\:舞踏会への招待
――ホウエン大 キャンパス内
『……話は判ったわ。でも、幾ら何でも唐突過ぎんでしょうに』
「悪いなシロナ。でも今回は意見は聞かない。乗るか反るか、それだけ知りたいんだよ」
シンオウから帰って数日と立たない裡にダイゴはシロナに電話を掛けた。内容はビッグサプライズ決行の為の交渉だ。
『ズルイなあ。そんな事言われちゃ余計に拒めないわよ』
「拒むに足る理由があるなら言ってみてよ」
大筋は出来上がっているが、シロナの了承を取り付けない限りは絵に描いた餅に過ぎない。だからこそ、何とかダイゴはシロナを口説き落としたかった。
『無い。年末はカンナギ帰ってダラダラしてるだけ』
「僕も一緒。実家で何日か過ごして、自分の家で寝てる位だよ」
融通を利かせて欲しいのは年末の予定に付いて。何処の家庭も大体やる事が決まっているのか、二人共大差が無い。だが、ダイゴとしてはそれが寂しいので、年末はシロナと一緒に居たかったのだ。
『ねえ、何かあったの? 何と無く、心配なんだけど』
「寧ろ何も無いからだよ」
『えっと……?』
「だから、理由が無くちゃ逢えないってのは変だろ。付き合ってるのに」
しかし、ダイゴの想いとは裏腹にシロナは冷静だった。突然そんな事を言い出すダイゴに変な心配をしてしまう程に。だが、一端そうすると決めた以上ダイゴがそれを曲げないのは何時もの事だ。だから、正直にシロナに言ってやった。
『そうだけど、この前逢ったばっかりだし、今はもう泣かなくて平気だし……』
「無理に意味付けすんなよ。僕はそうしたいからそうするだけだ。それとも、やっぱり僕何かの面は見たくないか」
声のトーンから判断するに、嫌悪の感情は見られず戸惑いが感じられる。きっとシロナはダイゴに悪いと思って遠慮しているのだろう。
だが、それこそが逢いたくないれっきとした理由と言う奴だ。少なくともダイゴはそう感じたらしい。だから、後半部分は演技ではなく素の状態で悲しい声が出てしまった。
『ち、違うから! あたしだって逢いたいから!』
「なら問題無いでしょ。理屈じゃなくて、衝動で行動するのも悪く無いって思うけど?」
『う、うん』
それでシロナはやっと正直な所を口にした。後は追い込みを掛けるだけなのでダイゴは止めを刺しに行く。こちらの都合に付き合わせるのは申し訳無いが、今はそれに遠慮する場面では無いのだ。
「その為なら、今回は親父の脛齧るのも吝かじゃないって思ってる」
『! あ、アンタ其処迄……』
ダイゴの言葉にシロナが息を呑む。親の金に頼る事を極力嫌うダイゴがそんな事を言うとは槍が降ってくる前兆とも思える。兎に角、何か良く判らないが余程の覚悟を持っているに違いなかった。
「偶にはババンと決めたい。格好付けたい年頃だと笑っても良い。……返答や如何に?」
『……はあ〜。判った。あたしの負けよ。今年は最後迄付き合ったげるわよ』
「よっしゃ! 言質は取った。キャンセルは受け付けないからな」
親の七光りと誹られ様が、今回はデボンの力を利用したって構わない。何時もと逢瀬の毛色を変えるにはそれしかない。
もうダイゴに其処迄言わせた以上、これを断っては女が廃る。シロナはダイゴの申し出に頷くと、その言葉を待っていたダイゴは珍しく嬉しそうな声を上げた。
『で、実際どうする訳? あたしが行くの? それともアンタが来る?』
「どっちも違う。年末はカントーで過ごすぞ」
一緒に過ごすのは構わない。問題なのはどちらが移動するかだ。今迄の様にそうするものとシロナは思っていたが、ダイゴの考えていた構図はそうじゃない。流石のシロナもそれには大誤算だった。
『ああそう……って、今度はカントー!?』
「君、リアクション芸人目指したら?」
『五月蝿いわ!』
電話の向こうでシロナがどんな愉快な顔をしているのか、想像すると笑えて来た。笑いそうになるのを堪えてダイゴが言うと、シロナは怒鳴り返してきた。
――デボンコーポレーション 社長室
昔は半ば遊び場として頻繁に訪れていた場所。今は用があっても寄り付かない、ダイゴにとって反吐が出る程ムカつく場所。ダイゴは其処に居た。父親に話を付ける為だ。
「……ってな訳でさ。金は俺が全部都合する」
「ふむ」
「少しでも安く済む様にウチのホテルの優待券、都合してくんない?」
やると決めたら半端はしない。父親の協力を得る為に包み隠さず話す。
だが、親の脛を齧ると言っても、ダイゴのそれは未だ可愛い方と言える。ダイゴにも安いプライドがある以上、この程度が強請れる限界だったのだ。
「成る程なあ」
「親父?」
息子の話を聞き、父親は社長椅子に座ったままゆっくりと頷く。その様は息子の成長を目の当たりにして、喜んでいる様なはたまた悲しんでいる様な感慨深げな姿だった。
「お前も色を知る歳になったか」
「余計なお世話だよ。で、どうなのさ。駄目なら別に良いけど」
昔は石にしか興味が無かったのに、それ以外の事に情熱を注ぐとはその姿が若かりし頃の自分のそれと重なる。
だが、父親の胸中が見えない息子はそれがどうにも癇に障る。こちらの願いが通るかどうか、それ以外はどうでも良いのでダイゴは答えをせっつく。
「その娘さん、可愛いのか?」
「あ? な、何だよ突然」
すると、ツワブキ社長がそんな事を言い出した。何でそれが今必要なのかダイゴには判らない。
「写真の一枚でもあるんだろう? 見せろ。話はそれからだ」
「関係無いだろ……って、なっ!?」
一体何なのだろう。値踏みでもするつもりだろうか。だとしたら流石に付き合い切れない。ストレスを溜めたくないのでとっとと部屋から出ようと考えたが、何時の間にか背後に社長が居て、ダイゴは悲鳴を上げそうになった。
「気になる。見せろ」
「わ、判ったよ顔を寄せんな暑苦しい!」
幾ら父親と言っても良い歳したおっさんに近くで凝視されては堪らない。ダイゴは負けを認め、名刺入れにお守り代わりに入れてあるシロナの写真を見せてやった。
「これだよ」
「・・・」
社長は写真から目を背けようとせず、じっと見詰めたまま不動だった。
「……このお嬢さん、名前は」
「え、シロナだけど」
写真を見たまま社長が尋ねる。名前位教えても問題は無いので答えてやる。苗字を含めたフルネームでは無く、あくまでも名前だけだ。
「付き合って長いのか?」
「一年半に届かない位」
次は交際期間を聞かれる。嘘は言いたくないので正直に答える。出会いは大学初めての夏休みの時で、付き合い始めたのがその次の年だから、それで正解だ。
「……ダイゴ、正直に言いなさい」
「あ?」
社長は漸く顔を上げて、真剣な眼差しを以ってダイゴに尋ねた。それがどうにも普通じゃない様に感じられたダイゴは少し身構えた。
「幾らで買った?」
「アンタ迄それを言うか!? って言うか父親の台詞じゃねえよそれ!!」
何て失礼な事を言いやがる! そこらのキャバ嬢とシロナを一緒にするな! ……とダイゴは父親に生身のコメットパンチを叩き込みそうになる。
「いや! どう考えてもお前には不似合いな美人だ! これが神の悪戯で無ければそうとしか考えられん!」
「そんなの知るかよ! 本人に聞いてくれ!」
しかし、社長もやるものでダイゴの攻撃に先駆けてミラーショットでその命中率を下げる。思いもよらない言葉に攻撃の意思が削がれたダイゴは結局言葉で言い返すしかない。
「……本当か? まさか、天使!? いや、女神……!」
「親父? 頭大丈夫か?」
どうにも息子の言葉が信じられない。しかし、嘘を吐いている様には見えない。だとすると真実? 本物の天使には羽が無いと言うが果たして……。
ぶつぶつ何かを口走る父親が認知症を発症したのかと息子は生暖かい視線を向けた。
「……死んだ家内を思い出すな」
「え? ……母さんとは似ても似付かんだろ。髪とか顔とか背だって」
「馬鹿者。纏う空気がだ。……そう言う事なら、一肌脱がねばなるまい」
「は?」
あの頃は成功しようと躍起だった。只管働いて、石を掘って、また働いて。そんな折に石よりも価値のあるものを見付けた。偏屈な頑固者で知られていた自分を夢中にさせる程の良い女だった。
だとしたら、血は争えないものだ。この写真の女性からは嘗て妻に感じたのと同じ空気を感じる。それならば、息子が石を放り出して夢中になるのも頷ける話だ。
残念ながら自分好みのタイプでは無いが、息子が昔の自分と同じ想いを今感じているのなら、父親としてそれに応えてやりたかった。
「ダイゴ。後はこの父に全て任せよ。このシロナさんと言う娘さんを立派に社交界デビューさせてみせよう!」
「え? ちょっ! 只、ホテルが安くならないかって相談なんですけど!?」
何か話しがとんでもなく飛躍している。そもそも社交界って何だ? その裡結婚式とか言い出さないだろうなこの人? ダイゴは心配だった。
若し、デボンが本気を出したらそれも有り得る話だから困るのだ。
「この娘さんをお前が選び取るのならば」
「!」
「どの道避けては通れない。……そうだろう?」
突然、シリアスな顔を向けた父親に息子は押し黙る。
どれだけ否定したくてもデボンの社長子息と言う肩書きは変わらないし、捨てる事も難しい。最悪、己の望みと違うとしても会社を継がねばならないかも知れないし、今だって社長代理として会合に出る事も屡あるのだ。
そんな自分と付き合うシロナもまた無関係では居られない。そう言う事なのだろう。
「……俺もシロナもそんな道は選ばねえよ」
「選ばなかったとしてもだ」
「不吉な事言わないでくれよ」
だからと言ってそれに素直に頷く程、ダイゴは老いていない。社長はダイゴの答えを予想していたのか、少し悲しそうな顔をしていた。
何と無く、それが現実のモノになりそうでダイゴは頭を振った。
――カンナギタウン 村長宅
「成る程ねえ。今年は帰って来れないのかい」
「うん。どうしても断り切れなくてさ。だから、今こうやって帰って来てるんだけど」
師走も中旬を過ぎ、約束の刻限が迫って来ている。シロナは何とか時間を捻出して実家に戻って来ていた。年末は無理なので今の裡に里帰りして置きたかったのだ。
「あーあー、気にせんで良いわい。お前にゃお前の人生がある。寧ろやっと肩の荷が下りた様でホッとしとるわい」
「お婆ちゃん? 何か言葉に棘を感じるんだけど」
何と無く、祖母の言葉に辛辣なモノが混じっている気がする。それは何か? 一々帰って来なくて良いとそう言う意味か? ……だとしたら失礼な話だ。
「もう手の掛かる子供じゃないじゃろ。このまま男の一人も知らず石女になってしもうたらどうしたもんかと思っとったわ」
「なっ!? あ、あたしだって捨てたモンじゃないわよ!? 大体、ダイゴだってあたしにメロメロ……」
嫁に行き遅れた娘がやっと婿を見付けた様なその顔は一体何なのだろうか。まあ、確かに大学に上がる迄は縁が無かったが、今は違うのだ。心配される云われは無い。
その辺りを明確に示そうと彼氏について色々語ろうとする。しかし、直前に邪魔が入った。
「逆。逆。メロメロなのはお姉ちゃんの方でしょ?」
「ちょ、は、話に水を」
シロナの妹だ。情報に聡い者ならば、シロナがどれだけダイゴに骨抜きで、且つトロトロなのか、良く知っている。そして、彼女はその事に付いては少し理解していた。
「寂しくて苦しくて彼氏の写真見ながら泣いてて、いざその彼がホウエンから颯爽と登場したら、その鋼の肉体に牝としての本能を覚醒させて逢えなかった分の劣情を叩き付ける様に腰を振り、泣きながら懇願するの……『ご主人様、もっと♪』って」
『ああ〜ん♪ シロナの雌しべとご主人様の雄しべが合体してるのお!』
『ぶっ『検閲削除』メされて、シロナ幸せれすぅ! ご主人しゃまらいすきぃ♪』
『駄○○○○っ! シロナの○○○○コに××してくらひゃい♪』
『もっとぉ、飲ませてぇ……ご主人様、もっと♪』
「な、なっ! なななな〜〜//////」
……師走の頭にダイゴが来た時のやり取りが脳裏に過ぎる。その時の自分の姿を思い出すと顔が噴煙を上げそうに真っ赤になった。
誰にも言っていない筈なのに、何故!? 何故知っている貴様!
「ほうほう。こりゃあ、曾孫の顔見るのも直ぐかねえ」
「って、お姉ちゃんはこんなキャラしてないけどね〜……お姉ちゃん?」
どうやら、孫娘は正しく女であり、また青春を謳歌している様だ。これならば放って置いても何れ確実に妊娠すると長老は確信したらしい。
只、妹は姉のそんな姿は想像出来ずに半信半疑だった。聞かされた話しだって、どうにも眉唾だ。姉の普段の姿と話の中の姉とではギャップがあり過ぎるからだ。
すると、姉がワナワナと震えている事に気付いて妹はその肩を揺さ振った。
「――誰に聞いた?」
「えっ……嘘。マジ、だったの?」
姉は顔を上げず、低い声でそう呟く。その様子で只事では無いと気付いた妹は慌てて逃げようとするが、腕を掴まれてしまって出来なかった。
「ダレニキイタ?」
妹の目の前に鬼女が降臨していた。般若のレベルを軽く超えて真蛇の域に到達していそうな強力な奴が。
「ひっ!? ほ、ほらあの人だよ! お姉ちゃんと同期の外国人の!」
「アイツか。日本語下手糞な癖にある事ある事よくも……」
それを見てしまった妹は小便をちびりそうになった。素早さの他、あらゆるステータスががっくり下がった気持ちになった妹は容易く口を割る。それを聞いたシロナはズルズルと妹を引き摺りながら奥の部屋へと消えていった。
「お、お姉ちゃん落ち着いて? 道具は……道具の使用はあぶなひでぶ」
「まあ、悔いの無い様に頑張んな」
一瞬で挽肉になった様な断末魔が聞こえた。本当に殺してしまった訳では無いので長老は別に心配はしていない。
気になっているのはシロナの恋の行方についてだが、長老は取り敢えず、応援してやる姿勢を見せていた。
――数週間後 カントー タマムシシティ 噴水広場
イブの翌日。クリスマスど真ん中で二人は再び出会う事になった。
二人共冬季休業はあんまり長くないので三が日を過ぎれば自動的に流れ解散となる。それ迄の間、拠点となるのが虹色をシンボルとする大都会。
時刻はとうに夜だが、人の群れは絶えない。年末の忙しさとやって来る新年の足音に躍らされる様にこの街は不夜城の如く眠らない。
そんな中ダイゴとシロナはベンチに腰掛けて煙草を吸っていた。
「なーんかさ、あたしってば激しく浮いてない?」
「どうしてそう思う?」
白い吐息に混じる煙が夜の闇に溶けていく。色取り取りのイルミネーションに照らされるシロナの横顔は綺麗で見惚れそうになる。しかし、シロナの発した言葉がそれ以上にダイゴには気になった。
「だって、あたし蝦夷っ娘だよ? 田舎モンだよ? こんなお洒落な場所に居るのが場違いな気がしてくる」
「その理論じゃ、僕も地方のドラ息子って事になるんだが」
「アンタは違うでしょ。家柄とか気品とか。あたしとは何かが違うって思っちゃうわよね」
「そんなもんで人間の価値を計られたら堪んないよ」
どうやら、シロナはこの場所に似つかわしくないと勝手に思っている様だ。若し、シロナがそうなのならば自分自身も同じだとダイゴは言ってやる。
だが、その次の言葉でダイゴは少しだけシロナとの隔たりを意識してしまう。それが気のせいで無いならば、ダイゴにとっては愉快な話では無い。例えシロナであったとしても触れて欲しくない部分でもあった。
「そうかしらね」
「そうだよ。所詮は成金とか、金で買った家柄とか言われてジ・エンドさね」
だが、見詰めてくる金色の瞳には疑念の感情が混じっている。それから逃げ出すのは何と無く癪だったので、ダイゴは言ってやった。
「……そんなもんなんだ」
シロナはダイゴの銀色の瞳に滾る周囲からの理不尽に対する憤りを見た気がした。だが、それを正しく掴みかねている様で、そんな陳腐な言葉しか出て来ない。
「ああ。世の中記号でカテゴライズしたがる人間ばかりでうんざりだよ。君も、実はそうだったりするのかな?」
過去から今迄、何度も通過したやり取り。それに傷付き、また腹立たしい思いをした事も十や二十では利かない。だが、そう思った所で周りの反応は変わらないし、自分でもどうしようもない事だとダイゴは気付かされたのだ。
それに気付かない振りするのも、我慢を続けるのも好い加減に疲れる事だった。
……君は違うよな? 今迄は面と向かって訊けなかったが、そろそろ明確にしておいた方が良いと判断したダイゴは内心ビクビクしながらもシロナに尋ねた。
「違うと思いたい。でも、自信が無くなるわ」
「何がさ」
返って来たのはダイゴには好ましくない答えだった。
「劣等感よ。……ダイゴが悪いんじゃない。アタシが勝手に思い悩んでるだけだから」
最初は気にしていなかった。だが、付き合う度に自分とダイゴが違う世界の人間だと言う事がまざまざと見せ付けられる様だった。家名とか血筋とか、自分ではどうにもならないモノに憧れ、そして絶望する。
自分と言う女はダイゴと言う男に全く釣り合っていない。そう思えるからこそ、シロナはダイゴの隣に居ながらも孤独を感じている。気にしてはいけない事なのに、それに気付いた時点で苛まれていた。今もそうだ。
「……良いんじゃないか? そう言うのも」
「良くないでしょ。だってあたし……きっとあなたに」
湧き上がった劣等感の影で嫉妬の感情が嘲笑う。所詮は別種の人間だと、恋人へ向けてしまう醜い感情に自分自身が嫌になりそうなシロナ。だが、ダイゴはシロナのそれを戸惑いながらも否定しなかった。
「好き合うってのは同じ何かになる事じゃないだろ。生まれも育ちも違う。そいつが当たり前だ。そうじゃなけりゃ、裸で抱き合う事すら出来やしない」
「・・・」
人間、生まれながらに何かしらの物を背負うのだ。だが、それをどう処理するかはその人間の生き方次第だ。それに縛られ続けているダイゴだからこそ、自分には無い物を持つシロナに惹かれ、こうやって関係を続けているのだ。
「君は僕になりたいのか?」
憧れを持つのも良い。だが、相手の境遇を真似て例えそうなれたとしても、其処に自分自身はあるのだろうか? 答えは否。近親憎悪による破滅しかない。
「違う。って言うか無理」
「なら、今のままで良いだろ。背伸びしたって疲れるだけだって」
シロナだって本当は判っている。性別の時点で既に違っているのだ。同じである必要は無いし、寧ろ違っていなければならない。それが真実だ。
肩書き同士が付き合うのが恋愛じゃない。男と女だからそうしているだけだ。だから、ダイゴにとってそれ以外は余り必要の無い事だった。
「やっぱ冷めてるね、ダイゴって。偶に憎たらしい位に」
「そう言う素振りが得意なの。一番楽なのさ」
「ま、そう言う事にしといてあげるわ」
自分の迷妄の原因である目の前の男について、良くも悪くも思う所が多々あるシロナ。そうやってすっぱり割り切れれば楽なのだろうが、シロナにそれは出来そうに無い事だった。
しかし、ダイゴだって何の苦悩も無い訳が無い。染み付いてきた生き方が発揮されてシロナには冷めて見えているだけだ。
シロナにはそれが何時ものダイゴが見せる表情と変わらずに映ってしまう。シロナがダイゴの根っ子を理解するのは未だ先の話らしかった。
「えっと、やっぱ迷惑だった? こう言うの」
「迷惑って言うかさ、戸惑った」
「・・・」
重たい話はもうしたくない。だから、矛先を反らす為にダイゴは今回の旅行に付いて訊いて見た。結局、無理に誘う形になってしまったし、どうもシロナのテンションが低い事が気になってしまったのだ。
だが、別にシロナは嫌々ながら来た訳では無い。実際、ワクワクしていた。そうで無ければ最初から断っている。その原因は胸に巣食っている戸惑いの感情だった。
「ずっとシンオウ暮らしだったのに、行ける世間が広がって、頭が追いつかないって言うかさ。……判るでしょ?」
急に広い場所に放り出される不安の様なモノだ。出来る事が多くなる反面、何をして良いのか自分でも判らなくなるもどかしさにも似るかも知れない。
ダイゴと付き合ってからそう言う事態が立て続けに頻発している。シロナはどうやらその順応が済んでいないらしい。
「ああ。判る。雪山から密林、砂漠に行ける様になったら最初は難儀するよな」
「……間違いじゃない。間違いじゃないけど、適切でも無い様な?」
マップが判らない。採取場所が不明瞭。クーラードリンク忘れた。クック先生が怖い。
……まあ、気分的に当て嵌るモノは多々あるかも知れない。
「……じゃあ、未知の大型モンスと初めて対峙する時に感じる恐怖や高揚感? 攻略法を見出した時の喜びと何とか倒した時の達成感とか」
思い出してみて下さい。
稀薄竜、轟竜、迅竜、金獅子、風翔龍、老山龍、雷狼竜、煌黒龍etc……
初めての戦闘と勝利の瞬間、その時の気持ち。
「近い! 凄いそれに近い! だけど、別ゲーなのが惜しい!」
えっ、解らないって? そりゃ困ったな……(筆者)
「まあ何だ。そう言うのは、閉じ篭ってるのが間違いだったって思えば解決だろ」
「ええ?」
冗談(半分は本気だが)はこれ位で良い。シロナの抱えている不安の正体が見えたダイゴはそれに真っ向から立ち向かう。シロナはそれに一瞬、きょとんとした。
「俺にはあたしにはまだまだ行ける世間がある。こんな処で燻ってる人間じゃない。……そう思えばやれるって気がしてこないか?」
「だ、だってあたしだよ? あたし何かが」
謙遜は美徳かも知れないが、それも過ぎれば自己評価を誤る危険性がある。少なくとも、シロナには眠っている可能性が沢山あると言う事がダイゴには判っている。その開花を遅らせるのは惜しい事だった。
「ほら、それが既に間違いだ。少なくとも君はもっと広い世界で活躍出来る一材だって思うけどね。僕以上にさ」
「そっかな//////」
一つだけだが年上なのだ。偶には先輩風を吹かせてみたいダイゴのアドバイス。
そして、きっとシロナは褒められたい年頃なのだろう。自分の彼氏にそう言われて悪い気がしない訳がない。
「そうだよ。自分を信じないで何を信じるんだよ。そいつについては僕が保証するよ」
「う、うん!」
人生は戦場であって、その場に於ける一番の戦友は自分自身しか在り得ない。シロナはどうもその辺りが不足している気がする。だから、ダイゴは人生を拓く為に必要なそれを提示してやるとシロナは微笑んで頷いてくれた。
「元気、出た?」
「ありがと。大分、軽くなった。……そうだよね。自分の事だもんね。夢はでっかくても、誰も文句言わないし、多少自惚れる位があたしには良いのかも」
「ああ。本当の実力さえ知ってりゃあ、問題無いさ」
旅行に来て迄こんな説教臭い事はダイゴとしても言いたくは無い。それでも、シロナが微笑みを返してくれるならそれも良い。老け込むには未だ早いが、少なくともダイゴはそう思った。
「さて、帰ろうか」
「そだね。冷えて来たし、お布団で暖まりたい気分」
「僕は一寸引っ掛けたい気分だねえ」
時計を確認するともう随分と時間が経っていた。足元の吸殻も結構な量になっている。ダイゴが撤収を告げるとシロナもそれに頷く。ダイゴは吸殻を始末すると、シロナを連れて歩き出した。
「で、今日の宿って何処?」
「ん? あそこ。ウチの系列店なんだよね」
ビルの合間から覗く、背の高い建物。無駄なライトアップを控えた格調が高そうなホテルが彼等の塒だ。
シルフの本拠地の目と鼻の先で商売をやっているデボン随一のサービスを誇るホテル……との触れ込みだが、ダイゴも利用するのが初めての場所だった。