捌:怨念返し  
 
 
 二ヶ月が経過した。季節は初夏。命が芽吹き、木々は青々とした葉を広げていた。  
 あれから、ジョウトのロケット団の噂を聞く機会は日を追う毎に増していくが、カントーで姿を見せたと言う話だけは何時迄経っても耳にする事が無かった。  
 だが、遂に奴等は姿を現した。  
 
――ニビシティ  
 博物館に論文の作成資料を取りに来たレッドは街中で旧友に会った。  
「……未だ化石堀り続けてるんだな」  
「まあね。昔からお月見山には通ってたからさ。今は専らディグダの穴だけど」  
――ジムリーダーのタケシ  
 レッドの小学、中学の同級生。高校は違ってしまったが、地理的には距離は離れていないので頻繁に会う事が多かった。レッドにとってはグリーンに並ぶ数少ない親友の一人だった。  
 そんな彼は今やニビの専任ジムリーダーであり、副業として様々な場所で化石の採掘を行っている。  
 大家族を養う彼だが、アニメ版の様に父親や母親が夜逃げしたりはしていないので家族仲は滅茶苦茶良かったりする。リメイクが進む度にイケメン化が進む糸目男爵様だ。  
「でも、何であそこは新しい道になったんだ? 前は地下に広かったろ。広場への道何て無かったし」  
「旧坑道は落盤の危険があったんだよな。だから其処を封鎖して、頂上に通じる新しい道が急遽ね。……未だ掘り尽くして無かったんだけどさ、あそこ」  
 コンビニ前で屯しながら駄弁る。レッドは煙草を吸い、タケシは明るいのにビール何て飲んでいた。  
 
「何か変わった事あったか?」  
「変わった事ぉ? うーん……」  
 近況報告を兼ねた世間話。しかし、誰もが面白がる変わった話と言うのは案外無かったりする。タケシが首を捻る。  
「そう言えば、お前カスミとどうなってるんだ? 情報が入って来ない」  
「あ? あー……ぼちぼちかな」  
 無いのならば無理矢理話を振ってやれば良い。お題は恋バナ。ニビとハナダのジムリーダーは随分昔から懇ろな仲だったりする。  
「要領得ないな」  
「この前喧嘩した」  
「ふむふむ」  
 可も無く不可も無くと言われても状況が判然としない。そうすると、喧嘩をしたと言う言葉が出て来た。……まあ、喧嘩位は付き合ってるならするだろう。  
 レッドだって見せないだけでリーフと何度も殴り合っている。  
「当て付けか、別れるって電話来て、新しい彼氏紹介された」  
「ふむふむ……何っ!?」  
 おっと!? これは破局のサインか!? レッドも興味津々と言った感じだった。  
「ハナダジムのトモキさんだった」  
「あ、ジムトレーナーね。……完全、当て付けじゃねえか」  
 その人ならレッドも見た事がある。船乗りの波野智紀さん(32)。あの人は確か奥さんが居た筈だ。それを彼氏と紹介するのは……不倫でなければ、タケシの気を引く罠だ。  
 付き合わされたトモキさんも可愛そうに。奥さんと喧嘩していない事をレッドは祈った。  
「で、土下座した」  
「……したのかよ! で、どうなった」  
 まあ、男の土下座は決して安くは無いが、それは時と場合による。寧ろ、それで女の機嫌が直るなら安いモノだ。だが実際にやるかどうかは……その辺りは個々のプライドの大小で違うだろうが。  
「仲直りした。それで謝罪として飲みに連れて行けって」  
「……アイツ未成年だよな? まあ、誤魔化せるだろうけど。で?」  
 タケシはレッドと同じく22だが、カスミは確か未だ18でぎりぎり女子高生だ。バレれば些か面倒臭いが、何とかなったのだろう。  
「しこたま飲んで、あいつが酔い潰れて、家迄負ぶってった」  
「……泣かせるな、そりゃあ」  
 何て健気だ。大家族の長男として弟や妹の面倒を見てきた故の懐の広さだ。カスミは姉妹の末っ子故か、かなり我侭で気が強いから、付き合うとするならタケシの様な広い心が必要になってくるのだとレッドはしみじみ思った。  
「泣いたのはその後だよ。その状態でイジェクトされた。……濁流を背中に」  
「・・・」  
 ろっぱー、とリバースしてしまった訳だ。……うん、別の意味で確かに泣ける話だ。  
 余り想像したくない光景でもあった。  
「流石にムカついたからそのままホテルに行って朝迄泣かせてやった」  
「酔い潰れた女をレイプ、か。中々に鬼畜だなそりゃ」  
 それは確かにキレても許される状況だ。だが、問題なのは酔ったJKをホテル連れ込んで強姦したと言う事である。一歩間違えれば警察沙汰だ。  
 ……いや、結局は合意の上になるんだろうから良いのか?  
「アイツが悪いんだってばさあ!」  
「お前、また三行半突き付けられっぞ」  
 まあ、タケシも災難だがキレたタケシの相手をさせられたカスミにも同情する。  
 開眼し、糸目状態を解除したタケシは竜舞を限界迄積んだギャラドス並みに危険な存在になる事を長い付き合いからレッドは知っていた。  
「いや、それが何か最近甘えてくるんだな。……変なスイッチ入ったのかも」  
「……ご馳走さん」  
 カスミ……無理矢理強引が好きなタイプだったんだな。まあ、何だ。もげちまえ。んで、末永く爆発しとけ。……と、レッドは思った。  
 
「で、そっちはどうさ? リーフちゃんと」  
「あー? Sex&drugでROCK`N ROLLだ」  
 あ、やっぱり追及の手はこっちにも来るのね。レッドは実に判りやすい妹との近況を語った。因みに、タケシはリーフとレッドの仲を応援している。  
「お、お前! く、薬やってたのかよ」  
「やってねえよ。近親相姦と殺人だけだ」  
 お前には洒落も通じんのか、とレッドさんは自分の負っている罪をサラッと告白した。  
 因みに、ニッポン国で近親相姦は双方合意ならば犯罪ではありません。  
「……それも洒落にならないよな。いや、マジで」  
「そうだな。……何で捕まらないんだろうな」  
「この国の警察機構が優秀なんだろ」  
 殺すべき相手はロケット団だけと決めている。それが破られる事は無い。だからこそ、レッド達の裏の顔を知っても反応を変える者は少ない。  
 嘗てはお月見山、タマムシのアジト、ポケモンタワー、シルフカンパニー、ナナシマ倉庫で大勢始末して来たが一度も検挙された事が無い。  
 案外、国はそれを知っていてレッド達を放置しているのかも知れない。  
 
「あー、そう言えば」  
「あ?」  
 何か他に笑える話でもあるのか、気だるげにレッドは新しい煙草を咥える。  
「いや、マジな話だけどさ」  
「……おう」  
 ふと見たタケシの顔は何時もの糸目じゃなかった。こう言う時のタケシは真剣だ。レッドは姿勢を正して、改めてタケシと向き合った。  
「最近、お月見山で怪しい奴等が出入りしているらしいんだわ」  
「っ! 聞かせろ」  
 目を見開いてレッドがタケシの胸倉を掴んだ。初めて掛かった大物の予感にレッドは興奮気味だった。  
「落ち着けって。今言うから」  
 バシッ、と服を掴むレッドの手を叩き落とし、タケシは語る。  
「俺が直接見た訳じゃないよ。ただ、広場の山荘の爺様が言うには店仕舞と同じ位の時間に黒尽くめの帽子を被った変な奴等を見かけるってさ」  
「お月見山、か」  
 場所は判る。頂上付近にある開けた広場。山小屋とピッピが月曜にやって来る泉があるだけの場所だ。  
 
「あそこって前もロケット団が侵入したじゃん」  
「ああ。化石目当てでな」  
 二年前だ。旅に出て、初めてレッドとリーフがロケット団と遭遇した場所。そして、初めて人を殺し、童貞を捨てた場所だ。  
「でも、今の新坑道じゃ化石は殆ど取れないんだ。何の目的があってか気になる処ではあるよな」  
「ふうむ。……その広場には人が集まれそうな建物って山小屋以外にあるか?」  
 姿を見せる以上は何らかの目的があっての事だろう。だが、特産品である化石が取れない今、あの場所にロケット団が目を付ける何かがあるとは思えない。  
 考えられるとするなら、それはカントー再侵攻の為の中継基地。若しくは新たな拠点。  
 レッドはその手の建物の有無を尋ねた。  
「あるよ。使われてない林道が広場脇に伸びてて、その先に廃屋がある」  
「そっか……」  
 BINGOだ。呪いの解放先をレッドは確かに捉えた。自然と頬が緩む。  
「あー、当然行くんだよ、な?」  
「行かない理由が何処に?」  
 その顔がどうにも一抹の不安を煽る。タケシは心配した様に尋ねるが、レッドがそれ以外の答えを言う筈も無い。そして、止める気だってタケシには無かった。  
「だよな。いや、俺が協力出来るのは此処迄だ。精々怪我しないようにな」  
「ああ。ありがとうよ」  
 親友のエールを受けてレッドが若干微笑んだ……気がした。  
 荒事が出来ない訳じゃないが、本来温厚な性格のタケシがそれを得意にしていないのは確かだ。タケシはレッド達の無事を祈る事しか出来なかった。  
 
 
――マサラタウン 二階 兄妹の部屋  
「その情報、確かなの?」  
「火の無い処に煙は……だ。現地で確かめるしかない」  
 家に帰ったレッドは早速その情報をリーフに伝えた。だが、どうも胡散臭く感じている様だ。今迄姿すら掴めなかった仇の情報だ。慎重になるのも頷ける。  
 だが、レッドの言う様にするしかないのも事実だった。  
「……決行は?」  
「明日。1900。午前中は下見だ」  
 こちらはたった二人しか居ない。敵の情報も不明瞭。こう言う時に必要なのは入念な下準備だ。地形を把握し、こちらが有利な作戦を立てる。ポケモン勝負にも言えた事だ。  
「急ね。随分と」  
「怖気付いたか?」  
「冗談」  
 妹の覚悟を試す様にやや挑発的に言ってやった。だが、リーフは嘗めるなとでも言いたそうな顔できっぱりと言った。  
「あー、もしもし、エリカ? あたし。悪いんだけど明日の……」  
 リーフがギアで電話を掛けている。相手はエリカの様だ。約束があったのだろう。それを断る電話の様だ。  
「・・・」  
 レッドはそれを尻目に、引っ掻き棒を取り出して天井裏への蓋を開けた。梯子を下ろして、天井裏へ上半身を潜り込ませると手探りで何かを探し、それの取っ手を見つけるとしっかり掴んで階下に運ぶ。  
「心配し過ぎだって。大丈夫よ。兄貴も居るし。……うん、うん」  
それをもう一度繰り返し、レッドは梯子を戻し、蓋を閉めた。  
 運び出されたのは二つのジェラルミンケースだった。  
 レッドは馴れた手付きでその一つの鍵を開けた。  
 ……中に収められていたのは銃と弾薬だった。  
 M1911A1ガバメント……信頼性高い45口径。嘗ての米軍正式拳銃。  
 M1878短銃身水平二連散弾銃……バレルを切り詰めたショットガン。近距離威力は絶大。  
 レッドはそれらを手に取ると、工具箱を何処かから引っ張り出し部品をバラしてチェックを始めた。  
「じゃあ、埋め合わせは後日にね。……それじゃ」  
――ピッ  
 電話を終えて、リーフもまた自分の銃をケースから取り出す。  
 MAC11イングラム×2……短機関銃。連射力は絶大だが精密照準は難しい。  
   
 日が暮れる迄、兄妹は自分の得物の調整を続けた。  
 
 
――翌日 お月見山 夜  
 藪の中に身を潜めてそろそろ一時間が経過する。  
「来ないわね」  
「ああ。まあ、待ってろよ」  
 山小屋の従業員が店を閉め、出て行った事は先程確認した。  
 今日は月曜日ではないのでピッピを見に来る人間は居ない。だとすれば、この後に現れる人間がロケット団である可能性が強まる。後は、その人物が廃屋への林道へ向かうかどうかだ。  
「・・・」  
「……っ、薮蚊が」  
 ぶんぶん纏わり付く薮蚊がうざったいリーフは仕切りにバシバシ叩いていた。レッドは我慢してるのか微動だにしない。虫除けスプレーは使っているが、効果は余り無い様だった。  
 
 ……更に数十分経過。空はどんよりと曇り、月は泉にその姿を晒さない。  
 光源が殆ど無い状態だ。目が慣れていない人間は何処に何があるか判らないだろう。  
「来ない、わねえ」  
「あ、ああ。……今日は外れか?」  
 明るい裡の下見は完璧。道幅や距離、廃屋内の構造もちゃんと頭の中に入れている。  
 そして、その廃屋には確かに人が出入りしている痕跡があった。最近の日付のコンビニ弁当の空を見つけた。だからこそ、その人物はやって来ると確信を持ってこの場に張り付いている。……だが、来ない。  
 レッドの言葉の通り、今日は休みなのかも知れない。もう少し粘ってそれでも来ないなら今日はもう帰ろうかと諦め掛けた、その時。  
――じゃり  
 遠くから砂利を踏み締める音が聞こえた。  
「(あれは……)」  
「(来たわね……)」  
 少し待っていると目の前の砂利道に懐中電灯の光が当たり、黒い服の男が通過した。  
 あの服装は間違い無い。ロケット団だ!  
 ロケット団が向かうのは泉ではなく、その反対。人が寄り付かないであろう寂れた林道の方角。廃屋に向かう腹積もりらしい。  
「(兄貴?)」  
「(未だ後続が居るかも。もう少し待つ)」  
 こう言う時に慌てて後を追ってはいけない。行き場所は知れているのだ。怖いのは襲撃中に後続が異変に気付き、増援を要請する場合。まあ大半は逃げてしまうのだろうが、痛手である事は変わらない。レッドは待機の指示を出し、リーフはそれに頷いた。  
 その後、待つ事三十分程。後続のロケット団が次々と林道へ向かって行く。丁度四人目の男を見送った後に、幾ら待っても後続は来なかった。  
「今ので最後だな。……往くぜ」  
「承知」  
 レッドが藪から出て周囲を確認する。敵影が無い事を確認し、手で合図を出すとリーフも藪から飛び出して来る。そして、二人は極力音を立てずに林道へと向かう。  
 
 

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