終:Bad Maniacs
――シオンタウン 魂の家
出発の前日。全ての準備を終えた二人は再びこの場所に足を運んでいた。備えられた供物も以前と同様。だが、墓の前に立つ二人の胸中は前回とは全くベクトルが違う。
「「・・・」」
目を閉じて静かに黙祷する。頭に過ぎるのは過去の自分達。
未だ皆生きていて、野山を駆け巡り、日が暮れる迄遊んで、腹一杯に飯を食って、一緒の布団で寝て潰されそうになって……
もう戻らない日々。それが奪われた時から、ずっと縛られていた。自分の憎悪に。相棒の死に顔に。
きっと、あそこ迄復讐に狂えたのも、亡くしたモノに相応しい何かをこの手に掴む事を心の底から願っていたから。
だが、どれだけ願おうとも死人が蘇る事は決してない。ずっと判っていた事だ。
そうして、ふと隣を見れば、本当に大切な者が直ぐ側に居た。
もう戻らない嘗ての相棒。だが、隣にはこれからの人生を歩んでいく伴侶の姿。
憎悪の果てには確かに救いがあったのだ。
「行くぞ」「ええ。行きましょう」
だから、これからはそれを導に生きて行く。もう、決して振り返ったりはしない。
それは二人にとっては過去との決別を意味する。
相棒(buddy)に撤収を告げると、彼女は頷いてくれた。
「あばよ、相棒」「今度は新しい家族が出来た時にでも、ね」
もう二度と来ない訳ではないし、忘れる事もしない。今は唯、前を向いて、胸を張って生きて往きたい。嘗ての相棒達からのほんの祝福が二人には必要だった。
だが、決して彼等は応えないだろう。その答えは、二人の胸の中にこそあるのだから。
「暫くだね、レッド君。それにリーフさんも」
以前と同じ様に、その老人は二人を待っていた。あの時以来、顔を合わせる事は無かったが、フジ老人の姿は以前よりも若干やつれている印象を二人に抱かせた。
「「ご無沙汰しています」」
前と同じく、やっぱり同じタイミングで頭を下げる。
前回言われた事を二人はちゃんと覚えている。だが、それを顔にも口にも出さない。全ての決着がついた以上、もう喧嘩腰になる必要は無いのだから。
「墓参りかね」
「ええ。暫く会えなくなりそうだから、これで参り納めですよ」
それ以外の何の用があるのかと余計な突っ込みはしない。この墓参りの後は色々と忙しくなる事は目に見えている。次の予定が何時になるか全く判らないし、自分達が進んで足を運ぶ事も無いだろうとそんな予感がしていた。
「ほう。何処かに行くのかね」
「はい。兄貴と旅に出るんです」
フジ老人の質問に答える。当面の活動地域はホウエンを予定している。
別に其処で何かをしたい訳では無い。行った先に何があるのかを二人の目で確かめる。それが目的だった。
「ふむ」
フジ老人がじっとこちらを見ている。値踏みする様な視線ではない。ただ、じっと目を向けて見詰めるだけだ。そうして、暫く二人の顔を眺めた後に、フジ老人は顔を綻ばせた。
「あ、あの」「どうか、しましたか」
その視線と表情の真意が判らないので、困った顔をする二人。何か可笑しい事でもあるのかと互いに顔を見合わせるも、別にそう思える節は無かった。
「いや、良い顔をしていると思ってね。憑き物が落ちた様だ」
その言葉でこの老人の真意が知れた。やっぱり、心配してくれていたのだ。以前の様な凶相が見られない事でこの御仁は全てを理解したのだろう。
「そうかもです。もう、俺達に復讐は必要無い。要らない過去だって、決めたから」
「また復活するかも知れない。でも、もう良いんです。そう決めた。あたし達自身で」
ロケット団。それはこの国が抱える歪みの具現。トレーナー崩れが安心して暮らせる様な法制度の整備や就職雇用口を用意しなければ同じ様な組織は何度でも興されるだろう。それを望む人間達の意思で。
だから、きっとまた蘇る。何時かは判らないが、きっと。
それでも、戻らない過去にはもう縋らない。血を啜る事も極力したくない。取り憑いていた復讐心だってとっくに離れて行ってしまった。だから、もう良い。
悲しい出来事だったが、それはもう二人には必要無い、捨てて良い過去だとそう決めたのだ。
「そうか。やっと成仏したのだね、君達の相方は」
「「はい」」
少なくとも二人はそう信じている。思い出の中の相棒達の顔は満面の笑みで満ちている。
だから、迷う事無く頷く。確かめる必要は無い。そう信じるだけで良かった。
「ポケモンへの信頼。愛情。安らぎ。……そんな物は、所詮は人間の都合だ」
世の中にはそんな欺瞞に満ち溢れている。テレビや書物で何度と無く目にするその単語。その意味を正しく理解している人間は果たしてどれだけ居るのだろう。
「私は自分が正しいと信じて疑わなかった。だから、ミュウツーを創った。無責任な話だがね」
それを盾にして、自分の正当性を求める。嘗てのロケット団然り。この老人然り。そして、嘗ての自分達もその例に漏れない。
「だが、そんなエゴを振り翳しても、最後にポケモンが笑うならば私はそれで良いと思うのだ」
過程も重要な話だろうが、この場合は結果論という意味での話。些か、無責任かも知れないが、ポケモンと人間の意思疎通が難しい以上、そう判断せざるを得ない事柄。
ポケモンの幸せ等、所詮は人間の尺度で量れるモノではない。だからこそ客観的に判断せざるを得ない事柄だった。
「そして、そのエゴに囚われてはいけない。縛られる等以ての外だ。君達は……解き放たれたのだね」
そうして、フジ老人はその渦に囚われた。そして、自分達も同じ様に。
だが、フジ老人と二人が違うのは、其処から抜けられたか否かだ。この老人は未だに苦しんでいる。決してその様を人には見せないが、目を見れば二人にだって判る事だった。
「「・・・」」
ゆっくりと頷く。責任逃れはしない。何時かきっと裁きは受ける。それが生きている裡に齎されるかは不明だが、その咎を背負って生きて行く事を二人は決めていたのだ。
「なら、君達は自由だ。……今度こそ好きに生きたまえ。私は此処で、それを眺めているよ」
「「はい!」」
全てを見据えた老いた男の戯言。……そう判断するには忍びない暖かさと力強さがその言葉にはあった。
老人の激励に二人は元気良く答え、外へと駆け出す。
二人の鱗のアクセサリーがそれを祝福する様に僅かに光る。年月を重ね、所々が汚れて草臥れたそれには嘗ての相棒の魂が宿っている様だった。
遠ざかる背中を眺めながら、フジ老人はゆっくりと微笑んだ。
――翌日 カントー国際空港 正面ゲート
十一月上旬。気温は然程低くは無いが、それでも時折冷たい風が吹いて体温を奪っていくかの様だ。道歩く人々が二人の側を通り過ぎ、次々と消えていく。旅へ出る者、帰って来た者。顔を見るだけではそれは判らなかった。
兄妹の服装は何時もの通り。リベンジの時に着用した初代仕様ではなく、リメイク時の服装にややアレンジを加えた形になっている。只、髪と目の色だけは戻っていなかった。
「暫く、カントーとはさよならかあ」
やたらとデカいパンパンに膨らんだ旅行鞄を軽々と抱えてリーフが零す。
年内中には恐らく帰らない。卒論発表会は一月末なのでそれに合わせて帰る必要はあるだろうが、その後の事は全く決めていなかった。
指導教員を口説き落としてゴーサインを貰うにも随分苦労したと、その時の様子を思い出して、直ぐに思考をシャットアウト。あんまり思い出したくは無かった。
「やっぱ寂しいかよ」
隣に控えるレッドも容量限界に挑んだかの様な破裂しそうに膨らんだズタ袋を担いでいた。
長年慣れ親しんだ土地を離れるのだ。もう二度と帰らない訳では無いが、それに際し一抹の寂しさが過ぎるのは人間の性だろう。レッドだってそうだ。
「そりゃそうよ。エリカやナツメと暫く飲めないからさあ」
「まあな。グリーンの愚痴聞くのも、タケシからかうのもお預けだもんな」
遠く離れれば徐々に疎遠になるのが人間関係だ。今迄の様に気軽には会えないし、電話で繋がっていると言っても以前の様な深い関係では無くなってしまう。
それは、確かに淋しい事だろう、
「でも……一人じゃないからさ。そんなに寂しくない」
そんな中でリーフが頼るのは隣に何時も居てくれたお兄ちゃんの存在だ。そして、それは決して依存的なモノではない。
「兄貴が……レッドが居てくれるなら、あたしは十分だよ」
もっと深い、恋人……否、伴侶……否、buddyとして。
相棒を信じているからこそ、旅の不安は一切感じなかった。
「また何時消えちゃうか判らないけどさ。こんなあたしで良ければ、レッドの側に居させて」
そう言ってリーフは悲しそうに囁いた。
唯一の懸念事項がそれ。一度、リーフは確かに世界から退場して、消え去った。兄が役目を負わせたとは言っているが、それが何時まで続くか判らない。
何故なら、今の自分達はシナリオを無視して好きに動いている。今この瞬間だって、消されると言う恐怖が付いて回っているのだ。
そんな厄介な自分に手を差し伸べ、一緒に居てくれる優しいお兄ちゃん。甘えるなと言う方が無理な相談だった。
「無いさ。お前が消える事なんて」
だが、レッドは強い口調で言い切る。断言出来るだけの何かを持っている様にその顔は自信で満ちている。しかし、リーフだって馬鹿じゃない。
それが何なのか聞かないまま、はいそうですかと納得何て出来なかった。
「どうして?」
だから、それを聞く。兄が自分へ課した役目を知りたかった。
「それは――」
一瞬、強い風が吹いて、レッドの帽子がそれに浚われる。だが、レッドは気にも留めず、リーフの肩に両手を置いて、はっきり聞こえる様に言葉を紡ぐ。
「お前が俺のヒロインだからさ!」
それこそがレッドがリーフに課した役目。女主人公と言う意味ではない。レッドと対を成す存在と言う意味だ。レッドは前作主人公として神に愛されているのか、この世界での存在が許されている。
だから、リーフにその役目を課した以上、レッドが存在しているなら、リーフもまた存在しなければ世界のルールが破綻する。それは正に世界の改変とでも言って良いチート級の荒業だった。
俺が存在する限りはお前は絶対に消えない。だから、安心しろとレッドはニッと笑った。
「――ぁ」
言っている意味が今一理解出来ない。理解は出来ないが、取り合えず一緒に居られると言う事は魂で理解した。だが、そんな事も今では瑣末事に感じられる。
それは自分に向けられた兄の笑顔が原因だった。
もう失われて久しい、二度と拝めないとすら思っていたモノ。
妹がずっと大好きだったお兄ちゃんの屈託の無い、笑顔。
涙が一粒、ポロリと瞳から零れ落ちた。
「え」
何が起こったのかとレッドは唖然とした。突然にして泣き始めた妹。最初の小降りの雨は今では大雨となり、滂沱の如く妹の頬を伝っている。
そして、リーフの顔がくしゃりと歪むと同時に、レッドは抱き付かれた。
「ぁ……あ……! ぅ、うあああああああああ……!」
憚らずに大声で泣く女と抱き付かれている男。周囲の通行人が何事かと視線を向けてくるが、レッドは固まったまま何も出来なかった。
「なっ!? ちょ、ええ!? 何故っ!?」
「ぐすっ……ゴメ、御免ね、兄貴。あたし、嬉しくて。嬉しくてさあ」
自分なりにはこれ以上無くエンディングのフラグを立てたつもりだったが、失敗してしまったのだろうか。……否、話を聞く限りそうではない。
「あ、ああ。……それで、一体何が?」
女泣きを続けるリーフはしゃくり上げるだけで何も答えない。
「っ……ぐすっ、えへへ。内緒、だよ」
身体も、心も、全て捧げた。後残っているのは命だけだが、それすら捧げても構わなかった。だが、結局それでも兄の笑顔を手にする事は終に出来なかった。
もう諦めたと思っていたそれがこんなタイミングで齎される。
……こんなに嬉しい事は無い。だから、リーフは嬉し泣きを続ける。
「??……どうも解せんなあ」
そしてそれは、レッド本人が知る由も無い事だった。
――搭乗ゲート
もう後、数十分で機内案内が始まる。レッド達は荷物検査を負え、待機していた。
ふと、目をやると、喫煙所から二人の人物が出て来た。
「・・・」
やたらと背の高い、黒っぽいスーツと赤いスカーフが特徴的な銀髪のお兄さんと、やっぱり背が高い胸元の大きく開いた黒い服と特徴的な髪飾りをした金髪のお姉さん。
「どうしたの? ……あの人達が、どうかした?」
レッドの視線が気になったのだろう。泣き腫らして普段以上に赤い瞳の妹が横から聞いてくる。
「何処かで、いや何かで見た気が……否、やっぱり気のせいか?」
テレビか、それとも何かの雑誌で見た顔な気がする。だがどうしてかその詳細が思い出せない。
……思い出せないと言う事は、大した情報では無いのかも知れない。
レッドはボリボリと帽子の上から頭を掻いて椅子から立ち上がる。
「あ、何処に?」
「煙草」
いきなり席を立った兄が何処に行くのか、妹は尋ねた。これがトイレだったなら放置する所だが、レッドの手に握られている煙草のボックスを行き先が判った。
「あたしも行く」
兄の後ろに妹は付いて来た。
そうして、機内への案内が始まると、ゲートが途端に人でごった返す。
乗るのは最後で良いと、ボーっとして人込みが緩和されるのを待っていると、先程見かけた背の高い二人が搭乗者の列に混ざっていた。
「同じ便、か」
それを眺めていると、その二人と目が合った。
――ゾクッ
銀色と金色の瞳がダブルでレッドの目を射抜く。瞬間、レッドは理解した。
この二人は只者じゃあない。同じ臭いがしている。
そして、恐らくその正体は……
「兄貴。行こうよ」
「あ……そう、だな。行くか」
リーフが肩を叩く。それに我に帰ると、人の列は無くなっていた。あの二人もとうに居ない。
……中々、ホウエンもホットな場所であるらしい。少なくとも、今の様な猛者が居る事は間違い無い。レッドのトレーナーの魂が唸りを上げる様だった。
――飛行機内 空の上
搭乗して凡そ三十分。別に変わった事もある筈が無く、絶え間無く襲って来る気圧変化の耳鳴りを唾を飲んだり、欠伸したりしてやり過ごす。
「・・・」
窓の外を眺めるも、青い空と地上より大きく見える太陽、下方に僅かに見える雲以外何も無い。悲しい位暇な状況だった。
「すう……」
そうして、傍らに視線を向ければ、肩に寄り掛かる自分の妹の姿。無防備な寝顔が何だか心を暖かく満たす様で、レッドは顔を綻ばせた。
一切合財の感情が凍て付いていた頃には決して見られなかった表情で。
「……やれやれ」
もう人間らしい感情等、望むべくも無いと勝手に思っていたが、その氷を溶かしてくれたのが妹だと言うのが何とも恥ずかしく、また嬉しい気持ちに駆られる。
『お前が居るなら、俺は笑って居られる。だから、ずっと兄ちゃんの側に居てくれな』
「本当に良い女だよ、お前は」
口にこそ出さないが、レッドは確かにその気持ちを胸に抱えたまま、リーフのやや癖のある黒髪を撫でた。
……この先、何が待ち受けるかは判らない。でも、二人ならばきっと何とかなる。何が相手でも乗り越えられる自信もある。そして、その覚悟も。
―― Yeah,let`s go all the way to hell.
「だよな? 相棒」
「くー……むにゅ……すう」
リーフは寝息を立てるだけで答えない。だから、レッドも瞳を閉じた。
今は、この暖かい気持ちのまま、惚れた女と共に眠りたかった。
「あら」
忙しそうに機内を駆け回るフライトアテンダント。とある席に近付いた時に、声を漏らす。
一組の男女が、子供の様に身を寄せ合って眠る姿。
その光景は何とも微笑ましかった。
その後、飛行機は無事定刻通りにホウエンへ到着した。
季節は晩秋。木々は葉を警告を告げる黄色に染め、やがて死を連想させる赤へと姿を変えて地に落ちる。
開け放たれた窓からこの季節にしては暖かい風が吹き込み、カーテンを少しだけ揺らした。
その傍ら。壁にぶら下がったコルクボードに一枚の真新しい写真が貼り付けられている。
新王者陥落の記(忌)念写真。映り込んでいるのは四人。
胸元に蒼い鱗をぶら下げ、腰に右手を当てているレッド。その真ん前でアピールするヒビキ。
虹色の鱗を括り付けた左手でサムズアップしているリーフ。その腰に抱き付いているコトネ。
そして、兄妹の片手と片手はしっかりと硬く結ばれていた。
それは復讐に生き、その運命に振り回された者達の残滓だった。
〜了〜
おまけの(生身)スペック
赤さん 本名:神代烈斗(仮)
身長180 年齢23(HGSSシロガネ山バトル時)FRLG開始時は20歳
歪みねぇ兄貴。レベル75 性格は冷静(本来はやんちゃ)
職業は秘密。髪は栗色。瞳は空色。本来の髪色と瞳は黒と赤。シスコン(病的)。
タイプ:悪、炎 特性:極(5ターン経過すると一度だけ能力全てがグーンと上がる)
戦慄(場に出た時相手の能力を全て下げ、同時にPPを余分に削る)
兄妹愛(一緒に出撃した場合、妹が被弾する度能力のどれかがアップ)
武器:ガバメント、ソードオフツインバレルショットガン、ジャックナイフ、自己流喧嘩術
手持ち:リザードン♂、ブラッキー♂、カビゴン♂、ギャラドス♂、ドーブル♂
ドンカラス♂、ミュウ(ボックス控)
葉っぱさん 本名:神代葉月(仮)
身長170 年齢22(シロガネ山バトル時)FRLG開始時は19歳
パイオツカイデー(90前半)レベル74 性格は能天気(本気時は冷静)
大学生。卒業後は兄のサポートを予定。通常時と本来の髪と瞳は兄と同じ。超絶ブラコン。
タイプ:悪、草 特性:ハイテンション(急所に当てる度に能力が一つグーンと上がる)
戦慄(場に出た時相手の能力を全て下げ、同時にPPを余分に削る)
兄妹愛(一緒に出撃した場合、兄が被弾する度能力のどれかがアップ)
武器:デュアルイングラム、爆薬類によるトラップ、ジャックナイフ、自己流喧嘩術
手持ち:フシギバナ♀、エーフィ♀、ラプラス♀、ミロカロス♀、ドーブル♀
プテラ♀、ミュウツー(ボックス控)