U:一年越しの再会  
 
 
――トクサネシティ ダイゴ宅  
「中々ドラマチックな出会いですね。少女漫画みたいだ」  
「そうだね。でも、事実なのさ。困った事に」  
 ユウキの尤もな感想にダイゴが苦笑した。だが、それは事実で、脚色は殆ど無かった。  
「で、そのニュースでシロナさんはダイゴさんの事を知ったんですか」  
「そうらしいね。本人が言ってたから」  
 唯一、私情が入っているのはシロナの件。ダイゴ本人の話では無い以上、どうしてもそうなるが、シロナがそう言うのであれば其処に拡大解釈はあれど、嘘は無いだろう。  
「それで、どうなったんです?」  
「ん」  
 姿勢を正して座り直したユウキは話の続きをダイゴにせがむ。ダイゴはそれを了承した様に頷くと再び語り出す。  
 
 
 何と無く、だけどさ。また逢える予感はあったよ。  
 事実、僕達は再び出会ったんだ。  
 問題なのはその後さ。まさか、あんな事を言い出すとはね。  
 
 
 ……出会いから丁度一年  
――コトブキシティ バスロータリー前  
 ダイゴとシロナが出会ってから、一年が経過した。シロナの桜は咲き、シンオウ大の新入生として学籍を考古学部に置いた。  
 今は夏休みの最中。何かのサークルに属していないシロナはバイトや研究に没頭する事無く暇を持て余し、この日がやってくるのを一日千秋の思いで待ち侘びていた。  
「来るかなあ……ダイゴさん」  
 出会いの発端となった場所で、シロナは呟く。  
 嘗て、因縁が生まれた地。あの時の出会いで自分の存在が大きく変わってしまった事を彼女は知っていた。  
 自分にもこんな乙女心があったのかと驚き、また逢えない苦しさを紛らわす様に煙草に溺れ、今ではその容姿と煙草臭さからか、誰も寄り付かない。  
 全てはあなたの所為。若し、本当に現れたならそう言って抱き付いてやろうと画策していたのだ。  
「……無理、かな。やっぱ」  
 だが、やはりシロナも女である以上は弱気にもなる。去年の去り際、運が良ければとダイゴは言っていたが、その運が自分に向いているのかが全く判らない。この場所に来るかどうかすら不明だった。  
 ……ぐうううぅ〜  
 シロナの腹の虫が鳴った。昨日は良く眠れなかったし、喉が痞えたみたいに食欲だって湧かなかった。だが、それでもシロナの身体は滋養を必要としていた。  
「何か食べよ……」  
 今は14時に届く辺り。ホウエンからカントー経由の朝一の飛行機で空港に着き、車でやっとコトブキに着く時間。このまま待ち続けるにせよ、戦いは始まったばかり。シロナは近くに軒を構える行き付けのラーメン屋に進路を取った。  
 
 運ばれて来た醤油バターラーメン大盛を啜りながら、ちらちらとロータリーの方を眺める。絶え間ない人の群れの中に彼女が求める人物は居なかった。  
 そうして、箸で麺を摘まんで口に持っていこうとして……  
――ズンンッ  
「ぶっ」  
 瞬間、地面が揺れてバシャっと顔にスープが掛かった。  
 それを紙ナプキンで拭いながら外を見ると、三、四人が歩道に集まっている。  
 その隙間から見えたのはシンオウでは見た事の無い青く輝くポケモン。そして、背の高い銀髪の男。  
「あ」  
 ……間違い無い! ダイゴだ!  
 張っていた甲斐があったとシロナは荷物も放り出して店の外に飛び出した。  
 
「ダイゴさん!」  
「君は……」  
 周りの人間を押し退けて、名前を呼ぶとダイゴはシロナを見た。去年とYシャツの柄は変わっているが、それ以外は殆ど同じ。  
 やっと、やっと捕まえた。どれだけこの日を待ち侘びた事か。小躍りしたい気分を抑えて、シロナはダイゴの銀色の瞳を注視する。あれから、一年経過するがその輝きに変化は無かった。  
「漸く、お会い出来ました」  
「・・・」  
 自然と湧き出る嬉しさを抑える事はせず、シロナは笑顔をダイゴに送り続けた。  
 だが、ダイゴは変な顔をしたまま三点リーダーを返して来た。  
「あの?」  
 何だろうか、自分に可笑しな部分でもあるのかと首を傾げてみるも心当たりが無い。  
「いや、ほっぺにナルトが」  
「!? //////」  
 で、ダイゴが正解を言うと、途端にシロナの顔が赤く染まる。慌てて顔を拭うと、確かにナルトが手の甲に付着している。地面が揺れてスープを被った時だろう。確かに可笑しな部分はあったのだ。  
「お〜い姉ちゃん! 金貰ってねえぞ!」  
「……食い逃げ?」  
「ち、ちち、違いますよう!」  
 更に追い討ち。ラーメン屋の主人らしき人物が怒りながらシロナを追って来た。ダイゴは顔色一つ変えずにその様を見ていたが、当のシロナは恥ずかしいやら忙しいやらで頭が混乱しそうだった。  
 
「此処のお勧めって何?」  
「味噌全般はイケますよ。口臭を気にしないなら餃子。アイヌ葱がたっぷり」  
「オッケー。じゃ、それとネギ味噌を貰おうか」  
 シロナがラーメン屋に戻ったので、ダイゴも序に食事をする事にしたらしい。シロナはこの店に通い慣れているので、ダイゴの問いに答えると、彼は早速注文した。  
 因みにシロナが醤油を食べているのは、前に来た時に味噌を食べたからだった。  
「で」  
「ズルズル……っ、はい?」  
 半分伸びた自分の丼を啜るシロナ。疑念の視線をぶつけるダイゴが言いたい事はシロナには判っている。  
「何故、僕の名を? 名乗らなかった筈だが」  
「テレビ、見ましたからね」  
 ほら、やっぱりだと別段喜ぶ事もせずにシロナは理由を語る。それ程突飛な……それこそ占い師の力を借りた訳でも、超能力でも無い普通の理由だ。  
「テレビって」  
 だが、出演した本人であるダイゴの表情は困惑気味だ。まるでその事を覚えていない様な素振りが少し気になった。  
「化石復元装置。受験前の年末に」  
「……! あれって全国放送だったの!? ローカル中継だとばっかり思ってた」  
「カントーと合同の大きな研究だったんですからそれは……」  
 其処迄言われて漸く合点が行った様だった。しかし、ダイゴ自身はホウエンで撮られた映像がシンオウに迄届いていた事が信じられない様だった。  
 随分と自分を過小評価している様なダイゴにシロナは苦笑した。  
「参ったね。案外世界は狭いみたいだね。……シロナ君」  
「え!」  
 そうして、ダイゴがやや照れ臭そうに頬を掻くと、次いで出た言葉にシロナは吃驚した。  
 ……自分の名前。彼の様にテレビで名前が出た訳でも無いのにどうして? ……と言う顔をしていた。  
「はは、悪いね。去年、サービスエリアで買い物してる時、定期入れが見えちゃってね」  
「あー、ずるいですよ、そう言うの!」  
「ごめんごめん」  
 そして、種明かし。ダイゴは去年の段階でとっくに自分の名前を知っていたのだ。それを顔にも出さずに黙っていた辺り随分性格が悪いのでは無いだろうか。  
 ダイゴの名前を知ろうと苦悩していた自分が一人だけ馬鹿みたいに感じたシロナは頬を膨らませた。  
 
「でも、ダイゴさん凄いですよね。テレビで取材されるなんて」  
 中々ダイゴの注文がやって来ない。それでも、シロナの中にはダイゴに対し、言いたい事は沢山ある。例の放送の内容についてがそうだ。  
 自分と一つしか違わないのに、テレビに出る様な偉業をやってのけた事が純粋に凄くて、また憧れる。自分には決して真似出来ない事だとただただ感服していた。  
「……別に僕の実力じゃないさ。元々は師匠が確立した理論を僕がアレンジして、研究チームに流したってだけさ。作り上げたのは彼等だよ」  
 ダイゴの顔が一気に表情を無くす。声のトーンも変わらない。だが、何故か其処には不機嫌さが滲んでいる様な気がした。  
 彼の師匠はネムノキ博士と言い、ジョウトのアルフ遺跡を調べていた考古学者。大分前に一線を退いた博士はホウエンのダイゴの高校で臨時教師をしていた。その時にダイゴの才を見初めた博士はダイゴに自分の知識を分け与えた。  
 そうして、ダイゴの好奇心は石のみならず、地質学の広い分野に向けられる様になった。そんな彼の師匠も歳には勝てないのか、今は体調を崩し療養生活を余儀無くされている。  
「あの……」  
「いや、もう僕にはどうでも良い話なのさ。古生物学にも未練だって……」  
 そのダイゴの姿に心がざわつくシロナ。だが、掛けられる言葉が思い付かないのか困った表情を浮かべる。  
 一瞬覗いたダイゴの瞳には絶望や憤りが浮かんでいる気がした。  
「ダイゴさん?」  
「悪いね。その話は勘弁して欲しい。……処で、君はその後?」  
 もう一度見た時、ダイゴの顔は何時ものそれだった。瞳も曇り無い銀色の色彩を放っていておかしな部分は見えなかった。  
 これ以上触れて欲しく無いダイゴは話の矛先をシロナに向けた。  
「はい……何とか、合格しましたよ」  
 それに何と無くだが気付いたシロナは今度は自分の近況を語る事にした。去年、別れてからの受験勉強やら試験の内容、入学した大学での生活等話題は多くあったのだ。  
 
「ズルズル……それで……っ、それで重要な質問があるんだけどさ」  
「な、何ですか?」  
 ラーメン啜りながらダイゴが言う。重要な、と態々言ってきたダイゴにシロナは少し身構えた。  
「っ……この辺にレンタカー屋(○産)って無い?」  
「え、ええ。駅の反対側にありますけど、どうして?」  
 口元をナプキンで拭ってダイゴが尋ねたのは車の事。シロナ自身、車に興味も無ければ詳しくも無い。しかし、そのメーカーの店ならば駅向こうにある事をシロナは覚えていた。  
 しかし、何故そんな事をダイゴは聞くのだろうか?  
「困った事に空港からの道でオドシシの群れに遭遇してさ。慌ててブレーキ踏んだらエンストしちゃってね。それは直ぐに直ったけど、ボンネット開けて調べたらエンジンベルトが逝っちまってた」  
「……ああ。偶に道路を横切りますよね、あれ」  
 その理由と言うのがまたシンオウでしか在り得ない様なレアケースだった。過去にシロナも数回だが、百頭近い群れが列を作って公道を横切る場面を目撃した事があった。  
 エンジンが故障して安全運転が不可な状況ならレッカー移動が必要になるだろう。  
「で、電話掛けようと思ったら僕のナビが圏外でさ。仕方無くメタングに乗って君と会った場所近くに降りたら、これまたビンゴだった訳だ」  
※図鑑には飛べるとの記述がありますが、ゲームでは無理です。(作者)  
「……暢気にラーメン啜ってる場合では無かったのでは?」  
「良いよ良いよ。ちゃんとポケモンの力を借りて路肩に避けて、三角停止板も出しといたから」  
 ダイゴにとっては不運。だが、シロナにとっては幸運だった。若し、ダイゴの持つポケナビが圏内であったなら、二人が再会する事は恐らく無かっただろう。ナビの普及率はシンオウでは未だ未だ低いのが現状だ。  
 しかし、そんな状況を放置してラーメンを啜るダイゴは随分と図太い……否、中々の大物なのだろう。  
「確かに、公道に故障車放置は拙いですね。……判りました。案内します」  
「ズズズズ…………済まんね」  
「良いんですよ。……あ、餃子一つ貰って良いですか?」  
 困っている相手が居るのなら、それがダイゴかどうかは別にしてシロナがそれを放置する事はしない。水先案内を引き受ける事をダイゴはスープを直に啜ってそれを飲み干すと頭を下げた。  
 シロナはそんな事で恩を着せたりはしない。ただ、自分のラーメンを食べ終えて口寂しいのでダイゴの餃子を一つ所望すると、ダイゴはそれに頷いた。  
 
 そうして、数時間掛けてレッカー移動を終え、新しい車を借り受けたダイゴは店の前でシロナと向き合う。陽は傾いて、僅かに空が紫色に染まっている。  
「さて」  
「はい……」  
 ダイゴが口走ろうとしている言葉をシロナは理解している。だが、どうしてもそれは聞きたくない言葉。だが、それでもダイゴは言うだろう。  
「またこれでお別れだね」  
「・・・」  
 吐かれた言葉が全身に刺さる様だった。ずっとその影を追って、やっと出会えたのに、たった数時間でお別れ等納得出来ない。  
 だから、シロナは己の胸中を瞳に込めて、唯無言でダイゴを見詰める。  
「おっと、お嬢さん。これ以上何を望む? 僕は何も要求しないさ」  
 今にも泣きそうなシロナの顔。しかし、ダイゴは非情だ。甘い顔何て微塵もしない。出会いと別れを繰り返すのが人生だと、聞き分けの無い子供を諭す様な口調で言葉を紡いだ。  
 だが、シロナだってそんな事は判っている。それでも、譲れない想いと言う奴はある。  
 何でこんなに執着するのか、今迄自分で首を傾げていた事だったが、漸くその理由が見えた。だから、シロナはそうするのだ。心の儘に。  
「だから君も今回はこれ「あの!」  
 突然、顔を上げて言葉を遮るシロナ。それにダイゴは一歩後ろに後ずさった。  
「っ! な、何でしょうか」  
 それも当然だ。シロナの顔には何らかの決意が滲んでいて、それに気圧されてしまったのだ。  
「あ、あたしを連れて行きませんか!?」  
「――――ええ?」  
 そうして耳に聴いた言葉にダイゴは言葉を失った。  
 ……What the hell are you talking about?  
『……これは、きっとあたしの初恋。だから、後悔しない様に好きにやる』  
 そんなシロナの胸中をダイゴが知る由も無い。  
 
 
 

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