]X:The torment
――流星の滝
カナズミの北。ハジツゲとの境界に存在する大洞窟。昔から星の降る場所として知られる瀑布迷宮はダイゴが頻繁に訪れる場所でもあった。最初にシロナは其処に足を運んだ。
「此処はドラゴン使いの修行の場。チャンピオンも訪れる場所だって言ったらその凄さが判るかな」
「あたし、そのチャンピオンに用があるのよね。最近見なかった?」
時刻は夜。人が居そうな雰囲気ではなかったが、トレーナーと言う人種は何処にでも居るらしい。最奥近くで見掛けたドラゴン使い(タケルさん)にシロナは訊いてみた。
「えーっと、どっちの? 新しい方?」
「古い方。先代の鋼使いの」
「ダイゴさんだね。そう言えば、最近見てない様な」
「……そう」
ああ、やっぱり。別に残念とは思いませんよ? 幸先の良いスタート何て自分でも在り得ないと思ってましたから、あはは。
……何て強がってみたシロナだったが、落胆は隠せていなかった。気力のゲージが点滅を始めた。
「いや、待って。良く考えればチラッと見た様な……?」
「ほんと!?」
何と在り得ないと思っていた幸先の良いスタートだったらしい。落胆していたのが嘘の様にシロナの目が輝く。
「確認するよ。おーい! 爺様婆様〜!」
「何か用かね?」
ドラゴン使いは近くに居た達人トレーナーの夫婦に話を聞きに行く。シロナもその後についていった。
「此処最近、ダイゴさんがやって来た覚えってある? 少し前に見た気がするんだけど」
「ああ、ダイゴ君か。三、四日前に確かに来たな」
金婚式のゲンとハツ。話しを聞く限り、確かにダイゴは居たらしい。証人が目の前に居る。
「あの、何処に行ったか判りませんか!?」
「さあ、ワシは判らんが……婆さんは何か知っとるか?」
知りたいのはその後のダイゴの足取りについて。それが判らなくては調査が振り出しに戻る。シロナはお婆さんの言葉に期待を寄せた。
「はいはい、知ってますよ。石の洞窟がどうのブツブツ言ってましたよ?」
「石の洞窟!? ムロタウンの!?」
「じゃないのかな? 其処以外に思い付かないし」
有力情報ゲット。社長さんの言葉も案外当てになると失礼ながらシロナはそう思った。実際、期待していなかったのだ。
「ありがとう、助かったわ!」
シロナは礼もそこそこに足早に洞窟を入り口方向に戻っていった。
「……あの姐さん、ダイゴさんの追っかけか?」
そのシロナの背中を見ながら、ドラゴン使いは怪訝な表情と共に呟いた。
――ムロタウン 石の洞窟
数時間後。目当ての場所に辿り着いたシロナは入り口近くに居た山男を捕まえて尋ねた。
「ダイゴってデボンの御曹司のツワブキ=ダイゴ?」
「はい。因みにこんな奴ですけど」
そのダイゴで間違い無い。シロナは肌身離さず持っているダイゴの写真をカードケースから取り出すと、山男に見せた。
「どれどれ……ああ、はいはい、彼ね。知ってるよ。彼が御曹司ねえ」
「! 来たんですね!?」
その様子を見る限り、心当たりがある様だ。シロナは期待に胸を膨らませつつ訊いた。
「来たって言うか、昼頃に奥に入って行って、夕方位には出て行ったよ」
……今何と? 夕方には、出て行った? それはつまり、ほんの一寸の所で逃げられた?
「……嘘でしょ。ほんのタッチの差?」
「流石に何処行ったかは判らんね。ポケモンに乗ってどっかに飛んでったよ」
何て事だ。捕まえるチャンスがあったのにそれを逃してしまった。
このニアミスは本当にダメージが大きく、シロナの底を尽き掛けている気力のゲージを一気に空っぽにしてしまう程だった。
「・・・」
……終わった。手掛かりを得たと思ったのに、足取りが完全に途絶えた。ぐうの音すら出なかった。
「もう良いかい?」
「ありがとう、ございました」
山男に礼を言うとシロナはふら付く足取りで洞窟を出た。
後は何処だ? 炎の抜け道? カナシダトンネル? ひょっとしたら、もうホウエンには居ない? ……駄目だ。もう気力が無い。そして、何も考えられない。
足元が覚束ず、目の前が真っ暗になりそうだった。
――トクサネシティ ダイゴ宅前
時刻は深夜。行く当てなど無いのに、シロナの足は自然とその場所へと向いていた。
辿り付いた恋人の塒。此処で過ごした夏の爛れた時間はもう戻らない過去の幻影の様にシロナの頭にこびり付いて離れない。
家は真っ暗で人の気配が感じられない。玄関は施錠されていて、中に入る事すら出来なかった。
疲れ切っていた。もう何日も寝ていない。自然とシロナはへたり込み、ドアに背を預けて膝頭に額をくっ付けた。
「何やってんだかなあ、あたしは」
最後の希望に縋る様に携帯電話を取り出して、連絡を試みるもダイゴのナビには繋がらなかった。
『……もう、俺は貴様とは逢わん。その価値も無い』
あの時のダイゴの言葉が呪いの様にシロナの心を蝕む。それを撥ね退ける元気すら、今の彼女には無かった。
「もう、駄目なのかな……」
暗い感情が心に湧いて、もう諦めろと誘惑する。それを振り払いたいのに、拒絶する気持ちが湧いて来ない。心が体が休息を求めている。
「逢いたいよ……ダイゴ……」
滲む涙を止められぬまま、シロナは睡魔に負け意識を手放した。
北の方角の空からトクサネへ接近する影が一つ。
銀色の翼をはためかせ、海岸付近の水面でホバリングするとそのまま砂浜へ降り立った。
――バサッ
鎧鳥エアームド。その背から降りた人物はツワブキ=ダイゴ。シロナが追い求めて已まない王子様だった。
「ご苦労。戻れ、エアームド」
労いの言葉をエアームドに掛け、ダイゴはボールに戻る様に指示を出すとエアームドは主人の命を受けてボールへと格納される。
ボールをフォルダーに戻しながら、ダイゴは自宅へ通じる道を歩いて行く。
「――」
そうして辿り着いた自分の家の前でダイゴは文字通り在り得ない者を見付けてしまった。
「何で、居る?」
「すー……すう……」
先週別れたばっかりの元カノが玄関前を占領し、膝を抱えた状態で眠りこけている。
もう逢う事は無いとそう思っていたのにたった一週間で再会を果たしてしまった。何と無く気拙い思いが湧いたダイゴだったが、今はそれ以上に胸を占める想いがあった。
「シロナ……」
久しく見ていなかったシロナの寝顔。それが遠い記憶を呼び起こし、ダイゴに劣情を刻み付ける。
その頬に触れたくて手を伸ばす。……触れた。シロナは相変わらず美しい。
今度は唇に触れたい。無防備なそれを思う様蹂躪したい。ダイゴはシロナの顔にゆっくりと顔を寄せて……
「! 俺は、何を考えて……!」
途中で我に返った。寝ている婦女子相手に何を不埒な真似をしているんだろう。恥を知れ。そう自分に言い聞かせてダイゴはシロナから離れた。
「今更だ。もう未練なんて」
自分で切り捨て、別れを告げた女だ。今になっておめおめそれを求めるのは卑怯者やる事だ。そうとでも思わなければとてもじゃないが衝動を抑えられそうに無い。
「でも……」
そう簡単に忘れられる程安い女で無かったのも確かな事だ。断ち切れない未練が全身を蝕む自縄自縛の状態。それが苦しくて叫びたい気分に駆られたが、それは許されなかった。
……どの道、この寒い中屋外に若い婦女子を放置する事は相手が誰であれダイゴには無視出来ない事だった。春先とは言え、夜ともなればトクサネもかなり冷え込む。放置すれば確実に風邪を引いてしまう。
だから、シロナを起こさない様に慎重にその身体を抱き上げると、ダイゴは鍵を開けて家の中にシロナを入れてやった。
「んっ」
まどろみの中、シロナが目覚める。胡乱な思考で何も考えられなかったが、それでも何とか身体を起こした。
「……いけない、寝ちゃったわ。って言うか、此処は」
途中で落ちてしまった事を思い出してゴシゴシと顔を拭う。目に飛び込んできたのはシロナが知っている部屋だった。それに懐かしさが湧いて来たが、そんな事に気を取られている場合ではない。……何故此処に居るのだろうか。
「まさか!」
考えられる可能性は一つだけだ。シロナは飛び起きると居間への扉を開けた。
――ダイゴ宅 居間
「・・・」
其処にダイゴは居なかった。同時に燦々たる有様だった。シロナの記憶にある小奇麗な居間は存在せず、それは打ち破れた廃屋の様なイメージを与えて来た。
壁の彼方此方には穴が開き、骨組みが覗いている。壁際に置かれていたキャビネットは無残にガラスが叩き割られ、その中身もガラスと共に床に打ち捨てられていた。ソファーは刃物で切り付けた様にズタズタでスプリングが幾つも飛び出している。
火でも点けたのか、テレビは真っ黒になって壁の端に転がっているし、大量の空の酒瓶が床を占領している。……それが今のダイゴの心を象徴している様でシロナは心に激しい痛みを覚えた。
「?」
そんな惨状の中、何故か無事だった楕円形のテーブルの上にシロナはある物を見付けた。
「これは」
近寄って確認すると、それはラップが掛けられた朝食で、その脇には置手紙と錆付いた何かの鍵があった。
トースト数枚。ハムエッグ。冷えたスープに同じく冷えたウインナー。デザートには市販のプリンが添えられていた。
シロナは鍵を握り締めると貪る様にそれを読み進める。
『朝飯は作って置く。適当に暖めて喰ってくれ。その合鍵はくれてやる。帰る時はしっかり鍵を頼む』
暖めろと言われても実際どうしろと言うのかシロナは判らない。部屋を眺めると、破壊を免れていた様にポツンと残った冷蔵庫と電子レンジが目に飛び込んで来た。
→裏
そして、さっきから気になっている手紙に記されたこの文字。裏面にも何かあるのは判るが、それを読む勇気がシロナには湧いて来ない。
だが、それでは話が進まないので意を決して手紙を裏返す。
「っ!」
其処に刻まれた文字を読み、シロナは深い悲しみに襲われた。
『追伸:俺を探してももう無駄だ。大人しくシンオウに帰れ。食器は洗って置いてくれると助かる』
――ぐしゃ
「ダイゴ……ダイゴぉ……!」
置手紙を握り潰し、シロナは泣いた。憚らず、涙腺が限界を訴える程只管に。
届かない。どれだけ求めても、相手の心に届かない。一体どうすればダイゴの心に訴える事が出来るのか。シロナには全く答えが見えなかった。
それでも、腹は減るもので食事すら満足に摂っていなかったシロナの腹の虫は飯を寄越せと激しく吠え立てる。
泣きながら、シロナはダイゴが作ってくれた朝食を食べた。涙で味は全く判らなかった。
「・・・」
食器洗いを終えたシロナは不貞寝でも決め込む様に再び寝台に寝転がっていた。天井を眺めながら、二年以上前の事を思い出す。
熱くて、生臭くて、それでも満たされていた爛れた日常風景。あの時垣間見た、ダイゴの益荒男振りを思い出したシロナは自分の指を潤み始めた下半身に伸ばす。
「ダイゴ……んっ……」
黒いスラックスを脱いで、黒い下着の上から敏感な突起を撫でて、その刺激に身体を震わせた。カントーで別れて以来、ずっと男旱が続いている。
だが、ダイゴの味を知り、また躾けられたシロナの体は並の男には反応すらせず、その劣情を募らせて、発散の手段は自然と自慰によるものになってしまった。
此処最近はストレスが堪り過ぎてそれすらも億劫になっていたが、今はそれに頼らざるを得ない状況だった。
「はあ、はあっ……ふう、ふうぅ……んっ、んふっ」
シロナの左手にはダイゴの下着が握られている。洗濯籠で見付けた物だったが、脱いでそう時間は経っていない物らしく、シロナは鼻を股間の部分に擦り付ける様に嗅ぎながら、激しく指を上下させる。
「んっ! ん! ふんん! ふうー、ふううー……! んんふうぅぅ!!」
べっちょりと下着に染みを作り始めたシロナはお釈迦になる前にそれを脱ぎ、ダイゴの下着の染み濃い部分を咥えると、それを吸いながら指を雌穴に突っ込んだ。
ビクン、と身体を跳ねさせて、それでも刺激が足りず、勃起した巨大なクリトリスを指で挟んで扱き上げる。昔、ダイゴにそうやって愛された事を体が覚えていたのか、シロナの子宮がきゅんと収縮した。
「ダイゴ……! はあはぁ……らい、ご……らいごぉ……!」
体が強請るだけの最低限の快楽は、何とか得る事が出来ている。しかし、シロナが嘗て経験した失神を誘発する様な強烈な快楽はどれだけ激しく指を動かしても得る事が出来ない。
足りない。全く以って全然足りない。心がそれを求めているに自分ではどうにも出来なくて、それがとてももどかしい。
「あ……あ……逝く……逝っちゃう! あたし、あたしもう、逝く……!」
狂った様に激しく両手を動かし、何とか浅い絶頂の尻尾を掴む。……でも、それが殊更心の空洞を広げる様で。
「っく! 〜〜〜〜〜っっ!!」
シロナはクリトリスを思いっきり挟み潰すと、足の指でシーツを掻き毟りながら独り寂しく絶頂を迎えた。
「はあー……はー……はああああ」
――ちょろ しゃあああ……
絶頂後の弛緩した体のまま、シロナはダイゴの寝台に小便をぶち撒ける。
自分が確かに此処に居たと、家の主に示す様に、またはマーキングをする様に、きついアンモニア臭を放つ液体をベッドに沁み込ませる。
「……ぐすっ、ぅ……うううう」
ダイゴへの嫌がらせ。それを為したと同時に、シロナは自己嫌悪で死にたくなった。こんな事をしても何が変わる訳でも無いのに。
胸に開いた穴に北風が吹き込む様で、シロナは只管寒かった。
だが、そんな自分を抱き締めてくれる男は隣に居ない。不要と判断され、彼の心から追い出されてしまったのだ。シロナは泣きながら自分を掻き抱く以外に、熱を得る手段が無かった。
――トクサネシティ 海岸
「・・・」
春先の海岸は潮の香りが乗った暖かい空気に満たされていて、潮風が髪の毛を優しく撫でて来た。北では決して在り得ない過ごし易さにシロナも誘惑されそうになるが、残念ながら実際にそれに逃げる元気は無い。
涙はもう既に枯れ果てた。泣き腫らして橙色になったシロナの目が水平線の向こうを見詰める。何か意味がある訳ではない。少しだけ、心に休息が欲しかったのだ。
「おーい! 姉ちゃ〜ん!」
すると、何処かで聞いた声が傷心のシロナの虚ろな目に生気を送り込む。声の方向に目をやると、記憶には薄いが確かに会った事のある少年が駆けて来た。
「あなたは、確か」
近寄る少年の顔にシロナはやっと思い出した。夏に来た時ダイゴと一緒に会った彼のご近所さんの少年だった。
「よ。ダイゴあんちゃんの彼女さんじゃねえか。久し振りだな」
「そうね。……随分、背が伸びたわね」
こちらはすっかり忘れていたのに向こうは覚えていたらしい。以前よりも背丈が増した少年の姿に懐かしさを覚えたシロナだった。
「育ち盛りだかんな。で、姉ちゃんは何してんだ? あんちゃんはどうしたんだよ?」
「それがさ……はあ」
いきなり痛い所を突いて来た。子供特有の無分別と残酷さだ。詳しく説明する義理は無かったが、今は少しでも胸を軽くしたいシロナは大雑把に現状を説明してやった。
「マジかよ、そりゃ」
少年も流石に言葉に詰まってしまった様だ。嘘です冗談ですと言えれば良いのだが、残念ながら全て真実なのでシロナは顔を俯かせる。
「・・・」
「いや、何か様子が変なのは知ってたけど、そんな事になってたのか」
少年の方も異変を察知していたらしい。だが、詳細を掴むのは出来なかったのだろう。それを今になって知った少年は複雑な顔だった。
「流石にね、少し凹んじゃったわ」
「ったく。あんちゃんも水臭いよなあ。誰にも言わないで馬鹿かっての」
凹んだとか落ち込んだとか、実際はそんなレベルじゃない程ダメージは深いのだが、同情が欲しい訳でも無いのでシロナはそれを言わない。少年は独りで抱え込んだダイゴに怒っている様だった。
「でも、気持ちは何と無く判るから。ダイゴは何も悪く無いもの」
「にしても、酷え話だぜ。胸糞悪くなる」
シロナも少年と同じ気持ちだ。だが、大人はそんな単純に生きられないのもまた事実だ。その証拠にダイゴは今も柵で苦しんでいるし、自分も人生に迷える子羊だった。
「ええ。……でも、もう良いわ。今の彼には何言っても通じないだろうし」
「え、諦めんの?」
だが、完全迷子のシロナであっても現状認識位は出来るのだ。今は未だ無理。押して駄目なら引く事も手。機会を改めて出直す事も必要だとシロナは気付いている。
そんなシロナの言葉に少年は驚いた様に聞き返す。
「違う。今は駄目って判った。なら、機会が来る迄、あたしは待つ。きっと、また逢える日は来るだろうから」
「そっか。なら良いけどさ」
誰も諦めるとは言っていないし、そのつもりも更々無い。ダイゴが心を閉ざす以上、外界から出来る事はシロナも含めて殆ど無いのだ。
だが、ダイゴとエンカウントする機会は必ず巡るだろうとシロナは思っている。そして、その時に自分から心の扉を開けさせれば良いとも考えている。かなり難しいが、それ位しか今は良い手が浮かばなかった。
「悪いわね、こんな話子供のあなたには判らないわよね」
「ああ、さっぱり判らないね。でも、姉ちゃんを泣かしてるあんちゃんが悪い奴だってのは判った」
何とも詰まらない話を展開してしまった。愚痴に付き合せて済まないと思ったシロナは少年に対して軽く謝った。だが、返って来た少年の言葉にシロナは一瞬、思考が停止した。
「え、いや……そう、なのかな?」
「当たり前だろ! どんな事情かは関係ねえ。心配してくれる人を泣かしちゃ駄目だろ。今度会ったら俺が蹴り入れてやるぜ」
「……ふふ」
今迄は自責と後悔が先に来ていたが、それが間違いだとシロナは気が付いた。そりゃ、辛い時に一緒に居てやれなかったのは罪だが、ダイゴにだって何の過失が無い訳では無いのだ。お互いに足りない部分が多く合ったのは事実。
そして、それをどちらかの所為にするのがそもそもの間違い。こんな簡単な事を見落としていたシロナは自嘲気味に笑った。
「そうよね。普通なら愛想尽かすわよね」
それでも、シロナはダイゴを諦められないし、忘れられない。求めて已まない。その理由は明らかだ。
(これが惚れた弱み、なのね)
ダイゴの事が本当に大好きだと改めて認識させられたシロナは少年に一つ頼み事をした。
「是非お願いするわ。金的に」
「おっしゃ! 引き受けた! 俺に任せとけ!」
好きの気持ちを耐える力に変える。何時かはそれも尽きるのだろうが、そうなる前にもう一度だけダイゴに逢う機会が欲しい。シロナは走り去る少年を見ながらそんな事を思った。
――飛行機内 雲の上
北へと帰る飛行機の中でシロナは考えていた。当初の目的は果たせなかったが、中々に実入りが多かった今回のホウエン訪問。そいつを生かしてどうシンオウで立ち回るのか、そしてダイゴとの決着はどう付けるのか、色々と問題は山積みだった。
「あたしも、泣き暮らしてばっかじゃ駄目だよね」
だが、それに怯えて足を止める事は許されない。何故なら、自分はチャンピオンだからだ。
少なくともダイゴはもっと辛い境遇に居たのだ。それなのに、ちょっと苦しいとか悲しいとかそんな事で泣いていてはダイゴに余計嫌われる。それだけは何とか避けたい。
「あたしも、強くならなくちゃ」
強くなって、もう一度貴方に向き合う。北へと帰る間際、シロナは決意を新たにした様だった。