][:二度目の謁見
……一ヶ月半経過。
――シンオウリーグ本部 クリスマス
時計の針は回り、シロナにとって忘れられない季節がやって来た。自分にとって最も輝いていた季節。二人してカントーに渡り、馬鹿をやった。生まれて初めて社交界何てモノを経験し、二人でリーグの頂点を目指す事を誓い合った。
今の苦境は不相応なモノを望んだ罰なのではないかと考えてしまう。だが、例えそうだとしても、現実から逃げる事は出来ない。前に進むしかなかった。
その日、シロナに突然の来客があった。
「月日の移りは名残惜しいな。出合った当初はほんの小さな女の子だったと言うのに」
「はい。それが今では、ですよ」
その人物の名はクロツグ。友人のダリアの就職先の同僚でシンオウバトルフロンティアのタワータイクーン。そして、シロナが子供の頃から知っている人物である。
彼は偶にこうやってふらっとやって来る事があるが、何だって年末のこの日に態々尋ねて来るのか、不穏な何かを感じたシロナだった。
「チャンピオンか。人の将来は判らんな」
「クロツグさんだって、今はお父さんじゃないですか」
無論、そんな事は顔には出さないシロナ。尊敬している人物なのだ。不愉快な想いはさせられない。だから、表面上は世間話の体を取りつつ、相手の様子を伺う。そして、クロツグにもそんなシロナの思惑は筒抜けだった。
「ああ。先日、漸く息子と戦えたよ。荒削りだが、私の若い頃を思い出した」
「ジュン君でしたっけ。あのせっかちな性格、絶対クロツグさん似ですね」
「これでも大分落ち着いたのだがなあ」
夏に出会った罰金ボーイの顔が思い出される。少し前にリーグに頻繁に挑戦していたあの少年がクロツグの息子と知った時は驚きながらも実際、シロナは納得した。若い頃のクロツグもあんな感じだったのだ。
此処暫く姿は見ていないが、まさかタワーに挑戦していたとは。本気か小手調べかは知らないが、塔の主と対決する事は並のトレーナーには出来ない事だ。
自分を破ったコウキとヒカリが来期のチャンプ就任を拒む今、いっそジュンを後任に指名するのもアリだなとシロナは思った。
「……野良試合をやって、久々に負けたよ」
「クロツグさんが!? フロンティアの外でですか!?」
突然、クロツグがそんな事を言ってきた。これがクロツグが此処に来た真の理由と言う奴なのだろう。シロナは自分の耳を疑ってしまった。
「ああ。直感的に強いと感じ、挑まれたのでそれに応じたが、コテンパンにされた。あれは、修羅だな」
「信じられない……」
クロツグのトレーナーとしての腕前は異常であり、一部では生き神様と崇められている程だ。三匹の伝説に固められた手持ちは見ただけで戦意を喪失する様な極悪さで、エースであるヒードランのレベルは成長限界に到達している。
フロンティアブレーンが強いのはフロンティア独自のルールに守られている所為であるが、その加護が無くともクロツグは強い。そんな彼が敗れるとは俄かには信じられないシロナだった。
「情け無いが本当だ。そして、その相手だが、誰だと思う?」
「……まさか、ダイゴ?」
それを聞いて話が繋がった気がしたシロナ。クロツグは春にあったトラブルについての情報を知っていて、自分とダイゴの関係も掴んでいる。
そしてダイゴは今、シンオウに居る。クロツグを破る程の圧倒的な力を身に付けて、静かに死の牙を磨いでいる。
「それを伝えに来ただけだ。……侮っていると死ぬ。あれはそう言う相手だ」
「!」
その狙いは恐らくあたしの首。シロナは戦慄した。
「それでは、失礼する」
「あ、は、はい。それでは」
本題を話し終えたクロツグはシロナに背を向けるとさっさと施設を出て行く。固まっていたシロナは慌ててそう言葉を発する事しか出来なかった。
「――」
聞きたくも無い嫌な忠告を聞いてしまった。クロツグの力量はチャンピオンである自分のそれを超えている。それに勝ったダイゴに今の自分が太刀打ち出来るのか。弱気になりそうなシロナだったが、もうそんな事は言って居られなかった。
「随分、長い事此処に居る様な気がするけど、それももう一寸で終わり」
かなりの間、無敗のチャンプとして君臨している気がするがそんな事は全く無い。気のせいと言う奴だ。だが、その幕引きは近付いているのだ。触れられる距離に迄。
「シロナは此処に居るよ。だから早くダイゴ……」
それを知ってか知らずか、シロナは終局の幕開けを告げる様に呟いた。
――同刻 シンオウリーグ本部前
「僕だ。うん。やっと準備が出来たんだ。だから、一寸行ってくる。……それだけだ」
ミクリに全ての手筈が整った事を簡潔に告げて、ダイゴはナビの電源を切った。
「手は尽した。後は、ぶつけるだけ。……シロナ」
春先に来た以来の場所。もう二度と来る事は無いと思っていたが、それでもダイゴはその聖堂の様な形の施設の前に立っていた。そして、その理由も明らかだった。
「やあ、君か。また会ったな」
「おや、これは太閤殿下。先日はどうも」
施設から出て来た男と目が合った。数日前に戦ったクロツグだった。クロツグが先に挨拶してきたのでダイゴも同じく気さくな素振りで頭を軽く下げた。
「その様子では、今からお勤めかね?」
「ええ。……潮は満ちた。だから、決着付けに行きます。本当の意味で」
自分が此処に居る理由をクロツグは当然知っていた。ダイゴがそれに答える。
「そうか。まあ何だ。余り苛めてやるなよ?」
「それは……彼女次第ですか」
クロツグの言葉にダイゴは前回の闘いを思い出す。端から見て弱い者虐めしている様な展開になったが、今回はどうなるのか。シロナが自分の力量に付いて来られるなら、それは無い。そうじゃないなら前回の焼き増しになる。それだけの話だった。
「いや、シロナもそうだが、君自身もなんだがな」
「は?」
だが、クロツグが言いたいのはそうでは無いらしい。自分を含めて、と言うその言葉にダイゴは一瞬首を傾げた。
「心だよ。時には素直に求める勇気も必要と言う事さ。我慢ばかりは体に悪い」
「……覚えて置きます」
ダイゴはその言葉で得心した。独りで抱え込むな。シロナに頼れ。きっと彼はそう言いたいのだろう。……そう出来ればどんなに良い事か。ダイゴは寂しそうに言った。
「おっさんからの忠告は以上だ。しっかりな」
「どうもです」
これ以上、若者を足止めする様な野暮な真似はしたくないのだろう。クロツグはボールから召喚したカイリューの背に乗るとそのまま北の方角に飛んで行った。
「さて」
クロツグの姿を見送ったダイゴは改めてシンオウリーグの入り口を見据えると、静かに目を閉じる。その奥に控える鬼姫の姿を思い浮かべた。
出会いから連綿と続く心の蟠り。身体全体で味わった快楽。胸を焼いた狂おしさ。それに悩ませられるのも今日限りだ。
「戦争しに行くかよ」
全ての決着、此処で付ける! ダイゴは堂々とした足取りで門を潜った。
あなたに染められ恋の花〜♪ 些細な言葉で切なくなるんだよ〜♪
――ピッ
「はい。……ああ、ミクリ? どうしたの」
『どうしたの、じゃない! ずっとコールしていたんだぞ!?』
チャンピオンルームで雑務をこなしていた時だ。携帯電話が鳴り出して、シロナはそれに出る。すると、ミクリが怒った様な声で叫んで来た。
「ゴメンなさい。急な来客があったから、電源切ってた。それで、何?」
『ダイゴから電話だ。今あいつは』
こちらにも用事があったのだからその辺は勘弁して欲しい。だが、こんなにも焦った口調のミクリにシロナは遭遇した事が無い。一体何が起こったのか。それに付いては聞かなくても判った。
「シンオウに居るんでしょ? あたしに近々逢いに来るってのは知ってる。こっちは何時でも良いって伝えて頂戴」
『そうだが、そうじゃないんだ! ダイゴは既に準備を終えた! Youに逢うとそう言って!』
だが、事態はシロナの思惑を超えた速さで動いている。ダイゴは火蓋を切って落としたのだ。対決迄の猶予は幾らも無かった。
「――」
『ダイゴは直ぐにでも来る! 確実に! だからYouも十分警戒』
――ピッ
話の途中でシロナはミクリとの通話を終わらせた。それ以上聞く事はもう無いと判断したシロナは急いで仕事の片付けを始めた。
「時は来たれり、か。ほんと、何処迄も勝手な奴」
こちらの都合を無視して好き放題やるダイゴにシロナは怒り心頭だった。だが、それ以上にまた逢える機会が訪れて嬉しい。……例えそれが血生臭い決闘であってとしても。
「――えっ」
不意に、室内に自分以外の気配を感じた。部屋の温度がガクッと下がった気がした。だが、辺りを見回してもそれらしい人影は見られない。下からダイゴがやって来たと言う連絡も受けていない。ドアが開いた形跡も無かった。
「っ!」
再び気配。背後に感じたそれに振り向くもやっぱり姿が見えない。しかし、ダイゴが確実に部屋の中に居る事だけはシロナには判った。
「居ない? 何処?」
ぐるっと部屋を見回して、天井や床にも注意を向けるが、ステルス迷彩でも使っている様に何処にも見当たらなかった。
――カキンッ ボッ
「!」
すると、慣れ親しんだ音が聞える。オイルライターで煙草に火を点けた音。シロナ自身が何時もやっている事なので直ぐに判った。同時に、鼻を突く懐かしい煙草の臭い。
嗅覚と聴覚を頼りにシロナはその方向にゆっくりと首を向ける。自分の丁度真後ろへと。そして、遂にその姿を捉えた。
「――」
――パンッ パンッ パンッ
殿堂入りの部屋へのリフト。その真上に立っている咥え煙草のダイゴは拍手を送って来た。
「良く気付いたな。気配は消してたのに」
ダイゴの姿は春の時に比べて幾らか血色が良くなっている様だ。だが、纏う空気は周囲の色を黒く染める程に密度を増している気がする。陽炎の様に揺らめく漆黒のオーラが背後に見えるみたいだった。
「煙草吸って気配も何もあったモンじゃないでしょう。馬鹿にしてるの?」
「いや? ヒントが無いと気付いてすらくれないって思ってさ」
シロナは最早驚く仕草すらしなかった。人をおちょくるのも体外にしろとでも言いたげに睨み付けるが、ダイゴは酷薄な笑みを顔に浮かべて惚けた事を並べ立てた。
「……で、アンタどうやって入ったのよ。ロックされてた筈だけど」
前、挑発に乗って痛い目を見た事を思い出し、キレそうになるのをシロナは必死で耐えた。
気になるのはダイゴはどうやって侵入したかに付いて。前回の騒ぎでドアの鍵はナンバー式に取り替えられ、その番号だって日替わりだ。しかも、騒ぎを起した張本人のダイゴは出入り禁止といかない迄もブラックリストに載っている要注意人物である。
警備の数も増えているので見付からずに来る事は困難な筈だが……
「扉に波乗りした訳じゃない。……ペゾだ」
「はあ?」
すると、ダイゴが妙な事を言い出した。シロナは間抜けな顔をした。
「自分で決めるでも可」
「訳判んない」
屑の様な酷い台詞。イカレ野郎の戯言だ。さっぱり訳が判らない。
「ああ。それで良い。ってか、冗談だから」
初代GBカートリッジに存在したバグアイテム。その汎用性は異常だが、少なくともこの世界には存在しない物だ。別にチートや裏技を使用した訳でもない。只の冗談だった。
「もう逢わないって言ったわね。それでもあたしの前に出て来たのは何でなの?」
「あ? 貴様を笑いに来た」
もうダイゴが使ったトリックに付いてシロナは訊かない。それよりももっと訊きたい事があったからそれを叩き付けると、返って来たダイゴの言葉にシロナは我慢の限界を超えた。
「ふ、ふふふふ」
「く、くくく」
何処迄も人を舐め腐った態度にもう笑いしか込み上げない。怒りの青筋をこめかみに貼り付けるシロナを見ながら、それをやった張本人であるダイゴはくつくつと含み笑いを浮かべる。
「アンタさあ、そう言えばアタシの気が済むって思ってる?」
「さあて」
ツカツカとダイゴに歩み寄るシロナの顔は恐ろしい笑みに満たされている。攻撃的、且つ威圧的な笑顔を前にしてもダイゴは余裕を崩さない。それ所か、咥え煙草のまま、シロナの顔目掛けて煙を吹き掛けた。
「――下種が」
――ガッ
もう憤りを抑える事も億劫だった。だからシロナは怒りの鉄拳をダイゴの顔目掛けて放つ。ダイゴはそれを避ける事もせず、黙って受け止めた。
「・・・」
頬に突き刺さった拳がかなり痛そうだったが、それでもダイゴは平気な顔をしていた。
そして、シロナの拳を払い除けると咥えていた煙草と一緒に血の混じった唾をベッと床に吐き捨てた。
「腰の入ってない拳だぜ。そんなんじゃ、俺のダウンは狙えねえな」
「!」
加減抜き。そして怒り任せのパンチとは言っても所詮は女の拳だ。そんな程度で参る程ダイゴは軟な身体はしていない。そして、その言葉はシロナの怒りを尚も助長した。
「You sonofa……!」
なら、もう一発喰らえ糞野郎。シロナは身を翻して回転の勢いが乗ったベアナックルをダイゴの鼻っ面目掛けて放った。
――くんっ
「なっ」
だが、それが届く前にダイゴは添える様な無駄の無い動きで以ってシロナの腕を弾いた。軌道をずらされたシロナは一瞬、無防備になる。
「Don`t get so cocky」
――ダンンッ
「がっッ!? ――カッ、はっ……!」
そのがら空きのボディ目掛けてダイゴは掌打を放つ。寸剄と呼ばれる中国武術の高等技で、熟練者ともなれば最小限の動きで相手を吹っ飛ばす事も出来る。フォルムがやや独特でダイゴ自身によるアレンジが入っている亜流の技だ。
それをモロに喰らったシロナは壁に吹っ飛ばされて背中を強く打つと、床に倒れ込んだ。
「勘違いすんなよ」
「ぐっ! う、ぁ……」
胃の中身が引っ繰り返りそうな苦しみがシロナを襲っている。涙と涎を垂れ流して苦悶の表情で蹲るシロナの髪の毛を引っ掴んで、ダイゴは無理矢理顔を上げさせる。そして、耳元で感情の乗らない声で呟いた。
「一発は許した。だが、それ以上許可した覚えは無えよ」
「畜生……! は、放せ!」
少なからずダイゴはシロナに対し、罪悪感があった。だから最初の一発は甘んじて受けたのだろう。だが、それも一発限りの事。それ以上に危害を加えられる事をダイゴは嫌ったのだ。
そして、やっぱり生身であってもダイゴは強かった。前回は銃をちらつかせた彼だが、そんな物に頼らずとも力量の差は歴然。
多少なりとも護身術の心得があるシロナにはそれが判ったのだ。正直、息をするのも苦しかったが、それでもダイゴを睨みながらそう言った。
「ふん」
「痛っ」
すると、ダイゴは乱暴に引き倒す様にシロナの髪から手を離す。肩から倒れたシロナは打たれた腹を擦りながら、何とか立ち上がる。
「顔狙わなかっただけ有難く思え、女郎」
「お、女に……っ、手を上げるとか最低だわ、アンタ……!」
先に手を出したのはシロナなので、殴り返されても文句は言えない立場だ。しかし、だからと言ってダイゴの振るった暴力を看過する事は出来ない。自分の事を棚上げする様にシロナは怒った口調で言った。
「俺はフェミニストじゃねえ。知らないってんならそりゃ、貴様が悪い」
「く、う」
それに対するダイゴの言葉は辛辣だった。都合の良い時だけ女である事に頼るなと呆れている様でもあるその姿はダークサイドを超越したデビルトリガーの発動だった。
確かに、長い付き合いがある中でダイゴの持つサディスティックな一面に付いて、シロナは知らなかった訳じゃない。
だが、それがこんな形で日向に出るとはシロナにとっては予想外の事態だ。そして、躊躇無くそれを振るったダイゴが自分に対し殺意をも抱いている事に気が付き、シロナは泣きたくなった。ダイゴの心は血を流し過ぎて化膿し、腐り落ちる手前だったのだ。
「さて、時間も惜しいしさっさと始めようや」
「……拒否したいわね、全力で」
殴り合いでの決着が憚られたダイゴは当初の目論見通り、ボールをフォルダーから取り出すと前回と同じ様にシロナの鼻先に突き付けた。だが、シロナは気乗りしない顔で痛む腹に手を当てながらそう言った。
「そりゃ無理だな。前回はああだったが、今回はちゃんと正規のルールに則って四天王突破して来たんだぜ? 貴様は拒めない」
「嘘!? 冗談でしょ!?」
そんな都合は知らんとばかりにダイゴが事実を言ってやると、シロナの顔が驚愕に染まった。ダイゴが前の様にルールを破って此処に来たのではないと知って、それが信じられない様に叫んだ。
「確認してみろよ。嘘だと思うならな」
「……良い。アンタに嘘吐く理由、無いもんね」
「話が早くて助かる」
だが、それは紛う事無き真実である。シロナに連絡がいかなかったのはダイゴが事前に警備員にお小遣いを渡していたからで、リーグの内線は一時的に不通になっていた。
だからこそ、四天王もダイゴ出現の報をシロナに知らせられなかった。後は簡単だ。その実力を以って四天王を突破したダイゴはチャンピオンルームに足を踏み入れた。
賄賂で警備員を買収したのは確かにイカサマだが、四天王を破ったのは本当だ。シロナはダイゴが嘘を言っていない事を理解すると、もう闘うしか道は無いと知り、辛そうに顔を顰めた。
「でも、一つだけ教えて! アンタ、何がしたいの? この勝負に何を求めてるの?」
戦り合う前に聞く事が一つだけあった。闘う理由に付いてだ。前回は聞けなかったが、今回はそれを無視して始める事は出来ない。
ダイゴが名誉や地位の為に自分に挑むのでは無いと判っている。そして、和解する為に来たのならばそんな事はそもそも必要無い。だから、訊かなくてはならなかった。
「知れた事だ。完全に別れる為に貴様を叩き潰す」
「――」
紡がれた言葉にシロナは絶句させられた。それはシロナが最も聞きたくなかった言葉だった。
「もう逢わない。そう言ったけど、それじゃ駄目なんだよ。人の心は常に変わる。どれだけそう思っても、長続きしない。今がそうな様に」
素直に頭を下げて縁りを戻せるのならばそれに越した事は無い。だが、ダイゴは前回自分の吐いた言葉を撤回する気は更々無い。一度言った言葉を頑なに遂げようとするダイゴの責任感はこの場合は意固地と言って良い程悲しい不器用さだった。
心から信じられないのに関係を続けていく事はダイゴにとっては針の筵に他ならないし、シロナにとってもマイナスにしかならないとダイゴは気付いているのだ。
「だから、コイツで貴様との関係を完全に終わらせる。賞金もチャンプの名誉も要らねえ。俺と別れてくれ、シロナ」
少なくとも、お互いの関係を解消する事が綺麗な終わりに違いないとダイゴは思っている様だ。他人との距離感が掴めないダイゴは見ていて涙を誘う程哀れだった。
「そう。過去の清算がしたいんだ、ダイゴは」
「ああ。こんな面倒臭い事は勝負で白黒付けるのが一番良いだろう?」
それがどれだけ勝手な言い分かは承知済みだ。自分の中にしかない幻想であると言う事もダイゴは判っている。
そして、抉じ開ける筈だったダイゴの心は相変わらず閉ざされていて、入り込む隙間が無い程に頑なだった。言葉による説得は無駄であると知り、シロナは悲しそうに目を伏せる。
もう一度、この展開になる事は避けたかった。……だが、それでも。
「なら、尚更負けられないわね」
そんな哀れな男に懸ける女の激情は未だに消え去らない。
「あたし、アンタが好き。ううん? 愛してるよ? だから……」
顔を上げたシロナの黄金の瞳には強い決意に満ちていた。シロナは未だダイゴに恋をしているのだから。
「あたしはアンタを逃がさない」
絶対に別れない。例えその身を鎖で縛ったとしても一緒に居たい。それを成す為に、目の前の男を打倒する。そして、それすら出来ない女に資格や価値は無い。
「俺が欲しいのか? ……なら、俺に勝ってみせろ」
譲れないのはこちらも同じ。そして、力のある者にしか望む未来は約束されない。だから、それを叶える為に目の前の女に引導を渡す。恨まれる事になっても。
「上等よ……!」
もう後には引けない。自分の無力さを憎む真似ももうしない。だから、力尽くでもそれを手に入れる。
「今一度問うぜ? 貴様が欲しい物は何だ? 何を思い、何を感じ、何を求めている?
……さあ、始めよう。全部ぶつけて来い!」
「あたしが欲しい物。それは……!」
本当に欲しい物は『貴方の愛』。
「チャンピオンとして……いえ、今は只の女として! シロナは全力で貴方と戦います!」
「結局さ。俺が一番凄くて、モットモワルイ奴なんだよな。……冗談抜きに」
奪いたい程に求め合えるなら、傷付け合ったとしても構わない。
――It`s game time!!
チャンピオンのシロナ(本気)に喧嘩を売った!