]:右手に火輪、左手に月輪
――ホテル 客室 ロイヤルスウィート
「あの、だ、ダイゴさん?」
「な、何でしょうかシロナ君」
ボーイに案内された部屋の入り口で二人は突っ立ていた。引き攣った顔で自分の名を呼ぶシロナにダイゴまた同じ顔で答える。
「ほんとに、此処? って言うか、入って良いの此処!?」
「いや、此処の筈。間違い無い。部屋番号間違ってないぞ」
二人が戸惑う理由は部屋の豪華さだ。二人で使うには明らかに広過ぎる間取り、高そうな絵画や陶器の壷が彼方此方の壁に散らばり、部屋のど真ん中には経費の無駄としか思えない小さめのプール迄存在している始末だった。
シロナの言葉にダイゴは慌てて渡されたカードキーの番号を確認するも、刻まれた番号に間違いは無かった。
「こ、こんな豪華なお部屋初めてで、あたし、何が何やら」
「僕だってそうだよ。ってか、こんな部屋毎日泊まってたら破産するから」
庶民の暮らしが身に沁みているシロナらしい言葉。だが、ダイゴだってそれは同じ。幼少期から普通の暮らしを心掛けて来たダイゴにはこんな部屋は既に異界だった。
「お値段、平気? 凄く怖いんですけど」
「一寸、確認してくる。今回、親父に任せたから間違いじゃないと思うけどさ」
一体、一泊幾らするのだろう。何かの間違いを期待してシロナはダイゴに確認すると、ダイゴは電話をしに一端部屋から出て行った。
「はああ〜」
待っている間、暇なので座るだけなら只だと、備え付けのソファーに座ってみた。座り心地抜群のアンティーク調のマホガニー製のソファー。恐らく値段は数十万円の世界だろう。これだけでもう溜め息が出てしまった。
「ゴメン、ダイゴ。あたしとアンタ、やっぱ違う世界の人間だわ」
お金って、ある所にはあるのね。貧富の差がこれだけ世界を分ける事を思い知ったシロナはダイゴには悪いと思いつつもそう口走った。
「おっけ〜だってさ。暫く、僕達の城だわ、この部屋」
「これが……デボンの本気……!」
戻って来たダーリンの言葉にいよいよ現実と認めざるを得ない。何ともゴージャスな恋でぐうの音が出ないシロナ。一夜にしてラグジャリーな世界に突入した気がして上手く頭も回らなかった。
「いや、どうかな。あの親父の事だ。絶対何か仕掛けてる気が……」
そして、シロナのその言葉は間違いである事をダイゴは知っている。若し、本気だった場合はこんなレベルで済まない事を御曹司の立場から見てきたのだ。寧ろ、こんなものは序の口にも満たないレベルだと言う事も。
「あー、一寸飲まなきゃやってられんばい」
――ぐびっ
部屋に備え付けのブランデーの瓶を直に呷ると、その余りの美味さにどんどん飲みたい気分に駆られた。
未だ学生の身分である自分達には早過ぎる世界だとダイゴは父親に文句を言いたくなったがその筋合いに無い事を知り、酒と共に言葉を飲んだ。
「あたしにも頂戴」
一寸飲みたい気分はシロナも同じだったらしい。ダイゴはきっちり封を閉めると瓶をシロナにパスしてやった。余り酒に強いとは言えないシロナだが、お互いに今日は疲れているので変な事は起こらないに違いない。きっと、シロナもそう思ったのだろう。
「……もう、寝よ」
「あたしも……流石に疲れた……」
もう遅い時間だったので、適当にルームサービスを頼んで今日はそのまま寝てしまう事にする。悔しいが、運ばれてきた軽食もサービスのクリスマスケーキも絶品だった。
枕もベッドも寝心地が抜群で、昼間は移動に費やして疲れていた二人は一気に睡魔に襲われ、裸で抱き合ったまま眠りに落ちた。
翌日、翌々日共にダイゴが持参した資金(諭吉百人分)を使い二人は豪勢に物見遊山する。遊び歩くとは言っても、学生としての節度と金銭感覚が二人には染み付いているので十人討ち死にさせるのにも難儀する始末だった。
もう途中で金を使う遊びに飽きた二人は自分達にとって最も興味を引かれる場所である博物館や美術館を巡り、実に健全に年末を過ごす。
そっちの方が自分達らしいと言う二人で出した結論だったが、そいつは思いの外効果的で、ダイゴもシロナも双方納得がいく迄楽しめた様だった。
そんな平和に過ごす二人に嵐が着実に近付く。それこそが今回の仕掛け人であるツワブキ社長が容易した最大のイベントであり、またtrapだった。
――年末 二人の部屋
「今、何と?」
「だから、君にも出て欲しいんだよ。ウチの忘年会」
大晦日二日前。二十九日の朝にそれは起こった。ダイゴの突然の申し出にシロナは目が点になった。
「忘年会って、アレでしょ? 毎日ホールを貸し切ってやってる」
「ああ。金融界、政界のビッグネームがわんさかの」
このホテルに滞在してからシロナが頻繁に目にしている催しだった。自分には関係無いと思って遠めに見る事しかしなかったが、まさかそのお鉢が回って来るとは。
「アレ、絶対社交界よね?」
「……かもな」
かもな、ってアンタ。ちゃんとこっちの目を見て話しなさいよ。
……シロナは焦っていた。
意外な話だが、デボンは一地方の大企業であるにも関わらず、大手のシルフ以上に様々な方面で顔が利く。一説には裏の仕事も手広く展開しているので、様々な分野の要人とコネを持っているらしい。
今迄只の噂だと思っていたが、実際に出席してくれと言われれば誰だって警戒するだろう。少なくともシロナはそうだ。
「いやいやいや。あたしには無理です。駄目です。勘弁して下さい」
「否! 出てくんないと困る! 僕と君で出席するって事になってるんだよ!」
自分の出る幕ではないときっぱりお断りを告げるシロナだったが、ダイゴは夜会の名簿を目の前に突き付けて必死の形相で食い下がる。
「だからって何であたしが!? 無関係でしょうに! こんな催しには一生縁が無い一般人よ!?」
「親父に言ってくれ! 僕だって知らなかったんだよ!」
ダイゴがそうである様にシロナだって必死なのだ。出席して物笑いの種になる事だけは避けたい。だが、今更そんな理屈はどう考えても通りそうに無かった。
「しかも何よ!? このデボンコーポレーショングループ取締役代理って!? じゃあアンタと一緒に出るあたしは何? 何処の誰!?」
「……この際、何でも良い。腹ぁ括ってくんなまし」
自分とダイゴの名前の下にはズラッと凄い肩書きのお方達が勢揃いしている。何処かのCEOや頭取、官庁街の背広組やらその業種は幅広い。もう、これだけで圧巻だし、気が遠くなりそうな世界。
正直、シロナには荷が重い話だが、今の彼女にはそうする必要性が生じている。
「若し、出なかったら?」
「社名に傷が付く。悪ければ株が下がって従業員が大量リストラ……何て事も」
「……!」
Ifの話について一応聞いてみるが、返って来たのは後味が悪くなりそうな可能性。こんな事で尻込みする場合では無いのだろうが、一片でも人の心がある以上、シロナはもう自分の都合で抗う気は失せてしまった。
「良いわよ。やったろうじゃん。でも、あたし、アンタの側から離れないからね。序に一言も喋んないから宜しく」
「ああ。舵取りは僕がするよ。……はあ。親父の野郎、マジだったのかよ糞っ垂れが」
とうとうシロナは腹を括った。盛大に恥を掻いてダイゴを道連れに死んでやろうと本気で考えている。無論、そんな考えはダイゴにはお見通しだった。
以前のやり取りを思い返し、馬鹿な罠を設けてそれに嵌めてくれた父親を本気で恨むダイゴだった。
「今は時間が惜しい。マナーとかんなもんは知らなくて良いけど、兎に角着て行く物だけは見繕わにゃあ」
「やっぱ、普段着じゃ駄目?」
これ以上じゃれている暇は無い。開幕時刻は夜だが、準備には色々と時間が掛かるのだ。今から動かなければ最悪の場合、間に合わない可能性があった。
「阿呆! 今日は俺達がデボンの顔なんだよ! 社員の命が掛かってるってそう思え!」
「は、はい〜っ!」
戯けた事を口走るシロナを叱る様に怒鳴ったダイゴの顔に何時もの余裕は存在しない。しかし、一端やると決めた以上はそれを遂げる事がもっこすの心意気である。
シロナをエスコートして与えられた役目を果たす。ダイゴの中のちっぽけな、それでも立派な矜持だった。
「……ええ、はい。判りました。ではその通りに。お願いします」
こうなる事が予測済みだったのか、ツワブキ社長が事前に段取りを予め組んでくれていた。ダイゴとシロナはそれに乗っかるだけで良い。フロントに電話をしてダイゴは外に車を手配した。
「じゃあ、行こう。ドレスは貸してくれるけど、先ずは君のサイズ計らないと」
仕立て屋との話は既に付いている。後は着る本人を其処に連れて行けば問題の一つはクリアされる。因みにダイゴの着る服に付いては準備が完了していた。
「それで、着る服って誰が選ぶの? 社長さんが予め?」
「え? 君でしょ。センスが試されてるんだと思うけど」
エレベーターで移動中にシロナがそんな事を聞いてきた。流石のツワブキ社長も其処迄は手が回らない筈だ。だからダイゴは素直な意見を口にする。デボンの顔として相応しい着こなしが出来るか否か。今のシロナに求められているモノだ。
「あたし!? 何で!? Why!?」
「……好い加減理解しなよ、シロナ」
ダイゴも今は余裕が無いのでシロナのリアクションをスルーしつつ冷静に対応する。
「僕と付き合う以上、こう言う事も起こり得るって事をさ」
「そんなあ〜」
今迄直接表に出る事が無かった恋人が御曹司である事の弊害だ。だが、もうそれから逃れる事は出来ない。シロナはセレブな世界に既に片足を突っ込んでいたのだ。些か遅すぎたデビュタントかも知れなかった。
――ホテル パーティー会場
夜。大ホールを貸し切って行われるデボン主催の忘年会。社長代理として適当にスピーチを展開しつつ、多くの参加者の視線を集めるダイゴの姿はとてもではないが石好きのドラ息子とは思えない気品と言うか風格に満ちていた。
彼が着ているのは稲妻のラインが入った特注スーツ。学生生活では滅多に着ないモノだが、それと首元の赤いスカーフがビシッと決まっていて普通に格好良い。
高い身長と端正な顔立ち、冷たく輝く銀髪が男でありながらも危険な色気を醸し出す。その余りのイケメンっぷりは絶滅危惧種と揶揄されても仕方が無い程にセレブな奥様方の注目を集めている。
「それでは皆様、グラスを片手に」
そうして、パーティー開始の音頭を取る為にダイゴは酒の入ったグラスを顔の位置に掲げる。
「忙しかった一年を振り返り、また新たな気持ちで新年を迎える為に!」
一端、間を置いて参加者がグラスを持った事を確認すると、開幕のベルを鳴らした。
「献ぱ」
……ん?
「げふんげふん! 乾杯!」
――ゲラゲラゲラ
故意なのか天然なのか、パーティーに相応しくない言葉を吐きそうになった御曹司は改めて言い直すと、方々から笑い声が聞こえて来た。
「っはああ、やっぱ慣れないわなあ、こう言うの」
「献杯は無いでしょ。仏さんじゃあるまいし」
御曹司としての取り敢えずの役目を終えて、ダイゴは避難通路近くの柱の影に逃げ込んだ。其処には今夜の彼のパートナーも人目を避ける様に佇んでいて、ダイゴの姿を認めると労いながらも当然の突っ込みを見舞う。
「けど、笑いは取れた。忘年会なんだから、堅っ苦しい空気は要らないさ」
「まあね。即興にしては中々のスピーチだったわ。格好良いじゃん」
「嬉しくないよ」
本人達は隠れているつもりなのだろうが、電柱宜しく高い身長を誇り、尚且つ特徴的な髪色とそのルックスが嫌でも人目を引いてしまう。耳を欹てれば、気付いた参加者が二人を見てひそひそと噂話している声が聞こえて来ている。
無論、二人はそれを知っているが気にしたら負けなので全力で無視していた。
「若、お勤めご苦労様です」
そんな事をしていると、二人に初老の男性が近付いて来た。身形の良い装いで人柄が温厚そうな小柄な人物がダイゴに労いの言葉を掛けて来た。
「ああ、本当に参ったよ。いや、こう言う事前通達無しの催しはマジで勘弁して。こっちにも都合があるからさ……」
その人物に付いて、ダイゴは良く知っているらしい。普段、年配の方への配慮を忘れない態度を心掛けるダイゴが此処迄気さくな態度を取ると言う事はかなり昵懇な間柄である可能性が高い。
「(どなた?)」
「(ウチの専務)」
気になったシロナはダイゴの後ろの隠れながら耳元で囁く様に尋ねるとダイゴは答えてくれた。
柿小路さん(仮名)と言う名前で、デボン創設前からツワブキ社長に付き従う敏腕営業マン。デボングループ一の忠臣と名高い人物で、ダイゴが幼少期から付き合いがある人物らしい。
「はて? 社長は前々から今日の事は若に任せると言っておりましたが」
「聞いて無かったよ。親父が考えそうな事だけどさ。……僕達、もう帰って良い? 出番は終わりだろ?」
まあ、それが誰であれ、不承不承でパーティーに出ているシロナにとっては余り関係の無い話である事は確かだ。だから、シロナは専務とダイゴのやり取りを後ろからぼんやり眺めている。会話に加わろうとも思わなかった。
「いやいや何を仰る! シルフカンパニーのご機嫌取り、リーグ理事会への挨拶、その他諸々の雑用が残っておりますぞ」
「うーわ、面倒臭。パス一で」
「認められませんな。……して、若? こちらのお美しいご婦人は?」
どうやら、ダイゴの出番は未だ終らないらしい。それを気の毒に思っていると、専務の視線がシロナに向いた。
「えっ」
「ん? ああ、彼女は――」
いきなり話の話題に上ってしまったシロナはダイゴのフォローを期待してスーツの袖をぎゅっと掴んだ。
少しダイゴは考える素振りを見せた。専務が美しいと態々言う辺り、シロナが周囲の目を引きまくっているのは確かな事だった。
黒一色の胸元と背中の大きく開いたパーティードレスは若さとスタイルに余程自信が無ければ着れない類のものだ。
更にスカート部分には大きなスリットが入っていて、其処からにょっきり覗くガーターベルトを装備した脚線美はダイゴから見ても美味しそうに映ってしまう程だった。
しかも、粗スッピンの状態で宝石類も全く付けていないと来ている。それにも関わらず会場の殿方の視線は彼女に釘付けになりつつある。
……さて、そんなシロナの事を何て言えば良いのだろうか。
「ん〜、ご想像にお任せするよ」
「……ま、妥当な物言いかしらね」
付き合っていて、男と女の仲ですとはっきり言えれば良いのだが、それであらぬ誤解を招きたくないダイゴは如何様にも解釈出来る曖昧な言葉で切り抜ける事にした。少し、それが残念だったのかシロナは誰にも聞かれない様に呟いた。
「ほう? つまり、フィアンセと言う事ですな」
「「ぶっ」」
その言葉に揃って噴出した。話がとんでもない方向に飛躍した。婚約者ってアンタ、穿って見過ぎじゃないのか?
「せ、専務? 彼女とは未だ」
「そ、そうです! あた……私は未だダイゴさんとはそれ程」
当然、二人は慌てて反論した。喋るつもりが無かったシロナも流石に口を出さざるを得ない状況だった。
「皆迄言わない。若には既に心に決めた姫君が居られると社内で噂になっていましたからな」
しかし、言った所で無駄だった。専務はとっくに自己完結し、自分の答えを信じきっているらしい。
しかも、その噂とやらについてダイゴは心当たりが無い。周囲にばれない様にやってきたし、少なくとも会社の人間に喋った事は無い。自分の父親を除いて。一瞬嫌な考えが頭を過ぎったがダイゴはそれを直ぐに否定した。
「そう言う事情でしたらお連れしない訳には参りますまい。ささ、奥方もどうかこちらへ」
当人達を放り出して専務は人のごった返す会場の中心へ行ってしまった。
「「・・・」」
残されたダイゴとシロナはお互いに顔を見合わせて、専務の消えた方向を暫くポカンと見ていた。
「これ、何? ドッキリ? それとも羞恥プレイかしら。何だと思う?」
「さあねえ。……案外、こうやって外堀って埋まってくのかもなあ」
一瞬にして恋人から婚約者にランクアップしてしまった。本人達がそれを認めなくとも、今日の様な大きなパーティーで触れて回られると言う事は、もうそれは覆すのが難しい半確定事項と言っても過言では無いのかも知れない。
「喋らないつもりだったのに、行かないと拙いわよね?」
「だね。適当に話合わせてくれると助かる」
世の中思う通りにいかないものだとシロナはこの後の展開を想像して逃げたい気分に駆られる。しかし、もうそれには遅いと気付き覚悟を決める。そうするしかなかったのだ。
「今日だけ、だからね?」
「ん?」
そして、シロナはダイゴにそっと耳打ちする。それに驚いたダイゴは思わず眼を丸くした。
「だから……ダイゴの、奥さん役をやってあげるのは」
「……はっ! 僕を旦那さんって認めてくれてるんだ!」
「えっ! あ//////」
裏を返せばそう言う事だ。ダイゴの放ったカウンターは今のシロナには大誤算である。真っ赤な顔を手で覆って吐いた言葉を反芻すると恥かしくて死にそうになった。
「何か嬉しいな。ほら、行こうよ一緒にさ」
「きゃっ! ちょ、ちょっと! 心の準備が……!」
そいつを聞いてテンションが上がった気がしたダイゴはシロナの手を引いて、魑魅魍魎の跋扈する世界に足を踏み入れる。思わず転びそうになったシロナを抱き寄せて、周囲に自分達の存在をアピールするダイゴは良い意味で吹っ切れた顔をしていた。
表面上は取り繕って他人を蹴落とす事しか考えない人間ばかりが無駄に多い世界。ダイゴにとってはストレスが多いが、少なくとも今のダイゴには守る冪パートナーが存在している。独りじゃないと思えば何とか乗り切れる。そんな気がしていた。
――ホテル 二人の部屋
恙無くパーティーは終了。自室へ戻った二人は寝る準備をしている。
「あー……何だろ。箱根の山を登ったみたいに疲れた」
「駅伝が何ですって〜?」
風呂上りの濡れた髪の毛をそのままに、パンイチ状態でダイゴはソファーで会場からくすねて来た上物のワインを嘗める様に飲んでいた。普段は飲まないワインだが、やや高めのアルコールが疲れた精神に染み入る様で実にまったりした気分だった。
鏡台に座りドライヤーで髪を乾かしている素っ裸のシロナが何を勘違いしたのかそんな事を言ってきたが、取り合う気が無いダイゴはグラスに酒を注いでそれを飲んだ。
「いや、それにしても」
「ん〜?」
程無くして髪を乾かし終えたシロナが隣に座ってきたのでダイゴはワインの瓶をシロナに渡すと、逆にシロナがバスタオルを渡してきたので濡れた自分の髪の毛をそれでわしゃわしゃと拭った。
「君、ほんと注目度凄かったね。一緒に居る僕が壁の花だったよ」
「偶々でしょ。若い女の人、あんまり居なかったし」
さっきの場面が脳裏を過ぎってダイゴがうんざりした顔を覗かせる。鼻息の荒い野郎の群れに押し退けられて壁際に強制退去させられながら、何とかシロナを庇い切った。
その時に自分が何を口走った思い出したく無いが、それでもシロナに対する誠意は示せたと思うのでダイゴとしてはそれで終った話だった。
「そうかねえ? 君のミリキだと思うけど、気のせい?」
「断じて気のせい。在り得ないってばさ」
ああ言う場で若い女性は貴重なのかも知れない。
隙あらば自分の相方を口説こうとするハイエナの群れに怒りのラスターカノンをお見舞いしたい気分になったのは多少なりとも己が独占欲を持っている証拠だろう。
しかし、あんな場所で周囲に対して無防備だったシロナ。それをフォローするダイゴとしては堪ったモノでは無かった。もう少し、自分の派手さについて理解して欲しいと思うダイゴは優しい彼氏の鑑だった。
「でも、これで君の顔は売れたな。変な噂とか立たなけりゃ良いけど」
「噂? ……ああ。ならさ、真実に変えちゃえば良いだけじゃないの?」
「どう言う意味さ?」
「アンタなら、判るでしょ? あたしの考え位は」
もう今更手遅れではあるが、ダイゴが口走るとシロナは意味深な言葉を発して微笑む。それについて訊くと、返って来たのは普段自分がシロナに対して言っている言葉だった。
「婚約者って勘違いされた時、本当は満更じゃなかった」
「//////!!? げほっ、けほっ!」
シロナが何を考えているか判ったダイゴは正解を語ってやると、ワインを飲んでいる最中のシロナは盛大に咽た。
「適当に言ったけど、図星だったか……そうか……」
「や、あのそれはあの……えと、あう//////」
適当ではなく確信を以って言った言葉だったが、シロナにそれを勘繰る余裕は無いらしい。図体でっかい癖に、真っ赤になって慌てる姿が可愛いの何の。それを見ただけでダイゴは何故か幸せな気分になってしまった。
「ま、今は訊かないよ。それに良い人生経験になったんじゃない実際?」
「そう、かもね」
此処であらゆる手段を講じて口説けば本当に嫁さんとしてゲット出来てしまいそうな気もするが、幾らダイゴでも其処迄急ぐ事はしない。だから、シロナが落ち着く迄待ってやる事にした。
「ねえ」
「あ?」
煙草に火を点けて一寸待っていると、シロナが言葉を発した。横目で顔を覗き込むと、シロナは真剣な表情でダイゴを見ていた。
「一緒に居て、さ」
「うん」
ゆっくり躊躇う様に訊いてくるシロナ。別に急ぐ事はしないが、どうにももどかしい感じを受ける。しかし、ダイゴはシロナの顔を見ながら、言い終わるのを待ってやった。
「あたし、変じゃ無かった?」
「――」
とても遠慮がちに、そして上目遣いに尋ねるシロナ。
……今更、そんな事を訊くのか? ダイゴは笑い出しそうになった。その問いに対しての答えも当然あるので、語ってやろうとした。
「あー、その……っ」
「ダイゴ?」
だが、その言葉が喉に痞えた様に出て来ない。何時もの様に顔色を変えずに相手の欲している言葉を掛ければ良い。それが何故か出来無いのだ。
ひょっとして、追い込まれているのは僕の方? ……一瞬そう思って途端にダイゴは頭を振る。在り得ない事だからだ。シロナが心配そうな顔で見てくるが、ダイゴはそれを面と向かって見れなかった。
「だからその……っ!」
普段のダイゴならこんな事で答えに窮する等考えられない事だ。しかし、それが起こってしまった以上、ダイゴが当てにするのは自分の心の声だった。
「綺麗だったよ、シロナ」
打算も計算も含まれない、ダイゴのガチの答え。他人に対し心を晒す事が今迄殆ど無かったダイゴにしては頑張った方だった。
「ほんと?」
「ああ、マジだよ。一緒に居て鼻が高かったよ。周りを惹き付ける位、僕の彼女は綺麗なんだってさ」
その答えに表情を綻ばせたシロナがその仔細を訊いて来る。もう、ダイゴとしても取り繕う場面じゃないので、心に湧いた言葉を素直に並べ立てる。
それが本当の答えとして伝わったのだろう。シロナは本当に嬉しそうに眩しい笑顔をダイゴに届けた。
「そっか……ふふ、そっか!」
「っ!」
ドキッ。心の壁を越え、胸の奥に何かが刺さった様な痛みを感じたダイゴ。意図しないのに心臓の拍動は増して、顔がどんどん赤くなる。それをシロナに見せない様にダイゴは顔を片手で覆い、そっぽを向くと煙草のフィルターを吸った。
「ダイゴが喜んでくれたなら、出て良かった」
「そう、かい?」
幸せそうに微笑むシロナの顔を見ているとまた胸が痛くなりそうだったが、何とか落ち着いたダイゴは再び心に壁を再構築し、一息入れる為に煙草を吸う。しかし、一端皹の入ったATフィールドは以前の様な防御効果は発揮されない。
「でも、二度目は流石に勘弁かな」
「やっぱ、柄じゃないか」
一寸だけ顔を俯かせたシロナは済まなそうにダイゴに言う。だが、ダイゴはそんな事は気にしない。カタギの人間が興味本位で首を突っ込めば、その首を失う世界だと言う事が判っているからだ。
「ん。……月並みだけどさ。ほんと、お姫様になった気分だった」
柄じゃ無いのは知っているが、それでも女の視点から、そう言う展開に憧れていた事は否定出来ない。そして、そんな世界を実際に体験し、王子様と共に舞踏会を駆け抜けた。
流石にダンスを披露する事は無かったが、それでも現実と理想の軋轢について、理解出来た部分は多くあった。憧れたシチュであっても、其処が自分の居場所じゃ無いと言う事だけは把握したのだ。
「でも、やっぱりあたし似合わないって自分で思ってる。泥塗れの埃塗れになって、それでもダイゴと一緒に土を掘り返してる方が、あたしは好き」
だが、御伽噺と違う点は魔法の時間は過ぎ去らないと言う事だ。望めば王子様は変わらず側に居るし、手を伸ばせば握り返してくれる。
夏のホウエンで色んな史跡を二人して巡っていたあの時に勝るモノは無いとシロナは見出した。そして、それは決して金で買える類のモノでは無いと言う事も。
「・・・」
『やべっ……きゅんと来た』
再び障壁を突破された。自分の持つ一般からは外れた趣味に理解を示し、また自分の弱さも含めて一緒くたに包んでくれる様なシロナの微笑み。
撃墜された。そう思える程にダイゴは目の前の女に心を奪われた。
がばっ。気が付けばダイゴは煙草を灰皿に捨てて、裸のシロナを強く抱き締めていた。
「ちょ! ダイゴ、苦しい!」
「悪い。何か衝動が暴走した。……酔ってんのかな」
何かを意図した訳では無い。体が勝手に動いた結果だ。疲れている筈、酒が回っている筈なのに求めたい衝動に火が点いて、下半身の一部がエレクトしている。
ダイゴにしては珍しい荒い抱擁にドギマギしつつ、締め付けが苦しいシロナは非難めいた言葉を浴びせると、ダイゴは腕の拘束を緩めた。
「まあ。なら、もっと酔わせてあげようか?」
拘束を抜けたシロナがダイゴの腰の上に圧し掛かる。そして、裸の胸板にのの字を書くとこう呟いた。
「あたしに」
「ハッ、その台詞、そのまま返すよ」
台本には書かれていないが、もうこの時点でフラグが立った気がする。ダイゴはワインの瓶を呷ると、そのままシロナに口付けし、口移しでワインを嚥下させた。
口の端から零れる血の色をした液体がシロナの乳房に降り注ぐ。熱を孕む下半身に行動を支配された様にダイゴがシロナに覆い被さった。
――元旦 結び島 宝浜
新年初のご来光を拝む為、二人は前日からナナシマに渡っていた。本当ならば灯山に登りたい所だったが、カントー伝説の三鳥が一、ファイヤーが暴れている為、登山禁止の通達が発布され、登る事が出来なかった。
その代替策としてフェリー乗り場の近くにある浜に陣取ってその時を待っている。
「初日の出って、僕見た事無いんだよな」
「あたしも無いわね。つーか、元旦から遠出してお日様見る元気が無いわ」
カントーの人間であっても、態々ナナシマに渡って日の出を拝もうと思う馬鹿はあんまり居ないらしい。シーギャロップには客は殆ど居なかったし、薄暗い浜には自分達以外に人影は疎らで、その殆どが島の住人である事は間違い無い。
「じゃあ、今回は元気が有り余っていた訳だ」
「そうよ。ダーリンにはお胎がポカポカになる位、いっぱい元気注いで貰ってるからね☆」
「あははは……その度に僕は痩せ細って行くよハニー」
下卑た話だが、回数を重ねる度にシロナはどんどん貪欲になって行く。その度に奪われるダイゴの体力は増えていくが、ダイゴ自身もシロナの肉体には嵌りつつあるので、一緒に居る限りは週三位のお勤めは喜んでこなそうと勝手に決めている。
「正直、初日の出を一緒に拝む仲になるなんて、初めて逢った時は思わなかったよ」
「あたしも。こんな長く続いてる何て奇跡だって思える節があるわ」
誰だって未来に付いては未定だ。シロナはあの時の自分の初恋が成就し、敗れずに今日迄続いている事が先ず信じられない。
恋愛感情は時と共に低下し、徐々に冷めていくのが通例だ。それを補う為にはなるべく一緒に居る時間を少なくすれば良いらしい。案外それが長続きの秘訣なのかと思ってしまうが、そのお陰で枕を濡らしているシロナにとって、そんな話は糞喰らえだった。
「奇跡、か。案外、そうなのかもな」
「ん?」
ダイゴはシロナとは少し違った見解を持っている。まあ、長続きもそうだが、出会いの最初を思い出せばそれがどんだけ運命的だったのかと今なら正直に思えるのだ。よっぽどの因縁が無い限り付き合わない様な組み合わせの自分達。
あの出会いが無ければ今日の自分達も存在しない。神の悪戯か、それとも蓋然の問題か。それこそ、シロナの言う通りの奇跡か。何にせよ、議論する様な事では無いので、シロナの視線を無視してダイゴは水平線をずっと見ていた。
「さて、今年も途切れず続く様に宜しくってね」
「はいはい。今年も一杯お世話になるから宜しくしっかり可愛がってね」
東の空が一気に明るくなる。今年最初の陽光に照らされたダイゴは拳を突き出すと、シロナもまた同じ様にして拳を重ねる。一寸恋人らしく無いが、あんまり考えた末の行動では無いので二人とも特に疑問には思わなかった。
「今年の抱負とかって、ダイゴはある?」
「抱負かあ。一応、あるよ? まあ、抱負ってよりは願望だけど」
帰りの船が出る迄にはやや時間が空いている。僻地の元旦なので開いている店は少ないし、宿を取っている訳でもない。時間が来る間、ポケセンかフレンドリーショップで粘るか、それとも火照りの道の脇にある天然温泉で朝風呂を浴びる位しかない。
どうするか決めかねているとシロナが突然訊いて来た。今年の目標に付いては一応立ててあるダイゴは頷く。
「何々? 気になる」
最後の願望と言う言葉が気になったシロナは当然それに喰い付く。一体どれだけ実現困難な抱負を持っているのか訊いて置きたかった。そして、それは確かに難しい事だった。
「ホウエンポケモンリーグ制覇。殿堂入り」
「チャンピオンに君臨!? それは、確かに……でも、手が届くんじゃないの? アンタならさ」
「どうだろ。一応、ランキングの上位には食い込んでるけど、結局アダンさんにだけ勝ててないしね」
夢はでっかく果てしなく。確かにそれはダイゴを以ってしても困難な道。しかし、以前何かの話に上ったダイゴのトレーナーの腕前に付いて、シロナは覚えていたのでひょっとしたら行けるのでは無いかと希望的観測を口にする。
しかし、ダイゴは努めて冷静だった。未だにトレーナーとしては発展途上だし、ルネのジムリであり、同時に親友の師匠でもある水使いに勝てていない事実があるので油断はならないと思っている様だ。
「でもバッジ七つでしょ? それってリーチよね」
「其処からが長いんだよ。チャンピオンロードとか四天王戦とか」
そして、バッジをコンプしてもチャンプを目指す人間は其処からが始まりと言って良い程に道がとんでもなく険しいのだ。其処でリタイヤする人間が多い事をダイゴはちゃんと知っている。
「そう言うシロナはどうなんだ? 君だって」
「あたし? あたしは……駄目駄目っスよ」
自分の事が手一杯で他人を気にする余裕は無い。それでも、目の前に居る彼女の腕前に付いて、ダイゴは何と無く判る。だが、当のシロナはそれを隠す様に視線を泳がせた。
「嘘吐くな。君が相当の手錬れだって目を見りゃ判るよ」
「あー、そう言うのってやっぱり判る?」
目が泳いでる時点で嘘である事は確定だ。ダイゴは他人の目から心情を把握するのが得意なので嘘を見破るのが上手い。あっさりばれた事に驚く様な事はしないが、シロナは早々に白旗を揚げた。
「ま、お互い研究以外でポケモンの話はしなかったけど、隠す事じゃないよな。……強いんだろ、本当は」
「さあね。でも、昔博士の研究手伝う傍らリーグを目指してた事は確かにあるわ」
もう其処迄読まれているなら話さない訳にもいかないと思ったのか、シロナはほんの少しだけトレーナーとしての来歴を語る。
「でも、ナギサのバッジが手に入らなくてね。其処で頓挫してそれっきり。何時かは何時かはって思ってる裡に、ね」
どうやら、中学と高校を跨ぐ間位にシロナはトレーナーとして修行していた期間があったらしい。だが、ダイゴと同じく最後のバッジを目の前にしてトレーナー稼業は中断してしまったとの事だ。
「僕と一緒か。……なら、さ」
「何と無く判るわね、次の台詞」
嗚呼、何やら嫌な予感がする。正直、聞きたくは無いがダイゴはそれを言うに違いない。抗えない運命と言う奴の存在を感じたシロナは溜め息を吐いた。
「競争しようか。どっちが早く頂点に立つか」
「やっぱり。それ、訊く迄も無く本気でしょ」
ほら、やっぱり。もう少しこっちの都合を……否、それは今更だ。態々言う事でもない。
「無論至極大真面目」
「一応、理由も聞いとく」
シロナが気になるのはその理由に付いて。ダイゴが一人でやるというなら応援する立場にはなるが、それに自分を引っ張り込むのは何故かと言う事。
「来年一杯で卒業だからね。先は考えてないけど、節目に何かデカイ事やって置きたいなって」
「そっか。そうだったわね」
それを聞いて合点が行ったシロナ。泣いても笑ってもダイゴが自由な時間を謳歌出来るのは卒業迄のあと一年のみ。シロナには未だ猶予があるが、来年には同じ立場になる。他人事とは言っていられない。
「ここいらで実力を試すのも悪かない……そう思うんだ。でも独りじゃ張り合いがね」
「成る程ね。……良いわ、その話乗った」
だからこそ、ダイゴはその片棒を担ぐ相手として、同じ物を担うパートナーとして自分の力を欲しているのだろう。実力を試すとダイゴは言っているが、シロナにとっても過去のやり残しを清算する良い機会だった。だから、シロナはそれに頷いた。
「お、話が判るなシロナ」
「まあでも、あたしはのんびりやるけどね」
話に乗ってきたシロナにダイゴは嬉しそうな顔をする。まあ、一年余分に時間があるシロナは最初は鈍った勘を取り戻す事に集中する事に決めた様だ。
「おっけおっけ。見てろよ? 絶対、制覇するからな」
「――」
笑顔のダイゴの言葉に、この男は絶対にやり遂げると根拠の無い確信のようなモノが心に湧いてきた。
だが……
「ねえ」
「?」
湧き上がったのはそんな明るい未来を象徴するものだけではなく、同時に闇を孕む不安の感情。それがどうにも現実のものになりそうでシロナはダイゴの銀色の瞳を見ながら尋ねた。
「あたし達、ずっと一緒で居られるよね?」
「? そう望む限りはそうだと思うけど?」
「だよ、ね。うん」
ダイゴの言葉には不安を感じさせるモノは一切無い。……考え過ぎかも知れない。そう思って湧いた感情を振り払う様にシロナは頷いた。
――カントー国際空港
三が日はあっという間に過ぎ、二人は空港で飛行機を待っていた。Uターンラッシュで人が塵の様に溢れている。
色々な目に遭ったがお互いに心の底から楽しめたのは確かだ。次は何時になるか不明だったが、きっとまた笑って逢えると二人は信じていた。
「じゃあな、シロナ。約束忘れるなよ」
先にダイゴが旅立つ。南に帰る恋人が笑顔で別れを送ってきた。
「アンタもしっかりね。……また、二人で何処か行こうね、ダイゴ」
だから、シロナも同じ様に笑って答えた。お互いにやる事が出来たのだ。泣いている場合では無かったのだ。
「ああ。『また』な」
そう言って、ダイゴは出発ゲートへ消えていく。
『また』と言う言葉。それが果たされる時は来るのかと不安に思ってしまったシロナはそれを忘れ去る様に歩き出すと、北へ続くゲートを潜ったのだった。
……それから一年は瞬く間に過ぎた。ダイゴは研究とポケモン修行に余念が無いのか、シロナと都合が噛み合わず、中々逢う事が出来無かった。そしてとうとう電話での繋がりのみで一年を過ごす事となる。
遭いたい気持ちは募り、特にシロナは体が夜泣きする程に酷い状態だったが、日々の忙しさに忙殺され、それを訴える事すら出来なかった。
そうして、シロナが四回生に上がった春。ホウエン大の修士課程に進んだダイゴから遂に吉報が届く。
「よう。ギリギリだったが、約束ちゃんと果たしたぜ」
ホウエンポケモンリーグの頂点、チャンピオンの座にダイゴが就任したのだ。付いた異名は鋼の覇王。ホウエンをその力で手中に収めた嘗ての鋼の貴公子に周囲の人間が畏怖と敬意を込めて付けた二つ名だった。
「次は君だ。待ってるよ、シロナ」
覇王の言葉がシロナの中の闘志を燃やす様だった。
……同時に、シロナは言い知れぬ不安を感じ、その原因が判らず途惑うばかりだった。