参:トレーナーとしての貌  
 
 
――タマムシシティ 往来 夕刻  
 この季節になると陽の入りがめっきり早くなる。夜の帳が降りて行く度に気温だって下がって行く。今は……逢魔ヶ刻と言う奴だろうか。  
 冷たい風がレッドの頬を撫でて、栗色の前髪を浚って行く。  
 そんな彼を取り囲む人、ヒト、ひとの群れ。その大半は見物人だ。  
「う、うう……」  
 レッドの前に蹲る数人のスキンヘッズ。開いて転がったモンスターボール。その中身である倒れたベトベターやらドガースの屍も山。  
 ……彼に挑戦した者の成れの果てだった。  
「……あー」  
 懐から取り出したボックスから煙草を一本咥えて、風に注意しながら安物ライターで火を点ける。咥え煙草のまま、レッドは敗者を見下ろした。  
「最初に言ったよな? 乗り気じゃねえって」  
「うお」  
 蹲ったリーダー格のスキンヘッズの襟首引っ掴んで無理矢理に立たせる。相手は顔面蒼白だ。  
「だけど、俺はそっちの要求を呑んでやった。……なのにこのザマは何なんだ?」  
 侮蔑、嘲笑、嫌悪、失望……相手を拒絶するありったけの感情が感じ取れる声と顔だ。  
「数さえ揃えりゃどうにかなるって思ったか? 雑魚はどんだけ集まっても烏合の衆なんだよ」  
 数が決める戦いばかりじゃないと言う事だ。弱者が幾ら数に頼ろうとも、真の豪傑一人には遠く及ばない様に。  
 挑戦者達はそれを誤っていたのだ。  
「これ以上付き合う義理は無え。有り金置いてとっとと失せやがれ」  
「あ、有り金ってそりゃあ」  
 ポケモン勝負に負けたトレーナーに発生する義務だ。だからと言って、全額寄越せと言うのは些かふっかけ過ぎだ。スキンヘッズが支払いを渋る。  
「ああ? 敗者が何意見してんだ?」  
「ひい」  
 が、不機嫌全開のレッドに反論は通じない一睨みされると強制的に口を噤まされる。とんでもない威圧感だ。  
「……ま、別に良いか」  
 此処に至り、レッドは自分の要求を取り下げる旨の発言をする。だが、それは彼の慈悲ではない。  
 
「払えねえってんなら、仕方無い。代わりに命を貰う事にするさ。……リザードン、サクっと介錯をば」  
 
――ギャルル  
『心得た』  
 今の今迄大人しく隣に控えていたリザードン♂がその大きく鋭い爪を振り被る。極限迄懐いた彼は主の命に絶対だ。  
 斜陽を鈍く照り返す竜の爪。サブウェポンとして習得しているドラゴンクローだが、人間の首を斬り落すには十分過ぎる用を果たすだろう。  
 ……形で示せないなら別の物を頂く。レッドは本気と書いてマジだ。  
「いいっ!? あ、あんた正気か!? 勝負は付いたろ!? それにトレーナーへの直接攻撃は」  
「あ? スペの世界じゃ日常茶飯事だ」  
※あくまでこのお話はゲーム準拠です(筆者)  
 サラッと問題発言をかますレッドさん。これについては解釈が色々あるだろうが、深く突っ込んだら負けだろう。……突っ込んじゃ駄目だぞ?  
「……お前の死体だって高く買ってくれる場所はあるって事だ。それに、お前みたいなチンピラが何人死のうが週刊誌だって気にしねえよ。……安心して死ねや」  
 今受信した異次元からの怪電波の事は忘却し、レッドはリザードンに指示を出した。  
 ただ殺せ、と。  
「た、助けっ……! お、お前等見てないで助けてくれぇ〜っ!」  
 当然それに抗うスキンヘッズ。周りに居る仲間と言うモブ達に助けを求めるが、現実は非情だった。  
「う、うわあああ!」「お、お助けえええええ!」  
 悲痛な仲間の声を無視して、彼等は叫びながら逃げ出した。  
……が、しかし。  
 
――バアンッ!!  
 逃げた先のコンクリート舗装の地面が破裂音と共に小さく裂けた。  
「「!」」  
 足を止めた視線の先には一人の人間と一匹のポケモン。逆光がその二つの影を大きく伸ばしている。その人物は口を開いた。……女の声だ。  
「お仲間見捨てて逃げるって中々の英断よね」  
「……リーフ?」  
 聞き慣れた妹の声。良い所に来たと言うよりは何で此処に? と言う疑問の方がレッドには強かった。リーフは咥え煙草のレッドを一切見ずに続けた。  
「そんな連中にかける情けは無いわよね。……ポケットの中身出して貰える? お財布ごとね。それとも……」  
 実に判りやすい二者択一と言う名の脅迫。金を出すか……  
「――此処で死ぬ?」  
 素早さががくっと下がって余りある様な恐ろしい表情だった。彼女の脇のフシギバナ♀が蔓を鞭の様にしならせている。急所に当たれば即死もありそうだった。  
「「・・・」」  
 逃げ出したスキンヘッズは恐怖の余り声も無く泣いていた。  
 
「わ、判った! くれてやる! もってけよ!」  
 これは本当にまずいと直感したスキンヘッズは財布を取り出し、紙幣の束を掴んで地面に叩き付けた。  
「……毎度」  
 拾い上げた紙幣を数えながら、レッドはスキンヘッズに視線で告げていた。  
 もうお前は消えて良い。  
「で、君達は何も無しなのかな」  
「い、今はこれだけしか」「か、勘弁して下さい」  
 レッドの方が一段落したのでリーフはにこやかに笑みながら残りのモブ達に催促する。その目が笑っていない事に気付いた彼等は素直に賞金を渡した。  
「時化てるのね。ま、良いわ。とっとと消えなさいな」  
「「「お、覚えてやがれ〜〜っ!」」  
 徴収した額の少なさにややがっかりしつつリーフは手で追っ払う仕草を見せる。  
 今時テンプレにも記載されない様な三流の捨て台詞を残し、スキンヘッズ達は脱兎の如く逃げ出した。  
「ほい。賞金」  
「ああ。悪いな」  
 妹から金を受け取る兄貴。夕闇に紫煙を纏わせて、口元で煙草の火を明滅させる野球帽の青年とポークパイを被った女。凄まじく柄が悪い光景だった。  
「……見物じゃねえ。てめえ等失せろ」  
 見物人の視線が好い加減うざいレッドが低い声で一括するとギャラリー達は次々に散って行った。  
 
――タマムシデパート前 噴水広場  
 少し場所を移して噴水の前。もう完全に陽は落ちて、街頭の明かりが仄かに灯っている。まだまだ宵の口なので人の姿は耐えない。  
「いやあ、有名人は辛いね兄貴」  
「お前もだろ。こう言う荒事が面倒臭いから普段は大人しくしてるってのに」  
 こう見えても嘗ては四天王を突破し、カントーリーグのチャンプの椅子に座った事のある二人。情報に聡い者なら彼等に挑戦し、名を上げてやろうとするのが人間の性だ。  
 今日の一件もそれに根差したモノだった。  
 
「しゃあないっしょ。元チャンプのネームバリューは背負う側に重たいって事。あたしも一昨日喧嘩売られたし。何処で嗅ぎ付けるやら」  
「無駄な争いは避けたいもんだ。それが出来なきゃどれだけ強くたって、半分以上が無駄になっちまう」  
 本人の望む望まずに関わらず、闘いを挑まれる立場に彼等は居る。  
 そんな時に重要になるのが要らん闘いを避ける術だ。真の強者である程、腕を容易く振るったりはしない。ひけらかし、誇示すれば悪評は必ず生まれる。それでは何時まで経っても闘いは終わらないし、何れは怪我を負い、力尽きる事になる。  
 ……それでは意味が無い。  
 後々のリスク回避と言う意味で、今の兄妹は滅多に戦わないが、闘って勝った後の敗者に対する過剰な迄の要求は或る意味見せしめ的なニュアンスも含んでいる。  
 これ以上、自分達に関わらせない様にする為の苦肉の策である。……本気で相手を殺そうとしたのは間違い無いのだが。  
「で、何でお前此処に居んだよ」  
「専門書買った帰り。人集まってるから何かと思ったら案の定ね」  
「俺と同じか」  
 まあ、難しい話は良いだろう。気になっていたのはリーフが何故に登場したのかという事だ。レッドは参考書を見に来たのだが、リーフもそうだったらしい。  
 兄妹揃って同じ思考と行動パターンなのかも知れない。  
「じゃ、帰るか」  
「帰るの? 臨時収入があったんだし、何か食べに行かない? 無論、兄貴の奢りで」  
 これ以上、留まり続ける理由が無いのでレッドは家に帰りたい。だが、リーフはそうでは無い様だ。賞金を得た事を前提に話を進める辺り、中々目敏い。  
「……構わないけど、母さんが飯作って待ってるぞ」  
「あ、そっか」  
 得た金を使う事にレッドは抵抗は無い。リーフが居たからすんなり金が入ったと言う事もあるし、女を繋ぎ止めるには金が掛かると言う事も承知済みだ。  
 だが、家では母親が愛情溢れる晩御飯を用意してくれている。それを無視するのは問題だった。勿論、リーフだってそうだ。  
「そう言えば、母さん、明太子喰いたいって言ってたな。……土産に買ってくか」  
 ふと、母がそんな事を言っていたのを思い出す。目の前には丁度デパートがある。レッドは目配せした。寄って行くか、と。  
「良いわね。序にあたしにも奢ってよ」  
「あんま高い物は……」  
 リーフの目が一瞬輝いた。それが物欲の輝きである事をレッドは知り、思わず尻込みする。ふっかけられる気がしてならなかった。  
「大丈夫。お酒」  
「酒か。……ま、それ位なら」  
 よもや酒をチョイスとは渋い。食の細いレッドに対し、リーフは食が太く、酒だって多く消費している。それで何で太らないのか不思議な所ではある。  
 ……嵩張らないし、別に良いか。そう思ったのが今日の運の尽き立ったのかも知れない。レッドはリーフに腕を取られてデパートに引っ張り込まれた。  
「って、こんな上物って聞いて無いぞ。十分高いじゃないか」  
 やっぱりだった。土産と自分の物を一寸見繕って、差し出されたのがかなり高額な洋酒のボトル。服やら宝石を要求しない辺り未だ可愛いが、それでも……  
「え、何?」  
「……何でもない」  
 何か言おうとしたがレッドは止めた。きょとんとしたリーフの顔が一寸可愛かったからだ。  
 まあ、偶には妹孝行も悪くない。そう思う事にした。  
 ……手に入れた賞金は粗零になってしまったが。  
 
 
――月日は巡り……  
 
 

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