]\:Sonne
※sonne【ゾンネ】:太陽、陽光(独語)
聖誕祭の聖堂で二つの魂が再び咆哮を上げる。男として、女として。譲れないモノの為にその身を削り合う二人は凛々しくもまた美しい。
戦闘BGMはPREMIUM ENCOREの課題曲。赤G、B、OP共に高難度を誇るこれが最も力を発揮するのは赤Dである。そのバスドラムの連打はジェットスティックならぬジェットシューズを誘発する危険がある程の激しさを誇る訳の判らない物だ。
殴り愛の末に勝利の美酒を飲むのはどちらか。……そのどちらだとしてもきっとそれは誰からも祝福されないだろう。
「ミカルゲ!」
「アーマルド、行け」
先ずは先鋒同士のご挨拶。シロナは変り映えのしないミカルゲ。しかし、かなりレベルが上がっている。70前半だ。
対するダイゴはアーマルド。何とレベル差は10近く。エメダイゴのそれ+10。
念入りに一ヶ月以上準備に時間を掛けたダイゴの努力の成果だった。
「! 編成を変えて来た? それにしても、このレベルは……」
「貴様はレベル以外、余り変わっていない様だな。それで勝てるのか?」
シロナとしても今回の戦いに向けてかなり努力をしたつもりなのだが、それでも未だこれ程に力量に差があるとは、甘く見ていた。クロツグが土を付けられたのも納得だった。
「やってみなくちゃ判らんでしょうが! 悪の波動!」
前回以上に差が開いてしまった実力に絶望的な結果しか予測出来ないシロナ。だが、啖呵を切ってしまった以上は引き返せない。シロナはミカルゲに攻撃を告げるが、三割程度しか削れない。
「こっちの番だ。シザークロス」
「この火力……っ、交代! ミロカロス!」
一撃で六割を持って行かれた。ハッキリ言ってこのままでは分が悪過ぎる。シロナは相手の弱点を突く為に手持ちを入れ替える。ミロカロスを場に呼んだ。
「無難だな。だが、読んでたぞ。こっちも交代だ。エアームド」
だが、シロナがそう動く事は予想済み。ダイゴもまた手持ちを引っ込め、デボンの鳥を呼んだ。
「エアームド……なら、冷凍ビーム!」
「これまた無難だな。どくどく」
前回の昆布の悪夢を思い出したのか、シロナは等倍の氷攻撃を行う。そして、一度は確かに氷付けにしたのだが、エアームドは持っていたラムの実を使い氷からの脱出を図った。
そしてエアームドは時間経過が死の宣告を早める猛毒をミロカロスに浴びせた。
「っ! 型違い?」
「いや、同じ個体だ。警戒されてるの判ってたから、今回昆布は使わねえよ」
昆布戦術は或る意味、相手の虚を突く戦術なので、一度使ってしまえば同じ相手に何度も通用するモノではない。
だから、今回ダイゴは真っ向勝負をシロナに仕掛ける。彼女が得意とする力尽くで勝利を勝ち取りたかったのだ。
「守る」
「冷凍ビーム!」
「波乗り!」
「羽休め」
「守る」
そうして数ターンに渡り膠着状態が続く。何とかエアームドを落とそうと躍起になるシロナだが、それも中々上手く行かなかった。
「波乗……アンタ、厭らしいわね! 前回に続いて!」
「立派な戦術だ。……ピンチじゃねえのか?」
その高い防御能力を生かして確実に命を削るエアームドには前回も苦しめられた。そしてどうやら今回もそうらしい。それがどうにも悔しくてダイゴに向けて金切り声を上げてみるもそう言われてしまえば其処迄だった。
「くっ……交代よ! ガブリアス!」
「出たなゲッター2。墓穴堀だって教えてやるよ」
これ以上、毒に蝕まれれば大変な事になると踏んだシロナはミロカロスを回収し、切り札であるマッハポケモンを召喚する。ダイゴにとっては鬼門である砂鮫は幾らレベルの有利があると雖も、無視出来る相手では無い。
前回は昆布とシロナへの挑発が上手く行って容易く始末出来たが、今回はどうだろう。その顔を見る限り、ダイゴには何やら秘策がありそうだった。エアームドはまた羽休めを使い、減った体力を完全に回復させた。
「ドラゴンダイブ!」
「だよなあ。じゃあ、こっちもゲッター3召喚だ! メタグロス!」
タイプ一致のドラゴン攻撃。しかし、鋼には今一つ。削れたのは凡そ三割で、大した被害では無い。シロナの攻撃が終わった事を確認すると、ダイゴはエアームドを戻し、切り札を投入した。
「!?」
シロナはダイゴの手にあからさまな警戒を見せた。
地面タイプのガブ相手に態々不利なグロスを投入? 何を考えている?
果たして、これは挑発の一種なのだろうか。それともガチでこちらの切り札を突破する何らかの手段があるのだろうか。少なくとも塩を送ってくれたのでは無い事は確かだった。
だからこそ、シロナは迂闊に動けない。ガブリアスはダイゴを倒す為に絶対に必要な戦力だ。落とされた時点でそれは敗北を意味する。
「Where`s your motivation? 長考が過ぎるぜ?」
「判ってる! 判ってる……けど」
ダイゴが退屈そうに言って来た。それはシロナも判っている。ガブリアスだって心配そうに主人の命を待っているし、メタグロスは微動だにせずに不気味に佇んでいるだけだった。ダイゴの策が読めない。だが、何もしない訳にはいかない。
「……決めたわ」
「そうか。で?」
そして、とうとうシロナは決断した。するとダイゴはだらけていた姿勢を正し、戦闘時のそれに戻すとシロナの出方を伺った。
「ガブリアス! 地震!」
シロナの手は攻撃一辺倒。半ば博打だが、落とす事が出来れば恐らく状況はイーブンになる。シロナは賭けに勝つ事を願って相棒に指示を下した。
「そっかそっか。……ま、攻撃宣言した時点で勝負はあったんだよね」
「へ?」
だが、賭けに勝ったのはダイゴの方だった。勝負が決まった事を確信する様な穏やかな笑みを浮かべるとメタグロスに指示を下す。
「メタグロス! 電磁浮遊!」
「なっ……う、嘘。早い……!」
何とメタグロスがガブリアスを抜いて磁力の力で浮かび上がる。その後に放たれた地を揺るがすガブリアスの一撃は宙に浮かんだメタグロスには届かなかった。
「貴様はガブに頼り過ぎなんだよ。そいつを如何にスマートに潰すかがそのまま勝敗を分ける。だから、対ガブリアス用に調整した個体を持って来たのさ」
態々ダイゴが種明かしをした。それはとてもシンプルな種だった。
「性格陽気、且つ素早さはV。努力値もしっかり振った。貴様のガブの速さは……贔屓目に見ても210と言った程度だろう? それじゃあ、抜けないぜ?」
ダイゴが本来嫌う個体値厳選に頼って迄手に入れたシロナに対する決定的なジョーカーだ。若し、シロナのガブに努力値が振られていたか、又はレベルが五分だったのなら話は違った。だが、目の前の現実は非情だった。
「やばい……やばい、なまらヤバイ!」
「もう遅いがね。大雪山お……冷凍パンチ」
メタグロスの突破が成らないと知ったシロナは賭けに負けた代償を払わせられる。それはガブリアスの命。四倍弱点を突かれたガブリアスは成す術無く息を引き取った。
「――くっ」
「……Ha! You are not worthy as my opponent!」
甘かった。まさか、本当に真正面から叩き潰されるとは思わなかった。ダイゴ攻略の鍵を失った今、勝利は地平線の彼方迄遠ざかる。一つの訳の判らない物に気を取られ、全てを失ってしまった。前回同様、シロナは見誤ったのだ。
そして、顔を歪めるシロナを見てダイゴは愉快そうに笑った。
相手の思惑を超える知略を身に付け、全てを飲み込む圧倒的な力をも有する彼はその二つ名の示す通り、覇道と言う不毛の道を歩んでいる様だった。
「ルカリオ!」
「ルカリオねえ。じゃあ、こっちも交代。……ジラーチ」
勝負は終っていない。流れが完全にダイゴ側に傾いた今、焼け石に水だが、シロナはそれでも波導ポケモンを出して場を凌ごうとする。対するダイゴはそんなシロナの心を殲滅する為に処刑人を召喚した。
「ジラーチ!? 伝説!?」
「ああ、マッ○で出会った」
更なる場の混迷状態にシロナの顔が真っ青になった。
今回の戦いの為にダイゴが態々ファーストフード店で手に入れて来た伝説の鋼エスパーである。曰く、頭の短冊に願い書けばそれを叶える力を有するらしい。だが、ダイゴはそんな不確かなモノには縋らない。純粋にその戦闘力に期待している。
「○ック? ……違う違う! こんなのどうすれば……!」
「今回、遊ばないって決めたんでな。確実に首を貰うよ」
「……っ」
一瞬、マ○クと言う単語に気を取られ掛けたシロナだが直ぐに正気に戻る。恐らくネンドールの代役でメタグロスとタイプが被るが、それを無視したって伝説の投入は今のシロナにはオーバーキルと言っても良い。
実際にシロナの闘志は萎え掛けているし、勝利が更に遠くなって途方に暮れている。バスドラムの蒲鉾に足が悲鳴を上げる。ゲージが底を尽きそうな具合だった。
「先ずは破滅の願いで牽制」
「ボーンラッシュ……!」
血祭りに上げる為の一手をダイゴは打った。二ターン経過の後には相手を吹き飛ばす様な天変地異が降り注ぐだろう。シロナのルカリオは何処からか取り出した骨製の鈍器でジラーチに殴り掛かるが、弱点を突いたと言っても二割程度しか削れなかった。
「What`s wrong? それで仕舞いならこっちはサイコキネシスっと」
一ターン経過。シロナも頑張ってはいるが、前回に輪を掛けて相手が悪過ぎる。指示を受けたジラーチが強烈な精神波を放った。等倍ダメだが何と急所に当たった。
「! 冗談でしょ……?」
「ありゃ、勢い余って倒しちゃったよ。ま、これで大分有利だよな」
それには流石に耐え切れず、ルカリオが断末魔の叫びを上げて倒れる。運に迄見放されたシロナの破滅は秒読み段階だった。
「ミカルゲ……頼むわ」
「出して来たな? なら、こっちはバンギラスで!」
次にシロナが場に出すのは先程アーマルドに傷付けられたミカルゲ。それを確認したダイゴは次の手に打って出る。悪岩の600族。ボスゴドラの代わりに持って来た意思を持つ天災の化身。途端に砂嵐が巻き起こり、部屋の視界が悪くなった。
「す、砂パ!?」
「ガブの砂隠れは厄介だからさ。ついつい出し惜しみしちまったけど、もうその心配無いからな。You trash!」
今の今迄温存していたバンギラスの投入はシロナにとっては涙目所の話では無い。元々岩や鋼タイプが多いダイゴの手持ちに砂嵐が加わればそれは大きなアドバンテージとなる。そして、逆にシロナは追い込まれる。
「完全に読み違えた……! これじゃあ……」
一体、この男はどれだけ入念な準備を行って来たのだろう。こちらの思惑を読んで確実に潰しに来る。お前を壊してやると宣言されたシロナは消え入りそうな声で呟いた。
「じゃあ、此処は適当にストーンエッジ……外れたよ」
波に乗っているダイゴは激しくシロナを攻め立てる。しかし、調子に乗っていた所為なのかバンギラスは攻撃を外した。
「良し! 痛み分けよ!」
「あー、上手い手だな。でも、願い効果が残ってるんだなあ」
此処が好機だと思ったのか、シロナは手持ちの体力の平均化を図る。傷付いたミカルゲは体力を八割近くに戻し、逆に満タンだったバンギラスは六割近くに低下する。
しかし、頑張りも此処迄。先程のジラーチの願いが叶い、頭上から降り注ぐ光の束が折角戻ったミカルゲの体力を瀕死手前迄削り、追撃の砂嵐がミカルゲを再起不能にした。
「Just die」
「か、勝てない。でも、諦めたらもうダイゴは……!」
とっととくたばれ。容赦の無いダイゴの言葉に涙が滲みそうになるのを必死に堪える。
泣いて堪るモノか。追い込まれたって北の女帝。そんな無様は晒せない。そして何より、女の意地に懸けても足掻いて見せる。その時が来る迄は。
「……! トリトドン!」
「キッスの代わりか? まあ、良いが。……ユレイドル、殺せ」
シロナの最後の手持ちが姿を現す。ぽわぐちょでお馴染みのウミウシ様。砂嵐を無効化出来る水、地面タイプだが、ダイゴには未だカードが残っている。召喚されたデスウミユリはウミウシを捕食しようと蝕腕を伸ばし始めた。
「濁流!」
「利かんよ。砂嵐でブーストしてるんだぜ? ほい、ギガドレイン」
濁った大量の泥水がユレイドルを押し流すが、正直全く効いている様には見えない。二割削れているのかも怪しい程だ。タイプ一致の等倍ダメでこれなのだ。効果抜群でも恐らく三割に届かない。
一応、命中率は下がったがそんな事は問題にもならない。文字通り鉄壁の要塞と化したユレイドルはトリトドンに絡み付くと、その体液を吸収し始める。草が四倍弱点のトリトドンは直ぐに干物に姿を変えられた。
「・・・」
シロナはその場に崩れ落ちそうだった。後残っているのは猛毒に冒されたミロカロスのみ。それ一匹でダイゴの手持ち六匹を突破するのはどう考えても無理だった。認識すら困難な超発狂譜面を前にシロナは跪くしかない。
「前と同じく積みだぜ。今度こそ投了したらどうだ?」
「そうね。でも……でも……!」
淡々とした表情でダイゴがそう言ってくる。それに頷ければ楽なのだろう。若し、回復剤を使えば延命は可能だが、それでも勝てるとは思えない。そうなったらきっとダイゴも道具を解禁して泥仕合になってしまうだろう。
前回同様、シロナはそんな真似はしたくなかった。
「死に方に望みはあるか? 叶えるが」
「無いわよ……んなもん」
燃える様な勝負展開とは真逆の心が凍りそうな一方的な蹂躙を再び許してしまった。これ以上続けていられないシロナはミロカロスを場に出した。
「結構だ。じゃあ、俺もバンギラスに代えて……」
それはシロナが見せた女帝の意地と誇りなのだろう。それを砕く為にダイゴもまたバンギラスを召喚すると唯一言だけ指示を出した。
「噛み砕け」
「――」
鮮血が舞う。不思議な鱗の守りを超えてズタズタに噛み裂かれたミロカロスはボロ雑巾の様な無残な姿となってその役目を終えた。
「幕だな。これで、お仕舞いだな、俺達」
完全勝利が成ったダイゴが勝鬨を上げる。しかし、その表情は仏頂面でそれについて何も思っていない様な印象を与えて来る。関係の終幕。焉道へと向かう恋模様。そんなモノを受け入れる程、シロナは諦めが良くは無かった。
「何、言ってるのかしらね」
「おい。そりゃ無いんじゃないのか? どう見ても俺の勝ちだ。お前も女なら潔く」
結果を認めないシロナに対し、ダイゴは片目を吊り上げた。聞き分けの無い女が駄々を捏ねている。もう体外にしろと半分呆れた顔でそう言ってみるも、其処でダイゴは気付いた。
シロナの黄金の瞳が未だ闘志を帯びている事に。
「未だ、終わってないわよ?」
そして、シロナは懐からそれを取り出す。モンスターボールだ。しかも唯のボールではなく、色は青紫色でその表面にはMの一文字が刻まれている。……マスターボールだ!
「! 七つ目……?」
「真の切り札は最後に取って置くものよ。あたしには未だ手があるんだから!」
そして、その中身に関してもダイゴは見当が付いていた。バトルの最中にその姿を見なかったのでてっきりパソコンに預けているモノだと思ったら、まさか後生大事に抱えていたとは。
「けっ。手持ちが六匹ってルール無視して何言ってやがる。格好悪い事だな」
「何とでも言いなさいよ! 負けられないのよ、あたしは!」
この際、ルール云々に付いてはお互い様とも言える。ダイゴだって前回ルールを蹴っ飛ばしたのだから、シロナがそれに頼ったとしても文句は言えない。
どの道、シロナの敗北はレコードに載ってしまったので、此処から先の闘いは只の私闘であると言う事を本人も承知している。そんな無理を通して尚、シロナはダイゴを振り向かせたかったのだ。
「哀れだぜ全く。……でも、そう言う直向さは見習う冪かもな」
「!」
予想外のBLAZING STAGE突入に多少は面食らったダイゴだが、もうその是非を問う事はしたくなかった。寧ろ、そんなシロナの愚直さが逆に心地良いと思った程だった。銀色の瞳が再び闘志を帯びる。
「もう一度だけ付き合ってやる」
「あ……ダイゴ? まさか、貴方も」
だから、ダイゴもまたそれを取り出した。シロナと同じマスターボール。シロナの奥の手に対するカウンターを。
「俺も、実はお前と考えは同じだった。保険として持って来たけど、使う事になるとはな」
目論見に付いてはダイゴもシロナと一緒だった。なるべくなら、こいつを解き放つ事はしたくは無かった。だが、シロナがそれを使う以上はこれにも出番が回るのは必定であり、その為にこれは存在するのだ。使わなければ嘘になってしまう。
「そっか。一緒だったんだ。何か、嬉しいな」
「……ちょっと楽しいって、思っちまうよな」
確かに感じた二人の間のシンパシィにシロナが少しだけ笑う。ダイゴも同じ様に一寸だけ顔の表情を和らげた。
「「・・・」」
何だってこんな事をしているのか、自分でもさっぱり判らない。男と女は単純では無いが、それにしたって喧嘩で神話の神を競わせるのは明らかにやり過ぎだろう。
だとすればもうこれは、美学を超越した哲学の領域と言って間違いでは無い。そして、それは回避不能な流れだった。
「やるか?」
「うん。やろう」
この瞬間だけは、世界は二人を中心に回る。もう一度二人だけの時間を持てて嬉しい。ダイゴもシロナも同じ事を思った。
「ディアルガ」「ギラティナ」
そして、時は来た。二人がボールの中身であるエースインザホールを解放する。
時間の支配者と反転世界の王。この世の理を調律する者と其処から放逐された者。シンオウの神々が顕現した。
アルセウスと言う大本から生まれ、枝分かれした三つの可能性。その内二つは時間と空間を司り、この世の秩序を掌握する存在となった。
時間神ディアルガと空間神パルキア。
シロナが遭遇し、力としたのはディアルガだ。その時持っていた天界の笛に惹かれて姿を現したかに見えたディアルガ。彼女が時の神の加護を受けられたのは、彼女の波長がディアルガに共鳴した結果なのかも知れない。
カンナギは古くよりシンオウの神話を代々守り受け継いで来た地だ。其処に生まれたシロナは生まれ持った資質の様な物がきっとあるのだろう。
そして、残るもう一つは強い能力の為に忌み嫌われ、追放され、その存在の痕跡すら見当たらない始末だった。
この世の裏側にて混沌を司る者。反物質を操る幽世の主ギラティナ。
ダイゴが彼に認められたのは、その内面に満ちる闇と常に孤独だった境遇により彼との波長が合った所為とも考えられる。シロナが持っているだろう神との親和性と言う資質をダイゴもまた備えていたのだろう。
実際、ギラティナも孤独だった。自分以外誰も居ない破れた世界で永劫にも近い時間をたった一匹で過ごして来たのだ。狭間から垣間見える向こう側の世界を静かに見詰めながら。
忘れられた存在。しかし、人々の伝承には残らずとも、ギラティナは兄弟であるディアルガの前に真の姿で立っている。それは世界から居場所を奪われた者の存在の証明だった。
「こいつで仕舞いにしよう」
「ええ。……全部、受け止めてね」
これは神話の戦いの再現では無い。只の痴話喧嘩だ。男と女の意地と意地のぶつかり合い。それは何とも格好悪く、また世界の一部を揺るがす程に激しい喧嘩。たったそれだけの事だった。
「刻の咆哮!」
「甘いな! 守る!」
開戦。開幕と同時にディアルガは殺しに来た。時空をも歪める凄まじいエネルギーの奔流がギラティナを襲う。しかし、恐らくは短期決戦を望むだろうと予見していたダイゴは事前に守りを敷いた。
これによりディアルガの波動砲は軌道を曲げられて、轟音と共に壁に大穴を空けた。ギラティナは無傷だった。
「驚いた。アンタには全部見透かされてるんだね」
「事前情報は得ていたからな。備えはしてあるさ」
須らく手の内が読まれている。それこそがダイゴの強さの理由なのだが、その要因となっているのが事前の入念な情報収集にある事が漸くシロナには知れた様だった。
しかもダイゴは相手の感情を読み取るのが非常に上手いのだ。その二つが合わされば、対人戦に於いては大きな有利が発生する。今がそうだった。
シロナのディアルガはレベルが70ジャスト。他の手持ちに比べてやや低く、その強さ故に積極的に育てなかったからのレベルではあるが、それでも十分強い。
対してダイゴのゴッドキャタピーことギラティナはレベルが何と90丁度。しかも、白金玉を装備している事がバレバレなオリジンフォルムである。流石のシロナも金剛玉は用意出来なかったのでディアルガには気合の鉢巻を持たせてある。
同じ神であってもタイプ的にギラティナは不利である。磐石を期したいのならば、防御に優れたアナザーフォルムの方がやや有利。特性のプレッシャーもあるので上手くすれば波動砲を封殺出来る。
しかし、ダイゴはそれでも敢てオリジンフォルムを持って来たのだ。
レベルのアドバンテージを考慮しても、刻の咆哮の直撃はそれだけで再起不能になる危険がある。そんなリスクを負って迄オリジンフォルムに拘るのは、きっとシロナに対する複雑な感情があるからなのだろう。
「なら、慎重に行かせて貰う! ラスターカノン!」
「それが既に悪手なんだよ! 妖しい風!」
慎重になり過ぎて悪い事は無い。相手が相手なのだ。こちらの大技の使用が相手に読まれている上、残弾数を考慮して乱発も出来ない。だから、ちまちま小出しに発射タイミングを見付けるしか無いが、それはダイゴの思う壺だった。
先に行動したギラティナが瘴気を含む禍々しい風をディアルガに吹き掛ける。タイプ有利に阻まれて効果は今一。……の筈なのだが、白金玉の効果なのか四割近くの体力が削られた。しかも追加効果で能力全てがアップする始末。
対するディアルガの光学兵器はギラティナ相手には殆ど効いていなかった。タイプ一致等倍ダメなのに、二割削れているかも怪しい量しか減ってくれない。攻撃重視の筈なのに嘘みたいに硬かった。
「ドラゴンクロー!」
「おっと、そいつは待った! 鉄壁のディフェンスだ!」
レベル差と能力アップでどうにもならない状況に陥る。それならばと、ドラゴン技で相手の弱点を突く事にしたシロナだが、それすら読まれていた。ディアルガの龍の爪はギラティナに全く届かなかった。
「歯痒いな。大火力を持ちながら容易に放てないとは」
「貴方は読んで来る。視線とか空気とか……兎に角、見透かされている以上、それを承知でやるしかない」
この硬さを考えるとシロナの勝目はかなり薄い。刻の咆哮の直撃でも仕留められない可能性が出て来た。そうなれば次のターンは的にしかならずギラティナに落とされるだろう。
「その結果がジリ貧のドン詰まりでもか? それで本当に良いのか」
「――」
だからと言って相手のペースに乗せられていてはやっぱり勝てない。ギラティナは能力が上がっているのだ。弱点を突かれればそのまま昇天と言う可能性すら在り得る。さて、この状況を引っ繰り返すにはどうすれば良いのか?
ダイゴの言葉がシロナのハートに火を点ける。シロナは少し考えた。
「良い訳、無いでしょ?」
「ならどうする?」
そして、直ぐに答えは見付かった。大技一択。急所に当てる事が出来れば或いは……!
「なら……なら、もう一度よ! ディアルガ!」
「そうはいかない。シャドーダイブ」
この状況でそれを手繰り寄せる事は困難極まりないが、勝つにはもうそれしかない。シロナは指示を下した。しかし、それを読んでいたダイゴはギラティナを影に潜ませる。放たれた主砲はまたしても空を切り、再び壁に穴を空けた。
「! 消えた?」
「・・・」
ギラティナの持つ最大攻撃にシロナはその姿を見失う。若し直撃した場合、ディアルガは影に引き摺り込まれバラバラに解体されるだろう。チャンスは一度切り。耐えられなければ終わり。
お互いに必殺の手段を直撃させる為に最良の機会を伺う。それは久遠とも思える刹那の連続だった。
「……来た! This is the end!」
とうとう、その時が来た。空気を読んだ様にディアルガの真正面。飛び掛るギラティナが一瞬でディアルガのゲージを喰い尽す。しかし、持っていた鉢巻がディアルガの命を守った。
そして、耐え切ったディアルガが返礼する。狙いは眉間のど真ん中。零距離で放たれた最大攻撃がギラティナを吹き飛ばす。急所当たりだった。
「You faild.And,this game is over」
ダイゴの思惑を超えた。これで今度こそ勝ったとシロナは思った。長かった闘いに終止符を打った事に安堵の表情を浮かべる。
だが、それは早計と言うモノだった。
「……何を勘違いしている?」
「!」
「このターン、未だ終ってはいない!」
※ターン自体は終っています。(作者)
その言葉にシロナの安堵の表情が一瞬で消え去る。速攻召喚……ではない。再び影から姿を現したギラティナにシロナは自分の思惑が成らなかった事を理解した。
神が微笑んだのは彼女では無かったのだ。
「――良く耐えてくれた、ギラティナ。……そして」
「Holy crap……」
顔の半分が吹き飛んだ様にギラティナの姿はボロボロだ。それでも、発動したリアル襷によってギラティナの命は未だ続いているのだ。若し、能力アップが無ければ倒せていた。乱数がもっとマシだったのならば勝てていた。シロナは届かなかったのだ。
ダイゴは生き延びたギラティナを労わる様にその身体を一撫ですると、最後の命令を下した。
「勝ったぞ」
大地の力、発動。地よりから沸き立つモノが今度こそディアルガに終焉を齎した。
「Rest in piece……!」
『ビシャーンッ!!』
安らかに眠れ。ダイゴの呟きとギラティナの勝利の雄叫びは同時だった。
「「・・・」」
お互いに手持ちをボールに戻して顔を見合う事を数十秒。
脳裏を過ぎる物は沢山あったが、それは直ぐに儚く消え失せる。何一つ言葉は出て来ない。だが、何か言わなければ、何時迄経っても終らない。
もうそれに縋る事も出来ないシロナは敗者の義務として口を開いた。
「結局、アンタには負け放しね、あたしは」
全て出し尽くした。もう何も残っていない。
「恋も、勝負も……全部」
「いや? 少なくとも、思いの強さでは勝っていただろう」
それでもダイゴは自分の全霊を文字通り受け止めてくれた。トレーナーとして、負けて尚悔いが残らない闘いは存在しないが、その一点だけはシロナにとって望外の喜びだった。
そして、それが発揮されたのも、自分に対する想いの強さがそうさせたとダイゴも判っている。
「慰めは、要らないよ」
「そう言うと思ったよ、シロナ」
シロナにとってこれ以上の言葉は余計に惨めになるだけだ。だから、ダイゴは一言だけ呟くとシロナに対して背を向ける。
「さよならだ」
届かなかった一手。掴めなかった勝利。その代償に失うのは恋人の存在。
その背中を見たシロナは覚悟を決めた。