]W:心の闇 
 
 
 ミクリが語るダイゴの過去。決して他人事では無いのでシロナは背筋を伸ばして、一言一句漏らさぬ様に耳を欹てた。 
「皆誤解するが、あいつは最初から何でも出来る奴じゃなかった。少なくとも始めは極々、普通の子供だったとダイゴ自身が言っていた」 
 誰にでもある幼少期。神童と呼ばれたダイゴであっても、最初から大人顔負けの能力を有していた訳では無い。そうなる理由が存在したのだ。 
「だが、彼の父親は製鉄・造船業で成功して財を成し、今のデボンを興した所謂成金だ。周囲はダイゴを当然の様に御曹司と呼んだが、それがダイゴには辛かったんだ」 
 周りは別に何かを考えてそう言っていた訳では無いのだろう。当然、その中には悪意的なモノもあっただろうが、それだけがダイゴを苦しめていた訳では無い。 
「何をやっても最初に出る言葉は御曹司。テストで満点取っても、運動会で一等とっても流石は御曹司。御曹司だから当たり前。……誰もダイゴに正当な評価を与えなかった」 
 肩書きによる呪縛。まるでそれのみがダイゴの全てである様に周囲は振舞った。自分が何をやっても全てが肩書きのお陰だと思われてしまう。子供でなくてもそれは辛い世界だろう。 
「だからこそ、ダイゴは余計に頑張った。御曹司ではなく、一人の人間として認めて貰いたくてね。だが、周囲は相変わらず彼には冷たかったんだよ」 
 自分が誰にも認められない。即ち、世界に自分の居場所が無いと言う孤独感。ダイゴが御曹司と言う肩書きを憎悪する理由。それを打ち破りたいからダイゴは人知れず努力を重ねた。しかし、それが報われる事は無かったのだ。 
「そしてダイゴは諦めたんだ。御曹司である事が自分が生かされている理由だって、そう思ったんだろうな」 
 何時しかダイゴは抗う事を止めた。ちやほやされたかったからでは無い。自分を殺して、肩書きに甘んじれば、少なくとも誰かに必要とされると彼は思ったのだ。 
 それでも、ダイゴは心の底では誰かに認めて欲しかった。だから、表面上は諦めても、その裏で努力だけはし続けた。 
 それを象徴するのが数年前の化石復元装置の件だ。 
 ダイゴは不眠不休で頑張り、師の理論を発展させて装置を完成に導くが、結局は親の七光りだの金の力の勝利だの散々影で言われ、絶望するだけで終ってしまった。誰もダイゴの功績に正しく目を向ける事は無く、だからダイゴは古生物学から身を引いたのだ。 
 
「可哀想な奴だよ。……初めて会ったのは彼が中学生の時だったけど、正直怖かったね。中坊のする目じゃなかったよ、あれは」 
 ……ヘビーな話だ。シロナは何か言いたかったが、上手い言葉が思い付かなかったのか、結局何も言えなかった。そんな折、何時かダイゴが呟いた台詞が脳裏を過ぎる。 
『逃避、だな』 
 その時は深く考えなかった。だが、それは紛れも無くダイゴの持つ闇の発露だった。 
『僕が唯一自分で選び取ったんだ。それに、僕は逃げてるんだ』 
 どうしてあの時もっと突っ込んで会話しなかったのか。後悔の念がシロナの心を縛り上げるが、過ぎ去った時は戻らないのだ。 
「それでも、ダイゴは信じていたんだと思うんだ。何時かは認められるって。だから、あいつはチャンピオンになれた。それだけの努力をしていたのを、私は実際に見ている」 
 ダイゴの重ねた努力に付いてはミクリだけでなく、シロナも知っている。実際に見た訳では無いが、ちゃんと電話で話はしたし、そのダイゴが歩んだ茨道を知っていたからこそシロナもそれを倣ってチャンピオンになれた。 
 唯認められたい。その一心で頂点迄登り詰めたダイゴを蝕んでいた苦悩。想像を絶して余りあるモノである事は間違いないだろう。 
「ダイゴは決して、親のコネや金でチャンピオンになった訳じゃない。 
……私は理事会からチャンプ就任の要請を受けたが、ジムリーダーになりたかったからそれを断った。だが、ダイゴは繰り上げ当選の様な真似は厭だったんだろうな。 
どちらが上か決める為、私とダイゴは此処で戦った。そして、勝ったのは彼だった。 
ダイゴは紛う事無きホウエン最強のトレーナーだったんだ」 
 ランキング一位であったミクリに対し、理事会からオファーが来たが、ミクリはそれを断った。当然、同じ連絡がダイゴの下にも届くが、それはダイゴにとっては屈辱的な事だったに違いない。 
 自分の努力の成果を発揮する為に、ダイゴは親友であるミクリに挑戦状を叩き付けた。それに最初は難色を示したミクリだが、結局ミクリはその挑戦を受ける事にした。 
 チャンピオンロードを抜け、旧四天王を突破し、ホウエンポケモンリーグのチャンピオンルームでダイゴとミクリは闘った。 
 そして、激闘の末、タイプ相性を超えてダイゴは勝利を収めた。 
 鋼の覇王誕生の瞬間だった。それでダイゴは思ったのだろう。これでやっと今迄の苦労が報われると。誰からも認められると。 
「それでも、世界は彼に優しくなかった……」 
「ああ、ありゃあ酷かったよな」 
「はい。今でも胸が痛みます」 
「見てるこっちが辛かったよ」 
 しかし、そう思っていたのはダイゴだけだったらしい。ダイゴの心が殺される決定的な事件が起こった。 
 
「ダイゴが就任して直ぐだ。ダイゴが親の金でチャンピオンの椅子を買ったって噂が流れた」 
 何処にでもあるような他人の悪意の発露。一々そんな事を気にしていてはチャンピオンは務まらない。ダイゴも最初はそれを無視していた。所が、事態はそうもいかなくなったのだ。 
「勿論、そんなのは噂だ。そもそもポケモンリーグは金でどうにかなるような世界では無いと、チャンピオンであるYouも知っているだろう?」 
「ええ」 
 ミクリの言葉にシロナが頷く。 
 ローカルリーグはその地方のポケモン産業の花形とも言えるモノでチャンピオンはその顔だ。若し賄賂や何かが罷り通り、それが表に出てしまえばその地方の権威が失墜する事になる。 
 だから、そう言う点では非常に厳しい場所である事を二人はチャンプの立場から知っている。 
「しかし、世間ではそう言うゴシップは格好の的だ。ある事無い事週刊誌にすっぱ抜かれ、怪文書すら飛び出す始末。連日の様に抗議の手紙が殺到し、剃刀レターや針が入った手紙も届けられたらしい。殺害予告も何度かされたそうだ」 
 再び、ダイゴの前に御曹司と言う名の呪いが立ち塞がる。若し、彼が御曹司で無かったとしたら、これ程酷い事態には発展しなかった。だが、デボンはホウエンリーグの大口スポンサーであり、その社長子息がチャンプになったと知れればこの有様である。 
 ローカルなスキャンダルなのでホウエンの外に話題は出なかった。それでも、人権も何もあったモノでは無い過熱報道にダイゴはズタズタに切り刻まれた。世の中の全てに悪意を感じる程に。 
「酷い……! どうしてダイゴは黙っていたの!? 訴えれば勝てるレベルよ!?」 
 そんな辛い境遇にダイゴが居た時に自分は何をやっていた? 無言の叫びを前にしてそれに気付かずに自分に精一杯じゃなかったか?  
 ……それで恋人とは笑わせる。 
 もう聞いていられなかったシロナは自分の愚かさをぶつける様にミクリに向かって叫んだ。 
「当然、周りもそれを勧めたさ! だが、ダイゴはそうしなかったんだよ……! 
『会社に迷惑が掛かるから。自分の我侭で社員を一人でも路頭に迷わせる訳にはいかない』……そう言っていた」 
 シロナの叫びに対し、ミクリもまた親友の立場で叫ぶ。周囲に対して訴えられれば少しは楽になれたかも知れない。しかし、ダイゴはそんな人として当然な権利すら行使出来なかった。結局、独りで抱え込むしかなかったのだ。 
「あいつはデボンを嫌ってた。でも、それ以上に愛してもいたんだよ。 
捏造スキャンダルでデボンの株や売り上げはその時一時危なかったんだ。そんな時に訴訟なんて起こせば火に油だろう? だから、ほとぼりが冷めるのを待つしかなかったんだ」 
「…………っ」 
 酷過ぎる。言葉が出て来ない。何だって御曹司ってだけでそんな目に遭わなければならないのだろう。ダイゴがそう望んだ訳でも無いのに。 
 理不尽過ぎる世界の理にシロナは血が出る程唇を強く噛んだ。 
「人の興味なんて直ぐに移るものだ。目論見通り、夏が終わる頃には騒ぎは収束して、デボンの収益も元通りになった。だけど……」 
 ダイゴの心は壊れてしまった。周囲がそうさせたのだ。 
 
「アイツ、一度首括ったらしいぜ?」 
 
「なあ!?」 
 カゲツの言葉にシロナが目を丸くした。 
 それ程迄追い込まれていたのだろうか。自分から世界にさよならしたくなる程に。 
「縄を結んだ木の枝が最中に折れたらしい。まともな状態では無かったと言う事さ」 
「嘘か本当か知らんけど、俺はマジだと思ってる。或る時期境に急に行動がおかしくなったからな」 
 死ねば楽になれるとダイゴはそう思ったに違いない。それだけ世界に絶望したのだ。これからの人生で手に入る物全てを放棄してもダイゴは終わりにしたかったのだろう。 
 だが、そんな安息すら齎されずダイゴは肉の檻から逃げられなかった。そして、その結果がアレなのだろう。 
「お前さんも会ったんじゃないか? 怖い顔のアイツにさ」 
「嘘……」 
 そんなボロボロの心で良く一年もチャンプ稼業を続けられたとシロナは純粋に感心し、同時に胸が締め付けられた。そりゃあ、我慢の限界が来てもおかしくはない。 
 それにしても、恋人にすら打ち明けてくれないとは。どうやら思っていた以上には信頼されていなかったらしい。それがシロナには悲しい。 
『これでも期待してたんだぜ?』 
 あの時の言葉の意味が漸くシロナには判った。死ぬ事も許されなかったダイゴが最後に賭けた自分との勝負。言うのが難しい内容であるし、チャンピオンとしてのプライドが素直になる事を邪魔していたのかも知れない。 
 だから、若し勝てていたならば、ダイゴは素直に投降し、胸の内を語ってくれていた筈だ。 
 そして、例えそれがダイゴの独り善がりであったとしても、その期待を裏切ってしまった以上、ダイゴが今後何をするか想像して怖くなった。 
 世界の全てが敵だと認識している様な精神状態だ。大量虐殺に走る事も十分在り得た。 
 
「見限ったのだよ、彼は」 
「ゲンジさん?」 
 壁際で黙っていたドラゴンルーラーのゲンジが厳かに語り出した。 
「彼は裏切られ続けた。周囲に、世界に。そして、自分の中の僅かな希望にさえ。もう彼は自分すら恐らく、信じていまい。だからこそ、柵から逃れたかったのだろう」 
 生きる事は戦争であり、また地獄でもある。一番の戦友である自分自身が信じられないと言うのはどれだけきつい状況なのだろう。それが嫌だから、自分で死を選ぼうとダイゴは思ったに違いない。そして、それは叶わなかった。 
「ダイゴの傷は時間が癒すと言う域を逸脱している。そんな彼にどれだけ言葉を尽しても無駄の一言。……当然だな。彼自身が心を閉ざしているのだから」 
 ダイゴの闇の大きさに付いて、本人以外に詳しく知る人間はきっと居ないだろう。 
 何も信じられない。何も見えないし、聞こえない。人間は血肉の詰まった糞袋で、言葉は通じない。 
 そんな状態のダイゴを放置するのは時限爆弾を放置するよりも危険だ。何時暴挙に打って出るか判ったモノでは無い。 
「これ以上、彼に関われば最悪、血を見る事になるだろう。それでもお前は尚もダイゴを求めるのか?」 
「……難しい事は判らない。でも、あたしはダイゴを放って置けない! 事情を知ったのならば、尚更!」 
 ゲンジの視線に気圧されそうになったシロナだったが、何とか言葉を紡ぎゲンジに叩き返す。もう既に銃を向けられているのだ。死を恐れていてはダイゴの心は救えない。その叫びはシロナ自身がたった今打ち立てた誓いだった。 
「癒せるのか? あの男を」 
「それ位出来なくちゃあ、アイツのパートナーは名乗れない。あたしには……ううん? アイツにはあたしが居なくちゃ駄目なの!」 
 シロナ自身、自分が手の掛かる面倒臭い女だと理解しているが、実はダイゴが自分以上に厄介な男だった事を知り、何故かシンパシィを得た気がした。 
 今迄はおんぶに抱っこの状態だったが、これからは違う。今度は自分がダイゴを守るのだ。そして、それは自分にしか出来ない事だと心から理解する。 
 それが間違いだ何て誰にも言わせない! シロナの女気が発露した。 
「青いな。腹立たしい程に」 
 何とも無鉄砲なシロナの青臭い叫びにゲンジは呆れた様に顔を伏せた。 
「だが、勢いはあるようだな」 
「若いですから」 
 でも、そう言うのも嫌いじゃない。ゲンジは次の瞬間には顔を上げ、シロナに対しニヤリと笑った。 
 
「デボンコーポレーションへ行け」 
「え?」 
 突然、ゲンジはシロナに次の行き先を指し示す。いきなり言って来たので、シロナはその言葉に対応出来なかった。 
「彼の父ならば、行方を知っているかも知れん」 
「ツワブキ社長……」 
 ゲンジの言う事は尤もだった。親御さんならば、何か有力な手掛かりは持っているかも知れない。こんな状況でダイゴの父親に会うのは心苦しいが、今は贅沢を言って居られる状況では無かった。 
「シロナ、悔しいが私ではダイゴの問題を解決出来ない。でも、Youならばひょっとしたら、ダイゴを救えるかも知れない」 
 口惜しげな表情でミクリが言って来た。だが、そこには同時に自分へ対する期待も込められている様にシロナには感じられた。 
「私のナビ番だ。何か判ったら知らせよう。……ダイゴを頼む」 
「任された……!」 
 手渡された紙切れを受け取り、シロナは強い覚悟で頷く。ぐずぐずしては居られない。シロナは軽く挨拶だけをして部屋から出て行く。 
「じゃあな、嬢ちゃん」 
「御武運をお祈りします」 
「頑張って! シロナさん」 
「言葉に頼るな。行動で示せ」 
 背中に四天王達の思い思いの言葉が掛けられる。突然の訪問者に対して何とも暖かい声援を送ってくれてシロナは素直に嬉しかった。 
 
――デボンコーポレーション 受付 
「デボンへようこそ」 
 目的の場所に辿り着いた時には既に夕方だった。もう少しで業務が終了してしまう時間だったので、シロナは受付に突撃を敢行する。受付嬢が営業スマイルで挨拶して来た。 
「あの、ツワブキ社長に面会を」 
「アポイントはおありでしょうか」 
 用件を切り出すシロナに受付嬢は当然の様に聞いてきた。何処の馬の骨とも判らない輩が簡単に会える人物では無いと言う事らしい。 
「いいえ」 
「では、残念ですがお引取りを」 
 そんな物ある訳が無い。正直にそう告げると受付嬢は其処で話を切って来た。 
「火急の用件です! ダイゴさんの事でどうしても聞きたい事が!」 
「……若の?」 
 此処で査定を中断されては堪らないシロナは伝家の宝刀であるダイゴの名前を出す。すると、受付嬢は明確な反応を示した。 
「失礼ですがお名前は」 
「あ、はい。……シロナです」 
「少々、お待ち下さい」 
 訊かれたのでシロナはそう答えた。前にパーティーに出た事があったが、恐らく社長はこちらの名前については知っている筈。使える武器はそれだけだったが、何とか面会が叶って欲しいシロナは待っている間、祈る様な気持ちだった。 
「お待たせ致しました。社長がお会いになるそうです。右のエレベーターが社長室に直行となっております」 
「ありがとうございます」 
 上手く行った! シロナは頭を下げて受付を後にすると、言われたエレベーターに飛び乗った。 
 
――デボンコーポレーション 社長室 
「何時か会えると思っていたが、それが今日とはな」 
 差し込む西日が眩しい。赤い光に照らされる横顔が窓の外に広がる下界をじっと見ていた。 
 ダイゴに似た顔立ちをしていて、ダイゴも歳を取ればあんな感じだろうかとシロナは夢想する。その髪の色は本当にそっくりで、やはり親子だと確かな実感を得た。 
「私がツワブキだ。息子が迷惑を掛けたね」 
「いえ、そんな……! 顔を上げて下さい」 
 椅子を真正面に向けて、社長がシロナに向き直る。すると、社長は直ぐに頭を下げて来たので、シロナは慌てて取り繕う。別に謝罪が欲しくて来たのでは無いのだ。随分と腰の低い態度に抱いていたイメージとは違う印象を受けたシロナだった。 
「そうかね? では」 
 シロナの言葉を聞き入れた社長は頭を上げると改めて姿勢を正した。 
「事情は把握しているのだね?」 
「ええ。ダイゴさんは、傷付いてる。このまま放置すれば大変な事になる。……そんな気がします」 
 今、ダイゴがどんな状況にあるか、それを知っているかと社長は尋ねる。それに付いてはホウエンリーグで嫌って程聞かされたので、シロナは思った事を言ってやった。 
「君もそう思うかね」 
 すると、社長は辛そうな顔で搾り出す様に言う。社長である前にダイゴの親なのだ。心配していない訳が無かった。 
 
「アレは私に似て不器用だ。その癖、変に臍曲りだから弱みを見せようとしない」 
 俄かに語り出す社長の声には苦悶が滲んでいる。父親としてずっと側で見て来たから、ダイゴの内面に付いては誰よりも詳しいのだろう。 
「しかも、死んだ家内に似て根が優し過ぎる。それでいて頑固だから一度決めたら決して曲げない。その所為で余計に傷付いているのに楽になろうともしない」 
「ダイゴさん、きっと気付いていますよ。でも、不器用だからそれ以外の生き方が出来なくって、とうとう心が折れたんだと思います」 
 ダイゴの頑固さに付いてはシロナだって知っている。確かに意志が固いと言う事は脇道に反れないと言う事だ。だが、逆に言えば衝撃に対する柔軟性が無い事でもあるのだ。 
 硬い事。それは即ち脆く折れ易い事と同義だ。ダイゴはずっと心に壁を設けて衝撃を散らしていたのだろうが、今回は根元辺りからぼっきり逝ってしまったに違い無かった。 
 そして、一度折れた心は打ち直すのが難しい。ダイゴに立ち直る気が無いのならば、ずっとそのままと言う事も在り得た。 
「アレには本当に済まない事をしたと思っている。辛い重荷を背負わせたと何度も詫びた。それ位しか私には出来なかった」 
 ダイゴの闇に付いても社長は知っていた。だが、理解していたとしても、それに対しどれ程の事が出来たのか、社長自身にすら判らない事だった。 
「周囲に望まれる様に振る舞い、心を殺して……あの子はずっと泣いている。 
他人に裏切られても、肩書きで計られても、あの子は他人を信じたかった。しかし、また裏切られるのが怖くて。そんな状態でずっともがいていた」 
 ダイゴが常に被り続ける対人用の仮面。人間誰しもその場次第で被る仮面を変えるカメレオンの様な生き物だ。ダイゴはそれにしがみ付く事が人生の大半だったのだろう。 
 誰にも本心を晒せず、独りで苦しみ、もがき、泣いている。恋人であるシロナですら、ダイゴの内面には容易に踏み込めず、本心に触れる事すら殆ど無かった。こんな情けない話は無い。 
「ダイゴはその所為で今も昔も傷付いている。だが、それを背負わせた私は何一つしてやれない。……父親失格だよ」 
「社長さん……」 
 社長の言葉は息子に対する懺悔の言葉なのだろう。その重たい響きは聞いているだけで気分が沈み込みそうだった。だが、懺悔の念を抱えているのは自分も同じだった。だから、シロナは何も言えなかった。 
 
「シロナさん。あんな状態でも、未だ息子と向き合おうとしてくれるのは何故かな? 私の持つ金か? それとも社会的な地位や名声が欲しいのかね?」 
 突然、値踏みする様な視線を向けられた。ダイゴと同じ白銀の瞳。其処にシロナはダイゴの面影を確かに見た。 
 ……どうして社長がそんな事を聞くのか、何と無く判っている。 
 きっと、ダイゴの周りには昔からそんな下心を持った偽善者が多く群がっていた事だろう。社長は自分をそんな輩と同列だと思っているのだろうか? 
「そんなもんに価値は無いです。あたしは……ダイゴに逢いたい。ちゃんと話して、仲直りして、抱き締めて貰いたいだけ」 
 だとしたら、それは違う。シロナは堂々と言い切る。自分のダイゴに対する想いを。ダイゴへの愛を。 
「だから、女の意地に懸けても逃げる訳にはいかないんです」 
 決して負けない。退かない。ひょっとしたら義理の父になるかも知れない人だ。だから、女として絶対に譲れない場面だった。 
「……好いてくれているんだな、ダイゴの事を」 
「長いですから。こんな事位で諦めたくありません」 
 社長の顔がやや綻んだ気がする。こちらの気持ちが多少なりとも通じた証拠だろう。 
 違う人間が付き合う以上、距離が近くなれば摩擦は生じる。だが、その度に相手に失望していては限が無い。 
 寧ろ、こんなものはこれからの長い人生に頻繁にある山場の一つであり通過点に過ぎない。だから、絶対越える。二人でまた笑い合う為にも。 
 女は弱し。されど、母は強し。そして、恋する乙女は無敵である。シロナの胸には決して折れない情熱が赤々と燃えていた。 
「そうか……。父親として立場は無いが、ダイゴの事は君に託そう。息子をどうか……」 
「それは勿論ですが、その為には肝心の彼の居場所が」 
 良し。お義父さん(仮)からゴーサインを貰った。後はダイゴの居場所を突き止めてボコボコにぶん殴るだけだが、それが判らないのだ。 
 別に交際を認めて貰う為に来たのでは無く、寧ろそれを教えて貰うのが目的なのだ。 
「残念だが、私もそれには困っている。大学には顔を出さず、トクサネの家にも帰っていない様だ」 
「社長さんでも判らないんですか!? そんな……」 
 しかし、ダイゴの居場所に付いては実の父親も知らない様だ。もう八方塞がりで打つ手が無い状態にシロナは追い込まれる。 
「ああ。しかし、行きそうな場所の当てはある」 
「!」 
 それでも、手掛かりに付いて社長は知っていた。流石は父親だ。思わずパパと呼びたくなったシロナだった。 
「誰にも会いたくないのならば、息子の事だ。穴倉の奥に引っ込んで石でも掘っているに違いない。ずっとそうだったからな」 
 冗談はさておき。昔から穴倉に引っ込む事が頻発していたとは、相当にダイゴを探すのは骨が折れそうだ。上手く逢えるか……否、逢えたとしてもその後どうするのか。流石にシロナも考え付かない様だ。 
「ムロの石の洞窟か……それとも、カナズミから程近い流星の滝か……まあ、何処かの洞窟には居ると思う。若しくは何処かの秘密基地かも知れない。そもそもホウエンに居ない事も考えられるが、其処は賭けだな」 
「・・・」 
 シンオウ程では無いがホウエンも広い。その全ての穴倉を虱潰しにするしかないのだろうか。若し、秘密基地に逃げ込まれているとしたら手の施し様が無い。……しかし、現状ではそれしか手は無さそうだった。 
「どうする? 行ってみるかね?」 
「行くしかないでしょう。可能性があるなら、あたしはそれに縋ります」 
 正直言って面倒臭過ぎて涙が出そうだった。だが、自分で望んで首を突っ込んだ以上、逃げる事は許されない。シロナはダイゴを探してホウエンの洞窟を回る事を決めた。 
「本当に済まない。宜しく頼む」 
「はい! あたしはダイゴの女ですから!」 
 そうして、再び頭を下げてくる社長にそう言うとシロナは社長室を出て行った。 
 
「本当に天使……否、女神だな。 
……あんな素敵な娘さんを放って何をやってる馬鹿息子が……!」 
 最後のシロナの言葉に彼女が最高に良い女であると言う事を社長は認めざるを得なかった。此処には居ない息子に親父の鉄拳を見舞ってやりたい気分に駆られた社長だった。 
 

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