論みは失敗。対特殊の障壁を展開するが、それが無駄な足掻きだとコトネ自身もきっと判っているだろう。
四ターン目が終わった。僅かにメガニウムの命が削られた。
「決着を急いでいる様だな。付き合ってやるか?」
「良いんじゃない? あたしはいけると思うけど」
もう少しだけ足掻く時間位は与えてやろうと更に舞を積もうと思っていたが、向こうはそれが大迷惑の様だ。
レッドはリーフに尋ねる。それにリーフは頷いた。
……殺っちまうか、と。
「なら、それを信じるか。ギャラドス! 大サービスのギガインパクトだ!」
「ミロカロス! 諸共波乗り! たっぷり水を飲ませてやって!」
一段階アップのギガインパクト。氷の牙でも良かったが、力の差を見せ付ける様に放たれたそれは易々と壁を突破してメガニウムをブッ飛ばした。
そして、次いで放たれたギャラドスをも巻き込む大海嘯。水に弱いバクフーンがそれに耐えられる道理は無かった。
「「・・・」」
揃って、目を覆いたい光景だった。
救いは無いんですか? ……無いよ。妖精にそう囁かれた気がした。
「バンギラス……」「カイリュー……」
ヒビキ達が最後の手持ちを晒す。二匹共に600族。しかし、切り札と言うにはレベルが今の二匹より明らかに低い。恐らく、急拵えの保険である可能性が高い。
だが、今更そんなモノを持って来た所で戦況は覆らない所迄来ていた。
「ちっ、襷潰しか」
「仕方無いじゃん。それでもあたしは相棒を信じるけど?」
「違い無いな」
バンギラスの砂起こしは微妙に厄介だ。相手の特防が上がる位はどうでも良いが、ターン最後の削りが襷で耐えた命を容赦無く刈り取るのだ。
だが、それ位で優勢が崩れる訳ではないとリーフは判っている様だ。レッドもそれに頷いた。五ターン目終了だ。
「カイリュー、雷! ……うわ」
「ストーンエッジ! 糞、硬い」
反動で動けないギャラドスを確実に潰す為に容赦無い攻撃が集中する。だが、雷は外れ、ストーンエッジも壁に阻まれ、思う様な効果を上げない。
ギャラドスは耐え抜いた。最も利いたのはミロカロスの波乗りだった。
「良く凌いだな。向こうの運、尽き掛けている?」
「此処は……自己再生しておくかな」
落とされても仕方ない状況だったが、そうはならなかった。こちらの運ではなく、相手方の不運が原因な気がして、前回の決着の場面を思い出すレッドだった。
リーフは無難にも体力回復。バクフーンにより付けられた傷が完全に癒えた。
六ターン目が終り、マサラチームの壁の効果が切れた。砂嵐が両陣営の体力を削った。
「ミュウ」「ミュウツー」
再びレッド達が掟破りを召喚する。胃が痛くなりそうな状況だった。
「うわ、来たよ。岩雪崩!」
「早々にお帰り下さい! 逆鱗!」
全体攻撃が両ポケモンの体力を削るが、威力が分散され半分を削るに至らない。追撃の様にミュウツーにブチ当てられるカイリューの逆鱗。しかし、それでも倒す事が出来ない。残りの体力は二割強だった
七ターン目終了。砂嵐が四匹の命を削り取る。此処で、リーフのミュウツーがオボンの実を使用。体力を半分位迄戻した。
「リフレクター」「光の壁」
「また張るのかよ!? 畜生め! 悪波動!」
エスパータイプに特効の悪攻撃。だが、バンギラスの特攻はそれ程高い訳ではない。壁に阻まれてミュウツーの体力を削り切れない。残りは二割半。
「未だ未だ逆鱗! ……あ」
此処で逆鱗がヒットすれば良かったのだが、当たったのはレッドのミュウだった。
壁に邪魔されてやっぱりダメージが通らない。ミュウツー同様、オボンの実でミュウが体力を幾らか戻す。そして、疲れ果てたカイリューは混乱した。
シングルならそう言う心配は無いが、ダブルバトルで対象を自分で指定出来ない事は厄介なネックだ。確実に葬るのなら、ランダム要素を排除しなければならなかったのだ。
「ナイストライだったぜ」「しかし、惜しかったわね」
八ターン目終了。ワカバチームのリフレクターが切れた。砂嵐が(以下略)
「「行って来い、ドーブル!」」
レッド達が手持ちの交代を支持。二人の最後の手。絵描きポケモン、ドーブル。
「「ど、ドーブル?」」
お世辞にも種族的に強いポケモンではない。だが、その特徴は他のポケモンを圧倒する。やろうと思えばどんな技だって覚える事が出来るのだ。それを最終決戦に出してくるとは。
そのレベルも相まってこいつは非常にヤバイ臭いがする。是が非でも倒さねばならなかった。
「カイリュー! 逆鱗、発動!」
混乱中にも関わらず、恐れずに逆鱗使用を指示。そして、それは確かに的確な手だった。レッドの手持ちがレベル100で無ければ。
そして、タイプ一致のドラゴン技がドーブルにクリーンヒットした。
「……嘘でしょ。何で耐えるのよ」
だが、それでもドーブルは倒れない。二割強を残して、未だ健在だった。
「レベル差を舐めるな」
「係数が違ってくる。壁もあるんだしね」
これが壁の無い状態の逆鱗なら話が違っただろう。タイプ一致と砂嵐で多分、ドーブルは撃墜されていた。だが、落とそうとして攻撃した結果はこれだった。
「ストーンエッジ! って、嘘だろ!?」
そして、ヒビキが続いて攻撃を続行する。タイプ一致の強烈な一発だ。傷付いたレッドのドーブルは耐えられない。
しかし、それも当たらなければどうと言う事は無い。無常にもヒビキのバンギラスは攻撃を外してしまった。
「運に見放されたな」
「やっぱり、あの時に使い切っちゃったのよ、きっと」
ストーンエッジは外れ、タイプ一致の逆鱗でも倒し切れなかった。
運は完全にヒビキとコトネを見放していた。
九ターン目終了。ヒビキ達を守っていた光の壁が効力を失った。砂嵐が(以下略)
「「せーの、茸胞子!」」
揃って同じ技の使用を宣言。必中睡眠がバンギラスとカイリューを眠らせた。
「この型、やっぱり……」「起きて! 起きなさいよカイリュー!」
必中一撃必殺型。実際に遭遇した事は今迄無かったが、余りにも有名な型だ。
眠らせ、狙いを付け、葬り去る。只それだけの型。だが、何よりもそれが恐ろしいのだ。
十ターン目終了。以下略
「木の実は持っていない様だな」
「後は運だけど……滅びの歌、撃っておく?」
眠りこけ、起きる様子の無いワカバチーム。問題なのは後、何ターン眠ってくれているかだが、保険として死の宣告でも使うかとリーフがレッドに訊いた。
「いや、こいつ等が虫の息である事には変わり無い。倒されてもこっちには後があるんだからな」
だが、それにゴーサインは出さないレッド。もう十分付き合ったのだ。此処は強気に行くとリーフに答えた。
「じゃ、あれだね? ドーブル、心の目」
「ああ。ロックオンだ」
二人のドーブルが狙いを定める。カイリューもバンギラスも起きなかった。
「「!」」
死ぬがよい。二週目のラスボスが無情にそう言った気がした。
十一ターン目終了。以下略。
「・・・」
必死に頭を巡らせる。この状況を打破する手は無いものか。
行動を許した瞬間に敗北が確定する上に素早さでは完全に向こうが上。
手持ちは空っぽ。完全に積みの状態。
せめて一匹でも手持ちが居てくれれば、交代してその場凌ぎが出来るがそれも叶わない。
……道具が使えれば。
ヒビキは決して考えてはいけない事を考えてしまった。
「使えば良いんじゃないのか?」
「頼っても良いけど? 今回は薬位で文句は言わない」
随分と長考していた様だ。その声に気付いてハッとすると、二人は火の点いた煙草を咥えて、紫煙を燻らせていた。
先輩達、喫煙者だったんですね。……否。そんな事はどうでも良かった。
「で、でも」
今の自分の心を見透かした二人の発言。それが悪魔の囁きの様に聞こえた。
今迄だってこうやって追い詰められた事はあるが、連戦が続いて止むを得ない場合を除いては、戦闘では道具に頼らない事を極力決めていた。
ジムリ戦でも、四天王戦でも。そしてこの前の戦いでも。ヒビキ達が唯一貫いて来た矜持だったのだ。
それを破れと、破ってでも足掻けと四つの赤い瞳が誘惑する。
「ま、若しそっちが使ったなら、こっちも解禁する覚悟はあるが」
「あなた達がどれだけ数を用意したか知らないけど。こっちに抜かりは無いわよ?」
最初から形振り構わない覚悟をしている。伝説の使用がそうだ。そちらが回復剤を使うなら、こちらも同様にさせて貰うとレッド達は告げた。
「元気の欠片、回復の薬。それぞれ百個は持ってる」
「あなた達は、どうかしら」
そんな状況に陥ってしまえば、それはもうポケモンバトルではない。只の醜い泥仕合だろう。そんな無様は晒したくなかった。
「ブラフだと思うか?」
「まあ、好きにしてよ」
直ぐにそれが真実と判る。王手一歩前に居る彼等はそんな嘘を吐く必要等何処にも無いのだから。
牽制でも脅しでも無い。好きにやれ。俺達はそれを食い破る。
レッド達は本当にそうするつもりなのだろう。
「ヒビキ君……」
「ああ、積んだ。俺達の負けだ」
実力でも、物量戦でも、圧倒的。勝ち目はとても無い。
コトネが悲しそうな目でヒビキを見た。もう打つ手は無いのか、と。
ヒビキはそれに頷き、投了を宣言。これが本当のどうしよもないものと言う奴だった。
「「絶対零度」」
ヒビキの言葉を確かに聞き、レッドとリーフが攻撃を指示。
この瞬間、バンギラスとカイリューは倒れ、ヒビキ達の敗北が決定した。
「それまで!」
見届け役のウツギ博士が勝負の終了を告げる。
「勝者、マサラチーム! 双方、礼!」
再び、形ばかりの礼をしてバトルの幕が下りる。それはレッド達にとっての物語の転換点であった。
「はあ……結局三日天下かよ」
規定の賞金をレッドに手渡し、実に残念そうにヒビキが愚痴る。
「悔しいか?」
その顔を見れば訊く必要は無い事だと判っていても、レッドは訊いてしまう。嫌味のつもりは全く無い。今のヒビキ達の気持ちは知って置きたかったのだ。
「そりゃ勿論! でも」
「何よ」
コトネがそう叫んだ。やっと掴んだと思った栄光の地位だったのに、直ぐに引き摺り下ろされた。それが口惜しくてならない。オーバージョイの世界を垣間見た気すらした。
「師匠達の力を思い知った。なら、後はそれに向かって万進するだけかなって」
「前向きね。でも、今はその方が良いのかもね」
しかし、これだけの力の差を見せ付けられて負けるのならば、それだけで納得だとヒビキは思った。最強を名乗るには未だ力が足りないとも。
だから、次に備えてもっと強くなる。その時迄最強の座は一時預ける。負け惜しみの様だが確かにそう思った。
リーフはそんなヒビキを薄く笑った。やれるものならやってみろ、と。
そして、自分達は未だに人間の範疇だとも付け加えたかった。
『俺(あたし)達、其処迄廃人じゃないよ?』
あの狂った世界は人間を卒業しなければとても太刀打ち出来ないからだ。
「博士、今回は有難う御座いました」
「あたし達の無礼な訪問にも関わらず、厭な顔一つすらせずに我侭を聞いてくれた。感謝しています」
突然の申し出を無理に聞いて貰ったウツギ博士に兄妹は素直に頭を下げた。完全な勝ちを演出する為には第三者の目が必要だったのだ。その役目を担ってくれた博士には本当に感謝の念を抱いていたのだ。
「顔を上げてよ。僕も、トップ同士のバトルを見られて嬉しかったよ」
だが、博士は迷惑だとは微塵も思わなかった様だ。にこやかに笑みながら、今の戦いの光景を思い出している様だった。
「研究職を続けているとバトルからはどうしても縁遠く成りがちだからね」
在野の研究者ではあるが、最近はどうしても研究所に篭りがちになってしまう。
そんな自分の目の前でポケモンがトレーナーと共に連携し合って、命の力をぶつけ合う。その熾烈な瞬間を目撃出来ただけでも、研究者としては十分だったのだ。
ウツギ博士の佇まいが自分達よりも遥かに大人に見えた二人だった。
「月並みだがな。……確かに返して貰ったぜ」
「これでまた振り出しね。残念だけどね」
最初は奪い、今度はそれを奪還された。ヒビキ達の最強を求める戦いは確かに、最初に戻ってしまった。だが、ヒビキ達に敗戦の悔しさはあっても後悔は無かった。
二人が背を向ける。マサラへ帰る気なのだろう。
「待って下さい」
だが、ヒビキには未だ用があったのだ。
「ん?」
その背中に声を掛けると、レッド達は振り向いた。
「その……」
「何だよ」
言い難そうにもじもじと視線を彷徨わせるヒビキの様子に、用件を早く言えとせっつくレッド。何も無いなら帰るぞ、と言っている様な顔だった。
「しゃ、写真を一緒に撮りませんか? 俺等の敗戦記念の」
「序に、ギア番も教えて下さい! お願いします」
そして、とうとうヒビキとコトネが内容を語った。記念……否、忌念写真の撮影と電話番号の交換。
「「ぷっ」」
なんだかそれが可笑しくて思わず噴出してしまった。
「良いよ。そんな事で良ければ。な?」
「うんうん。問題ナッシングよ」
後輩の可愛らしいお願いを無碍にする程、鬼じゃあない。顔を緩ませてそれに応じるレッドとリーフ。しかし、ギア番交換は未だしも、写真を撮る為のカメラが無かった。
「じゃ、写真は僕が撮ろう」
それを解決したのはウツギ博士だ。戦いの様子を記録でもしていたのだろうか、彼の手にはデジタルカメラが握られていた。
「それじゃあ、フォトジェニックな君達、息を吐いてゆっくり笑ってね」
研究所前で手持ち達を交えずに四人だけで撮る。思い思いのポーズを決めてシャッターの瞬間を待った。そして。
――パシャ
此処に新たな思い出が生まれたのだった。
「じゃあな、後輩。次は何時になるか俺達にも判らんが」
「その時には今度こそ、あたし達を超えて見せて頂戴ね」
ドンカラスとプテラに乗ってレッド達は帰っていった。天より舞い落ちる一枚の黒い羽がこの場に彼等が残した存在の証の様に感じられた。
「「・・・」」
飛んで行った東の方向を見るも、その姿はもう既に点の様に小さくて、暫くして完全に視界から消え去った。
「やっぱりさ」
「うん」
ドンカラスの羽を拾い上げ、ヒビキが漏らす。
「格好良いよなあ」
「そうだね」
憧れの先輩。その勇姿と圧倒的な実力をその身で知った。
それに何時かはきっと、追い縋る。……否、追い越してみせる。
最早、頂点も最強もヒビキとコトネにはどうでも良い話だった。
……そして、レットとリーフにとっても。