]T:悲境の覇王  
 
 
――トクサネシティ ダイゴ宅  
「とうとうダイゴさんもチャンピオンになったんですね」  
「ああ。実際、かなり大変だったよ。僕、個体値厳選好きじゃないから、努力値とレベルで補ってさ」  
 ダイゴが話を始めてから結構な時間が経過していた。振り出した雨は止む気配を見せず、雨音が耳を打つ。  
 ユウキの言葉に昔を振り返ったダイゴは懐かしい表情の中に、味わった苦難を滲ませながらそう答えた。  
「意外ですね。そう言うの躊躇しないって思ってたけど」  
 何気無くユウキはそう口走る。一度決めたら一直線。手段は選ばずに冷酷非情と詰られる事も辞さない気概が目の前の男にはあるとそう思っていたのだ。  
 それに対し、ダイゴは感情が浮かばない声で一言だけ、それでもはっきり呟いた。  
 
「嫌いなんだよ」  
 
「親の期待と少しでも違えば価値は無いって放り出される。ポケモンも人間も、生まれは選べないってのにさ」  
 果たしてそれは誰に向けての言葉だったのだろう。只判るのは、その言葉にはどす黒い負の感情が混じっている事。ユウキは戦慄し、背筋を伝う冷や汗を不快に思いながら唾を飲み込んだ。  
「ダイゴさん……」  
「いや、止めよう。今はどうでも良い話さ」  
 正直、ユウキは怖かった。だが、目の前の男に何て言葉を掛ければ良いか判らない。だから、その名前を呼んでみると、ダイゴはユウキが怯えている事に気付いたのか、纏ったオーラを霧散させると椅子から立ち上がった。  
「さて」  
 ダイゴは流しの下の棚を漁り、高そうな洋酒のボトルを取り出す。  
「ちょっとこっから先は、素面じゃ辛いな」  
 そして、食器棚からグラスと氷を入れる容器を取り出し、冷凍庫の氷を其処に入れるとそれらをユウキの前に置いた。  
「君も付き合いなよ。話を聞きたいんだろ?」  
「え、ええ。それじゃあ……って! 多いですって!」  
 さっき缶ビールを飲んだばかりだが、ダイゴが話を続けるにはもっと飲まなければ言えない程ややこしい話らしい。  
 勿論ユウキに断る理由は無いので、やや遠慮がちに頷くとグラスに並々と酒を注いで貰った。……幾らなんでも注ぎ過ぎな量だった。  
 
 
 あの時は、自分でもどうかしてたんだな。糞餓鬼の鬱憤晴らしさ。  
 何も感じられなくて、誰も何も自分すら信じられなくて、唯世界が悲しかった。  
 そうじゃなかったらあんな事、シロナに言える筈も無いんだ。  
 それでも僕は自分からそう言ったんだよ。  
 ……シロナを、酷く傷付けたんだ  
 
 
 ダイゴのチャンプ就任を知ってから、マイペースでやっていたシロナは自然とポケモン修行に熱を入れ始めた。  
 卒論研究は芳しいとは言えなかったが、それでも遠方の恋人の為した道筋を辿る様に、シロナは少しでもダイゴの至った頂に近付く為に努力を惜しまなかった。  
 そんな彼女に何時の間にか付いた渾名が鬼姫。文字通り鬼気迫る形相で修行を行う姿と普段の美しい姿のギャップが余りにも掛け離れていたのでそう名付けられた。  
 地道な努力の日々がシロナのトレーナーの実力を高めていくが、時間と比例する様にダイゴからの連絡の頻度は少なくなって行く。  
 最初、修行に目を囚われていたシロナはその事に気付けなかった。  
 三日と置かずに連絡をくれていた恋人はまるで熱が冷めた様に沈黙してしまった。  
 一週間、十日、一ヶ月。シロナの携帯電話が鳴らない間は徐々に伸び、そしてとうとうダイゴからの連絡は夏を境に途切れた。  
 その事に気付いたシロナだったが、もう手遅れだった。何かあったのは間違いないと自分から連絡を取ってみるも着信拒否でもされている様にダイゴのナビとは繋がらない。  
 最後には手紙を用いて連絡を取ろうとしたのだが、それでも返事が帰って来る事は無く、シロナは途方に暮れる。  
――何よ、これ。何なの?  
 未だ連絡が付いていた間に話した内容を思い出そうとしても、頭に霧が掛かったみたいに思い出せない。その時のダイゴに不審箇所は無かったか。声色や話す状態におかしな部分は無かったか。その全ては忘却の彼方だった。  
 突然にして精神的な支えを失ったシロナだったが立ち止まる事は許されなかった。リーグ本戦が近付く大事な時期で失速し、今迄の努力を無駄にする事は出来なかった。  
 忘れる事も、足を止めて泣く事も、ホウエンを直接尋ねる事も出来ず、シロナは精心的に過酷な状態に追い込まれながらも、更に強さを求めざるを得なかった。  
 そして、それが功を奏したのか否か。  
 年が開けて、卒論発表会を終えた後、シロナはチャンピオンシップを勝利で飾り、全国的にも今迄数える程しか存在しない女性チャンピオンとしてシンオウリーグに君臨する事になった。  
 だが、シロナは自分の為した偉業については何処か他人事の様な心境だった。勝利し、頂点に昇ったとしても、それを誇れる相手が側に居ない。声を聞きたくても、連絡すら取れない。  
 ダイゴに逢いたい。チャンピオンになってもそんな簡単な事すら叶えられない自分が滑稽で笑いたくなる程だった。  
 
 女帝誕生に沸くシンオウリーグ。大会会場の熱気と人目を避ける様にシロナは外の喫煙所で煙草を吸っていた。  
 こんな気持ちになるのは久し振りだ。初めてダイゴに会い、再会を焦がれていたあの頃と同じ痛みが胸にある。  
 だが、その痛みは決して煙草では取り除けない事を理解している。それでも煙草に逃げるのはそうしないと居られないから。  
「ダイゴ……」  
 愛している男の名前が喉を通過する。……逢いたい。こうやって強く念じれば、願いが叶うかも知れない。今迄何度もそうやって願いながら電話を掛け、手紙に思いを託したが、報われる事は無かった。  
 だが、今日は違うかも知れない。シロナは希望に縋るみたいに携帯電話を取り出す。  
 すると。  
 
 熱いからだ 目覚めてく 吐息の戯れ 微熱の舌先〜♪  
 
「!」  
 着信音が鳴り出す。慌てて発信者を確認すると、シロナは歓喜の余り叫びたくなり、また瞳を潤ませた。……ダイゴだ!  
 
「も、もしもし!? ダイゴ!?」  
『シロナか。……久し振りだな』  
 半年振り近くに聞いた恋人の声。一瞬、ダイゴの声の裏に何かの影を見た気がしたシロナだったが、声が聞けた事が嬉しかったのでそんな事は直ぐに忘れ去った。  
「うん! うん! ほんとそうよ! ってか、今迄どうしてたのよ!? 心配してたんだからね!?」  
『判ってる。済まなくも思ってる。でも、それ処じゃなかったんだなあ』  
 色々と言いたい事は山と溜まっている。だが、喉を通過するのはそんなどうでも良いやり取り。ダイゴもそれを判っているのか、気持ちが乗らない言葉を返す。  
「それでも、連絡位寄越しなさいよね!? それ位は出来たでしょうに!」  
『小言は良い。……それよりも』  
 そんな冷めた口調が気に入らないシロナは語尾を荒げて電話に向けて怒鳴った。これ以上聴く耳持たないと言った感じのダイゴは相変わらず冷めたままだ。今はそんな事はどうでも良いのでダイゴは本題に付いてシロナに尋ねる。  
「そうね。ええ。……やったわよ、あたし。遅くなったけど約束、確かに果たした!」  
『見事に勝ち上がったな。……頑張ったな、シロナ』  
「うん!」  
 確かに怒るのは後でも良い話だった。シロナは初めて嬉々とした表情と口調でダイゴに勝利を告げると、ダイゴは少しだけ柔らかい口調でシロナを褒めてやる。  
 もうそれだけで自分の苦労が報われた気がしたシロナは天に昇りそうな気分だった。  
『ホウエンリーグも君の話題で持ち切りだ。暫くは祭だな』  
「恥かしいけどね、あはは」  
 恋人に褒められるのは本当に良いものだ。電話でなければ、直ぐに抱き付いて頭を撫でて貰う所だが、そう出来ない事が実に惜しかった。  
『チャンプ就任は四月からだったか。……落ち着いたら逢おう』  
「ほんと!? やっと逢えるわね!」  
 そうして、シロナが待ち望んでいた言葉がダイゴから発せられる。今直ぐに逢いたい所だが、お互いに色々と忙しいのでそれは暫くの間お預けだ。だが、その時が来たら、今迄の鬱憤を纏めてぶつけて、序に甘えさせて貰おうとシロナは決めた。  
『ああ。……逢いに、行くさ』  
「うん! 楽しみにしてるよダイゴ!」  
 ダイゴの声色は普通にしていれば黒い影を感じさせる韻が含まれている。だが、悲しいかなシロナは普段以上に舞い上がっていた為にダイゴの異変に付いて完全に見落とした。  
『楽しみ、か。――そうかよ』  
――ブツッ  
「えっ、ちょ、もしもし? ダイゴ? ……切れちゃった。何だかなあ」  
 ダイゴはそんなシロナに失望した様に通話を終えた。  
 一方的に切られてしまった電話。不安の影はシロナの見えない箇所で着実に現実を侵食し始めている。  
「……でも、待ってるからね」  
 だが、女の感情が邪魔をしてシロナはそれに気が付かない。  
 二人にとっての歯車はとうに狂っていた。  
 
 
――四月 シンオウリーグ本部  
 雪解けの季節。新たな年度が幕を開ける。シロナはシンオウ大の修士課程に籍を新たに置き、考古学者の卵と地方チャンプと言う二束の草鞋を履いている。  
 壮行会や新たに選出された四天王との顔合わせは終り、馴れないながらもシロナは立派にチャンピオン稼業に精を出していた。  
 そんなある日。シンオウリーグを訪れる男の影が一つあった。  
 
「ようこそシンオウリーグへ。此処より先は地獄の細道。途中棄権。途中退出は認められない」  
 リーグの入り口を守る警備員が能書きを垂れる。何処の地方でも大筋は一緒なのか、話の内容は非常に似通っている。  
「それでも先へ進むなら、貴方がシンオウ中を駆け回り集めたトレーナーの力の証、八つのリーグバッジとトレーナーカードの提示を」  
 男は名刺入れからカードを取り出して警備員に提示する。それを確認した警備員が目を細めた。  
「成る程。確かに。貴方が噂の覇王ですな? お噂はかねがね。では、バッジを拝見」  
 そして、今度は着ているスーツの裏地に縫い付けてある八つのバッジを警備員に見せる。  
「ん? これは……」  
 其処で警備員は気付く。確かに数は八つだが、今迄目にしてきたバッジと形が違う。  
「まさか、他地方の? 残念ですが、規定では……」  
「退け」  
 相手が誰であれ、シンオウのバッジを持たぬ者を通す事は罷りならない。入場拒否の旨を告げようとすると、男は警備員を押し退けて奥の部屋へと入って行く。  
「あっ、待ちなさい!」  
 慌てて後を追うも、内側から鍵をロックされて入る事が出来ない。擦れ違い様に非常用のカードキーを奪われていた事に気付いても後の祭りだ。警備員は警報装置のスイッチを押した。  
 
「!」  
 騒ぎは直ぐに施設全体に伝わる。耳障りな警報音がやかましく鳴り響く中、チャンピオンルームに居たシロナは慌てて壁掛けの内線の受話器を取った。  
「何の騒ぎ? 警報が鳴ってるわ」  
『侵入者です! 入り口を無理矢理突破して……!』  
 リーグのエントランスに電話して事実の確認に努めるシロナ。入り口を守っていた警備員は異常事態の発生をチャンピオンに告げる。  
「はあ!? 警備は何をやっていたの!」  
『申し訳ありません!』  
 リーグに賊が侵入すると言うのは全国的に見ても例が無い珍事である。金目の物等置いていないし、中に入った所で強力なポケモンを使う四天王に取り押さえられる事は目に見えている。  
 例えそれらを突破しても最後にはその地方最強であるチャンピオンが待ち構えている。逃げ果せる要素は皆無だし、やるだけ草臥れ儲けである  
「良い。取り合えず、状況を教えて。相手の数とか特長とか判る?」  
『そ、それが』  
 だが、若しその侵入した賊が四天王すら問題にしない程の実力者だった場合はどうだろうか? そして、その目的がチャンピオンにあった場合は……  
「?」  
 警備員は明らかに動揺し、また侵入者に付いて語るのを躊躇っている様だった。その様子が只事では無いと判ったシロナは嫌な予感に身を固くする。  
『侵入者はツワブキ=ダイゴ! ホウエンリーグチャンピオン! 南の覇王です!』  
「なっ――」  
 そして、紡がれた名前を聞いてシロナは受話器を取り落とし、呆然と立ち尽くした。  
 
「てめえ、何トチ狂った真似してんだよお……! 許されんぞ……!」  
 ダイゴは四天王を無視し突き進む。例え緊急時であっても、相手がポケモンを出していない以上、ポケモンを使って無理矢理取り押さえる事は出来ない。  
「こんな事、悪ふざけにしては行き過ぎよ。落ち着いて話をしましょう?」  
「……駄目です、キクノさん。話が出来る相手じゃないです」  
 ルールの壁が邪魔になる以上、今のオーバの様に腰にしがみ付いて進路を妨害するか、キクノの様に遠巻きに説得する位しか出来ない。リョウに至っては何も出来ずにオロオロするだけだ。  
――ピッ  
 そして、ダイゴはリフトを上り、くすねたカードキーを使って最後の四天王の部屋の扉を開けた。すると、中には最後の一人であるゴヨウが読み掛けの本を片手に立っていて、不機嫌そうな顔で睨んで来た。  
「何の騒ぎですか。落ち着いて読書も」  
「ゴヨウ! こいつを止めろ! シロナの処に行かすな!」  
 何とも暢気な話だが、ゴヨウは今何が起こっているか知らないらしい。しかし、説明する時間は無いのでオーバが引き摺られながら大声で叫ぶ。  
「は? ……何やら只事では無い様子。此処は――」  
 オーバを引き摺って男がズンズン歩いてくる。異常事態の原因を知ったゴヨウは多少手荒な手を使ってでも男を止めようと身構える。  
「邪魔だ」  
「っ」  
 だが、無駄だった。殴り掛かる事も大声を張り上げる事もせず、ゴヨウは道を譲ってしまう。  
『退かねば殺す』  
 殺気も怒気も含まない男の銀色の瞳を見たゴヨウは確かにそんな声を聞いた気がした。湧き上がった本能的な恐怖に抗えなかったのだ。  
――ピッ  
 シロナへと続く最後の扉が開かれる。  
「貴様も好い加減うぜえよ」  
「痛てててっ!」  
 其処に足を踏み入れる前に、しがみ付いているオーバが邪魔になったダイゴは強い力を込めて、その腕に指を食い込ませる。丁度その部分はツボだったのでオーバは堪らず腕を放し、掴まれた部分を摩り出した。  
 
「ダイ、ゴ?」  
 
 そうして上を見上げると、目当ての人物が段差から身を乗り出した下を見下ろしている。……チャンス。  
 だっ。ダイゴはリフトを使わずにを助走を付けたジャンプで壁を蹴って段差を無理矢理よじ登った。   
「ちょ、ちょっと! 痛いわ!」  
 そして、シロナの腕を引っ掴むと部屋へ押し入る。抗議の声を上げるシロナの声は無視し、ダイゴは部屋の中央にシロナを突き飛ばした。  
「メタグロス、やってくれ」  
――ドゴン!  
 素早くボールを開きメタグロスを召喚すると、閉まった扉に向けて攻撃を指示。瞬間、ドアは拉げて内からも外からも開かなくなる。不完全だが、密室が出来上がった。  
 
「さて」  
 これで準備は整った。メタグロスをボールに仕舞うとダイゴはゆっくりと振り向く。其処には困惑の表情を張り付かせてよろよろと立ち上がるシロナの姿があった。  
「久し振りに面を見たな。二年振りか?」  
「ダイゴ、よね? あ、アンタは、何を……」  
 二年。短い様で長い期間を経て二人は最悪の再会を果たす。以前、冬のシンオウで逢った時にも痩せた印象を受けたが、今回のシロナはそれ以上のモノをダイゴに抱かせた。  
 だが、それはシロナも一緒だった。顔色は蒼白、頬がこけ、落ち窪んだ眼窩から鈍い銀色の眼光を放つダイゴが自分の知らない人間に見えて仕方が無かった。そう思わせる程に今の彼の姿は病的だったのだ。  
「何? 忘れたのかよ。俺は逢いに行くって言った筈だが」  
「覚えてるわよ! でも、だからってこんな!」  
 自分の恋人に対し随分と冷たい言葉を放ってくれる。だからダイゴは大仰に残念がる素振りを見せると、シロナはそれが幾らダイゴでも許容出来ない態度であると思い、大きな声で叫ぶ。  
「ああ? どうでもいいだろ、んな事」  
「アンタ、変、だよ? ……ねえ、落ち着こうよ。今なら、ドアの修理代とお小言位で済むから。あたしも口を利いてあげるから、ね?」  
 ダイゴが片目を吊り上げる。同時に喉を通過した皺嗄れた声がシロナの中に言い知れぬ恐怖を生じさせる。顔は心臓が悪い人間が見れば卒倒しそうな凶相だし、一人称がそもそも違う。  
 何度か怖いダイゴを見た事があったシロナだったが、今回のダイゴのそれは以前のモノとは比べるべくも無い格別な本気のダークサイドモードだ。見ていて明らかに普通ではなかった。  
 兎に角、刺激すれば何をするか判ったものでは無い。シロナは宥めすかす様に、又は爆弾を処理する様に慎重にダイゴの機嫌を伺う。  
「ごちゃごちゃと煩えんだよ」  
「!!」  
 ダイゴに懐柔策は無駄だった様だ。冷たい言葉で斬り付けられるとダイゴはフォルダーからボールの一つを取り出してシロナの目の前に突き出した。  
「貴様と戦り合う為に俺は来たんだぜ?」  
「な、む、無理に決まってんでしょ!? チャンピオンは公式戦以外では」  
「関係無い」  
 ダイゴの目的。それはシロナと闘う事。だが、シロナは断固として首を縦に振らない。  
 チャンピオンとして君臨する者には様々な制約が課せられる。その一つに野良試合を含めてリーグの外でのバトルの禁止がある。  
 非常事態に於いてはその限りでは無いが、今回のダイゴのそれはリーグの中のゴタゴタではあっても、とてもでは無いが受理出来るモノでは無い。  
 だが、それは所詮管理委員会が決めたルールであり、自分のルールで動いているダイゴを止めるには至らない。  
「あるでしょ!? そんなの両方のリーグが「だから関係無えって言ってんだろが!」  
 シロナは引き下がらない。別地方のチャンプ同士がそう簡単に闘ってはどんな禍根を残すか判ったものではない。  
 食い下がるシロナに堪忍袋の尾が切れたのか、ダイゴは正気では決して在り得ない様な金切り声を上げてシロナの言葉を遮る。  
「貴様は誤解してる。俺はもうチャンピオンじゃねえぜ?」  
「は?」  
 リーグの事を引き合いに出すならば、それに対する解決策は事前に用意してある。決して意図した訳では無いが、ダイゴはそれを言ってやるとシロナの目が点になる。  
「辞めて来てやったよ。あんな糞っ垂れな場所はなあ!」  
「!? 嘘……」  
 ゲラゲラと壊れた様に笑うダイゴの姿に思考が纏まらないシロナ。あんなに苦心し、また頑張って掴み取った不動の地位。ダイゴがそれを手に入れる迄電話で何度も話したのでシロナはその苦労をちゃんと理解している。  
 そんな大切な物をあっさり手放したダイゴの考えが全く理解出来なかった。  
 
「そうさ……皆みんな糞っ垂れだ! どいつもこいつも全員血肉が詰まった糞袋だ!  
貴様も一皮向けばそうなんだろう? あ?」  
「だ、ダイゴ? あの」  
 ダイゴの喋っている言葉が理解出来ず、只管狼狽するシロナはどうすればダイゴを止められるか考えるが、それは思い浮かばない。もうそんな段階に無い事に気が付かない程、シロナは焦っている。  
「違うってんなら……俺を倒せる筈だよな?」  
「! アンタ、一体」  
 睨み付ける眼光に背筋が凍り付く。……怖い。何を求めているのか、何がしたいのか。相変わらず判らないが、激突が避けられない事を本能が理解する。だが、シロナは懸命にそれに抗う。  
「何間抜け面晒してる? 構えろよ。只の挑戦者となら戦えるだろ」  
「出来ない! あたしは、アンタと……」  
 好い加減空気を読んで欲しいダイゴはシロナにその気になって欲しいだけだ。だが、腐ってもチャンピオンであるシロナはどうしたって頷けないのだ。  
 例え、只のチャレンジャーだとしても、ルールを曲げている以上は闘えない。何よりも、自分の恋人とこんな形で闘うのは嫌だった。  
「あー、違ったな。取り押さえたいならどっち道、俺を倒さにゃならんぜ? それが出来るのは今ん処、貴様だけだ」  
 中々その気にならないシロナに対し、ダイゴは懐から切り札を取り出した。  
「っ!?」  
「それとも、何もしないでそのまま死ぬか?」  
 ダイゴの手の中の無骨なそれ。それが何であるか知るとシロナは息を呑んだ。  
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 一瞬、シロナはそれが玩具だと思ったが、別に偽物である必要性は無いのでそれが本物であると瞬時に理解した。  
 実際、プラスティックフレームの銃口は今にも咆哮を上げそうだったのだ。  
「……どうやら本当に錯乱してるみたいね。判ったわ」  
 銃を向けられた時点で理解した。恋人に対しそんな真似をするとはどう考えても正気の沙汰ではない。理由は不明だが、ダイゴは間違い無く正常では無いのだ。  
 為らばどうするか? 答えは決まっている。  
 
「一発ブン殴って正気に戻してあげるわ!」  
「イイねえ! その眼差しが俺を貫く事を願うよ!」  
 
 最初からこうする冪だったのだ。  
 
――The war load appeard!  
 元チャンピオンのダイゴに勝負を挑まれた!  
 
 

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